ヘルマン伯爵が麻帆良学園に襲撃してから数時間。
ネギ達、特に生徒である朝倉や夕映を落ち着かせるため、現在はエヴァンジェリンの別荘で休んでいた。
エヴァンジェリンの別荘では、外との時間経過具合が異なり、一日で過ごしても外は一時間程度しか時間が経っていない。
そして別荘で過ごして早五日、外は既に真夜中の時間帯となっている頃。
エヴァンジェリンは五度目の夜となった別荘を歩いていた。
月明かりが別荘の廊下を照らし、いつもネギとの修行で使っている広場に出ると。
広場の端で座り込んでいる明日菜達の姿があり、その中には夕映や朝倉の姿もあった。
あの騒ぎの後、別荘では既に五日過ぎているが、まだ外ではそんなに時間が経っていない。
明日菜達の懸命なフォローのお蔭で、二人は何とか落ち着きを取り戻してはいるが、それでも表情は暗かった。
目の前で起こった惨劇。
凄惨な虐殺、圧倒的な殺戮。
自分達と同じ人間の形を模したものが、呆気なく殺されていく様を見せ付けられ、その光景を目の当たりにした二人は、夜一人で眠れぬ日々を過した。
だが、それは二人だけではない。
一緒にその場にいた明日菜や木乃香、古菲も二人と同様に苦悶に満ちた表情でいる。
過去の出来事で僅かながらも耐性のあるネギも、何とか皆を立ち直らせようとするが、それでも辛いものがあった。
刹那もあれからの出来事をエヴァンジェリンから詳細に聞かされ、ショックは大きい。
ネギと共に木乃香のフォローに回るが、掛ける言葉が碌に見当たらなかった。
そんな彼女達に、エヴァンジェリンはやれやれといった表情で近付いていく。
「何だ、まだこんな所でウダウダしていたのか。ガキはいいな、暇で」
「っ!」
「エヴァンジェリンさん……」
いきなり現れ辛辣な言葉をぶつけるエヴァンジェリンに、明日菜は睨み付けネギ達はゆっくりと振り返った。
「やれやれ、バージルの奴が別荘を使い始めたと思ったらゾロゾロと……いい加減金を払わせるぞ」
額に青筋を浮かべ、苛立ちを露にするエヴァンジェリンは、ネギ達を睨み付けた。
「な、何よエヴァちゃん! そんな言い方しなくたって!」
「じゃあ何て言えばいい? スプラッタな光景を目の当たりにして可哀想だなとでも言った方がいいのか? まぁ、ガキにはその位甘い方がいいか」
「っ!?」
素っ気なく応えるエヴァンジェリンに、明日菜は激昂の表情を露にする。
しかし、そんな明日菜をエヴァンジェリンは相手にせず、そのままネギに歩み寄っていく。
「さて坊や、明日からはいつも通り修行を始める。今夜はもう寝ろ」
「え? で、でも……」
いきなり突き付けられる言葉に、ネギは戸惑いながら明日菜達に視線を向ける。
「教師としての振舞いも結構だが、お前は力を欲しているのだろう? ……二度は言わん、今すぐに寝ろ」
有無を言わせない迫力を発するエヴァンジェリン。
不安に思うネギだが、ここは刹那に任せて言われた通りにした。
「ご、ごめんなさい明日菜さん、皆……」
ネギは扉の前で一度立ち止まり、振り返って頭を下げると、追い出される様にその場を後にした。
残された明日菜達、エヴァンジェリンは彼女達に向けて蔑む様に目を細め、口元を歪めると。
「どうだ。愉快で楽しい裏の世界を垣間見た感想は?」
「「っ!」」
夕映と朝倉に向けて放った一言が、二人の瞼の裏に焼き付いて離れない光景が浮かび上がる。
あの時の恐怖を思い出し、再び表情を青ざめさせて震える二人。
そんな二人を見てエヴァンジェリンは楽しそうに笑みを浮かべた。
「ちょっとエヴァちゃん、いい加減にしなよ!」
これまでのエヴァンジェリンの言動に、遂に我慢出来なくなった明日菜は立ち上がり、目付きを鋭くさせて立ち上がった。
「あれだけの事があったのよ! 普通の女子中学生の私達が……あんなモノを目の当たりにして、落ち込むのも無理ないじゃない!」
「普通?」
普通の女子中学生。
その言葉を聞いたエヴァンジェリンは眉をピクリと動かして、みるみる内に表情を険しくさせる。
「なら、何故普通の女子中学生のお前達が坊やに関わろうとする?」
「っ! そ、それは……」
「此処にいるのは魔法という存在を知り、坊やの過去を知っている。それでも関わると、此方に足を踏入れると決めたのは……お前達だろ?」
ギロリとエヴァンジェリンからの返しの睨みに、明日菜は言葉を失い後退る。
すると、エヴァンジェリンは明日菜から視線を外し、今度は朝倉達に視線を向けた。
「朝倉和美、お前確か坊やの過去を知った時こう言ったな。“面白そう”と」
「っ!!」
エヴァンジェリンから告げられる……嘗て自分が言った何気ない一言。
だが、それが今朝倉の背中に重くのし掛かる。
「人の過去を覗いて面白いとは、中々言うじゃないか。素直に驚いたよ」
「…………」
エヴァンジェリンは笑みを浮かべて朝倉に拍手を送る。
朝倉は頭の中が真っ白になり、目尻に涙を溜めていく。
だが、それでもエヴァンジェリンの言葉は止まらなかった。
「お前達は自ら望んで世界の裏に関わろうとしていく、好奇心で、憧れで、退屈な日常から抜け出したい為に」
「っ!」
エヴァンジェリンの言葉に、今度は夕映がビクリと肩を震わせた。
エヴァンジェリンはプルプルと震える夕映に目線を向け、一度広場の中央まで歩いていくと。
「人間というものは好奇心が強いモノ、それ自体は別に悪いとは言わないし否定するつもりもない。……しかし」
そう言って振り返るエヴァンジェリンの瞳は、これまでにない怒気を宿していた。
「お前達はどうしてこの学園にいる? どうしてこれまで生活してこれた?」
「………え?」
突然問われる様な口振りになるエヴァンジェリンに、明日菜達は分からないと言った様子で答える。
それを見ると、エヴァンジェリンは何が気に入らないのか、更に怒りを露にして舌打ちを打った。
「お前達の“親”がいたから、これまで生きて来られた。楽しく、何不自由なく過ごして来られたんだろう?」
「「っ!?」」
「もしお前達が裏に関わり、裏の人間に恨みを買われたらどうする? 巻き込まれるのは貴様等の家族だぞ?」
朝倉にも夕映にものどかにも古菲にも家族はいる。
父が母が、祖父が祖母が、中には兄弟がいるものもいる。
明日菜は天涯孤独だが、それでも高畑や学園長という保護者がいてくれた。
木乃香も関西呪術協会の長という忙しい役職に就いている父親を持つが、それでも愛情に恵まれていた。
刹那も、幼少期は辛い日々が続いたが、それでも今は木乃香という大切な存在の隣に立っていられる。
そう、彼女達は今、平凡だが幸せの中にいるのだ。
夏休みになれば家族にも会いに行ける。
もしかしたら素敵な異性と出会い、その人と共に幸せな日々を送れるかもしれない。
平凡でありふれた幸福。
「それを、お前達は手放す覚悟があるか?」
エヴァンジェリンの一言で、その幸福がガラス細工の様に音を立てて崩れ落ちた。
「二度と家族と逢えなくなるかもしれない。下手をすれば巻き込んで死なせてしまうかもしれない。その可能性を考慮して、お前達は好奇心に従い此方側に関わりたいと抜かすんだな?」
「…………」
何も、言えなかった。
何も、応えられなかった。
ジロリと見下ろしてくるエヴァンジェリンに、彼女達は何も言えず、ただ俯くしか出来なかった。
ただ、元々は裏の人間である刹那だけは、明日菜達の様に追い詰められた表情はしていない。
だが、それでも酷く落ち込んでいる彼女達をどうすればいいか分からず困惑している。
と、その時。
「あまり、彼女達を苛めないであげないでくれないか?」
渋めの男性の声が聞こえ、徐に振り返ると。
「た、高畑先生!?」
「や、こんばんは」
片手を上げて挨拶する高畑が、茶々丸の案内に従って此方に歩いてきていた。
いきなり現れた意外な訪問者に、驚きを隠せない一同。
だが、エヴァンジェリンは鬱陶しそうに眉を寄せて舌打ちを打つ。
「苛め? 私は事実を言っているだけだが?」
「まぁ、そうなんだけどね……」
フンッと鼻息を吹かせてソッポを向くエヴァンジェリンに、高畑は苦笑いを浮かべている。
「あの、どうして高畑先生がここに?」
明日菜はオズオズと手を上げて高畑に何故この場所に来たのか訪ねてみた。
すると、少し困った顔を浮かべ高畑は少し考え込むが。
仕方ないと軽く溜め息を吐き、明日菜達に振り返る。
「実は、先程の職員会議でね……彼を、バージル=ラカンを学園から追放する事が決まったんだ」
「「っ!?」」
高畑から告げられるバージルの追放、それを聞かされた明日菜達……特に木乃香はショックが大きいのか、目を見開かせていた。
対してエヴァンジェリンは詰まらないと言いたそうに目を細めている。
「彼には彼の目的であるナギの情報を僕達が知っている全てを話し、この学園を去って貰うって事、別に力ずくで追い出す訳ではないから安心して」
「そんな事をすれば、この学園諸とも消し飛ぶからな」
悪戯に笑うエヴァンジェリンに対して、高畑は苦笑いを浮かべるしかない。
明日菜達も、心無しか少し晴れ渡った表情を見せている。
しかし木乃香だけは、京都の時に交わした約束が守れなくなると思い、一人沈んだ顔で俯いていた。
そして。
「さて、他の魔法先生が来る前に少し聞いておこうかな」
「え?」
「何を……ですか?」
急に目付きが変わり、真剣な面持ちになる高畑に、朝倉と夕映は尋ねると。
「君達の……記憶消去についてだよ」
高畑の一言に、二人はビクリと肩を震わせたのだった。
そして数時間後、夜が明けて太陽が昇り始めた時間帯。
バージルは自室のマンションでいつも通りに起床し、眠たい顔を水洗いで洗って完全に覚醒すると。
「うし」
柔軟体操で体を動かし、最後に拳をパシンッと振り抜くと。
パリンッと部屋の窓ガラス全てが音を立てて粉砕していった。
衝撃波によって吹き飛び、一気に風通しがよくなっていく。
「…………」
バージルは僅かな間動きが止まり、暫くしてヨシッと頷き、朝食を済ませる為に街に繰り出そうとする。
意気揚々と扉を開け、マンションの玄関を前にした時。
「こんにちはー、君がバージル=ラカンだネ?」
頭に二つのお団子の形をした髪型で、頬っぺたに赤丸を着けた一人の少女が、にこやかな表情を浮かべながら佇んでいた。
「……何だお前」
バージルは警戒心を強め、全身から僅ずつ氣を放っていくと。
「実は折り入ってお話があって……先ずはこれを食べて欲しいネ」
差し出された二つの肉まん。
香ばしい匂いにバージルの全身から氣が消えて、涎を足らすと。
「私のお願いを聞いてくれたら、君に超包子での肉まん食べ放題の権利を進呈するヨ」
「……話を聞こう」
目の前の少女の話を取り敢えず聞くことにし、マンションを後にした。
バージルの後ろをピッタリと着いていく少女、超鈴音は。
(……計画通り)
ニヤリと、不気味な笑みを浮かべていた。
〜あとがき〜
エヴァンジェリンが説教役になってしまった(汗
しかも大部分の方に展開が先読みされてるし。
……因みに最後のはネタですww