<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:5ac47c5c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 04:59









「えーこの度県令として赴任しました北郷一刀です。姓が北郷、名が一刀。字はありません。至らないところもあるかと思いますが、ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」

 赴任初日、県庁に詰めていた職員全員を前に行った挨拶は、彼らの度肝を抜いた。腰が低すぎると直後に稟に怒られたこの挨拶は、結果だけを見れば悪いものではなかった。上の都合でころころ変わる県令なんて誰がやっても一緒だしー、と人事に関してなげやり感を持っていた職員の印象にはっきりと残ったのだから、掴みとしては上々である。

 県令として一刀がまず最初に行ったのは、人事の刷新だった。連れてきた軍師四人と張遼を、各々が担当する分野の最高責任者に据えたのだ。これには職員から――主に、それまで最高責任者をしていた者――から反発が出たが、稟たちが本気の一端を見せたことで、少なくとも表面上は文句は出てこなくなった。本人たちは自分達よりも優秀な人間がいればその下についても良いと思っていたらしいが、幸か不幸かそんな人間は一人もいなかった。

 次に着手したのが『改革』である。と言っても、大したことを行った訳ではない。現在どういった風に業務が行われているのかを洗い出し、問題があるところを改善、効率化できるところは効率化しただけという、稟に言わせれば当たり前のことを当たり前のようにできる環境を整えただけなのだが、それが職員たちには凄まじい改革に見えたらしく、効率化が完了し新たに業務が始まる頃には、稟たちは職員から確かな信頼を勝ち得ていた。

 そこまで終わらせるのに二週間を費やした。こなすべき業務をこなしながらの改革であったから、慣れない一刀には目の回るような忙しさだったが、改革が終わる頃には業務はとりあえずの落ち着きを見せていた。覚えなければならないことはまだまだあるが、通常業務を行うだけならば一人でも問題ないくらいには、仕事の内容を把握することができた。

 それもこれも、一緒に仕事をする仲間が優秀だったからである。各々の仕事をこなしながらも、彼女らは一刀を助けてくれた。何か問題はないかとそれとなく聞いてくれ、助けられることならば何も言わずに手伝ってくれた。だからと言って、甘やかしてもらった訳ではない。頑張れば一人で処理できると判断されたことは、雛里であっても手を出してはこなかったし、また一刀も稟たちに甘えることをよしとしなかった。

 二週間がとりわけ忙しかった背景には、そういう事情もある。睡眠時間を削ってまで仕事をしたのはほとんど初めてのことだっただけに、色々と醜態も晒してしまった。仕事中に居眠りをしているのがバレて、稟にお説教をされたのも一度や二度ではない。仕事が落ち着いてまず一刀が喜んだのは、これでぐっすり眠れるという、三大欲求の一つに根ざしたものだった。

 仕事がはっきりと落ち着いた今、本当の仕事がこれから始まろうとしていた。朝、県庁に出てきた一刀は早速稟に捕まり、そのまま会議室へと連れて行かれた。一刀が最後に出勤してきたようで、そこにはもう幹部が揃っていた。稟、風、雛里、陳宮の四人の軍師に、軍担当の張遼である。呂布も幹部であるが、今日はまだ姿を見ていない。早朝訓練を自主的にするタイプではないから、きっとまだ自宅で家族と戯れているのだろうと判断して、上座の席に着座した。それを待ってから、残りの全員が席に着く。

 こういう無駄な形式が一刀は好きではなかったが、一事が万事と稟が譲らなかったのである。これからは上流階級の作法も追々仕込んでいきますと宣言してくれた彼女の、これは教育の一端だった。

「それでは朝議を始めます」

 司会進行は稟が行うらしかった。眼鏡の奥の瞳には眠気の欠片もない。欠伸をばれないようにかみ殺している一刀とは、随分な違いだった。

「まずは軍務から。霞、お願いします」
「りょーかいや」

 稟に名前を呼ばれた張遼――霞が立ち上がる。ちなみに、董卓と賈詡以外の面々との真名交換は赴任初日にあっさりと行われた。稟たち三人が真名を預けているのを見て、ならば自分もと思ったらしい。稟たち三人からは真名を預けられるまで随分と時間がかかったから、この軽さには一刀も驚いた。思わず聞き返した一刀に、霞は『仲間はずれみたいで嫌やった』とあっけらかんと答えた。陳宮―ーねねだけは真名を預けるのに最後まで抵抗していたが、呂布――恋があっさりと真名を預けたのを見るとそれに追従する形で真名を預けることとなった。

「まずは兵の質やけど、この規模の県にしてはまぁまぁやないかな。一通り小突き回してみたけど、それほど筋の良くない奴はおらへんし、このまま鍛えてたら一端の軍になると思うわ」

 それは良いことだ、と一刀は素直に安心した。霞は『小突き回した』と軽く表現していたが、一刀には地獄に見えたからだ。体力がないと言われては長駆をやらされ、腰が入っていないと言われては素振りを千本やらされ、気合が足りないと言われては霞相手にかかり稽古をやらされる。兵は皆這う這うの体だ。この調練をした上で、警邏など街の治安維持の仕事があるものはそれをやらねばならないし、騎馬隊に割り振られた人間はここから更に霞によるスペシャルメニューが待っている。

 逃げ出す人間がいてもおかしくないとてつもなく厳しい環境だったが、昨日までに兵が逃げたという報告は入っていない。一人の脱落者を出すこともなく、兵の錬度は日に日に上がっていく。このまま順調に調練が進めば二月も後には霞の目から見ても満足の行くレベルに仕上がるだろう。

「一刀から預かった連中は中々やな。特に要はええ線いっとる。これでもうちょっと頭が回ったらうちの副官に欲しいくらいやったんだやけど……」

 そこから先は霞も言葉を濁した。顔には苦笑が浮かんでいる。要が少々残念な子であることは、幹部の間では周知の事実だった。臨機応変な対応ができないから、兵としては優秀でも士官以上の役職には向かないのである。要の役職については稟も相当頭を悩ませたようだが、最終的には一刀の護衛ということで落ち着いた。今まで通り連絡役としても使えるので、現状維持とも言える。

 ただ、護衛にするには少々腕が心配ということで、兵として組み込まれた他の団員達と一緒に霞に預けられた訳である。元々県にいた兵を含めても才能が飛びぬけていた要は、霞のお気に入りらしい。昨日調練を視察した時には騎馬の技術を仕込まれているところだった。『裸馬にも乗れんでどないすんねん!』と霞の一撃を食らって宙を舞っていた姿が、実に印象的だった。生傷の絶えない生活を送っているらしいが、一応元気ではあるらしい。

「ここの調練が終わったら、県内に散っとる兵の調練もせんといかんけど……まぁ、それは先々の話やな。兵に関しては今のところ問題ないで。後は良い武器と鎧、馬があれば完璧や」

 それは自分の処理すべき問題ではない、と霞が話を締めくくる。反対に、それが自分の処理すべき案件であると理解したねねは霞をギロリと睨んだが、霞は知らん顔を決め込んでいる。場外乱闘の発生しそうな雰囲気に、司会の稟がこめかみを押さえるような仕草をした。

「では、次はねね。お願いします」
「県庁にある資料だけで処理できる案件は、全て処理が終わったのです」

 ねね曰く、へっぽこだった前任者の仕事を確認し、無駄を省いただけで出費の一割を削減することに成功したそうだ。関係各位にもこれは通達済みで、これがねねの意図した通りに動けば県の予算にも若干の余裕ができたことになるが、県庁に詰めている文官はともかく県全体にはまだ目が行き届いていなかった。どこかで誰かが不正をしていれば一割浮くはずの予算が、目減りすることは明らかだった。

 不正に対しては厳罰をもって対処すると、一刀の名前で県内全域に通達を出しているが、新任の県令の名前がどこまで有効なのかは不明瞭である。今後は業務をある程度監視する制度の強化が必要となるだろう。

「最後に霞からの要望ですが、全員分の装備を今すぐに新調するのは難しいのです」
「何でや? 兵は武器に命を預けるんやで? それが鈍らやったらお話にもならんやろ?」
「お前は武器が地面から生えてくるとでも思ってるのですか? 世の中は何をするにもお金が必要なのです。そもそも、お前らがどんぶり勘定をするからねねたちの仕事が増えるのですよ。兵とは言え少しは頭を使ったらどうなのですか?」
「やめなさい二人とも」

 今すぐにでも取っ組み合いを始めそうな二人を、稟が溜息交じりに仲裁する。財務を担当するねねは、霞と対立することが多かった。霞は予算をもっと回せといい、ねねはそれを拒否するというのが、主な喧嘩の原因である。別に、霞の要求が不当な訳でもねねが意地悪をしている訳でもない。できるだけ良い装備を、と思うのは兵としては当然のことだった。ただし、霞はまだ董卓軍にいた頃を前提にしているところがあるせいで、装備にかなり高水準のものを要求するところがある。懐事情は解っているのか、これでも要求レベルは大分下げているようだが、財務担当で金銭面では一番現実を見ているねねとは、まだ折り合いがついていなかった。

 実際、この規模の兵力としては装備や馬の質はそれほど悪いものでもないらしい。管理がいまいち行き届いていなかったが、それはこれからでも十分に対処が可能なレベルだ。ねねはそう判断し、予算を他のところから回すことにしたのである。これが面白くない霞が、つっかかっている訳だ。何も知らないただの兵であれば後を引くような言いあいをするが、個人的な仲はそれほど悪くもない二人である。予算以外のところでは、きちんと折り合いをつけていた。

「その件については私の方でも検討してみます。もしかしたら、余分な金銭が入るかもしれませんし……」
「財務担当としては、その話をまず聞いておきたいのです」
「順を追って話しましょう。私の話は、報告ではありませんので。では、次は雛里」
「はいっ! えーっと、一刀さんが赴任してから二週間が経過しました現在、この街の治安は改善の兆しを見せています」

 その原因として挙げられたのが、霞の兵への厳しい調練だった。新しくやってきた隊長さんは鬼のように恐ろしく、それに鍛えられた兵は見る見るうちに強くなっている。そんな噂が街に広がっているのだ。その強くなった兵の一部は街の警察もかねているので、犯罪をしようという人間にとってこれは人事ではない。自然と喧嘩などの揉め事は少なくなり、犯罪の報告を見る限りは減少傾向にある。

 潜在化しただけかもしれないので油断はできないが、ひとまず目に見える犯罪が減ったことで、民の一刀に対する評価も上がってきているという。一刀にとっては、良いことばかりだ。

「意図的に噂を流した甲斐がありましたね」
「ああ、やっぱりそういうことをしてたんだ……」
「民の支持はいざという時の武器になります。何も不正をした訳ではありませんからね。挙がった成果をより多くの人間の耳に入るようにしただけですから、これは正当な一刀殿の評価ですよ」

 珍しくまっすぐに褒められてしまった。慣れないことに一刀が照れていると、その内心を見透かしたように、稟が話のオチをつけた。

「大衆は正しい一刀殿の姿を知りませんからね」
「酷いなぁ、稟は……」

 稟は微笑を浮かべ、次の人間を指名した。農林水産、国土交通担当の風である。

「農作物の収穫は可もなく不可もなくといったところですかねー。人口と農地面積からすれば頑張ってる方じゃないかと思います。ただ、農村出身者で兵として働いている方が多く、今の頑張りは農村に残った人の頑張りによって支えられています。これはこの県に限った話ではありません。何か対策を講じないと、ある日ぱったりと収穫が減る可能性が高いです。それから思っていたよりも街道の整備が進んでいません。経済的に見ても軍事的に見ても、主要な街道は早急に整備するべきじゃないかと、ここで提案しておきます」
「何か対策を考えていますか?」
「農業に関してはこれといった手段がないですねー。そもそも農地面積に対して働き手が少なすぎます」
「増やすことはできないのか? 仕事がなくて困ってる人が都市部にはいるんだろ?」
「仕事がなくても農業をしたいという人はばかりじゃありませんよ、お兄さん。仮に全員農村に移住してもらったとしても、まだ足りない試算です」
「でも一応はやってみよう。農村の方で移住する人間の受け入れができるかどうか調べてくれ。先方から了解の返事がもらえたら、都市部に布告を出そう……と思うんだけど大丈夫かな」
「私には問題があるようには思えません。問題が発生したとしても、その都度修正すれば良いでしょう」

 稟の言葉に、少しは県令らしい発言ができたかと、胸を撫で下ろした。

「街道の方はどうしますかー?」

 問いかけてくるのは風だ。問題を提起した以上、彼女本人も解決策を考えているはずだが、それでも一刀に問うてくるのはこの問題をどう考えるのか試しているのだろう。かわいい顔をして、中々に厳しい風である。見当違いの解答をしたら稟とはまた違った方法でちくちく責めてくるはずだ。そうはいくものかと、一刀はない知恵を絞って真剣に考える。

「兵を工事に使えないかな? 陣地を作ったりは日常茶飯事だし、工事には向いてると思うんだけど」

 風は黙って視線を、霞と雛里に向けた。兵の管理は彼女らの仕事である。

「防衛の観点から見ると、多数の兵を工事に専従させるのはお勧めできません」
「うちも雛里と同じ意見やな。使うなら少数を選抜して、他に人を雇うんが理想やと思う」
「どれくらいまでなら出せる?」

 一刀の問いに、雛里は少しだけ視線を中空に彷徨わせると、メモ代わりの木片にさっと数字を書き込んだ。それを受け取った一刀は想像してたよりも少ない数字に少なからず落胆する。

「ちなみにそれはある程度の余裕を持たせた数字です。無理をすれば二割くらいは人員を増やせると思います」
「無理はさせたくないな……」

 民を危険に晒すような綱渡りをしないといけないのなら、現時点では兵を使うというこの案は保留せざるを得ない。一刀が溜息をついたことで『保留』ということは伝わったのか、風は自分の報告を終えて着座した。そうして視線は稟に集まる。何か案があるという発言を、誰も忘れてはいなかった。

「赴任する前から懸念していたことですが、この県にも賊がいるようです。調査に出した人間が帰ってきたので、まずはその報告を」

 稟の回してくれた資料を、時計回りで順繰りに読んでいく。軍師はさっと流して読み、霞は少し時間をかけて読み、最後に資料は一刀のところへやってきた。もう一刀だけで使ってよいということである。皆、あれで大体覚えられるらしい。

「賊は5つの集団に分かれています。合計は100にも満たない小集団ですが、非武装の農民から見れば脅威でしょう。まずはこれを排除しようと思います」
「兵の相手になってもらういうことか?」
「実戦経験は重要ですが、今は調練に時間を割いてほしいのです。この仕事は、恋にお願いしようと思います」

 たかが賊の退治に天下の飛将軍を投入というのも贅沢な話であるが、稟は本気のようだった。確かに調練中の兵を使わないとなれば、一刀たちの予備戦力はもう恋しか残っていない。彼女ならば賊などものともせず、退治してきてくれるだろう。その点についての心配は全くないが、一人で外に出して加減ができるのか心配である。

「ちょっと待つのです。恋殿をそんな些事に借り出すなど――」
「ねねには彼女の供をしてもらおうと思うのですが、可能ですか?」
「ねね以外に適役などいるはずがないのです! ばっちり任せるのですよ!」

 唯一の反対意見は一瞬で消滅した。軍師なのに中々現金な少女である。

「雑事はあるでしょうから、何人かつけましょう。五人くらいなら、兵を借りても問題ありませんか?」
「せやったら、一刀が連れてた連中の中から五人適当に選んどくわ」
「よろしくおねがいします。賊の処遇については貴殿に任せますが、見所があると思った人間がいたらここまで連れてきてください。また、財や食料を蓄えていると思いますのでこれの確保をお願いします。そのうち九割は近隣の村々に提供してください」
「ついでにちんこ県令がいかにちんこか宣伝しておくのです」
「……余計なことは言わないように。これが一刀殿の指示であることをだけは、きちんと伝えてください。それから貴殿が県庁を空けている間、業務が滞らないようにしてください。私の方でも可能な限り面倒を見ますが、私の面倒だけで事足りるようにお願いします」
「わかってるのですよ! 話はもう良いですか? 恋殿と打ち合わせをして、荷造りをせねば!」
「引き止めて申し訳ありませんでした。もう行って結構です。業務については、忘れないように」

 解っているのですよー、と挨拶もそこそこにねねは部屋を出て行った。恋のことになると抜群のフットワークを見せるのは相変わらずである。

「さて、一刀殿。何か言っておくことはありますか?」
「食料とか財が目当てなんじゃなくて、見所のある賊が目的ってことか?」

 田舎の賊にそれほど蓄えがあると思えないし、それを九割も拠出するというのならこちらの懐に入るのは微々たるものだ。ならばそれ以外に意味があると考えるのが自然である。食料でも財でもないとなれば、残るのはもう賊しかない。

 一刀の解答に稟はその通りです、と答えた。

「治安の向上という目的もありますが、こちらの人員の不足は問題です。それを解決するための手段としての案ですが、上手く行くかどうかはまた別の話ですね」
「勝算がないってことか?」
「報告を見るに過半数の賊がただの賊です。民草に狼藉の限りを働いているそうなので、これは処断されるでしょう。ただ残りの賊がどうも、義勇軍のような動きをしているようなのです」
「体制派と戦ってるってことか?」
「不当に利益を得ていると噂の官吏がいる街を攻撃したり、後ろ暗い事業で儲けを出した商人を襲撃したりしているようです。奪った利益は民草に還元しているらしく、それで民草の評判は良いようです」
「なら、態々討ち取らなくても良いんじゃないか?」
「官軍に躊躇いなく攻撃してくるいうんは問題やな。何しろうちらは官軍や」
「相手を選んでいるのならば良いですが、根強い官軍嫌いが根幹にあるとすれば、こちらに誘うのは難しいかもしれません。それに賊が相手にするのは恋ですからね。彼女は確かに天下の飛将軍ではありますが、それ故に加減というものがあまり得意ではないようです。見所ありとねねが判断しても、その時には骸となっていたということも考えられますからね」

 それ以上は神のみぞ知るということだろう。稟にしては随分と成功率の低そうな賭けであるが、失敗したところでこちらは何も失うものがない。賊を倒したという結果は残り、彼らの蓄えた財を放出したという事実も残る。恋とねねをしばらく専従させるというマイナスはあるが、恋には今のところ仕事は割り振られていないし、ねねの仕事も稟がフォローできるというのなら大した問題ではないだろう。

「これについては成果待ちですね。私からは以上です。他に何かありますか?」

 稟が一同を見回す。一刀を含め、誰も意見のある人間はいなかった。

「それじゃ、今日も元気に働こう」

 一刀の言葉で朝議は締めくくられた。












 それからの約一月は、先の二週間に比べれば時間をもてあまし気味だった。とは言っても、することがなかった訳ではない。時間が空いているのならと稟や風の仕事を手伝わされたし、自分で勉強したり、霞の調練に付き合って要と一緒にぶっ飛ばされたりもした。朝から晩までという言葉に嘘偽りなく、県令として濃密な時間を過ごしたが、最初に幹部が勢ぞろいした朝議から数えてちょうど五十日目、賊退治に出かけていたねねが恋たちと一緒に戻ってきたと報告があった。

 その日、稟の仕事を手伝っていた一刀は仕事が一区切りついていたこともあって、稟を伴って自分の仕事部屋に戻った。ねねに先立って到着していた報告書に稟と一緒に目を通しながら待つこと十分、旅の汚れを落とし留守の間の業務の具合を確認してから一刀の仕事部屋までやってきたねねは、外回りに出る前よりもいくらかやつれて見えた。

 その疲れた様子のねねが一刀の姿を見て目を見開いた。悪戯が成功したような気分で、一刀は笑みを浮かべる。

 ねねが驚いた原因は、一刀の装いにある。一刀にとっては馴染み深いものであるが、ねねが見るのは始めてだ。この世界に来る前に使っていた制服、それをここでも着ることにしたのである。兵が目立ってもしょうがないと村にいた時から荷物の奥底に封印していたものであるが、県令になったのなら威厳の一つも出すべきと稟に言われて袖を通すことにしたのである。

「この服どうかな?」
「態々誂えたのなら蹴飛ばしてやるところですが、元から持っていたのですよね?」
「そうだよ。昔着てた奴を引っ張りだした」
「なら、ねねから言うことは何もないのです。それだけ派手な服を着ていれば、貴様の地味でちんこな顔も少しはマシになるというものです」
「好評なようで何よりだ。それより疲れてるなら報告は明日でも良いけど、どうする?」
「ねねは嫌いなものは最初に食べる主義なのです」
「わかった。それならさっさと始めよう」
「その報告書にある通り、5つの組織のうち4つは討伐してきたのです。交戦した賊は全て死亡、降伏した賊は近くの街に放り出してきました。どんな処遇にするかは報告するように言っておいたので、そのうち文が来るはずなのです」
「村の反応はどうだった?」
「思ってたよりも奴らの蓄えが多かったので、喜ばれたのです。一緒に連れてった奴が農村出身だったのも良かったですね。農村の爺婆と意気投合して、お前を売り込むのに一役買っていたのです」

 その光景が目に見えるようで、一刀は思わず笑みを浮かべた。あの村から着いてきた連中は皆若く人懐っこい連中ばかりなので、農村部のお年寄りには受けが良いはずだ。

「見所のある人間はいましたか?」
「いたのです。潰さなかった組織一つが丸ごと着いてきました。全部で十五人いるのです。代表を外で待たせてるので、ねねの話が終わったらお前が面接すると良いのです」
「良ければねねも残ってほしいんだけど、駄目か?」
「ねねはもう奴と話すことはないのです。ともかくこれで、ねねの仕事は終わったのです。これから通常の業務に戻るので、用があったら呼ぶと良いのです」
「今日くらい休んだらどうだ? それくらい、俺の裁量で何とかするぞ」
「生憎ねねにはお前と違ってしなければならないことが沢山あるのです」

 休みはいらない、という言葉を残して部屋を出て行くねねに、一刀は溜息を漏らした。仕事をバリバリこなしてくれるのは嬉しい限りだが、働き過ぎやしないか心配だ。元より、自分などよりよほど頭の良いねねのことだ。自分の体調管理くらいお手の物だろうが、長期の出張から帰ってきてその足で仕事、というのは如何にも働き過ぎだと思う。それともこの国ではそれが普通なのだろうか? 県庁職員の労働条件について、細かいところまで目を通した記憶はない。一度熟読する必要があるな、と今後のスケジュールを脳内で組んでいると、部屋の外から来客がある、という旨の申し入れがあった。

 ねねの言っていた賊の代表に違いない。一刀は稟に目配せをしてから、入室の許可を出した。

 失礼します、などの声もなく入ってきたのはくすんだ金色の髪をした女だった。後ろ手に拘束された女は一人で執務机の前まで歩いてくると、直立する。その所作には教育の後が見えた。軍かそれに近いところで働いた経験があるのだろう。腕についた筋肉といい、やたら意思の強そうな瞳といい、少なくとも自分よりは強いだろうと当たりをつけた。

「俺が県令の北郷一刀だ。姓が北郷、名前が一刀。字はない。お前の名前を聞かせてもらえるか?」
「周倉」

 女――周倉が答えたのは自分の名前だけだった。自分から何かを話そうという気配がまるで感じられない。いかにも不機嫌といった様子は、彼女の境遇を考えれば無理からぬことではあるが、事実上、自分の生殺与奪の権利を握っている相手を前にしているにしては、中々大胆な態度と言える。

「周倉。お前は部下を率いて官軍や豪商を襲撃してたみたいだが、それはどうしてだ?」
「民を不当に弾圧していたからだ。だから不正に蓄えた財を奪い、民に還元していた」
「お前らは私腹を肥やしたりはしてない?」
「断じてない。我々は義によって立ち上がったのだ」

 格式ばった答えに思わず一刀は稟と顔を見合わせた。連合軍でも色々な兵を見てきたが、ここまで極まった主義主張の人間を見るのは初めてである。稟は頭痛を堪えるように額を抑えている。面倒くさいのがきた……という心の声が聞こえてくるようだ。できることなら勧誘しようという案であったが、本人を前にして一刀の気持ちも揺らぎかけていた。これは稟も同様だろう。仮に一刀が独断で周倉の採用を見送ったとしても、それほど目くじらはたててこないはずだ。

 腕を組んで一刀は考えた。報告ではこの周倉のグループが十五人。腕の方は頭目の周倉以外はそれほどでもないという。弱くもないが突出して強くもない。錬度にそれほど差はないのなら、今の張遼の調練に組み込んでも問題なく機能するだろう。

 問題があるとすれば、彼女の部下もこういった思想の持ち主ということか。早い話が堅物の集まりなのである。言論でなく武力でもって世を正そうとしている辺りにこの時代の特性を感じるが、主義主張を通すのに躊躇いなく武力を行使するということが過去の行いで証明されているというのは、雇用する側にとってはとても恐ろしいことだった。大事な今の時期に武装蜂起など起されては堪ったものではない。特にこの周倉はやろうと思ったら躊躇いなく実行するだろう。

 不正などは断じてしていないし、これからもする予定はない。後ろ暗いことは何もないと胸を張って言える一刀であるが、周倉の方がそう感じてくれるとは限らない。安全を考えるなら、このままお帰りいただき、牢にでも入るのが良いのだろう。一刀も半ばそうするべきと思いかけていたが、そんなことで良いのかという気持ちも勿論あった。

「陳宮から少しは話を聞いてると思うけど、俺のところで働くつもりはないか?」
「断る。官吏の下で働く気はない」
「賊として追われて日陰者でいるよりも、日向で民を守るために戦う方が有意義だと思わないか? 衣食住は保障するし、少ないけど給金も出すよ」
「金のために戦っている訳ではない」
「どうせなら壊して殺して感謝されるよりも、汗水流して働いて、その上で感謝される方が気分も良いだろ?」

 食い下がるとは思っていなかったのだろう。周倉の顔に苛立ちが浮かぶ。この反応に、一刀は手ごたえを感じた。

「我々は賊だ。貴様はそれを信用すると?」
「義によって立ち上がったなんて素面で言う人間は、本当に真面目か真性の悪党のどっちかだろう。お前は前者だと信じる」
「不正があれば正す。それに文句は言わせないぞ」
「より多くの人間が意見を言ってくれるなら、それは助かる。でも手を出す前に少し考えてはほしいかな。手を出してから間違ってましたなんてことになったら、流石に俺も罰しない訳にはいかない」
「貴様の私利私欲のために戦ったりはしないが、それでも良いのか」
「雇用契約に嘘はつかないよ。俺のやり方が間違ってると思ったら、遠慮なく辞めてくれて良い。俺も辞められないように全力を尽くす」
「もし貴様が民の害悪となるなら、その時は斬り捨てる。それでも良いのだな?」
「良いよ。そうならないように俺も頑張る」

 そうして差し出された一刀の右手は、周倉に完膚なきまでに無視された。

「貴様の旗下に加わる訳ではない。あくまで、民のためだ」
「……俺も今それを強く認識した。詳しい話は鳳統に聞いてくれ」
「了解した」

 簡潔な答えには、どういう感情が込められていたのか。部屋を去る時も周倉は礼の一つもしなかった。

「本当に良かったのですか?」
「今更ながらに不安になってきたよ。でも、悪い奴ではないと思う」
「それは私も同感ですが、扱いにくい人材なのは貴殿も理解できたでしょう。それでも兵として使うことを決めたのは何故ですか?」
「人が少ないのは事実だしなぁ……選り好みしてたらそれだけ治安の改善が遅くなるし、仕事をきちっとしてくれるのなら多少不都合を被るくらいは目を瞑っても良いかと」
「多少で済めば良いですね」

 明らかに多少では済まないことを確信している口調だ。それでも不機嫌でないのは稟も仕事をしてくれるなら、と割り切って考えているからだ。人間性については過去の行動で保障されている。賊として動いていたという過去を含めても、先に周倉と面談したねねは報告書で問題ありと指摘してこなかった。そりの合わない彼女であるが、仕事では手を抜いたりしない。恋以外の人間の評価にはとても厳しいねねが問題と感じていないのならば、普通に働く分にはまず大丈夫だろう。

 周囲と上手くやっていけるかが目下の問題であるが、それはこちらでも心を砕くしかない。問題は見えているのだ。少しずつ、少しずつ改善していけば良い。






















「団長俺あいつと上手くやっていける気がしません」

 最初に周倉たちに対する苦情を持ってきたのは要だった。最近の仕事が主に霞に転がされることである彼は、水で汚れを洗い流してさっぱりとしたばかりだというのにどこかしんなりとしていたが、その声音はいつになく真剣だった。人懐っこい故にあまり人を嫌ったりしない要だ。それがやっていけないと言うのだからよほどの問題が起こったのかと聞いてみれば、

「あいつらが一緒だと、買い食いができません!」
「仕事が終わったら食うのがいいんじゃないか」

 一刀が味方になってくれないと知った要は、がっくりと肩を落とした。

 その性格から色々な問題を起こすのではと危惧されていた周倉だが、一刀のところまで持ち上がってきた苦情は要のように委員長気質を糾弾するものばかりだった。思っていたよりはずっと一刀軍に馴染んでいると言える。堅物軍団が街の治安維持に導入されたことで、街の治安は一気に改善された。窮屈だ! という意見はちらほらと見受けられるものの、実直な仕事ぶりは民にも高く評価されており、既存の兵にも良い刺激となっていた。少数で官軍に喧嘩を売っていただけあって錬度も中々のものだと霞からも報告を受けている。特に周倉の槍の腕は凄まじく、あの霞を相手に十本に一本取れるほどの腕だという。

 これで頭のキレが悪くなければ、歩兵の一軍を任せることができるかもしれないと、騎馬隊に専従したい霞は期待に目を輝かせていたが、我々の仕事は治安維持であるというスタンスは崩しておらず、彼女らは今日も元気に街の治安維持と訓練に励んでいるという。

 募兵の効果も少しずつ現れていた。兵になりたいという人間の面接は雛里と霞の仕事だ。人格的、あるいは肉体的に問題がある人間はそこではねられ、正式に採用するかはちょっと小突いてみて決める。面接を通過しても最初の一日で逃げる者は少なからずいたが、それを突破した人間は部隊に定着した。従軍経験者は少々の訓練で、ずぶの素人は体力作りからとカリキュラムを分けて少しずつ組み込まれていく。

 人数が増えたことで、人員を他のことに回す余裕もできた。街道の整備はほどなく着手されるだろう。農村の調査についても個別に始まった。街で屯している失業者も近いうちにいなくなるはずだ。問題は徐々にではあるが、解決されている。順風満帆とはこのことだった。

 内政に余裕が出てくると、周囲の目を向けることもできるようになる。周辺の状況がどうなっているのか、頼んでもいないのに稟は調査を始めており周倉が街のおまわりさんとして定着し始めた頃には、郡内、州内の情勢はほぼ耳に入るようになっていた。

 一刀の目から見ても、かなりヤバい状況である。

 前の州牧は袁紹派の人間で、彼は無難な政治を行っていた。取り立てて能力が高かった訳ではないが、現状維持を続けることには高い才能があったらしく、平和とはいかないまでもそれほど不満のない時期が、連合軍が戦争をやっていた間も続いていた。

 情勢が変わったのは、州牧が入れ替わってからである。前の州牧は袁紹が公孫賛との戦争に舵を切ったのと同時期に、彼女のお膝元に召喚された。変わって州牧となったのも袁紹派の人間だったが、これが凄まじいまでの排他的な思想の持ち主で、潜在的な問題だった異民族との問題を表面化させた。

 国境に接していることから并州は昔から外敵との戦争が絶えない反面、外国の人間の血を引く者も多く居住していた。彼らは今までは特に区別されることもなく兵や文官として働いていたが、新たな州牧はこれを徹底的に排除したのである。先祖は外国人でも、今はこの国の人間だ。帝国に対しての帰属意識もあった彼らであるが、州牧はそんなこともお構いなしに政策を断行。兵も文官も罷免し、民は州の外に追い出した。

 その強引なやり口には非難の声も大きかったが、自分の思想に沿って何の罪もない人間を追い出すような人間である。文句を言った人間は容赦なく罷免され投獄された。彼の周辺は今、彼の太鼓持ちで固められている。権力基盤は磐石と言って良いだろう。

 これで問題は落ち着くかと思われていたが、そうもならなかった。自らの血を引いている人間が虐げられたという事実は、国境の向こう側にいる外敵を大いに刺激した。前の州牧の時にはほとんど起こらなかった国境沿いの争いが、この所頻繁に起きているのだという。これに激怒した州牧は近々、外敵との大きな戦に踏み出すらしい……というのが州都周辺での噂だ。

 根も葉もない話であってほしいと思ったが、残念なことに戦をするのは規定事項のようだった。準備が整っていないためいつになるかは解らないが、どんなに遅くとも一年後くらいには、本格的な戦を始めるようである。赴任してきたばかりの一刀には、頭の痛い話だ。

 幸い、国境に接した郡太守である丁原が戦争に反対しているらしく、戦の開始は先延ばしになっているが、その時間稼ぎもいつまで続くかわからない。戦になったら兵の動員がかかる。県令である一刀には、それを無視することはできない。何の益があるともしれない、他人の都合で発生した戦いに仲間を送り出すことになるのだ。県もこれからという時期にそれでは溜まったものではない。

 何とかして戦争を回避できないものかと稟に問うてみたが、流石の神算鬼謀の士でも一県令の立場では難しいということだった。州内に協力者でもいれば話は別であるが、新参者の一刀は州内で顔も売れていないし、内心はどうであれ権力者の過半数は州牧支持に回っている。そうだからこそ、戦争が起こるものとして話が進んでいるのだ。これを覆すとなると、よほどの大仕事だ。

 手段を選ばなければ一刀の立場でもできることはあるが、それを実行するには色々なものが足りない。特に不足しているのが特殊な仕事をする人材だった。現代日本では情報の収集などそれこそ個人が部屋を出なくても行うことができたが、この時代は人が足で行うのが基本である。商人などから噂話を吸い上げることも有効な手であるが、多くはそういう仕事を専門にする人間を使うことで解決していた。

 彼らは情報収集だけでなく潜入工作も行う言わば忍者とかスパイの類であるのだが、これは小勢力だと自前で抱えておくこともできないから、外部に委託するのが基本となる。これは余計に費用がかかるし、委託であるから時間もかかる。情報は鮮度であるのに耳に入るのが遅くなってしまっては意味がない。稟などは常々そういう仕事をする人間が欲しいとボヤいているが、この時代、情報収集を行うことのできる人材はどこも手放したがらない。かといって優秀でもフリーの人間を使えば、それだけ出費が嵩む。小勢力には金もないのだ。必然的に使うとなれば、金銭的に折り合いのつく人材ということになるが、かかる費用と成果というのは概ね比例するものだった。

 ない袖は触れないという言葉を自覚しながら、仕事をしている一刀のところに来客が訪れた。どんな人間かと問うてみれば、汚い身なりの人間が二人ということである。長いこと旅をしていたらしく、一人はやたらと衰弱しているようだが、元気な方の人間が鳳統に会わせろと言って聞かないのだそうだ。本来ならば一刀ではなく雛里に直接持っていく案件であるが、凄く怪しいので先に一刀の耳に入れることにした、という門衛を下がらせ、一刀は雛里を呼んだ。
 
「雛里に来客らしい。二人連れらしいけど、そういう約束はあるか?」
「いえ……特にそんなことは」

 そもそも約束があるのならば門衛にも話は伝わっているはずだ。門衛が伺いを立ててきている以上、飛び込みなのは明らかである。訪ねられている雛里本人が知らないとなると、いよいよ怪しい。雛里の安全を考えると、会わせるのも危険なような気もする。

「何か身分を保証できるようなものを預かってきてもらえるか? 俺の名前を出して良い」

 荒事になっても困るから、この日は一刀の仕事部屋で暇そうにしていた要を門衛の所まで使いに出す。ほどなくして、戻ってた彼が差し出したのは二つの帽子だった。小振りなベレー帽と、ソフト帽である。ベレー帽の方に見覚えはないが、ソフト帽の方には何となく覚えがあった。灯里がかぶっていたものに凄く作りが似ているが、あれよりも少し大きくて色も違う。現代日本ならばただの偶然と思うこともできたが、この世界でこの類似は見過ごすことはできなかった。水鏡女学院の関係者だろうか。その卒業生である雛里を見ると、彼女はベレー帽を手に愕然としていた。

「その二人は、私に会わせろと言って来たんですか?」
「はい。どうしますか?」
「今すぐ連れてきてください。できるだけ丁重に」

 雛里の指示を受けて、要は飛んでいった。ほどなくしてこの帽子の持ち主二人は、この部屋に案内されてくるだろう。

「申し訳ありません。勝手に決めてしまって。でも、この二人が連絡なしに私に会いに来るなんて、絶対にただごとではありません」
「雛里が必要と思ったならそれで良いよ。それで、この二人はどこの誰だ?」
「諸葛亮と法正です」

 また面倒くさいことになりそうだと、一刀はひっそりと溜息をついた。




前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026644945144653