バージルがターレスに戦いを挑んで早数日。
日本最大の敷地を誇る麻帆良学園は遂に年に一度の大イベント、学園祭を開催した。
空は飛行機が飛び駆り、様々なイベントやヒーローショーが行われ、学園は学生と一般市民で早くも大賑わいを見せていた。
しかし、教師として学園の巡回をしていたネギの表情は、途轍もなく重苦しいものとなっていた。
アジア地方にある魔法使いの組織が、何者かによって壊滅された。
学園祭が始まる前日、世界樹広場で学園長である近右衛門から告げられる一言に、新たに友達として(本人は否定しているが)仲良くなった小太郎と刹那共々言葉を失った。
魔法使いは、その一人一人が一般人とは逸脱した力を持ち、上位の術者は何百人分の軍人の力を上回る。
しかもアジア地方の魔法使いは上位の術者が多くいる……世界屈指の勢力を誇る組織だ。
それが壊滅したと聞かされた時、高音は信じられないと目を大きく見開かせていた。
現在、各国の魔法組織も原因究明に力を注ぎ、この学園も何名かの魔法教師を現場へ派遣している。
それを聞かされた何名かの魔法教師、生徒は今回の学園祭は中止にした方がいいのではないかと意見をだした。
だが、明日に控えた学園祭を前に中止にすれば学園に在学している多くの学生が不信感を抱く恐れがあると近右衛門から告げられ、その提案は却下された。
そして本題となる世界樹の……神木・蟠桃の活性化と告白阻止の説明を受けたネギ達は一先ず解散。
学園祭中は例年よりも五割増しで警備を厳重にするという結論に至り、その時の話はそれで終った。
「はぁ〜……」
「何やねん、いきなり辛気臭い溜め息吐いて……」
学園祭で賑わう通りを歩くネギと小太郎。
隣でドンよりとした空気を纏って深い溜め息を溢すネギに、小太郎は口にしていた綿飴を外し、どうしたと尋ねた。
「折角の祭りなんや、そないに落ち込んでどうする」
背中をバシバシと叩き、小太郎なりにネギを励ましてはいるが。
本人はそれでも意気消沈したまま、再び溜め息を溢した。
「小太郎君、君は気にならないの? 海の向こうの話と言っても僕達の仲間が……」
殺された。
そこまで言い掛けたネギだが、先日のヘルマン襲撃時の出来事を思い出し、不意に口を閉じる。
綿飴を全て食べ尽くした小太郎は、適当なゴミ箱に箸を投げ捨て、頭に手を組んで空を見上げた。
「まぁ、確かに酷い話やと俺も思う。近右衛門のじいちゃんの話やと一人も生き残ってはおらんらしいからな」
「…………」
言っている事とは裏腹に、小太郎の表情は普段通りだった。
何者は分からないが、一国の軍隊にも勝る魔法使いの組織を壊滅した輩が、この世界に存在している。
そして、その輩がいつこの学園に来るかも分からない。
ネギは堪らなく不安だった。
そんな奴らが目の前に現れた時、自分は生徒達を守れるのだろうか?
友人であり、生徒である明日菜やのどか、このか達を守りきる事は出来るのだろうか?
胸を締め付ける痛みが、ネギの表情を更に曇らせる。
「お前ってさ」
「?」
「本当に頭デッカチなんやな」
「うぅ……」
呆れ口調で聞いてくる小太郎に、ネギは何も言い返せなかった。
「確かにお前は頭がええかもしれん。せやけど行動にまでは反映されてへんな」
「………」
「俺は学校なんか今まで行ってないから、お前みたいに頭がまわらへんけど、悩んだ所でどうしようもないって事は分かるで」
「小太郎君……」
「立派な魔法使いの為にこの学園に来たとは言え、お前にとって友達みたいな奴らは多いんやろ?」
友達。
故郷のウェールズではアーニャやカモ、タカミチしか友達と呼べる者はいなかった。
だが、この学園に来てからは大きく変わった。
多くの出会いがあり、その分だけ友達が増えた。
嬉しかった。
(……守りたいな)
ネギは今までの出会いを振り返り、グッと拳を握り締める。
その表情は一つの決意を固めた男の顔だった。
そんなネギの表情を見ると、小太郎はニヤリと笑みを浮かべ。
「何や、ちゃんとそんな顔もできるんやないか」
「い、痛いよ小太郎君……」
バンバンと、先程よりも強く叩いてくる小太郎に、ネギは痛いと訴える。
「……でも、ありがとう小太郎君。少しはスッキリしたよ」
「バーカ、妙な勘違いするんやない。俺が認めたライバルがそんなつまらん事で悩んでいるのが我慢出来ないからや」
素っ気ない口振りであさっての方角に顔を向ける小太郎。
ネギはそんな彼に苦笑いを浮かべ、ふと目の前の時計台に視線を向けると。
「あ、そろそろ僕達の警備時間は終りだね」
「せやな。そろそろ高音の姉ちゃん達が交代に来るな……調度えぇ、ネギは先に上がっとれ。姉ちゃん達には俺から言うておく」
「え? で、でも……」
「今回で約束していた大半を破る事になったんやろ? せめてのどかの姉ちゃんとの約束だけは守ってやりな」
今回の警備強化により、ネギの時間は大幅に狭まれてしまう結果となり。
後半部分の殆どが回れなくなってしまったのだ。
生徒との約束を破り、酷く落ち込むネギ。
生徒達は気にするなと言っていたが、それでも罪悪感が晴れる事はなかった。
それでも何とかクラスの出し物やのどかや雪広達との約束は守れそうになり、ネギの気分は幾分か晴れ渡った。
「本当にありがとう、小太郎君」
「アホ、女とうつつを抜かす奴は嫌いだが約束を破る奴の方が嫌いなだけや」
プイッとソッポを向く小太郎に、ネギは笑みを浮かべ、最初に約束していたのどかの待ち合わせ場所に向かって走り出していた。
龍宮神社。
ネギの生徒の一人である龍宮真名のバイト先であるこの場所の一室で、超鈴音がいた。
多くのパソコンに囲まれ、その中の一台に電源を入れ、カタカタとコンソールを叩いている。
そして、画面に映し出されている情報により、超は難しい表情で唸っていた。
「……これは、どうしたものカ」
額から汗を流し、酷く焦っている様子の超。
「私の知っている歴史とは、随分異なっているネ」
前日の魔法教師・生徒の話を最新技術で以て知った超は、いつもの余裕のある表情から追い詰められたものへと変わっていた。
アジア支部の魔法組織が壊滅。
自分が知る“過去”とまるで違う事に、超は驚きを隠せず。
仲間の一人である葉加瀬と共に、早急にその場から去っていった。
「……さて、これからどうすル? 計画通りに事を進めるカ?」
本来なら一年先に見送られる超の計画。
しかし、超常現象により世界樹の魔力増大が一年早くなってしまい、超は嫌が応にも計画を進めるしかない。
しかし、自分が想定していたものとは違う事態に、超は迷っていた。
学園の魔法教師、生徒達が例年より警備を厳重にしている中、騒ぎを起こすのは得策ではない。
それに。
「ネギ坊主に、コレを渡せなかたネ」
テーブルに置かれた三つの懐中時計。
学園祭の時までは全く動かなかった時計だが、今は一秒毎正確に時間を刻んでいる。
その一つを手に、超が窓から見える学園の街並みを眺めた時。
「さて、これからどうするんだ?」
「!」
背後から声が聞こえた。
聞き慣れた声に超は僅かに頬を弛ませ、声の主へと振り返る。
そこには、コートを羽織った龍宮真名が、銃をテーブルに置いて椅子に座っていた。
「君も聞いたカ?」
「あぁ、例の壊滅事件だろ? あれは流石に驚いた。彼処は私も時折世話になったからな」
腕を組み、天井を仰ぐ龍宮に、超は取り敢えずの選択を取る。
「兎に角、計画の第一段階迄は進め、様子を見る事にするヨ。準備が整うまで龍宮さんは学園祭を楽しんで来るとイイ」
「そうだな。そうさせてもらう」
超からの今後の予定を聞かされた龍宮は、銃をコートの中へと忍ばせ、外へと出ていった。
残された超は懐中時計を手に、再び物思いにふける。
「本当に……これで正しいのカ?」
超の呟きは、誰に聞かれる事なく部屋に響く。
一度は決意した筈なのに、未だに悩み続けている。
だが、この機を逃せば次の機会は22年後になる。
流石にそこまでは待てない。
超は手にした懐中時計“カシオペア”を握り締め、青く澄んだ空を見上げる。
「やらねばならない……私が、私の目的の為にモ」
新たに決意を固め、超は計画を進める事を決めて、部屋を後にした。
その際。
「まさか、今回の一件も彼ガ?」
超は、いなくなったバージルにある予感を感じていた。
「み、宮崎さん。すみません。遅くなってしまって……」
「い、いえー、気にしないで下さい。私も来たばかりですから」
学園の噴水前で待ち合わせをしていたのどかとネギ。
カモに指摘され、スーツから私服に着替えたネギは、時間に若干遅れた事を謝罪する。
「そ、それに私の我が儘に付き合ってくれて、此方こそごめんなさいですー」
本当なら、クラスの出し物を見学するだけで後は警備の巡回に付きっきりの筈だった。
しかし、初めての学園祭にそれはあんまりだという事で、ネギや魔法生徒達は比較的自由時間が多くなった。
その為、こうして最初に約束していたのどかとの学園祭巡りは何とか果たされそうになった。
「それじゃあ、僕達も行きましょうか」
「あ、はいー」
ネギに言われ、いざ学園祭を回ろうとした時。
「あら? ネギ先生じゃないですか」
「あ、高音さん」
人だかりから魔法生徒である高音と愛衣が姿を現した。
そして。
「お、お姉様……」
「ん?」
妹分の愛衣が、何やら計測器の様な機械を取り出し、のどかに向けてスイッチを押すと。
ヴィーッと音が鳴り、慌てて高音に耳打ちをした。
愛衣からの話に一瞬だけ目を開いた高音は、ネギに向き直り。
「ネギ先生、生徒との学園祭回りですか?」
「あ、はい」
「そうですか、なら少しアドバイスを致しましょう」
そう言って、高音はネギの耳元に顔を近付け。
「気を付けて下さい。彼女、告白メーターの数字が結構高いです」
「っ!」
「ここは大丈夫ですが、危険地点にはなるべく近寄らないで下さい。……それでは」
忠告、いや警告か。
高音はのどかに聞こえないよう、ネギにそう告げると、愛衣と一緒に巡回の続きを始めた。
残されたネギは高音に感謝の言葉を呟き、のどかと一緒に今度こそ学園祭を回る事にした。
その一方の高音と愛衣は。
「あ、あのお姉様、本当にあれで良かったのですか?」
「彼とてバカではありません。自分の責務はキッチリ済ませるでしょう」
「そんなものでしょうか」
「そんな事よりも、私達も自分の責務を全うしますわよ。あと少しで休憩時間になりますし、頑張りましょう」
「あ、はい。分かり……きゃっ!」
短い悲鳴を上げる愛衣に、高音はどうしたのかと振り返ると。
尻餅を着いてお尻を擦っている妹分を前に、高音はヤレヤレと肩を竦め。
「申し訳ありません。大丈夫でしたか?」
前に佇む人物に謝罪した。
しかし。
「ンダ?」
「っ!?」
目の前のサイボーグの格好をした人物を前に、高音は固まった。
何だコイツは?
端から見れば着ぐるみを着ている様にも見えるが、高音はそうは思えなかった。
同時に覚える恐怖感、高音は逃げ出したい衝動を抑えるだけで精一杯だった。
軈て、サイボーグは高音達に背を向け、人混みの中へと消えていった。
「遅いぞカカオ」
「ンダ」
麻帆良学園上空。
飛行船よりも高い位置に奴等はいた。
最後に合流したカカオにダイーズが注意し、ターレスに視線を向ける。
「それにしても、勿体ねぇなぁ、こんな美味い飯のある星なのによ」
「だから、もう心残りはないだろう?」
ターレスの一言に、ダイーズ達は不吉な笑みを浮かべ。
「やれ」
「了解……ハッ!」
ターレスの指示の下、アモンドが力を解放した瞬間。
学園の裏に広がる森が大爆発を起こした。