翌朝、麻帆良学園女子中等部。
いつもと変わらない朝を向かえ、いつもと変わらないHRが始まろうとした時。
「「「ね、ネギ先生ーー!?!?」」」
3−Aクラスから、窓ガラスが割れんばかりの大声が響いた。
原因は、クラスの担任であるネギ=スプリングフィールドにあった。
試験の時、茶々丸の攻撃によってボロボロにされ、包帯だらけのミイラ男になったネギ。
首にはサポーターが付けられ、鼻には大きな絆創膏が貼ってあり。
可愛らしいネギの姿は微塵も見当たらない、凄惨な姿になった担任に生徒達は一斉に押し掛けてきた。
「ど、どうしたのネギ君!」
「何でそんなボロボロなの!?」
「学校に来て大丈夫なの!?」
押し掛けてくる生徒達に、ネギは苦笑いを浮かべながら大丈夫だと答えた。
明日菜達も今日は学校休んでも良いのではと聞いたが。
『これは僕が自分の為だけに考えて行動した結果です。そんな事の為にイチイチ休んでいたら皆さんに申し訳ありませんよ』
と言ってこれを否定。
職員室に来た時も何事かと騒がれていたが、ネギの説明によって何とか納得してくれた。
しかし、もし体調が悪くなったら直ぐに自宅へ戻って休養するよう、生徒指導の新田はネギとその保護者である木乃香と明日菜に言い渡し、その場はそれで終わる。
生徒達に事情を説明をしているネギに、心配そうな面持ちでいる明日菜。
木乃香の方もオロオロとしており、刹那にどうするべきか相談していた。
「ほら、そろそろHRが始まりますよ。僕の事は大丈夫ですから皆さん席についてくださーい」
パンパンと両手を叩き、生徒達を席に座るよう促す。
はぐらかされた気分ではあるものの、生徒達は渋々と席に座っていく。
「でも、一体どうしたんだろうねネギ君」
「うん。階段から落ちてもあそこまではならないよ」
席に座っていく間も、ネギの怪我について話をする生徒達。
「あれ、そういやいいんちょは?」
「何か……電話してる」
普通なら、ここでネギを溺愛しているクラス委員長の雪広あやかが何らかの動きを見せる筈だが。
珍しく大人しく、携帯電話を片手に何やらブツブツと呟いていた。
誰と何を話しているのだろうと、耳を傾ける明石裕奈と朝倉和美。
「ハロー、プッシュ大統領。日本語で申し訳ありません。実は軍隊を一個……いえ、二個大隊程お借りしたいのですが、出来れば空母付きで」
「何か偉い人とエライ事を話してるーっ!?」
「ちょっ、何してんのいいんちょ!?」
目は虚ろい、乾いた笑みを浮かべるあやかに再び教室は混沌に包まれる。
結局、その場は彼女と同室の那波千鶴の活躍によってその場は丸く収まる事が出来た
そしてその時、ネギは後ろの席で大人しく座っているエヴァンジェリンと茶々丸に目を向けると。
ネギは一度頭を下げて笑みを浮かべながら教室を後にするのだった。
放課後。
夕暮れで空が朱色に染まる頃、駅前は下校する生徒で賑わっていた。
そして、その生徒の半数近くが、新しく出来た鯛焼き屋に買い食いをしに来ていたのだが。
積み上げられた鯛焼きの袋と、その中身を喰らう一人の少年の姿に、誰もが見てるだけで胸焼けを起こし、胸元を抑えながら引き返していった。
ある意味学園の名物になりつつあるバージルの大食い。
放課後、エヴァンジェリンを迎えに人知れず中等部に侵入したバージルは、一人になった一瞬を狙い、縮地や瞬動などより遥かに速い動きで、彼女を拐ったのだ。
トイレから出てきた瞬間、視界を遮られた時は自分でも驚く程間抜けな声を出してしまった。
茶々丸に悪い事をした。
恐らくは自分を探しにアチコチ走り回っている従者に済まないと思いながら、エヴァンジェリンは隣でガツガツと鯛焼きを喰らっているバージルに非難の視線を浴びせる。
その視線に気付いたバージルは何だと振り返る。
「全く、お前には常識と言うものがないのか?」
「?」
「いきなり人を拐い、何かと思えば鯛焼きを奢れなどと……」
「俺はお前に付き合った。今度はお前の番だろ」
「それはそうだが、もう少し穏便に出来んのか?」
「オンビンって何だ?」
本当に分からないと言った様子で、鯛焼きを加えたまま首を傾けるバージル。
そんな彼にエヴァンジェリンは深々と溜め息を吐いてガックリと項垂れる。
そして、バージルが鯛焼きが入った次の袋に手に取ろうとした。
その時。
「ば、バージルさん!」
「うん?」
突然聞こえてきた声に振り返ると。
驚きと怒り、様々な感情がが混じった表情をした制服姿の高音がタッパーを片手に此方に詰め寄って来た。
「高音=D=グッドマン……」
「チッ」
髪を揺らし、近付いてくる高音。
バージルは何だと目をパチクリさせ、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに舌打ちを打った。
「どうして貴方が、闇の福音といるのですか!?」
「飯を貰いにだが?」
憤慨している高音に、バージルはキョトンとなって応える。
「そうじゃありません! どうして貴方のような偉大なる魔法使いが、悪の魔法使いと一緒にいるんですかと聞いているのです!」
「俺、魔法使いじゃないぞ?」
そう、バージルは魔法使いではない。
世界中を旅した時も、結果として立派な魔法使いの様に活躍にしていたと、高畑からはそう言われていただけ。
しかし、高音は自分の理想とする者が悪の魔法使いと一緒になっている事が我慢出来なかった。
フーッ、フーッ、と敵意を丸出しにして睨み付けてくる高音。
しかし、敵意を向けているのが自分ではないと知ったバージルは、怒りを露にしている高音を不思議に思いながらお好み焼きが入った鯛焼きを頬張り続けていた。
すると。
「あ、あのバージルさん!」
「あ、見つけました。エヴァンジェリンさん!」
右方向からシルヴィが、左方向からはネギ達が、それぞれ二人の下へ集まり。
その場は更に混沌としたものとなった。
現在、バージル達はエヴァンジェリンの自宅のログハウスで対面していた。
敵意をエヴァンジェリンにぶつける高音。
そんな高音に対し、疲れた様に溜め息を溢すエヴァンジェリン。
シルヴィは重要人物に囲まれ、酷く緊張しており。
木乃香はシルヴィとバージルに視線を向け。
ネギや明日菜、刹那とカモはこの場の重苦しい空気に冷や汗をダラダラと流し。
そして、その空気となった原因を半数以上占める男、バージルはと言うと。
「鯛焼きウマー」
一人暢気に鯛焼きを頬張っていた。
「さて、まずはどこから話そうか……まずは坊やだな。怪我は大丈夫か?」
自分に話を振られ、少し戸惑うネギだが、この空気に自分から話す事を躊躇っていただけにエヴァンジェリンの心遣いは有り難かった。
「は、はい。見た目程大したものではありませんし、治癒魔法をこまめにやれば二日程……」
「そうか、で? 私に用とは……まさか弟子入りの話か?」
エヴァンジェリンの問い掛けに、ネギは頷く。
ネギにとって、エヴァンジェリンは理想の師。
熟練された魔法の使い手、ネギは一度失敗した程度で引き下がる事は出来なかった。
ネギはエヴァンジェリンに再び弟子入り試験をしてもらうよう、頼みに来たのだ。
それを聞いた高音は、ピクリと眉を吊り上げる。
何故あの千の呪文の男の息子が悪の魔法使いに弟子入りするのか。
確かに彼女は魔法に関しては誰よりも精通しているだろうし、師にするには適切かもしれない。
しかし、高音はどこか納得いかなかった。
「で、お前は一体何者なんだ?」
不満を顔に浮かべる高音を横に、エヴァンジェリンは今度はバージルの隣に座るシルヴィに問い掛けた。
見定めるように見詰めてくるエヴァンジェリン。
鋭い眼光の彼女に、シルヴィは疑われないよう慎重に応えた。
「え、えっと、私はシルヴィ=グレースハットと言います。先日この学園の中等部に転入してきたばかりですので……」
「あ、もしかしてウチの学校に転入してきたのって……」
「はい、私です」
「困った事があったら言ってよ。私達で良ければ相談に乗るよ」
「ありがとうございます」
ぺこりと頭を下げて、社交辞令の挨拶を交わすシルヴィ。
だが、エヴァンジェリンの睨みに一瞬ビクリと肩を竦めてしまう。
「それで、何故転入生がこの男の事を知っている?」
それは審問だった。
嘘や偽りなどは許さないと言った目で睨むエヴァンジェリン。
迫力のある彼女にバージルを除いた一同がゴクリと唾を飲んだ。
「私、実はこの方に……バージルさんに昔助けて貰った事があるんです」
「「「っ!」」」
「争いに巻き込まれ、命の危険に晒された時、バージルさんに……」
「それじゃあ、魔法の事もその時に?」
「えぇ、尤も彼が魔法使いではないと知ったのはこの学園に来る前ですけど……」
そう言ってチラッとバージルに横目を見るシルヴィ。
バージルは鯛焼きに夢中なのか、気付いた様子はない。
その話を聞いた高音は、ウンウンと何度も頷いて見せた。
実際、シルヴィは嘘は言っていない。
バージルは覚えていないだろうが、自分が死ぬかと思われた時、命を助けられたのだから。
シルヴィの事を見定め終ったのか、エヴァンジェリンは両手を組んでフンッと鼻息を飛ばし。
ネギはバージルの事を凄いなと思いながら、尊敬の眼差しを向けていた。
すると。
「ヨシッ、そろそろ始めるか」
鯛焼きを全て食い付くしたバージルが、口元を無造作に拭いながら席を立ち、地下室への扉に足を進める。
「何だ。またやるのか?」
「当たり前だ。そうでなきゃ意味がない」
当然だと言い放つバージルに対し、深い溜め息を溢すエヴァンジェリン。
何の話だか分からないネギ達は、地下室に向かう二人に何となくついてき。
エヴァンジェリンはその時、何か閃いたのか、不気味な笑みを浮かべていた。
そして。
「な、何なのよここはぁぁぁぁぁっ!?」
ミニチュアの中にある別荘の空間、明日菜が唖然となっているネギ達の代弁者となっていた。
見渡す限りの海、常夏の空気。
さっきまで自分達がいた薄暗い空間とはまるで違う光景に、魔法を知らなかった木乃香は目を点にしている。
すると。
「おい闇の福音、コイツ等は一体何だ?」
「なに気にするな、お前はいつも通り修行を始めるがいい」
「……フン」
そう言うと、バージルは全身に氣を纏い。
遥か水平線の彼方へと飛んでいった。
「ちょ、ちょっとエヴァちゃん! 一体これは何なのよ! アイツは何をしようとしているのよ!?」
訳が分からないと言った様子食って掛かる明日菜。
それをエヴァンジェリンは片手を出して遮り。
「さて、諸君。先ずは我が別荘にようこそ。いきなりで悪いが少し余興を楽しんでいってくれ」
「よ、余興?」
「あぁそうだ。坊や、いきなりだがここで弟子入り試験を始めようか」
「え、えぇっ!?」
いきなりの申し出に戸惑うネギ。
しかしエヴァンジェリンは笑みを浮かべて大丈夫だと言い。
「心配するな。今回は別に殴り合う訳ではない。寧ろある意味前回より楽かもしれんぞ」
そう言って不敵な笑みを浮かべるエヴァンジェリン。
そして。
「試験内容は、これから起こる出来事に耐え続ける事。な、簡単だろ?」
彼女がそう呟いた瞬間。
水平線が閃光に包まれ、ネギ達のいる別荘は凄まじい衝撃波に揺れ動いた。
一方、学園長室では。
「何……これ」
鯛焼き屋からの請求書に、近右衛門は目眩を起こし、床に倒れ伏せるのだった。
〜あとがき〜
次回は遂に恋愛戦!?
……まさかね。