「……ふぅ」
麻帆良学園学園長室。
この学園の最高責任者である近衛近右衛門はその席で大きく溜め息を漏らしていた。
その原因は勿論例の客人、バージル=ラカンについてだ。
会議での決断で決まったバージルの追放処分。
此方が現在分かっているナギ=スプリングフィールドの情報と引き換えに、この学園から出ていって貰おうという算段だったのだが。
「……彼が、そんな提案に乗る訳がなかろうて」
バージル=ラカンは他人からの命令や指示を一切受け付けず、認めはしない。
例外に父親であるジャック=ラカンの言うことだけには従うようだが……。
どちらにせよ、彼が此方側の提案に従う筈がない。
しかし、彼をこれ以上ここに留まらせるのもそろそろ限界なのもまた事実。
京都での一件を引き合いに出しても、彼の日頃の行いは目に余る。
特に、先日の地下での騒ぎでは学園の都市機能を一時的に麻痺させる程だった。
一般公開では突然の大規模地震という形で話を終らせてはいるが、何とも無茶苦茶な言い逃れである。
しかも。
「……全く、どうしてこう次から次へと」
机に置かれた報告書のに目を通し、再び溜め息を漏らす近右衛門。
その報告書にはバージルと一緒に食事をしている超鈴音の写真が張り付かれてあった。
超はある事情の下、魔法に僅かながら関わる事を許してある。
しかし、現代の科学技術とは逸脱した技能を使い、時々度を越した行動を取る為、学園の魔法使いの間では危険視されている要注意人物。
そんな彼女がバージルと接触したのだ。
最早選択の余地も余裕もない。
もし彼女が彼を……あり得ないかも知れないが、バージルと手を組んだ時、何か厄介な事をしでかすかも知れない。
そうなる前に、どちらかをこの学園から追放するしかない。
本来なら超の魔法に関する記憶を消すと言うのが、一番無難な方法なのだが。
彼女の担任であるネギが難色を示すだろう。
彼は先日、自分の教え子の記憶を消したばかり。
そんな彼に、二度も教え子の記憶を奪うような事をやらせたくもないし知らせたくもない。
「……我ながら、随分と我が儘じゃの」
あれもやりたくない、これもやりたくない。
子供の駄々を言えるほど、社会は甘くはない。
それは、表や裏を問わずに言える事。
近右衛門はそんな自分に嫌悪し、深い溜め息を溢す。
バージルをこの学園を招いたのは自分。
危険と分かっていながらも、抑止力としての効果を期待した為に彼を留まらせようとした自分に、全ての責任がある。
近右衛門は三度目の溜め息と共に、今後についてどうするか思考巡らせた。
その時。
「学園長、大変です! 彼が……バージル=ラカンが!」
「また何かやらかしたのか?」
酷く慌てた様子で学園長室に駆け込んできたガンドルフィーニに、彼から告げられる名前に近右衛門は頭を痛くさせる。
「彼が、いきなり飛び立っていったという報告がありました!」
「……はい?」
飛び立った?
公衆の面前で?
ガンドルフィーニからの次いで聞かされる報告に、近右衛門は混乱する。
思考がバージルの行動に対する処置で埋め尽くされる中、近右衛門が言った一言は。
「……何処に? 何で?」
何故いきなり学園から出ていったのか、何処へ行くつもりなのか。
近右衛門の言葉に、ガンドルフィーニはさぁっと首を傾げる。
そして、次に学園長室に駆け込んできた瀬流彦の報告に、近右衛門は頭をハンマーで殴られた。
その内容は。
アジア支部の魔法組織が、何者かによって壊滅。
と。
ヒマラヤ山脈。
インド亜大陸とチベット高原を隔てる無数の山脈で構成されている地球上最も山脈。
現在、山頂付近は吹雪に見舞われ、全く視界が利かない状態となっている。
プロの登山家でも、絶対に出歩きはしない状況。
そんな中、数人の人影が吹雪の中を悠然と歩いていた。
「なぁターレス様、いつまでこの星に留まっているんですかい?」
「早いとこ実を実らせて、さっさととんずらしましょうぜ」
「ンダ」
「そう言うなレズン、ダイーズ、カカオ、折角美しい星に着いたんだ。少しは楽しめ」
先頭を歩くターレスと呼ばれる男に、部下らしき三人の男が口々に不満の声を漏らす。
一番小柄な男はレズン、サイボーグ姿でンダとしか話さないカカオ、イヤリングとネックレスを着けた男ダイーズ。
三人の部下の不満に対し、酷く上機嫌の男、ターレスは不敵な笑みを浮かべて部下達を宥めている。
「それにお前達もさっきは飯が美味いと喜んでいたじゃないか。ん?」
「そいつはそうですが……」
「あまり焦る必要はないでっせい。どちらにせよこの星は俺達が来た時点でどのみち終っているのだからな」
未だにダイーズは渋ってはいるが、一番体格の大きい男に諭され、漸く引き下がる。
すると、ターレスは口元を歪め、愉快そうに笑みを浮かべる。
「カカロットに感謝しなきゃな、あいつが間抜けなお陰で綺麗なままこの星を“神精樹”の苗床に出来るんだからな」
ターレスはククク笑いを溢し、鎧に付けられたマントを翻す。
その際に腰回りの辺りに尾の様な紐が見える。
「それにしても……」
「どうしたアモンド?」
「この星に来る途中、妙な光に包まれたじゃないですか。あれが何故か気になって……レズンの話では偵察機からの情報とは若干違う所があるみたいとも」
アモンドと呼ばれる赤い肌と後ろに縛った髪が特徴的な巨漢が、何か考え事をしている様に顎に手を添えている。
部下のアモンドの言葉にターレスも確かにと呟く。
「それに、ここまでの道中で奇妙な技を使う連中がいましたが、偵察機にはそんな記録が残されてはいませんぜ」
「………」
「考え過ぎだろ。偵察機が調べたのは最も実を育てるのに適した場所を調べる為のもの、別に生態系まで詳しくは……」
「なら何故、俺達はその適した場所に来れなかったんだ?」
ダイーズの台詞を遮るアモンドの一言が、部下達に疑問を抱かせる。
互いに顔を見合わせるカカオとレズン。
もしかしたら自分達は見当違いの星に来たのでは?
ダイーズの顔色に焦りが宿ったその時。
「何れにせよ、ここが神精樹の実を育てるのに最も適した星であるのは事実。レズン」
「は、はっ!」
「この星で最もエネルギーが集まる場所は何処だ?」
ターレスの言葉に、レズンは腕に付けられた装置を起動させ、緑色の半透明な画面を表示させる。
画面には様々な文字が並べられ、グラフが示され。
そして。
「ここから東へ数千キロ離れた所で、段違いに高いエネルギー反応がありやすぜ」
「良し、なら早いとこ実を生らし喰い尽くしてやろう、これだけ上等な星なんだ。実の数はこれ迄とは比べ物にならないだろうよ」
「…………」
「そうなれば、この俺はフリーザにも勝る……宇宙を統べる力を手に入れる事になるだろうよ。……つまり」
振り向き、握り締められた拳を高々と掲げるターレス。
「この俺に、恐れるものは何もないと言うことだ」
その笑みは邪悪そのもの。
エヴァンジェリンとは全く別の“悪”がそこにいた。
すると。
「「「っ!」」」
「む?」
ターレス達の顔に付けられた奇妙な装置、それがいきなり作動し、ピピピッと機械の音を響かせる。
「戦闘力9500、誰だ?」
機械に表示される文字に若干の驚きの色が混じり、ターレス達は此方に近付いてくる何かに向けて振り向くと。
白い炎を纏った青年が、自分達の目の前に降り立った。
黒目黒髪で蒼いコートに身を包み、鋭い目付きで此方を睨み付ける男。
「……何者だ?」
ターレスはふと、目の前の男に訪ねるが。
「……ナギじゃないだと」
男は目をパチクリさせ、戸惑いの様子を表せていた。
最初、麻帆良学園で感じた時、間違いなくナギ=スプリングフィールドだと思った。
幾つかデカイ気配を感じたが、然程問題じゃないと判断したバージルは、一直線にその氣の下へ飛んでいった。
しかし、会ってみれば全くの別人。
ラカンから渡されたナギの写真とは何から何まで違っていた。
確信していただけに、その失望感は大きい。
だが、それと同時に思った。
目の前の奴等は一人一人が、明らかに今までの奴等とは別次元の存在。
これ程の相手はラカン以外知らないバージルにとって、格好の標的に見えた。
「何だテメェ、いきなり現れやがって……」
「俺達の邪魔をするのなら、命を落とす事になるぜ」
どうやら、此方が既に戦闘体勢に入っているのを悟られたのか、目の前奴等はそれぞれ拳を握り締めている。
(コイツ等は兎も角、問題はアイツだ。この状態でどこまで戦える?)
既に思考まで戦いに染まっているバージルは、レズン達と同じように拳を握り締める。
5対2の圧倒的不利な状況。
自分が勝てる可能性は限り無く低い。
しかし。
(まぁいい、死んだらそこまでだ。……尤も、死ぬつもりはないが)
バージルは真っ正面から受けて立つ選択を選び。
そして。
「しゃぁぁぁぁぁっ!」
「ぬぅあっ!」
「ちゃらぁっ!」
「ダッ!」
ターレスを除いた四人の男が、バージルを目掛けて飛び掛かってきた。
そして、超スピードにより文字通り目にも映らなくなった奴等が、見えない脅威となって襲い掛かる。
「フッ!」
バージルもそれに対抗するため、超スピードで以て姿を消す。
吹雪いている雪山でただ一人残されたターレス。
ふと、徐に上を見上げると。
「だぁぁぁぁっ!」
「ぬぅぅあぁぁっ!」
拳と拳をぶつけ合わせるバージルとアモンドが、その姿を現した。
ぶつかり合った衝撃により、吹雪いていた雪が吹き飛び、雲に穴を開ける。
そして、アモンドを筆頭に次々に姿を現したダイーズ達が攻撃を仕掛ける。
レズンは左から、ダイーズは右から、カカオは後ろから。
左右前後の同時攻撃を前にしながら、バージルは全く退く事はなかった。
レズンの手刀を片手で防ぎ、ダイーズの拳とカカオの蹴りを振り向かずに捌き、避け、アモンドの乱打を足で対抗している。
「何!? 奴の戦闘力が……」
バージル達の戦いを見ていたターレスが驚きの声を上げる。
ターレスの耳に付けられた機械、その画面に写し出された数字がドンドンと上昇していくのだ。
そして。
「ちぇらぁぁっ!!」
「「「「っ!?」」」」
バージルの雄叫びが雪山に轟いた瞬間。
バージルの拳が、蹴りが、手刀が、膝が、それぞれアモンド達の体に叩き込まれる。
苦悶の表情を浮かべながら、地面へと落下するアモンド達。
膝を着き、震える体を立ち上がらせようとするが、既にダメージが足にまで来ていたアモンド達は苦虫を噛み砕いた表情でバージルを睨み付けていた。
「て、テメェ……」
「驚いた。まさかまだ生きているとはな……」
殺すつもりで放った一撃が、まさか耐えられていたとは……。
しかし、これで一対一の戦いに持ち込める。
バージルは連中の親玉らしきターレスに向き直ると。
「カカロットじゃない。だとすれば……まさか」
すると、バージルの顔を見て何かを思い出したのか、ターレスはハッと目を見開き、不敵な笑みを浮かべた。
「ククク……まさか、こんな所で会うことになるとはなぁ」
「?」
「俺が誰か分からないのか? 傷付くぜ、お前を送り出したのはこの俺なんだぜ」
「……何?」
送り出した?
何だ。コイツは一体何を言っている?
目の前で不気味な笑みを浮かべているターレスに、バージルはどうしてか動けず。
そして、ターレスから伸びる尻尾を見た瞬間。
ズキリ、と鋭い痛みが頭に走り。
バージルの赤ん坊だった頃の記憶を呼び覚ましていき。
そして。
「……サイヤ人、か?」
その呟きに、ターレスはグニャリと歪んだ笑みを浮かべた。
〜あとがき〜
バージルの戦闘力はあくまで目安ですので……。