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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:00
 木簡の紐を閉じて、風は一息ついた。

 朝議の時間が迫っている。既に準備は整っていたが、それでも風の心は落ち着かなかった。

 椅子から降り、部屋をたたた、と横切って姿見の前に立つ。小柄な身体が全て映る大きさの、特別に取り寄せた鏡だ。

 鏡に映る自分の姿を見て、そっと髪を手で梳いてみる。生まれた時から変わらない髪はくるくると巻いていて、櫛の通りは良くない。それでも稟などには羨ましがられるのだが、手入れの手間を知っている風は逆に稟のようなまっすぐな髪に憧れるのである。

 だが、最近はこんな髪も悪くないと思えるようになってきた。懐から櫛を取り出し、ゆっくりと梳いていく。髪を梳いている間は、ただの風でいられる。軍師であることを忘れて、詮無いことを考えることができた。仕事から離れ、自分の考えたいことだけを考えると、風の頭に浮かんでくるのは一刀のことだった。

 櫛を放り投げて、寝台に飛び込む。そのまま身体の熱を誤魔化すようにごろごろごろ。寝台の端まで行ってぴたりと止まる。まだ身体は熱いままだった。今度は反対側へごろごろごろ。またも華麗に――止まることはできなかった。小さな身体は勢いをつけて、そのまま床に落ちる。

 決して小さくない音が部屋に響き、風の息が詰まった。ごほごほ咳き込みながら起き上がり、再び鏡の前に立つ。髪に埃はついていないか。くるりと回って確かめる。金色の髪がふわりと揺れる。まだ身体は地味に痛いが、そんなことは気にしない。姿形が決まっているか。鏡の前に立つ女が気にすることなど、古今東西ただ一つだった。

 隅々までチェックした風は、満足そうに微笑む。準備完了。手早く荷物を纏めて、部屋を出る。
 
 部屋の戸を開けると、すぐ横に人の気配。見上げると、そこに一刀がいた。白いキラキラした服に身を包んだ彼は、風の視線を受けて気まずそうに目を逸らした。女性の部屋の前で待ち伏せるのは、あまり格好の良いことではないということは理解しているのだろう。約束があればまた違ったのだろうが、風にそんな心ときめく約束をした覚えはなかった。一刀は一刀の意思で、この部屋の前に立っている。それをかみ締めるように心の奥に飲み下すと、風の中に堪らない優越感が広がった。

 一刀はあの日からずっと、これを繰り返している。あの日よりも大分危険度は下がったのに、それでも、いてもたってもいられないらしい。よりによって文官に幹部が人質に取られたことを受けて、北郷軍の幹部には護衛がつくようになった。仕事場としている州庁にも、信用の置ける歩哨を何人も立てている。当然、風の身辺にも警護がついていた。静里が選んだ信頼のできる人間である。一刀がいても、彼らは離れた位置で自らの職務を真っ当していた。それを示すように風は彼らを見て、再び一刀に視線を戻す。

 何しにきたんですかー? ちょっと意地悪な質問だ。一刀は決まりの悪さを覚えたようだが、それでも視線は逸らさなかった。自分を曲げないという意思表示だ。自分がいたところでいざという時、どれほどの力になれるか。自分の武が大したことはないと一番理解しているのは一刀本人である。それでも尚この場にいるのは、彼の男としての意地だろうか。

 女の身である風に、それは解らない。

 だが、自分のために心を砕いてくれる男性を見るのは悪い気分ではなかった。

 それが自分の人生をかけると決めた、愛する男性ならば尚更だった。風の顔に華やいだ笑みが浮かぶ。飛び込むようにして、一刀の腕をとった。腕に頬を押し付けると、途端に一刀は困ったような顔で、護衛に視線を向けた。生真面目だが話の通じる彼らは、数歩離れてくれる。

 朝議に向かうまでの僅かな時間。一刀を独占できるこの時間が、今の風の宝物だった。

 歩きにくそうにしている一刀も気にしない。そのくらいの我侭を言う権利は、自分にもあるだろう。

 何しろ自分の胸で子供のように泣かれてしまったのだ。これはもう、一生をかけて面倒をみてやるより他はない。全身全霊をかけて、一刀を支える。

 それが風の、全てだった。
 















「さて。恋人気分で登場した大将を迎えたところで、朝議を始めようか」

 風と腕を組んで入場した一刀を迎えたのは、灯里の笑顔だった。絵に描いたような爽やかな笑みだったが、それだけに胡散臭い。言ってやりたいことは山ほどあったが、それはあえて呑み込むことにした。言葉を操る軍師を前に、凡人ができることなど何もない。それになりより、恋人気分で重役出勤したのは事実だ。

 会議室に入るまで一刀の腕に取り付いていた風は、部屋に入ると同時にぱっと腕を離し、自分の席に座っている。二つ離れた席に座っている雛里がすました顔の風を見、さらに一刀の顔を見た。むくれている。何とも悔しそうな顔をした雛里をできる限り見ないようにしながら、一刀は自分の席に腰を下ろした。会議室の中央にある円卓。その上座が一刀の席だった。一刀の右は空席となっており、そこが稟の席である。右隣が雛里の席で、風は一刀の左隣だ。

 明確に決まっているのはそれだけで、後は各々が好き勝手に座る。今朝の朝議に参加することになっているのは、一刀を含めて六人である。その全員を確認するためにぐるりと辺りを見回して初めて、一刀は霞がいないことに気付いた。

「霞はどうした?」
「ついさっき丁原殿から早馬がきてね。それが彼女の知己だったようだから、迎えを頼んだんだ」
「何か向こうで良くないことでも起こったのか?」
「逆じゃないかな。稟の戦運びは怖いくらいに嵌っているようだし、それに丁原殿の部隊に恋が加わればもう怖いものはないよ」
「だといいんだけどね……」

 一刀の言葉はキレが悪い。恋に霞が加わり、ねねや賈詡が指揮していた董卓軍を連合軍が撃破したのはもう二年も前の話であるが、一刀の心には強く刻みこまれている。力あるものも、負ける時は負けるのだ。

「心配性だね、君は」

 そんな気持ちが顔に出ていたのだろう。灯里は努めて大げさな身振りで応えた。その配慮に感謝しながら、一刀は椅子に背中を預けた。

「霞が戻ってくるまでに、やれるだけのことはやっておこう。まずは静里」
「はい、先輩」

 灯里に指名され、無駄のない所作で静里が立ち上がる。情報担当である彼女は主な仕事は情報収集であるが、その操作も行っている。民衆がこちらに対して良いイメージを持つよう部下を使って工作するのだ。既に多数の部下が街に溶け込んでおり、現地の人間にも協力を仰いでいるという。

「州牧派を追い込むように工作していた訳だが、その効果が昨日深夜に出た。州牧の一家が夜逃げしたらしい」
「ほんとか!」

 口にしてから間抜けな質問だと後悔した。案の定、静里ははっきりとアホを見るような眼で見てから、言葉を続ける。

「屋敷はずっと監視していたからから間違いない。金目のものを纏めて、傭兵の一部を護衛として州都を出たようだ」
「随分早いな。もっと粘るもんだと思ってた」
「それだけあちらの懐事情が厳しいってことだろう。僕らが考えているよりも、南の袁家は旗色が悪いようだね」

 灯里の捕捉に静里が頷く。南の袁家というのは言わずとしれた袁術を代表とする勢力である。先の連合軍では頭数の上では中核をなした勢力であるが、今は孫策率いる孫呉と大戦を繰り広げていた。

 戦を始めたのは最近の話だが、孫策の勢いは凄まじく既に袁術を捕らえたという情報もある。

 その正確なところはいまだに伝わっていない。

 何しろこの時代、距離は大きな壁である。情報一つを得るのにも、色々なものが必要になるのだ。一刀も静里の部下を使うことで多くの情報が集まるようになってきているが、それでも南部の戦模様についてはほとんど情報を持っていない。

 孫策については知らない仲ではないし、あちらには少なからぬ恩のある思春がいる。気にならない訳はないのだが、集める情報にも優先順位がある。遠くの情報にばかりかまけて近場の情報を疎かにするような真似は、流石の一刀にもできなかった。静里の部下は優秀だが、数はそれほど多くはない。今は州都の情報操作にほとんどの力を割いている現状である。外の情報については、ゆっくりと集めるより他はなかった。

「今は屋敷の調査を行っているが、検分したいようであれば都合をつける。どうする?」
「後でで良いだろう。夜逃げしたのが間違いないなら、今はそれだけで十分だよ」
「わざと逃がしたのはどうしてですかー?」

 質問するのは風である。静里が置いておいた資料に目を落としがらの発言だが、その緩い口調には幾分責めるような調子が含まれていた。それを敏感に感じ取った静里は僅かに不快そうに眉を潜めるが、小さく息を吐くことでその怒りをやり過ごした。視線に力を込めて、静里は風を見る。

「再起を図らんとする意思はそれほど感じられなかったが、諦めの悪い連中が担ぎ出す恐れがあった。民意はこちらで操作をしているつもりだが、外部から戦力を引き込まれたらこちらの戦力だけでは対応しきれない可能性がある。外に出てくれるなら、とりあえず問題は先送りだ。外部で戦力を調達し、外部から攻めてくるならある程度準備が必要だし、その間にこちらは戦力が整う。見逃すのは悪くない判断だと思うが、どうだね、軍師殿」
「良いのではないでしょうか。風でもそうしたと思います」

 風はぱたりと資料を円卓に置き、椅子に座りなおした。小柄なので椅子に深く座ると足が床から浮いてしまう。ひらひらと足を振っているのに何となく気付いてしまった一刀がその足を目で追ってしまう。丈が長いのでチラリズムは期待できないが、それでも目線がそこに向くのは男の性だろう。

 バレないように見ていたつもりだが、風は一瞬でそれに気付いた。下から覗き込むようにして見上げてくる風に、一刀は慌てて目を逸らした。会議中、会議中、と心の中で唱えながら、発言者の静里に視線を戻す。それまでのやり取りを追っていたらしい静里の目が『いちゃつくなら後にしろよ……』と言っていた。寛容な灯里と違い、色事について静里は否定的だ。最近富にスキンシップを好むようになった風とは衝突が続いている。今朝も風の態度に随分とイライラとしている様子だったが、灯里と雛里という二人の先輩の目があるためか、声を荒げるようなことはしなかった。

 うん、と大きめの咳払いをする。気持ちを切り替えた静里は、いつもの顔に戻っていた。

「屋敷の権利は押さえる方向で動いてる。『次の州牧』に使ってもらうってのが現実的な案だが、とりあえずは様子見だな。後、持ち出せる範囲の金目の物は全て持ち出されていたが、家財道具はほとんど残ってた。売ればそれなりの金になるだろう。今見積もりを出させてるから、それができたら全員で目を通してくれ」
「ねねがいれば嬉々として処理してくれるんだろうけどなぁ……」

 財務担当のねねは、今は自分達の本拠地にいた。仕事をきっちり分けていたせいか、他の業務に比べて財務関係の処理が遅れていた。それでも優秀な人材が揃っているから、州牧時代に比べると格段にスムーズに組織は運営されている。それでも、と思えるのは贅沢な悩みだった。

 とは言え、ないものねだりをしてもしょうがない。それにこの上さらに仕事を任せるようなことになれば、ねねは容赦なくキックを見舞ってきそうだ。今は遠い場所にいる仲間のことを浮かべながら、一刀は朝議に意識を戻した。

「おまっとさん」

 会議室の扉を勢い良く開けて、霞が入ってくる。下駄のからころという音に今日は見ない顔が付き従っていた。肩口でばっさりと切られた黒髪に、快活そうな瞳。霞や恋のような、素人目でもわかるような強そう感を持っている訳ではなかったが、霞の信頼を得ているのであろうその雰囲気に、一刀は彼女がそれなりの武人であることを察した。

 霞が部屋を行き、自分の席にどっかりと腰を下ろす。少女はそのまま歩き続け、一刀の前に膝をついた。

「はじめまして、北郷殿。私は高順。丁原の部下です。お会いできるのを楽しみにしておりました」
「ご丁寧に。俺は北郷一刀。北郷は姓で……っていうのは聞いてるかな。遠いところ良くきてくれた。丁原殿からの急使ということだけど、戦況はどうなんだ」
「国外での初戦は大勝。その後大姉さん――呂奉先の部隊との挟撃により大打撃を与えることに成功しましたが、中核の部隊はそれでも逃げに逃げました。しかし、合流してくれた黄忠殿の部隊の協力により、殲滅に成功。現在は捕虜を連れ、この州都に向かっております」
「その、黄忠殿ってのは?」
「并州の太守の一人で、丁原殿とも付き合いがあった方ですねー。協力するという話は聞いていませんでしたが、風たちに流れが傾いたのを察して協力に踏み切ってくれたのでしょう」
「勝ち馬に乗っておこうってことか?」
「強かでいいじゃないか。時流を見る眼を持った人が協力してくれるって言うんだ。僕らに断る理由はないだろう?」
「それはそうだけどさ……」

 危ない橋を渡った身としては、最後にやってきて美味しい所を持っていこうというそのスタンスに煮え切らないものを感じるのである。かと言って、協力してくれたのは事実なのだ。この期に及んでも日和見を決めこんでいる人間がいることを考えれば、最後の最後とは言え部隊を動かしてくれたのはありがたい話である。

「稟はどうしてる?」
「現在は丁原より本隊の指揮を任されております。大姉さんが護衛についておりますので、ご安心ください」

 高順は当たり前のことのように言っているが、丁原と浅からぬ仲の恋が一緒にいるとは言え、一協力者に過ぎない稟に本隊の指揮を任せるというのは普通はできないことだし、周囲もそれを受け入れないだろう。

 しかし、そのことを話す高順はそれを受け入れている様子である。丁原や彼女の懐が特別広いのだろうか。一刀が疑問に思いながら高順を見つめると、彼女は笑いながら切り替えした。

「郭先生のことは皆が認めています。実力のある軍師に対しては大きな敬意を持って接するようにと、日頃から丁原に言われておりますので」
「僕も良くしてもらっているしね。稟が不当な扱いを受けていないことは改めて保障するよ」

 高順の言葉を灯里が笑いながら捕捉する。丁原軍に身を寄せている彼女が言うのだから間違いはないだろう。そも、人を見る目に優れた恋がおかんとまで慕う人物である。会ったことはないが、丁原というのが所謂良い人であるのは確信が持てていた。

 稟の扱いについて不安を持っていた訳ではないが、それを捕捉するようなことはしなかった。言葉にすると、非常に言い訳じみている。それが頭の回転の早い軍師たちを前にしては、命取りだった。特に風は最近調子が良く、一刀の言葉を良く捕らえては話を広げようとする傾向がある。

 話に付き合ってくれるのは良いことだ。一刀も風のことは大事に思っているし、男であるから美少女と会話するのは楽しくない訳ではないのだが……

 ちらりと横を見る。『たまたま』こちらを見ていた風と目があった。風はにこりと微笑む。何か良くないことを考えている時の『ふふふー』ではなく、普通の、思わず見とれてしまうような、邪気のない笑みだった。これではまるで普通の美少女である。見ていて心は安らぐものの、これまでの風を知っている一刀はどこか落ち着かない。壮大なからかいのための布石なのではないかと、心のどこかで疑ってしまうのだ。

 風が知ったらそれこそ全力で逆襲に打ってでそうなことを顔に出さないように気をつけながら、一刀は曖昧な笑みを浮かべて高順に視線を戻した。

「稟が本隊を指揮してるってことは、丁原殿はこちらに向かっているのかな」
「はい。黄忠殿の本隊とこちらに向かっております。本人は私と一緒にきたかったようなのですが、黄忠殿も武に優れた方とは言え、我々ほど馬術には精通しておられませんので……」

 高順の顔に、若干苦々しい色が見える。黄忠の技術が足りないせいで、時間が押している。簡潔に言葉にするならそういうことだ。

 一刀は良く知らないが、黄忠は并州太守の一人である。遅れた参戦とはいえ、立場の上では丁原と同格だ。時間が勿体無いからとそれを置き去りにして先に行くことは、できるはずもない。高順もそれは理解しているのだろうが、丁原の流儀を他人のせいで押し通せないこの状況にもどかしいものを感じているらしい。霞ならば不本意な状況であっても顔に出さないくらいのことはできるが、それでも顔に出てしまう、というのはそれだけ彼女の経験が浅いということかもしれない。

 短所というのもバカらしいくらいの小さな特徴であるが、第一印象『良い子』である高順の内面を見れたような気して、一刀は密かに喜びを感じた。

「丁原殿の到着の予定は?」
「遅くとも夕刻には」

 急な話である。高順が一人で先行しているのだから、どんなに早くても明日、と勝手に思っていた一刀には寝耳に水だった。

「今日の予定は全て『きゃんせる』する必要がありそうですねー」
「うん。丁原殿を迎える準備をしなければいけないね」

 風と灯里は早速午後の予定を組みなおし始める。静里は急な予定の変更にぶつぶつと文句を言っているが、それが重要な仕事というのは理解している。嫌々という顔を崩してはいないが、きっちりと話には参加し、意見を出していた。話にあぶれた形になったのは雛里と一刀、それに霞である。どちらかと言えば文官寄りの一刀だが式典に関しては言われたことを実行しているだけなので、企画の段階ではすることがない。軍師として優秀な雛里であるが、式典などの知識にはあまり通じていない。風や灯里などが既に参加しているのであれば、いる意味すらなかった。武官の霞はいわずもがなである。

 どうすれば、と動きを止める雛里を一刀がひょいと抱えあげた。わっ、と思わず声を挙げた雛里を膝に抱えると朝議は終了と判断し世間話のためによってきた霞に身体を向ける。妹分である高順も一緒だった。

「うちのオカンにそんな気ー使わんでもええで?」
「そういう訳にもいかないんだろ。俺としてはお言葉に甘えたいところではあるけどな」

 やっておいた方が良いこと、というのはどこにでも存在するのだ。聞き及んだ丁原の性格からして特別に歓迎の催しをしなかったところで気にもとめないだろうが、人を率いる立場にあって何もしなかったとあっては、一刀が稟に怒られてしまう。稟の顔を見るのも久しぶりだ。ぷりぷりと怒った顔を見るのも、それはそれで楽しみなのだが……喜んで怒られていると思われたら、対外的にコトだ。

 視界の隅で揺れる雛里の髪を一房つまんで見る。長いのに、良く手入れされていた。軍師として忙しい仕事をしていても、やはり女の子なのだなと感心すると共に、膝の上で縮こまる雛里の頭の上に顎を乗せる。巨大なぬいぐるみを抱きしめるようないつもの体勢だった。

 いい年をした男が見た目幼女を抱きしめている。

 事実だけをを見るならば明らかに犯罪だった。高順は文句こそ口にしていないが『良いのですか?』と視線で霞に疑問を投げかけている。だが霞にとってはいつものことだ。ええんやないのー、と答えるその顔には笑みが浮かんでいる。可愛い少女が悶える様を眺めるのは、霞の大好物なのだ。

 ちらりと視線を風に向ける。以前は雛里を贔屓すると『ふふふー』と微笑み、ちくちく刺すような視線を向けてきた。今日もそうなのだろうか、と見るとちょうどこちらを見ていた風と視線が合った。風は一刀の顔と雛里を見比べて、ふっと小さく微笑みを浮かべた。全身から余裕のにじみ出た大人の笑みだった。子供のような見た目は相変わらずなのに、風の身体が一周りも二周りも大きく見える。

 一刀にはその意味が解らない。理解ができないまま風を見つめていると、胸にどすんと、小さな衝撃が走った。膝の上に乗った雛里、その渾身の頭突きである。自分を無視するなとばかりに一刀椅子に深く座り直した雛里の幼い顔は、内心の苛立ちを表すかのようにむくれていた。カリカリしている稟の穴を埋めるように、最近何だか雛里がむくれることが多いような気がしてならない。

 怒らないでくれよ、と心の中で念じながら、雛里の頭をそっと撫でる。そこまでして、雛里はようやく身体の力を抜いた。にゅふー、と借りてきた猫のように大人しくなる雛里と、そんな雛里に目を輝かせる霞には関わらないことにしながら、高順に目を向ける。

「まぁ、バタバタしててお構いできないけど、使いで疲れただろう。部屋を用意するからゆっくり休んでくれ」

 女の機嫌取りよりも後回しにされた高順は、呆れた様子で溜息を漏らした。信頼とか期待とか、そういったものが溜息と共に体外に流れていくのを、一刀は感じた。

「お構いなく。これくらいでへばっているようでは、丁原の元で働くことなどできませんから」

 快活に応える高順に疲れた様子は見えない。馬に乗るというのは見た目以上に疲れるものだ。それを、精強で鳴らす丁原の騎馬隊をちぎって先行したというのに、これである。恋といい霞といい、常人には想像もつかない神経をしているようである。

「稟は大丈夫かな」

 自分に厳しいことでは他の追随を許さないが、稟は文官である。戦場にあって本陣で指揮をするだけならばまだしも、騎馬の中に混じって移動する様を想像するのは難しかった。決して運動オンチではないものの、馬術に関して言えば一刀の方がまだ上手いくらいだ。

「郭先生は中々筋がよろしいですよ」

 くすくす、と高順は笑っている。本心からそう思っているようだが、言葉の裏に何かあるのを一刀は感じ取っていた。

「ですが、しきりにお尻を気にしておいででした」
「せやろなー。うちらに付き合ってたら、普通はそうなるもんや」

 慣れない人間が馬に揺られ続けると、そうなるのである。一刀も馬に乗り始めた頃は良く尻を痛めたものだ。最近はそういう痛みとはご無沙汰だったが、それを軍師であるところの稟が味わうことになるとは想像していなかった。

 何故私が……と稟が思っていても不思議はない。こちらに戻ってきた稟はきっと、いつにもまして眉間に皺を寄せていることだろう。イライラしている稟の姿を想像して、あぁ、これこそが稟だ、と安心感を覚える一刀であるが、雷を落とされるのが自分とは限らない。善良な雛里辺りがとばっちりを受けたら流石にかわいそうだ。愛らしい見た目相応に、雛里は肝が小さいのである。

 稟にはことさら優しくしようと一刀は心に決めた。

「でだ。丁原殿と一緒に来るらしい黄忠殿ってのはどんな人なんだ?」
「ウチは会ったことないなぁ」

 霞は興味なさそうに首を横に振る。

「私はこちらに立つ前にお会いしましたが……」

 高順は視線を宙に彷徨わせて言葉を捜すが、どうにも上手い言葉が見つからない。うーん、と唸る高順を見て、霞がぽつりと呟いた。

「エロい?」
「……小姉さん、私はその言葉を存じ上げませんが、私が言おうとしていることに合致していることは何となく察しがつきました」
「そか。ウチの勘も中々のもんやな」
「会ったことないんじゃなかったのか?」
「知らんとは言うてへんやん。噂には聞いとるで。巨乳美人の未亡人で天下四弓の一人やって」

 天下某という武人の心をくすぐる単語が出てきた割に霞の声が平坦なのは、彼女自身があまり弓という武器を好んでいないからである。馬に乗って敵陣に突っ込み、敵兵を斬る。霞や恋が好んで用いるのはそういう単純な戦法だった。

 それでも、弓が不得手という訳ではない。北郷軍で弓が得意と言えば要であるが、霞の腕はその要に並ぶほどであり、恋に至っては要を遥かに上回っている。その事実は要をそこはかとなく打ちのめしたが、当の霞は才能という点だけで見れば要は自分達を凌駕しているという。今のこの結果は、単純に修羅場を潜った数の差であると。

 その言葉に要はあっさりと自分を取り戻したが、才能を凌駕するだけの経験を積んだ人間を、その人間が生きている間に追い越すことができるのだろうか、と気にせずにはいられなかった。今日も要は会議には出席せずに熱心に弓の鍛錬に励んでいた。努力は報われてほしい、とは思うが……その先は気にしないことにした。

「要の良い刺激になれば良いな、その人。弓の指導とかしてくれないものかな」
「なんや。巨乳美人ってのには食いつかんのか」

 アテが外れて残念そうな霞の顔を見て、一刀はふふん、とわざとらしく勝ち誇った。

 確かにこの世界に来る前ならば、飛びついていただろう。巨乳という単語が男の心の惹きつけない訳がないのだから。

 しかし、連合軍での戦いが一刀の心を強くした。何しろ乳のない人間は出世できないと言わんばかりの首脳陣である。最初は一刀もこれ見よがしなおっぱいに内心で喜んだものだが、慣れとは恐ろしいもので『そういうものだ』と思ってしまうと喜びこそすれ興奮はしなくなっていくのだ。最後には同席していても、視線を向けないで済むようになった。男としての成長を感じた瞬間である。

 最近は色々な意味で周囲が平坦であったためその境地も忘却の彼方に行きつつあったが、その試練を乗り越えたという事実が一刀を無駄に前向きにしていた。自分ならば乗り越えられる。そんな自信のにじみ出た一刀を見て、高順はほぅ、と溜息を漏らした。

 感嘆と諦めが混じったような、そんな溜息である。

「だと良いのですがね……」

 小さすぎる高順の呟きは、誰にも聞こえることなく、空気に消えた。
















 「……」

 今更人の見た目で衝撃を受けることなどないと思っていた一刀はやってきた丁原と黄忠を見て絶句していた。

 それだけ、二人の容姿は際立っていたのである。

 まず、丁原だ。

 一刀が見上げるほどに大きい。190に近い長身である。武人らしい筋肉はついているが、それでも大柄という感じはしなかった。『女丈夫』という言葉がこれほど相応しい女性を一刀は他に知らなかった。強そう感だけで言えば、恋よりも遥かに強そうに見える。恋や霞が『おかん』と慕う理由が解る気がした。ともすれば男にも見えかねないこの女性を見て、頼りにならないと思う人間はいないだろう。

 そして、黄忠である。

 匂い立つような色香というのは、こういうことを言うのだろう。薄紫のチャイナドレスに包まれた身体は今まで見てきたどんな女性よりも豊満で、足には深いスリット、胸元はこれ見よがしに開いている。凝視するのは失礼だとわかっていても、視線を向けずにはいられなかった。ちらちらと。何度目か視線を向けた時に、黄忠本人と視線が合ってしまった。気まずい表情を浮かべる一刀に、黄忠は嫣然と微笑み返した。

 自分がどういう目を向けられるかを完全に理解し、それを受け止め、その上で楽しんでいる風である。大人の女性というのはこういう人を言うのだと、一刀は遅まきながら理解した。

(世の中広いんだな……)

 心中で呟く。それにしても嬉しい誤算である。じろじろ見ても許してくれそうな女性ではあったが、あまり鼻の下を伸ばしていると明日から居場所がなくなってしまう。

 ごほん、と咳払いをして気持ちを切り替える。後ろ髪を引かれる思いはあったが、北郷一刀はこの軍団の代表なのだと思い直し、数歩前に出た。

「北郷一刀です。遠路、ご苦労様でした」

 挨拶と共に握手を求め、右手を差し出す。その手を意に介さず、丁原はじっと一刀を見つめた。身長差があるので、見下ろすような形になる。凄みのある顔立ちに、長身。威圧感は凄まじいものがあった。早速何か粗相をしたのか、一刀が内心で焦っていると、丁原は小さく息を漏らした。

「もう少し大柄な男を想像してたんだが、そうでもないな」
「強そうに見えない、とは良く言われます。武人として名高い丁原殿には、物足りないかもしれませんが」
「いや、すまん。つい俺の部下として、と考えちまった。男はデカけりゃいいってもんでもない。恋や霞がコレと見定めたんだし、間違いってことはないだろう」

 頭を下げると改めて、丁原は笑みを浮かべ一刀の腕を握り返した。

「俺が丁原だ。字は建陽。面倒を押し付ける形になっちまったが、良くやってくれた。本当に感謝してる」
「丁原殿が州牧軍を引き付けてくださったおかげです。それに仲間も良くやってくれました。俺の力など微々たるものですよ」
「頭はお前だろう? 全部自分の手柄っつーのは良くないが、仲間に全てを与えちまうのも良くない。もっと堂々としろ、とは奉孝も良く言ってたぞ」
「ええ、良く言われます。稟はどうでしたか?」
「うちの連中は頭の回るのが少ないからな。奉孝には良く助けられた。ここまで州牧軍に快勝できたのは、奉孝がいてくれたおかげだと思ってる」
「本人にそう伝えてあげてください。きっと、稟も喜ぶと思います」
「もう何度も言ったよ。それに、あれもお前さんに言われた方が喜ぶだろう。毎日毎晩、お前さんの話をしない日はなかった。愛されてるな、北郷」

 にやり、という笑みは肉食獣のようである。見た目を裏切らないワイルドさに、一刀は苦笑を浮かべる。

「そろそろ私もお話に混ざっても?」

 黄忠が笑みを浮かべながら、身体を寄せてくる。間近で見ると、凄い迫力だった。思わず下がりそうになる視線を誤魔化すために、あさっての方向を向く。視界から排除しても、女性らしいえも言われぬ香りが一刀を襲っていた。頭がくらくらするが、ここでキョドるとこれ以降完全に主導権を握られることになる。初対面でそれは、軍団の代表としても男としても格好悪い。毅然とした態度というのはもう無理としても、せめて最後まで取り繕わなくては。

「失礼しました。北郷一刀です。姓が北郷で名が一刀。字はありません」
「黄忠。字は漢升と申します。この度は活躍されたようで」
「いえ。俺の力など大したことはありません。仲間が良く働いてくれた、その結果です」
「謙虚な方ですこと。殿方には珍しいですわね」

 嫣然とした微笑に、頬が熱くなる。ヤバい。存在そのものが、果てしなくエロい。

「立ち話も何でしょう。どうぞおかけください」

 テンパってしまった一刀を援護したのは、灯里だった。丁原とも知らない仲でない彼女に進められ、丁原と黄忠が席につく。丁原たちが上座で、一刀たちはその反対である。形の上では対等な同盟であるが、戦力差を考えるとそれは当然の配慮だった。

「それでは、ご説明させていただきます」

 司会進行は風である。朝議で確認した州都の状況が詳細に丁原と黄忠に伝えられていく。二人は風の言葉を黙って聴いていた。その説明が終わると、重々しく丁原が口を開く。

「で、どうしたら良いと思う」

 軍師たちを見回しての言葉だ。丸投げである。何か考えがあるがまずは軍師の言葉を聞こう、という風ではなかった。そんなことで良いのかと思う一刀を他所に意見を求められた軍師を代表して、風が口を開く。

「早急に州牧の代行を立て、業務を円滑にするのが良いのではないかと。既にいくつか、処理できない案件が溜まっていますので」
「こっちで代行を立てて大丈夫か? 州都内の州牧派はどうだ?」
「その辺りは先の事件でそれらしい人間は一掃できました。内心はどうか知りませんが、表立って反論してくる気合の入った人間は、もういないはずです」
「つまり問題はないということだな」
「できるだけ早く、というのが風の希望ですねー」

 ちら、と風がこちらに視線を送ってくる。意味ありげな視線だったが、意味がわからない。どうした? と視線で問うて見るが、風は『ふふふー』と笑うだけで何も答えなかった。何か含むところのある、一刀にとっては良くない笑みである。それで、一刀は風が何か隠しているのだと直感した。

 嫌な予感に煽られるような形で、一刀は周囲を見回した。風と視線の交換をしていたのは皆に見られていたはずである。その上で、一人一人の顔を見ていくが、全員は何やら含むところがある反応をした。雛里などは気まずそうに視線を逸らしている。

 これは不味いことになる、と会議の流れを止めてでも一刀が意見を言おうと口を開く――それよりも一瞬早く、丁原が確定的な一言を口にした。

「じゃあ、州牧代行は北郷ってことで良いな」
『意義なし』

 丁原の提案に、黄忠を含めた一刀以外の全員が同意した。

「……ちょっと待ってください」

 幹部全員の同意がある以上、いくら代表である一刀でもそれを覆すのは難しい。無駄な抵抗とは思うが、ここで何もしなければ将来は確定したも同然だ。鈍い頭痛を感じながら考えを纏める。

「丁原殿が州牧になられるのではないのですか?」
「国境の安全を守るためにも、俺は今の太守を辞めるわけにはいかんのだ」
「それはそうですが……」
「それに何より柄じゃないしな」

 と、捕捉して丁原は笑う。後者の理由の方が、丁原にとっては重要そうである。柄じゃない、というのならば自分だって同じはずだが、丁原は迷わず一刀が代行になることを提案し、風たちはそれを認めた。事前の相談はないにしても、こういう流れになると感づいていたとしか思えない。丁原も風たちも、今からかうために提案したという様子はなかった。

「人が悪いな……」
「最初に話を通しておくと、お兄さんも緊張したでしょうからねー」

 風に悪びれた様子はない。こうなるのが当然だといわんばかりの表情だった。

「黄忠殿、これでよろしいのですか?」
「良いのではありませんか? 先生方のお噂は聞いておりますし、呂布、張遼と音に聞こえた武将方もいらっしゃいます。州を運営するには問題ありませんでしょう。後は対外的な問題ですが、それは先生方が手を打っておられるのではありませんか?」

 そうなのか! と情報担当の静里を見ると、彼女は当然だと言わんばかりの表情で頷いてみせた。

「州都に入った頃から、私達の頭目が北郷一刀だって情報はそれとなく流してある。悪逆非道の州牧を討った最大の功労者、ってのが、今のお前の風聞だな。現職が県令だからいきなり州牧ってことに抵抗を覚える人間はいるだろうが、論功を考えたら妥当と言えなくもないだろう。後はまともに仕事をしてたら民は文句を言わん。前任があんなのだったんだから、良い評判を作るのはそれほど難しくないだろうな」
「腹を括った方が良さそうですわね」

 微笑む黄忠を前に、一刀はがっくりと肩を落とし、椅子に座りなおした。逃げ道は既に塞がれている。取るべき道は一つしかなかった。

「謹んで、職務を真っ当いたします」
「コレで肩の荷が降りた。引継ぎがあるだろう。奉孝が州都に到着したら、すぐに領地に向かってくれ。その間、軍の編成や諸々のことは済ませておく」
「何から何までどうも」
「気にするなよ」

 とは言うが、してやったりという顔を丁原はしている。霞のおかんらしい、実に小憎らしい笑みだ。

 してやられた。その思いを胸に、椅子に背中を預けて脱力する。

「ところで北郷殿。一つ提案があるのですが」

 気付けば、黄忠の顔がすぐ横にあった。椅子ごとひっくり返りそうになる一刀を追うようについ、と身体を寄せてくる。メロンか西瓜か、という胸が間近に迫り、一刀の動悸が早くなる。男として当然の反応だ。その余裕のなさが伝わっていないはずはないのだが、黄忠はさらに顔を寄せてきた。内緒話の構図である。これだけ二人の人間が近づいて視線を集めない訳はない。早速、雛里の機嫌が急降下している様子だが、黄忠は我関せずと話を続けた。

「代行とは言え州牧になられるのなら、身の回りのお世話をする人間も必要になるかと思います。ご用意されておられますか?」
「いえ、特にそんなことはありません」

 風や稟に何度も置くべきだ、とは主張されてきたが一刀自身が断ってきた。常に身の回りに誰かを置くというのは気分が良くないし、自分でできることを他人にやらせるのは一刀としても抵抗があった。今でも最低限のことは自分でやっている、が、州牧ともなるとそうも言っていられないのは理解できた。上に立つ人間はそれ相応の振る舞いが要求される。州牧にもなって雑用全てを一人でこなすのは、格好がつかないのだ。

 一刀には理解できない感覚であるが、郷に入りては郷に従えである。そうしないと舐められるのというのだから、従わない訳にはいかない。自分一人が侮られるのならば我慢もできるが、北郷一刀は稟や風たち全員の代表だ。自分が侮られるということは、仲間全員も侮られることになる。

 主義主張を変えざるを得ない時がきたことを感じて、一刀は溜息を漏らした。慣れるまで息の詰まる生活が続くのかと思うと、憂鬱になった。

「実は私の方で一人、傍仕えの人間を用意してございます。武はまだ未熟ですが、家事全般は問題なくこなすことは保障いたします。いかがでしょう。北郷殿がご承諾いただければ、今日にでもご紹介させていただきたいのですが……」

 ふむ、と一刀は黄忠の色香から逃げるように考えこむ。

 北郷軍では各々が必要とする人材は、それぞれの裁量で雇うことができるようになっている。後で財務となし崩しに人事の管理もしているねねに話を通す必要はあるが、無駄な雇用をしない限りねねも反対はしない。予算の許す限り人材は登用するべしというのが、北郷軍の基本方針なのである。

 だが、常に周囲に置くことになる傍仕えの人間などは話は別だ。信用の置けない人間はおけないから当然、幹部の誰かのチェックが入るし素性も洗う必要がある。さらにいざという時は護衛も兼ねるため、兵を統括する人間――今ならば霞や恋の承認も必要になった。

 設置自体は以前から言われていることであるため、予算については問題はない。信用や素性は、黄忠からの推挙ということで問題はないだろう。クーデターの功労者の一人であり、現在の太守の一人でもある黄忠の紹介を無碍にすることは、立場上避けておきたい。後は武の腕であるが、要人の傍仕えにある程度の武が必要になることは、自身も要人である黄忠も熟知しているはずである。未熟と口にしているが、それも謙遜と取ることができた。

 取っても問題ない、と一刀は結論付けた。いつもならば絶対に誰かに相談したことを一人で決めたのは、色香に当てられて正常な判断ができなくなっていたのだろう、と後に振り返る。

「良いですよ。待たせているなら、どうぞ入ってもらってください」
「ありがとうございます。璃々! いらっしゃい!」

 黄忠の声を受けて、部屋に一人の少女が入ってくる。少女は一刀の前までぺたぺたと足音を立てて歩くと、ぺこりとお辞儀した。

 薄い紫色の髪は頭の両サイドで括られている、所謂ツインテールとかサイドテールとか呼ばれる髪型だ。紫色の瞳はくりくりとしていて、愛嬌を感じさせた。身長は雛里や風よりも大きいが、顔立ちは幼いから年齢は彼女らよりも下だろうと類推させる。それなのに女性的な部分については二人を既に追い抜いているのは遺伝子に拠るものだろう。一目で黄忠の縁者というとのは理解できた。雰囲気は比べるべくもないが、顔立ちは良く似ている。

 この美少女が将来メロンや西瓜になるのか、と思うと自然と一刀の目じりも下がるが……周囲の視線が怖い。風たちに背中を向けるようにして、椅子の向きを強引に変える。

「娘の黄叙です。璃々、ご挨拶なさい」
「はじめまして、北郷様。黄叙と申します!」

 ぺこりと頭を下げる仕草まで愛らしい。一目で一刀は黄叙を気に入ったが、同時に黄忠に嵌められたことも理解していた。

 何しろ娘である。美少女が傍にいてくれることは男として素直に嬉しいが、親が年頃の娘を未婚の男の傍に置こうとすることに、何の意味も見出せないほど一刀もアホではない。一刀以上に、黄叙の方は親の意図を理解しているのだろう。小さな身体に緊張が見て取れる。

(俺もそんなことを考える年かぁ……)

 学生服を着て、この訳の解らない世界にやってきてから既に三年以上が経過している。現代日本ならば既に成人として扱われる年齢であるが、結婚を考えるにはまだ若いと思っていた。

 現代日本ならばその感覚は正しいのだろう。

 しかし、この世界はそうではない。一刀の感覚よりも結婚適齢期は大分早く、一刀の年で結婚して家庭を持ち、子供を作っている人間も少なくはない。荀彧の実家で出会った宋正など良い例だ。

 権力を持つと主要なポストを親戚で固めたがるのが、権力者の常套手段である。何よりも信頼できるのは血と姻戚であるという訳だが、一刀にはその縁者が一人もいない。それが強みでもあるのだが、同時に弱みでもあった。

 いざという時、必ずバックアップしてくれると確信の持てる勢力がいないのは、出世を考える上で大きなマイナスになる。幹部の中では稟が大いにそれを気にしていたが、同時にそういう勢力を選ぶ時は慎重を期すように、とも釘を刺されていた。軍団の運営に口を出されると大変よろしくないというのがその理由である。

 口にしたことは覆すことはできない。何より黄忠が乗り気であるし、黄叙の方も悲壮感を感じさせてはいない。話の流れを正確に理解したらしい風が流石に厳しい視線を送ってくるが、既に一刀にはどうしようもなかった。

 とは言えいきなり婚約、結婚という話は切り出してこないだろう。向こうにも、こちらを見極めるだけの時間が必要である。今はまだ、お互いの様子を見る時間だ。それでも自分の娘を真っ先に売り込んできた黄忠は、それだけこちらを評価しているということでもある。途中から乗っかってきた割には、随分と大胆な手を打つものだ。

 一刀の中で、黄忠の警戒レベルが一つあがった。常に警戒してかからないと煙に巻かれる。軍師などの頭の良い人間とは別の意味で、自分のペースを作るのがとても上手い。などと理由を付けてみるが、黄忠の容姿と雰囲気に負けた感は否めない。

 これから帰ってくる稟から雷を落とされることを、一刀はを覚悟した。美少女の傍仕えをゲットしたというのに、気分は深く深く沈んでいた。










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