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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 04:59

















 幹部全員がOKを出したことで、やってきた翌日に一刀は法正を召抱えることになった。執務室に呼び出してその旨を伝えると法正はその場で跪き、一刀に対して忠誠を誓った。先日の態度を見ていた一刀たちは法正の様子に面食らったが、

「最初くらいは畏まらないとな」

 と微笑む法正を見て、この少女はこういう人間なんだなという思いを改めて強くした。

 そんな法正に与えられた役割は情報の統括である。方々に人を放って情報を収集し、場合によっては工作も行う。稟が長いこと欲しいと思っていた部署が法正がやってきたことによってようやく新設されたのだ。自分専用の執務室をもらった法正は早速部下に召集をかけた。重点的に収集するのは何より并州内の情報である。異民族と戦争が間近という噂の確度や、戦争を行うとしたらどの程度の規模になるのか、まずはそれを知ろうとした。

 改めて情報を集めるまでもなく法正が持ってきた情報によれば州牧の決定はもう覆りようがないとのことで、一年以内ということだった予想も最近では半年と修正されていた。ただ徴兵についてはいまだ不透明で、場合によっては一刀のところの兵は招集されない可能性もあるとのことだった。州牧は自分のところの兵だけでやりたいなどと、寝言を言っているらしい。これについては大した確度ではないとのことで、法正は改めて確認の指示を出していた。これらの件については遅くとも今月中には結果が出るという。本職がいるとここまで違うのかと、一刀などは舌を巻くばかりだった。

 法正が自主的に始めたのは并州内の情報収集だけだったが、稟の提案で袁紹の情報も集めることになった。并州牧は袁紹の息がかかった人間であるし、一刀の県は袁紹の領地に接している。公孫賛との戦争が激化でもしない限り巻き込まれるということはあるまいが、当事者の隣に住んでいる者としては人事でもない。

 軍師たちの予想では7:3で袁紹が勝つとのことだったが、戦況は若干公孫賛有利に動いているらしい。これも法正が頼まれる前に持ってきた情報である。連合軍戦で下した華雄将軍が先戦の恨みと獅子奮迅の働きをしているらしく、前線は袁紹側に大きく押し込まれていた。このまま公孫賛が勝つのでは、との見方もあるが、袁紹軍はその豊富な資金を利用して兵を州都に集めているという。三月ほど後に始まる大規模な反抗作戦の成否が、この戦の行く末を占うことになるだろう。

 いずれにしても、よほどのことが起こらない限り早期の決着は望めそうにもない。北部の情勢はあと五年はこのままというのが、法正を含めた一刀軍幹部の共通見解だった。

 情報が集まるようになると、今まではできなかった仕事もできるようになる。法正の指示で構築された県内の情報網は彼女の赴任から一月後には機能するようになり、格段に情報のやりとりがスムーズになった。今はインフラ担当の風と組んで、早馬で情報をやり取りするシステムの構築を急いでいる。予算が必要なことでもあるので、ねねとも毎日壮絶なやりあいをしているが、これは必要なものだという霞からの意見もあって、導入は前向きに、それも早期に検討されているという。『しぶちん』のねねにしては珍しいことだった。

 良くも悪くも強引な法正の評判はどうなのだろうと気になって一刀自ら聞いて回ったが、文官と武官で法正の評価は綺麗に分かれた。どちらもその実力を認めているのは同じであるが、文官はできれば係わり合いになりたくないという印象で、武官はあんな軍師が欲しかったと口を揃えている。知識人らしいもって回った言い回しをせず、単刀直入に言いたいことだけを言う法正は、体育会系の武人には大層受けが良いらしい。文官には受けの悪い口の悪さも、武官は気にならないようだった。調練の時の霞など聞くに堪えないような暴言で兵を苛め抜いていることがある。それに比べれば法正の口に悪さなどどこ吹く風だろう。少なくとも法正は、理解が及ばないからと言って鉄拳を飛ばしたりはしない。

 こうして武官を中心に着々と支持基盤を広げた法正は、一月ほどで一刀軍での地位を確かなものとし、正式に幹部と認められた。その最初の会議の席で、

「真名を皆に預ける。私は静里。これからはそう呼んでくれ」

 人懐っこい笑みを浮かべて頭を下げた法正――静里は、この時本当に一刀たちの仲間になった。












「異民族との戦について動きがありました。どうやら州牧は『初戦は』自分の子飼いだけで話を進めるらしく、州都周辺に兵が集結しつつあります。このため戦争に必要な物品が豪快に買い占められており、州内で不足。物価がじわじわと上昇しています」

 こめかみを押さえるようにして、稟が報告を始める。今日の議題は本格化しつつある州境の戦についてだ。今まではこの手の対策会議も大分後手に回らざるを得なかったが静里の部下が良い働きをしてくれるおかげで格段に早く、そして正確に情報が集まるようになっていた。稟が参考にしている資料も、静里が集めた情報を元に作成したものである。

「物価の上昇についてまだ許容範囲に収まっているのです。戦の趨勢にもよりますが、勝ってくれるなら何も問題ありません」
「負けたらどうなるか解らないってことか?」
「その時は貴様の首の心配をするが良いです。ねねは貴様が生きようが死のうがしったことではありませんが」
「静里、この戦勝てると思うか?」
「中長期的には微妙なところだな。少なくとも州牧の子飼いだけじゃまず無理だろう。初戦だけでも奴らだけでやるって決定には、私も正気を疑うよ。いずれ負けて、うちにも召集がかかるのは間違いなかろうな。それがいつになるかは、まだ見通しがたたないが」
「案外、州牧が勝つってことはないのか?」
「それはないな。何にしても、巻き込まれるっつーことは覚悟しておけ」

 嬉しくない分析である。巻き込まれるというのは幹部全員の共通見解らしく、会議室に集まった面々は皆不景気な表情をしていた。

「派兵するとして、どれくらいの動員が可能だ?」
「治安維持に余裕を持たせてということなら、歩兵300に騎馬50。期間限定で無理をさせるなら、歩兵500に騎馬70といったところですね」
「それで派兵要求を満たせると思うか?」
「期間限定の方に二割り増ししたくらいが先方の要求ではないかと」

 雛里の返答に一刀は重苦しい溜息を吐いた。数字だけを見れば出せない兵数ではないが、雛里の試算ではそれではこの県の治安が犠牲になる。貸した兵が帰ってくるならばまだ良いが、州牧の噂を聞くに兵を上手く使ってくれるとは思えない。やらなくても良い戦のために民が犠牲になる。それは一刀にとって看過できることではなかった。

 しかし、上からの命令は絶対である。州牧から出せと言われれば、一刀には拒否する権利がない。全くもって、頭の痛い話だった。

「戦の回避は無理そうか?」
「丁原殿が随分頑張ったようですが、外からの働きかけではもう無理でしょう。後は正面からぶつかるか、内から崩すかですが」
「州牧の周辺は身分の高い奴ばかりだ。うちの資金力では買収はまず不可能だな。何かネタでもないかと探ってるが、戦争回避に繋がるような強力なネタは今のところ出てきてない。一人二人を失脚させるくらいなら今でもできるが、首が挿げ替えられるだけで終わりだな。後はもう、州牧の首を取るしかない」
「……これは独り言だけど、州牧の暗殺ってできると思うか?」
「仮に私主導でやるとしたら、間違いなく無理だな。州牧は周辺を護衛で固めてる。私の部下じゃ、突破するのは不可能だ。まぁ、これは独り言だが」

 話を聞けば聞くだけ、戦が不可避であるという認識が強くなっていく。強力に主導しているのは州牧だけだから、これを排除できれば戦争は回避できる。それが解っただけでも収穫だが、自分たちではその排除ができない。

「あー、ちょっとええかな?」

 一刀と軍師たちが自分の無力さに打ちひしがれていると、霞がおずおずと手をあげた。

「何だ霞。何か良い手でもあるのか?」
「それなんやけどな。丁原と協力するのはどうやろ」
「考えないではありませんでしたが、一県令の立場では向こうも相手にしてはくれないのでは?」
「うち丁原知ってるで。恋もや」

 霞の言葉に、恋もこくこくと頷く。意外な事実であるが、彼女らの地元が并州というのは幹部皆の知るところだ。丁原を知っているというのも、それほどおかしな話ではなかった。

「あっちは兵数うちと比べ物にならんくらいあるし、そこに稟ちゃんたちの知恵が加われば州牧についてもどうにかできるんとちゃうかな」
「確かに協力が取り付けられるのならば御の字ですが……」

 稟は霞の言う『知っている』というのがどの程度なのかを測りかねているようだった。どの程度まで便宜が図れるのかで、用いる策は大きく変わってくる。顔見知り程度の関係ならば何の意味もないのだ。

「貴殿と丁原殿はどういう関係なのですか?」
「それはやな――」
「団長、お客さんをお連れしました」

 霞がそれを語ろうとした矢先、ノックもなしに部屋に要が入ってくる。話の腰を折られた霞はむっとした表情を要に向けるが、要はどこ吹く風だった。

「要。客人が来た時はまず通しても良いかと伺いを立てるものだと前に教えたはずですが?」

 代わりに苦言を口にしたのは稟だった。兵の間では鬼軍師と噂の広まっている稟である。苛立たしげにこめかみを押さえながら、感情の篭った声で指摘されるととりあえず謝ってしまおうという気分にさせられるのは、彼女の持つ委員長気質のせいだろう。そんな委員長気質が苦手という人間は多いようで、見た目の雰囲気から親しまれている風や雛里と比べると、稟の周囲はどこか寂しい。

 稟の言葉を受けて要は早速逃げ腰になっていたが、中空に視線を彷徨わせて思いとどまった。部屋の外に視線を向けた彼を見て、一刀たちはもう客人がそこにいるのだと悟った。客人の前で醜態を晒す訳にはいかない。まだまだ小言を言い足りないといった様子の稟だったが、客人の手前ということもあって、椅子に深く座りなおした。

 そして深く溜息を漏らすと、一刀に視線を送ってくる。客人がそこまで来ているのならば、それに入室の許可を出すのはこの場で最も位の高い人間であるべきだ。

「入ってもらってくれ」

 一刀の言葉を受けて、要が廊下にとって返す。『どうぞー』という気の抜けた招きの声に応じて部屋に入ってきたのは、一刀の知る人間だった。

「やぁ、久しぶりだね」

 ソフト帽を軽く持ち上げて、小さくウィンク。久しぶりの再会である灯里は、相変わらず気障な仕草が様になっていた。

「便りもろくに出せなくてごめんね。ちょっと込み入ったことになっててさ」
「また会えて嬉しいよ。とにかく無事で良かった」

 驚きこそしたが、一刀にとっては嬉しい再会だった。抱擁を交わして再会を喜びあうと部屋の中に招き入れる。村で出会った三人は灯里を良く知っているので、握手したり抱擁を交わしたりと、再会の挨拶は簡素なものだった。

「呂布将軍に張遼将軍。会えて嬉しいよ。僕は徐庶、字は元直。噂はずっと聞いていたけど、まさか本当に一刀と合流してるとは思わなかった」
「色々と縁があってなぁ……一刀なんや、おもしろいし」
「それは僕も保障するよ。これからもどうか彼を支えてあげてほしい」

 初めて会うはずだが、霞は灯里のことを気に入ったようで、握手を交わす二人はまるで旧友のような微笑を浮かべている。灯里は恋にも握手を求めたが、恋はさっとその手を握っただけだった。簡素過ぎるやり取りに灯里も呆然とするが、一刀がそっとこういうキャラなのだと伝えると気持ちを持ち直し、静里の前に立った。

「僕が先生を訪ねて以来かな。久しぶりだね静里。君が朱里について劉備殿の所に仕官したと聞いた時は驚いたものだけど、その朱里を連れて一刀のところに来たと聞いた時にはもっと驚いたよ」
「ご無沙汰しています、先輩」
「うん。君も元気そうで何よりだ。朱里のことは良く守ってくれたね。それについては色々と話もあるのだけど、まずは仕事の話をしようか」

 『仕事』という部分を強調して、灯里は居並んだ一同を見回した。

「僕はある人の使いで来たんだ。その人の名前は丁原。呂布将軍と張遼将軍の義母殿さ」
「義母?」

 一刀たちの視線が霞たちに向く。視線を受けた霞は苦笑を浮かべて手をぱたぱたと横に振った。

「義母なんて上等なもんやないで。あれはおかんや、おかん」
「おかん……」
「せや。身寄りのない子供の面倒を見るような人でな、うちや恋もそんな関係で世話になったんや。槍や馬の使い方もおかんに教わったんやで?」
「じゃあその丁原さんは、霞や恋よりも強いのか?」
「普通に戦ったら百回やって百回うちらが勝つと思う。そもそもおかんに勝てるようになったから一人立ちして名前売ったろうと思った訳やしな」
「つまり普通に戦わなかったら?」
「……あまり戦いたいとは思わんな。おかん、うちらのこと結構知ってるから中々エゲつない攻め方するんや。少数の奇襲戦法とかやらせたらおかんの右に出るもんはいないで」

 愚痴を漏らすように語る霞は心底嫌そうな顔をしている。部隊の運用について自信を持っている彼女が、戦についてこんな顔をするのは非常に珍しい。神速の張遼を煙に巻くほどの奇襲戦法の使い手、と聞くと恐ろしい限りであるが、何もそれと敵対しようというのではない。今はその恐ろしい相手と手を組もうという話をしているのだった。

「それで灯里。その丁原殿が俺たちに何を?」
「単刀直入に言うと、協力しないかってことさ。州牧の異民族攻めが大分現実味を帯びてきたのでね。その前に行動を起こさなければならない丁原殿は、戦力集めに影で奮闘してるという訳さ」
「何で灯里がその手伝いをしてるんだ?」
「戦争に首を突っ込むのも何だから大回りして并州入りしたら、丁原殿に出くわしてね。豪快な性格の割りに軍師を買ってくれる人で、色々と話をしてるうちに異民族との関係が不味いこといなってきたんだ。丁原殿は別に良いって言ってくれたんだけど、ここで逃げるなんて僕の名前が廃ると思ってね。今は彼女の軍師のようなものをしてるよ」
「つまり、貴殿は丁原殿に仕官したのですか?」
「臨時ということで話はついてるよ。この戦が一区切り着くまでってことだね。その後どうするかは……戦が終わってから話そうか」

 ふふふ、と意味ありげに微笑む灯里に一刀が返したのは苦笑だった。これから協力してくれるというのならこれほど嬉しいことはないが、含むところのありそうな灯里の視線に、何となく稟が気になったのである。仲間が増えることについては稟だって喜んでくれるはずなのだが、どうにも歓迎されていないように思えた。顔を盗み見ると稟はいつも通りの厳しい表情をしていた。

「それで灯里。丁原殿は戦についてどう考えてるんだ? 徹底抗戦というなら、俺は色々と考えなきゃいけないんだが……」
「おかんは奇襲が得意言うたやろ? 正面きって勝てんて解ったら、後はもう一つしかない」

 代わりに答えた霞の言葉を継ぐようにして、灯里は微笑みを浮かべながら言った。

「丁原殿は戦を短期で終わらせようとしてるよ。でも、それが一刀に受け入れてもらえるかは良く解らない。だから君を知る僕が、その調整役として来た訳だ。一刀、丁原殿はね」

「州牧を暗殺するつもりなのさ」










 丁原。字は建陽。西河郡の太守を務める女傑で、騎馬と弓の名手として知られている。荒っぽい性格と有名だが人情家としても知られており、孤児を引き取って面倒を見るなど良心的な一面もある。名門の生まれではなく自力で今の地位を手に入れたため血統を重視する中央の受けは悪いが、その腕一つでのし上がってきた地元出身の太守であるため、民からの信頼はとても厚い。

 地元民からの支持を背景に、彼女のコネは国外にも及んでいた。異民族と交流を持ち商いのためのルートまで持っている役人は、国内でも数えるほどしかいない。丁原の領地は異民族との人材交流が盛んなこともあり、騎馬が強いことで知られる并州の軍の中でも精強であることで知られていた。

 異民族とのコネに加えて精強な軍。中央で確かな地位を築いた州牧であっても、丁原を無視することはできなかった。丁原の協力なしには国境の平和は成り立たない。それを知っているからこそ今までの州牧と丁原は少なくとも表向きは良好な関係を築くことができた。

 良好な関係にひびが入ったのは今の州牧に変わってからだ。排他的な政策を打ち出した州牧は異民族と良い関係を築いている丁原と衝突するようになる。一時はすわ内戦かというところにまで話は進んだが、異民族の前に丁原と戦うのは得策ではないと州牧周囲の人間が止めたおかげで話は先送りにされた。丁原とて帝国の臣である。豪放磊落な性格であっても守るべき民があり、仲間があった。異民族と戦うことが間違っていると思っても、軽々に味方できない。丁原が彼らの味方をするということは、その仲間、民にまで国賊の謗りを受けさせるということでもあった。

 かといって立地的に戦が始まった場合、最前線で戦わされるのは目に見えていた。丁原にとっては異民族でも仲間であり友である。彼らを排除したいのは州牧であって、丁原ではない。丁原には彼らと戦う理由がなかった。

 普通の人間であれば立場と個人的感情の板ばさみになって苦しむ場面であるが、しかし丁原は普通の神経をしていなかった。彼女は頭を巡らせ、もっとも自分と仲間に都合の良い展開を考えた。外国の友人が血を流さなくても済み、自分も国賊とならず、また并州の兵や民の被害も最小限に納める方法。そんなものは一つしかなかった。

「――最小限の犠牲で戦争そのものの発生を防ぐ。熱烈に主導してるのは州牧とその周辺だけだから、これを排除するだけで良い」
「話が早くて助かりますが、そう上手くいくものですか?」
「勘定ができねーのは上の連中だけだよ。今、この情勢で外と戦っても良いことねーのは、結構多くの人間がわかってるんだぜ?」

 灯里の話を静里が補足する。情報担当の彼女が保障したことで、稟は灯里の話を『信ずるに足る』と判断したようだった。逆に、灯里は驚いたような表情をし、稟と、次いで静里を見やった。

「そんな顔してどうしたんだ、灯里」
「いや、よくも静里を信じてくれるものだと思ってね。かわいい娘だけど、学院でもよく周りと衝突していたからさ。上手くやっていけるか少し不安だったんだけど、安心したよ」
「静里は良くやってくれてるよ。そりゃあ、ちょっと口が悪いところもあるけど、俺は少し前まで物を身体で覚えさせるような場所にいたから、あまり気にならないかな。それに――」

 一刀は周囲を伺うようにして、灯里の耳元に顔を寄せる。

「口の達者さでは、稟も似たようなものだろ?」
「……それは僕たちだけの秘密ということにしておいてあげるよ」
「助かる」

 ははは、と笑う一刀と灯里を当の稟が睨んでくる。『またつまらないことを言ったのでしょう……』と口にした内容まで見抜かれていそうな顔だったが、追求はしてこなかった。代わりに稟は大きく溜息を吐いた。

「誰も言わないようだから一応言うけど、暗殺以外の手段はないのか? 最初から殺してしまえっていうのは、個人的には受け入れ難いんだけど」

 灯里が話を持ってきた時点でそういう段階ではないというのは理解していたが、それでも口にせずにはいられなかった。何を今更、と静里などは迷惑そうな顔をしたが、灯里は一刀の言葉を受け止めて静かに、そして丁寧に言葉を紡いだ。

「気位は高いし金に困ってるところはない。今回の戦についても奴の信条に起因するものだから、それを覆すのは難しいだろう。選民思想的な州牧の発想は筋金入りらしいからね……誰かが言って直るようなら、とっくに直ってるさ。後は人質を取って脅すとかだけど、そういう手段は嫌だろう?」

 無言で頷く一刀に、しかし灯里は嬉しそうに微笑んだ。

「ならばやっぱり、州牧を排除するしかない。まぁ、どうしても殺さなければならないという訳じゃないけどね。殺す殺さないは州都を落として奴を捕まえてから考えれば良い」
「俺は甘いのかな……」
「色々な可能性を考えておいて損はないよ。君は君のまま、成長すれば良いのさ」

 微笑みを向けてくる灯里に、一刀は思わず視線を逸らした。

「さて。それじゃあ、一刀は協力してくれるということで良いのかな?」
「死ななくても良い命を助けられるなら、俺はそれに協力したい。うちの県としても州牧の首がすげ変わってくれれば益もある。協力しない理由はないよ」
「受け入れてくれて何よりだ」
「計画はどのようになっているのですか?」
「それについてはまずこれに目を通してほしい。丁原殿と僕で詰めた作戦案だ。基本はこれに沿って進めていくことになっているけど、穴があるようだったら知らせてくれ」
「貴殿が関わっているのならば安心してみていられますね」
「神算鬼謀の士に添削されるとなると緊張するな」

 言葉とは裏腹に、灯里に緊張した様子はまるでない。自信に満ち溢れたその態度に木簡を受け取る稟の方が、気負ってしまったほどだった。一緒に行動したのは短い間だったが、灯里の実力は稟も認めている。その灯里が関わったのならばその作戦に穴などあるはずもない、くらいの信頼はしているだろう。それは風や雛里だって同じはずである。

 しかし、事は集団全体に関わることである。事前に作戦を吟味することには大きな意味があるのだ。軍師の代表として、稟がざっと目を通しておから、卓の上に木簡を広げる。残りの全員で、それを覗き込んだ。

「全員で意見をまとめるには少し時間がかかるだろう。僕はその間、席を外しても良いかな?」
「街を見て回るというのならば誰か案内をつけるよ」
「案内は必要だけど、街に行くのは別の機会にさせてもらうよ。朱里がここにいるんだろう? ちょっと顔を見てきたいんだけど、許可をもらえるかな」
「ああ、そんなことか」

 灯里からの申し出に、一刀はちらと雛里に目を向けた。一緒に行ってくるか? という無言の問いに、雛里は首を横に振る。その後静里にも目を向けたが、こちらは少し食い気味に首を横に振った。

「解った。人を呼ぶから部屋まではそいつの案内に従ってくれ」
「配慮に感謝するよ」
「ゆっくりしてくれて良いよ。その間に俺たちは意見をまとめておくから」
「そうさせてもらうよ。僕も朱里に、聞いてみたいことがあるからね」

 話はまた後で、と灯里は微笑みながら部屋を出て行く。その足音が完全に聞こえなくなったのを確認してから、

「良かったのか? 積もる話もあっただろ?」
「そんな話は後でもできる。今はこいつについて意見を纏めるのが先だ」

 ごもっとも、と一刀は改めて作戦書に目を落とした。

 つらつらと概要が書かれているが、要約するならば二面作戦だ。国境付近で異民族が部隊を展開。州牧が部隊の大半をそちらに向けるように誘導し、これを国境付近で足止めさせる。その間、少数の強襲部隊で州都を落とす。州牧がどこにいるかはその時になってみないと解らないが、灯里と丁原は州都に残ると見ているようだった。

「どれだけ戦力を引き付けられるかが、この作戦の肝となるでしょう」

 真っ先に木簡を読み終えた稟が、自分の考えを口にする。椅子に深く腰掛けながら、自分の考えを纏めるように目を閉じた稟の姿に、一刀は小さく感嘆の溜息を漏らした。眉を潜めて思考する稟の姿を、美しいと思ったのだ。無論、こういう時に考えることではないのは解っている。見つめているとバレたらまた説教だ。バレないうちにと視線を逸らしたが、視線を逸らした先には風がいた。タレ気味の目をにやりと細めたその姿に、後にこのネタでからかわれることを理解した一刀はこっそりと、今度は大きく溜息をついた。

「丁原殿は異民族との間に強い繋がりがあると聞きますが、州牧軍を引き付けられるほどの大部隊を展開させられるものなのですか?」
「聞いた限りじゃあ、可能だろうな。自分の軍も足して水増しをする必要はあるだろうが、奴の軍には異民族と関係を持つ兵も多くいるらしい。実行そのものは難しくはないだろう」
「問題は州牧軍を受け止めることができるかですねー。并州の軍は騎馬が精強だと聞いてますが――」

 風が水を向けると、霞はいやいや、と首を横に振った。

「州牧のアホが異民族系を排除したせいで、その精強な騎馬はおかんのとこにしか残っとらんよ。今州牧軍に残っとるんは、残りカスみたいなもんや」
「だからと言って安心はできないのですよ。袁紹のアホに連なる家柄だけあって豊富な資金を持っているのです。奴個人で動員できるだけで兵数は約二万。錬度は大したことありませんが、装備や兵糧は潤沢なのです」
「加えてこれは動員をかけていない段階での数字です。州全体に動員がかかれば、倍の兵が集まるはずです」
「対して丁原殿の部隊は一万弱。精強な騎馬隊を中心とした構成です。兵数は倍。それでも戦をすれば八対二くらいで丁原殿が勝つでしょうが、被害をなるべく出さずにということになると、話は変わってきます」

 稟はこめかみを押さえて溜息を吐いた。

 丁原軍と州牧軍が衝突してしまえば、話は州牧対異民族という構図から内乱へと変わってしまう。丁原としては、それは避けたいはずだ。丁原が協力しているということは州牧軍の方にも伝わっているだろうが、州牧軍の方もそれを認めたくない事情がある。丁原が反逆者であると断じてしまえば、精強な騎馬隊を惜しげもなく動員してくるだろう。并州に騎馬ありと知れ渡るほどに精強な騎馬隊を、わざわざ相手にしたいと思う人間はいない。

 丁原軍対州牧軍という構図は、当座は最後の手段だ。州牧軍は丁原軍の影が見えても無視して行軍し、丁原軍はひっそりと異民族と共に行動し州牧軍と戦う。初戦はそういう形で話が進むだろう。

 この状態でも良い勝負ができるだろうが、国境沿いの混成軍の目的は州牧軍の撃破ではなく戦線の維持だ。制限のかかった寡兵でそれを行うのは、いかに兵の実力に差があったとしても厳しい。。

 しかし、灯里はこれを採用した。軍師の目から見て、そこに勝算があるということだ。事実、顔を付き合わせた頼もしい軍師達の中に、作戦に文句を付けている人間は一人もいなかった。

「実行に現実味があるのならば、我々はそれに沿うのが良いでしょう。協力したとしてもこの作戦においてより血を流すことになるのは丁原殿の側です。我々はそれに乗っかるだけに過ぎません。成功するならば少ない労で、大きな利を得ることができます。しかし失敗すれば……」
「これ以上の打撃はないな」

 組織として体力のある丁原軍は多少のことではビクともしないだろうが、領地が県一つしかない一刀軍は少しの打撃で瓦解する。だが、

「ですがご安心を。そうならないために我々がいるのです。一刀殿は精々、大きく構えて皆を安心させてください」
「大きく構えるのだけが仕事ってのも、寂しい話だよな」
「なら安心しても良いですよ。今回はお兄さんも兵を率いることになるでしょうから」
「安心……して良いのかな」

 誰がどこを担当するということは作戦書に明記されている訳ではないが、位置条件から強襲を担当するのは一刀たちということになるだろう。そして立場的に、それを率いるのは一刀とになる。連合軍で戦った時には、一刀の上には思春がいて、孫策がいた。今度は上に立ってくれる人間はいない。丁原と協力するという前提はあるものの、これは紛れもなく北郷一刀の戦だった。

「我々の規模を考えたら手を出すべきなのではないのかもしれませんが、無駄な血が流れるというのならば協力しない訳には行きません。それに、ここでこの話を蹴ったとしたら最悪、州牧の側で戦わなければならなくなるでしょう。それならば丁原殿の提案に乗る方がまだ被害は少なくて済む」
「後は風たちの力で利を得るだけです。簡単に考えられても困りますが、難しく考えることはありません。必要なことは風たちが考えますから、お兄さんはいつも通り皆を率いていれば大丈夫ですよ」
「何から何まで苦労をかけてごめんな」
「気にしないでください、一刀さん。それが軍師の仕事なんですから」
「いい雰囲気のところ悪いんだが、やるなら早いうちから動いておきたい。部下を連れて州都に向かいたいんだが、構わねーか?」
「もうか? 灯里と作戦を詰めてからでも問題ないんじゃないかな」
「情報ってのは生物だからな。仕入れるのは早ければ早いほど良いんだ。連絡手段はこっちから知らせるから、情報は作戦の参考にしてくれ」

 あと、灯里先輩によろしく。とだけ言い残して静里は部屋を出て行った。

「……動きの早い奴やなー。うちの部下にもあんなんが欲しいわ」
「神速の張遼部隊とか呼ばれてもまだ足りないのか?」
「より速く、より強くや。上を目指すに限界なんてもんはないんよ。強うなればそれだけ生き残る確率も上がるしな」

 かの張遼が言うと説得力が違う。兵としてあくまで凡人である一刀は霞の言葉にはー、と溜息だけを漏らした。

「方針はこんなもので良いですか? ならば、後は元直殿が戻ってきてからにしましょう」
「ならお茶でも――」
「私がやります!」

 一刀が当然のように配膳をしようと立ち上がるのを抑える形で、雛里が声を上げた。軍団の代表に幹部の軍師。客観的に見ればどちらもお茶汲みをさせられるような立場ではなかったが、この場においてどちらが相応しいかと言えば、一刀よりは雛里の方と言えた。それに一刀も異論はないが……

 周囲の人間の顔を見ると、酷く微妙な表情をしていた。彼女らも一刀ならば雛里ということに異論はないだろうが、かわいい小動物というイメージが民の間にまで広まっている雛里がそういうことをすると、ひっくり返しそうで不安なのである。保護欲を悪い意味でかきたてられるとでも言えば良いのか、仕事以外のことを任せるにはその小さな身体は酷く頼りなく見えるのだった。

 もうかれこれ二年以上の付き合いになる一刀もそれは良く理解していたが、やる! と瞳を輝かせている雛里を見ると、断る訳にはいかないかった。溜息にならないように気をつけながら大きく息を吐き、一刀は椅子に座りなおす。

「じゃあ、雛里にお願いしようかな」
「おまかせください!」

 小さな身体に自信を漲らせて椅子を立つ雛里を、一刀だけでなくその場にいた恋以外の全員がはらはらした気持ちで雛里の背中を追っていた。 
 
 



















「失礼するよ、朱里」

 部屋まで案内してくれた兵に軽い挨拶をしてから、一応の礼儀として断りを入れてから了解の返事を待たずに部屋に入り込む。聊か無礼かと思ったが、相手を驚かせるためにはそれも仕方がなかった。心疲れているだろう朱里に、少しでも元気になってもらいたいと思っているのは、灯里も同じなのである。

 幸いなことに、突然現れた灯里に朱里は寝台の上で目を丸くして驚いた。小さな顔に目一杯の驚きを浮かべた朱里は、学院にいた頃と変わらずに小動物のようで愛らしい。灯里も笑顔を浮かべて寝台に寄るが、近づいて見ると朱里は随分とやつれて見えた。

 元々小さい身体がさらに小さく見える。健康そうに見えるのが救いであるが、普段よりも食事の量が減っているのだろう。僅かにこけた頬が朱里の内心を伺わせる。それでも寝台の周囲に山と木簡を積んでいるのは、いかにも朱里らしいと言えた。どんな環境にあっても知識情報を仕入れずにはいられない。それが軍師の性質なのだ。

「灯里先輩!」
「具合が悪いと静里や雛里から聞いていたのだけれど、思っていたよりは元気そうで何よりだ」
「はい。私はもう大丈夫だと言ったんですけど、雛里ちゃんも静里ちゃんも大事を取れって聞かないんですよ」

 ぷー、と頬を膨らませて見せる朱里に苦笑を返す。病人けが人というのは、いつでも同じことを言うのだ。

 とは言え、第一報を貰った時に想像したよりはずっと健康そうだ。これならば寝台で寝ているのも本当に大事を取ってなのだろう。後は本人の気の持ちようで現場に復帰することができるはずだ。問題があるとすれば、復帰するための現場がないことであるが、朱里ほどの軍師ならば引く手も数多だ。それこそ本人の気の持ちようでどこにだって仕官できる。

「あの二人だって朱里を困らせたくて言っているのではないさ。大事を取れと言ってくれているのだから、取れば良いのさ。ゆっくり読書をする時間が取れるなんて、学生の時以来だろう?」
「そうですね、それは少し嬉しいです」

 木簡の一つを抱えて、朱里は儚げに微笑んだ。学院時代を懐かしむように細められた目には、遠い水鏡女学院の姿が浮かんでいるのだろうか。あの頃は好きなだけ本を読み学業に励み、学生同士で激論を交わしたものだ。小さな身体をいからせながら、こちらの論に真っ向から挑んできた朱里と雛里の姿が、灯里の脳裏に浮かぶ。

 怖がりで小心者の癖に、こうと決めたら突き進んでいく頑固なところがあった。それが朱里の原動力となっているのも事実であるが、同時に、いつか彼女の身を滅ぼすのではないかと危惧もしていた。劉備の所を出て行く羽目になったのは、まさにそれが的中した形と言える。

 劉備の人となりについて、灯里も調べたことがある。朱里が劉備の元に仕官を決めて、すぐのことだ。人物は良くできている。今の時代には似つかわしくない、気高い理想を持った人物だ。頭も悪くはないし、人徳もあるという。

 だが察するに、頭が固い。曹操や孫策のような濁の部分を受け入れるだけの度量が、劉備には欠けているように思えた。

 理想を追うことが悪いとは言わない。こんな時代であるからこそ、劉備のような理想が必要とされる。それは理解できなくはないが、それは力が伴って初めて実行できる類のものだ。最初から理想だけを追い求めて結果に結びつけることは、それこそ最初から最後まで天に愛されているような人物でなければできないだろう。

 関羽と張飛という武があり、朱里という知もあった。

 それでも、かの曹操に勝つことは難しかったろう。遠く徐州の地では曹操軍と劉備軍の戦が始まろうとしている。元々の兵力差に加え、筆頭軍師を欠いた今の劉備軍では万に一つも勝ち目はない。もはやどこを落とし所とするかの問題であるが、不幸なことに劉備軍には曹操を相手にそれを考え、纏め上げることのできる人間がいない。

 かつて劉備軍の筆頭軍師であった少女は、今灯里の目の前で微笑みながら木簡に目を落としている。

 その笑顔を横目に見ながら、灯里は木簡の題に目を走らせた。軍事書なども見られるが、その大半は調査資料だった。この并州の地理、兵や人口の分布などが事細かに記されている。灯里も木簡の一つに目を通して気づいた。この細かな仕事は、静里の物だろう。口は悪いが朱里を大切に思っているあの少女のことである。これを提出することに抵抗はあったろうが、朱里の頼みを断ることなどできない彼女は渋々これを提出したのだろう。

 おそらくこれは、奉孝たち幹部の元に渡ったのと同程度の情報が記載されたものだ。情勢を知るだけではない。相手をどうやって攻略するかを考える、軍師にこそ相応しい読み物である。寝台の横に放られた覚書には、朱里の考えが彼女らしい小さな字で書きなぐられている。自分ならば并州をどう攻略するか。かの諸葛孔明には、既にその道筋が見えているのだ。

 灯里の視線に気づいた朱里がバツの悪そうな顔をするが、灯里はすぐに首を振った。

「別に悪いことではないだろう。こういうことは僕ら軍師の癖みたいなものだ。それよりも朱里がどういう考えなのか聞かせてもらいたいな」

 本腰を入れて聞くつもりで、灯里は寝台脇の椅子に腰を降ろした。戦の方針について論を交わすのは本当に学生の時以来だ。自分と一刀たちの今後に関わることだけに必死な思いもあったが、単純に朱里の意見を聞いてみたいという思いもあった。こんな状況ながらわくわくしている自分を意識しながら、灯里は先を促す。

 朱里は恥ずかしそうに灯里を見つめ返したが、やがて意を決したのか走り書きをした木簡の一つを手にとってぽつぽつと口を開いた。

「この戦、北郷さんのためのものですよね?」

 いきなり核心を突いてきた朱里に、灯里は口ごもった。

「丁原殿の風聞と先輩の好みを鑑みるに、短期決戦を望むはず。まともにぶつかり合えば長期戦になることは間違いありませんから、そうなると奇襲強襲というのが常道です。州都から主戦力を引き離し、その隙に強襲をかけて州都を奪う、というのが最も可能性が高いと考えましたが、これはどうでしょうか」
「間違いないよ。続けてくれ」
「立地的にこの県の軍を使うのが都合が良いのは解りますが、いかに呂布、張遼両将軍がいるとは言え、外部の部隊に重要な作戦を任せるのは危険です。そもそも戦力差があるとは言え、丁原軍は人手がない訳ではありません。この作戦を任せるに十分な兵も少なからずいるでしょう。それでも尚、先輩が北郷さんに声をかけに来たのは、そうしなければならない意図があったからです。最初は両将軍を引き抜くのが目的かと思いましたが、あの二人の知名度と、丁原殿と知己であるという事実を考えれば、こんな迂遠な方法を取る必要はありません。となれば目的はそれ以外ということになります」
「客観的に見れば軍師殿たちの方が魅力的じゃないか? 一刀はそりゃあ悪い人間じゃないけれど、君主としてはちょっと物足りないよ?」
「彼らを少し調べれば強い絆で繋がっていることが見てとれます。軍師を一人引き抜くのも容易なことではないでしょう。それならば、北郷殿一人を釣って、他全員もまとめて釣り上げる方が効率は良いです」
「しかし首尾よく一刀たちを釣り上げたとしても、このままでは一刀は丁原殿の下につくことになるかもしれないよ? 一刀はともかく、軍師たちがそれを受け入れるかな?}
「そのための強襲役なんですよね? 十分な武功を立てることができれば、周りもそれを無視することはできません。それが第一の武功となれば尚更です。加えて、丁原殿は権力に対する執着が薄く、今の太守の地位すら面倒臭がっていると聞きます。丁原殿が武功第一となれば、州牧への就任はほぼ決定的です。そうならないためには、信用のおける人身御供が必要となります。そうして白羽の矢が立ったのが……」
「一刀という訳か。なるほど、流石に臥龍。素晴らしい読みだ」
「ありがとうございます」
「でも一つだけ訂正をするのなら、丁原殿はそこまで面倒くさがりではないよ。他になり手がいないのなら、なってやるのも吝かではないというようなことを仰いっていたし」

 彼女の名誉のために付け加えておくが、しかし面倒くさがりというのは本当のことだ。自分がいなくても大丈夫という確信が持てれば彼女はいつでも太守の地位など放り出して放浪の旅にでも出るに違いない。

「良く見抜いたものだけど、できることなら他言無用に頼むよ。特に一刀に知らせては駄目だ」

 と釘を刺しておくことも忘れない。奉孝などのはこちらの意図に気づいているだろうが、おかしなところで気の回らない一刀は何も気づいていないはずだ。一刀のことだ。変に意識させると途端に能力が発揮できなくなるかもしれない。そういうところが愛すべきところとは思うものの、手をしくじられると命すら失うこの状況では事を仕損じるような事態は一つでも減らしておきたい。

「どうして北郷さんにそこまで入れ込むんですか?」
「どうしてと言われると……どうしてなんだろうね」

 確かに実務能力という点ではあまり見るところはない。実戦を経験して成長はしたようだが、それこそ曹操や孫策と比べたら雲泥の差だろう。彼女らは間違いなく英傑であるが、一刀の場合そう表現するには色々な意味で寂しい。

 だが灯里は丁原に『上に押し上げるのに都合の良い人間は?』と問われてまず一刀のことを考えた。朱里の言うように彼を口説き落とせば漏れなく奉孝たちも着いてくると考えれば確かに一刀ほど都合の良い人間はいないかもしれない。実務は奉孝たちに任せ、大人しく椅子に座っていれば問題なく世界は回るのだから。大きな欲を持たないという意味では、なるほど、一刀は確かに君主の器かもしれない。奉孝に言わせれば無欲すぎるということだが、強欲であるよりはずっと良い。

 褒めるべきところと言えばそれくらいだ。旅をしている間も一刀についての情報は集めていたが、目を瞠るほどの成長はしていないと判断できる。丁原とてやる気が少なくとも英傑の部類だ。曹操や孫策に比べたら劣るものの、家名の上に胡坐をかいでいる袁紹などよりはよほど、民のことを考え政を行っている。

 そんな彼女の前に連れて行くに辺り、一刀は果たして相応しいのだろうか。

 その自問に、灯里は迷わず是と返した。一刀ならばやってくれる。そう思わせる力が一刀にはある。それを人は人徳と呼ぶのかもしれない。あの日、村で別れた時にも感じたあの思いは、今日再び一刀を前にした時、さらに強くなった。彼を推挙したのは間違いではなかったと、灯里は確信していた。

 一刀が上に上るための作戦を失敗させる訳にはいかない。そのための人手は多ければ多いほど良い。資料だけでこちらの意図を見抜いた朱里は、共に行動するに十分だろう。本人の気持ちさえ定まれば、いつだって引き入れる用意が灯里にはあった。

 朱里の顔を見ながら、灯里は寝台の周囲の資料の内容を思い出す。学術書以外は全て并州に関する資料だった。并州のみで、徐州のものは一つもない。つまり朱里は劉備に関する情報を全く仕入れていないということだ。寝台の下にでも隠した可能性は捨てきれないが、灯里は部屋に入るのに朱里の了解を待たなかった。資料を隠すだけの時間はない。劉備についての情報を意図的に遮断している節がある。

 吹っ切れたというのならば、むしろ望むところだ。新たな一歩を朱里が踏み出すというのなら、灯里は喜んで力を貸すだろう。

 だが、灯里は朱里の性格を知っている。朱里の心を占めるのは、今も劉備なのだ。それなのに情報を遮断しているのは、彼女の心の不安定さを如実に表しているように思えた。周囲に気を使って、大丈夫なように見せているだけ。本当は、いてもたってもいられないのだ。

 何より劉備は今、不味い状況にある。曹操が戦に舵を切ったことで、その命は風前の灯火だ。本当に命までとられるかは五分であるが、かの王佐の才が劉備を好んで生かすとも思えない。戦は水ものだ。仮に曹操が劉備を生かそうとしても、何かの間違いで命を落とすことが多いにありうる。

 そんな劉備の危機的状況に同道できないのは、朱里にとって大きな苦痛だろう。苦痛の中で劉備死亡の報を聞けば、彼女の心は壊れてしまうかもしれない。先輩として友人としてそれはどうしても避けたいが、今の灯里は劉備の命をどうこうできる立場にない。劉備が生き残ることができるかは、天運と、曹操の意思に関わっている。天が彼女を生かそうとするならば、曹操が有用と認めるならば劉備は生き残ることができるだろう。

 しかしそうでない時は……自分は本当に、この後輩を失うことになるかもしれない。天才肌の朱里は元来、打たれ強くない。支えにしていた劉備が死んだとなれば本当に後を追う可能性だってあった。

 そうならないためには新たな心の支えが早急に必要であるのだが、

「一刀は全く、何をやってるんだろうね」
「北郷さんがどうかしたんですか?」
「いや、こっちの話だよ」

 朱里に苦笑を返しつつ、灯里は内心で一人ごちた。

 顔は悪くないしなよっちくもない。以前にあった時はただの村の青年だったが、今は県令という立場もある。年齢的にもそろそろ女の一人や二人はいてもおかしくはないのだ。加えて、周囲には奉孝や仲徳など美女美少女がいる。正直、再会した時には子供が何人いるかと期待してもいたのだが、実際にあってみたら子供は愚か誰かと恋仲になったという様子すらない。おそらく幹部全員未通女だろう。

 朱里の心中に強烈に巣くった劉備を吹き飛ばすには、それ以上に強烈な存在を見つけるしかない。そのために一刀はうってつけだった。何より男であるのが良い。朱里が一刀に好意を抱くようなことがあれば、例え劉備に何があったとしても死ぬなんてことは考えなくなるだろう。現金と言えばそれまでだが、この際生きることに執着してくれるのならばその原動力は何でも良かった。男のためにその身を捧げると言えば、外聞は良くないが女としての体裁は保つことができる。

 だがそれも、一刀が女慣れしていないということでご破算だ。難しい状況の年頃の少女を扱えるような腕は、今の一刀にはないだろう。女の扱いに慣れていても困るが、全く知らないというのでは話にならない。逆に、幹部を奉孝たちが固めてしまったのがいけなかったのだろうか。奉孝たちとそういう仲にならないのだとすれば、男としては聊か窮屈な環境だろう。女遊びの一つでも教えることのできる人間がいれば良かったのだが、幹部は全て女性である。護衛についているらしい子義こそ男性であるが、彼は一刀の舎弟のようなものかつおばかさんであるので、良い顔をしている割に女には一刀以上に縁がない。女を世話するのは絶対に無理だ。

 それに性的な話になるには朱里は正直物足りない。奉孝たちを差し置いてまず朱里に性的興奮を覚えるというのも、それで問題だ。雛里は結構『可愛がられている』というが、実際に手を出すとなったらやはり朱里の見た目は大きな障害になる。

 朱里を取り巻く色々なものが上手く行っていない。何が間違っていたのか、誰が間違っていたのか。神ならぬ灯里にそれを特定することはできなかった。

「突然だけど朱里、君の目から見て一刀はどんな男だい?」
「良い人……じゃないかと思います。あの静里ちゃんが一緒に行動してるくらいですから、度量の広い方なのではないかと」
「話したりしてないのかい?」
「それはあまり。お見舞いには毎日来てくれますけど、いつも北郷さんだけが話して帰られます」
「それは男として美しくないな……」

 可愛い後輩に何て対応を、と灯里が密かに憤っていると朱里が慌てて否定してくる。

「違います! 私が上手く話せてないだけで、北郷さんはとても優しくしてくれます。話したくなったら話してくれれば良いよって」
「随分とのんきなものだね、あの御仁は」

 ロクに話もしてくれない少女の部屋に毎日通うというのも、随分マメなことである。そういう気遣いができるからこそ奉孝や仲徳とも上手くやっていけるのだろうが、灯里としてはもう一歩踏み込んでくれれば、と思わずにはいられなかった。そうすれば朱里も思わず恋に落ちていたかもしれない。恋して気力の充実した諸葛孔明が軍師として加わってくれるのならば、これほど心強いことはないのに勿体無いことだ。

「さて、僕はそろそろお暇するよ。一刀たちのことだ。もう結論くらいは出ているだろうからね」
「今日はきてくれてありがとうございました」
「可愛い後輩のためだからね。朱里も、早く元気になると良い。本を読んで思索に耽るのも素敵なことだけど、軍師の本領は実践だからね」
「頑張ります」

 真面目ぶって答える朱里に、灯里は手を帽子を軽く持ち上げて会釈をすると部屋を出た。

 可愛い後輩と会ったことで癒された心が、歩みを進めるごとに冷えていく。軍師の顔に戻った灯里は帽子を目深に被り直した。















インターミッション編がこれで終了となります。次回途中から戦パートのスタートです。
丁原の登場はまだちょっと先の話。さて年内に登場することはできるでしょうか……
次回もなるべく早くお届けできるよう、頑張ります。



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