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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:c94d5e3e 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/10/10 05:50









 荀家に逗留を始めて二十五日目。

 客間を自分の部屋と認識できるようになり荀家での生活にも本当に違和感がなくなってきた頃、荀彧の元に曹操から書簡が届いた。以前に荀彧が出した仕官したいという旨の書簡、その返信である。合否については見るまでもない。一刀を含めて、荀家の人間は誰一人としてそれが断られるとは思ってなどいなかったくらいだ。使用人が書簡を持ってくると、荀彧はそれを受け取ると同時に、自分の部屋に引き返した。

 曹操から書簡の返事が来たことは最初に書簡を受け取った使用人の口から荀家全体に伝わり、やがて街にまで広まった。荀家の傑物が『あの』曹操に仕官するという噂は民草の格好の噂の種になり、宋正の買い物の付き合いで街に出た一刀も質問攻めにされた。

 婿であるという噂は流石に払拭されていたが、その候補という認識は未だに根強く、街の人間は一刀も当然のように荀家を出て、荀彧に着いて曹操の元へ行くものだと思っているらしい。

 勉強も武の鍛錬もそこそこ使えるようになっては来たが、それを持って曹操に仕えられると思えるほど、一刀も楽天的ではなかった。黄巾賊が跋扈するようになって以来、戦力はどこでも求められているため単純な兵力としてならば曹操陣営と言えども就職はできるだろうが、そういう所で戦い生き残ることがどれほど難しいのか、武の師匠である侯忠から嫌というほど聞かされている。

 自分の腕が武勇で名を成すことができるほどではないというのはとっくの昔に気づいていたし、異世界にふっとばされてる時点で、戦場で生き残るだけの運があるとも思えない。

 荀昆などは志は高く大きくと主張するが、宋正は分相応ほど素晴らしいものはないと説いていた。どちらが自分の身の丈にあっているかと言われれば、宋正の主張する『分相応』と言わざるを得ないだろう。

 無理をしないで生きられるのならその方が良いに決まっている。荀彧や曹操がいるのだから、他の三国志の英傑もいるだろう。そんなハイスペックな彼女ら――覚えている限りの名前を荀昆に確認し、彼女が知っている範囲で整合できた名前は全て女性だった。おそらく著名な武将は全て女性なのだろう、という認識に至っている――と肩を並べて北郷一刀というただの人間が覇を唱えられるとも思えない。

 だが男なら……という思いも心のどこかにあった。頂点に立ち天下を取りたいなどと大それたことは思わないけれど、眼前に今まさに羽ばたこうとしている少女がいるのに、それに刺激されないというのは男として、人間として格好悪い。

 自分には一体何が出来るのか。

 しかし、進学するか就職するかすら真面目に考えたことのない現代社会を生きた高校生に、そんな高尚なものが分かれば苦労はしない。何か秀でたものがあれば指針くらいにはなったのかもしれないが、生憎と知でも武でも光る物はないと太鼓判を押されたばかりである。

 いくら考えても答えは出ない。

 ならばすることは決まっていた。
 
 一人で考えても良い知恵が出ないのならば、誰かに聞けば良い。今自分はあの荀彧と言葉を交わすことが出来る場所にいるのだ。稀代の智者である彼女ならば、何か良い知恵が閃くに違いない。

 問題があるとすれば閃いた知恵を授けてくれそうな気がしないところだが、それはそれだ。口を開けば罵詈雑言ばかりが出てくる荀彧でも、会話をしているとそれなりに楽しい。

 明後日に出発を控えた荀彧である。精液男のために時間を取ってくれるかも怪しい。門前払いどころか顔を見せてもくれないかもしれない。それはそれで、凄く悲しいが……今一刀はどうしようもなく荀彧の顔が見たかった。いつものように口の端を少しだけ上げて、心底人を見下したような顔で怒鳴る彼女を見れば、 自分で何か閃くかもしれない。

 それにあの荀彧が曹操の下へ行くのだ。才気溢れる彼女のことである。直ぐに頭角を現し曹操軍になくてはならない存在になるだろう。そうなっては箸にも棒にもひっかからない自分ではおいそれを会うことは出来なくなる。多少身を立てた程度では姿を見ることもできないような場所に、荀彧は行こうとしているのだ。

 いまだかつて味わったことのない不安を抱えたまま、一刀は客間を出て荀彧の部屋に向かう。陽は既に暮れている。薄暗い廊下が、その不安をさらに助長させた。

























「じゃあ、旅にでも出れば?」

 不安その他色々なマイナスの感情を迎えて臨んだ荀彧への質問の回答は、その一言だった。あっさりと部屋に入れてくれたこともそうだが、素直に質問に答えてくれたことも一刀の予想を裏切っていた。

 何か悪い物でも食べたのかと思わず荀彧を凝視するが、視線が気持ち悪いと飛んできた小皿を受け止めるに至って、あぁ、いつもの荀彧だ、と一刀は安堵する。

 小皿をテーブルに置くと、空になっていた杯に酒が注がれた。ありがとう、と視線で礼を言うと、給仕役の宋正は静かに微笑を返した。

 荀彧の部屋には、一刀とそれから宋正の三人だけだった。あの男嫌いが男性を部屋に招き入れたことに、自分で言い出したことにも関わらず命の危険すら感じた一刀だったが、その部屋には先客がいたのである。

 荀彧は一人、宋正を相手に晩酌をしていたのだ。女性的な起伏に欠ける荀彧が酒を飲んでいるという事実には違和感が先立ったものの、杯を一人傾ける様子が中々様になっていたこともあり、一刀の口から荀彧の体を労わるような言葉が出るようなことはなかった。

 唐突な一刀の登場を荀彧は迷惑そうに見やったが、招き入れた以上出ていけなどと言うことはせず、宋正に全てを任せ、一刀を自分の対面に座らせた。勉強の時に顔を合わせてはいるが、こうして落ち着いて荀彧の顔を見るのは久し振りである。

 酒が進んでいることもあって、仄かに顔を朱に染めた荀彧ははっとするほど色っぽい。肌の露出はほとんどないが、だからこそ僅かに見える首筋とか、杯を持つ細く綺麗な指先とか、仕草が一々色っぽかった。悲しくなるくらいに幼児体型の荀彧に色気を感じている自分に驚きを感じつつも、それを悟らせないように酒が並々と注がれた杯を一気に呷る。

 名家のお嬢様が飲むだけあって、酒の口当たりは良かった。友達と悪乗りしてビールやら何やらを飲んだことはあったが、そのどれよりもこの酒は上手かった。

 酒は良い物だ。しかし、荀彧はほろ酔い気分の様子なのに一刀は全然酔うことが出来ない。酒を飲んでいるという自覚はあるのだが、それはすっと身体の中に吸収されていくようで、酔いとして現れないのだ。酒に強いからこうなるのか、それとも今の精神状態がそうさせるのか。酒に慣れていない一刀にその判断はつかなかったが、正気を保っていられることで今の荀彧を観察できるというのなら、それも良いことだと無理やり判断した。

「旅かぁ……いいかもしれないな。あー、でも、今黄巾賊が暴れてるんじゃなかったかな。一人旅って危なくない?」

「一人旅が危なくないことなんてありえないわよ。それと黄巾は曹操様他官民問わず軍が動員されて衰退の一途を辿っているわ。最終的には冀州で決戦が行われるだろうって話よ」

「冀州って言うとここから北か」

 荀彧や宋正に教え込まれたことで、現在の漢帝国の地図は頭に入っている。州の数は47都道府県よりは遥かに少ないためそれを覚えるだけならば楽だったが、では次は郡を県を、となると途端に難しくなってくる。

 荀彧は勿論、宋正まで県の配置を正確に覚えているらしい。知識人ならばこれくらい当然と彼女らは言うが、まるでそれを片手間のように覚えたような彼女らと自分の頭は、根本的に構造が違うのだろうと一刀は思った。

「つまり南に行けば行くほど安全ってことかな」

「比較的、と言葉の頭につけなければなりませんけれどね」

 一刀の言葉を継いだのは宋正だった。その顔に苦笑を浮かべ、一刀の杯に酒を注いでくれる。給仕が彼女の役目だからそれは不思議なことではない。見れば、荀彧の杯も空になっていた。一刀は近くにあった酒の入った小さな甕を取り、荀彧の杯に酒を注ごうとする。

 しかし、酔いの回った状態でもそれを察知した荀彧は杯をすっと、一刀の手の届かない位置にまで移動させてしまう。赤ら顔でギロリ、と睨みつけてくる荀彧に一刀は降参と両手をあげた。

 素面の時からこれなのだ。酌をするくらいは良いと思うのだが、そういう簡単なものでも男性との接触は嫌らしい。酔いが回ってからなら何とかなるかと先ほどから隙を伺っているのだが、流石は王佐の才。油断も隙もあったものではない。

「最低でも武術に多少の心得がないと、一人旅は危のうございますね」

「それだと商人の人たちはどうしてるんだ?」

「精液が頭に詰まってる人間は言うことが違うわね、功淑。今の時代、商隊を組まない商人がいるとでも思ってるのかしら」

「北郷様、黄巾でなくとも賊の類は多くございます。商人はそういう輩がいるからと遠回りは出来ませんから、護衛を雇うのが普通なのですよ。県や郡の正規兵よりもこうした市井の傭兵の方が近頃は腕が良いこともあるとか」

「旅をするなら商人と一緒に行くのが安全なのかな」

「不確定な要素を抱えて一緒に旅することほど危ないこともありません。賊と内通していないとも限りませんからね。よほど誼を通じてでもいない限りは、紛れ込むことは難しいでしょう」

「要約すると……」

「一人旅をしてるのは、よほどのアホか豪傑ということになるわね」

 まぁ、あんたがどっちか考えるまでもないけど、と荀彧は空になった杯を宋正に差し出した。飲みすぎを嗜めながらも、宋正は杯に酒を注ぎ足す。

 よほどのアホと言うが、それならば一人で旅をしていて盗賊に襲われていた自分はどうなのだ、という疑問は沸き起こったが、誰も並び立てないほどの知力のある荀彧が感情を抑制することを非常に苦手としていることは、付き合いの浅い一刀でも理解できることだった。

 それまで仕官していた袁紹は愚物と息巻いていたし、大方一人で勢いのままに飛び出し、しばらくしてから危険なことに気づいたものの、引っ込みがつかなくなって一人で旅してきたといったところだろう。

 実際には袁紹の側も何か手はほどこしたのだろうし、最初から最後まで一人旅ということはなかったろうが、一刀が出会った時には既に荀彧は一人だった。僅かの道程とは言え、腕に覚えのない女性の一人旅である。それが如何に危険なことであるのか、散々脅された後だけに現代人である一刀にも僅かではあるが理解が及んだ。賢い荀彧がそれを理解していないはずはない。それでも危険と矜持を秤にかけて危険を押し通す辺りが荀彧の荀彧たる所以なのだろう。

「旅にお出になられる前に、奥様に話を通されてみてはいかがですか? 紹介状を一筆書いていただければ、少なくともこの州で商いをする商人ならば同道を拒みはしないでしょう」

「そうしてくれるのならありがたいけど……大丈夫かな?」

 宋正は微笑みながら簡単に言うが、自分の名前を入れて身分を保証する紹介状を書くということは、その人間が何かヘマをした時、責任の一部を被るということでもある。紹介してもらう側の一刀にはこれ以上ありがたいことはないけれど、紹介する側の荀昆には百害あって一利もない。恩を受けてもそれを返すだけの当てがない一刀には、それがただの善意から出た物であっても、おいそれと受け取る訳にはいかない事情があった。

 既に一月近い時間を好待遇でおいてくれているだけでも破格の条件なのに、これ以上世話になるのも心が引ける。

 しかし、荀家の世話を抜ければ一刀は本当にただの人である。旅に出るにしてもここに留まるにしても、路銀やら身の回りの品やらそういった物の用意は誰かに頼らざるを得ない。

 それを稼ぐために荀家で下働きをする、というのもなるほど良い考えだと思ったが、それまで客人として扱っていた人間を下働きとして使うのはあちらも具合がよろしくないだろうと脳内会議で却下している。

 同様に、この街の中でも働くことは出来ないはずだ。荀家の客人であるというのは、街の人間の誰もが知っている。荀家はこの街の名家だ。そこで世話になっている人間を賃金を払って雇うことは出来ないだろう。

 いまだに荀彧の婿という噂が完全には立ち消えていないこともあって、そっちの線の方が絶望的なくらいである。

「大丈夫ってのはこっちの台詞よ。紹介状まで書かせて無様な真似してごらんなさい? 私の知識の限りを尽くして一生婿に行くことの出来ない、消えることのない傷を心に植えつけてやるから」

「滅多なことはしないよ」

 したくても出来ないからな、とは言わないでおく。物は言い様というのは荀彧と宋正の教えの中で理解した、現実でも直ぐに応用できる事柄の一つだった。要は屁理屈であるが、これを荀彧や宋正のような頭の良い人間がやると何者にも代え難い武器になる。荀彧がここは負けないと思った時は、たとえそれがくだらない口喧嘩であったとしても確実に勝利をもぎとって行くのだ。

 才能の無駄遣いと思わないでもないが、そういう時の荀彧は実に生き生きとしている。嗜虐的な笑みを浮かべている時の荀彧が、一刀の見たことのある表情の中で一番魅力的だというのは、きっと褒め言葉にはならないのだろう。宋正辺りならば賛同してくれるかもしれないが、それをここで確認するのは自殺行為である。

「でも北郷様が旅に出ると寂しくなりますわねぇ」
「そう? 私は清々するけどね。いつまでもこんな孕ませ男を屋敷においておいたら、私がいないのをいいことに、この部屋に忍び込んで口にするのもおぞましいようなことをするに違いないわ。猥本みたいに」

 口にしてからその光景を想像したのだろう、汚物を見るような目で荀彧はこちらを睨みつけてきた。してもいないことで罵倒されるなど日常茶飯事だから、睨みつけられたところでそよ風程度にも感じられない。

 一刀が平然としていると、荀彧は面白くなさそうに短く息を漏らし宋正に視線を送った。それを受けて今度は宋正がこちらに視線を向けてくる。

「……そろそろお暇することにします」

 本音を言えばもっと時間を共にしていたかったが、部屋の主に出て行けと言われたらそれに従わざるを得ない。

 むしろ、あの荀彧にしてはよくもこれだけの時間、男を部屋に入れたものだと感心するところだろうか。それだけ信頼されるようになった、と思えたら幸せだが、荀彧のこちらを見る視線にプラスの物が欠片でも混じっていると思えたことは今この瞬間を含めても一度もない。道は果てしなく、そして険しい。

「あまりお構いできなくて申し訳ありません」
「とんでもない。荀彧、お酒ご馳走さま」
「お礼なんていらないわよ、気持ち悪い。どうせ私のお酒じゃないしね」
「それでも部屋に入れて振舞ってくれたのは荀彧だろ? ならお礼は言わないとさ」
「……つまらないこと言うくらいなら、さっさと出て行きなさいよ」
「おやすみ、荀彧」
「おやすみなさいませ、北郷様」

 挨拶に答えたのは宋正だった。努めて視線をこちらに向けない荀彧に苦笑を浮かべると、その気配を悟られるよりも先に一刀は荀彧の部屋を後にした。









 














 

「お嬢様はお酒を召してもお嬢様なのですね……」
「言いたいことがあるならはっきりと言いなさいよ、功淑」

 目深に被った猫耳頭巾に下から殺気の篭った視線で睨み上げられて、自らの主張の正しさを理解した宋正は主筋の少女の将来を思って思わず溜息を漏らした。

 ここは荀彧の部屋で酒があり、彼女は酔っていた。そこに男を招きいれて、少しとは言え話をした。何か起こると考えるのは普通ではないだろうか。決定的なことよ起これと考えていたのは自分だけではないだろう。

 二人を取り巻く二人以外の人間全てが何かが起こることを期待し、また何かが起こると信じていたのだ。

 だが結果は宋正自身が見た通りだ。両方とも奥手という訳ではないようだが、お互いを意識しているのは間違いないのに、それが恋愛とは関係のないところにあり過ぎて、友人でも同志でも勿論恋仲でもない奇妙な何かに、二人の関係は変化しつつあった。

 男を遠ざける荀彧の感性は本物だ。そんな奇妙な関係と言えども、男性との縁が全くないよりはずっと良い。荀昆もふざけて一刀のことを婿殿と呼ぶことがあるが、彼女だって彼を本気で婿にと考えている訳ではないだろう。

 付き合う付き合わないは荀彧本人が決めるとしても、男性と全く触れ合えないというのは主義主張とはまた別のところで、人間として宜しくない。異性に関して常識的な感性を持って欲しいというのは現時点では高望みかもしれないが、一足とびに物事を成すことは出来ない。

 そういう意味で、荀彧の態度にも物怖じせずそれでもなお荀彧と関係を持とうとする一刀の存在は金銀財宝よりも貴重な存在なのだった。

 宋正の知る限り彼は、荀彧と自発的に関係を持とうとした人間の中で、縁が切れなかった記録の最長記録を更新し続けている。

 それは男嫌いの荀彧をして、もしかしたらと周囲の人間に思わせるのには十分だった。それも女性の方が仕官し旅立ちもう逢うことは叶わない、そんな状況なのである。それとない気配を感じたら消えて失せるくらいの配慮はあるつもりだったのに、そんな状況にはまるでならなかった。

 お互いが満足しているなら他者が口を挟むべきではない。それが大人としてのあるべき姿というのも解っているが、期待を裏切られたという事実は宋正を少なからず落胆させた。

 無論、荀彧は主で宋正は従者である。ここで何が起こり起こらなかったかを喧伝することは勿論ないが、何もなかったということは荀彧と一刀の態度を見ればアホでも察しがつくことだ。一生一人身のままかもと今までだって心配されていたのに、これから彼女が仕えることになる曹操は、女性を性欲の対象としてみる人間として有名である。

 身辺警護を任務とする親衛隊すら、全てが一級の容姿を持つ美少女で構成されていて、日によって閨を共にする人間を変えるという噂があるほどなのだ。今でさえ危うい感性の荀彧がそんな所に行けばどうなるのか、荀家の未来を思うと気持ちは暗くなるばかりである。

「それはそうと、北郷様も旅立たれるようですね」
「清々するわ。これで私も心置きなく、曹操様の元に旅立てるというものよ」

 杯に僅かに残っていた酒を啜る荀彧の瞳に、嘘偽りの色は見られない。間違いなくそれは本心からの言葉だろう。

 本心に違いない。違いないのだろうが……荀彧という少女を知っている人間は、彼女の言葉を額面どおりに受け止めない。良くも悪くも彼女は屈折した感性の持ち主だ。悪意を感じ取るのは簡単だが、その中にある欠片ほどの好意を感じ取るのは本当に難しい。

 宋正は自分を、その好意を感じ取ることの出来る数少ない人間であると自負していた。目をこらさねば見えないような欠片ほどの好意であったとしても、それが荀彧なりの精一杯であると思うと、愛しくさえ感じる。

 あの才媛が、と思わないでもないが、人間何か欠点があった方が親しみが持てる。自分を含めた人間関係に関してのみ途端に考えが回らなくなるこの少女は、きっと曹操の所に行っても愛されることだろう。

「北郷様に贈り物でもしてはいかがですか?」
「私にこれ以上、あの精液男と関係を持てって言うの?」
「北郷様の境遇を考えましたら、これが今生の別れということにもなりましょう。元より北郷様とお嬢様の縁は、北郷様がお嬢様の命を救ったことより始まっております。受けた恩は計り知れません」
「この家に招待したことで義理は果たしたわ」
「私もそう思いますけれど、お嬢様も近々曹操様に仕官するという大事な時期。私や奥様、家の者はお嬢様の気質、心根を存じておりますが民草はそうは思わないでしょう」
「誰が何を思おうと知ったことじゃないのだけど?」
「しかし、評判というのは馬鹿にしたものではありません。荀文若は不義理であるという噂が曹操様の耳に入らないとも限りませんでしょう?」
「……」

 荀彧は黙して語らないが、憎々しく歪んだその表情が心中を語っていた。面倒くさい、であるとか精液男のために……という思いが、荀彧の中を駆け巡っているのだろう。それと同時にそうすることでどれだけ自分の益になるのかも冷静に計算している。

 その結果は直ぐに出た。

「今から蔵は開けられる?」
「では、やはりアレを贈られるのですね? 功淑もそれが良いのではと思っておりました」
「……貰い物をまた贈るのは、礼儀に反するかしら」
「良いのではありませんか? お嬢様は死蔵されていたのですし、北郷様がお使いになった方がアレのためにもなるでしょう。ただ公達様がお嬢様の就職祝いとして贈られた、という来歴を考えると、北郷様はしり込みしてしまうかもしれませんが」
「黙ってれば孕ませ男には解らないわよ。何があっても由来を話さないよう、家人やお母様にも伝えておいてちょうだい」
「お嬢様の仰せのままに」





























 一刀の旅立ちはあっさりと認められた。一応引き止められはしたが、旅に出たいと強く主張したら、荀昆もそれ以上は言ってこなかった。

 旅立つ一刀のために荀家でささやかな祝宴が開かれる。世話になった警備隊の面々は一刀が旅立つことを惜しんで餞別までくれたが、相変わらず荀彧が姿を見せないことに気づいて宋正に訪ねると、彼女は苦笑を浮かべるばかりだった。

 気分が優れないので部屋で休んでいるという。あの荀彧の気分が優れなくなることがあるとはどうしても思えないが、本人がそう言っているのならそれを信じた風に見せるより他はない。

 祝宴は夜通し続くということもなく、日付が変わる前にはお開きとなり、一刀は一人でおよそ一月の間使い続けた客間で眠りについた。

 翌日、荀家の護衛をつけて昼過ぎに旅立つ荀彧に先立って、荀昆の手配してくれた商隊の世話になって旅立つこととなった一刀は、荀家の正門前で見送りを受けていた。

 見送りに出ているのは現在の家長である荀昆と、使用人を代表して宋正、警備隊を代表して侯忠、それから仏頂面をした荀彧である。これからすぐに旅立つということで、荀彧はいつになくめかしこんでいたが、呼吸するように舌打ちでもしそうなその表情は一刀の心を安心させた。

「長い間お世話になりました、荀昆殿」
「お世話など。北郷様さえよければ、いつでも当家にお越しくださいな」

 穏やかに微笑む荀昆に頭を下げ、侯忠、宋正にも別れの挨拶を告げる。気配を感じると、正門の影から警備隊の面々がこちらを覗いているのが見えた。一礼すると、彼ら彼女らは微笑んで踵を返した。

 代表して侯忠が見送りにしたということで、警備隊の面々は今も仕事中である。本来ならばここに顔を出すのも職務規定に違反することになるのだろうが、それでもこうして顔を見せに来てくれたことに、感謝の念が堪えなかった。

「……」

 最後に一刀が立ったのは、荀彧の前だった。別れの挨拶をするだけ。ただそれだけのはずなのだが、これが今生の別れになると思うと、一晩考えた言葉も上手く口から出てこない。

 一刀が何も言えずにいると、荀彧は無言で袱紗を差し出した。受け取れ、ということだと解釈した一刀は、おっかなびっくりそれを受け取る。手にはずっしりとした重量感が伝わった。

 これは何だと視線で問うと、荀彧はぷいと視線を逸らした。助けを求めるように見送りに来てくれた荀家の面々に視線を送るが、彼女らはわざとらしく視線を逸らすばかりに何もしてはくれない。

 溜息をついて、一刀は袱紗を解き中身を取り出した。

 手にした時の重量から何となく察しはついていたが、中から出てきたのはやはり剣だった。地味な拵えの鞘から抜いて、刀身の一部を日の光に晒して見る。

 訓練で使っていた刃を潰した剣も、一度見せてもらった侯忠の剣も銀色の光を放っていて美しいとすら思ったものだが、両刃で少しだけ短く感じるこの剣はどちらかと言えば黒ずんで見えた。美しさで言えばそれらに勝るとはお世辞にも言えないが、鈍く光る刀身は一刀に言いようのない威圧感を与える。

 業物であるかどうかは解らないが、鈍、数打ちでないことは一目で理解できた。少なくとも悪い剣ではないだろう。

 荀彧に相変わらず言葉はない。まさかこれを見せにきただけ、ということはないだろうから、これは餞別ということになるのだろう。見送りに来てくれるとも思っていなかった身としては、無言の餞別と言えども言いようもなく嬉しい。

「……笑わないでくれる? あんたの笑顔って気持ち悪いから」
「それは酷いな。でも、餞別ありがとう。大事にするよ」
「剣を持ってても、あんたの腕じゃどうしようもないでしょうけどね。でもないよりはマシでしょうから精々使い潰してやりなさい。まぁ、私はあんたみたいな精液男が何処でのたれ死んでも構わないんだけど」
「なら、期待を裏切らないようにしないとな」

 荒事に関わって生き残って見せるとも、荒事を避けて無難に生きるとも、どちらとも取れる答えである。勿論、一刀は後者のつもりでそれを口にした。自分の腕前などたかがしれているし、荀彧のような志があるでもない。

 無駄に力を振るうよりは、危険が差し迫った時に自衛するだけの方が、この乱世だ。生き残る確率は高くなるだろう。

 そういう考えだったのだが、荀彧は前者というように受け取ったらしい。一気に沸点を越えた彼女の感情は、それが当然であるかのように爪先で一刀と脛を打ち据えさせた。

 痛みに蹲る一刀にそれだけで射殺せそうな視線を送ると、荀彧は足音も高く門の置くに消えた。一刀の耳に小さな笑い声が届く。笑っているのは宋正だった。

「今のはいただけません。お嬢様と相対する時には、言葉に気をつけませんと」
「いや、今の俺にはそこまでは……」
「殿方でそこまで、というのは素晴らしいことですよ。自信を持ってよろしいのではないかと」
「だといいんですがね」

 宋正は褒めてくれるが、他の例を一度も見ていないだけに荀彧とどれだけの友好関係を築けたのか把握できない一刀だった。顔も見たくない声も聞きたくない、という最低の線よりは上にいるようだが、友人であるかと言われると首を捻らざるを得ないし、恋人には間違っても見えないだろう。

 少なくとも一刀の感性ではそうなるのだが、荀家の面々の自分たちを見る生暖かい視線はそれ以上を期待しているようで、時折不気味だった。

 その荀家の面々の中で最もそういう期待を抱いていたであろう宋正の笑顔に見送られながら一刀は踵を返した。

 行く宛のある旅ではない。

 ただ、黄巾賊はここから見て北に集結しているというから、旅に出るならばそれを避けるように西へ、南へ行くのが良いと言う荀昆の言葉に従って、そちらに向かう商隊に混ぜてもらうことになった。

 何が知れるか、何が出来るのか。

 荀彧の言う、グズで察しの悪い精液男には解らないが……

 新しい場所に行ける。その事実は、ここが何処とも知らない異世界であっても、一刀の心を高揚させるのだった。











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