「ありす……隠れなさい。見つからないよう、どこかに……」
「いやだぁ……嫌だよぉ……パパと一緒にいるぅっ! ずうっとパパと一緒にいるのぉっ!!」
夜に包まれた住宅街。
一軒の家の玄関前で一人の男性が胸を突かれ、愛娘に抱き抱えられながら息を引き取った。
少女は父を何度も呼び掛け、ボロボロと泣き崩れる。
そんな中、少女の泣き声を頼りに複数の影が近付いてきた。
一見それは何処にでもいる普通の人間に見える。
しかし、光に照されて姿を晒して現れたのは、異形としか呼べない輩だった。
腹部から腸を撒き散らし、折れた足からは骨が飛び出し、片目は抉れ、人間としての機能は全て失われている。
しかし、それでも〈奴等〉は蠢いていた。
動くではなく、蠢く。
覚束無い足取りで……視覚も無いだろうその目で、少女の泣き声という音に反応し、着実に近付いてきた。
「いやぁ……来ないで……来ないでよぉっ!!」
悲痛な面持ちで来るなと叫ぶ少女。
しかし、その叫びも〈奴等〉を呼ぶ撒き餌にしかならない。
そして、〈奴等〉が少女まで3メートルまで距離を詰めてきた。
その時だった。
「ふんふふんふんふふん、ふんふんふ〜」
「?」
ふと、〈奴等〉の向こうから聞こえてきた鼻歌に少女が振り返ると。
「ひっ!?」
目にしてしまった光景に、少女は短い悲鳴を上げた。
少女の視線の先にある物体。
それは〈奴等〉の集合体だった。
一ヶ所に〈奴等〉が集まり、一つの肉の塊が出来上がっている。
道の幅一杯まで群がった〈奴等〉。
一体が地面に落ちると、近くの一体がまたくっついてくる。
「ふんふんふふんふん、へい!」
そして、群がった〈奴等〉の中心から、自分が聞いた鼻歌だと、少女は気付いた。
すると、〈奴等〉の塊が一度立ち止まると。
「あぁもう、鬱陶しいわぁっ!!」
「っ!?」
中心の中の声がいきなり叫ぶと、周りに着いていた〈奴等〉が一斉に吹き飛んできた。
塀にぶつかり頭を割って、電柱にぶつかって背骨が砕け、少女に迫っていた〈奴等〉を同じ〈奴等〉でもってぶつけ、周囲の〈奴等〉を吹き飛ばしていった。
突然起こった出来事に少女は頭を抑え、漸く音が収まった事に気付き、恐る恐る振り返ると。
「クソッ! 臭いはキツいし血でベタベタしやがる!」
〈奴等〉の集合体がいた場所に、自分と大して変わらない年頃の男が、酷く苛立っているのが見えた。
東洋人を思わせる黒目と黒髪、振る舞いからして本当に外見通りの子供に見える。
だが、彼は異質だった。
少女が目にしたのは、人間が人間を喰らう狂った光景。
僅かでも噛まれたものは数時間も経たない内に死亡し、〈奴等〉となって蘇る。
だが、目の前の少年にはどこにも噛まれた痕など見当たらず、それどころか傷一つ付いてはいなかった。
服はボロボロに破れてはいるがそれ以外は何ともなく、実際に問題がないのだろう。
少年はボロボロだった服を脱ぎ捨て、辺りをキョロキョロと見渡し。
そして、少女と目が合った。
ズカズカと近付いてくる少年に、少女はビクリと肩を震わせる。
「おいお前、この辺で白い髪をした女を見なかったか?」
「はぅ?」
「身長は俺より少し上、髪の長さは腰辺り、何より無表情な顔が特徴な女を見なかったか?」
淡々と落ち着いた口振りで尋ねてくる少年に、少女は逆に混乱していた。
そこに。
「う、後ろっ!」
「あぁ?」
突然自分の背後に指を差す少女に、少年は何だと振り向くと。
「ア゛ー……」
〈奴等〉の一体が、少年の頭に向かってかぶり付いたのだ。
〈奴等〉力は強い、並の人間では太刀打ちできない腕力を持ち、掴まったら振りほどくのは容易ではない。
ましてや、少年は頭から喰われたのだ。
目の前の光景に、少女は目を見開いて涙を溢し、恐怖に耐えきれず今まで我慢していた尿意を一気に解放した。
目の前で同年代の少年が喰われた。
その事実に、少女が再び涙を流す。
が。
「で、だ。話を続けるぞ?」
「っ!?」
クルリと振り返り、何事も無いかの様に語り出す少年に、少女は目を丸くさせる。
〈奴等〉は今でもガジガジと噛んでいるが、当の本人は全く気にした様子はなく、少女に探し人を尋ね続けていた。
「あ、あの……」
「ん?」
「大丈夫……なの?」
「何がだ?」
「だって……頭が」
「これが気になるのか?」
自分の頭にかぶり付く少年に、少女はコクリと頷く。
少年は軽く溜め息を吐くと、〈奴等〉の頭を掴み、易々と引き離し。
「セイッ!」
軽く息を吐き出すと同時に、少年は〈奴等〉を遠くに投げ捨てる。
〈奴等〉は瞬く間に暗い夜空に消え、それを目の当たりにした少女はポカーンと口を開いて呆然としていた。
しかし、先程の少年が出した音に群がって〈奴等〉が群れを成して迫ってきている。
お終いだ。
少女は何となく、自分が助からないと悟り、大好きな父の亡骸を抱き締めて涙を流した。
だが、少年は深い溜め息吐いて面倒そうに立ち上がり。
「やれやれ……“またか”」
少年はダルそうに目を細め、徐に拳を握り締め。
少年の姿が、一瞬ぶれた瞬間。
〈奴等〉の頭が、次々と吹き飛んでいった。
少女は、目の前の光景が理解出来なかった。
突然、少年の姿が消えたと思った瞬間、一番近かった〈奴等〉が脳髄を撒き散らして倒れ込み。
それに続く様に周囲の〈奴等〉も、瞬く間に頭を吹き飛ばされ、ほぼ同時に地面に倒れ伏していった。
そして、全ての〈奴等〉が動かなくなると、ピシュンッという音と共に少年が姿を現した。
「氣を放てば、もっと楽に終わるんだがな……」
ボソリと呟き、少年は再び少女に向かい合う。
目の前の少年から放たれる気迫、それは幼い少女でも充分過ぎる位に伝わっていた。
ガクガクと震える少女に、少年はガックリと項垂れ。
「あぁ、もういい。別に喋る必要はないから、せめて頷くか首を振って応えろ」
「…………」
その言葉に少女は二度三度頷き、少年は良しと頷き返す。
「さっき言った特徴を持った女を、お前は見たか?」
「…………」
少年の質問に少女は首を横に振って否定する。
少女の答えに、少年は「まさか、アイツはこの国にはいないのか?」等と、顎に手を添えてブツブツと呟き始める。
「……まいっか」
何か結論を出したのか、少年は開き直った口振りで納得し、少女に背を向けて歩き出す。
二、三歩で一度立ち止まり、少年は少女に向き直り。
「もしお前が今言った女と出会ったなら、ソイツに伝えてくれないか?」
「へ?」
「バージル=ラカンが探していたぞ……とな」
それだけ言うと、少年は跳躍し、屋根から屋根に渡って走り出して姿を消した。
残された少女は、これまで自分の前で起こった出来事に未だ頭が追い付いていけず、ただボンヤリと夜空を見上げていた。
ただ、一つだけ分かる事がある。
あの少年……バージルは、自分を助けてくれた。
誰もが自分の事しか考えず、その為に父を殺したのに。
バージルは別に誇る訳でもなく、見返りを求める訳でもなく、ただ黙々と助けてくれた。
生きている。
思い返せば、自分はいつ死んでもおかしくはない状況だったのに。
今、こうして生きている。
それを理解した少女……ありすは、ポロポロと涙を溢し。
「……ありがとう」
小さくポツリと呟いた。
後に、ありすは一匹の犬を吊れた小室孝と名乗る少年に保護され、彼の仲間と共に街へと向かうのだった。
「はぁ、どこもかしこもあんなのばっか、旧世界ってのはこんな世界だったのか?」
翌日、〈奴等〉で埋め尽くされた街道を、一人の少年……バージルが上半身裸で悠々と歩いていた。
メガロメセンブリアのゲートで、旧世界に向かう筈だったバージルとフェイトだが、光に包まれた瞬間に原因不明のトラブルに巻き込まれ、二人は地球上にランダムで転移させられたのだ。
気付いた時はバージルは何処かの学校で、街が見渡せる屋上に寝転んでいた。
バージルは、一先ずフェイトと合流しようと動く。
その途中、彼は見てしまった。
人が人を喰らうというおぞましい光景を。
しかし、元々聞いた程度しか旧世界の事を知らないバージルは、その光景をこういうものかと変に納得してしまったのだ。
本当なら空でも飛んで探しに行けるのだが、オカン的存在であるデュナミスの「旧世界では極力氣を使わない事」と釘を刺されてしまい、止められている。
ラカン以外からの命令を受けるのを極端に嫌うバージルだが、四六時中付き纏い、しつこく言ってくるオカンに遂に折れた。
相手が格下である以上、先に手を出す事は許されないバージルにとって、それはまさに拷問だった。
「……はぁ」
バージルは深い溜め息と共に近付き、腕に噛み付いてきた〈奴等〉を裏拳で粉砕する。
人間にとってお終いを意味する〈奴等〉の噛み付きも、バージルからすれば小虫が集ってくる程度にも感じられない。
ただ、非常に鬱陶しいだけ。
学習能力が皆無な〈奴等〉に、バージルはこの日本と言う国を丸ごと消滅させようかと考え始めた。
しかし、そんな事をしたら食料も確保出来なくなる為、バージルは後一歩の所で自分を抑えた。
食料はバージルにとって唯一の娯楽であり、そして命を繋ぐ生命線。
コンビニの弁当やお菓子で何とか持ってはいるが、そろそろ本格的な肉が食べたい所。
一度は空腹に耐えきれず、近くにいた〈奴等〉を捉えて腕を引き千切って食べてみたが。
とてもじゃないが食べられた物ではなかった。
臭いもキツいし、味も悪い。
竜や魔獣とは違う事に、バージルは〈奴等〉を食べる事に一時断念した。
尤も、適した調理法が見付かれば、最後の手段として食べるが……。
「いや、やはり食わず嫌いはダメだな」
食に妙な拘りを持つバージルは頷き、気を引き締めて歩き出す。
すると。
「ん?」
前方で結構な数の〈奴等〉が集まっているのが見えた。
「行ったか……」
「ええ、私達の娘とそのお友達が……」
〈奴等〉に囲まれる中、一組の男女が背中を合わせる様に佇んでいた。
男は屈強な肉体でその手には抜き身の日本刀を持ち。
女は妖艶な肉体で両手に銃を持ち、〈奴等〉を前に撃ち放っていた。
しかし、弾薬は無限ではない。
遂に全ての弾薬を使いきった女は、それでも愛する男の背中を守ろうと、凛と立っていた。
最早これまで。
愛娘の旅立ちを目の当たりにし、後顧の憂いのない男は、屈託のない笑みを浮かべ、女と一緒に最期まで足掻こうと踏み出した。
瞬間。
「「っ!?」」
突然〈奴等〉の後ろが爆発し、幼い少年が飛び出して自分達の前に着地したのだ。
そして。
「ふぅぅぅ……」
人差し指、中指、薬指、小指、そして親指と順番に折り、力強く握り締め。
「シッ!」
短い呼吸と共に打ち出される拳圧により、〈奴等〉は一瞬にして吹き飛んでいった。
突然現れた少年に、強面だった男の顔が呆然と可笑しな顔になり、いち早く我に帰った女はプッと吹き出している。
誰だ。
男が少年に尋ねる先に、少年が此方に振り返り。
「食い物寄越せ」
その言葉と共に、少年の……バージルの腹からは盛大な空腹の音色を鳴らすのだった。
終りを告げた嘗ての世界。
そこに現れた突然の来訪者。
彼が示す道は、神の導きか悪魔の提示か。
今は誰にも
分からない。
〜あとがき〜
すみません
頭の中で妄想が止まらず、つい書いてしまいました!
えぇ、唯の無双が書きたかっただけです。
次回は必ず本編を進めますので、どうか宜しくお願いします!