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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 05:00




 差し出された上品な器から、上品な香りが漂ってくる。茶葉は稟が手配したもので、一刀の執務室でも同じものを使っているものだ。当然一刀も飲んだことがあるお茶だが、今鼻で感じている香りは、いつも飲んでいるものと明らかに違っていた。

 口にすると、その違いは際立ってくる。執務の合間に飲むだけと最近は全くお茶の味に拘っていなかったが、そんな一刀をこのお茶は一瞬で虜にした。一口、また一口と茶を啜る一刀に、お茶を淹れた董卓はにこりと微笑んだ。

「お気に召していただいたようで何よりです」
「……お恥ずかしいところをお見せしました」
「いえ。美味しく飲んでいただけることは、私にとって何よりも嬉しいことです」

 にこにこと本当に嬉しそうに微笑む董卓に相好を崩していると、耳に咳払いが届いた。刺すような視線を送ってくる賈詡に、一刀は居住まいを正す。董卓がお茶を出してくれたのは、好意でだ。ここにはお茶を楽しみにきたのではない。元より、そんな時間もなかった。

「お気遣い感謝します。董卓殿」
「今の私にはこれくらいしかできませんから」

 空になった器を受け取りながら、董卓は儚げに微笑んだ。かつて中華の半分の軍勢を率いていた少女は、今は無力である。連合軍の公的な認識では、董卓軍は解散したことになっているが、それを信じている人間は連合軍の中にすら一人もいない。虎牢関での戦いが董卓軍側の判断で切り上げられたおかげで、本来捕縛、あるいは殲滅されるはずだった軍勢はほとんど手付かずで散り散りになっていた。

 中には兵をやめ市井に降った人間もいるだろうが、多くは涼州に向かったと静里は言っていた。遠い涼州の地で、彼らは主が再起する日を待っているという。その士気は高く、今でも調練は怠っていないらしい。聞きしに勝る忠義っぷりであるが、眼前の少女を見ればその忠義にも納得がいった。この少女のためにならば、命をかける価値はあるだろう。一刀も最初にこの少女に出会っていたら、そういう決断をしていたかもしれない。能力とかそういったものとは別の次元で、この少女には人を惹きつける天賦の才能があった。その一挙手一投足が、人を惹きつけるのである。

 例えば孫策のような太陽のような激しさはないが、月のように静かな、しかし確かな存在感が董卓にはあった。そんな明らかに上に立つべき人間が市井に埋もれ、自分のような凡才が打って出ようとしている。天の采配に一刀は不満を感じないではない。条件さえ整っていれば、董卓は良い政治をすることができたはずなのだ。スタート時のマイナスが多すぎた、ただそれだけなのだ。

 兵と一緒に涼州に逃げていれば、再起の道もあっただろう。十分に戦力を整え、恋や霞のような将を抱えていれば、孫策を打ち破り、曹操を出し抜き、再び覇を唱えることも夢ではなかったかもしれない。

 しかし、董卓はそれをしなかった。人の上に立つ才能を持った少女は、人の上に立つには心が優しすぎたのだ。

「これから州都を襲撃するのよね」

 席を立ち辞去しようとしたところで口を開いたのは賈詡だった。その言葉に一刀は思わず瞑目し、まぶたを押さえた。

 当然のことながら強襲作戦は極秘である。重要人物ではあるが部外者である賈詡には勿論一刀は話していないし、幹部全員もそうだろう。要などはうっかり口を滑らせそうではあるが、彼は口うるさいタイプの軍師にはなるべく関わらない主義のため、基本的に自分の領域から出てこない賈詡のために自ら足を運ぶとは考え難い。

 つまるところ、賈詡は自分の推察のみでこの結論に達したということになる。静里や灯里の話では諸葛孔明も同様のことをしたという。軍師というのは魔法使いか何かなのだろうか。そんな詮無いことを考えるが、彼女らの頭の冴えを見ていると本当にそうなのではないかという気がしてくる。

 魔法少女な発言をする賈詡に、董卓は慌てて非難するような視線を向けたが、賈詡は苛立ちをぶつけるかのように無感動な口調で言葉を続けた。

「国境線から大きく部隊を引き離しておいて、戦力の薄くなった州都を強襲、占領。支配を維持できるかは微妙だけど、評判悪い州牧を排除できれば、残留軍を支配下における可能性は高いものね。そうなれば後は椅子の取り合い。侵攻軍を引き受けた部隊の大将か、強襲部隊の責任者か。どちらが最大の功労者かは意見の分かれるところだけど、そこは軍師の腕の見せ所よね。あんたのところの軍師たちなら、さぞかし良い結果を引き出せるでしょう。案外、もう根回しも始めてるかも――」
「詠ちゃん!」

 ついに董卓が怒鳴り声をあげると、賈詡は言葉を止めた。止めたが、その顔には不満が熱となって燻っている。お前がその位置にいるのが気に食わないと、はっきりと顔に書いてあった。気持ちは解らないでもない。一時、董卓は頂点に立っていた。その主が燻ったままでいるのに、今まさに勝負をかけようとしている人間がいることは、董卓を支えた賈詡にとって、我慢がならないのだろう。それが理屈として正しくないことは賈詡にも解っているのだろうが、感情と理屈は別ものだ。董卓の言葉は大抵聞き入れる賈詡が、今は不満そうな表情を隠そうともしていない。

 そんな賈詡に一刀は荀彧に通じるものを感じていた。立ち直れないくらいの罵詈雑言と一緒に手も足も出してきた彼女に比べれば、離れて口で攻撃してくるだけの賈詡などかわいいものだが、遠く、今は曹操の元にいる恩人を思い出した一刀の気持ちは、非難されたにも関わらず晴れていった。

「戦後のことはわかりません。方針を決めるのは俺ですけど、実際に動かしてくれているのは周りの人間なもので」
「お飾りな訳ね」
「もっとしゃんとした見栄えなら、とは常々思っています」

 ははは、と一刀は笑う。冗談のつもりで言ったのだが、賈詡は勿論董卓も笑ってくれなかった。次はもう少し空気を読もう、と静かに固く心に誓う。

「あんたは上に立つって野望がある訳じゃないの?」
「結果としてそれが得られたというのであれば、それを受け入れる準備はあります。俺はそれほどのものじゃありませんけど、俺についてきてくれる皆は本当に優秀なので、彼女らのために、彼女らの力を存分に振るえるような場所を作ってあげたいんです」
「万の軍勢を率いていた霞が、今や百人隊長だもんねー」
「事実だけに心苦しい話です」

 苦笑を浮かべるが、現時点ではどうしようもないことでもある。

 しかし、この作戦が成功すれば結果的に地位は上がるだろう。かつての霞や恋が率いていた軍勢を用意するにはまだまだ遠そうではあるが、これは着実な一歩である。

「それでは、これで失礼します」
「お構いできなくて申し訳ありません」
「もう来なくても良いわよ」

 二種類の感情に見送られながら、一刀は席を立つ。悪びれた様子のない賈詡と、申し訳なさそうな董卓。二人の見せる感情は実に対照的だった。忙しくあまり話す機会には恵まれなかったが、これからはもっと話してみたいと思った。



















「団長ー、どうしたんです?」

 馬の上で過去に思いを馳せていた一刀は、要の声で我に返った。

 州都までの道のりである。周囲にいるのは武装した兵がおよそ百。一部は荷物の載った荷車を引いている。荷車に満載されているのは兵糧だ。財務担当のねねを拝み倒して予算を作り、ここに来るまでの間にかき集めたものである。無論、一刀たちの兵糧ではない。これは名目上、これから異民族との戦を行うことになる州牧への献上品だった。

 故に、兵糧にしては豪華な品々である。一刀たちが普段口にしているものと比べたら、価格にして軽く百倍は違う。兵糧としてまともな品ではない。食料の形をしており兵糧という体をとっているが、所謂賄賂だ。作戦の一環とは言え、敵対する人間に賄賂を贈らねばならないことに抵抗を覚えないではなかったが、これは必要なこと、と灯里と稟に説得されて一刀は折れた。今でも抵抗する気持ちは残っているが、ここで無駄に反抗しても意味がないし、第一ねねにキレられたことが無意味になってしまう。

 小さい身体で怒りっぽいが、根はまっすぐで正直な女の子だ。作戦とは言え州牧に食料を供与することは、耐え難いものがあるに違いない。仲間の無念は自分の無念である。北郷一刀は一人で戦っている訳ではない。仲間に支えられ、力を貸してもらっているからこそ、今の自分があるのだ。自分の背中には、仲間の思いが乗っている。それを思うと、多くのことに耐えられた。ムカつくくらいがなんだ。仲間はもっと辛い思いをしているのだ、と。

 考えを振り払うように、一刀は頭を振った。

「悪いな。ちょっと考えごとをしてたんだ」
「せめて作戦の段取りを思い返していた、と言って欲しいものだね」

 追従するのは灯里だ。集団の先頭を馬で行っている一刀の右に要が、左には灯里が並んでいる。誰が隣にくるか、というのは同道する軍師の間でひと悶着があったことだが、平和的な話し合いの結果、灯里が並ぶことで落ちついた。ちなみにこの場で最も軍師として序列の高い風は、一刀たちから僅かに離れた荷車の近くで、霞と並んで馬を歩かせている。実働部隊の実質的な責任者である霞と、最後の打ち合わせをするためだ。その隣では周倉が黙って話を聞いている。作戦への入れ込み具合で見れば、周倉はこの集団の中でも頭一つ抜けていると言っても良い。元々官軍嫌いであったことに加えて、排他的な政治を行う州牧の評価は、周倉の中では最低だった。一刀たちは多分に打算的な理由で動いているが、周倉は純然たる義侠心で動いている。それは周倉と一緒に賊をやっていた面々も同じで、荷車の周囲を行く彼らの目には、炎が燃えていた。

「それだと、全く作戦のことを考えてなかったように聞こえるぞ」
「つまり、作戦以外のことを考えていたって白状する訳だね。残してきた女性のことでも考えていたんだろう。白いお嬢さんかい? それともメガネの彼女かな」

 何でもない風を装って、ずばり正解を的中させてくる。軍師というのはこれだから侮れない。内心を正確に看破したことは、おそらく表情で読み取られてしまっただろう。灯里の笑顔の質が、若干いやらしいものに変わっていく。軍師にからかわれると、弄られるだけで終わってしまう。戦う前から負けたような気持ちになることは、できれば避けたい。何か助けてくれるものかはないか、と視線を彷徨わせた一刀の目に、ひらひらと揺れる帽子の先がうつった。

 天の助けとばかりに、一刀はそれをひょいと持ち上げる。あぁー、とその帽子の持ち主である雛里が抗議の声をあげた。一刀の腕に抱えられるようにして馬に乗っていた雛里は、腕を伸ばして帽子を奪い返そうと試みるが、身体の大きさは如何ともしがたかった。目一杯腕を伸ばす雛里を眼下に見ながら、奪った帽子を自分の頭に載せる。途端に周囲から笑い声があがった。霞など腹を抱えて大爆笑している。一刀は周囲の笑いに応えるように両手を上げると、帽子を雛里の頭に戻す。やっと戻ってきた相棒のふちを、ぎゅーっと引っ張って目線を隠してしまう。慌てていた自分が恥ずかしいらしい。

 そんな雛里の頭を、帽子ごと撫でると、一刀は何でもないようにそれを口にした。

「そろそろだな」

 ぽつりと呟いた一刀の視線の先には、州都の門が見えていた。今回の目的地であり、戦場となる場所だ。異民族との戦いで軍の大半が出払っているとは言え、州牧軍の本拠でもある。対してこちらが連れているのは、霞や周倉などの手錬がいるとは言え百名ほどの寡兵だった。州都全体の兵を集めればおそらく千はいるだろう。その全てが敵対している訳ではないが、戦力差十倍の敵地に乗り込むという事実に、今更ながらに一刀の身体に冷や汗が流れる。

「なるようになるさ。僕らが彼らに一泡吹かせるには、これが最適なのさ」
「でも、皆が無事って訳にはいかないだろう」
「そりゃあ戦だからね。参加するからには、死ぬ覚悟くらいしなきゃいけない」

 さばさばとした軍師の物言いに、一刀が押し黙る。嫌な沈黙を感じ取った雛里が一刀の腕の中で身じろぎした。慰めの言葉を捜しているらしい雛里の目を見て、一刀は小さく溜息をつく。この感情と折り合いを付けるのも、上に立つ者の勤めだ。

「できる限り、死なずに済ませたいよな。味方も、敵も」
「それは向こうの出方次第だね。静里の情報では州牧のいるはずの州庁は、彼の雇った傭兵で固められているという。正確な数は解らず仕舞いだけど、百はいるらしいという話だ」
「周囲を守る兵だけでこっちを上回ってるんだから、たまらないよな……」

 それを覚悟で戦に臨んだ訳だが、改めて直視する事実は一刀の心を激しく揺さぶった。態々護衛として雇うからには、それなりの腕をしているのだろう。傭兵というのだから実戦経験も豊富に違いない。

 相手が強いと考えると気が滅入るばかりだったが、一刀の連れている面々も負けてはいなかった。周倉と一緒に賊として動いていた連中は官軍相手に何度も実戦を経験しているし、一刀が連れてきた面々は連合軍の戦を生き抜いた。風と一緒に別行動をしていた霞が連れてきた信用筋の人間たちは、見た目も雰囲気も筋者以外の何者でもなかったが、その実力は霞が保障している。軍団としての力量は未知数だが、個々の力量は傭兵たちにも引けを取らないのは間違いなかった。

 尽くせるだけの人事は尽くし、時は軍師たちが選定した最高のものだ。やれるだけのことはやったと、胸を張って言うことができる。

 後は天命を待つのみ。信心深い人間ならばそう言うのだろうが、この期に及んで天とか神に頼る気が一刀にはなかった。物事を成すのは人であり、自分の仲間である。仲間と共にここまで来たのだ。これを成せないはずがないと、無理やりにでも信じる。やらねばならない。勝たねばならない。一刀の気持ちはゆっくりと、切り替わっていった。

 周囲を行く者たちの気持ちも、それにつられるように引き締まっていく。ここから先は、戦なのだ。誰かが死ぬかもしれない。しかし、自分の行いでそれを助けられるかもしれない。仲間が生き残るのも、死ぬのも、自分の行いにかかっているのだ。誰もが集まった百人全てを味方と思っていた訳ではないだろうが、この時、一刀たちの気持ちは確かに一つとなっていた。

 門が近づいてくると、人の流れもできてくる。商人なり一般人なり、行き交う人間は様々だったが、その中で一刀たちのような武装した人間は目立った。退けと誰が口にした訳ではないが、一刀たちを見て行き交う人間たちは自然と道を空けていく。物騒な世の中だ。武装している人間に好んで関わろうという人間はいないのだろう。

 大きな町の場合、門を越える際には兵の前を通らなければならない。彼らは警備の役目も負っているため、誰でも通すという訳ではなかった。審査をしたり、場合によっては税金を取られることもある。ここ州都の門は税金が聊か高いことで知られていた。大抵の物には税金がかけられているため、特に商人と門衛との悶着は絶えることがない。一刀たちが門に近づいた時も、一人の商人が門衛とやりあっていた。やはり税金が高いと一頻り文句を言った商人は、足音も高く門を後にしていく。時は金なりだ。文句を言っても税金が安くなる訳ではないというのは、商人も解っている。憂さ晴らしに付き合わされる門衛は堪ったものではないだろうが、これも仕事と割り切って大きく溜息をつくその姿に、哀愁を感じずにはいられなかった。

 さて次の人間は――と視線を巡らせた門衛の視線が、一刀たちを見て硬直する。武装した人間が百人ばかり、荷台には荷物を積んでいる。尋常な集団ではないのは一目で解っただろう。門衛は慌てて同僚を呼んだ。切羽詰ったその声を受けて、詰め所の方からいかにも責任者といった感じの中年の男性が出てくる。

 一刀は全員に下馬を命じ、自分も馬から降りた。進み出てきた責任者らしき男性に一礼し、

「私は県令の北郷一刀と申します。州牧閣下にお渡ししたきものがあり、参上いたしました。この旨は文にて知らせてございます。恐れ入りますが、ご確認いただけますでしょうか」
「しばし、お待ちを」

 責任者の男性は部下を詰め所にやり、確認を取る。事前に文を出すのは大集団が門をスムーズに通過するためのよくある処置の一つである。これくらいの人数がこんな目的で、これくらいの時期に到着しますということを事前に伝えておけば、審査も速く済むというシステムだ。洛陽などの大きな街になればそういう人間専用の門も用意されているのだが、この州都は一般人と同様の入り口で、一刀たちは特に別の場所へ移動するよう促されることもなく、ただ道の脇に寄っただけで門衛の反応を待った。

「まさかここで頓挫するなんてことはないよな……」
「文を用意したのは稟だからね。僕らは信じて待つだけさ」

 ここまで準備してきて、こんな場所で失敗したら目も当てられないと気にする一刀に、灯里は流石の様子で壁の背中を預けている。緊張しているのだろうが、そんな様子は微塵も感じさせない。彼女の持つ飄々とした雰囲気は、周囲の人間の気持ちを和らげることに一役買っていた。逆に緊張しっぱなしの雛里などは、そんな灯里の姿を見て無理に落ち着こうと躍起になっている。あわわと視線を彷徨わせる様は怪しさ大爆発であるが、これも雛里のロリロリした容姿が補助となり、小動物的な可愛さを演出するだけに留まっていた。見た目に助けられた、言うと雛里はむくれてしまうのだろうが、今はその容姿もありがたい。

「お待たせしました」

 先ほどの責任者がやってきたのは、それから三分ほど経った後だった。彼は一人ではなく、部下らしき人間を伴っている。儀礼的な装備を纏ったその人間は、一目でただの門衛ではないと知れる。

「確認が取れました。このまま皆さん、州庁までお進みください。そこの門で再び確認ということになります。そこまではこちらの者が案内いたしますので、ご同道願います」
「ご丁寧にありがとうございます」

 丁寧に頭を下げ、新たに現れた人間について歩き出す。灯里たちも荷台を引いてそれに続いた。街の兵が一人加わっても街の中にあっても、武装した集団の異様は変わらない。道を行く人間は関わることを避けるようにぱっと道を空ける。先頭に街の兵がいるからか、その効果も覿面だった。

 先頭を行くのは一刀、そして門から同道した街の兵だった。一刀は横目でその兵を見る。制服の上に鎧をきっちりと着こなした、いかにも生真面目そうな女性である。収まりの悪い黒髪に、レンズの大きなメガネが特徴的だった。視線に気付いたその兵が、釣り目気味の目を一刀に向けてくる。そこで、一刀は堪えきれずに苦笑を漏らした。

「いつから兵になったんだ?」
「一昨日からか。潜り込むのに苦労した」

 兵――の格好をした静里は、鬱陶しそうにメガネをとり懐に仕舞う。がりがりと頭をかきながら、道の先を見つめた。

「さて――州庁の警備は相変わらずだ。外部の警備は元々の街の兵だが、州庁内部と州牧の自宅、及び州牧自身の警備は奴個人で雇用した傭兵によってまかなわれている。実力の程は、まぁ、そこそこだな。州牧が移動する度に移動するから、最も警備が厚いのは今現在州牧がいる場所ということになる」
「影武者が使われてるってことは?」
「いるのかもしれないが、影武者がいる場所の近くに……少なくとも同じ建物の中には本物がいる。私たちの目的は、奴を殺害、最悪でも捕縛することだ」

 つまるところ、州牧を逃がすのは最悪の一手ということである。州庁を占拠し、州牧を追い出してしまえば一時的に権力を握ることはできるだろうが、異民族への侵攻は州牧の存在によって行われているところが大きい。そのコネ、財を使って別の場所で再起されてしまったらその分戦争が長引くこととなり、支持基盤のほとんどない一刀たちだけでなく、現状異民族の支援によって立っている丁原も弱い立場となる。

「秘密の通路とかあると全てがご破算なんだけど、その辺りは大丈夫か?」

 州庁の図面は静里が事前に手を回し、入手している。一刀たちのほとんどがそれに目を通し記憶していたが、隠し通路の存在だけは最後まで否定することができなかった。この作戦も、通路はないものとして立てられている。あった場合は、静里たち現地の人間がフォローすることで話はついていたが、隠し通路が複数あったりすると静里たちでもカバーしきれないかもしれない。

「絶対にないとは言い切れないのが正直なところだな。大工も交えて図面を見て検討したし、昨日かなり上の立場の人間を捕まえて締め上げてみたが、そんな通路の存在は確認できなかった。よって、私たちが封鎖するのは通常の出入り口のみだ。それら全てを監視する人員を、三日前に漸く確保することに成功した。十全とは行かないが、上々の人数だろう」
「良くそんなに集められたもんだな」
「元々人気のない州牧だったからな。奴の寝首をかいてやりたいって組織は沢山あった。その中から信用できる連中を選ぶのに苦労したが、時間をかけて選定しただけあって、それなりに信用できる連中が集まったと思う。だが、腕の方は期待するなよ? あくまでただの頭数としてそこにいるって認識でいろ。もし逃げられた時、どこから逃げたかを把握するための人員だと思え」
「つまり州庁の外に五体満足で逃げられたら、俺たちの負けってことか」
「そうなるな。私もできる限りのことはするが……結果はお前たちの働きにかかってる。くれぐれも、しくじるんじゃないぞ」
「励ましの言葉、ありがとう」

 冗談めかして言った言葉に笑いもせず、静里はメガネをかけなおした。どこか斜に構えた表情を、真面目な兵のそれに戻す。州庁が近づいてきたのだ。やってきた県令を先導する州都の兵、という役割に戻った静里は立ち振る舞いから雰囲気まで、兵のそれになった。

「変装とかできたんだな」
「これで変装とか言ってたら本職の奴らのなんて魔法に見えるぞ。それと話しかけるのは構わないが、あまり馴れ馴れしくするなよ。私は兵で、お前は県令だ。少しは尊大な振る舞いってもんを覚えた方が良い」
「貫禄が全くないとは、稟にも良く言われる」
「言わないだけで私も常々思ってる。先輩とかは、その方が良いって言うんだろうが……」

 兵の顔のまま、静里は傍を歩く雛里に視線を向けた。水を向けられた雛里は静里の視線に身体を竦ませる。あんまりと言えばあんまりな反応に少し傷ついた顔をする静里を、灯里がにやにやとこれ見よがしに笑う。これが下っ端であればデコピンの一つも飛んだのだろうが、口は悪くても上下関係を地味に重んじる静里は、小さくした舌打ちして視線を正面に戻した。

「段取りの通りに」
「了解。後はよろしく」

 静里は会話をそれで打ち切った。兵の顔、兵の雰囲気で一刀から数歩離れて歩く。

「お客様をお連れしました」

 州庁の前まで到着した静里はまず、その門衛に声をかけた。門衛はちらと静里に目をやると、実に横柄な態度で一刀に目を向けてくる。一目で兵と解るのは静里と同じだが、その装備にはやけに金がかかっているように見えた。ただの兵とは違うということを、見た目で解らせるようにしているのだろう。それだけで、彼が州牧の子飼いの傭兵であるというのは見て取れた。

「県令の、北郷一刀と申します。本日は州牧閣下に差し上げたいものがあり、参上いたしました」
「知らせは聞いている。積荷はなんだ」
「糧食にございます。こちらが目録です。お手数ですが、ご確認のほどをお願いいたします」

 ふん と小さく頷いた男が奥に視線をやると、門の内側から似たような格好をした兵が四人ほど出てくる。彼らは荷台に飛び乗ると、意外なほどにてきぱきと積荷の確認を始める。数分のチェックで、積荷が目録と相違ないことは確認された。これには、門衛の兵が落胆した態度を見せた。金塊であるとか宝石であるとか、もっと解りやすい形での賄賂を期待していたのだろう。これはこれで高値で売れる品であるが、即物的な生き方をすることが多い傭兵は解り易い形の報酬を好むものだ。

「品はこれで全てか?」
「残りは閣下に直接お渡ししたく存じます」

 一刀は無害そうに微笑みながら、両手を軽く打ち鳴らした。その音で前に出てくるのは、灯里と周倉である。

 荷台と一刀の護衛役である武装した集団の中にあって、その二人だけが異質な格好をしていた。上等で綺麗な着物に、化粧までしている。髪はきちんと手入れされ、下品でない程度にその身体を彩る装飾品にはそれなりの金がかけられていることが解った。

「この二人を、閣下にお仕えさせたく……」

 普段から腹芸に触れているのなら、これが言葉通りの意味でないことは解っただろう。門衛の兵の顔に下卑た笑みが浮かぶ。意図を正確に察した兵は二人の身体を嘗め回すように見つめた。そんな視線を受けて灯里は悠然と微笑むが、周倉が返すのは仏頂面だ。愛想のない周倉に兵は怪訝な顔を向けるが、その視線をさえぎるようにすかさず一刀が男に顔を寄せる。

「こういう女を思う様にするのが、お好きと聞きまして。態度はこんなですが、決して反抗はいたしません。あの女の案じるものを、私の方で抑えております故」
「俺たちにはないのか?」
「此度はご挨拶のようなもの。いずれは皆様にもご用意させていただきます」

 言って、一刀は兵の手をそっと握り締めた。その手を握り返した兵は視線を落とし、手の中の固い感触が自分の目当ての物であることを確認すると、笑みを深くした。

「入れ。ただし、州庁の中まで入って良いのはお前と女の三人だけだ。残りはここで待機せよ」
「荷降ろしくらいは、お手伝いさせてください。こちらから人足を出しましょう」

 駄目押しでもう一粒銀を握らせると、あっさりと兵は言葉を翻した。御者と人足ならば入ってよしと、門が開かれる。兵に導かれて、一刀は荷馬車と共に州庁の中に足を踏み入れた。御者台には風と要が、人足として霞とその仲間が五人続いている。静里は当たり前のような顔をして一刀たちに同行した。門衛は迷惑そうな顔をしたが、静里は気付かないふりをして無視を決め込む。文句を言われたら退去せざるをえなかったが、結局門衛は文句を言うことはなかった。

 門の外には、雛里を中心に約90の兵が残る。心配一色の表情をした雛里を他所に、門は音を立てて閉じられた。

 州庁の敷地内には、広大なスペースが確保されている。兵の演習のためのスペースであると同時に、馬などの往来をしやすくするためのものだ。一刀たちは州庁の建物へと案内されるが、荷馬車は道を直角に折れる。荷馬車から視線を送ってくる風に、小さく頷いて応えた。

 門衛にいた兵とは別の人間に先導され、州庁の中に入る。中には兵ばかり、というのを想像していたが、意外に兵の往来は少なく、文官らしき人間の姿も見えた。しかし、パワーバランスは傭兵たちの方が強いらしく、廊下ですれ違う時にも文官の方が慌てて道を空けるほどだった。その際、兵について歩いている見ない顔の一刀を、すれ違った全員が注視してきたが、一刀はその視線に気付かないふりをした。

 どこに何があるかわからない。まさかその中に知人がいるとも思えないが、計画がどこで崩れるか解らなかった。外に仲間はいるが、今この時は確かに自分たちは三人だけである。最初の窮地は、どうしてもこの三人で切り抜けなければならない。かろうじて武装している一刀はまだマシな方で、周倉と灯里は無手に近い。二人の腕を信用していない訳ではないが、いざという時にはおんぶに抱っこになるしかない一刀としては、この状況は正に生き地獄である。

「ここだ。貴様の武器は我々が預からせてもらおう」

 一つの部屋の前で、兵が横柄に告げる。大事な剣を他人に預けることに抵抗がないではなかったが、ここで否と答えたら前に進めない。できる限り嫌な顔をしないように気をつけながら、腰の剣帯から銀木犀を外し兵に預ける。最悪、盗まれることも警戒して、兵の顔を記憶しておくことも忘れない。

「閣下。客人をお連れしました」
「入れ」

 部屋の中からの声を受けて、兵が扉を開ける。兵に先導されて部屋に入った一刀は、その奥にいた人間の顔を、食い入るように見つめる。立ち位置からして、彼が州牧なのだろう。静里から入手した人相描きと比べて、違いがあるようには見えない。自分で判断を下すのならばこれは本人なのだろうが、やはり影武者という可能性も否定できなかった。ちら、と部屋の中の兵に目を走らせる。警備のためか、部屋の中いも兵が五人いる。横柄な態度だった外の兵とは違い、彼らは仏頂面で武器を手にして不動の姿勢である。影武者であるのならば、ここにいる兵は事情を知っている可能性が高い。自分が知っている事実を知りようのない他人を見る時、人間というのは多かれ少なかれ態度に出るものであるのだが、兵たちの顔に不自然なものは確認できなかった。

 不信感はぬぐえない。

 しかし、これ以上戦力を分散されたら州牧の排除という目標を達成できなくなる。この男は、ここで殺すしかない。一刀は静かに踵を二回鳴らした。ここで決行、という合図だ。了解、という意味の足音が一回、灯里から返ってくる。周倉からは何もない。決行の判断は二人に任せる、というのが彼女の役割だった。やると決めたら、最初に行動を始めるのは彼女である。タイミングは彼女任せなのだから、ある意味責任は重大だった。

「県令の北郷一刀にございます」

 跪いて礼をすると、周倉、灯里もそれに倣う。州牧は想像していた以上の横柄な態度で一刀たちを見下ろしていた。

「糧食を持ってきたそうだが」
「目録をお渡しておりますので、後ほどご確認していただければ――」
「それよりもこっちだな。下賎な人間にしては気が利いているではないか」
「恐縮です」

 予想以上の食いつきに、一刀は顔を伏せながら内心でガッツポーズをした。後はどちらに食いつくかの問題であるが、州牧の視線は周倉の方に熱心に注がれているようだった。自分が見つめられていることに気付いた周倉は嫌悪感で体を振るわせるが、それがまた嗜虐心に火をつけたようで、州牧の顔に下卑た笑みが浮かぶ。

「そちらの女、近う寄れ」

 指名を受けても、周倉の動きは鈍かった。顔を見なくても嫌悪感を感じているのが、良く解る。その行動の遅さすら州牧は楽しんでいるようだが、これが作戦の一環であると解っている一刀の内心はそうではなかった。速く行けと念を送るとそれが通じたのか、周倉はのろのろと立ち上がり、州牧の近くに寄った。州牧は無遠慮に周倉の腰に手を回し、首筋に顔を近づける。女性の身体に触れているというのに、遠慮というものがまるでない。普段からこういうことをしなれている男の仕草に、一刀は同じ男として羨ましさを感じないではなかったが、段取りの通りに事が運ぶと『そろそろ』だということを思い出し、床に跪きながら身体に力を溜めた。

 その時はすぐに訪れた。州牧の腕を振り払うように、周倉は動いた。両手で州牧の首を取ろうと飛び掛る周倉に、兵たちは動きが遅れる。それに先んじて、一刀たちは動いた。一刀は周倉に、灯里は州牧に飛び掛り、それぞれを引き離す。

「殺してやる! 貴様のせいで、私の家族は殺されたのだ!」

 周倉の怒号に、ようやく兵たちも動き出した。周倉を囲むように展開する彼らから周倉を隠すようにして立った一刀の拳は、周倉に振り下ろされた。手加減なしの拳が、周倉の顔面を殴打する。

「何てことをしてくれたのだお前は!」

 内心の動揺がバレないように、限界まで声を荒げる。真っ赤に腫れた頬を押さえ、こちらを睨み上げる周倉の目には暗い殺意が篭っていた。演技ではない本物の殺気に状況も忘れて一歩退く一刀だったが、ここで動きが途切れると命に関わる。首を締め上げ、周倉の身体を投げ飛ばす。力任せな強引な投げは、周倉がアシストしたこともあり見事にきまった。勢いよく飛んだ周倉の身体は思い切り壁に叩きつけられ、周倉は受身も取れずに床に投げ出される。

 苦しげなうめき声を漏らす周倉の背中を、一刀は力任せに踏みつけた――ように見せた。足は周倉の腕のすぐ脇の床を打つ。一刀の身体が影になっていて、兵たちからは背中を踏みつけたように見えただろう。床を踏むと同時に、周倉が悲痛な声をあげ、身体を浮かせた。それを隠れ蓑に、床にしっかりと手をつき、一気に飛び出すために力をためる。

「閣下!」

 灯里のその声が合図だった。一刀の空けたスペースを、周倉が弾丸のように駆け抜けていく。手近な兵の喉に拳を一撃。部屋に響く鈍い音を追い越すほどの速度で兵の身体を別の兵に蹴り飛ばし、その腰から剣を抜く。囲んでいただけの兵は、まだ抜剣もしていなかった。柄に手をかけたばかりの兵の首を、周倉が躊躇いなく刎ねる。これで二人。漸く生き残った兵が剣を抜いた。三対一の構図だが、周倉の動きは止まらない。数の不利を物ともせず、剣を片手に集団に突っ込む。

 そこに、灯里が加わった。州牧の下げていた短刀が、兵の一人のわき腹に刺さる。先手を取れば、後は灯里のものだ。腕を取り組み伏せ、剣を奪って意識を刈り取る。殺しはしていないようだが、今はそれで良い。部屋の中の騒ぎを聞きつけ、外に待機していた兵が二人部屋に雪崩れ込んでくる。そのうち一人は、銀木犀を持っていた。一刀は横合いからその兵を殴りつけ、銀木犀を奪い、抜剣する。二対一。相手はプロの傭兵となれば一刀にとっては分の悪い勝負だったが、横合いかっ飛んできた兵の体が、勝負そのものをなかったことにした。仲間の死体に吹っ飛ばされた兵は、部屋の外まで転がっていく。その間に周倉は扉を閉め、剣で閂にした。

 部屋の奥で、灯里が必至に手招きをしている。力いっぱい机を押している彼女を手伝い、扉を机で塞いだ。外では兵が騒いでいるが、これで時間は稼げる。一つの仕事が終わったと、一刀は大きく、大きく溜息をついた。

「さて、あれは本物かな」
「さあね。やってしまったからには本物になってもらうより他はない。首を外に持っていって、討ち取ったことを喧伝したいところだけど、今はここを切り抜けるのが先だね」

 殺した兵から鎧と武器をはぎながら、灯里と一緒に今度の算段を考える。

 周倉がひきつけている間に、その周倉から州牧をかばった、と見せかけて髪の中に隠していた小さな刃物で州牧を殺したのは灯里だった。できる、と本人が言うから任せたことだが、実際に目にしてみるとその手際の鮮やかさに恐れ入るばかりである。

 灯里の働きによって生み出された騒ぎは、すぐに外の霞たちにも伝わるはずだ、そうしたら、彼女たちは行動を起こす。門の外の兵も含めて、百人の戦力でこの州庁を落とすことができれば、当面は一刀たちの勝ちだった。その支配を維持できるかはまた別の問題だが、社会的に州牧の死が成立し、正式な、ないし代理でも州牧を立てることができれば、異民族との戦争は当面回避することができる。

 戦争を主導する権力のある人間さえいなくなれば、後は丁原と頼りになる軍師たちが何とかしてくれるだろう。他力本願は格好悪くて仕方がないが、それもいつものことだ。目下の最大の問題は、今この状況をどうやって生き延びるかである。

 扉の外では工具を持ち出した兵がひっきりなしにそれらを扉に打ち付けている。時折怨嗟の声も聞こえてくるが、それらを強引に無視して死体から剥ぎ取った武器と鎧を着こんで行く。

 元より他人が着ていたものであるからぴったりであることは期待していなかったが、兵が揃って大柄であったせいか男の一刀が着ても少々緩い。背丈は似たような灯里は辛うじて鎧として成立しているが、色々な意味で無駄な肉のない周倉は途中で完全な装着を諦めていた。肩や腕など重要な部分だけど強引に紐で縛り、とにかく最低限形にすることを目標とした周倉を見て、一刀は笑みを浮かべた。

「率直な意見を言っても良いかな」
「余計なことを口にしたらその首をへし折ってやる」

 それで子供のごっこ遊びみたいだ、という感想は永久に封じられることになった。肩を竦めるとその時点で拳が飛んできそうだったので、視線だけを灯里に向ける。灯里も似たような感想を持っていたようで、笑みをかみ殺していた。同僚二人の評判が芳しくないと悟った周倉は機嫌悪そうに部屋を探し回る。彼女の最も得意とするのは槍だ。それそのものか、あるいはその代わりになるものはないかと虱潰しに探したが、長さが足りる物は強度が脆く、強度が足りるものは長さが足りないという有様だった。槍そのものはもちろんない。棒の先に剣を付けて代用できないかと数秒試行錯誤したが、それが無理とわかると周倉は一切を放棄した。剣一本で戦うことに決め、部屋の中の刃物を全て回収して戻ってくる。

「外の兵と合流したらこの建物を制圧する。州牧側の兵はその都度交戦、殲滅のこと。降伏は受け入れても良いが、武装は必ず解除させるように。解ってると思うが、非道なことは厳禁だ。州牧側に恨み辛みはあると思うが、それを払すのはまたの機会にすること。今は生き残ること、目標を達成することが最優先だ」
「解ってるよ。君こそ、ヘマをしてころっと死ぬんじゃないぞ」
「貴様に言われるまでもない」

 灯里は冗談を交えて、周倉は仏頂面で応えた。部屋の扉には外の兵が斧を打ち付ける音が響いている。すぐに突破されるかと思ったが流石に州牧が使っていた部屋だけあって、扉も頑丈なようだ。続けていればいずれ破られるだろうが、外の兵は自分と違って優秀だ。これだけ時間を稼ぐことができれば、ほどなく結果を出してくれるだろう。

 扉の外で、一度兵の短い悲鳴が上がると、一瞬の後には怒号に包まれた。霞と要の声が、近くに聞こえる。どうやらすぐに合流できそうだ。

「作戦を本格的に始める前にしておくことがある」

 宣言と同時に、周倉の拳が飛んできた。何かされるだろうと思ってはいたが、いきなり殴られるとは思っていなかった一刀は全く反応できない。抉りこむように放たれた周倉の拳は、完璧に一刀の顔面を捉え、その体を吹き飛ばした。壁にぶつかり、意識が飛ぶ。そのまま気絶できなかったのは、日頃の行いの悪さ故だろうか。顔面の激痛とどうしようもない気分の悪さ。眩暈は今まで味わった中で一番最悪のものだった。挙句、口の中には鉄の味が広がっている。歯が一本も折れていないのは、奇跡と言っても良いだろう。

「作戦の通りに事は運んだが、それでも貴様に殴られた報復はしなければならない。本来ならば殴り殺してやるところだが、首尾が上々であったことを踏まえてこれくらいで許してやる。感謝しろ、県令」
「あー、嬉しいね、ありがとう」

 悪態と一緒に、血の混じった唾を吐き出す。痛む頬を押さえながら、元の場所に戻ると、灯里の苦笑が出迎えた。言いたいことを言い終わった周倉は、既に知らん顔を決め込んでいる。事実そのままを一刀が外の誰かに告げたら、それなりに大きな問題に発展するのは周倉も知っているはずだが、同時に、一刀がそんなことをするはずがないということも、理解しているようだ。

 一緒に働くようになって、この気難しい部下のことを一刀も理解しだしていたが、理解の度合いは向こうの方が深いらしい。この程度の理不尽ならば呑み込んで黙っていると、周倉は確信していたのだ。

 彼を知り己を知れば百戦危うからずという。周倉にしてみれば自分は敵で、いざという時に有利になるために観察していたに過ぎないのだろうが、それでも、自分を理解してくれているという事実は、頬の激しい痛みを多少は忘れさせるほどに、一刀の心を動かしていた。

「厄介な性癖をしてるね、君は」
「随分と鍛えられたからね、色々な人に」

 一通りの準備が終わった所で部屋の扉が吹き飛んだ。扉を破壊する際に使った槍は、かつて万の兵を率いた彼女の膂力で粉々に砕けていた。着崩した正規兵の装備の上に、いつもの羽織、履物はいつもの下駄である。髪を高く結った、洒落物の武人は一同を見渡して、満面の笑みを浮かべた。

「おまっとさん。さ、敵さん、皆殺しにしたろか」











オリキャラ二人と協力してオリキャラの敵を倒すという文章にするとあんまりな展開ですが、次回は原作キャラのターンなので少しご安心ください。
なお、長くなりそうなので二回に分けました。次回が強襲編の後半となります。















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