「ングング、モグモグ……」
「ふわ〜……」
「あらあらまぁまぁ」
麻帆良学園女子寮、那波千鶴達が仮住まいとして過ごしているこの部屋に、一人の住人が加わった。
犬上小太郎。
道端で怪我をしていたのを見かけ、拾ってきた犬が何故裸の少年にすり変わったのか疑問は尽きないが、千鶴や夏美は深く追求せず、一先ずこの部屋に置いていた。
「凄い食欲……よっぽどお腹が空いてたんだね」
「そんなに焦らなくても、御代わりならまだまだあるわよ」
「いや〜、ホンマ助かったわ〜。兎に角腹が減って腹が減って……」
「しかも回復力も凄い……熱も下がってるし」
千鶴が作る料理をたらふく口にしながら、小太郎は何度も助けてくれた二人にお礼を述べた。
しかし。
「それで小太郎君、名前以外の事は思い出せたの?」
「いや……アカン、頭に靄みたいなのがかかって……バジルとかネギとか、そんな単語しか」
小太郎はどういう訳か、ここに来た時の記憶がない。
別に記憶喪失ではなく、ショックによる一時的な記憶混乱だと千鶴は考えるが、一応明日には病院に連れていくつもりだった。
「そう、なら仕方ないわね。本当なら貴方のお尻にネギを突っ込ませてショックで思い出させようとしたんだけど……やっぱり止めた方がいいわね」
「ちづ姉ぇ……」
「アンタ、綺麗な顔してトンでもない事言いよるのな……」
平然とぶっ飛んだ事を口ずさむ千鶴に、二人は少し引いていた。
「兎に角、貴方はもう少し此処にいなさい。もし明日になっても記憶が戻らなければ、あやかと一緒に色々相談するから」
「……ホント、何もかもお世話になってスマン。この恩は必ず返すさかい」
「ふふ、期待してるわ」
済まなさそうに何度も頭を下げる小太郎に、千鶴は微笑みを浮かべていた。
「……チッ、闇の福音め。何であの女共を別荘に入れたんだ?」
雲行きが怪しい麻帆良の街中を歩くバージル。
バージルは今、苛つきが最高潮に達していた。
別荘での一日を終え、一眠りして明朝に修行を始めようとした矢先、ネギの生徒である女子達が魔法を教えて欲しいと尋ねて来たのだ。
最初は別に自分に聞いてくる訳でもないし、そこまでは何とか許容範囲なのだが……。
思った以上に彼女達が五月蝿かった為、断念せざるを得なかった。
古菲や木乃香、刹那や明日菜は比較的大人しかったが、それ以外の奴等が問題なのだ。
夕映はネギや自分がダメならばエヴァンジェリンや高音に魔法を教えて貰おうとしていたが……。
エヴァンジェリンは面倒だと断り、高音は自分はまだ未熟だし一般人には教えられないと拒否。
しかし、それでも諦めきれないのか、夕映は朝倉と共に高音に何度も頼み込んだ。
夕映の方は困っている人を助けたいと、以前とは違う理由になっているが……興味本意で関わろうとする朝倉を高音は若干毛嫌いしていた。
魔法は遊びで習得していいものではない。
力を持つ者には自ずと責任を背負う事になる。
それを興味で習おうとする朝倉が、高音はどうも苦手だった。
尤も、それはバージルにとってはどうでも良い事。
昨晩、ネギが明日菜と何かを話していたらしいが、眠気に逆らえないバージルは既に眠りについていた。
問題は翌日、つまりは修行を始めようとした時だ。
バージルが鍛練を始めようと準備運動していた時、朝倉が今度は自分に尋ねて来たのだ。
やれ君はどこから来たのとか、やれ君の好きな女性なタイプは?
やれ趣味は? やれ得意な魔法は?
いつから魔法を使っていたのか、どうやったら空を飛べるのか。
まるでマシンガンの様に語り掛けてくる朝倉に、バージルはその顔を思い切り殴り付けようかと思った。
……正直、思い止まった自分を褒めてやりたかった。
あれだけの殺気を浴びながら、まだ平然としていられるのだから。
バージルは朝倉に対し、ある意味尊敬の念を抱いていた。
尤も、朝倉はバージルの殺気に当てられた時、そのショックにより記憶を無くしていただけだが……。
(……まぁ、別に今更気にしても仕方ない)
さっきまであれだけ苛ついていたのに、バージルは何故か冷静を保っていた。
今日はある食べ物の発売日、これを思い出したバージルは一先ず修行を中断し別荘を後にしたのだ。
修行を中断しても食してみたい食べ物。
それは麻帆良学園の食品街で最近出されたシュークリームの為だ。
濃厚なのにサッパリとした味わい、カリッとした食感なのにしっとりとした食感がおりまざり、食べる人を魅了し虜にする一品。
あまりの人気の為に、週に一度食べられるかどうかの希少なシュークリーム。
バージルはこれを二日前から予約し、今日漸く手に入れたのだ。
一度この味を知ったバージルは最早迷宮の囚人、決して抜け出せはしない迷宮に囚われてしまった。
そして、今日はそのシュークリームが食べられる。
バージルはあらゆるストレスを呑み込み、シュークリームと共に溶かしてしまおうと考えた。
この学園には美味いものが沢山ある。
だからバージルはこうして朝倉や刹那等のストレス要因を受けても、今日まで平然としていられたのだ。
そして今、バージルの手にはそのシュークリームの入った包みが抱えられている。
一人限定3個までという超希少食品、それをバージルは10個という三倍以上の数を手にしている。
寄越さなければ店を破壊するという脅しまで使った。
そこには、そうまでして食べたいというバージルの執念が伺える。
そして、念願だったシュークリームが今、バージルの口に入ろうとした。
その時。
――ドンッ――
「っ!?」
背後から何かがぶつかり、手にしていたシュークリームが溢れ落ちる。
突然起こった出来事、無警戒だった所の不意討ち。
いきなり起こった衝撃に、バージルは一瞬思考が停止し。
「っ!?」
シュークリームが入った包みが、道路側に落ち。
そして。
「っ!?!?!?」
通り掛かった一台の車が、シュークリームの入った包みを踏み潰していったのだ。
呆然、愕然。
まだ一口も食べていないのに……。
まだ匂いしか嗅いでいないのに……。
目の前のシュークリームだったものを前に、バージルはただボンヤリとしているだけ。
すると、今まで雲行きが怪しかった天気が、遂に雨となって降り注いできた。
雨はどしゃ降りとなり、バージルに容赦なく降り注ぐ。
雨に濡れるバージル。
すると。
「ク……クククク」
バージルの口元が、狂気に歪み。
「クキキキ……クカカカカカカカッ!!」
血走った目で空を仰ぎ、狂った笑い声を上げる。
そして、再び顔を俯かせてその手を強く握り締め。
「………ぶち殺す」
先程ぶつかったものの気配を辿り、バージルはゆっくりと歩き出すのだった。
「どうしたネギ君、先程の力はどうしたんだい?」
「くっ!」
世界樹前にあるステージ。
学園祭に使われるこの舞台で、二人の少年と一人の初老の男性が戦っていた。
少年の方はネギと小太郎。
小太郎は雪広あやかを交えて食卓を楽しんでいた。
しかし、突然訪れた来訪者に、その時間は崩れ去った。
二人の前に佇む初老の男性、彼が小太郎に瓶を渡せといきなり襲い掛かってきたのだ。
小太郎は負けじと応戦するが、自分の力が封印されていた事を忘れ、その隙を突かれた小太郎は、惜しくも敗れてしまう。
側に控えていた千鶴のお蔭で、何とか止めを免れたが。
その為に千鶴は男性に拐われてしまう。
駆け付けたネギと、ネギと再会した事で記憶を取り戻した小太郎と共に、千鶴や巻き込まれた生徒達を奪還する為に世界樹前のステージに向かった。
そして現在、小太郎は男性の仲間である三体のスライムの相手をし、ネギは男性に果敢に挑んでいる。
スライムに捕まり、水の牢屋に閉じ込められた朝倉や夕映、のどか、木乃香、古菲は固唾を飲んで見守っている。
不覚を突かれた刹那も薬で眠らされているのか、水牢に力なく浮かんでいる。
千鶴も同様に、力なく浮かんでいる。
ただ、明日菜だけは別格として下着姿の状態で吊るされている。
ネギは何とかして生徒達を助けだそうとするが、打ち出す魔法の全てが消されてしまう。
明日菜の持つ能力、魔法無効化能力。
世界でも五人といない極めて希少で危険な能力。
何故一般人である明日菜がそんな力を持っているのかは疑問に残るが、今は助け出す事が先決。
「タァァァァッ!!」
ネギは男性の繰り出す拳を掻い潜り、裏拳を腹部に当てる。
「ムグッ!」
魔力の籠った一撃、至近距離からの攻撃に男性は表情を曇らせるが。
「ヌンッ!」
「ぐっ……!」
打ち下ろされた右に、ネギは地面へと叩き付けられる。
ネギは何とか受け身を取り、威力を最小限に抑えるが、それでもダメージは大きい。
フラフラになりながらも、ネギは構えを取って次に備える。
「やはり物足りんな、ネギ君、先程は良かったのに……」
男性からの言葉に、ネギは眉を寄せて歯を食い縛る。
目の前の男性は、自分の故郷を襲い、燃やし、村人達を石に変えた……ネギにとって仇の一人。
一度は我を忘れて暴走状態に入ったが、小太郎のお蔭で自分を取り戻すが……。
それでも、今の自分では目の前の男性に打ち勝つ事は出来なかった。
幾らエヴァンジェリンの下で修行をしているとは言え、所詮は実戦を知らない素人の付け焼き刃。
自分の中の魔力に頼って肉体強化の出力を上げているだけ。
このまま戦い続けてもじり貧になるのは明白。
一番頼りになる小太郎も、スライム達の相手だけで手一杯。
(考えろ。考えるんだ! どうやったらこの人に勝てる!? どうしたら皆を助けられる!?)
ネギは思考をフル回転させて、この状況を打破する作戦を考える。
「どうしたんだいネギ君、こんなものでは……ないだろ!!」
そして振り抜かれた男性の拳が、ネギの顔面を捉えた。
その時。
「「「っ!?!?!?」」」
突然変わった空気に、その場にいた全員が凍り付いた。
小太郎もスライム達も、ネギもネギの顔に拳を放った男性も直前で動きが止まり、誰もが言い難い悪寒に包まれ、身動き一つ出来なかった。
「な、何なのよ……これ」
最初に口を開いたのは明日菜だった。
まるで自分の心臓が握られている様な感覚。
強すぎる殺気が、このステージ全体を包んでいるのだ。
重苦しい空気、息苦しい感覚に古菲達は顔色が悪くなりその場に膝を付く。
のどかは息苦しさに意識が遠退き、夕映は霞んだ目で辺りを見渡す。
朝倉がステージに現れる一人の人影に気付き、古菲は目を見開いた。
「見ぃ〜つけたぁ〜」
「「「っ!?!?」」」
聞こえてくる第三者の声、ネギ達は声が聞こえてきた方に振り返ると……。
「あ、あぁ……」
「アイツは……」
観客席から見下ろす一人の少年、バージルにネギと小太郎はガクガクと震えた。
バージルの身に纏う殺気、怒気、覇気、どれもが桁違いに……文字通り次元が違った。
この場にいる全員の本能が逃げろと叫んでいる。
しかし、動けなかった。
男性も顔から滝の様に汗を流し、スライム達も恐怖で顔を歪ませる。
そして。
「お祈りの時間は済んだか?」
血走った目で、バージルはゆっくりと歩き出し。
「心と体の準備はいいですかぁ〜?」
口元を狂気で歪ませ、階段を一段ずつ降りていく。
それは、まるで死刑執行の秒読みの様に……。
〜あとがき〜
はい、またいきなり時間が飛びました。
時間系列も滅茶苦茶だし。
……本当にすいません。
さて、次回はまたバージル無双になりそうです。
色々、すみません。