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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:53a6c9be 前を表示する / 次を表示する
Date: 2015/06/13 08:41




1、

 現存する勢力の中では『中』の域を出ない北郷軍にとって、『上の上』である曹操軍との戦が回避できたことはこの上ない朗報だった。東の曹操軍は州外に存在する問題の中で最も大きいものである。その曹操軍が撤退を開始し、侵攻の可能性が極端に低いと確信を持ったことで、北郷軍は漸く、落ち着きをもって州内の問題に目を向けることができるようになった。

 すなわち、州軍の再編である。

 曹操軍と戦が行われた場合、最前線になる予定だった東の砦はその戦が回避されたことで責任者が交代となった。霞が中央に戻り、現在は澪がその役目を引き継いで州境の監視を継続している。本格的な戦は回避されたが、これからもずっと不測の事態が起こらないとも限らない。曹操軍を刺激しない程度の兵を州境に配置することは、自衛のためにも必要なことだった。

 あくまで平和を目的とした監視のため、州境の砦に残った人数は千と五百。平時というには、聊か多い数である。

 それに対して、曹操は凪が率いていた二万を越える兵のほとんどを撤退させている。陣を引き払い、向こう側の砦まで下がった曹操軍の兵は、草の報告ではおよそ千五百。どうだ、という曹操の顔が見えるようだった。

 距離は大きく開き、兵も減っている。それでもかの曹操軍が近くにいるという心臓に悪い事実に変わりはないが、戦が回避できたことを思えばどうということはなかった。

 戦をして、今北郷軍が得られるものは少ない。それくらいならばいくらでも、胸の内に飲み込むことができる。

 何よりもまずは、州の内側に目を向けることだ。戦に向けるはずだったエネルギーを全て内政に回した并州は、目まぐるしく動き始める。

 霞が中央に戻ったことで、保留されていた軍の人事が一気に動いた。

 ことあるごとに霞が要望を出していた『頭の切れる副官』として、七乃が配置されることが正式に決まった。元袁術軍ということで反対の声も燻っていたが、州牧である一刀が彼女を身内として扱っていることは周知の事実である。そんな人間に面と向かって文句を言う人間いない。少なくとも表向きは、七乃の副官就任はすんなりと決まった。

 問題はこれからである。

 周囲に良く思われていない七乃が、有形無形の嫌がらせを受けることは誰の目にも明らかだった。七乃はこれから自力で、信頼を勝ち取っていく必要がある。これがただの凡人であれば一刀も気を揉んだだろうが、家族として一緒に暮らしている一刀は、七乃の実力を良く知っていた。兵の運用、軍略の理解という点において、七乃に並ぶ者は軍内には一人もいないと、評価の辛い稟も苦虫を噛み潰したような顔で太鼓判を押している。

 加えて、これは幹部には全員に知れ渡っていることだが、七乃は非常に肝が太い。勿論、孫策など化け物のような人間に相対すれば怖がりもするが、それは彼女が自身にとって最大級の脅威であると認識しているからだ。

 人間が徒党を組むということがどういうことなのか。その脅威を七乃は十分に認識していたがその上で、数を頼む有象無象というのを彼女は全く気にしていなかった。

 そんな、世の中に怖いものなど『ほとんどない』七乃が副官となった後、彼女を待っていたのはその知性を活かす素敵な職場……ではなく、朝から晩までぶっ通しの地獄のような馬術の特訓だった。七乃も決して武術ができない訳ではない。いざという時の最終防衛線として、最低限美羽を守れるだけの武術は身に付けていたのだが、霞が自分の直属の部下に求めるレベルは、そんなレベルとは次元が違った。

 霞にとって『馬に乗れる』というのは、鞍も手綱もない裸馬を自由自在に操り弓や槍を持って敵と戦えるということである。そこまでできて初めて駆け出しなのだ。そこから上のステップに進むとなると、普通は一年や二年では済まないのだが『七乃っちは素質ありそうやし大丈夫やろ』という霞の軽い言葉で、本来それだけ時間がかかるはずの行程の大きな短縮が実施されることになった。

 勇猛果敢でならす屈強な兵達でも、震え上がらせるような地獄のメニューである。七乃が逃げなかったのは一重に、ここでの行動が美羽の将来に影響を与えるという、その一念からだった。執念で霞の課したメニューをこなし、七乃の馬術の腕が霞の求める基準に達したのは、鍛錬を始めてから二ヶ月も過ぎた頃だった。

 それでも霞の基準では少し寂ししレベルであるらしいが、逃げずに地獄のメニューに立ち向かったことで、七乃は張遼隊からは一定の信頼は得た。これから上手くやっていけると、やつれた笑顔で七乃が宣言したのだから、おそらく間違いではないだろう。

 ちなみに、それまで七乃が調練していた新兵二千は、三百を七乃の下に残し、残りは全て他の部隊に振り分けられた。当初の予定通りの方策であるが、七乃に心服していた兵たちは、皆、彼女の元に残ることを希望していた。残った三百は大いに喜び、漏れた面々は大いに悔しがったというが、それだけでも七乃がどれだけ兵の調練に心を砕いていたのかが伺えた。名残惜しさを胸に各隊に散った元張勲隊は、規律の行き届いた良い兵ということで、各方面からの評判も上々だ。

 文官方面は、まず美羽が出仕することが決まった。

 役職は州牧付の事務官である。秘書の筆頭が黄叙であるとしたら、美羽はその部下という位置づけだ。黄叙が一刀について外に出る時は執務室に残るという貧乏くじを引くことになるが、一刀が州庁にいる時は基本的には一緒に働ける。平時にあっては大当たりなのだから、美羽もご機嫌である。

 七乃と同じで一分の人間の視線は冷たい。実務を取り仕切っていた訳ではないが、美羽は軍団の顔であり、袁家の血を引く人間だ。ただそれだけで美羽を嫌う人間は多く、また類稀な容姿をしていることもあり、人目も引きやすい。これからの美羽の苦労を思うと心が痛いが、信頼を勝ち得るためには何かをするしかない。根は良い子であることを、一刀は知っている。今は、いずれ時間が解決してくれることを祈るより他はない。
 
 その他、七乃が面倒を見ていた新兵の中で、兵よりは文官に向いていると判断された人間が複数いたが、その内更に優秀であると認められた二人の姉妹が、幹部会議で検討の結果、内務担当である朱里の下に配属されることになった。誰もがどうして兵に……と思うくらいに聡明な二人で、特に白い眉をした姉の方はその風貌もあって州庁でも有名になっている。

 その姉妹は名目上朱里の部下であるが、実質的には彼女の弟子だった。自分よりも年上の少女二人に先生と呼ばれてついて回られることは、小さくかわいい朱里にとっては大層なプレッシャーとなったが、後進を導くことは先達の役目と、仕事をしながら不器用に指導を続けた。姉妹が一人立ちする日もそう遠くはないだろう。いつもおどおどしている朱里も、先生らしくしている時はは少しだけ堂々としているように見えた。それは実に微笑ましい光景で、いつも気難しい顔をしている静里も、そんな朱里の姿を見て相好を崩すほどたった。

 経済は、西方交易が軌道に乗り出した。

 異民族の装飾品や食料品などを帝国内に持ち込んでは、反対に帝国内の物をあちらに持っていく。灯里とねねを中心にした商業集団は既に荒稼ぎをしており、これに一口噛ませろという商人は後を絶たないが、こちらの処理能力の関係で全てを受け入れる訳にはいかない。現状、交易に参加するには灯里かねねの審査をパスする必要があった。二人とも相当厳しい審査基準をしているらしく、商人の数はそれほど増えてはいないが、その中に孫呉の商人が入っているのは、逃れられない柵のせいである。

 丁原が西方の安定をある程度保障してくれるとは言え、無関係な人間が踏み込むには国外は危険な地域である。更に交易するとなれば、彼らと交流のある人間の仲介が必要だ。商人たちは商売のチャンスを得て、北郷軍は仲介料をせしめることができる。交易そのものが既に相当な利を上げているが、この仲介料は大きな副次収入となっていた。

 そんな交易であるが、現在行っているこれは言わば『前哨戦』だ。装飾品でも食料品でもない『本命』の商品の準備はは、真っ当な貿易が行われてる裏で着々と進められていた。

 その本拠は丁原の領内、国境付近にある。

 そこに設置された広大な牧には、異民族由来の軍馬が繁殖目的で大量に持ち込まれていた。一年、二年もすればそこから良質な軍馬を出荷できるようになるだろう。并州で使っても良いし、商売に使っても良い。出荷体制が整い、仮に全てを売りに回したら現在の百倍は利益を得られるだろうと、財務担当のねねが試算を出している。

 もっとも、流石に全てを売りに回すということはない。霞の騎馬隊からは、もっと良い馬をと矢のような催促が来ている。どこの軍も、良質な軍馬は喉から手が出るほど欲しており、それは并州軍も同様だった。

 并州の中で、ほとんど全ての事柄が右肩あがりに成長している。時間さえかければもっともっと発展できるのだが、いつまでもとはいかないのは一刀にも解っていた。

 并州の成長の陰りを暗示する、戦の気配のする赤毛の少女が州庁の一刀の元を訪ねてきたのは、そんな憂いを感じ始めていた時だった。





























2、

「突然お邪魔して申し訳ないのだ」

 殊勝なことを言いつつも、出された茶菓子を食べる少女の手が止まることはない。黄叙が用意したその茶菓子は安価ながらも美味しいと評判の物で、一刀のためにと彼女が買ってきたものだったが、それは赤毛の少女――張飛の胃袋の中に消えていった。ご主人様のものなのに……と黄叙も内心ではこっそり青筋を浮かべていたが、年若いとは言え彼女も侍女の端くれである。静かな怒りは、薄い余所行きの笑みの下にしっかりと隠れていた。

 後で何かフォローをしないとな、と考えながら一刀は茶菓子を頬張る張飛の旋毛に目をやった。

 張飛は現在、一刀が私塾を開く手伝いをし、今は教師として細々と働いている劉備と一緒に暮らしている。元々子供と相性が良かったのだろう。生まれの割りに教養のある劉備の私塾は周囲の評判も良かった。静里の部下の報告では、その暮らし向きも悪くないという。謀反だの反乱だと怪しい気配も、調べた限りでは全く見えない。張飛が州牧である一刀に直訴しなければならないようなことなどないはずだった。

 一刀が来訪の目的を図りかねている内に、全ての茶菓子を綺麗に平らげた張飛は、いきなりその場に膝をつくと、額を擦りつけるようにして頭を下げた。

「鈴々を、お兄ちゃんのところで雇ってほしいのだ!」

 州庁中に響くような大音声に、一刀は漸く、張飛の目的を理解した。この少女はきっと、ニートでいることに耐えられなくなったのだ。

「……劉備殿を含めて、暮らし向きは悪くないと聞いています。何か金子が必要な事情ができましたか?」
「この際、お金のことはどうでも良いのだ。お姉ちゃんが一生懸命働いているのに、鈴々は毎日ぼーっとしているだけ……これじゃあまさにごく潰しなのだ! 愛紗にも申し訳が立たないのだ……」

 顔を上げぬままさめざめと世間の荒波に打ちひしがれる張飛に、一刀は心中でこっそりと頷いた。

 一刀がいた世界では、張飛くらいの年齢ならばまだ学校に通っている。そんな少女が蛇矛を振り回して戦場に出ることに違和感を覚えないでもないが、かつて将軍として扱われ、今もまだその心構えでいる少女にごく潰し生活が辛いのも十分に理解できた。しかもかつて主と仰いだ人は、しっかりと働いているのである。これではプレッシャーも一入だ。自己責任と周囲の視線に耐え切れなくなったここにきた。張飛の行動原理は、そんなところだろう。

 働かなくても食っていける状況というのは、考えようにとっては幸せであるが、ある程度の責任感と羞恥心を持った人間にはこの上ない地獄だ。見た目の割りに責任感の強い張飛に、一刀は手を差し伸べた。

「頭をあげてください、張飛殿。あ、お茶のおかわりはいかがですか?」
「うう……いただくのだ」

 腕を引っ張り上げ、張飛を立たせる隙に菓子皿を片付けて黄叙に渡す。一刀の行為に機嫌を直した黄叙は、鼻歌でも歌いそうな雰囲気で張飛の椀に新しくお茶を注いだ。しょぼんと椅子に座る張飛をぼんやりと見ながら、一刀は張飛と劉備の状況について考えた。

 劉備が并州にいるというのは、ある程度の耳を持っている人間ならば、もはや全員が知っていること。つまりは公然の秘密だ。曹操は会談にやってきた段階で、劉備は并州にありという情報を掴んでいたというから、バレるのは時間の問題だったのだろう。既にバレているのならば、今更隠したりする必要もない。その点だけは、劉備の面倒を見るようになってすぐよりも、幾分か気は楽になった。

 劉備の元にも何度か足を運んだが、教師というのが肌に合っていたのだろう。今の生活も劉備なりに楽しんでいるようだった。ご近所の評判も上場で、親御も含めた生徒の評判も良好である。劉備についてはこのままで、というのが朱里も含めた幹部全員の結論だ。

 目下の問題はこの張飛である。

 彼女が優秀な武将であることは誰もが知るところであり、同時に関羽に次いで劉備の第二の子分ということも、世間に広く知れ渡っている。その張飛を配下とすることに精神的に抵抗がない訳ではないが、降将を登用することは今の時代、珍しいことではない。現に霞や恋は少し前まで敵対勢力にいたし、同時期には上司だった思春も、複雑な事情こそあるものの、立場の上では一刀の下にいた。美羽や七乃については言うまでもない。

 彼女らが良くて、張飛がいけないという理由はなかった。一刀には張飛を登用することについて、反対する理由が見当たらない。幹部会議にかけても、おそらく賛成多数で可決されるだろう。問題があるとすれば、并州の組織についてである。

「張飛殿の実績を考えますと将軍として登用するのが適当かと存じますが、人事を刷新したばかりで今すぐに相応しい地位を用意することはできません。当面……そうですね、差し当たって一月二月は新兵の調練をお願いすることになると思うのですが、それでもよろしいですか?」
「働けるなら何でもやるのだ!」

 快諾してくれた張飛に、一刀はそっと胸を撫で下ろした。人事の刷新で七乃が霞の副官となったことで、新兵を調練する人手が一時的に足りなくなっていたのだ。そこそこの兵にするだけならば経験のある人間ならば大抵はこなすことができるが、新兵を強兵にするにはそれなりの人間では困るのである。

 事実、七乃が鍛えた兵とそれまで并州で新兵の調練を担当していた人間が鍛えた兵には、雲泥の差があった。調練の密度なり、緊急時の対応なり、歴戦を潜り抜けてきた兵が鍛えた兵は、やはりモノが違う。その点、張飛は指導教官としての条件を一応は兼ね備えていた。調練に関する評判を聞いたことはないが、劉備軍の精兵を率いていたのだ。まさか全くできないやったことがないということは、ないはずである。

「それともう一つ。これが一番重要なことなのですが、劉備殿はこのことをご存知なのですか?」
「もちろんなのだ。仕官が決まったら改めてご挨拶に伺いますと、今朝言ってたのだ」
「張飛殿は劉備殿の護衛も兼ねていらっしゃったかと思うのですが、そちらの方はよろしいのですか?」
「心配ではあるけど、護衛ということなら毎日何人も張り付いてるから、そんなには心配してないのだ」
「張り付いてる……と言いますと?」
「入れ替わってるけど毎日五人……じゃないな、三人と二人がお姉ちゃんの周りに張り付いているのだ。そいつらと戦えば勿論鈴々が勝つけど、お姉ちゃんを守るだけなら多分、そいつらの方が上手いな。そいつらの片方は、お兄ちゃんの仲間だよな?」
「片方?」

 鈴々の言葉に、一刀は眉根を寄せた。確かに静里に頼んで監視兼護衛を劉備と張飛につけているが、他にもそんなことをしている人間がいるとは報告を受けていなかった。情報担当の静里が察知していないというのならば大事だが、彼女のことだから知っていて黙っているということもありえる。後者ならば大したことはないが、前者ならばそれなりに大事だ。これについては一度、静里に確認をしてみるのが良いだろう。

 しかし、州都にまで入り込み静里の部下と共存して仕事をしている以上、それを差し向けている勢力には当たりが付けられる。おそらくは孫呉、それも思春の部下だろう。孫呉にとっても劉備というのは決して無視できる存在ではないし、いざという時に何かに使うことを考えれば、勝手に死なれるのも困る。監視兼護衛を付けるのも頷けるし、思春の部下ならば静里の部下に感知されないというのも頷けた。

「我々ではないもう一組について、よろしければ調べてご報告差し上げますが、いかがいたしますか?」
「別に良いのだ。何かしてくるとも思えないしな。それよりもお兄ちゃんは鈴々を雇ってくれるってことで良いのか?」
「もちろんです。これから、よろしくお願いします」
「よろしくなのだ!」

 差し出された張飛の小さな手を、握り返す。この小さな手で、自分の身長の倍以上の長さの蛇矛を振り回すのだ。子供の小さな手と言っても武人らしい固い感触に、一刀は張飛の認識を改めた。子供ではなく一角の武人である。

「あと、鈴々のことはもっと友達みたいに呼んでくれて構わないのだ。ここで一番偉いのはお兄ちゃんだしな!」

 序列に拘る内容の言葉なのに、張飛の口調はそのままだった。らしいと言えばらしいと言える。一刀自身はこういう雰囲気を好ましく思うが、生真面目な稟や上下の関係に拘る思春などとは、衝突しそうな気配である。

 だがそれも、仲を深めるのならば必要なことだ。一度か二度喧嘩をすれば、気難しい連中とも張飛の性格ならば打ち解けるだろう。根が悪い人間でないことは、少し話をしただけで解った。元より、劉備のために自分の身を削ることができるような少女である。悪い人間であるはずがない。

「それじゃあ、細かい雇用の条件とかは、雛里――鳳統と詰めてくれ。明日の朝議で紹介することになると思うから、とりあえず明日は早起きするようにな」
「それは得意なのだ!」

 自分で言うだけあって、翌日張飛は朝一番で登庁した。朝議でもって参入は承認され、七乃がやっていた新兵の調練を引き継ぐことになった。その日から『おらおら走るのだ~!』という可愛らしい声が州都に響くことになり、新兵たちは見る見る内に強くなっていった。





























3、

「一刀ー、もうおしまい?」

 こちらを舐めきった声音にいらっとくる気持ちを抑えて、一刀は正面の相手を見据えた。

 相対するのは孫呉の姫君、孫尚香だ。これから久しぶりに近衛と訓練をしようかという時たまたま遊びに来た彼女が、ならば自分が相手になると名乗りをあげたのだ。慌てたのは一刀だ。彼女は孫呉の姫君であり、并州にとって大事な客人だ。怪我をするだけでも問題なのに、それが州牧の手でなされたとなれば外交問題になりかねない。

 一刀の心配は州牧としては当然の配慮と言えるだろう。適当な理由をつけてやんわり拒否しようという、一刀の気配を敏感に感じ取った孫尚香は『じゃあ私が強いって証明してあげる』と、短めの木刀二本を取り上げて訓練中の護衛の中に飛び込んだ。

 木刀で武装していると言っても、相手は姫君である。近衛の面々も本気を出せる訳はないが、それでも多数の優位というのは存在する。五十人もいて一人に負けるはずは、普通はないのだが、その多数の優位を孫尚香はあっさりと崩してみせた。

 瞬く間に五十人を打ちのめしてしまった孫尚香を前に、一刀は断る理由のほとんどを失ってしまった。少なくとも武芸において、自分の方が教えてもらう立場ということを理解する。それでも、外交上の理由を盾に断ることはできただろうが、元より孫尚香の性格では、断った方が厄介なことになることは目に見えた。

 後から百の厄介ごとを背負うなら、今十の厄介ごとに向き合う方が良い。こういう主張の強い女性を前に、一刀ができることはそう多くはないのだった。

 孫尚香というのは、可愛らしい少女である。褐色の肌に桃色の髪。空のように青い目は、猫のようにころころと色を変える。姫君として育てられただけあって、きちんとそういった教育は受けており、公の場では実に姫君らしい態度で振舞うのだが、普段の彼女は見た目の印象通り小悪魔的で自由であり、ただなんとなくという理由で、州牧と近衛の訓練に割って入ったりもする。

 そして本職の兵を前に強気の行動をするだけあって、確かに孫尚香は強かった。二刀の攻撃にそれほどの重さはないが、その分鋭く手数も多い。足の運びも見事なものだ。打ち込まれたと思った時には既にその姿は視界から消えており、そしてまた死角から打ち込まれている。いつだか遠目に見た孫策の苛烈な剣とは似ても似つかないが、これはこれで彼女らしい。

 前線に立つことの少ない姫君ならば、これくらいの力量があれば十分だろう。何しろ、最近政務が忙しかったといっても、兵として訓練している一刀が手も足も出ないのだから。

「えい!」

 孫尚香の軽い掛け声と共に、一刀の木剣が弾かれる。からん、と地面に自分の木剣が落ちる音を聞いて、一刀は大人しく両手を挙げて降参した。

「いや、強いな。ここまで手も足も出ないとは思わなかった」
「文武両道が我が家の方針なの。お姫様だって、少しは強くないとね? でも、私としては一刀の方が心配かな。それで大丈夫?」
「安心とはいかないかな。でも護衛の二人は俺よりも強いぞ?」

 言い訳にもなっていないが、全てが駄目と言われるよりはずっとマシだ。孫尚香は目を細めてじとーっと一刀を睨むが、一刀は軽く口笛を吹いて視線を逸らした。

 その先に、一刀よりも確実に強い二人の内の一人がいた。北郷軍の中では最も付き合いの長い太史慈――真名は要である。村に辿りついた日からの付き合いで、現在は近衛隊に所属。一刀専属の護衛をしている。武術の腕前は近衛の中では二番目で、単純な動きであれば隊の指揮をすることもできる。

 出会った頃は少年だった要は、身体は大きくなりもう青年と言った風貌になった。これで学問を身に付ける気が少しでもあれば、もっと出世することもできただろうが、良くも悪くも少年の心を残した要は、一刀専属の護衛以外の仕事をするつもりはないようだった。

 そんな彼は、年上の女性に非常に受けが良かった。子供っぽさが母性本能をくすぐるらしい。事実、要に今話しかけている孫尚香の侍女は二十の半ばくらいの、要からすれば大分年上の女性ばかりだった。本気ではないにしてもそれなりに熱を上げているのは一刀の目から見ても明らかであるが、要は色事には全く興味がないようで、純粋に話を楽しんでいる様子である。

 そんな良くも悪くも子供っぽい要とは対象的に、隊内一の実力者黄叙は実に落ち着いている。

 侍従長も兼ねている彼女は孫尚香の視線を受けて、小さく頭を下げた。黄叙の実力を、孫尚香はじっと眺めただけで看破した。

「……うん、黄叙は強いよね。うちの侍女隊と比べてもそんなに変わらないと思う。こんな人どこで見つけてきたの?」
「俺が見つけたんじゃなくて、黄叙の母君が売り込みに来たんだよ。俺はそれに、OKしただけ」
「おーけー?」
「了解ってことだよ。郷里の方言なんだ」
「へー。一刀の郷里ってどんなところ?」
「ずっと東にある小さな島だよ。もう何十年も戦らしい戦に巻き込まれてないのが、国民としての自慢かな」
「それはすごいねー」
「ああ、本当に凄いことだと思う」

 政治に携わるようになって、一刀は改めてその事実の偉大さを知るようになった。同時に戦に関わらないことの問題も見えるようになったが、それをどちらが良いか、という類の議論をするのは元の世界に戻ってからでも良いだろう。今ではそんなに戻ろうという気もなくなってしまったから、一刀の認識で言うところの国とはこの帝国であり、この州である。

「州牧様!」

 屋敷に、早馬が飛び込んでくる。馬に乗っている人間には見覚えがあった。確か稟の部下で、彼女の補佐をしている人間だ。稟は今日州庁で、外務の仕事をしているはずである。そこから早馬とは、穏やかなことではなかった。

 稟の部下は転がり落ちるようにして、一刀の前に降り、一気に捲くし立てる。

「幽州の公孫賛殿より、急使です。郭嘉殿より、今すぐ州庁へと」

 いつか来ると思っていたことが、ようやく来た。ある意味、最も待ち望んでいたその知らせに、一刀と孫尚香は同時に立ち上がった。

 伝令の乗ってきた馬に、一刀はひらりと飛び乗った。その後ろに孫尚香が飛び乗る。小さな手が腰に回されるのに今更ながらにどきどきするが、孫尚香にそれを気にした様子はない。男性と接する機会が多かったのだろうか。彼女の交友関係について気にする権利がある訳ではないが、今自分の腰に手を回している女性の話だ。気にならないと言えば嘘になる。

 悶々としていると、孫尚香が背中をばしばしと叩いてくる。早く行けという孫尚香からの合図だ。もたもたしている間に、近衛の面々が厩舎から馬を引いてきた。それに要と黄叙、孫尚香の侍女隊からは古参らしい二名が乗る。同道するのはこの四人ということだ。

「ほんとは曹操からもらった馬に乗りたかったんだけどねー」
「日影は馬にしてはわがままだから、あまりオススメしないぞ」

 曹操から貰った馬は、結局日影と名づけられた。最初は自分で名前が決められず幹部会議にかけられ、風の提案した『かずと』がかなりの支持を集め半ば決まりかけていた。ではその名で、と呼びかけてみても馬は反応はしない。ならばと他の面々が決めた名前で呼びかけても見たが、これも反応なし。

 微妙な関係とは言え、重要人物から貰った馬がいつまでも名無しというのはよろしくない。結局、誰の名前でも従わないなら乗る人間が決めるのが良いということで、一刀が占術の本と辞書と首っ引きで実に一週間もかけて『日影』という名前に決めた。

 一刀がその名を決めると、名無しから日影になった彼女は周囲の不安をあっさりと裏切って一刀に大層懐いた。これで問題は全て解決したと皆が安堵の溜息を漏らしたが、その安堵は彼女を厩舎に連れて行こうとした人間が跳ね飛ばされたことで吹き飛んだ。

 どうやら日影は誰に似たのか、大層偏屈であるらしい。乗る人間引く人間を選ぶようで、色々試して見た結果、乗っても暴れないのは名付け親で主人でもある一刀と、全ての動物に愛される恋。それから一刀の子分と目されている黄叙と要くらいのもので、他の人間では厩舎から引いてくるのも苦労する程だった。

 今も彼女は厩舎でのんびりと過ごしているが、連れて来るには少し時間がかかる。一分一秒でも惜しい今、彼女を連れて来る時間はなかった。

「それじゃあ、行くぞ。振り落とされるなよ」
「大丈夫。馬より船に乗った時間の方が長いけど、私の方が一刀よりも上手く乗れるから。落ちそうになったら助けてあげる」

 無邪気に笑うその姿に、一刀は肩を落とした。周囲の人間が皆、態度で孫尚香の言葉を支持したからだ。


























4、

 一刀が孫尚香を伴って会議室についた時には、灯里以外の全ての幹部が揃っていた。進行役の稟は、一刀の格好と孫尚香を伴って現れたことに眉根を寄せたがそれだけで、小言などは口にしなかった。一刀が上座に、その隣に孫尚香が着座する。一刀の侍女である黄叙が一刀の後ろに、孫尚香とは別に州庁に呼び出された思春と呂蒙がその後ろに立つ。呼び出した全員が揃ったことで、ようやく会議が始まった。

「公孫賛殿から早馬が着ました。救援を頼むとのことです。確認は取りましたが、伝令は彼女の軍の所属で間違いないようです。さて、我々はここに公孫賛殿からの正式な救援依頼を受けた訳ですが……」

 言葉を止めて、稟が会議場を見回し、そして一刀を見た。会議という体を取っているが、最終的な決定権は一刀にある。流石に無謀な案を言えば皆が修正をしてくれるが、よほど無理な案でない限り、追従はしてくれる。

 馬鹿なことを言っても、仲間が軌道修正をしてくれる。決定を任せられる重圧に耐えることができるのも、そんな安心感があってこそだが、今回、議題に上ったその案に対する一刀の答えは、最初から決まっていた。

「助けたいと思う。だから皆、どう助ければ良いか知恵を貸してほしい」

 一度立ち上がり頭を下げた一刀を見て、隣に座った孫尚香が驚きの表情を浮かべる。頼みごとをするのに組織の代表が一々頭を下げるなど、少なくとも彼女は見たことがなかった。孫尚香には姉が二人いる。自由奔放な孫尚香からみても豪放磊落な性格の上の姉は、同時に礼節を知っている人でもあったが、自分の立場というものを良く理解している人でもあった。

 物は上から下に流れるものだ。上の姉はは上方にいて、ほとんどの場合、下に立つことはない。上の姉のことを孫呉に住む人間はいつも見上げている。頭を下げるということは、多くの場合自分を下に見せる行為だ。孫家の名前を下げるようなことを、上の姉は好まないが、無駄に偉そうという訳ではなかった。洛陽の腐った連中よりはずっと民を大事にしているし、世の中のことも考えている。

 しかしその中で、上の姉が壁を作り、線を引いているのも孫尚香には理解できた。支配する側であるという意識が、少なからずあるのだろう。それを悪いとは思わない。人には役割というものが存在し、上の姉は誰が見ても人を導く側だ。彼女を見て育った孫尚香は、それが上に立つ人間のあるべき姿だと思っていたのだが、対外的に同じくらいの立場であるはずの一刀は、頼みごと一つするのに、躊躇いなく頭を下げた。

 強力な指導者を求める傾向の強い孫呉の人間には、少し物足りなく写るかもしれない。現に、亞莎は一刀の態度に少し不満そうな顔をしていた。今でこそ軍師として活動しているが、元々彼女は兵として孫呉に加わった。内向的な性格であっても、多くの兵と気持ちが共通している。組織の代表はそう簡単に頭を下げるべきではないと思っていても不思議ではなかった。

 孫尚香が不思議に思ったのは、思春のことだ。孫呉の兵の性格を体言していると言っても良い思春だが、彼女は一刀の態度を薄い笑みを浮かべていた。以前ならば惰弱と切って捨てていただろうに、明らかに一刀の行動に理解を示している。孫呉の中では、思春が最も一刀と過ごした時間が長い。兵として指導し、洛陽にいた時は副官としても使っていた。一刀の出世如何によっては、彼女が嫁として送り込まれていた可能性もあり、それを本人は満更でもないと思っていたのだ。彼女の性格を考えれば、彼女の中の一刀の評価がどれほどのものなのか。想像するのは容易い。

 良い意味で、思春は一刀に毒されている。孫呉に対する忠誠は疑いようがないが、そのせいで思想が凝り固まっていると指摘されることもあった。草を指揮する立場ならばそれで良いかもしれないが、いずれは孫呉の大幹部と目されている存在だ。一通りの考えしかできないのでは、いずれ支障が出る。一刀と交流があるというのも客将に選ばれた理由ではあるが、異なる思想に触れさせるというのも、目的の一つである。

 良く、人と交流するように。孫呉に帰る際、冥琳は全員に向けてそう言った。思春の態度は、良い傾向である。今度、下の姉に手紙を書こうと心に決めた孫尚香は、内心の喜びを隠すように余所行きを笑顔を浮かべた。

「孫呉としても、袁紹を除けるならばこれ以上のことはありません。同盟として、これに協力します。必要な援助が全て通るように親書を書いておきますので、何なりとお申し付けください」

 交渉の余地がある曹操はともかく、同盟の見込みのない袁紹は誰にとっても邪魔でしかない。孫呉からの全面的な協力を取り付けるこの言葉に、一刀側の軍師が瞬時に目配せをする。損得の計算を一瞬で終えた彼女らは、頭の中で発表する内容を吟味しなおした。

 全面的な援助があるならば、取れる行動も変わってくる。一刀の軍師の中で、最初に考えをまとめたのは静里だった。

「冀州の情勢についてだが、元々、利権のほとんどを北袁家が独占してる。反対する連中もいるにはいるが、そういう連中は旨みの少ない地方に追いやられてる感じだな。そのほとんどは北側に配置されてて公孫賛との戦に借り出されてるようだが、南側にもいない訳じゃない。割合としては北が八、南が二ってところだ。ともかく并州から兵を出しさっさと攻略をしたいなら、その『二』の連中の協力を取り付ける必要があるだろう。その助けになりそうな『ねた』はいくつか掴んでる。調略に必要なら、いつでも言ってくれ」
「七乃、南側の反北袁勢力について、何か知ってることはあるか?」
「良く知ってますよ~。いつか袁紹さんの寝首をかく時に、利用しようと思ってた人たちですから」

 にこにこと、明日の天気の話でもするかのような七乃のトーンに、顔をしかめる人間はいなかった。広く見れば北袁と南袁は同じ勢力である。相手の優位に立とうとするのは当然のことだ。袁術派の七乃にとって、袁紹というのはまさに目の上のたんこぶだった。

「内応を打診していた人たちも、何人かいます。袁紹さんを倒すということについては信頼のおける人たちですから、今回の遠征にも協力してくれるのではないかと」
「ですが、それは貴殿が袁術派の人間だったからでは? 既に勢力は瓦解しました。それでも協力をしてくれると?」
「積もり積もった恨みは、ちょっとやそっとのことでは消えませんからねー。袁紹討つべしというのは何も私が炊きつけて生まれたものではありません。彼らの恨みに私がどこの誰であるかというのは、関係ないと思いますよ? むしろ兵を連れた実力行使となれば、前よりも喜んでくれると思います」
「解った。その調略については、皆でまとめて――」
「その前に一刀殿。役割分担を決めなければなりません」

 一刀の言葉を遮るようにして、稟が言った。

「遠征すると同時に、我々はこの并州も守らなければなりません。勢い衰えたとは言え、袁紹はまだ司隷校尉に違いない。司州にもまだ影響力があり、兵を動員することも可能でしょう。遠征に同道しそれを指揮する人間と、并州に残りこれを防衛する人間を、まずは決めておくべきです」
「そうか。それなら――」

 相談して、と言おうとした一刀に、稟が強い視線を送ってくる。その後に、ちらりと孫尚香の方を見た。自分で決めてください。稟がそう言っているのを理解した一刀は逡巡し、

「防衛の責任者は朱里とする。反対の人間は?」

 反論は許さない、という強い語調で――内心ではおっかなびっくりと、一刀は一同を見渡した。防衛の責任者ということは、一刀が州都にいない時に全ての権限を代行するということである。よほどの信頼がないと任せられるものではない。個人的な付き合いがあったとしても、北郷軍において朱里は新参者だ。それを任せるということは、信頼がおける人間であると、対外的に証明することに他ならない。

 一刀の言葉に一番驚いているのは、朱里本人だった。降って湧いた役割に反論しようと席を立ちかけたが、孫呉の人間もいる中で州牧の案を否定することはできない。寸前で言葉を飲み込んだ朱里は、黙って椅子に深く座りなおした。それをなし崩し的に肯定と受け取った一刀は、更に話を続ける。

「その補佐をねねがしてくれ。ねね、洛陽にまだコネはあるか?」
「一応、ですけどね。いつか何かの役に立つかもと、連絡は絶やしていないのですよ」
「そうか。俺も『一応』知り合いがいる。俺の名前を使っても構わないから、使えるようならその人ともやり取りをしてくれ」

 洛陽で復興支援をしていた時に知己を持った人間は大勢いるが、その中で高い地位の人間となると一刀の知り合いは一人しかいない。皇帝陛下の教育係であり、荀彧の年上の姪である荀攸である。皇帝に近い彼女ならば、大きなこともできることだろう。

 知り合いと言えばもう一人、劉姫という少女がいるにはいるが、一刀は彼女が洛陽の何処に住んでいるかも知らなかった。解っているのは、荀攸と知己であるということ、富裕層の出身であるということだけだ。手紙でのやり取りは続けているが、話すのは他愛もないことばかりで、特に権力者という感じもしない。紹介するのは荀攸だけでも良いだろう。

「戦は避けられないだろうけど、開戦は遅くなれば遅くなる程良い。やり方は任せる」
「了解なのですよ」

 孫尚香の手前であるからねねは不満を一切口にしていないが、その視線には敵意がありありと見て取れた。恋が攻め手になるのは確定的である。守り手になるということは、恋と一緒に行動できないということだ。代表が決めた役割分担とは言え、気持ちの上では納得し難いことだ。影で蹴飛ばされたり嫌味を言われるのは、これで確定である。

 何も意地悪でしたのではない。この配置は、一刀なりに理由があってのことだった。

 自分以外でもし防衛戦を任せるなら、という話を軍師全員としたことがある。幹部の軍師は軍略について常日頃から意見交換をしているから、相手がどの程度の力量を持っているのか、という試算をし易いのだ。いざという時のためにと興味本位で聞いたのだが、攻め手の時はバラバラだった全員の意見が、防衛の時には見事に一致した。全員がねねの名前を挙げたのである。董卓軍で次席軍師だった彼女は大軍を指揮する機会にも恵まれ、また大軍を相手に戦をした経験が他の面々に比べて豊富である、というのが理由の一つだ。

 結局は連合軍の前に負けてしまったが、その経験は大いに役立つものだ。全員一致となっては、他に推挙する訳にもいかない。ならば防衛の代表にとも考えたが、留守居を任せるならばという質問には全員が朱里の名前を挙げた。残る問題は二人が上手くやっていけるかだったが、二人とも――特にねねはプロだ。例え相手のことが嫌いでも、私情を仕事に持ち込んだりしないことは仕事ぶりを見ていれば明らかだった。

 気に入らない人間の時は対応を変えるというのなら、何度もきっくを食らっている一刀の下でなど、働いてはくれないだろう。

「兵の分担については雛里に任せる。霞とも相談してなるべく早急に決めておいてくれ」
「了解しました」

 大まかな方針を決めることはできても、誰がどちらで、どれくらいの部隊がどれだけという振り分けは一刀にはできない。一刀軍の中で軍事関係を一手に引き受けているのは雛里である。実務の代表である霞と一緒ならば、早急に編成も終わるだろう。

「さて、では具体的にどう攻めるですが……」

 七乃の案をベースに、どう攻めるかという大筋が決められていく。

 軍の錬度については、并州と冀州は比べるべくもない。兵の実力を平均すれば、他全ての州と比べて冀州の兵の質は格段に劣ると言って良い。誰がどうみても、兵そのものの質は良くないが、豊富な資金と歴史ある袁家のコネにより装備は潤沢で兵も数だけは多い。そのせいで、総合力で冀州軍の総合力は侮れないものになっている。

 だがそれも、連合軍を組むまでの話だ。

 袁家というのは、美羽を含む親類縁者全てで成り立っている。一番勢いがあった袁紹がその代表という形だが、美羽の権力も無視できるものではなかった。その美羽が孫策軍に負け壊滅したことで、袁家全体の権威にも陰りが見えるようになる。袁紹に劣るとは言え、美羽は派閥内では次席だった。それがまるごと壊滅したことで袁家は南部に対する影響力を完全に失った。

 これに加えて連合軍での一件がある。全体としてみれば洛陽にいた董卓を叩き出すことに成功した訳であるから、結成当初の目的は果たしたと言って良いだろうが、洛陽で袁紹軍が暴れて大火事になったことから、袁家全体が帝室から反感を持たれるようになってしまった。

 権力に陰りが見えているのは帝室も同じであるが、あちらはこの国では最も特別な存在である。持ち上げるべき人間に、はっきりと反感を持たれていると知れ渡ってしまうと、今まで付き合いのあった人間でも離れるようになる。

 袁家の没落は、もう他人の目からも見えるようになっていた。あの家はもう、勝ち続けなければ生き残れない。戦争をし続け、力で持って世を平らげないと、家の存続そのものが危ういのだ。

 今までが今までだっただけに、袁紹に敵はいくらでもいた。北袁にとっては、現在の公孫賛との戦が全てであり、その勝利が浮上のためには絶対に必要なのだった。

「当面はこんなところでしょうか。誰か、何か言っておきたいことはありますか?」
「良いでしょうか?」

 稟の問いに、思春が一人手を挙げる。孫尚香の『空気読んでよー』という視線が向けられるが、雇い主のそんな視線を気にもせず、思春はまっすぐに七乃を見つめて言葉を続けた。

「閣下とお歴々が『彼女』を信用しているというのは理解しました。しかし、彼女の来歴を考えますと単独で重要な任を任せれば、下の者達に不安を広げましょう。そこでどうでしょうか。私と部下を張勲殿の下につけるというのは」

 涼しい顔で行われた思春の提案に、一刀たちは絶句した。

 孫呉の兵は総じて気性が荒いことで知られているが、その中でも思春はとびきりの武闘派である。これまでの対立を考えると、今でも七乃の首を刎ねようと思っていても不思議ではない人間だ。命令さえあれば嬉々として、思春は七乃の首を刎ねるだろう。

 それを良く解っている七乃は顔中に汗をかきながら『断ってください』と必死に視線で訴えかけてきた。彼女の心中を思えばそうしてあげたいのは山々だったが、思春の部下は精兵であり思春本人は草の活動にも通じている。諸侯相手に工作をするなら、これ以上の仲間はいない。

 問題があるとすれば七乃が孫呉の人間を使っていることに対する違和感である。思春の褐色の肌は、孫呉周辺の民に良く見られる特徴だ。美羽が孫策の頭を押さえ込んでいたことは諸侯が知るところであり、それに滅ぼされたことも勿論知っている。思春がかの甘寧であると知っている人間は北部には少ないだろうが、それでも絶対ではない。

 思春のことが知れたらご破算になるようなことだってあるだろうが、草として活動していた思春ならば、そのリスクは熟知しているはずである。それでもなおこんな提案をしてきたのだから、どうにかする方法があるのだろう。七乃には悪いが、今は利益が第一だ。

「思春殿と孫尚香殿がよろしければ」

 一刀の全面降伏に、七乃は全ての動きを止めた。呼吸すら止まっていたかもしれない。作戦行動中、七乃が筆舌に尽くしがたい心労を受けるのだと思うと心が痛むが、こればかりは仕方がない。

 凍りついた七乃に対して、思春は実に活き活きとした笑みを浮かべていた。かつての仇を合法的にちくちく甚振る機会を得たのだから無理もない。

「願ってもありません。孫呉の度量と、一刀様への友好を示す良い機会となりましょう。張勲殿、どうかよろしくお願いします」
「…………そうですね。ともにがんばりましょう」
「ちゅーことはあれか、せっかくの副官なのにうちはまた一人であれやこれやするんか?」

 南部の有力者の引き込みに七乃が取り組むのであれば、その間霞の元を離れることになる。せっかく手に入れた副官が、という霞の苦言は解らないでもない。霞の不満げな言葉に、雛里が声をあげる。

「東の砦から澪さんを引き戻しますので、当座はそれで。冀州の州都に達する頃には、七乃さんも復帰されることでしょう」
「だとええけどな。仕事は早く片付けてな、七乃っち」
「了解です」

 思春が苦手な七乃にとって、これは死活問題だ。元より成功率は高いと本人は見ているようだが、これならば更に全身全霊を賭けて取り組むようになるだろう。狙い通りとはいかないが、仕事が早く済むならばそれに越したことはない。

「さて、これからは速さの勝負だ。皆、作業に取り掛かってくれ」

 一刀の声で、会議が散会になる。明確に仕事を与えられた七乃は、思春を伴って微妙に嫌そうな顔をしながら会議室を出て行く。防衛側に回されたねねは一刀の元に近寄り足に渾身の蹴りを入れてから朱里と共に会議室を出て行った。

 財務担当であるねねは、予算に関するかなりの権限を持っている。何をするにしても金がかかるのが世の常だ。これから寝る暇もないくらいに忙しくなるだろう。
 
 後で相当嫌味を言われるだろうが、金を動かすことについて一刀軍の中でねねの右に出る人間はいない。身体が小さいこともあり、見た目だけだと侮られることも多いねねだが、連合軍に敗北してしまったとは言え、董卓軍で次席軍師だったという実績は、文官の中で一目置かれるには十分だった。

 ぱらぱらと散会する中で、会議室の人も減ってくる。ここに残ったからと言って暇な人間という訳ではない。残ったのは一刀と黄叙、そして一刀軍の中では風である。風は会議の時は一刀と離れた所に座っていたが、会議が終わったと同時に近くの椅子に座り直している。懐から取り出した大きな飴を口に咥えながら、何をするでもなく近くに佇んでいた。何か言いたい時、特有の行動である。

 そういう時、自分から声をかけるのではなく、相手から声をかけられるのを待つのだ。声をかけてくださーい、という風の甘ったるい声が聞こえてきそうである。口ほどに物を言う風の背中に苦笑を浮かべながら、一刀は黄叙にお茶を淹れるように指示を出した。

「どう思う? 今度の戦」
「今すぐ出るのはどうかと思いますけどね。稟ちゃんも同じように思ってると思いますよ?」
「稟は反対しなかったぞ?」
「稟ちゃんは、あれでお兄さんのことが大好きですからね。こうしてほしいと言われたら、はい解りましたとしか言いませんよ」
「文句は沢山言われそうだけどな」
「最後に『はい』と言うのは一緒ですよ。お兄さんの女殺しー」

 と、気の抜けた声と共に、風は一刀の口に今まで咥えていた飴を無造作に突っ込んだ。ねっとりとしたチープな味が口の中に広がる。決して好みではない味を堪能していると、そこが自分の場所とばかりに風は一刀の膝の上に腰を落とした。

「最高の『たいみんぐ』は、公孫賛殿が粘りに粘って負けてから、袁紹軍の背後を強襲することです。その時、冀州の主力の全ては北部に集中していますから、後背も突きやすくなることでしょう。これなら冀州に加えて幽州も取ることができます。この二つの州の維持ができるかは別の問題ですが、負けたと言っても公孫賛殿の親類全てが消える訳ではありません。幽州については彼らに任せても問題はないかと」
「金はどうする? 冀州が戦費に突っ込んで、幽州が負けてたんだからない袖は触れない、な状況になってる可能性が高いと思うんだけど」
「そういう時は、持ってる人に放出されれば良いんですよ。静里ちゃんの話では、袁紹さんちはこのごに及んでかなりのお金を溜め込んでいるみたいですからね。それを遣い回せば、治安維持の助けにもなるでしょう」
「それに同意するかな……」
「それをするのがお兄さんの腕の見せ所ですよ。まぁ、それは勝ってから考えましょう」

 よいしょ、と風が膝から降りる。

「お兄さんのお膝は名残惜しいですが、風にも仕事があるのでこれで失礼します」

 ひらひらと手を振る風に、一刀も手を振り返す。そのタイミングを見計らっていたかのように、黄叙がお茶を出してくる。

「風さんの分も用意してたんですが、無駄になってしまいましたね」
「いや、無駄じゃないんだろう」

 話し始めたにも関わらず、風の退場はあまりに早い。その行動に風の意図があるのだとすれば、何を意図したのかは明白だった。この会議室に残っているのは一刀と黄叙のみである。二人分のお茶を、誰が飲むべきなのかは明らかだ。

「黄叙、良ければ少しお茶でもどうかな。仕事ばっかりで、落ち着いて話す時間も取れなかったし、良い機会だと思うんだがどうだろう」
「……良いのですか?」
「たまには良いだろ。世話になってる俺が言うのも何だけど、黄叙は働きすぎだよ」
「ご主人様にお仕えするのが、私の喜びですから」

 型どおりの答えであるが、黄叙のような美少女に言って貰えると嬉しさも一入である。卓は大きいので対面とはいかないが、近くの席に向かい合って座る。何か話したかったことがあった訳ではない。ただ、黄叙が淹れてくれたお茶を、時間をかけて飲むだけだ。

 椀から顔を上げれば、近くに気心のしれた人がいる。それが妙に嬉しかった。










あとがき

馬の名前は『日影(ひかげ)』となりました。ご協力ありがとうございます。
なお、朱里の後ろとをついて歩く弟子兼部下の姉妹ですが、話の進行上朱里の補佐が必要だったので登場してもらいました。
まだ名前も設定してない姉妹ですが、死んだり泣いて斬られたりはしませんので、ひとまずご安心ください。





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