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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:00
「おかえり、詠ちゃん」

 部屋に戻ってきた親友に、月は微笑む。詠が留守にしていたのは一週間ほどだが、洛陽を出てからこれだけの時間離れるのは初めてのこと。寂しい気持ちを味わっていた月は、詠もきっと同じ気持ちだろうととびきり美味しいお茶を用意して、親友の帰りを待っていた。

 しかし、そんな満面の笑みを浮かべた月の横を、詠は素通りする。ぶつぶつと何か言っているが、小さすぎて月には聞こえなかった。もしかして、体調でも悪いのでは。詠の身を案じた月の心をどうしようもない不安が支配するが、そんな月に気付く様子もなく詠は紙と筆を持ってくると、さらさらと文字を認めた。

『北郷一刀』

 流麗な字で書かれたそれを、どこから取り出したのか綿の詰まった麻袋に貼り付ける。中身が中身だけに、大きさの割りに軽そうだ。小柄で非力な詠でも十分に取り回せるものである。

 詠はその麻袋を床に落とすと大きく息を吸い込み――

「北郷一刀の……バカヤローっ!!!!」

 全力で麻袋を蹴っ飛ばした。かなりの勢いですっ飛んだ麻袋は、壁にぶつかってぽてりと床に落ちる。それに追いすがった詠は、麻袋を容赦なく踏む踏む踏む。麻袋は破れて、綿が部屋に散らばる。流麗な文字はもはや影も形もない。荒い息をつく親友に、月は恐る恐る声をかけた。

「詠ちゃん、どうしたの?」

 どうしたもこうしたも、一刀との間に何かあったのは明白だった。気が微妙に短い詠は、しかし我慢するべき時には限界まで我慢してしまう少女だ。特に自分の前ではその傾向にあることを、長い付き合いの月は良く知っている。

 だからこそ、月は問うた。自分の前でここまで怒りを露にするなど、並のことではない。

 詠は隠したそうだったが、親友の前で麻袋を破壊しておいてそれは通らなかった。じっと見つめて先を促してくる月に、詠は根負けする。

「……実はあの男と賭けをしたの。もし、ボクらが州都に戻るまでに正式に州牧になっていたら、アンタの愛人になってやっても良いって」
「どうしてそんな約束したの!?」

 なってやって、という言い回しをした以上、賭けは詠の方から提案したに違いない。そして、一刀が本当に州牧になったことはねねから聞いて知っていた。詠から話を聞くまでもなく、賭けには負けている。

 詠は自分から言い出したことを、自分の誇りにかけて反故にしたりはしない、そういう性格の少女だ。

 月は溜息をついた。

 つまり、一刀の方から賭けを反故にしない限り、愛人は確定である。

 だが、と月は考えた。

 賭けに勝ったのだから、詠を愛人にするのは一刀からすれば正当な権利だが、ここで詠を無碍にすることは一刀にとって得策ではない。詠は彼の部下ではなく客人で、いまだ滅びてはいない董卓軍の筆頭軍師である。恋や霞など、かつての仲間の多くが一刀に協力している今、かつてほどの力は董卓軍にないが、その存在は今の世でも無視できないほどに大きい。

 かつて単一で連合軍を相手にした勢力の助力が得られなくなるかもしれない。そう考えれば、一刀も下手な動きはできないはずだ。

 一刀はあれで中々に聡い男である。

 詠の価値を十分に理解し、紳士的に振舞うのが正解と気付いてくれる。そう信じたいが……詠は親友である月の目から見ても、文句のつけようもない美少女だ。詠を愛人にできる。そんな権利を手にした男が何をするか、月には想像ができなかった。

 ともすれば、既に最悪の事態に陥っているかも。その可能性に至った月は、眩暈を覚えた。

 そうだとしたらあの男、生かしてはおけない――っ!!

「何もなかったよ、それはほんと」

 月のただならぬ気配を察知した詠は、慌てた様子でそう言った。噴出した殺気と共に砕けて床に散ったお盆に、明らかに引いている様子だった。その顔に、声に、月は段々と冷静さを取り戻していく。

「何があったのか、聞かせてもらえる? 詠ちゃん」
「うん。州都に戻って、あの男が州牧に正式に任命されたことは聞いた。それで、不本意ではあったけど、ボクから言い出したことだし、期限は別に区切らなかったから、別に悪い奴ではないし、一回くらいは愛人的なことをしてやっても良いかな、とそれくらいに思ってたんだ」

 一回くらい愛人とは、実に大人な考えである。月は思いもしなかった。親友の意外な一面を見たような気がした月は、素直に感嘆の溜息を漏らす。

「でもね、あの男、ボクを見てこんなことを言ったんだ。妻も恋人もいない身で、愛人も何もありません。賈詡殿の申し出は男として大変嬉しいのですが、此度は辞退させていただきますってね」

 詠の言葉を聴いて、月は感心した。即座にそう切り返したのだとしたら、中々の紳士力である。

 そしてその話が本当ならば、無事に切り抜けることができた詠が怒る理由はないはずだ。月の視線が破れた麻袋に向く。哀れな犠牲者が発生するようなことが、一刀の発言の中にあったとは思えない。どうして怒ってるの? と視線で問う。すると詠は、怒りを思い出してきたのか、またぷるぷると震えだした。

 月は黙って麻袋の残骸を差し出す。間髪いれずに、詠の拳が叩き込まれた。麻袋の残骸は、ぽーんと部屋を飛んでいった。

「断るなら別に、それでも良いよ。ボクとしても願ったり叶ったりだしね。でも、断るにしても言い方ってもんがあるだろ少しは悔しそうな顔しろアンタはボクに何の興味もないのかっ!!」

 肩を震わせ叫ぶ親友を見ながら、月は慎重に言葉を選んだ。

「詠ちゃんは北郷さんの愛人になりたかったの?」
「そんな訳ないでしょ!?」

 月は生まれてはじめて、親友のことをめんどくさいと思った。叫んで暴れたら気分が落ち着いてきたのか、詠も肩の力を抜いて椅子に腰を下ろした。むー、と机の上でダレている親友を見ながら、月はお茶の用意を再開した。しばらくは愚痴を聞かされることを覚悟しながら、たまにはこんな日も良いかと静かに微笑んだ。






















 孫呉から祝電が届いた。内容は取り急ぎ州牧に就任したことへの祝辞と、祝いの品を直接届けたいので指定の日、予定を空けておいてくれというものだった。

 おめでとー、と言いに来るだけとは一刀も思っていない。今後について、重要な話し合いが行われるのだ。それは参加メンバーにあの周瑜がいることからも、良く解る。

「この使節団代表、孫尚香っていうのは?」
「孫策さんには二人妹がいるんですが、その内下の方の妹さんですねー。年若く奔放な方だと風は聞いてます」
「国の運営に関わったという話もありません。今後の話について、最も発言力があるのは周瑜殿と見て良いでしょう。代表というのは、国内での序列を考えてのことですね」

 孫策に子がない今、その妹達は家督の相続権の上位にある。姉がいるならそちらが一位で、妹の孫尚香は二位のはず。平時ならば上二人に不幸を期待するのは難しいが、今は乱世だ。二位の彼女が当主になることも、十分に考えられる。

 その姫君が使節団の代表だ。周瑜は席次としては二位。護衛の代表が甘寧となっている。知っている名前が続いたが、最後に一つ、一刀の知らない名前があった。

「呂蒙という名前に聞き覚えのある人ー」

 一刀の問いに手を挙げたのは静里一人だけだった。

「平民出身の将だ。武官として登用されたが、見出されて文官に転じたらしい。若手の中では成長株だな。文官の中での席次は五か六といったところだが、周瑜のお気に入りで、それは今回同行者に名前を連ねていることからも解る」
「つまりは灯里みたいな戦える軍師ってことか」
「僕よりは大分強いだろうね。周瑜殿も中々お強いと聞くし、呉では軍師も武を修めなければならないという方針なのかも」

 灯里の言葉に一刀の脳裏に思い浮かんだのは、陸遜の姿だった。巨乳王国にあってあの巨乳を誇った彼女もまた、武に優れていたりするのだろうか。

「会合には恋や霞にも同席してもらうことにしましょう」
「無駄にあっちを不安にさせたりしないか?」

 特に恋は思春に思い切り顔を見られている。交差したのは一瞬だったろうが、思春のことだ、自分を殺しかけた人間の顔は覚えているに違いない。

「いつまでも隠しておけるものでもないでしょう。むしろ使節団が帰るまで、隠し通してしまった時の方が怖い。知らせて問題ないことは全て知らせてやるくらいがちょうど良いのではないかと思います」

 稟は公開に賛成である。それを受けて、一刀はぐるりと周囲を見回した。誰も反対意見をあげない。この件は公開で決定である。

 普段の会議では置物の恋が、この日初めて口を開く。

「かずとを守れば良いの?」
「大事にはならないと思うけどな。何もない限り、俺の後ろに立ってるだけで良いよ」
「わかった」

 それきり、恋はぼ~っとする作業に戻ってしまう。ここだけを見れば、彼女が飛将軍とは誰も思わないだろう。

 だが、彼女が地上最強であることは思春と一緒に殺されかけた一刀が良く知っている。自分の護衛については、恋が一人いれば問題ない。

「孫呉は同盟の提案をしてくるのかな、やっぱり」
「でしょうね。周瑜殿が同道し、代表が姫君となればいよいよ本腰を入れてきたと見るべきでしょう」

 全員がついにきたか、という気持ちで一つになる。

 同盟を取りまとめるだけならば、孫尚香がやってくる必要はない。雪蓮に比べれば聊か格は落ちるものの、周瑜一人がいれば十分に話はまとまる。

 それでも尚、少ない人数で孫呉の外に出るという身の危険を冒してまで姫君を押し込んできたということは、そこに重要な意味があるということだ。

「俺も結婚を考える年か。まだ二十歳そこそこなんだけどな俺」
「遅いくらいじゃないかな。農村では君くらいの年で子供の一人や二人がいるくらい、珍しくはないだろう」
「だからってなぁ……」

 いざという時は誰とでも連れあうつもりでいたが、いざ現実味が増してくると暗い気分になる。現代で生まれ育った一刀にとらなくても、結婚というのは一生の問題だ。それを組織の都合で処理されるのは、気持ちの上ではやはり納得のいかないものがある。

「大丈夫です! まだここで未来を確定させるほど、孫呉も冒険をしたりはしないはずです。今はまだ、様子見の時間。その間にこちらで手を打てば――」
「そうなるとさらに同道する二人が気になるね。甘寧と呂蒙。この内片方、あるいは二人ともがこちらに残って、孫呉の意を通そうとしてくることは十分に考えられる」
「客将として残るってことか?」

 一刀は稟に視線を向けた。提案されたとして、断ることができるか。稟は黙って首を横に振った。これから同盟を組んで仲良くしようという相手、その幹部を拒否するようなことができるはずもない。

 孫尚香がそういう意味でこちらに残るとして、残るのが彼女一人ということはありえない。今まで軍や政治運営に関与していたというのならばまだしも、静里の話ではその辺りの経験は薄いという。外交交渉など、孫呉の意思をきっちりと通すことのできる力のある人間が、最低でも一人は残ると考えるのが妥当だろう。

 今回の使節団の中でということになると、流石に周瑜は厳しい。思春か、呂蒙かというのはありえない話ではない。

「無理やりプラスに考えよう。デキる人が残ってくれるのなら、学べるものを学べるだけ学んで糧にすれば良い」
「ならば貴殿は孫尚香殿の色香に惑わされ、篭絡されないようにしてください。お会いしたことは勿論ありませんが、あの孫策殿の妹君となれば、さぞかし可愛らしい御方でしょうからね」
「大丈夫、とは断言できないけど、善処はするよ」

 どうでしょうか、と稟の口調は少しトゲトゲしい。助けを求めようと周囲を見回すと、誰も視線を合わせずに聞こえないふりをしていた。政治色が関わるならば知恵を出す軍師も、ただの色恋にはあまり関知しようとしない。ただ、軍団の代表である一刀のスキャンダルは、軍団全体の風聞に関わる。気をつけろという稟の懸念は、もっともと言えた。

 今までよりもずっと政治色の強い話になるだろう。相手はあの周瑜だ。既に気後れしている自分を一刀は感じていたが、自分が心を乱してはついてきてくれる皆に申し訳が立たない。

 大きく深呼吸をする。

 せめて見た目だけでも平静を保っていようと、一刀は気持ちを引き締めた。























 孫呉の使節団が州都に到着したのは、最初に手紙が着てから二週間のことだった。

 一刀の感覚では随分時間がかかったように思えるが、使節団の規模、そのための準備の時間、移動の行程を考えると信じられないくらいのハードスケジュールであるという。孫策らしい果断速攻の進行だった。

 二週間の猶予の間、一刀たちも準備を進めていた。歓迎の式典のための準備もさることながら、使節団が滞在するための場所も用意しなければならない。他の勢力の人間とは言え、同盟候補の重要人物だ。兵達は仕方ないとしても、幹部までを州都の外で野営させる訳にはいかない。その場所の選定とセッティングには静里を当てることにした。州都攻略の時からスパイとして潜入していた彼女は、州都の住宅事情にも明るいのだ。

 一刀はと言えば、孫呉以外の勢力の対応に追われていた。正式に州牧に就任したことで、近隣の勢力から色々な申し出がきていたのだ。

 一番反応が大きかったのは、商人達である。賂は禁止、違反者は厳罰に処すと大々的にお触れを出しているから賄賂合戦こそ起こらなかったが、ここで名前を覚えてもらおうととにかく多くの人間が顔を見せに来た。その対応だけをして一日が潰れたこともあった。誰がやっても良いのでは、と財務担当のねねに愚痴を漏らしたら脛を思い切り蹴飛ばされてしまった。

 彼らが顔と名前を覚えてもらおうとしているように、一刀の方も顔を覚えてもらう必要がある。兵こそ持っていなくとも、金と物の流れを握る彼らは乱世においても平時においても強者である。いざという時、彼らの助力を得られなければ組織運営に大きな支障が出る。まだ基盤の固まりきっていない今、一刀にとって顔を売るというのはとても大事な仕事なのだった。

 懐かしいところでは、荀家の人間が挨拶にきた。猫耳軍師荀彧の実家で、一刀も世話になったあの荀家である。荀昆や宋正など見知った顔を見ることはできなかったが、荀昆直筆の手紙には、こちらの都合さえ良ければ見所のある人間を十人単位で派遣する用意があるという。稟たちのような軍師クラスではないが、官僚としては中々優秀な仕事をすると太鼓判を押してくれた。これは大いに助かると稟ですらも手放しで飛びつき、今後もそういう紹介があればと返事を書いた。

 異民族との利害調整については領地に戻った丁原が行ってくれた。州牧の首を取ったことで即開戦ということはなくなり、追い出された民の帰還も始まっているが、異民族の側では強攻策を唱える人間も少なくはない。落ち着いたらいずれ挨拶に行かなければならないだろう。

 また、丁原の計らいで高順が正式に異動になり、一刀の指揮下に加わった。年若いが騎馬隊の指揮をさせたら優秀とのことで、将校の不足している軍に部下と一緒に編入された。結構頭も回るようで、ようやくまともな補佐ができたと霞からあれこれ用事を頼まれ、忙しく州都を走り回っているという。

 思えば準備以外のことに多くの時間を割かれていた気がする。一刀自身はほとんど何もしていなかったが、それでも準備は滞りなく進み、会談当日を迎えた。

「せめて堂々としてください」

 会合のために用意された広間で、正装として用意した少しサイズがきつくなってきた白ランに身を包んだ一刀は、軍団の代表として上座に着席していた。稟の忠告で、我に返る。ぼーっとしていた。一刀の右隣では筆頭軍師として稟が控えている。彼女は正面を向いたまま、どうということでもないように指摘してきた。額を拭ってみると汗でじっとりと濡れている。その汗を見て、一刀は苦笑を浮かべた。

「そんなに顔に出てたか?」
「緊張しています、と顔に出ていました。一刀殿は自分のなさりたいと思ったことをなさってください。既に十分議論は尽くしました。我々は必要な情報を与え、一刀殿はそれを十分に吟味されたでしょう。決定するのは一刀殿の仕事、それに我々は異論を挟みません。そして、その実行のために我々は全力を尽くします。ですので、どうか安心して一刀殿の仕事をなさってください。一刀殿には、我々がついています」
「大船に乗った気持ち、っていうのはこういうのを言うんだろうな」

 自分には頼もしい仲間がいる。今またそれを実感し、一刀の緊張は幾分解れた。助けになったのならば幸いです、と稟は済ました顔で姿勢を正す。正面を向いた稟の頬は僅かに朱に染まっていた。直接的な言葉で励ますのは稟の流儀ではない。柄にもないことをさせてしまった、と反省した一刀は改めて気持ちを引き締めた。

 広間に、使節団がやってきた旨を告げる声が響く。

 開かれる扉。先頭に立っていたのは見知らぬ少女だった。桃色の髪に褐色の肌、その瞳は南海よりも青く輝いている。孫策の血縁というのは一目で解った。彼女が孫尚香なのだろう。その後ろに周瑜が続き、さらにその後ろに思春と、これまた見たことのないメガネの少女が続く。こちらが呂蒙なのだろう。細身で色が白くとても武人には見えないが、歩く姿が実に様になっている。何かしらの鍛錬を積んでいるのは、一刀の目から見ても解った。

 不意に思春と視線が交錯する。一刀は軽く笑みを浮かべた……が、思春はぷいと顔を逸らしてしまった。空振りに終わった一刀は軽く落胆する。微笑み返してくれるとは思っていなかったが、スルーされるとは思っていなかったのだ。軽く落ち込んでいると、横の稟が肘で突付いてくる。どんな顔をしているかは顔を見なくても解った。

 堂々と、堂々と。

 せめて見た目だけでもと心中で念じながら、一刀は使節団に向き直った。

 先頭の孫尚香が足を止めると、続く三人もそれに倣った。

「北郷一刀閣下におかれましては、ご機嫌麗しく――」
「ちょっとお待ちを!」

 畏まり、礼までした使節団に一刀は思わず驚きの声を挙げた。これ見よがしに、稟が溜息をつく。何か? と孫尚香が顔を上げるが、その顔には軽い笑みが浮かんでいた。どういう理由で一刀が声をあげたか、解らぬはずもない。それを解った上で楽しんでいるのである。思春と、今度はしっかりと視線が交錯した。『しっかりしろ、バカもの』という思春の物言わぬ抗議に、一刀はわざとらしすぎるくらいに大きな咳払いをした。

「失礼いたしました。どうぞ続けてください」
「かしこまりました」

 笑みを引っ込めた孫尚香が、口上を続ける。要望に応えてくれたことに対する感謝を主孫策に変わって申し上げる。それから先々の偉業につきましては――と長々とした口上がかしこまった口調で続けられる。立場を考えればそれが自然という理屈は理解できた。現時点での官位役職だけを見れば、一刀の方が孫尚香よりも上だ。

 しかし、孫呉の方が力を持っているのは言うまでもない。孫尚香は孫呉の主、孫策の妹。脇に控える周瑜はその筆頭軍師であり、孫策の信任も厚い。まして一刀は連合軍では孫策の下について働いていたのだ。その一刀に畏まるというのは、連合軍で共に戦った周瑜は元より孫尚香にも精神的な抵抗があるはずだが、使節団の全員からそれは感じられない。少なくとも表面上は、今の状況について納得しているように思えた。立場のある身でそう振舞えることに、一刀は素直に尊敬の念を覚えた。

「それでは、ご着席ください」

 司会進行は稟の役目である。稟の案内に従い、孫尚香たちは着座した。卓を挟んで、上座側には一刀陣営が、下座側に孫呉陣営の使節団という配置である。

 一刀たちは中央に一刀。その右隣に稟、左隣には恋がいる。武器こそ持っていないが、彼女の実力は武を修めたものならばその片鱗くらいは掴むことができるだろう。まして、一度見えたことがある人間はそれを違えることはない。気付いてないふりをしているが、着座した思春の視線ははっきりと恋に注がれていた。存在を驚いている風はない。どこで、どの段階かまでは判断がつかないが、こちらの陣営に恋がいることは孫呉に知れていたのだろう。

 思春の立ち振る舞いからは、明らかな警戒の色が見てとれた。戦場で出会い、殺されかけたのだから当然の反応と言える。所属する勢力が変わるのは乱世の常とは言え、自分を殺しかけた人間と一緒にいて平然としている一刀の方がレアケースなのだ。

 壁際には軍師たち。一刀から見て右側に風と雛里。左側にねね、灯里、静里が並んでいる。配膳を担当するのは黄叙で、彼女は茶器などと一緒に部屋の隅に控えていた。それが部屋にいる全員である。霞は外で会場の警備の責任者をやってもらっている。要は案の定、参加したがらなかたので今回は霞と一緒に外で待機だ。

「我が主、孫策は貴殿と同盟を結びたいを考えています」

 型どおりのやり取りが済んだら、仕事の時間だ。切り出してきたのは、孫尚香である。てっきり周瑜が全てを仕切るのかと思っていた一刀は、まずこれに面食らう。自分よりも幼い少女が堂々と政治の話をしようとしている。その事実に、一刀は自分の心に火がつくのを感じた。

「無論、対等な関係での軍事同盟です。有事の際には支援を行う用意があります」
「つまりそちらが有事の際には援助を希望すると?」
「そうです。ですが、それではそちらが割りに合わない。そこで同盟締結の際にはまず、こちらから支援を行います」

 こちらを、と周瑜が差し出した木簡を黄叙が受け取り、それを一刀のところまで持ってくる。一刀はそれを広げて目を通した後、稟に手渡す。

 周瑜の木簡の内容は、簡単に言うとこういうことだった

 まずは経済的な援助。今まであまり交流の少なかった孫策の勢力圏である揚州と并州の間での交流路の構築。商人のやり取りを密にし、税金などの面で調節を行う。内陸の并州にとっては海産物などの確保が容易になり、異民族から仕入れた品の販路もより拡大できるというメリットがある。

 反面、揚州に本拠を置く大規模な商家の台頭も考えなければならないが、販路を拡大できるというのは魅力だった。どの程度、というのは詰める必要があるが、経済的に支援してくれるというのなら、これはありがたい話である。

 そして、軍事的な援助。対等な軍事同盟を結ぼうというのに、一刀たちの方がかなり兵の数で劣っている。これはよろしくないということで、孫呉は客将として思春と呂蒙を貸し出すという。兵は各々五百を率いてきている。孫呉の中でも精兵の彼らを核に、戦の折には自らの兵として使ってくれて構わないということだ。

 ありがたい話ではあるが、これは二週間前に幹部全員で憂慮した事態でもあった。

 二人の実力は疑いようもないが、自らの兵としてと言ってもそれが孫呉の本心ではないことは見て取れた。無茶な運用で彼女らに害があれば、当然それは責任問題に発展する。扱いにはいずれ慎重をきさなければならないだろう。ありがたいことに違いはないが、手放しで喜ぶ訳にもいかない。

 次いで、即物的な支援。いつかの借りを返す、とこっそり孫策の字で書かれたそれは、単純に金品などの贈答だった。暴政に苦しんだ民のために使ってほしいということで、金子から食料から、色々な物資が無償で供与される旨が記されていた。目録は黄叙が預かっている。天下の孫呉、あの孫策からの供与である。それがみみっちい内容ということはあるまい。今すぐにでも見たかったが、その検分は後でも良いだろう。

 さらに技術的な支援。使節団には船大工が同行していて、それを并州に残していくとのことだった。孫呉と異なり并州は海に面してはいないが川はあり、南下すれば河水もある。水軍は孫呉の肝。兵の強さもさることながら、造船の技術が優れていることも孫呉を強国たらしめている。その技術を供与するというのは、信頼の現れでもあった。船を運用する人間を特別に用意してはいないというが、必要ないだろうと一刀は感じていた。

 何しろ、思春がいる。虎牢関で大きく数を減らしたとは言え、思春の直属部隊はいまだ健在。彼らの多くは河賊をしていたころからの部下であり、新たに編入された面々も必ず操船技術を習得するという。孫呉全体で見ても精兵である彼らだが、水軍の中においては最精兵だった。水軍の指導を受けるのに、これほど相応しい集団もない。

「それから孫策から、北郷閣下に個人的な贈答品がございます。まずはご覧になっていただけますでしょうか」

 目録の検分を終えると、孫尚香が切り出した。彼女が視線で合図をすると、使節団の中で最も序列の低い呂蒙が、紐で封印された木箱を差し出す。また、黄叙がそれを受け取り一刀の元に運んできた。封印の紐を解く。箱の中に納められていたのは袱紗だった。

 するり、とさらにその封印を解く。現れたのは剣だ。装飾のない木製の鞘に納められたそれは一見すれば貧相にも見えたがその重量感、雰囲気には息を止めるほどの迫力があった。視線で孫尚香に確認し、抜刀する。

 片刃で、わずかに反った刀身は日本刀のような趣を感じさせるが、身は時代劇で見た日本刀よりも大分厚い。銀木犀に比べて僅かに重いが、その刃から漂う迫力は、その比ではなかった。

「穂波西海(ほなみせいかい)と言います。孫呉に伝わる宝剣の一つです。北郷閣下もこれから多くの戦場に立たれることでしょう。その一助となりましたら幸いです」
「宝剣と仰いますが、これにはどのような来歴が?」
「孫策の剣、南海覇王の共打ちと聞き及んでおります。ある程度装飾の役目もあるあちらと違い、そちらは実用に重きを置いた剣であると。まさしく吹毛の剣でございます」

 試しに一刀は穂波西海の刃を上に向け、懐から取り出した紙をその上に落とした。はらはらと舞った紙は刃に触れると、すっと、真っ二つになる。ほー、と思わず一刀は溜息を漏らした。まさしく吹毛の剣。名剣の類である。

「ありがたく頂戴いたします。と孫策殿にお伝えください」

 脇に控えていた灯里に、穂波西海を預ける。

 これで話は一区切りついたと判断した一刀は、宴の話題を切り出そうとした。そうして腰をあげかけた一刀を、孫尚香が制した。

「もう一つ、北郷閣下に贈り物がございます」

 少女然とした容貌に不敵な笑みが浮かぶ。それは、孫策が倒すべき敵を前にした時の顔に似ていた。

 嫌な予感を感じはしたが、くれる、というものを見る前に断ることはできない。とりあえず受け入れる旨を伝えると、呂蒙が席を立ち、部屋を出て行く。待つことしばし、呂蒙が連れてきたのは、二人の人間だった。

 手かせをはめられ、薄汚れたその姿はまさに罪人。着飾っている孫尚香が近くにいるだけに、その二人は余計に惨めに見えた。

 二人は呂蒙に引きずられるようにして、一刀の前に連れ出される。刺客であることを疑って、稟は一歩下がり、恋が一刀の近くにまで移動した。だが、二人からは殺意どころか生気さえも感じられなかった。二人のうち、小柄な方。元は綺麗な金髪だったのだろう。長い髪は砂で汚れ、瞳は床に伏せられている。一刀のことを見ようともしないその少女は、小さな声でぶつぶつと、何やら言っていた。

 もう一人、こちらは少女というよりも女性という風だった。短い黒髪は乱れ頬はこけていたが、瞳はただまっすぐ一刀を見ていた。女性は何も口にはしなかったが、その意思は痛いほどに伝わってきた。助けてくれ、と女性の目はそう言っていた。

「小さい方が袁術、大きい方が張勲です。我が孫家の仇敵でありましたが、先ごろの戦で勝利しまして南の袁家は滅びました。責を取らせて首を刎ねても良かったのですが、財を奪い土地を奪い、この者らに残ったものは身一つ。全てを失った者に興味はないと使いどころを探していましたところ、北郷閣下のご出世を耳にしまして。こちらを閣下にさしあげます。孫呉はその扱いに関知いたしません。生殺与奪、全ての権利を北郷閣下に委譲いたします。如何様にもなさってください」

 孫尚香の物言いに、一刀は怒りに身が沸くのを感じた。人を何だと思っているのだ、と勢いに任せて叫びたくなるのを、ぐっと堪える。

 孫尚香の瞳を見る。相変わらず不敵な色が浮かんでいるが、その瞳に試されているのだと理解する。ここで短慮を起こすのは良くない。器の小ささを示すのは、こちらに悪い影響しかもたらさない。大きく息を吸い、吐く。

 そうすると、少しは冷静になることができた。
 
 試されている。それは間違いない。この二人の扱いで、こちらの器を見る。そういう腹なのだろう。

 これに乗るのは業腹だが、差し出すと向こうが言い出したものを撤回させることはできない。生殺与奪の権利は本当にこちらに委譲されたのだ。この二人の命運は、一刀の判断にかかっているのである。

 考える。どうするのが正解なのか。

 袁術は孫策の仇敵である。それを考えれば、この場で首を刎ねておくのも選択肢の一つだった。聊か苛烈ではあるが、孫呉と価値観を共有しているというアピールにはなるだろう。それに、袁家という名家の血筋を一つ、確実に潰すことができる。北の袁家、袁紹はいまだ健在で公孫賛と争っている。既に身一つとは言うが、生かしておいたら後々面倒なことになる、というのは否定できるものではなかった。

 恋がとんとん、と小さく椅子を叩く。命あれば、殺す。小さな音はその意思表示だった。

 逡巡する――ふりをして、一刀は首を横に振った。何も殺すことはない。それに恋は素直に従ったが、稟が息を飲むのが聞こえた。この場で殺しておくことに、とりあえずは賛成なのだろう。袁家は名家とは言え、その名声は地に落ちつつある。連合軍での袁紹の振る舞いから、特に民の間では評判が悪い。ここで一刀が袁術の首を刎ねたとしても、それは名を落とすことにはなるまい。

 一刀はもう一度、孫尚香を見た。

 どうするのが、自分にとって正解なのか。もう一度考え、一刀は答えを出した。生殺与奪の権利を与えられたというのならば、その時点で実はもう答えは決まっていた。

「黄叙! 二人を俺の屋敷に。客人として、丁重にもてなすこと。仔細は任せる」
「かしこまりました」

 黄叙は一刀の命を嬉しそうに受け入れ、二人を引きずるようにして部屋を出て行った。配膳を放り出した形になるが、一刀はそれを責める気にはなれなかった。一刀は孫尚香を見返す。まさか文句はあるまいな、と視線に力を込めると、孫尚香は笑みの種類を変えた。

 好奇心に溢れたその笑みは、今まで見たどの笑みよりも、孫尚香を魅力的に見せていた。これが彼女の地なのだろう。孫策が猫のよう、というなら、孫尚香は猫そのものだった。
























「あー、おもしろかった!」

 宴の間の待機場所として提供された客間に着くなり、シャオはばたばたと部屋を横切り身を投げるようにして椅子に腰を下ろした。先ほどまで被っていた大きな猫は、既に逃げ出したようである。冥琳は亜沙を入り口に立たせると、思春を伴ってシャオの傍に立った。

「どうでした? 北郷は」
「悪くない顔してたねー。あれならお嫁さんになってあげても良いかなー」
「そんな安易な。小蓮さま、これは貴女の将来の話なのですよ!」
「思春は別にいいよねー。シャオがお嫁さんにならなかったら、思春がお嫁さんなんだしー」

 シャオの物言いに、思春が押し黙る。褐色の肌でもわかるほどに、頬が朱に染まっていた。そういう条件だと雪蓮から聞かされていたはずだが、一刀の顔が見えなくなって気が抜けでもしたのか、シャオの言葉に心揺さぶられているようだった。

「それにしても思春は流石だよね。私はてっきり首を刎ねるものだと思ってたのに、思春の言った通りになっちゃった!」

 ぱたぱたと足を振りながら、シャオが言う。

 冥琳を除く三人は、この地に着く前に賭けをしていたのだ。一刀に袁術を委ねた時、彼がどういう判断を下すか。

 まず亞莎が結論を出した。同盟のことを考えたら、即座に首を刎ねるべき。一刀本人が判断せずとも、軍師がそれを推すだろうと。軍師の発言である。年若いシャオは、それに乗る形になった。孫家の人間だけあって袁術に良い感情を持っていなかったシャオは、できれば袁術に死んでほしいと思っていたのだ。

 だが、これに思春が異を唱えた。奴はそんなことをするはずがない。あの男は生かせる命ならば生かす男だ。

 子供とは言え、シャオは主筋である。思春にとっては大分目上の存在。それに公然と異を唱えることは、孫家に忠義する思春にとって非常に珍しいことだった。これが逆にシャオの興味を引き、どちらでも良いとされていた袁術の身柄引き渡しを決定的なものとしたのだ。戯れに殺しても構わないというほど、あの二人の命は軽いものだったのである。

 全てを奪った時点で雪蓮は、袁術本人への興味は失せていたのだ。

 結果として雪蓮の投げやりさと思春の直向さが、袁術と張勲の命を救うこととなった。今頃一刀の屋敷で歓待でも受けているのだろう。飲まず食わずで歩き通し、いつ殺されるのかも解らなかった環境から比べたら、まさに天国である。あの小娘を叩き落すために策を巡らせてきたことを考えると、冥琳としては複雑な気持ちであったが、今更小娘一人が声をあげたところで、何が変わる訳でもない。

 北の袁家を頼ったところでたかが知れている。

 また孫呉に反旗を翻すようなことがあれば、生きながらえたことを後悔するくらいに責め抜いて殺す。ただそれだけのことだった。

 一つの問題が片付いたことで、一つ肩の荷がおりた。そうすると、同盟について考える余裕も出てくる。嫁だ何だと思春をからかい倒すシャオを横目に見ながら、冥琳は窓の外に目をむけた。

 孫呉の兵は精強でそれは曹魏の兵にも劣らないという自負があるが、彼我の距離は如何ともし難い。戦のためには河北に拠点を築いておく必要がある。そのために浅からぬ関係のある一刀を抱き込んでおくことは、孫呉にとって重要なことだった。并州の地に拠点ができれば、曹魏との戦もより有利に行うことができる。曹操が劉備との戦に時間をかけている今が勝負だった。

 シャオを連れてきた意図を、あちらも理解しているだろう。縁組は最も効率的な同盟強化の手段である。姻戚関係となれば早々に裏切ることはできないし、客将として思春と亞莎が居座っている。曹操との戦のため協力するという建前でおいているが、彼女ら二人は同時に凶手でもある。一刀が孫呉の害となるなら、その首を刎ねるべしということは、既に言い含めてあった。

 そうならないと雪蓮は感じ取っているらしいが、もしものための保険はかけておくに越したことはない。一刀本人に野心はそれほどないだろうが、その周囲を固める軍師たちは、一刀を押し上げようと知恵を絞っている。今この時も、こちらを出し抜こうと明晰な頭脳を働かせているに違いないのだ。既に懐深くに入り込んだ。同盟を組む上で譲歩は色々としたが、こちらが一刀の喉元に刃を突きつけているのに対し、雪蓮は遠く孫呉の地にいる。

 例え全てがご破算になり、一刀が破れ思春や亜沙を失い、シャオが死んだとしても、孫呉には次があるのだ。そう思うと、少しばかり余裕を持って周囲を見回すことができた。

 曹操は二州を取り、現在劉備と戦っている。戦いの趨勢は既に決した。劉備が敗れるのは時間の問題だろう。これで曹操は三州を制することになる。その平定に時間がかかるとして、次に目を向けるのは北の袁紹か、西の一刀だ。袁紹は幽州の公孫賛との戦のため、本軍を大きく北に動かしている。州都には一族を守るための兵がいるが、主力は北だ。曹操軍ほど兵があるのならば、これを取るのはそれほど難しいことではない。

 対して西の一刀は袁紹に比べれば兵の数こそ少ないが、どういう訳か奴らの勢力にはかの飛将軍呂布と、張遼がいる。丁原、黄忠という太守二人が味方につき、これは噂ではあるが、異民族にも助力を頼める立場にあるとか。精強な兵に有能な軍師。軍としての弱点は頭数が少ないということしかない。時間をかければかけるだけ、この軍は強くなるだろう。潰しておくならば、早めにやっておかなければならない。

 劉備との戦が片付いたらすぐにでも、曹操は踵を返して一刀を襲うだろう。それまでに体勢を整えなければならなかった。

 そのための同盟、そのための縁戚だ。一刀を味方に引き込むために、雪蓮はシャオを嫁がせることをあっさりと決めた。元々縁組を考えていた思春までオマケにつける豪胆っぷりは居並ぶ幹部達をも驚かせたが、武勇に優れるを由とする孫呉の気風にあって、弱兵でありながら呂布の前に飛び出し思春を助けた一刀の働きは周知のこと。それだけの働きをしたものならば、と表面上は納得させることができた。

 実績も、百人隊長から州牧になったという勢いで十分過ぎるほどである。唯一、生まれが不確かなところが傷と言えば傷であるが、漢の高祖劉邦も元はと言えば平民である。雪蓮もかの孫子の子孫を名乗ってはいるが、彼女の母、孫堅の時代の孫呉軍はゴロツキと大差ない柄の悪さだった。その特色は今の孫家軍にも受け継がれているが、血筋に拘る人間も中にはいる。

 そういう連中が、最後まで一刀との縁談に反対していたが、孫呉は先頃まで『尊い血筋』の代表格である袁術の下に甘んじていた。血統に拘るのは奴の支配を思い出すと、幹部だけでなく市井の者にも、高貴な血筋に対して嫌悪感が広がっている。世論は雪蓮の味方だった。

 それらを加味すれば、機は最高と言えるだろう。袁術の一件がなければ、一刀とシャオの縁談などありえなかった。雪蓮が袁術を討ち、一刀が并州牧にまでなりあがった。その時期が重なったからこそ、この縁談が生まれたのだ。

 さて、と冥琳は考えを巡らせる。感触は良い。あちらも同盟をどうするかについては、元々話し合っていたのだろう。このまま行けば話はまとまるという確信が冥琳にはあった。思春と亞莎を残していくことも、向こうは受け入れる。暗殺の可能性を考えないではないだろうが、曹操の西進の可能性を考えれば優秀な将は喉から手が出るほどほしいはず。元より立場の弱いあちらは、受け入れるしかないのだ。

 そうして、また借りが生まれる。形ばかりの対等な同盟を結んだ上で、孫呉はその貸しをさらに回収する。対等でない立場で行われる貸し借りは、当然のように対等ではない。与えることは奪うことであり、借りることは搾取されることを意味する。富めるものはより富むように。強きものはより強く。例外はどんな法則にも存在するが、これが世の基本原則である。

 孫呉の軍師として、冥琳はそれを熟知していた。ただ大きいというだけで長いこと袁術に風上を取られ続けてきた。上にある存在は、ただそれだけで強いのである。袁術にはそれを維持し続ける頭がなかったが、孫呉は同じ轍を踏まない。今は確実に孫呉が上で、一刀が下だ。逆転される前に、頭を押さえておく。

 一刀が適当なところでくたばり、将兵と軍師だけが孫呉に吸収されるというのが望ましいが……味方となった人間の不幸を望むのは、人間としてあまり美しい行動ではない。疲れているのかな、と冥琳はメガネを外し、目頭を揉んだ。連合軍に参加して以来の孫呉を離れての任務であり、傍に雪蓮がいない環境というのは久しぶりのことだった。

 仇敵だった南の袁家を破り、孫呉は大きく勢力を拡大させた。夢物語と言われた天下が、手の届くところまできているのである。曹操、袁紹など、いまだ強敵は存在するが、かつては影を踏むことすらできなかった連中と肩を並べるまでに大きくなった。油断すると足元を掬われる。浮かれそうになる心を叱咤し、冥琳はより精力的に働いた。

 一刀の出世の話を聞いたのは、そんな時だった。冥琳はその話をまず疑ってかかったが、雪蓮はまるで予期していたかのように、あぁ、と小さく溜息を漏らし、言った。

『私達、北郷に仕えることになるかもしれないわねー』

 冥琳はそれを雪蓮の冗談だと思ったが、雪蓮はどうにも本気のようだった。

『いいんじゃない? 何も未来永劫孫家が北郷家に膝を屈すると決まる訳じゃないもの。栄枯盛衰は世の常。私の代で無理そうなら次代に託す。ただそれだけのことよ』
『私はお前ほど柔軟にものを考えられそうにないよ』

 袁術の下に長いこと膝を屈してきた。それは孫呉にとって屈辱の歴史だ。二度とあんな思いをしたくないと、雪蓮が一番強く思っているはずである。その雪蓮が、一刀に仕えても良いという。流石に冗談だと冥琳は理解していたが、冗談であっても雪蓮がそれを肯んずるというのは、中々ないことである。

 確かにあの袁術に比べれば仕える価値はあるかもしれないが……冥琳はいまだ、一刀の価値を測りかねていた。そんな冥琳を見て、雪蓮は猫のように微笑む。

『だから、冥琳。貴女も一刀って人間を見てきて? 思春とはまた違った視点でね。仕えることになるかもしれない相手、と思ってみれば、これまでとはまた違った使い方も見えてくるでしょう?』
『気安く言ってくれるな、お前は』

 ともあれ、視点を変えてみるというのは良いことだ。勢いも含めて、一刀には読みきれない部分が多くある。これを機に理解を深めておくのも、悪いことではない。

『何なら、冥琳がお嫁に行く?』
『我々が臣従するとなったら、その可能性はあるな……その時はいっそ、幹部全員で室に入るのも良いだろうな。多数派工作は、早いうちにしかけるに限る』
『なに、冥琳は乗り気なの?』
『たまには良いだろう。こういう詮無いことで盛り上がるのもな』

 ははは、とお互いに冗談ということで落として、一刀の話はそれきりになった。一刀に仕える、その未来は全くもって現実味を帯びていないが、良き軍師、良き将軍に恵まれ、今まさにあの男は自由に動かすことのできる軍団を手にしつつある。

 本当の意味での北郷隊が、まさに完成しようとしていた。孫呉の人間としてそれは単純な脅威であったが、ただの軍師としてその規模がどこまで大きくなるのか、興味はあった。

 近く、その力を見ることになるだろう。相手はおそらく曹操。雪蓮との話がただの馬鹿話でおわるのか、それとも今後、真剣に検討する価値のある案件になるのか。二つの未来を夢想しながら、冥琳はそっと瞳を閉じ肩の力を抜いた。






遅れに遅れた投稿となりました。
待っていてくださったかた申し訳ありません。

今回で孫呉パート導入編となります。次回で美羽様パートを含む孫呉編その2、おそらくさらにもう一話続いて桃香編となります。

時間かかった上あまり話が進んでいませんが、懲りずにお付き合いいただけましたら幸いです。






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