思い出した。
自分が何者なのか、何処から来たのか。
俺はサイヤ人、宇宙最強の戦闘民族として惑星ベジータで産まれた下級戦士。
バージル=ラカン?
違う。
俺の……本当の名前は……。
ヒマラヤ山脈、先程まで吹雪いていた地球上最も標高が高いとされる山々。
突然感じた巨大な氣を頼りに、麻帆良から飛び立ったバージルだが、そこにいたのは自分が思い描いていた人物ではなかった。
「う……く……」
黒褐色の肌と、尾の生えた男ターレスを前に、バージルは酷い頭痛に苛まされていた。
痛みは徐々になくなり、意識もハッキリとしていく。
ボヤけた視界が定まっていく中、バージルが最初に見たものは不敵な笑みを浮かべたターレスだった。
「どうやら、自分が何者なのか思い出したようだな。嬉しいぜぇ、数少ない仲間に出逢えたんだからよ」
「……お前は」
「俺か? 俺の名はターレス。惑星カノムに送り出したのは何を隠そうこの俺よ」
「…………」
未だに収まらない頭の痛みに、バージルは苦悶の表情を浮かべながらターレスを睨み付けた。
殺気を混じるバージルの睨みにも動じず、ターレスクククと笑みを浮かべながら肩を竦める。
惑星カノム。
それは、バージルが当初侵略する筈だった惑星。
特にこれといった脅威もなく、下級戦士として産まれたバージルでも充分に対処できる惑星。
つまり、バージルは使い捨てとしてその星に送り込まれる予定だったのだ。
しかし。
「まさか、お前を送り出した直後に星が爆発するとはな、あの時は驚いたぜ。何せブラックホールに吸い込まれていくお前を乗せたポッドを間近で見ていたからな」
「…………」
「当時、まだ小型ポッドにワープ機能は着いてなかったからな。……それにしても爆発した直後、しかもブラックホールに呑み込まれると言うのも天文学的数値だぞ?」
次々に明らかになるバージルの過去。
バージルは何も言わず、ただ黙々とターレスの話に耳を傾けていると。
「まぁ、何はともあれこうしてお前と再会出来たんだ。どうだ、俺の仲間にならないか?」
「何?」
「気儘に宇宙を流離い、星を壊し、美味い飯を喰らい美味い酒に酔う。これ以上楽しい生活はないぞ」
ターレスからの突然の勧誘。
手を差し伸べ、笑みを浮かべるターレスに、バージルは一瞬目を見開かせた。
「なぁ“ピクル”、サイヤ人としてこれ以上幸せな生き方はないと、お前も気付いているんだろ?」
「っ!」
ターレスが漏らした名前に、バージルはピクリと眉を吊り上げた。
ピクル。
生まれて間もない自分に言い渡された初めての言葉。
それは、今はもう思い出せない母から授かった名前。
ピクル。
それがサイヤ人としての自分の名前。
「貴様もサイヤ人なら、サイヤ人らしい生き方をしろ」
「…………」
「いずれ俺はフリーザをも圧倒し、全宇宙を跪かせてみせる。そうなったらお前にも好きな星を幾つかくれてやるぞ」
ターレスから告げられる自分の全て。
時折起こる偏頭痛、その原因たるものが分かると、バージルの頭は晴天の如く晴々としたものとなり。
そして。
「っ!?」
ターレスの顔面に向かって拳を放った。
バージルの拳は、ターレスの掌によって遮られ、その際に起こった衝撃波が、足場の雪を吹き飛ばし、山の斜面を露にしていく。
「……何の真似だ?」
バージルの拳を難なく受け止めたターレスは、睨み付けながらバージルに問い掛けた。
「……さっきから良くもまぁゴチャゴチャと」
「?」
「戦闘民族? サイヤ人? ピクル? それがどうした」
「……何ぃ?」
「俺が誰なのか、何の為に産まれたのか、そんな事はこの際どうだっていい。重要な事は唯一つ」
ギリギリと拮抗する力が、ヒマラヤの山々を震わせる。
ピクルは……否、バージルは自分が何者なのかを知った。
そう、“知った”だけなのだ。
たかが過去の自分を知った事で、何かが変わる訳でもない。
それは生き方もまた然り。
故に。
「お前は強い、だから……」
「っ!」
「俺はお前を……超えていく!」
“バージル“は、目の前の強者に全力で挑んだ。
振り払う様に放った蹴りが、ターレスの右脇腹を捉える。
しかしターレスは膝でこれを防ぎ。
「ヌンッ!」
無造作に掴み取り、聳え立つ山に向けて投げ飛ばす。
更に。
「ハァッ!」
ターレスは遥か彼方のバージルに向けて、掌から無数の光の矢を放つ。
山に着弾した瞬間光が爆ぜ、轟音と共に大爆発が引き起こす。
地球上最も高いと評されるヒマラヤ山脈の一角が、山頂ごと消し飛んだ。
「…………」
ガラガラと崩れていく山の破片。
ターレスは煙の中を睨み付けていると。
「っ!?」
ピピピッと耳元で機械の音が鳴り響き、ふと振り向くと。
上半身裸となり、傷だらけのバージルが、拳を握り締めてターレスの後ろへと回り込んでいた。
直ぐに防御の体勢へと変わるが、バージルの拳の方が速く。
「ぐっ!」
振り抜いたバージルの拳が、ターレスの脇腹に直撃。
苦悶の表情を浮かべながら横に吹き飛ぶターレスに、バージルはお返しとばかりに追撃を開始する。
バージルは緑色の炎を身に纏い、吹き飛ぶターレスを追い掛け。
横向きに飛ぶターレスに追い付いた瞬間。
二人の激しい攻防が始まった。
拳と拳、蹴りと蹴り、交差する全ての攻撃が、相手の急所に目掛けて放たれていく。
一瞬、瞬きしている間に二人は幾百もの拳を繰り出し、幾百もの蹴りを放ち。
放った乱撃の数だけ同時に防いでいる。
そして音速を超えた速度で移動し、一撃必殺の威力を持つ互いの拳がぶつかり合い、その際に起こる衝撃波が周囲の山々を震わせる。
ヒマラヤの山脈が地鳴りを鳴らし、それはまるで大地が悲鳴を上げているようだった。
やがて二人同時に弾ける様に離れて、山頂だった場所に降り立つ。
切り崩され、平べったくなったヒマラヤの山頂、眼下に雲が浮かび、壮大な景色となっている中、バージルとターレスは互いに睨みを聞かせていた。
しかし、最初の攻防で結構なダメージを受けたバージルは、今の戦闘で体力を消耗したのか、僅かに息を切らして肩を上下に揺らしている。
対するターレスは、鎧の一部に皹をいれただけで特にダメージを受けている様子はなかった。
「……一応、聞いておこうか。何故俺の話を断る?」
ギロリと、鋭い眼光で睨んでくるターレス。
バージルはそんなターレスに対し、フッと笑みを浮かべ、ヤレヤレと首を振る。
「同じサイヤ人の割に、案外分からないものなんだな」
「…………」
「簡単、実に簡単な答だ。俺はお前が気に入らない。だから仲間にもならない。……それに」
「っ! がっ!?」
「何故俺が、お前の言うことに従わなければならない」
ターレスとの間合いを瞬時に縮め、バージルは“現状”の自分が出せる渾身の一撃をターレスの顔面に叩き込んだ。
自分がサイヤ人だろうが、本当の名前がピクルだろうが、そんな事はどうでもいい。
目の前に強者がいれば、迷う事なく挑む。
それが喩え、自身の命を無くす事になろうとも。
それが“バージル”の生き方。
これが、自分の決めたモノ。
故に、バージルはターレスの話を聞き入れる事はない。
しかし。
「……そうか」
「っ!?」
敵もまた、強大。
振り抜かれた腕を掴まれ、バージルが目を見開いた瞬間。
「ならば……死ねぇっ!」
「がっ!?」
返し刀の拳が、バージルの横っ面に叩き込まれる。
最初の時とは段違いの威力に、バージルは一瞬意識を手放した。
だが直後に我に返り、バージルは体勢を整えようと体を捻った。
瞬間。
「がっ!」
ターレスの膝が、バージルの脇腹に叩き込まれる。
痛みと次にくる衝撃。
バキバキと骨が砕ける音が響き、バージルの口から大量の血が吐き出される。
何が起こった?
いや、本当は見えていたし何が起こったのも理解できた。
ただ、体がバージルの思考と動体視力に着いてこれていないのだ。
「くっ!」
バージルは歯を食い縛り、追撃が来ない内に今度こそ体勢を整える。
同時に嘔吐するように血を吐き、足場の雪を鮮血に染めていく。
バージルは致命的なミスを犯した。
ラカンから言い渡された約束は、相手が余程の強者でない限り此方から仕掛けるのは禁じられているという事。
そして、その相手が“現状”の自分を上回る輩のみ、力を解放する事を許されるという事。
バージルはターレス達と出会った瞬間、右腕に取り付けられた腕輪を外すべきだった。
そうすれば、少なくともここまで圧倒される事はなかった。
だが、もう後悔する暇もない。
「ヌァァァァァッ!」
既にターレスの右手からは紫色の光が迸り、凄まじいまでの氣が収束され、大地を震わせている。
バージルも何とか対抗しようと、同じく右手に緑色の氣を収束させ。
「エクストリィィィム……」
「ハァァァッ!!」
「ブラストォォォッ!!」
今の自分が放てる最大にして最高の一撃を放つ。
緑色と紫色の閃光。
ぶつかり合う二つの色は、大陸の大地を震わせる。
上空に浮かぶ雲は消し飛び、衝撃によりヒマラヤの山々は削られていく。
そして。
「くっ、ぐっ……くっ!」
バージルの放つ緑色の閃光が、紫色の光に押されていく。
右腕からは血が吹き出し、全身が限界だと叫んでいる。
だが、それでもバージルは負けたくないという一心で、ターレスの力に抗い続けていた。
しかし。
「っ!?」
バージルの閃光はターレスの閃光に呑み込まれ。
バージルは、ターレスの放つ光に包まれていった。
「ち、あのガキめ、手間を取らせやがって……」
口元から流れる血を拭い、ターレスは舌打ちを打つ。
目の前に広がる光景、そこには地球上最高峰を誇るヒマラヤの山々の姿は無く、ただ広大な空と雲が二分に別れているだけの光景しかなかった。
そして、バージルの姿もそこにはなく、ただの水溜まりがあるだけ。
「スカウターにも反応なし……死んだか」
ターレスは耳につけられたスカウターと呼ばれる機械のスイッチを押し、周囲の生体反応を探る。
しかし、スカウターが何の反応を示さない事を確認すると、ターレスはスイッチを切り、後ろに振り返った。
「ターレス様、大丈夫ですかい?」
「心配はいらん。少々いい一撃を貰っただけだ」
「ターレス様に血を流させるなんて……何者だ?」
「今となってはどうでもいい事だ。……行くぞ」
回復した部下達と共に、ターレスは自分の目的地である東へ向かって、飛び立っていく。
目標は日本。
麻帆良学園。
ヒマラヤ山脈。
バージルとターレスの戦いの為に、嘗ての美しい姿は見る影も失った地形。
ターレス達が去った後、再び吹雪が猛威を奮い始める。
そんな中、二つの人影が吹雪の中から姿を現した。
一人は少女、眼鏡を掛け、手元に二刀の刃を携えた少女が、隣の少年を護衛しているかの様に歩き。
「死なせはしない……」
何の感情も見せない無表情の白髪の少年が、口から白い息を漏らし。
「君だけは、絶対に死なせはしない」
背中に背負う、血塗れとなり子供姿となったバージルに何度も呼び掛けていた。
〜あとがき〜
今回も更新が遅くてすみません!
今回はラカン以外初めての敗北とバージルの過去についてでした。
そして今週の原作を読んで、結構使えるネタがあって助かりましたww