料理屋超包子。
四葉五月を始めとした3−Aのクラスメイト数名が運営している麻帆良学園でも屈指の人気店。
普段は学園祭の準備で早起きをする生徒達で賑わうこの場所だが。
現在は重苦しい雰囲気に包まれ、誰も言葉を発する事は無かった。
その原因たる人物達に視線を向けるが、有無を言わさぬ覇気を纏う二人の少女を前に、生徒達は何も言えなくなっている。
学園祭を前に、武闘会で名を馳せようとして、ピリピリ状態だった武闘派の大学生達も、そんな彼女達の前にすっかり萎えていた。
二人の少女、その片割れである高音=D=グッドマンはバージルと一緒に食事をしている超鈴音に視線を向けていた。
「何故、貴女が彼と一緒にいるのです?」
冷たく、感情の色の無い瞳で超を見下ろす高音。
その迫力を前に、超はアハハと苦笑いを浮かべながら誤魔化そうとしている。
超は、ある事情で魔法に関する事を特例として許されている人物。
だが、魔法生徒や魔法教師にとっては危険因子で要注意人物でもある。
そんな彼女が、一体バージルに何をするつもりなのか。
高音は無自覚ながらも全身からオーラを滲み出し、その場の空気を張り詰めさせていく。
以前の彼女では、場の空気を震撼させるまでには至っていない。
これは、彼女がエヴァンジェリンの下で修行を詰んだ賜物なのかもしれない。
そのを証拠に、高音の後ろでは妹分の佐倉愛衣が、異様な威圧感を放つ高音に顔を真っ青にし、肩を震わせて怯えていた。
そしてもう一人の少女、シルヴィ=グレースハットは別の意味での威圧感を放っていた。
主であるフェイトにバージルに関する報告をする為に、今日はバージルを食事に誘おうとしていたのだ。
これも任務をこなす為、主であるフェイトの期待に応える為、シルヴィは自身にそう言い聞かせながらバージルに今晩一緒に食事に出掛けないかと誘うつもりだった。
別に洒落た高級レストランで夜景を眺めながら食事を楽しむつもりもないし、ただ二人で色々と話をしたかっただけ。
そう、全ては任務の為に。
なのに。
「何、してるんですか?」
あまり記憶にない少女と、一緒になって楽しくご飯を食べているバージルに、シルヴィは声を低くして尋ねた。
すると。
「ん? 飯を食べてるが?」
それがどうしたと、まるで逆に質問してくる口調で答えるバージルに、シルヴィは自分でも理解出来ない苛立ちを覚えた。
二人の睨みと雰囲気に重くなっていく空気。
そんな空気にも関わらず、バージルは茶々丸が運んでくる料理を堪能していた。
「もう一度聞きます超鈴音、何故貴女が彼と一緒に食事をしているのです?」
「怖い顔ネ、それでは男子達にモテないヨ?」
質問に答えようとしない超に、高音はコメカミに青筋を浮かべ、更に目を鋭くさせる。
少し挑発するつもりが物凄い効果を発揮し、予想以上の反応を見せる高音に、超は思わず仰け反った。
「じ、冗談ネ。実は彼にこの店の評価をして欲しくて招待しただけネ」
「招待?」
「彼は一部での間では有名でね、彼が訪れた店は多大な損害が支払われる代わりに商売安定が約束されるという噂があるカラ……私もそれに便乗しようかなと思たネ」
確かに、超はこの超包子のオーナーである為、その話には筋が通る。
だが、唯でさえ人気店を誇る超包子にこれ以上利益を求めて何になるのか。
頭の中でそれが引っ掛かる高音は警戒を解く事はなく、ジッと超を睨み付けていた。
「ヤレヤレ、随分嫌われたものネ……分かたヨ、ソロソロ学校の時間だし、私はこれで失礼するヨ」
高音にこれ以上探られるのは不味いと判断した超は、溜め息と共に席から立ち上がり、その場を後にした。
その際に。
「また後で、時間があれば会ってくれないか?」
「?」
「連絡先は教えられないが、気が向いたらまたここに……」
バージルの耳元で囁くと、超は高音とシルヴィに挑発する様な笑みを見せ付け。
そのまま学校へと走り去っていった。
バージルは何なんだと小首を傾げながら最後の杏仁豆腐に手を付けると。
「バージルさん」
「放課後、お時間宜しいでしょうか?」
阿修羅の顔をした二人に、バージルは呆然となり。
「………うっちゅ」
思わずコクリと頷いてしまった。
そして放課後。
「……私は」
逃げる様にいち早く教室を後にし、エヴァンジェリンの別荘を利用していた夕映は、ネギがいつも修行に使っている広場の中央で佇んでいた。
呆然と、照り付ける太陽と広がる青空を見上げるが、夕映の表情は暗かった。
自分にとって、この日常は退屈なものだった。
尊敬し、敬愛していた祖父が亡くなってからは、夕映にとっては全てが虚構に見えた。
捻くれた性格でありながら、のどかやハルナといった親友にも恵まれ、楽しい日々を送れる様にはなったが……。
それでも、どこか退屈で虚しく思えた。
魔法。
口にすると陳腐な事この上ないが、幻想でしかないと思われていた存在が実在していたと知った時は……柄にもなくはしゃいだ。
魔法という非日常がそこにあり、今その扉に差し掛かった所にいる。
一度は覚悟を決めて、その扉に手を掛けたが。
『その日常を、どれだけ渇望し、願っている人がいるか……知っていますか?』
シルヴィから突き付けられた言葉、それが酷く重くのし掛かる。
この地球は未だに争いが起こり、尊い命を失っている。
何もしていないのに、何も悪くないのに。
理不尽な理由で愛する人が奪われ、家族を失い、我が子を死なせてしまっている。
その悲しみは、理論や理屈で表せない。
仮に出来たとしても、その人間は最早人間ではない。
祖父は老衰だった。
少なくとも、自分は祖父とは多くの思い出を作れたと思っている。
だが、それすら叶わない人が、この世界に溢れている。
シルヴィも、恐らくはそういうのを経験した事があるのだろう。
そしてバージル=ラカン、彼は幼い身でありながら戦いに生きる人。
三年前、既に七つの年で命を奪い、殺しを繰り返してきた。
彼が戦う様を思い出すと、今でも震えは止まらない。
おぞましい狂気、凄まじい殺気。
目の前で人だった者を殺して喰らっている様は、まさに悪魔そのもの。
だが、裏の世界に……魔法に関わっていれば、いつかはそんな化け物にも出会ってしまうかも知れない。
怖い。
夕映は震える体を抱き締めて、地面へと踞った。
「……ああ、そうか」
自分は結局、逃げ場所を探していただけ。
祖父が死んだという現実から逃げ出したくて、ただその場所を探していただけ。
覚悟なんてものは、最初からなかったのだ。
「……確かに、彼女にああ言われても仕方ありませんよね」
夕映は自重気味の笑みを浮かべ、ゆっくりと立ち上がり。
「私も……朝倉さんのように」
帰りのHR、教室での朝倉を見た時、夕映はのどかの制止を振り切り、逃げる様にこの別荘へと転がり込んだ。
だが、今ならまだ間に合うかもしれない。
魔法に関する記憶を失い、日常に戻れるのなら。
ネギにもこれ以上迷惑掛ける事はないし、両親にだって被害が及ぶ事はない。
夕映は外との繋がる魔法陣に向かって歩き出すと。
「本当、ありがとうな。お陰で助かったわ〜」
「いえ、マスターも貴方にここを利用する許可を与えましたから、私からは特に言うことはありませんから」
「そ、そうか?」
ふと、魔法陣から光が溢れて二人の人物が別荘へと入ってきた。
一人は茶々丸、エヴァンジェリンの従者である彼女ならここに来るのは納得できるが。
「あ、アンタは、いつぞやのチビッ子!」
指を差して犬耳を見せる少年、犬上小太郎を前に、夕映は目を大きく開かせた。
某国某所。
宗教、思想、様々な柵が紛争を引き起こす今日、砂漠に囲まれた街は一つの異変と出会った。
互いの主張が噛み合わず、互いに銃を射ち鳴らし、民間人をも捲き込み血を流し、泥にまみれた一人の青年は、目の前の人間に驚愕した。
見たこともない鎧の人間、まるでSF映画に出てきそうな機械仕掛けのモノ、おおよそ人間とは思えない輩が目の前で佇んでいるのだ。
「へぇ、ここが地球か……砂だらけなんだな」
「それはそう言う場所に来たからでっせい、ここから数千キロ離れた所は緑に囲まれよく“育つ”場所もある」
「な、何なんだお前達は!?」
青年は顔に妙な機械を付け、イヤリングとネックレスを付けた男に銃を突き付ける。
しかし、男は銃を向けられているのに、大して動じた様子はなく、笑みを浮かべながら向き直った。
「もしかして、俺に言っているのか?」
「ああ、そうだよ! お前達は一体何なんだ!」
青年は酷く興奮した様子で引き金に指を当てる。
何故青年がここまで目の前の男達に敵意を剥き出すのか?
普通なら、何処かイカれた連中だと思い、放っておくのだが……。
だが、青年は見てしまった。
目の前の男達はいきなり空から現れ、近くにいた仲間達を殺したのだ。
銃ではなく、素手で。
巨漢の男は顔を握り潰し、イヤリングの男は胴体を拳で貫き。
子供の背格好をした不気味な奴は、笑いながら女の仲間を縦に引き裂いた。
悪夢を見ているようだった。
ほんの数時間前まで、下らない話で笑い合っていた仲間が次々に殺されていく様を見せ付けられ、青年は気が変になりそうだった。
そして。
「ただの侵略者さ」
「ふざけるなっ!!」
男が笑いながら片手を上げた瞬間、青年は引き金を引いて銃を撃った。
しかし。
「あんぐ」
「っ!?」
「モグモグ……ぺっ」
男は青年の撃った弾を口で受け取り、味わう様に動かした後、青年の足下に吐き捨てた。
丸く、胡麻の様に小さくなった弾丸を前に青年は立てる気力を失い、地面に腰を下ろす。
すると、巨漢の男が左耳に取り付けられた機械のボタンを押すと、音を立てて数字を刻んでいく。
軈て、プーッと音共に機械が停止すると、巨漢の男は落胆したような顔を見せ。
「戦闘力5……ゴミでっせい」
「は?」
「んじゃ、ゴミ掃除をしますか。環境は大事にってね」
男の言葉に青年は呆けていると、イヤリングの男が青年に向けて掌を向け。
光と共に、青年を消滅させた。
「ふん、ゴミクズが」
男は手を掲げ、口元を歪ませると。
騒ぎに駆け付けた武装した人間が、男女問わずに集まってきた。
同時に放たれる弾丸、男達はどうしたものかと銃弾の雨を受けながら唸っていると。
「全く、遊ぶのは良いが大概にしとけよ」
「す、すんません」
これまでの態度から一変、イヤリングの男は一番背後にいるマントを羽織り黒褐色の肌をした男にペコリと頭を下げた。
「やはり、探索機からのデータとは若干違いがありますね。似たような地層ではありますが微妙に違う」
「やはり、あの時の光が原因ですかな?」
「なら種が尤も育ちやすい場所を探しつつ、この星を堪能するとしよう」
「て事は、暴れても?」
「構わんが加減はしろよ、折角見付けた上等な苗床なんだ。壊れてしまっては元も子もない」
「へへ、分かってますよ」
「ンダ」
男達が笑みを浮かべると、銃を乱射する集団に向かって飛び掛かり、一方的な虐殺を行った。
切り裂き、撃ち抜き、消滅させる。
阿鼻叫喚な断末魔を叫ぶ人間を、マントを羽織った男は愉快そうに笑い。
「ククク、これも間抜けなカカロットのお陰か?」
そう呟き、マントを翻す男の腰には。
尻尾が巻き付けてあった。
〜あとがき〜
はい、今回は皆様が予測した通りの人が降臨しました。
……最近、暑い日が続いて溶けてしまいそうな作者です。