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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:53a6c9be 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:00



 雛里は同門の灯里、静里と共に朱里を訪ねた。

 仕事上の理由があった訳ではない。一仕事終わり、何となく親友の顔が見たくなっただけである。他の二人も同じ気持ちだったのだろう。一緒に行かないかと誘ったら、喜んでついてきてくれた。水鏡女学院の卒業生だけで行動するのは随分と久しぶりである。何となく楽しい気分で朱里の部屋に入ると、彼女は寝台ではなく部屋に据えつけられた姿見の前に立っていた。

 朱里が着ているのは水鏡女学院の制服を基調とした、彼女が劉備軍で働いていた時に着ていた服である。それを見た雛里の胸は高鳴った。親友が回復したというだけではない。自分たちの夢が今果たされるかもしれない、という期待からだ。

「朱里ちゃん、もう大丈夫なの?」
「うん。心配かけてごめんね、雛里ちゃん」

 朱里は水鏡学園卒業生の証でもある帽子を目深に被ると、雛里達に向き直った。

 完全に復調した訳ではないのだろう。朱里の顔にはまだ憂いがあった。

 無理もない。敬愛する劉備は今まさに曹操と戦をしている。その敗戦が濃厚なのは、劉備の筆頭軍師だった朱里が一番理解しているはずだ。

 本当ならば劉備の元に駆けつけ力になりたいに違いないはずなのに、その劉備に拒絶された朱里はここにいる。その苦悩は、親友の雛里であっても想像するにあまりあった。

 しかし、そんな感情を押し殺して朱里は前に進もうとしている。気持ちの整理はつけた。内面はどうあれ、本人が行動でそう示すのならば、雛里はそれを信じるしかなかった。

「諸葛孔明、復調いたしました故、本日より職務に復帰いたします。長い間、ご心配をおかけしました」

 畏まった礼に、全員が姿勢を正してその言葉を受ける。朱里とは組織を異にしているが、その言葉に思うところがあったからだ。

「……それで、雛里ちゃんにお願いがあるんだけど」
「うん、何でも言って」
「その、就職のお世話とかしてくれると、凄く助かる……かな?」
「朱里ちゃん!」

 感極まった雛里は、そのまま朱里に抱きついた。病み上がりである朱里はその勢いを受け止め切れず、二人は纏めて床に転がった。静里が慌てて二人に駆け寄るが、灯里は床を転がる二人を微笑ましい気持ちで眺めていた。

 雛里が朱里と共に、学生時代に思い描いた『二人で同じ主に使え、共にこれを支えよう』という夢がこれで実現することになる。先輩としての強権で雛里を連れて行ってしまった灯里は、朱里の境遇について色々と心苦しく思っていた。彼女にとって朱里の合流は、事実以上に嬉しいものである。

「合流については今晩発表ということで良いだろう。幸い、今日は孫呉の使節団の歓迎会がある。その場で披露してやれば、奴らに対する牽制にもなるだろうしね」
「そう言えば、今日はそんな日でしたね」
「朱里ちゃんは、確か周瑜さまとはお会いしてるんだよね?」
「うん。帝室と講和を結びに行く時に、何度か」

 連合軍が解散する前、集まった諸侯が選出した講和のための軍師団の一人に、朱里は名前を連ねていた。時代を代表する知者として選ばれたのは、他に孫呉の周瑜と曹魏の荀彧である。いずれも二つの国の筆頭軍師であるだけに、当時公孫賛の客将だった劉備の、さらにその軍師であった朱里に対する評価の高さが、連合軍の中でもどれほどのものだったのか窺い知ることができる。

「しかし、これでまた我が軍に軍師が増える訳だ。周瑜殿も驚くだろうね」

 勢力として一刀軍は孫呉に大きく劣っている。今回の足元を見られた同盟締結もその事実に起因している訳だが、軍団を支える幹部の質と数で言えば孫呉にも匹敵すると雛里は自負していた。頭数の問題も、文武共に解決されつつある。元々騎馬が精強な并州である。異民族やその血を引く者たちの問題も、一刀が前の州牧を討ったことで追い出された、あるいは出て行った面々の帰還が進んでいる。

 軍の再編も早いペースで進められていた。勝負にもならない状態はこれで解消されるだろう。中核を成す部隊については、『質の面では』孫呉や曹魏にも劣らない自信がある、と霞に豪語させるほどだった。

 後は、やはり数である、作戦で何とかするには限界がある。軍師も魔法使いではないのだ。絶対に覆すことのできないものは、往々にして存在する。曹魏との戦が決定的となった今、それを何とかするための作戦が求められている訳だが、必要なものを準備する以外の手が、今のところ取れそうにない。

 いざとなったら孫呉以外の援軍を頼る必要があるだろう。異民族に援軍を頼むか、あるいは司州を飛び越えて馬家を頼るか。目は薄く、後で何かを要求された時のことを考えると、あまり褒められた作戦ではないが、滅んでしまったら全てが終わる。まだ次がある孫呉と違い、雛里たちには後はないのだ。

「夜の会談では、対策も話し合われるだろう。僕らも色々頭を捻っているんだけど、どうにも良い案が出なくてね。朱里の意見も聞かせてもらえないかな?」
「対策というと……曹魏との?」

 雛里は首を傾げた。朱里にしては察しの悪い反応である。まさかまだ身体の調子が良くないのではと、雛里はこっそり朱里の顔色を伺ったが、彼女の顔は既に激動の劉備軍を支えた筆頭軍師の顔になっていた。

 もはや完全に復調したらしい朱里は、灯里の顔を正面から見据えると、

「それはないと思います」

 静かな、しかしはっきりとした朱里の物言いに、軍師全員が沈黙した。視線が一瞬、交錯する。

「それは、どういうことだい?」

 代表して質問したのは灯里だった。同門の四人の中では彼女が一番年長で、最も早く水鏡先生の門下に入っている。信頼する先輩の問いに、朱里は緊張を解すように一度、大きく深呼吸をした。

「曹操軍の西進はおそらくありえません。桃香さま――いえ、劉備さんの軍を破ってその後、徐州を平定するのに早くて三ヶ月。平行して準備をしていたとして、動員していた兵をそこに合流、軍団を再編して西進を開始するまでどんなに急いでも半年はかかるでしょう。準備されていた軍だけでの西進もないではありませんが、疲弊しているとは言え主力を欠いた状態では、確実性を欠きます。進軍があるとしても、合流してからとなるはずです。それが、大体半年」
「それでも相当急いでいるけれどね。あの曹操ならやりかねない」

 優秀な軍はその展開の速さも凄まじい。劉備軍を破るために曹操はその主力を動かしているのだろうが、それを差し引いても曹操ならば半年で準備は終えるだろう。劉備軍との戦の趨勢が決定的な以上、もう準備に入っているかもしれない。曹操への対応は一刀軍にとって急務だ。

「ところで青州に黄巾の残党が多く集まっているという情報をご存知でしょうか。その数は百万を越えると言われています。もちろん、これは非戦闘員を含めた数字であり、実際に戦える人間は精々三割といったところでしょう。十分な武器があるとは思えず、防具も同様です。戦闘訓練を積んだことのある人間もその中でさえ一握りでしょう。ですが、数というのは力であり、それは時に兵の質を覆します。まして、非戦闘員まで含めた百万が一斉に南下してくるとなれば、曹操軍とて他所への侵攻を諦めざるを得ないはずです」
「朱里、君はそれが南下してくると確信しているようだけど、その根拠を聞かせてもらえないかな」
「残党の上層部から打診がありました。こちらの支配を見逃す代わりに、曹操軍に圧力をかけるという提案です」
「先輩、私は聞いてませんが」

 その当時も、そして今も情報担当である静里が抗議の声を挙げる。最高責任者は朱里だったのだろうが、情報担当である静里にその連絡がないというのは確かにおかしな話である。年上の後輩の主張に、朱里は申し訳なさそうな顔で頭を下げた。

「その直後にあんなことがあったから、連絡できなかったの。ともかく、提案そのものはありました。これは劉備軍は組みやすく、曹操軍とは距離を起きたいと思っているという証明でもあります。元々、青州黄巾は曹操の支配に否定的でした。実際に支配されたらそうは思わないのでしょうけど、集まった人間の多くはそう思っているのも事実です。そして、大多数がそう思っているのならば行動は決定的です。劉備軍が敗れるのであれば、彼らは間違いなく南下してきます。次は自分。そう思う人間の行動を少数の人間で制御できるはずはありません」

 曹操軍に限らず、軍というものは上の意思が下に強制される。どんなに不満な命令であっても、そこに所属する限り下は守ろうとする。そうでないと軍が立ち行かない故に長年かけて培われてきた理屈であり常識であるが、思想が先にたつ集団にはその不文律がない。百万の人間が集まっているのならば、統制が取れないのは尚更だ。上の意思に従う場面でも、ほとんどの人間は反対のことを考えていれば、それがどんなに上の意思に反していたとしてもそれは決定事項である。

 全員の頭の中で、試算が始まる。

 黄巾賊の南下を疑わないとして、曹操軍がそれに敗北する可能性は非常に薄い。いかに数が多いとは言え、敗北にまで追い込まれることはないだろう。数は力であるが、質もまた力である。その質において、曹操軍は当代でも最高の水準を持っていた。

 戦といっても、相手を皆殺しにするまで続く訳ではない。ある程度まで数を減らされれば、和睦ということになる。百万という数は魅力的だ。これを取り込むことができれば、曹操の立場は大いに飛躍することだろう。話を聞く限り青州を実質的に支配しているのは黄巾賊であるというから、彼らを平らげれば青州もまた同時に手に入れることができる。

 平定に時間はかかるだろうが、そうなれば中央の支配は磐石だ。強敵孫呉を前に中央に残っているのは、勢力として劣る北郷軍と、既に大いに疲弊した袁紹軍のみである。青州黄巾に勝ったならば、残りを平定するのは今よりもより容易い。

 かくて、曹操は孫呉との決着に臨み、その勝者が天下に覇を唱えることになる。

 順当に行けばそんな所だろう。曹操の躍進を止めるには青州黄巾と戦っている間に、こちらも戦力を整えるしかない。流石に百万の民兵を相手に多面展開をするだけの余裕は曹操軍にもないはずだ。対処しているとすれば、孫呉軍の北上を監視する軍を南側に配置しているくらいだろう。

「予定外のことではあるが、これは僥倖だね」

 灯里の言葉に、その場にいた全員が頷いた。孫呉が意図していたのは、劉備軍と戦った直後の曹操軍との戦である。時間的余裕は、そもそも設定されていなかったのだ。戦うまでに時間が空くとなれば、その間に色々とやれる。少なくとも、今戦うよりもずっと良い勝負ができるようになるだろう。

 『それ』を孫呉が手放しで歓迎してくれるか。軍師達が気にするべきはそこだった。孫呉ほどの大勢力に頭を抑えられたら如何ともし難い。

 同盟は本当は対等ではないのだ。あくまで北郷軍を下においておきたいということであれば、孫呉は手を尽くしてこれ邪魔をしてくる。

 だが、それを楽しむだけの度量があれば、一刀軍にも飛躍する目はまだ残されていた。

 孫呉よりも曹魏よりも強くなれるか。これからが正に正念場である。

「確認するけど、私達と一緒に戦ってくれるの?」
「身に着けた知識を腐らせて、そのまま死にたくないもの。雛里ちゃんが信用した一刀さんなら信用できるし、私もそのお手伝いをしたいと思ったんだ」
「一刀さんは、劉備さんではないよ?」

 確信を突いた雛里の物言いに、朱里は泣きそうな顔をした。大きく息を吸って、吐く。それで、朱里は幾分冷静になった。感情に任せて叫びたくなるのを我慢した。

 気持ちが落ちついたのだ、というのは今度は雛里にも解った。再会した時は手首でも切りそうな顔をしていたが、今は違う。同じ学び舎で青雲の志を語り合った親友は、ちゃんと軍師の顔をしていた。

「大丈夫だよ。私は軍師だもの」

 決して大丈夫な顔ではなかったが、前に進もうとする親友を止める言葉を雛里は持っていなかった。何より、また一緒に戦えることは雛里にとって何よりも嬉しいことである。止める理由などあるはずもない。

「わかったよ朱里ちゃん、一緒に頑張ろう」
「ありがとう雛里ちゃん。これで一緒にやれるね」

 軍師であることとか、立場であるとか、そういったものを全て忘れて、握手を交わす二人の心は一つになっていた。

 学院時代に交わした約束を、ついに果たすことができる。それ以上のことは、何もなかった。



































 孫呉との会談が終えた一刀は、その足で要と風を伴い自宅へと向かった。

 前の州牧が使っていた屋敷である。一人で使うには不必要に広いが、人を二人匿うとなると十分に過ぎた。その邸宅の扉を潜り、最初に一刀が見たのは平伏する張勲の姿だった。衣服は先ほど見たボロままである。傍らには黄叙の姿はあるが袁術の姿はない。

「格別のご配慮、ありがたく存じます!」

 久しく喋っていない人間のしゃがれた声だった。とても女の声とは思えないその声に、一刀は溜まらずに膝をついた。

「厚かましい願いと存じておりますが、我が主、袁術の命だけは変わらず助けて頂きたく存じます。この身については如何様にお使いいただいても構いません。ですから、どうか、どうか!」
「今更言われるまでもありません。貴女方は俺の身内です。それは貴女の身柄がどうであれ変わることのない事実です。ご提案は大変ありがたいことですが、一先ずそれは置いておきましょう。黄叙、張勲殿を湯殿に」
「かしこまりました」

 さ、と先を促す黄叙に引かれながら、張勲は深く一礼した。

「こうして、またお兄さんに忠義する人が増えていくんですねぇ~」

 間伸びした風の声には相変わらず緊張感がないが、飴を舐めながらこちらを見上げる風の目には、どこか責めるような色があった。いつものこと、とやり過ごすには少しキツい色である。無視することも考えたが、それを許してくれそうな雰囲気ではない。

 一刀は大きく溜息をつき、風に向き直った。

「俺は正しいと思うことをした」
「ですねー。でも、これで余計な荷物を背負い込むことになったかもしれません」
「孫呉は生殺与奪の権利はこちらに与えると言ったな」
「それは嘘ではないでしょう。袁術の扱いについて、あちらが意見してくることはありません。むしろ、孫策さんの性格を考えると大正解だったかもしれませんねー」

 気性の激しい孫策が自分で殺さなかった。その時点で彼女自身は別段、袁術の命には興味がないと察することができた。袁術についてどう扱うか。孫策が見たかったのはそこだろう。その点で、一刀は自分が最高の選択をしたと自負することができた。諸々の負債を負うことになるだろうが、間違ったことはしていないと断言することができる。
無論、州牧としての立場も込みでの話だ。風もそれは理解してくれているはずだが、風の反論は続いた。

「ですが、袁術は世間の受けが非常に悪いです。年若い少女の命を救ったというのは良いでしょう。ですが、身内というのは言いすぎだったかもしれません。静里ちゃんの部下を街に走らせましたが、早速下世話な噂が持ち上がっているらしいですよ? 色男なお兄さんは大変ですねー」
「そうではないと時間をかけて信じてもらうしかないな」
「ですね。そのための風です。お兄さんがあの場で首を刎ねてもついていくつもりでしたが、お兄さんは良い選択をしました」
「言いすぎだったんじゃないのか?」
「風好みの、お兄さんらしいお言葉でした。それに、黒を白に変えるのが風たちの仕事でもあります。お兄さんは自分のやりたいようにやってください」

 ふわふわとした口調で、にこりと笑う。お人形さんのような見た目なのに、こういう時は頼もしい。急に風が愛しくなった一刀は頭の飾りを避けるようにして、風の頭を撫でる。猫のように目を細めた風は、んー、と小さく鳴いた。

「……さて、袁術の問題はとりあえずこれで良い。孫呉の同盟、というか対曹操戦のことだけど」
「問題は山積みですねー。というか、今のまま戦ったら間違いなく負けます」

 風はあっさりと断言した。孫呉が部隊まで置いていった以上、あちらの意図が『戦え』ということなのは目に見えている。曹操軍が攻めてきた時あっさり白旗を挙げようものなら、最悪思春に首を刎ねられる。

 最終的に負ける、降伏することは認められるだろうが、少なくとも最善を尽くしたというポーズを見せる必要があるのだ。そのためにはあらゆる場所に相当の被害が出るだろう。これを如何に減らすかが、一刀たちの仕事だった。

「いっそのこと勝つことはできないものかな?」
「軍師を魔法使いか何かと勘違いしてるなら今すぐ改めた方が良いですよお兄さん」
「つまりは魔法があれば勝てるということだな。こうなったら無理矢理にでも前向きに考えよう。他に同盟できる相手はいないものか」
「勢力としてはいくつか心当たりがありますが、曹操軍と戦ってくれるかと言われると微妙ですねー」
「一応、その心当たりを聞こうじゃないか」
「聞くまでもないと思いますよ。お兄さんの近くに一人、大軍団の長がいるじゃありませんか」

 言われて、一刀は初めて思い出した。董卓軍は同盟を組む相手として申し分ない。散り散りになった軍団を集めれば、曹操軍にも対抗できることだろう。

「でも、董卓殿は戦ってはくれないと思うぞ」

 賈詡にこそ野心はあるようだが、董卓本人は野心など欠片もないように思えた。世の中を良くしたいという思いを持ってはいるようだが、そのために戦をするのは嫌だ、という思いの方が強いらしい。連合軍に対抗できるだけの軍団を率いていた董卓だ。彼女の命令で失われた命は、十万ではくだらないだろう。長であった董卓にはその死にある程度の責任がある。

 心を痛められるだけ、十分に人間らしいと思う。あの少女が上に立っていれば、世の中は確かに良くなっただろう。連合軍として戦ったことは間違いだったと思いたくないものだが、董卓と話しているとどうもそう思えてきてならない。

 いずれにせよ、董卓に助力を請うのは無理そうだった。董卓以前に、賈詡を説得できるような気がしない。先ごろからどうにも嫌われている気がするのだ。原因はとんと検討がつかない。

「先に袁紹を叩くのはどうだ。曹操軍も誘って、公孫賛殿を助ける」

 広大な領地を持っている袁紹を討てば、その領地を手に入れることができる。大軍団ではあるが今は公孫賛との戦いで疲弊しており、主力も北に集中している。曹操軍ならばこれを討つことは容易いとはいかなくとも、難しいことではないだろう。

 曹操軍がこちらを先に狙うだろうというのは、一刀軍の方が組みやすいと思われているからに過ぎない。こちらから協力を申し出、袁紹を攻めている間反抗しないと信じさせることができれば、少なくともその間は曹操と戦わずに済むはずである。

「お兄さんにしては良いところを突きましたねー。でも、戦う相手が曹操軍から袁紹軍になったというだけで、風たちが苦労するのは変わりありません。上手く連合することができたとしても、立場が弱いのは風たちです。露払いにされるのがオチですねー」

 風に否定されることがわかっていた一刀は、特に落胆する様子もなくふむ、と頷いた。立場が対等でない勢力の同盟がどういう力関係になるのか、というのは身をもって知ったばかりだ。曹魏と孫呉。どちらがより強いかというのは意見の分かれるところであるが、一刀軍から見て精強であるのは違いはない。戦えば負けるだろう、ことについてはどちらでも同じだった。

「要、何か意見とかあるか?」

 一緒にいるのに何も喋らない護衛の少年に水を向ける。北郷一刀の近衛の一人で最も腕の立つ人間の一人だが、近衛の指揮を執っている訳ではない。アホの子である彼には、シフトやスケジュールの管理ができないのだ。創設されて間もない近衛の管理は、一番の新参者である黄叙が行っている。十代前半の少女の下につくことに、一刀が挙兵した時から付き従っている面々は大いに反発したが、黄叙はにこりと微笑んで、野郎ども全員を実力で黙らせた。

 黄忠の評価では武はイマイチということだったが、それは本人も弓の達人である黄忠から見ての話。黄叙の腕っぷしは、連合軍での戦いを経験し腕を挙げた近衛の面々の中でも群を抜いており、対抗できるのは要だけだった。基本的に、兵は強い人間に敬意を払う。元より単純な人間で構成された一刀の近衛たちは、実質的に黄叙の指揮下に入っていた。

 その近衛の中で、一刀の護衛を主に担うのが要である。頭は良くないが、腕っ節は強い彼は一応一刀と風の会話を聞いてはいたが、本当にただ聞いていただけだった。要は一刀の質問に頷くと、彼が腰に下げた剣に目を向け、

「団長、それ見せてもらっても良いですか?」

 と、意見はないと行動で示した。呆れた様子で肩を竦めた一刀は剣帯から穂波西海を外し、鞘ごと要に差し出す。要は鞘を払って穂波西海を翳し、おー、と感動の声を挙げる。

「いかにも斬れそうな剣って感じですね!」
「吹毛の剣とか言ってたし、実際に名剣らしいな」

 まだ実戦で使ってこそいないが、その切れ味は既に試している。上から落とした薄紙が真っ二つになるというのは、尋常な切れ味ではない。

「やってみませんかそれ」
「紙を持ってない」

 という嘘をついた一刀は、駄々をこねそうな要から穂波西海を奪い返し、剣帯に戻す。左右に一本ずつ剣を下げるのに慣れていないせいで、重さには随分と違和感があるが、孫呉との関係を考えると穂波西海を外す訳にはいかない。ならば銀木犀を置いておけばバランスが取れるという話であるが、こちらは一刀の気持ちが許さなかった。この違和感にも、慣れるしかない。

 食い下がる要をやり過ごしながら、州庁に戻る。

 行きは急ぎだったが、帰りはのんびりとしたものだ。腕に風を抱えた二人乗りの馬で歩いていると、道を行き交う人が声をかけてくる。代理として州庁に入ってから久しいが、顔も随分と売れてきた。肌で感じるに、反応も随分と好感触である。まだ何をした訳ではないが、よほど前の州牧の印象が悪かったのだろう。静里とその部下の行う情報操作も功を奏しているようだった。

 上手く行っている。その手応えを感じるだけに、戦争が不可避に近いのは如何ともし難い。どうにかして曹魏と孫呉両方を立てることはできないものか。思案しながら州庁に戻った一刀を出迎えたのは、幹部の誰でもなく思春だった。共はなく、一人である。一緒に来た呂蒙の姿も見えない。

 何か話があるのは明白で、それがどうも内々なことであるのは一刀にも解ったが、凶手でもある思春と一緒にいるのは好ましいことではない。隣の風がどうするんですかー、と腕の中から見上げてくるが、話したいことがあるという思春を、例え彼女が凶手であっても拒む理由はなかった。

「先に戻っててくれ」

 風は目を細めるとただ頷き、要を引きずるようにしてその場を後にした。入れ替わるようにして思春が歩み寄ってくるが、彼女は立ち去った風たちのことを気にしているようだった。

「思春が気にすることではありませんよ。ここであれなら、場所を変えますが」
「すぐに終わります。個人的に、お祝い申し上げたく参上いたしました。州牧就任、おめでとうございます」

 態々祝いの言葉を言いに来てくれるなど、いかにも思春らしい。別に良いのにと思うが、彼女らしいその振る舞いに一刀は心が温かくなるのを感じた。しかし、

「公の場では仕方ないかもしれませんが、そうでない場合は今まで通りで結構ですよ。今の俺があるのは、思春のおかげと言っても良いのですから。立場が変わったくらいで、それを忘れたりはしません」
「しかし、それでは筋が通りません。貴方の立場が私よりも上であるのは事実です。その貴方が私にへりくだっていては、例え公の場でなくとも角が立ちましょう」

 思春の言い分は尤もだったが、彼女の性格上、それならばそうだけ言ってこの場を立ち去るような気がした。留まっているからには言外に何か言いたいことがあるのだろう。それは何かと考えて、一刀は笑みを浮かべた。形式ばったやり取りが好きでないのは、お互い様だったのだ。

「では、公でない場では我々は対等ということにいたしませんか。一組の友人として接していただけるなら、私としても大変喜ばしいのですが」
「……気付かないかと思って、肝を冷やしたぞ」

 顔を上げた思春は、微かに口の端をあげて笑った。自分が正解を選んだことを悟った一刀は、安堵の溜息を漏らす。

「もっと率直に言ってくれても良かったんじゃないか?」
「何事にも形式というものがある。立場の低い私の方から言い出すことはできん」
「全く面倒だな、政治や社交というのは」
「それについては同感だ」

 今まで畏まった言葉使いをしていたにしては、気安い言葉はすらすらと出てきた。思春もそれを受け入れている。元より、形式ばった場が肌に合わないのだろう。コレくらい気安い方が、思春の主義に合っているのだ。難しい思春に、今までよりもずっと近づけたような気がした。

「それにしても随分と差し迫った状況に追い込まれたようだな」
「そっち側の思春に言われると、複雑な気分だよ」

 孫呉の意図は思春にも解っているのだろう。いざという時、北郷一刀を殺すという自分の立場もしっかりと理解しているはずだ。それでも平然としている思春に、忠義に順ずるというのはこういうことなのかと理解する。孫呉という国、孫策という人間と比較すれば、北郷一刀など取るに足らないのだろう。

 それでも、こうやって気にかけてくれているだけ、思春の情の深さが伺える。元より、真面目な顔で愛を囁くなど思春の性格では冗談でもできないだろう。想像するとおかしくて仕方がないが、いつまでもそれを続けていると斬られそうだ。意識して表情を引き締め、考えを巡らせる。

「劉備殿が粘ってくれることを期待して止まないけど、そろそろヤバイっていうのがうちの軍師の共通見解だな。次は俺達ということで準備は進めているところだよ。本当、思春たちがきてくれて良かった」
「心にもないことを言うのはよせ。我々が来なければ、お前たちは曹操に降ることもできただろう」
「それはそれで苦渋の決断だったと思うけどな」

 かと言って、孫呉がやってきた現状が良いとは口が裂けても言えなかった。得た物も大きいが状況が限定されてしまったことの方が、一刀にとっては大きい。何よりこれで戦はほぼ不可避となった。曹操の方から同盟、和睦でも申し入れてくれば話は別であるが、これから覇を唱えようという人間が、下の人間に譲歩することはないだろう。下心があったとは言え、孫呉の譲歩が異常なのだ。

「州内は良く治めているようだな。力ある太守二人の協力を取り付けられたのが大きい」
「あの二人がいなかったら、今も并州は混沌としてただろうな。中央に正式に認められるのも、もっと遅れてただろう」
「私には何よりそれが不可解なのだがな。中央の連中の腰が重いのは私でも知っているようなことだ。それがどうして、と思わなくもない」
「そんなの俺にだって解らないよ」

 軍師も検討はしたが、これはという結論は出なかった。問い合わせれば解るのかもしれないが、皇帝の判断とされていることに疑問を差し挟むことは許されない。不満があると思われたら辞令が取り消される可能性だってあるし、何より皇帝の覚えを悪くして良いことがあるはずもない。

 貸しを作ったようで気分は良くないが、良いことが起こったのだから、別に気にすることはない。軍師にあるまじき投げやりな結論であるが、考えても仕方のないことはもう気にしないことにした。今解らないことならば、それは気にすべきことではないのだ。

「私が思うに、中央にお前を支援しようとする人間が――」
「一刀さん!」

 思春が言葉を続けようとした矢先、廊下の先から雛里が駆けてくるのが見えた。思春は微かに舌打ちをすると、小さく礼をして足早に去っていく。何か言いたいことがあったのではないのか。一刀は思春の背に伸ばしかけた手を、決まりが悪そうに引っ込めた。とてとてと近くまでやってきた雛里は、一刀と去っていく思春を見比べ、やはり決まりが悪そうな顔をする。

「……お邪魔でしたか?」
「いや、雛里が気にすることじゃないよ。それより、どうした? 何か良いことでもあったのか?」
「どうして解ったんですか?」
「顔に書いてあるぞ」

 嬉しくて仕方がないという顔で駆けてくれば誰だって想像はつく。何でもないことのように指摘すると、雛里は両頬を押さえた。あわー、と真っ赤になっている、見た目相応な雛里を見るのも、随分久しぶりな気がした。

「それで、どんな良いことがあったんだ?
「はい。実は、一刀さんに紹介したい娘がいるんです」

 持って回った言い方であるが、それが誰なのかを閃けないほど、一刀も愚鈍ではなかった。嬉しそうな雛里、このタイミング。考えられるのは一人しかいない。

 だが、その答えを口にすることはなかった。言いたくて仕方がないという雛里の顔を見れば、男は誰だってそうするだろう。

 と考えて、こんな雛里の期待をぶち壊すのも、それはそれで面白いかという人間の腐った考えが首を擡げたが、にこにこと嬉しそうに笑う雛里を見ていたら、そんなことはどうでも良くなった。余計なことを言わず雛里の言葉を待っていると、彼女は嬉しそうに言った。

「朱里ちゃんなんですけど、あの、引き入れてもよろしいでしょうか」
「是非もないよ。諸葛亮殿なら、願ったり叶ったりだ。できるだけ高い地位を用意したいけど……まぁ、その辺りは稟たちと詰めよう。稟にはもう話は通したのかな?」
「いえ、これを知ってるのは私と灯里先輩と静里ちゃんだけです」
「卒業生だけで話してた訳か。引き入れるなら早い方が良いだろう。もたもたして孫呉に持っていかれても嫌だしな」

 諸葛亮の軍師としての価値は世間に知れ渡っている。中でも周瑜は一緒に帝室と交渉に当たり、彼女の能力を良く知っていた。間の悪いことに周瑜は何日は并州に滞在することになっている。その時諸葛亮がフリーだったら、周瑜は何としても孫呉に彼女を引き入れようとするだろう。良くないことがあったばかりだ。親友である雛里がいるところに気持ちが傾いていても、交渉事には流れとか勢いというものがある。周瑜ほどの軍師であれば諸葛亮の退路を塞ぐくらい訳ないだろう。

 能力が傑出していても、諸葛亮は少女一人。孫呉という勢力を背負った周瑜が強く迫れば、断ることは難しい。話を纏めるなら早い方が良いのは言うまでもないことだった。

「俺も行くけど、稟にもついてきてもらおう。何かプレゼントでも用意したいところだな。諸葛亮殿は、何か好きなものとかあるのか?」
「好きなもの……ですか?」
「ああ。できれば一番好きなものを教えてくれると嬉しい」

 プレゼントは仲良くなるための基本だ。これから世話になることを考えればしておいて損はない。打算を抜きにしても、諸葛亮は雛里の親友で灯里や静里の同門である。一刀としては何としても仲良くなっておきたいところなのだが、一刀の質問に対して雛里は極めて不審な行動をした。

 ざざっと一刀から距離を取り、顔を真っ赤にしている。その行動だけを他人が見たら、卑猥な言葉を聞かせたとか破廉恥な行為をしたとか、誤解を受けることこの上ない。そういう時に立場が弱くなる宿命の男性である一刀は雛里の行動に内心で慌てたが、雛里のテンパり具合はそれ以上だった。

「い、一番好きなものでしょうか!?」
「いやこうなったらもう二番目でも三番目でも良いんだけど……」

 気にはなったが、これだけの反応をされると突っ込んで聞くことも憚られた。そも、諸葛亮が喜んでくれるのならば一刀にとっては一番目に拘る必要はないのだ。一刀がこれ以上聞いてこないと理解した雛里は、安堵の溜息を漏らした。

「そうですね……髪飾りとか良いんじゃないでしょうか。学院にいた頃、帽子に一つだけ付けることが流行ったことがありまして」
「そうか。じゃあ、時間が取れたら誘ってみようかな。俺一人だと警戒されるだろうから、その時は雛里もついてきてくれると凄い助かる」
「それは構わないですが、朱里ちゃんだけの方が良くありませんか?」

 むしろそれが当然と言わんばかりの雛里の口調である。自分を基準に考えてくれているのだろうが、普通は良く知らない男性と二人きりになることを、女性は警戒するものである。軍師ではなく少女としての感性が覗いた瞬間だった。

「ついでと言っては何だけど、雛里にも日頃の感謝をしたいんだ。飾りが学院にいた時の流行なら、雛里にだってそれは当てはまるだろう。プレゼントするよ。その時は何でも好きなものを選んでくれ」

 一刀の言葉に、雛里は胸に手を当てて目を閉じた。言葉を噛み締めるような間の後、目を開いた雛里は花が咲くような笑みを浮かべた。

「ありがとうございます。嬉しいです」

 その笑みに、一刀は心の底から誘って良かったと思った。





















 孫呉使節団を迎えた宴席。州都の有力者も招いて行われたそれは、中々盛況な宴となった。中でも忙しく応対しているのは周瑜である。孫呉の重鎮であり方針の決定には大きな権限を持つ女性である。繋がりを作っておいて損はないと、役人から商人から代わる代わる周瑜に話かけていた。かれこれ一時間はそんな調子が続いているが、周瑜は嫌な顔一つせずに、それに応対している。

 繋がりを作っておきたいのは、周瑜とて同じだろう。面倒くさいことでも、国家のため、主のための思えば耐えることができる。彼女は笑顔でそれに応対し、着々と繋がりを作っている。并州牧としては複雑な気分であるが、同盟相手の力が増すことは一刀にとっても悪いことではない。それに対応の仕方などは経験の浅い一刀にとって学ぶべきところが沢山あった。

「やっほー、一刀」

 周瑜を一人で観察していると、話しかけてくる幼い声。使節団の代表である孫尚香だった。着飾った孫尚香の周囲に人の姿はなく、一人である。その視線に気付いた孫尚香は快活に笑った。

「皆冥琳の方が好きみたい。隣良い?」
「喜んで」

 一度立って席を勧めると、孫尚香は静かに腰を下ろした。天真爛漫な笑顔を浮かべる割に、一つ一つの行動には品が感じられる。そういう作法が肌にあっていないのは見ていれば解るが、それとは別に行動が体に染み付いているのだろう。姫として生まれ、育ってきた孫尚香の一面を見たような気がした。

「一刀は飲まないの?」
「酒にはあまり強くないようでしてね。静かにやることにしています」

 訳も解らずにこの世界にやってきて、三年以上の月日が流れている。来た当初は未成年だった北郷一刀も、大人と呼べる年齢になった。当然、酒も飲めるし飲むべき機会にも恵まれていたが、好んで飲む気にはどうしてもなれなかったのである。

 ちなみに、この世界の法律では特に飲酒に関する年齢制限というものは存在しない。孫尚香の杯にも酒が一杯に注がれている。一刀のなよっとした反応を見て、孫尚香は見せ付けるようにして、杯の中身を呷った。匂いからして大分強い酒のはずだが、孫尚香はけろっとした顔をしている。そう言えば孫策も酒には強く、酒を愛していた。血筋なのかもな、と苦笑を浮かべる一刀に、孫尚香は杯を差し出した。

 一刀は苦笑を浮かべたまま、その杯に酒を注ぐ。孫尚香はそれを、一気に飲み干した。

「お酒の味が大分違うのね」
「製法はともかくとして、内陸と沿岸では好みが異なるのでしょう。どちらがより素晴らしいというのは個人の判断に寄るべきところですが、地方によって異なるものができるというのは、面白いことですね」
「その方が色々なお酒が楽しめるものね」

 笑顔の孫尚香の杯に、一刀は更に酒を注ぐ。杯に口をつけたまま、孫尚香は後ろ手に持っていたものを差し出した。

「一刀と一緒に飲みなさいってお姉ちゃんに渡されたの」
「孫策殿から……」

 ということは、中身は酒だろうか。どうせ贈ってくれるなら海産物の方が良かったと、個人的な愚痴を内心で言っている一刀を他所に、孫尚香は一人で封を切り、一刀の杯にそれを注いだ。芳醇な香りが一刀の鼻を突く。酒を特に愛していない一刀にも一目、いや、一嗅ぎでそれが名品であると知れた。ちょうど半分を注ぎ終えた孫尚香は、残りを自分の杯に注ぐ。

「味わって飲んでよね。これを持っていくっていったら、祭なんか泣いて悔しがったんだから」
「それほどの名品なのですか?」
「大事な約束をする時に飲む、孫家伝来のお酒なの」

 そんなものを自分が飲んでも良いのかと疑問に思ったが、当の孫家の人間である孫尚香は座った目つきで一刀を見ていた。『まさか断りはすまいな』とその目が力強く語っている。飲まない、という選択肢はなさそうだった。

「謹んで飲ませていただきます」
「良い子。それじゃあ」

 杯を鳴らし、二人で一気に飲み干した。瞬間、一刀の脳がくらくらと揺れ、体中の血が熱くなった。強い酒だ。それ以上に、美味い酒である。どうしようもなく強い酒なのに、また飲んでみたいと思わせる力があった。杯を傾け、まだ残っていないかと貧乏くさい真似をする一刀を、孫尚香がくすくすと笑う。孫尚香は元の器を逆さにし、僅かに残っていた分を一刀の杯に注いだ。

「お近づきの印に」
「ありがとうございます」

 軽く頭を下げ、今度も一気に飲み干す。

 やはり、美味い酒だった。軽く酩酊した頭で、孫尚香を見る。何が楽しいのか、彼女はにこにこと笑っていた。

「私が冥琳と一緒に来た理由が解ってるよね?」
「孫策殿は、この同盟に随分と乗り気なようですね」

 そうでなければ実の妹を送り込んではこないだろう。曹操の戦が前提となった同盟だけに、并州の地は安全とは言えない場所だ。最終的に孫尚香だけ連れ出す算段くらいはあるのかもしれないが、それにしたって命を失う危険は十分にある。孫策ならばそういう分の悪い賭けも平然と行いそうではあるが、それに乗っかっている孫尚香も中々のものだった。命の危険のある場所で平然と微笑む彼女は、自分の役割というものを良く理解していた。

「私は結構一刀のこといいなー、とは思ってるよ」
「それは光栄なことですね」
「反応が悪ーい」
「女性と付き合った経験のない男の反応は、そんなものではないでしょうか」
「……ないの?」

 心底意外、という顔で孫尚香が問うてくる。そんなに意外なことだったろうか、と思いながら空になっていた孫尚香の杯に并州の酒を注いだ。嘘は言っていない。少なくとも男女交際という意味で付き合ったことは一度もない。周囲に女性ばかりの環境は確かに経験値を積むには最適だったが、今のところ決定的なことになっていないのは事実だった。

「じゃあ、私が一番乗りだね」
「そうなりますね。でも、俺は経験不足なのでお手柔らかにお願いします。お友達からということでいかがですか?」
「友達?」
「俺達はお互いのことを何も知りません。それでいきなり深い関係になるというのも、無理だと思うのですよ。だから、まずはお互いを知るところから始めませんか?」
「一刀、不思議なこと言うね。孫呉には絶対いないよ、一刀みたいなの」
「特殊な考えをしてるとは、良く言われますね」

 お友達から、というのは交際を申し込まれた時、それを断るための常套句であるが、この時代にそういう感性は適用されないらしい。元より、お互いを知るところから始めたいというのは一刀の本心であり、それは孫尚香も同様のようだった。

 一刀の言葉をしばらく噛み締めた孫尚香は、やがてにっこり微笑むと、

「うん。じゃ、友達から始めようか。だから敬語とかやめてね? お互い立場はあるけど、対等ってことでどうかな?」
「ありがとう。孫尚香が話の解る奴で良かった」
「お姉さまの妹だもん」

 説得力のある言葉に、一刀は苦笑を浮かべる。友情を記念して、と杯にどばどばと酒を注ぐ孫尚香に内心で辟易としていると、血相を変えて部屋に飛び込んできた人間が見えた。記憶が確かならば静里の部下のはずである。当然のように彼に視線を向けている静里に、彼は手振りで事情を伝えると気付かれないように退出していった。

「閣下、よろしいでしょうか」

 渋面を作った静里には、中々の威圧感がある。自分の時間を邪魔された孫尚香が不満そうな顔を浮かべるが、静里の様子から重大なことが起こったことは察せられたようだ。席を外そうかと視線で問うてくる彼女に『ここにいて良い』と返しながら、静里に先を促した。

 静里はその場に孫尚香が残ることが不満なようだったが、同盟相手の代表である彼女を無碍にすることもできない。深呼吸をした静里が告げたのは、誰もが予想していたことだった。

「劉備が曹操に負けました。生死は不明。曹操軍には西進の準備があるようです」










 次回、ようやく劉備軍と曹操軍のパート。桃香さん、愛紗、鈴々の進退が明らかに。


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