南の島へバカンスに行ってから数日。
漸く別荘の修理が完了したと茶々丸から連絡が入り、バージルは久方ぶりにエヴァンジェリンの家に向かった。
漸く本調子となり、バージルは早く体を動かしたくてウズウズしていたのだが……。
「……おい、何故アイツがここにいる?」
目の前でビリビリと痺れているネギを目の当たりにし、バージルは不機嫌そうに眉を寄せた。
どういう事なのか説明しろと、バージルは視線でエヴァンジェリンに訴える。
「一応、コイツは試験に合格しているしな。傷も完全に癒えた事だし、今日からはコイツもこの別荘を使わせる」
「…………」
「案ずるな。近い内にまた新しい鍛練場所を用意してやる」
「フンッ」
未だ痺れているネギに腰を下ろし、腕を組んで不敵な笑みを溢すエヴァンジェリンにバージルは鼻で笑い、自分も修行を始める為に着替えを始めようとした。
その時。
「?」
背後から転送の魔法陣が起動した音が聞こえ、バージルは誰が来るんだと振り返った。
すると。
「エヴァンジェリンさん、それでは今日から修行の方を、お願いします」
「……お前は」
そこにはウルスラの制服を着た女子高生、高音=D=グッドマンが姿を現した。
突然現れた意外な人物、漸く痺れが治って立ち上がったネギは、余程驚いたのか目を丸くさせている。
「えぇっ!? ど、どうして高音さんがここに!?」
「私は立派な魔法使いを目指す者、優れた魔法使いに教えを乞う事は別に不思議な事ではないでしょう?」
「そ、それはそうですけど……」
自分の質問に、あっさりと返してくる高音。
それでも、ネギは高音がエヴァンジェリンに教えを乞うと言うのが信じられなかった。
高音は、自分の目指す道が絶対に正しいと思う節がある。
故に、悪の魔法使いとして恐れられていたエヴァンジェリンに、自ら教えを乞うという高音の行動が理解出来なかった。
と言うより。
「というか、高音さんはどうやって師匠(マスター)の弟子に!?」
「バージルと坊やが南の島へ行っている間にな、コイツが自分から来たんだよ。魔法を教えてくれとな」
「そ、それじゃあ……」
そう言ってネギはギギギと音を立てながら、高音の方へ振り向き。
「っ!」
ネギは目を見開いて驚いた。
一見、いつもと変わらない姿だが、良く見れば彼女の体には所々に傷が付いていたのだ。
綺麗な右頬には刃で付けられた様な傷痕が残り、腕や足には打撲の傷が青タンとなった痕が残っていた。
服で隠れている為見えはしないが、恐らくはもっと酷い怪我を負っているのだろう。
「コイツは坊やと同様、私の試験に合格したのさ」
「相手ヲシタノハ俺ダガナ」
「チャチャゼロ?」
今まで後ろで黙っていたチャチャゼロが、ネギの前に出てバージルに片手を上げて挨拶をした。
「最も、コイツの場合は一撃と呼べるものではなく、殆どかすったみたいなものだからな」
「それでも、当たった事には変わりはありません」
「ふ、確かに」
エヴァンジェリンの皮肉にも、高音は凛とした態度で答え、エヴァンジェリンは若干つまらなそうに腕を組んだ。
ネギは高音に対する印象が変わった。
今までの彼女は正義と言うものに絶対な憧れを持っていた筈なのに、やっている事は彼女からすれば真逆の筈。
「ど、どうして急に……」
ネギは劇的な心境を遂げた高音に、恐る恐る尋ねた。
「別に、私の目標は今までと何ら変わりはないです。ただ、どんなに言葉を募らせても力の前では押し潰されてしまいます」
「………」
「自分の中にあるものを貫き通す為、泥にまみれても前に進む。……その事に気付いただけです」
すると、これ以上語る必要はないと言いたいのか、高音はツカツカと歩き出し、エヴァンジェリンの前に立った。
「それではエヴァンジェリンさん、ご教授の方……宜しくお願いします」
「対価は……貴様の血で払ってもらうが?」
「構いません」
脅しの威嚇にも屈せず、エヴァンジェリンの言葉にあっさりと即答で返す高音。
まだ試験で受けた傷が痛むだろうに……しかし、自ら望んで来るのならば手を抜くのは失礼に値する。
エヴァンジェリンは一度ネギから血を頂く事で魔力を回復させ、現在の自分の万全な状態で、高音の相手をするのだった。
一方、バージルはというと。
「なぁカモ」
「ん? 何だい兄ちゃん?」
「お前は揚げるのと茹でるのと焼くのと、どれが一番好きだ?」
「兄ちゃん? 何の話をしてるんだ?」
「死亡フラグダナ」
近くにいたカモとチャチャゼロで、久し振りの雑談を楽しんでいた。
そして、まだ修理が完了したばかりの別荘にあまり負荷を掛けないよう、いつもより比べて若干流し気味の鍛練を終えたバージルは、階段を登り別荘のベランダへと出た。
あれから数時間、バージルが鍛練に励んでいた一方で、ネギも高音もそれぞれ修行に励んでいた。
ネギは古菲に習った中国拳法を駆使して再び茶々丸と組手をし、高音はチャチャゼロと模擬戦を繰り返している。
高音の魔法は影。
影を操り相手を翻弄する等と、様々な使い勝手がある魔法。
高音は影から幾人もの人形を生み出し、撹乱させてその隙を突くという戦闘スタイルだ。
エヴァンジェリンも影の魔法は使えない事もないので、アドバイス程度には教えられる。
ネギの得意とする魔法は雷と風と光、これらの系統を駆使して自分だけの戦い方を身に付けろとの事。
「ま、俺には関係無いか」
そう言いながら、バージルはベランダに続く扉を開いた。
すると、そこには……。
「ちょっとちょっと! どうして高音さんまでいるのよ!? てかどうしてそんなボロボロなの!?」
「だ、大丈夫なん? 何や物凄く痛そうやけど……」
「うわー。これがエヴァちゃんの別荘かー、こりゃ凄いね」
ネギの生徒である3−Aの女子生徒が、ネギと高音を囲ってワイワイと騒いでいたのだ。
しかもその中にはバージルにとって鬱陶しい限りの刹那や、修学旅行の一件で殺したい奴ランキングトップ5に君臨する神楽坂明日菜や朝倉和美といった面々もおり。
……因みに、どうやら刹那もこのランキングにランクインしているようだ。
「あ! 君は……っ!」
此方に気付いたのか、朝倉がニヤニヤと笑みを浮かべながら近付いてきた。
「まさか君も魔法使いだったとはね! いやーお姉さん驚いちゃった! 南の島では聞けなかったけど、今日は君に独占取材を……」
「うるせぇ……」
「え?」
「脳天噛み砕くぞ、パイナップルが」
「っ!?」
ギロリと、苛立ちと殺意の混じった視線が朝倉に突き刺さる。
バージルの放つ殺気と覇気が、ベランダの至るところに亀裂を入れていく。
殺気に当てられた朝倉が気を失い、ガクリと膝を折って床へと倒れ伏した時。
「止めないかバージル。折角直した別荘をまた壊す気か?」
「………チッ」
横からジロリと睨んでくるエヴァンジェリンに、バージルは舌打ちを打ちながら殺気と覇気を消した。
「これはどういう事だ闇の福音」
「私が知るか。どうやら神楽坂がここに来る途中尾行されてきたらしい……」
「…………」
「あ、アウ……」
バージルの鋭い目付きで睨まれ、明日菜や刹那は身を震わせる一方で。
「「…………」」
古菲は頬から汗を流すが何とか堪え、木乃香は申し訳なさそうに顔を俯かせた。
またネギの方は付いてきた夕映とのどかに、目線を向け、二人は木乃香と同じ様に俯いている。
そして、時間は更に進み、別荘は夜の時間に支配されていた。
作り物とは思えない程に済んだ空気。
バージルは人気の無い所で、一人海風に当たっていた。
やはり魔法はいい。
その気になればこんな別荘まで作れるのだから。
バージルは魔法に対し、改めて便利なものだと思った。
そこに。
「ば、バージル君……」
「……近衛木乃香か」
背後から近付いてきた木乃香に振り返らず、バージルは海を眺めたまま後ろにいる木乃香に何だと問い掛けた。
「え、えっと……ごめんな、勝手に来ちゃって。みんな好奇心が強いから……」
「………」
木乃香からの謝罪にバージルは何も答えず、二人の間には沈黙が流れていく。
そんな空気にもめげずに、木乃香はバージルに話掛けた。
「あ、あんなバージル君、ウチお弁当作って来たんよ」
「何?」
やはり食べ物には敏感なのか、バージルは物凄い勢いで振り向いた。
「うん。もうこんな時間だし……バージル君も流石にお腹一杯だと思って」
あれから数時間、修行を終えたバージル達は食堂で夕飯にありついていた。
ネギも高音も余程お腹空いていたのか、いつもより多くの食べ物を口にしていた。
だが、それ以上にバージルの食欲は異常なのだ。
いつもより食べている筈の二人の五倍以上の食料が、バージルの胃袋に収まり。
エヴァンジェリンが食い過ぎだと嘆いた程だ。
流石にあれだけ食べれば満腹だろうと思った木乃香は、気まずそうに顔を俯かせる。
しかし。
「早く寄越せ」
「え?」
「持っているんだろ? 食うから早く寄越せ」
手を差し伸べて寄越せと言ってくるバージルに、木乃香は嬉しくなり。
「はい」
バージルに笑顔を浮かべて渡したのだ。
包みを開いて、可愛らしい兎の絵が入った蓋を開け、バージルは中に入っている卵焼きを口にした。
他にも牛蒡の煮付けや唐揚げなど、全て平らげたバージルは満腹そうに腹を擦る。
「ふう、久し振りにお前の飯が食えたな」
「ご、ごめんな。ウチから約束しておいて……」
申し訳なさそうに俯く木乃香、そんな彼女にバージルは特に何も語る事はなかった。
ただ。
「……まぁ、お前の飯はタマに食べるからこそ、何よりも美味く感じるんだろうな」
「え?」
バージルの呟きは、木乃香に届く事なく。
夜の空へと消えていった。
その頃、麻帆良学園女子寮では。
「ち、ちづ姉ーっ!!」
「あら? どうしたの?」
「ちょ、ちょっと目を離したら、い、犬が消えて……裸の男の子が」
「………あらまぁ」
ある一室で、一人の少年がグッタリと倒れていた。
〜あとがき〜
えー。何だかグダグダな上、時間もズレて来ました(汗
そして次回から短いですが襲撃編に突入!
バージルにご注目下さい。