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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②
Name: 篠塚リッツ◆2b84dc29 ID:fd6a643f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/10/10 05:51
「賊とは何事だ、子義」

 飛び込んできた少年――子義に高志は僅かに声を荒げて問いただした。肝が据わっているのか、切迫した事態の割りに落ち着き払った子義は、高志の問いに淡々と答える。

「賊は賊です。武器を持った男が五人、村の入り口で食料を寄越せと喚いています。止めようとした魯宗さんが斬られました」
「斬られた……死んだのか!?」
「いいえ、腕を斬られただけです。血は出ていますが死にそうにはありません。今は皆で賊と睨みあってますが、乱闘になったら死人が出るかもしれません。ということで、村長を呼んでこいということになったので、俺が参上しました」
「そうか。ご苦労だったな子義」
「とんでもありません。それでどうしますか、村長」

 子義の問いに高志は唸る。賊に食料をくれてやるほどの余裕が村にあるはずもないが、既に怪我人が出ている以上、断っては何をされるか解らない。

 村長としては判断の難しいところだろう。食料を渡して帰ってもらうのが最も危険の少ない対処で、それは一刀でも思いつくことだったが、それで賊が大人しく帰ってくれるとも思えないし、居座られたらもっと厄介な問題を抱えることになる。役所に訴え出ても今の時代、五人という少ない賊を相手にこんな農村にまで官軍を回してくれるとも思えない。

 対処するとしたら自分たちでやるしかないのだが、それが出来たら高志も悩んだりはしないだろう。遠からず、食料を渡してどうにかお引取り願う、という結論に至るはずである。村民の数は五人の賊を大きく上回っているが、武器を持った相手に身内が傷つけられている以上、そこで爆発しない時点で、皆及び腰になっているに違いない。

 気がひけてしまえば、相手は何倍にも大きく見えるものだ。戦ったことのない、ましてや訓練を受けたこともない人々であれば、仕方のないことである。

「村長様、俺も一緒に行っても良いですか?」
「客人が? それはありがたいことですが、ご迷惑ではありませんか?」
「ご恩を返したいといいました。今は絶好の機会でしょう。俺が何とか出来そうな相手だったら何とかします。出来なさそうだったら、まぁ、その時に考えましょう。まずは現場に行くことです。お供しますよ」
「申し訳ない。ご一緒願います」

 腰を上げた高志を支えるように、一刀がその隣に立つ。農村の村長なだけあって、見た目よりも頑強な高志の足取りはしっかりとしていた。高志は妻らしき女性に食料の手配を頼むと、一刀を伴って家を出る。

 外に出ると、遠めに村人が集まっているのが見えた。小さく、賊らしき人間の怒号が聞こえる。人垣に動きがないことを見ると、事態は硬直しているのだろう。新たに怪我人が出たという気配もない。一方的に多数の死人が出るという最悪の事態は、今のところ回避できているようだ。

「ところで、元気になったんですねお客人。うちに担ぎ込まれた時は死にそうな顔をしてましたけど、元気になって良かった」
「おかげさまでね。うちってことは、君は崔心さんの?」
「はい、息子です。子義って呼んでください」

 村の入り口まで、ただ駆ける。全力疾走している訳ではないが、明らかに老人である高志が普通についてきているのは驚きだった。老齢であっても健脚ではあるらしい。賊の待つ場所に向かっているというのに、その足取りには淀みがなかった。

「子義、賊の五人なんだけど、頭に黄色い布を巻いたりしてた?」
「布ですか? いえ、全員頭には何も巻いてませんでしたよ」
「鎧とかは?」
「普通の服です。持っているのは多分、手に持った武器だけでしょう。五人全員が剣を持ってました。あまり強そうな剣ではありませんでしたね」

 落ち着き払った子義の説明に、村長が唸る。最初期ならばともかく、黄巾の乱も今は末期だ。冀州で決戦が行われるような状況であるから、街から離れた農村であっても黄巾賊がどういうものか、くらいは知っているだろう。最大の特徴である黄巾についても言わずもがな。

 無論、目立つことを嫌った連中が黄巾を外しているということも考えられなくはないが、五人という人数はいかにも少ない。黄巾賊とは無関係か、所属していた過去があったとしても決戦には加わらず少数で逃亡するような浅い関係……そんなところだろう。

「どうしますか、高志殿」
「……食料を渡して帰ってもらうより他はないでしょうな」
「納得して帰ってくれますか?」
「帰ってもらうより他はありませんでしょう。それ以上を渡すか、奴らに居座られでもしたら我々は飢えて死ぬしかありませんでな」
「危険を承知で提案なんですが、戦うことも考えませんか?」
「武器を持った賊を相手に、村人を危険に晒す訳にはいきませんぞ」
「尤もです。だから、危険を冒すのは俺だけです」
「相手は五人と聞きました。客人はそれだけの武をお持ちなのですかな?」
「誇るほどの武はありませんけどね……でも、考えるくらいはいいでしょう。賊が苦もなく食料を得て、この村の人が飢えるのは間違っています」
「世の中正しいことだけで回っている訳ではありませんぞ。誰もが戦うだけの力を持っている訳ではないのです」
「だから、俺だけです。駄目なようだったら手は出しません。俺だって死にたくありませんからね。でも、行けそうだったらやってみます。全員倒す自信はありませんから、残った奴は誰かに相手をしてもらうことになりますが……」
「客人は私の話を聞いておられましたか?」
「高志殿の許可がなければやりません。貴方が大人しくしていろというのなら、俺はそれに従います。貴方が戦えといい、俺もやれそうだと思えたら戦います」
「律儀ですな、お客人」
「ご恩を返せるとしたら、こういう時でしょう。いずれにせよ、決断は高志殿にお任せします」

 勝てる算段がある訳ではないのは話を聞いていれば解ったことだろうが、余裕のある物言いは高志を動かしたようだった。村の入り口の人垣は、もう間近に迫っている。村人達の幾人かがこちらに駆けて来る一段の中に村長がいるのを見て取っていた。結論を出すとしたら、今しかない。

「やれる、そう言っていただけますか?」
「やれるかも、としか答えられません」
「…………子義、お前はどうだ、賊と戦えると思うか?」
「五人しかいませんからね。武器を見て皆怯えてますけど、お客人が賊を一人二人倒してくれるなら、皆奮起すると思います」

 高志は否定的な意見をもらいたかったのだろうが、この中で最も年若い子義が、最も好戦的なようだった。一刀は思わず高志と顔を見合わせ、同時に溜息をつく。

「まず儂が賊と話を致します。客人は賊を見て、やれそうだと思ったのならやってください。機はお任せします」
「高志殿一人近すぎます。下手をしたら巻き込まれますが」
「その時は構いません。賊を倒すことを優先していただきたい」
「解りました。ご武運を」
「そちらこそ。やるのなら、頼みましたぞ」

 にやりと口の端を上げると、高志は人垣を割って賊の前に進み出た。一刀は閉じようとする人垣に割って入り、最前列まで進み出る。子義の言う通り、賊は五人だった。武装に関する話に齟齬はない。全員が武器――古ぼけた剣を持っている。高志の正面に一人、その男が五人のリーダー格のようだ。その背後に二人、さらに少し離れて左右に二人ずつ。全員が男で、一刀からみて一番左の男の剣に血糊がついていた。

 斬られた男性は応急処置を受けながらも、人垣の最前列に残っている。これも子義の言った通り、ただ斬られただけのようで命に別状はなさそうだが、録に手入れもされていなそうな剣で斬られたことで妙な雑菌が身体の中に入らないとも限らない。怪我をしたのは彼一人のようだが、治療をするのなら早くする方が良いだろう。

 そのためには賊を早急に排除しなければならないが……一人一人を丹念に観察した一刀は静かに、しかし大きく溜息をついた。

 どう見ても素人だ。それも、全員。

 人間は物を持つと重心が狂い、物が重くなるほどその狂いは大きくなる。真剣などになってくると持って普通に歩くだけでも慣れが必要で、抜刀して振り回すとなると違和感なく扱えるようになるまで相応の鍛錬が必要になる。

 眼前の賊五人は、明らかに剣を持ち慣れていない。身体は筋骨隆々とはいかないまでも決してひ弱ではないのだが、武器の取りまわしには不自然さが際立っている。武器を持って戦ったことがないのだろう。もしかしたら、賊の真似事をするのすら今回が初めてかもしれない。

 行くか行かないか、考えるまでもなかった。想定された範囲の中では、人数以外は文句なしに好条件が揃っている。子義に目をやると、彼は小さく頷いた。一刀がそろり、と歩き出すのに合わせて子義もこっそりと場所を移動する。

 一刀と子義が何かやろうとしていると気づいた村人の幾人かが、身体を強張らせるのが見えた。頼むから早まってくれるなよ、と心中で祈りながら一刀はそっと剣の柄に手をかける。

 高志の提案に首領格と思しき男が声を荒げた。足音も高く歩み寄り、高志の胸倉を掴み上げる。

 それが合図となった。村人たちは避けて一刀のために道を作る。遮る者のなくなった道を行きながら、腰帯から鞘ごと引き抜いて一刀は雄叫びを上げた。

 声に驚いた男が胸倉を離すと同時に、高志は年齢を感じさせない速度で飛びのく。驚いたままの男は剣を構えようとするが、遅い。鞘に納められたままの剣が男の脳天に叩きつけられる。鈍く気持ち悪い感触が一刀の手に伝わるが、それでも動きは止めない。

 駆けた勢いもそのまま体当たりするように男に肉薄し、鳩尾に容赦のない前蹴りを叩き込む。頭から血を流していた男はなす術もなく吹っ飛び、背中から地面に激突して動かなくなる。

 まず、一人。

 首領格の男が倒されたことで流石に賊も殺気立つが、心構えもさせるつもりはない。一刀から見て右手、剣をどうにか構えた賊の男の腕に、一撃。鈍い痛みに剣を取り落とした賊を見るとはなしに見つめながら、打ち込んだ剣の切っ先をそのまま胸に叩き込んだ。

 嘗てないほど綺麗に決まった『突き』に二人目の賊が崩れ落ちる。背後からの殺気が篭った叫び声に、一刀は咄嗟に飛びのいた。直前まで一刀のいた空間を、剣が通り抜けていく。そのまま足を止めていたらあれを喰らっていたと思うとぞっとするが、これは好機だった。

 避けられると思っていなかった男の剣は力の行く先を見失い、そのまま地面に叩きつけられる。がら空きになった男の胴を左から払い、涎を流しながら崩れ落ちる男の顔に、フルスイング。ハリウッド映画のやられ役のように綺麗に回転した男は、映画とは似ても似つかない嫌な音をたてて、地面に頭を打ち付けた。

 これで三人。

 後二人――と周囲を見回すと、一刀が駆け出すと同時に賊の一人に飛びついていた子義が、それを打ち倒すところが見えた。子義は素手、賊は武装していたが物怖じしない子義はそれでも果敢に勝負を挑み、特に怪我という怪我をすることもなく打ち倒していた。

 最後に残った一人は、たたらを踏んでいた。位置的に一刀に襲い掛かるはずだった男は二番目に一刀に倒された男が邪魔で前に踏み込めずにいるうちに、自分以外の全員が打ち倒されてしまったことで完全に腰が退けていた。

 怯えて縮こまっている人間ほど、怖くない物はない。もはや恐れる必要はないと看破した村人達は一斉に最後の男へと群がり、剣を取り上げるとタコ殴りにした。細く男の悲鳴が聞こえるが、自業自得だろう。流石に殺すまではしないと思うし、もし死んだとしてもやはり自業自得だ。

 一仕事終わった。気の抜けた一刀は剣を抱えたまま地面に腰を下ろした。使命感によって忘れていた疲労と、人を打ち、殺されていたかもしれないという恐怖が一刀を襲った。

「お客人、見事な手際ですね! もしかして傭兵ですか?」
「いやぁ、俺の腕じゃ傭兵なんて務まらないよ。今日出来たのは、運が良かっただけで……」

 子義に答えられたのはそこまでだった。最後の理性で子義を押しのけると、気合で押さえ込んでいた胃の中の物が地面に撒き散らされる。いきなりげーげー吐き出した一刀に、賊を取り押さえにかかっていた村人たちも驚きの目を向けた。

 胃の中身が空になり気分が少し落ち着くと、一刀にも自分の姿を省みる余裕が出てくる。

(キメきれないなぁ、俺……)

 微妙な視線を向ける村人の視線の中で、一刀はまだ酸っぱい匂いのする息を深く吐き出した。











 打ち倒した賊に死人はなかった。

 村人の一部は殺してしまえと息巻いていたが、ただの農民にそこまでする権利はない。しばらくは納屋に放り込んで反省を促すと高志が決めた矢先に、近くを官軍が通りかかるという情報が村に飛び込んできた。

 これ幸いと、一刀他村の男衆が中心となって官軍に賊を引き渡す。小さな賊狩りになど腰を上げてくれない官軍だが、既に打ち倒されているならば話は別だったらしい。荷物が増えたと嫌な顔はされたものの、賊は無事に引き取られた。

 恩賞を貰えなかったことに男衆は不満を漏らしていたが、村としては危険を遠ざけてくれるならばそれだけで十分だ。幸い賊の持っていた武器についてまでは言及されなかったので、回収した五本の剣は全て砥石を持っている高志の家に運び込まれた。

 研ぎ直さなくとも剣はいざという時の武器にも使えるし、武器は売れば金になる。人を傷つけるために存在しているようなものでも、持っていて困るようなことはない。剣五本。これだけが賊から得た収入だった。何も奪われず、得るものだけ得たと考えればこの上ない幸運と言えるだろう。

 思わぬ災難が降りかかり活躍の機会が訪れたが、一刀が高志から任された本来の勤めは村の子供たちに読み書き計算を教えることだ。

 元々腹を下した上に吐くほどの緊張を受けて身体はぼろぼろだったが、仕事はこなさなければならない。

 賊の襲撃を受けた翌日、官軍に彼らを引き渡して諸々の手続きを片付けてから村に戻り、子義の家で一晩を明かしてから高志の家に改めて報告に行くと、彼は神妙な面持ちでこう切り出してきた。

 曰く、村に自警団を創りたいので力を貸してほしい。唐突と言えば唐突な提案だったが、前から考えていたことではあるという。兵士の経験がある村人と協力して、せめて村人を安心させられるくらいの力がほしい、というのが高志の言い分だった。

 自分の力のなさは良く知っている。その提案をやり遂げる自信はなかったが、村には恩義があり、彼らを助けたいという気持ちは強く持っていた。高志の提案に否やはない。

 自分を頼ってくれるのならばそれは願ってもないことだろう。全力を尽くす、と高志に答えてその場で快諾し、最初に頼まれた寺小屋もどきも平行して準備作業を行い、兵士経験者の村人と共に自警団組織の基礎を作り上げることとなった。

 下は十二歳から上は要相談――参加メンバーの最高齢は五十六歳である――の健康な村民という条件で召集をかけた結果、二百十二人の村人の中の、五十三人が参加を申し出た。これは条件に合致する村民の全員である。

 自分と同年代の人間が沢山集まることを期待していた一刀だが、集まった人間の中にはその年代はいなかった。一刀よりも少し若いか、そうでなければ二周りは年上という構成である。数字のマジックで平均年齢は一刀よりも少し上ということになるが、それは一刀よりも年下の少年少女が年配の村人よりも大分多いという構成だからだ。

 働き盛りの人間は皆、出稼ぎに行っているという。彼らの手をなしに農作業をするのも相当な負担だろうが、彼らの稼ぐ金銭がなければ村の生活もまた立ち行かない。その上に賊の横行だ。今回はたまたま相手がハズレで村を守ることが出来から良いが、いつもっと大きな危険に見舞われるとも限らない。組織だった行動を考えておくというのは、当然の帰結と言えた。

 彼らを集めて一刀がまず行ったのは、従軍した経験のある世代を中心に班を作る事だった。個人の戦力差はないものとして、人数を均等に割り振る。それで十一人の隊が三つと、十人の隊が二つ作られる。

 これをさらに五人、あるいは六人のグループに分けて、それを最低数の構成とした。この五人組で仕事を割り振り行動するのだ。荀家の警備隊がやっていたのを真似ただけのことだが、官軍ではスタンダードな構成だったらしく、兵士経験者がいたこともあってこの割り振りは一刀が思っていた以上にきちんと機能した。

 次に活動する時間である。

 農作業を休むことは出来ないから、それ以外の時間に自警団としての仕事を割り振る。村の周囲に柵を造り、既存のそれを補修強化したり、夜間の見回りも行うことにした。仕事が増えたと文句を言う人間もいたが、備えがあれば憂いはないと高志の一声で却下される。

 自警団は形の上では即日運用されたが、形だけで運用することは出来ない。何をどうすれば良いか解っているのは、一刀と兵士経験者だけだったからだ。まずは他のメンバーにどういう意図でそれを行うのか、頭と身体で理解させなければならない。

 技術も同様だ。農作業をしていただけあって基礎体力、筋力は問題ないが戦うための技術はないに等しい。そういう訓練を施すのも、農作業を特に必要としない客人の一刀の仕事とされた。

 日が高い内はは農作業に参加しない老齢の村人と共に村の周囲の柵を補修強化し、狩の出来る村人の家で弓と矢を作る。日が沈み始めてからは作業の暇を見つけて村の子供達に教える読み書き計算の準備と、自警団の指導の確認をする。

 武器の持ち方から素振りの仕方、いざという時の戦い方など、事細かに、それ以上に解りやすく教えるためにはどうしたら良いか。侯忠に教わったことを思い出せる範囲で思い出し、この村の規模でも実現できる範囲で取り入れていく。

 勉強も自警団の訓練も農作業が終わってからの疲れている時間帯に行うが、文句は言いつつも村人はちゃんと勉強に付き合い――子義は隙を見ては逃げ出すが――訓練にもきちんと参加し、自警団としての仕事も行った。

 そうして一刀が当初滞在する予定だった一週間が経つ頃には、見切り発車の自警団はそこそこの機能を発揮し始めていた。暇な一刀が全力で取り組んだこともあり、柵は村をぐるりと囲むように構築された。ただの柵なので防衛機能は寂しい限りだが、あるのとないのとでは雲泥の差がある。折を見て強化する必要はあるだろうが、今はこの程度で十分だろう。

 慣れない仕事は村人全員に負担をかけたが、守るために何かをしているという事実は彼らに思った以上の安心感を与え、二週間もする頃には村人の誰もが自警団の仕事にやりがいを感じるようになる。

 その頃になって、近隣の村から人が訪ねてくるようになった。賊に襲われたら困るから、うちでも自警団を作りたい、力を貸して欲しいというのだ。

 村に世話になっている立場の一刀は、この問題に高志の助言を求めた。勝手に力を貸したら角が立つと思っての問いだったが、高志は快く快諾してくれた。

 ゴーサインを出されたら、今の一刀を止める者はいない。どこの村にも兵士経験者の一人や二人はいたから、同じ物を同じように作るのは簡単なことだった。一刀が行って基本的な部分を指示するだけで、何処の村でも高志の村と同じようにある程度の形にはなった。

 手を貸した以上一から十まで指示した方が良いのかとも思ったが、どうもあちらの村がやるならこちらも、という対抗意識が根っこの部分にあるようで、近隣の村々には高志の村所属とみなされているらしい一刀に、他の村の住民達はあまり手を借りたくないようだった。

 教わるだけ教わったらはい、さよならと丁寧に追い出そうとする村人に苦笑しながらも、何かあった時には力をあわせて連絡するという約束を、各村の代表を一応取りつけたことで、自警団のネットワークを作ることも出来た。

 頼りないネットワークであるが、ないよりはマシだろう。いざという時に助けてくれる人がいるということは、対抗する村の人々に安心感と、ほんの少しの連帯感を与えてくれる。

 形が整ったら、後は訓練するだけだった。基礎が済んだらそれと平行しつつ、応用の訓練も始める。実戦経験がなく錬度が低い子供が半分以上を占める以上、勝負をするとしたら連携でするしかない。

 複数で動くことを徹底させ、常に多数でもって敵に当たる。いざという時にチームで動いてどう対処するのか。他人の邪魔にならないよう、自分はどう動けば良いのか。教える一刀も頭では理解しているつもりだが、実行に移してみるとこれが難しい。

 構築の責任者として自警団の初代団長に任命されているから、一刀も一つの部隊を任されている。兵士経験者は全員隊長に割り振られているため、部隊のメンバーに年長者は三人ほどいたが、副隊長には子義が収まっていた。

 理由は簡単である。個人の戦闘では一刀以外、子義には勝てなかったからだ。兵士経験者にはかつての軍での経験があるが、寄る年波には勝てないようで継続的に農作業をするだけの体力はあっても、瞬発的な戦闘行動をすると身体が追いついてこなかった。無尽蔵の体力と驚くほど短調ではあるが苛烈な子義の攻めになす術もない。

 その子義をどうにかできることが、余所者の一刀が団長を一月も続けられる理由の一つであるのは、今更言うまでもない。一月経ったことで運用することに一刀が口を出すことはほとんどなくなっている。

 後は経験者が中心となれば自警団を回していくことが出来るだろう。一刀の役目はもうほとんど終わったと言っても良い。最初は一週間のつもりだったのに、一月も滞在しているのだ。元々旅をすることが目的であったのだし、この辺りが潮時と一刀は考えていた。

「団長、やっぱり強いですねぇ……」

 木刀を喰らって地面に転がっていた子義が、何事もなかったかのように起き上がってくる。細身の癖にタフなのだ。身体能力の点から見ても、身体の構造からして違うのかもしれない。

「俺が強いとか言ってたら軍に入って戦ったら腰抜かすぞ」
「それはそれで見てみたい気もしますけど、軍は母上があまり良い顔をしないんですよね」
「崔心さんは軍が嫌いなのか?」
「父上が戦で亡くなったそうで、それ以来あまり良い思いはしてないようです」
「悪いこと聞いたかな」
「お気になさらず。俺が生まれる前の話ですし、最近は軍に関しても前よりは理解はしてくれてるみたいですから」
「じゃあ、子義もしばらくしたら出稼ぎに軍に行くのか?」
「前よりもなだけで良い顔してくれる訳ではありませんからね。別の方法を探すことになるんじゃないかと思います」
「軍以外の方法って商家に奉公に行くとか?」
「それはちょっと……俺頭悪くて腕っ節だけですから、出来たらそういうのが活かせる仕事が良いんですよね。団長、どこか知りませんか? 軍じゃなくてそういうのが活かせる仕事」
「知ってるには知ってるけど……」

 一刀の脳裏に浮かんだのは、この世界で唯一のコネである荀家の屋敷だった。そこの警備ならば軍ではないが腕っ節がそこそこに重要視される職場で、戦に行く訳ではないから崔心もそれなりに安心してくれるだろう。

 客人とは言え関わりの薄い自分の紹介を受けてくれるか微妙に自信がなかったが、子義ほどに才能があれば拒まれはしないだろう。

「ただ、頭が良いことで有名な一族の屋敷だからお馬鹿さんは敬遠されると思うな」
「あぁ、じゃあ俺は無理ですね」
「そのために勉強しようとか思わないのかな、お前は」
「向いてる物を伸ばした方が良いはずですから!」

 前向きに後ろ向きなことを考える子義に、一刀は思わず頭を抱えた。崔心も子義の頭の残念さは心配しているようで、読み書き計算を教える一刀にはそこはかとなく期待の目を向けている。もう一月も厄介になっている手前、何とか形にしておきたいとは思うのだが、教えようにも逃げ出してしまうのだからそれ以前の問題だった。

 一応、簡単な計算は出来るようにはなったが、一桁の繰り上がりのない足し算を三回に二回は間違える状態を出来るということは、流石に憚られた。戦うこと以外は典型的なアホの子の子義である。

「礼儀正しいのにアホってあまり見ないけどな」
「そういうことは母上に教え込まれましたから、ちゃんと出来ますよ」
「先生としては、教えれば理解できるならもっと勉強してほしいんだけどな」
「あはは……」

 空笑いだけは、底抜けに明るい。

「団長こそ、軍に行ったりはしないんですか?」
「ないね。剣で名を挙げようと思ったことはないし、今は見聞を広げるって旅の途中だから」
「軍でも見聞は広げられると思いますけど」
「そりゃあそうだろうけどさ、何の制約もなく旅するのに比べたら見える物も狭いだろ?」
「じゃあ、軍に行く予定はないんですね」

 どこか落胆した様子で子義は溜息をついた。これ見よがしな態度に、一刀は軽く眉根を寄せる。軍で名を挙げられるほどの腕ではないと事あるごとに言ってきたつもりなのだが、どうにも期待されている節があった。

「俺が軍に行くと、子義は嬉しいのか?」
「団長が行くなら俺も! って手を挙げやすいじゃないですか。団長、結構母上には信用されてるみたいですから、団長が説得してくれるなら母上も許してくれると思うんですよね」
「結局子義は、軍に行きたいの?」

 崔心のことを考えている発言をしたと思ったらこれだ。戦うことは別に嫌いではないどころか好きな部類なのだろうが、それがなければ生きていけないという感じでもない。本人の気さえ向けばそれこそ他のどんな仕事だってやっていけるだろう。軍に拘る理由もないと思うのだが、

「それが一番稼げそうですからね」

 子義の答えは単純明快な物だった。金のために……と思うところないではないが、現代とは比べ物にならない程に格差のあるこの世界において、金を稼ぐというのは本当に重要なことなのだと理解できるようになったものの、自分よりも年下の子供から『金』という言葉を聞くことには、やはり抵抗があった。

「名を挙げることにあまり興味はありませんけど、母上には楽をさせてあげたいです」
「孝行するのは良いことだと思うけど、元気でいるのが一番だと思うよ。危ないことをしないで済むなら、その方が良いと俺は思うな」
「そうなんですけどね……まぁ、気が変わったらいつでも言ってください。団長にだったら俺はついていきますから」
「崔心さんの説得には巻き込まないでくれよ?」

 軽口を叩きながら、子義と二人で家路に着く。これから夕餉を取って一刀は自警団の仕事、シフトの入っていない子義は家で内職をすることになっている。家に篭るよりは自警団の仕事をする方が子義の性にはあっているようだが、崔心の言うことはきちんと聞く。これで手先もそこそこに器用で、縄なども綺麗に仕上げることが出来るのだった。

 職人とかも良いんじゃないか、と子義の将来について思いを馳せてみる。朝も早く起きて物造りに精を出す子義というのもイマイチ想像が出来ない。礼儀正しいし人懐っこいから気難しい親方などにも気に入られると思うが、少々考え方が雑なだけで身体を動かすことに関しては天賦の才を持っている子義だ。

 普通に考えるのなら、剣を持って軍に入ることこそが彼の才能を活かす一番の道だ。

 しかし、僅かではあるが人生の先達として、子義という人間を知る物として、子供を戦いに押しやることには抵抗を覚えるのもまた事実だ。平和に生きていけるのならば、それに越したことはない。それは何時の時代だって同じことのはずだ。

 それを解っているはずなのに、一刀はその子義を自警団の団員として使っている。強制した訳ではなくあくまで自発的に参加した子義だが、こんな子供まで立ち上がらなければ最低限の平和も守ることが出来ないのだと思うと、故郷の世界は何て平和だったのだと改めて思い知らされるのだった。

「どうした子義?」

 一刀が平和についてらしくもなく考えていると、子義があらぬ方向を見つめているのが目に入った。孝行息子なだけあって、子義は母である崔心のことを大事に考えている。家路についている時は、彼女のいる我が家のある方向から視線を外さないくらいなのだが、子義の目はそちらではなく、村の入り口の方を向いていた。

 一刀がこの村にやってきた方角である。何かったのか、と子義に問うよりも早く、一刀にも彼がどうしてそちらに視線を向けたのかが理解できた。

 土煙が上がっていた。人が駆けて出来るような大きさではない。おそらくは馬が力の限り速く駆けているのだろう。大きさからして大勢ではない、一頭か二頭……それよりも多いということはないはずだ。

 やがて土煙の中から見えてきたのは、一頭の馬だった。馬上には旅装束の男性がある。武装はしてないようだが、遠めに見ても薄汚れているのが解った。怪我をしているようには見えないものの、離れて見ていても尋常な様子ではないことは見て取れた。

 これは、有事である。

 そう感じ取った一刀は子義を伴って駆け出していた。走りながら大きく手を振り、こちらの姿をアピールする。相手の精神状態によっては無視されることも考えられたが、馬上の男は手を振る一刀の姿を見て取るとそのまま馬首をめぐらせ、近くまで来ると馬を棹立ちにさせた。

 馬の嘶きが、太陽の沈みかけた村に響く。間近で聞く馬の声に目を白黒とさせている子義を他所に男は転がり落ちるように馬上から降りた。

「村の代表者に会わせてくれ、大至急だ!」
「まぁ、まずは落ち着いて」

 男を眺めながら、一刀は子義に視線を送る。その意を汲み取った子義は高志の家へと走った。馬の嘶きと男の大声に、家々からも人が集まってくる。地方の農村であるから人がうやってくることなど少ない。それが血相を変えて飛び込んでくるのなら目を惹くのも当たり前だった。

「そんな暇などない、賊だ! こちらの方向にある村が、賊に襲われて滅びた!」

 こちら、と男が示したのは今さっき自分が馬で駆けてきた方角だった。あの方向にあってここから一番近い村にも覚えはある。この村に来る前に一刀も立ち寄り宿を借りた。規模はこの村よりも小さいが、人は素朴で温かかった。

 その村が滅びた? 男が嘘を言っている気配はなかったが、にわかに信じられることではなかった。

「嘘など言っていない。私は見たんだ! 黄巾の頭巾を巻いた連中が村を襲撃したんだ!」
「噂の黄巾賊ですか? あれは冀州で軍に打たれる直前と聞きましたが……」
「解らん。だが、北から来た」

 男は荒い息を吐きながら、事の顛末を語った。

 彼は旅の商人で、その村には宿を借りていた。太陽が落ちて夜も深まっていた頃、賊はいきなり村を襲撃し、家々を荒らしまわった。賊が襲撃してきた方向から離れた家に宿を借りていた男は只事ではない悲鳴に飛び起きて外に出た。

 見たのは、黄色い頭巾を巻いた連中が剣で容赦なく、村人を切り殺しているところだった。留まっていては殺される。そう悟った男は着の身着のまま自分の馬に飛びつき、村を飛び出したという。

 顛末を聞き終える頃には、男の息も整ってきていた。様子を見守っていた村人が差し出した椀に入った水を一息で飲み干す。大きく、それでいて疲れた溜息を漏らした男は、周囲にぽつぽつと集まった村人を見回す。

「賊が村を襲ったのは昨晩のことだ。私は村を飛び出してから馬で数里ほど駆けて夜を明かし、そのまま街道にそって駆けてきた。おそらく賊は、次にこの村を目指すだろう。用心した方が良いと忠告に来たのだ」
「賊の数は?」
「正確にはわからんが、二百はいたように思う」

 二百という数を聞いて、一刀だけでなく周囲の村人も絶句した。特に自警団に参加している人間は、その驚愕の色が濃い。

 自警団に参加している人間――この村においてはも戦うことが出来る人間――はおよそ五十人。男の言葉が正確だったとして賊の数はその四倍だ。期待を込めて実数はその半分だったとしても、まだ倍の開きがある。

 加えて彼らは黄巾賊で、人を殺すことにも躊躇いがない。戦闘の訓練こそ受けた人間は少ないだろうし、負けて南下してきたのなら決して万全の状態ではないだろうが、こちらは何しろ頭数のほとんどが、訓練を始めて間もない若い世代だ。

 数以上に、質の面においても大きく劣っていると言わざるを得ない。

「旅の方、詳しく話を聞かせてもらえますか」

 子義に伴われてやってきた高志は、息を切らせながらも男の話に耳を傾けた。高志が出てきたことで、村中に有事である、ということが伝わったらしく、内職や作業の手を止めて全ての村人が男の周囲に集まっていた。

 男は一刀にしたのとほとんど同じ話を高志に聞かせた。落ち着いて話しただけに緊迫感こそ減じていたが、それだけに事の深刻さはより正確に伝わる。賊の数がおよそ二百と聞いた辺りで眩暈を覚えたのか、高志はふらり、と身体をよろめかせた。

 搾り出すような声には、あまりに生気がない。

「ご苦労様でした。貴方様は、どうかゆっくりとお休みください」
「お気持ちはありがたいが、私はこれを他の村にも伝えねばなりません。これで失礼させていただきます」

 男は丁寧に水の礼を述べると馬に駆け寄り、来た時と同じくらいの速度で逆の方向へと駆けていった。今から他の村を目指しても、距離の関係で途中で野宿をする羽目になる。あんな軽装で夜を明かせるとも思えなかったが、賊が迫っているというのなら少しでも離れたいと思うのが普通だ。

 むしろ旅人という身軽な立場であったからこそ、彼は生き残り、逃げることが出来たのだ。その土地に根付いた生き方をしている人間は、そう簡単にはいかない。

 一刀は溜息をついて、どんよりと暗い顔をしている村人達を見渡した。土地に根付いた生き方をし、簡単には逃げ出すことの出来ない人間達がそこにはいた。

 住み慣れた土地を離れたくはない。そういう理由ならば話は簡単だった。命がかかった状況で感傷を優先させられる人間はそう多くない。賊が来る前に逃げられるだけ逃げる、ただそれだけで良い。

 だが事実として、村人達は一人として動こうとはしなかった。動けない理由があるのだ。

 逃げたとしても行くところがない。

 近隣にも村はあるが、どこも逼迫した懐事情を抱えている。二百人からの村人がやってきたところでそれを食わせるだけの余裕はない。

 食料を持って逃げるにしても持ち出せる量には限度があるし、食料の多くは地に根ざしている。農民というのは自らの土地を離れては食物の確保に難儀する職種だ。金銭の蓄えもあってないようなもので、生活の足しにはなってもしばらく生きていけるだけの貯蓄まで出来ているのは稀だろう。

 それに、逃げた所で賊は残る。村人が逃げられるということは、賊もまた追うことが出来るということだ。逃げる村人とただ進む賊。二者を比べた場合村人の方が足は早いだろうが、賊は村を荒らすだけ荒らしてはその数を減ずることなく、最も近い村へと再び襲い掛かる。

 いずれ官軍が賊の存在に気づいて重い腰を上げるだろうが、果たして村人全員が殺されるよりも早く、彼らはやってくるだろうか。村人達の顔色は暗い。助けてくれる、と思っている人間は一人もいないようだ。

 先ほどの男性が気を利かせて官軍の詰め所まで行ってくれたとして、その官軍がすぐさま賊を打つ為に動くとも考え難い。先も言ったがこの辺りは田舎で、最も近い官軍の詰め所にいる兵士は精々五十人。この村の自警団と異なり武装し訓練は受けているものの、四倍の数を相手にするには分が悪い。

 現在の官軍の風聞を聞くに、先ほどの男の話を聞いたとしても即座に動くようなことはせず、十中八九応援を待つという結論を出すだろう。この村の立場になって考えれば迷惑極まりない話だが、それが現実である。

 ならば自ら剣をとるか、と言えばそれは論外だ。

 素人ばかりのこちらでは勝てるはずもないし、よしんば痛撃を与えて撃退できたとしても、全滅に近い被害を受けることは想像に難くない。戦闘の舞台がこの村になるなら、田畑にも被害は出るだろう。

 戦っては死に絶え、逃げても生きる道筋が見えない。それを理解しているからこそ、村人は皆押し黙っているのだ。

 だが、いつまでも選択しない訳にはいかない。現実として、賊はすぐそこにまで迫っている。先の男が馬で逃げられたことから、賊の大部分は徒歩だろうが、襲った村で身体を休めることを考慮に入れても、明後日、遅くとも三日後の晩にはこの村にやってくるだろう。

 一番先に現実に戻ってきたのは、やはり高志だった。彼は村人を見渡すと苦渋に満ちた声で自らの考えを告げる。

「……纏められるだけ荷物を纏めろ。準備が出来たものから順次、隣村に避難する」
「ですが、村長――」
「ここに残って殺されるなら、少しでも生きられる可能性が高い道を選ぶ。金品は全て、食料は持てるだけもって移動するのだ。時間はないぞ、急げ」

 高志は急かすが、村人の動きは悪い。現実的に考えてそれしかないのは解っているが、誰もが高志のように割り切って考えられる訳ではない。郷愁がない訳ではない。どうせ死ぬなら賊と戦って、と思う人間もいる。戦えばもしかしたら勝てるのではないか。そういう甘い考えを捨てきれない人間だっていた。

「団長、何とかなりませんか?」

 子義もまたそんな村人の一人だった。期待と不安に満ちた目でこちらを見つめる彼の周囲には、自警団に所属する子供達が集まっている。賊は怖いだろうに、彼らは一刀が戦えと号令すればきっと戦うだろう。彼ら彼女らはどうせい死ぬなら、といった手合いだ。若さに見合った勇気と言えなくもないが、この状況でのそれはただの蛮勇だ。

 その証拠に、彼らは一刀が戦うと言わなければ戦うことをしないだろう。何とか出来ると一刀が言い、共に戦ってくれることを期待する以上に、逃げようと言い出すのを待っているようにも見える。

 要は切欠が欲しいのだ。逃げることは格好悪い、しかし、上に立つ人間が言うのなら仕方がない。子供の上下関係は単純だ。強い奴、凄い奴が上に立つ。村の理屈で言えば高志が頂点にいるのは当たり前だが、子供達の間では一刀の立場は驚くほど上位にあった。

 自警団の団長というのは、それだけ彼らにとって『偉い』存在なのだった。

 慕われることは悪い気はしないが、ガキ大将的な位置取りと考えれば納得である。ある程度言うことを聞いてくれるというのは、危機的状況においては好都合だ。

 どうにもならない。だから、逃げよう。一刀がそう告げようとした、その時、

「どうやら込み入った事情のようですね」

 聞き覚えのない声が一刀の耳に届いた。声の主に、戸惑っていた村人全員の視線が集まる。

 その視線の先にいたのは二人の少女だった。

 一人は眼鏡をかけ、茶色がかった黒髪をアップに纏めた釣り眼の少女だ。声の主はこちらだろう。特に不機嫌という様子はなさそうだが、眼鏡ごしの鋭い眼光が自身が気難しい性格であるとガンガンに主張している。

 もう一人はウェーブのかかった長い金髪をした背の低い少女だ。先の少女とは逆に見事なまでのタレ目で、足取りも眠っているのかと思えるほどにおぼつかない。倒れそうだったので注視していたら、薄く開いた目でばっちり視線を合わせられた。

 宝石のような翠色の瞳だった。タレ目の少女はにこりとする訳でもなく、ただ一刀の視線を少しの間だけ受け止めると、再びふらふらと夢遊病者のようにふらふらする作業に戻った。

 見ているだけでも危なっかしいのに、釣り目の少女にそれを気にするような様子はない。これがタレ目の少女の常なのだろう。肝が太いのか単に緩い性格なのか判断に苦しむところではあるが、それはこの際どうでも良い。

 見覚えのない二人に村人全員が注目する中、一刀はこっそりと隣の子義に耳打ちする。

「……あの妙な二人は何処の誰?」
「今日やってきた二人と一人のうち、二人の方の旅人です。昼過ぎに来たから団長とは入れ違いになったんですね。見聞を広めるための旅をしてるとか、軍師らしいですよ、二人とも」
「二人と一人ってなんだ、三人じゃないの?」
「さあ。別々に来たみたいですから知りあいではないのでしょう。もしかしたら残りのお一人は逃げ出してるのかもしれませんね」

 一刀の知らなかった情報を提供してくれた子義は、もう一人どころか今現在目の前にいる二人にもあまり興味はないようだ。身体を使って動くタイプの子義は、頭を使って何かをする人間と相容れない節がある。軍師と聞いた段階で、彼女らには興味を失っているのだろう。彼女らのことを聞こうとする一刀にすら、どこかつれない。

 こんな状態では、これ以上の情報は子義から得られそうにもない。一刀は諦めて旅の軍師という二人の少女に視線を戻した。話の主役は今や村人達ではなく、旅の軍師二人になっている。

 不安に怯える二百人の村人の視線をものともせず、釣り目の軍師は堂々とした態度で周囲を見渡した。

「今は時間がないようですし単刀直入に申し上げましょう。我々に協力させていただけませんか? 協力させていただけるのであれば、限りなく犠牲を少なくした上で、黄巾賊を撃退するための考え出してご覧にいれます」

 釣り目軍師の発言は徐々に村人へと浸透する。自信に満ち溢れた態度からは、もしかしたらやれるのでは、という思いすら村人達に抱かせた。その一挙手一投足が、釣り目軍師の言葉が正しいのだと裏打ちするように、その仕草が、鋭い視線が村人の意思を彼女の言葉に傾けさせる。

 だが、村人は誰も、釣り目軍師の言葉には乗らなかった。

 どれだけ魅力的な言葉を吐いたとしても、釣り目軍師は村人にとって余所者だ。子義はその存在を知っていたが、大半の村人は一刀と同じように彼女の存在を知らなかったらしい。こいつらは誰だ、信用できるのかといった類の視線がこの場で最も信用の置ける人物――高志の元に集まる。

 高志は村人達の視線を受けて、重々しく頷いた。少なくとも人格の面では信用できる。高志はそう保障した。二人に怪訝な目を向けていた村人も、それで一応は二人を信用することにしたようだった。

「初見の方々もいらっしゃるようなので、まずは自己紹介を」

 自分の話を聞く体勢が全員に整ったのを見て、釣り目軍師は姿勢を正し、軽く頭を下げた。

「旅の軍師、戯志才と申します。どうぞお見知りおきを」


















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