<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:fd6a643f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 04:58









「暇そうね」

 机に頬杖をつき、何をするでもなく窓の外を見ている雪蓮に、冥琳は溜息をつきながらそう訪ねた。暇ならばしてほしいことは掃いて捨てるほどあるのだが、進んで手伝うということを雪蓮がしないことは、長年の付き合いで知っている。

 決して薄情な訳でも仕事ができない訳でもないのに、気分で行動を決定する気質からどうにも遊んでいる印象が付きまとってしまう。君主としてそれはどうなのかと思うことは多々あるが、配下の面々にはそういうところも『らしい』と受け入れられていた。

 それも雪蓮の戦略か、と思わないでもない。そういう印象を普段から持たせておけば『たまに』が『頻繁に』に変わっても、部下はそういうものだと納得して雪蓮を放っておくことだろう。

 今も気分が乗らないから、という風で椅子の上で気を抜いている。寛いでいるという風でもない。何もしないことをしているという風の幼馴染は、冥琳の苦言にあっけらかんと答える。

「英気を養っているのよ」
「軍師としては、仕事を片付けてから養ってもらいたいものだけれど」
「最終的には終わらせるんだから良いでしょ?」
「そういうことは私の手を全く煩わせることがなくなってから言ってほしいものね」
「冥琳、愛してるわ」
「私もよ。だから仕事をしなさい」
「冥琳のいけずー」

 頬を膨らませて抗議する雪蓮を無視し、執務机の上に木簡を置く。その表題を見るや、やる気のやの字すら見られなかった雪蓮の身体に気力が戻った。目の色を輝かせてこちらを見上げる雪蓮に、冥琳は肩を竦める。

「例の調査の最終報告よ。雪蓮の期待に沿えるものかどうか解らないけれど」
「それでも何も知らない今よりはマシよ」

 雪蓮は木簡を紐解き、食い入るように読み解いていく。報告書、という体を取っているだけあって文量こそあったが、内容はそれほど濃いものでないことを、先に読んだ冥琳は知っている。期待に満ちていた雪蓮の目に、明らかな落胆の色が浮かんだ時点で、冥琳は温かい茶の入った湯のみを差し出した。

「これだけ?」
「それだけね。調査に時間と人をかけることはできるけど、それ以上の成果は得られないでしょうね」
「そう……」

 それきり興味を失ったように、雪蓮は木簡を執務机の上に放り投げる。木簡の表題には『北郷一刀調査報告』とあった。先日、皇帝陛下より領地を賜り、孫呉を離れることが決まった男である。

 その男について、自分たちは何も知らないと言って良い。三人の軍師と共に荊州にて自警団をしていたというが、知っていることと言えばそれだけだ。

 それほど目立ったところのない彼にあれほどの軍師が三人も付き従っていることも疑問ではある。その可能性に惚れこんで、というのが彼女らの弁であるが、ただそれだけで仕官を蹴ってまで付き従えるものなのか。

 疑問に思った冥琳は北郷について調べてみることにした。四人が孫家軍にやってきた時から調べるように指示を出し、折に触れて報告はあったが、当座できることはやりつくしたということで、最終の報告書を受け取ったのだ。

「荀家って曹操のところの猫耳の実家よね?」

 確認するように問うてくる雪蓮に、冥琳は頷いて答える。

 智者の一族として知られる、かの荀家である。孫呉にはあまり馴染みがないが、その筋では有名な一族だ。雪蓮が例に挙げた曹操軍の猫耳もそうであるし、皇帝の教師をしている荀攸もそうだ。どちらも流石智の一族と目を見張るほどの才媛である。

 その一族の本家に厄介になっていたというのが、北郷の経歴の中で最古のものだ。賊に襲われた猫耳を助けたのが縁であるらしく、本家での評判も上々だ。一時期は猫耳の婿と扱われていたこともあるとかないとか。

 その辺りの真偽のほどは定かではないか、問題はそこではない。

 最古の経歴ということは、そこで一刀の足跡は終了ということだ。彼についてはそれ以前の経歴を入手することができなかった。出身は元より、荀家に来る前に何処にいたということすら、さっぱり解らないのである。

 言うまでもなく、これは異常なことだ。人間、生きていれば必ず痕跡を残すものである。綺麗に掃除をしたとしても、それを調べる専門の人間が時間をかけて調べれば、隠し通すことは難しい。今回、そのための時間を十全にかけたとは断言できないが、報告では痕跡を欠片も見つけることはできなかった、とあった。

 常軌を逸した錬度で自分の痕跡を消すのに長けているか、そうでなければこれはもう、降って湧いたとでも考えるより他はない。荒唐無稽な話であるが、想像でしか補えないというのなら、それで完結させておくのが精神的にも良いだろう。他に考えることは山ほどあるのだ。孫呉にとって損となることが判明しないのならば、捨て置いても良い。過去というのは、その程度のものだ。

「奴については、天涯孤独と考えて問題ないでしょう。問題はこれからのことだけど、雪蓮、どうするつもり?」

 引き止めるつもりであったことからも分かるように、北郷一刀には価値がある。高い能力を持った軍師が三人もいたことに加え、連合軍に参加して得た名声。加えて、県令という立場も持つことになった。雪蓮に比べれば立場こそ低いものであるが、軍師たちの能力も加味すればいずれ飛躍してくることも考えられないではない。

 恩を売っておいて損はない相手だが、その分量が問題なのである。

 あまり恩を売りすぎても回収できなければ意味がない。懐の広さを見せるという意味ではアリかもしれないが、先を見れないボンクラと思われてはお話にもならない。雪蓮の勘でも冥琳の分析でも、北郷はイケると踏んでいるが、果たしてそれがどの程度のもので、どれくらいの時期から開花するものなのか、判断がつきかねているのだった。

「うちに残っててくれればやりようはあったんだけどねー」

 雪蓮の言葉にも哀愁が漂っている。その通り、残ってくれていたのならば、やりようはいくらでもあったのだ。

 一番手っ取り早い手段は、縁談だろう。孫呉の関係者と北郷を番とし、離れられなくするのである。雪蓮の血縁を宛がうのが常道ではあるが、このまま順当に北郷が功績を重ねていったとしても、雪蓮の妹である蓮華や、小蓮などの婿とすることはできなかっただろう。兵からの叩き上げとしては目を見張るものがある功績も、豪族たちを納得させられるほどのものでもない。

 ならば誰を宛がうのが最も良いのか。雪蓮と冥琳が候補を絞った中で、最も適していると判断されたのが思春だった。

 実力と実績から考えると聊か低い地位にあるが、忠義の程は皆が知るところである。人格と実力については申し分なく、何より思春を推す理由となったのは、彼女には五月蝿いことを言う親戚がいないということだった。北郷とも知らない仲ではないし、雪蓮が縁談を持ち掛ければ、思春も嫌とは言わないだろう。北郷も、孫呉に仕官していれば断らなかった、と思う。

 無論、北郷を憎からず思っているあの三人は良い顔をしないだろうが、縁談を結ぶというのは北郷の出世にとっては悪い話ではない。最終的に、縁談は纏まるはずだ。

 後は煮るなり焼くなり、こちらの自由にできる……そうなるはずだったのだが、それも過ぎた話だ。

「本当、誰が陛下に根回ししたのかしら」
「解らないわね。あの三人に皇室に繋がりがあるとも思えないし……」

 北郷に有利な話が出たのは、今回が最初のことだ。領地の裁定に関して口を挟めるほどの繋がりがあるのならば、もっと早い段階から使っていたことだろう。

 ならば一体誰が。北郷の過去にその秘密があるのではと望みを持っていたが、現状ではそれも妄想の域を出なかった。これ以上を望むならば、北郷よりも皇室に探りを入れるしかない。

 しかし、腐っても皇室である。探りを入れるには骨の折れる相手であるし、北郷一派の繋がりを探るという目的では、実入りよりも出費の方が多く出そうな気もする。調査打ち切りは、懸命な判断と言えるだろう。

 無論、何か新しい情報が出てきたら調査をする必要はあるだろうが、今は待ちの時間だ。

「いずれにしても、奴とは繋がりを切らないということで問題ないわね?」
「いいわよ。どれだけ出世してくれるのか、今から楽しみだわー」
「他の勢力に潰されるということは考えないの?」
「あの子たちならやれるでしょう。私の勘がそう言ってるわ。今も、何か面白そうなことに首を突っ込んでるんじゃない?」
「まさか。今の時期にそんな無謀なことをするはずがないわ」

 県令として赴任することが決まったこの大事な時期に、治安も良くなったこの洛陽で一体何に首を突っ込むというのか。普通の危機意識をしていたら、厄介事には関わろうとしないはずだ。北郷も決して頭の切れる方ではないが、流石にそのくらいの判断はつくだろう。あの三人が目を光らせているのならば尚更である。

「そんなことないって。私の勘がそう言ってるの。今絶対、面白いことになっているに違いないわ」
「確かに雪蓮の勘は当たるけど……」

 こんな誰のためにもならないお告げは初めてだった。迷信などを信じる性質ではない冥琳であるが、雪蓮の勘だけは別である。

 まさかこの言が北郷に不幸を呼び込むということはなかろうが。孫呉から独立し、新たな道を歩もうとしている若者のために冥琳はそっと心の中で祈りを捧げた。


  
 

 






















 董卓に対する洛陽の民の評判は、実のところそれほど悪いものではない。

 専横を働いていた宦官を排斥し、民のことを考えた政治を行っていた名君であるというのが、偽らざる彼女のイメージだった。どういう層に聞いてもそういう答えが返ってくる辺り、支持率は言わずもがなである。

 そんな董卓と敵対した連合軍が洛陽の民に受け入れられたのは、運が良かったというのもあるのだろう。

 戦の詳細までは民にまでは伝わらない。呂布も張遼も最強の武人で、董卓軍は最強の軍であるというのが民のイメージだ。

 それを連合軍が破ったのである。なまじ、最強の軍というイメージがあったのが良かったのかいけなかったのか。

 いずれにしても、民は連合軍に反抗するという選択肢を最初から排除される形となった。民の抵抗が袁紹と問題を起こしたアレ一度で済んだのは、一刀達にとっては紛れもない幸運だったと言えるだろう。

 余計な人死はでなかったし、復興も果たすことができた。戦はこれで終わったのだと、誰もが思うことができたのだから。

 さて、そんな状況の中でも董卓の行方というのは杳として知れなかった。

 死んだとも言われるし、逃げたとも言われる。連合軍の上層部もその行方を追ったが、側近の賈詡や将軍二人も含めて捕捉することはできなかった。

 稟も、既に地元涼州まで逃げたのだろうと分析し、風と雛里もそれを支持していた。一刀も特に何かを考えることもなく、そういうものかと思っていたのだが、その董卓は涼州どころか、まだ洛陽にいた。

 側近も勢ぞろいしている。

 一刀の正面には董卓。その脇には二人の軍師、賈詡と陳宮――と名乗った少女が控えている。董卓を心配そうに見つめながら、こちらを射殺さんばかりに睨みつけている辺り、好感度は最悪といっても良いだろう。

 一刀の両脇には二人の武将、呂布と張遼がいる。二人とも武器に手をかけていないのが救いであるが、何かあった時には容赦なく、一瞬でこちらの首を狩ってくるだろう。命の危機はまだ去っていなかった。

 ちなみに、張遼に昏倒させられた要はまだ意識を戻しておらず、一刀の脇に転がされている。気付けをしようかと張遼が申し出てくれたが、一刀の判断でそのままにしておいた。難しい話を聞かせても、要はきっと理解できないからだ。余計なことを言って場を混乱させるよりは、黙っていてもらった方がお互いのためである。

「先ほどは私の仲間が失礼いたしました」
「こちらこそ。勝手にお邪魔して申し訳ない」

 董卓と名乗る少女の態度は随分と丁寧だった。連合軍がでっちあげていたイメージは元より、街で聞いた噂から築いていたイメージからも程遠い。

 正直、この美少女が連合軍を相手取った董卓軍の首魁であると言われても、信じる人間はいないだろう。メイドさんでも侍らせて、静かに読書でもしているのが似合いそうな、そんな雰囲気である。

「月、この兄ちゃんどないする?」

 そう問うたのは張遼だ。主である董卓が出てきても、持ち上がっていた問題が水に流される訳ではない。命の危機は絶賛継続中だった。敵の頭数が増えた分、状況はより絶望的になったとも言える。

「解放しましょう。私達にこの方を裁く権利はありません」
「でも月!」
「私はこれ以上、自分の都合で人に死んでほしくないんです」
「この男を信用するの?」
「仲間が信じた人なら、私もこの方を信じます」

 賈詡が董卓に食ってかかるが、多少怯みはしたものの、董卓は一歩も譲らない。

 董卓が梃子でも動かないと知った賈詡はぐぬぬ、と口中で呻き、こちらを睨んでくる。視線に篭った殺意が、二段階くらい上がった気がした。小柄な身体を精一杯にいからせて、不満を露にしている。何となく、荀彧とは壊滅的に気が合わなそうだなと思った。

「ウチはそれもどうかと思うんやけど、主の決定ならしゃあないな。良かったな、兄ちゃん。これでおうちに帰れるで」
「……ご配慮に感謝します」

 納得のいかないことは多々あったが、とりあえず命は助かったのだ。心変わりしないうちに、この場を去る。それが拾った命を繋ぎ止める最も賢い選択だ。気絶したままの要を担いで稟の所に戻れば、これまでの生活に復帰できるだろう。

 北郷一刀が取りうる選択の中で、それが最も安全なものであるのは、いくら一刀でも理解はできたのだが、

「差し出がましい質問で恐縮なのですが、各々方は何故今も洛陽に?」

 気づけばそんな質問が口をついて出ていた。董卓が驚きで目を剥き、張遼が先ほどとは別の意味で溜息を漏らす。

 帰って良いと言ったのに、自分から首を突っ込んできたのだ。これを愚かと言わずして、何というのだろうか。

 その問いに答えて良いものか、董卓は逡巡した。これに答えたら、この男は無関係ではいられなくなる。せっかく無事に帰せる算段がついたのに、話してしまえば完全にご破算だ。

 常識的に考えれば話すべきでないのは分かったのだろうが、それでも董卓が逡巡したのは、今現在がよほど危機的状況であることの証左に他ならない。本心では誰かに助けを求めたいのだろう。一刀にはそれが解ってしまった。

「脱出に手間取ったのよ」
「詠ちゃん!」
「聞いたのはこの男だよ? 月。逃がしてやると言ったのに、この男はそれを手放した。なら、やれることはやってもらわないとね」

 責める董卓に、賈詡は不敵に笑う。感情で動こうとしている董卓に対して、賈詡はより現実的に動いている。こちらを見つめる賈詡の目に、人間的な温かさはない。あるのはこの人間をどう使えば、自分たちが利することになるのか。その打算的思考だけである。

「虎牢関が破られた時点で、ボク達は洛陽からの撤退を決めたの。一斉に逃げると混乱するから、分散してね。先に文官やついてくる民を脱出させて、次に兵。騎馬隊とかの足が早い部隊とボク達は最後、そんな割り振りだったんだけど……」

 そこで賈詡は言葉を区切った。脱出の予定が組まれていたのならば、幹部ばかりここに残っているのは説明がつかなかった。責任をもって殿を務めたがったのだとしても、虎牢関が破られてから動き出したのであれば、連合軍が洛陽付近に布陣するまでの間に、十分に逃げることはできたはずだ。

 名軍師賈詡が音頭を取っていたのならば尚更である。単純な脱出劇に手間取るとは、どうしても思えなかった。

「恋の家族を纏めて逃がすのに、ちょう手間取ってなぁ。ウチらは殿って約束やったから最後になってもうたし、連合軍の展開が思ってたよりも早くて、逃げ遅れたんや」

 賈詡の言葉を継いだのは張遼だった。苦笑を浮かべながら語る張遼は、屋敷の奥に視線を向ける。それを追った先にいたのは、大小様々な動物だちだった、犬もいれば猫もいる。その数は三十では利かないだろう。

 これが呂布の家族というのなら、なるほど、彼ら彼女らを纏めて移送するのは一苦労だと思った。

「初期の頃に一緒に移動すれば良かったのでは?」
「人間が生きるか死ぬかいう話してんのに、恋の家族とは言え犬猫運んだりはできひんやろ? 元よりウチらの順番は最後やったからな。
言った傍から横紙破りする訳にもいかんねや」

 ままならんもんやなぁ、と張遼が言葉を結ぶ。笑い話の雰囲気にしているが、董卓達からすれば事態は深刻だ。呂布張遼がいるとはいえ敵陣の只中に留まっているようなものである。生きた心地などしないに違いあるまい。

「この子らも恋以外には懐かんし、三人か四人ずつ外に出してるところなんや」
「それでもこれだけ残っている訳ですか……」

 状況が落ち着いてから始めたにしても、今現在これだけの数が残っているということは、外に出す作業のペースはそれほど早くないのだろう。全部外に出すのに、後どれくらいかかるのか想像するだけで気分が滅入ってくる。

「連合軍もそろそろ洛陽から出て行くようやし、これからは脱出もしやすくなるかなぁ、思ってた矢先の出来事やったんよ。兄ちゃんがここに来たのはな」
「それはまた、申し訳ないことを……」

 要がやめようと主張したのを、無理矢理ここまできた。彼の言葉に従っていれば、少なくとも董卓たちは連合軍側の人間に発見されることはなかったし、自分たちも命の危険に晒されずに済んだ。

 ついでに言えば一度は見逃してもらったのに首を突っ込んだのは自分だ。つき合わされている形になる要には、このまま殺されたら申し訳が立たない。そうするのが良いと思ったからの行動だったが、要のためにも、この場をやり過ごす方法を考えなければならない。

「呂布殿の家族を、外に出す算段がつけばよろしいのですか?」
「早い話がそういうことやな。人間だけなら外に出る方法はいくつか用意しとるし」
「彼ら、俺が運ぶというのはどうでしょうか? 実は県令として并州に赴任することが決まっていまして、遅くとも一月後には洛陽を発つことになっているのです」
「犬猫ばかりぎょうさん連れて赴任言うのもおかしな話やと思うけど?」
「それで咎められたりはしないでしょう。事前に話を通しておけば、その可能性も低くできるはずです」

 何も禁制の品を持ち出そうという話ではない。また余計なことを、と稟は良い顔をしないだろうが、そういう根回しくらいだったら問題なく行えるはずだ。全員を乗せる乗り物を用意しなければならず、決して潤沢とは言えない財政状況がさらに圧迫されることになるが、命のかかったこの状況で金銭の心配をしてもしょうがない。

 咄嗟に思いついたにしては我ながら名案だと思ったが、張遼は苦笑を浮かべて首を横に振った。

「名案やけど、それが実行できるかはそれは先方に聞いてみんとな」

 言って、呂布の家族たちを示す。そもそもきっちりと彼らが言うことを聞くならば、小分けにしてでも正門から出て行けば良かったのだ。それが実行されず、呂布が手ずから外に運んでいるということは、彼らに言うことを聞かせることができるのが、呂布しかいないからに他ならない。

 彼らが懐いてくれるのなら、全ての問題は解決する。

 逆に、それができなければ何もできない。そうなった時は今度こそ、自分と要の首は張遼の大槍で断たれることだろう。

 一刀は緊張の面持ちで呂布の家族へと歩み寄った。一歩、また一歩と近付いていく。

 しかし、彼らは誰一匹逃げることなくその場に留まってくれていた。張遼から感嘆の溜息が漏れる。信じられない、と呟いているのは賈詡だろうか。

 歩数にして十歩、ただそれだけの距離を歩くのに、随分な時間をかけたような気がする。

 それでも、彼らは逃げずに一刀がくるのを待っていてくれた。手を差し伸べると、とてとてと、寄ってきてくれる。信頼されている。言葉にすればそれだけのことだが、こんなにも嬉しいと思ったのは久し振りのことだった。

「うちはこの兄ちゃんに任せてもええと思うで。恋もそう思うやろ?」

 張遼の問いに、呂布はこくりと頷いた。セキトも一声、大きく吼える。

 董卓が顔色を伺うように、賈詡を見た。内心では反対なのだろう。新たな人間を受け入れることは、それだけで危険を伴う。女所帯で男を引き込むというなら尚更だ。賈詡が危機感を覚えるの気持ちも良く分かる。

 しかし、賈詡は軍師だった。軍師は感情ではなく論理で行動する。このまま北郷一刀を殺してその場しのぎをすることと、呂布の家族を預けること。どちらがより董卓を安全にするかを考えれば、それは当然後者となるはずだった。

「そこの男が成功するかは分からない訳だけど……恋と霞はそれでも信用するっていうの?」
「恋が運んだって最後まで全部上手く行くかは分からん訳やしな。それなら一度に全員運んだ方が安全や」
「恋も信じる」

 武将二人は既に覚悟を決めたようだった。

 そこに、軍師一人で反対するのも限界がある。賈詡は最後の望みを込めて陳宮を見たが、

「ねねは恋殿に従います」

 味方が望めないことを知った賈詡は、折れた。深々と溜息をついて、一刀をギロリと睨む。

「ボクもこいつに賭けることにする。でも、全てを任せるのは気に入らない。細部について色々と詰めさせてもらいたいんだけど、まさか嫌とは言わないわよね?」
「こちらからお願いしたいことでした。俺が何度も足を運ぶのは安全の意味でも望ましいことではありませんが、何とか連絡をつけられるようにしましょう」
「一応聞いておくけど、そっちには軍師とかいるの?」
「信頼がおけて能力も最高な軍師が三人ほど」
「あんた、一体どういう立場なのよ」

 呆れたように呟く賈詡に、一刀は苦笑を返す。董卓軍を支えた賈詡を前に、最高と言えるような軍師が三人である。間違っても、これから県令になろうという一兵士についている数ではない。

 自分の仲間がどれだけ素晴らしいのか。語るに吝かではなかったが、今は時間も足りないし、賈詡もそんな気分でもないだろうと思い直す。

「仲間に恵まれてるだけの、ただの兵士としか……」

 それは他人を納得させられるような答えではなかったが、董卓にはそれで十分だったらしい。思わず噴出してしまった彼女に、その場にいた全員の視線が集まる。

「へぅ……」

 と、董卓は顔を真っ赤にして俯いてしまった。

 そうしていると、本当に年頃の美少女にしか見えない。可憐な仕草に一刀の目を奪われるが、目敏く気づいた賈詡に今までで一番殺気の篭った視線を向けられる。

「言っておくけど、ボクの月に色目使ったらくびり殺してやるから、覚えておくことね!」

 殺意の篭ったその目に、一刀はただこくこくと頷いた。






















「遅い……」

 漏らした呟きはもう何度目か。

 足音も高く室内をうろうろする様は、誰が見てもイライラとしているのが見て取れる。これが普段であれば取り繕うくらいの知恵も回ったのだろうが、今はその余裕すら見受けられない。

 雛里などは怯えきって、稟に関わることを諦めてしまった。今は私は置物です、と言わんばかりに部屋の隅で椅子に座り、読書に勤しんでいる。書物の向きが上下逆なのはご愛嬌だ。

 それでも、稟がたまに呟きを漏らすたびに、びくりと肩を震わせるのは彼女の気の小ささ故か。

 その度に何とかしてくれとこちらに視線を送ってきていることには気づいていたが、それは華麗に無視していた。理由は単純だ。その方が面白いからである。

 ふふふ、と湯のみで口元を隠しながら、風は静かに笑う。稟がいらいらと怒っている顔が綺麗に見えるように、雛里はおろおろしている様が可愛く思える。

 言葉にすると果てしなく倒錯した趣味のように思えるが、これについては一刀も同じ意見だと確信を持っていた。同志がいるのだから別におかしなことではない。自分たち二人しかいなかったとしても、それはそれで良いことだ。

 世界に二人。それだけで何だか、幸せな気分なれる。

「稟ちゃん、そんなに怒っていると顔にお皺が増えますよー」
「怒ってなどいません!」

 明らかに怒っている口調で怒っている稟の表情は、ぞくぞくするほどに魅力的だった。一刀が帰ってくる頃には、この怒りもほどよく熟成されていることだろう。稟に怒られてしゅんとしている一刀も、それはそれで良い。落ち込んで、また奮起するその姿には、自分もやるぞ! という気分にさせてくれる。

 これは、自分たち全員の共通見解だと確信している。程度の差こそあれ、自分たちは皆、一刀のことが好きなのだろう。彼の力になりたい。心の底からそう思っているからこそ、出世などを度外視して彼の元にいるのだ。

 一刀の何がそうさせるのか、それを考えるのは無粋というものだ。稟などは理由を求めようとするのだろうが、そういうのは言わぬが花である。さしあたって、一緒にいたいから一緒にいる。それで良いと思うのだ。

 湯のみのお茶が空になってしまった。三杯目で少しお腹もたぷたぷしていたが、ただ待つだけというのも間が持たないのだから仕方がない。しなければならないことは大体片付いてしまったし、これからの仕事に取り掛かるには一度、一刀を交えて話し合いをする必要があるから、現時点でできることはほとんどない。

 それが稟をイライラさせている理由でもあるのだが、果たして一刀は気づいているのかどうか。

 ちなみに現段階で二刻の遅刻である。稟が時間に厳しいことは皆の知るところであり、一刀もそれを良く知っている。それでもなお遅れているということは、そこにはのっぴきならない事情があると理解できる。

 またぞろ、良くないことに首を突っ込んでいるのではないか。稟が考えているのはそんなところだろう。風もそれは考えないではなかったが、戦も終わったし治安も回復してきた今、要もついているのに対処できないような危険に見舞われるとは考え難い。

 それでも、そんな危険を引き寄せかねないのが一刀という男だが、信じて待つくらいのことはしても良いと思う。

 ……自己分析するに、後二刻が限界そうだ。自分では気の長い方だと思っていたのだが、存外に程仲徳も気が短い。

 とぽとぽ暢気にお茶を淹れていると、部屋をうろうろしていた稟の足が止まった。呼吸さえも潜めて耳を済ませているのを見て、

「稟ちゃんの鼻がお兄さんを感知したみたいですねー」
「犬みたいに言わないでください!」

 軽口を叩くと、稟が顔を真っ赤にして抗議するが、稟の鼻の性能は確かであったらしく歩いてきた足音は扉の前で止まった。

 だが止まっただけで、部屋の中にまで入ってこない。

 おや、と風は首を傾げる。一刀にしては珍しいことだ。少なくとも、こういう行動をしたことは風の記憶にはない。

 すぐに入ってくるものだと思って息を整えていた稟も、機を外されて肩をこけさせている。

 早く会いたいなら自分で扉を開ければ良いのに、それでもこちらから扉を開けるようなことを、稟はしない。帰ってくるのを待ちわびていたと思われるのは、格好悪いことだと思っているからだ。

 他人から見ればバレバレのことであっても、それを行動で示すのは恥ずかしいらしく、誰にでも見栄を張りたがる稟も、一刀の前では更に格好をつける。一刀ですらそのことにはぼんやりと気づいているのだが、稟の態度が改まることはなかった。

 要するに距離の取り方の問題なのである。格好良い自分を見ていてもらいたいという願望が、恥も外聞も捨てて甘えたいという願望よりも稟の中で強いからこその、この行動なのだ。

 それを指摘したとしても稟は認めたりはしないだろう。自分で気づくか、自然に甘えられるようになるかするしかない。

 そんな稟を見てみたいような、見てみたくないような。一番の親友を自認する風としては、微妙な気分である。

 一刀ならばそんな稟を見せてくれそうな気もするのだが……そんな素敵なことを考えるのは、また別の機会にするとしよう。

 今は、一刀のことだ。

 時間にして十秒。扉の前でじっとしていた一刀は、ゆっくりと扉を開けた。

 見た目に変わった様子はない。体調が悪いとかそういうことではないらしく、風はこっそりと安堵の溜息を漏らした。

 だが、表情は緊張している。遅刻したことを怒られるのを恐れているだけではないだろう。

 それ以外の要因があることに稟も雛里も気づいたのか、言いたいことを全て棚上げして、一刀の言葉を待った。

「皆に、協力してほしいことがある」

 そう言って一刀が切り出したのは、三人にとっても驚くべき内容だった。

 董卓がまだ洛陽にいる。そのこと事態は特に驚くべきことではない。おそらく外に出ているだろうという見通しはしていたが、可能性としてはありえる話だったからだ。

 しかし、一刀がその董卓と接触したというのは無視できる話ではない。

 更には彼女らが洛陽を脱出する手助けをするという約束までしてきたという。全てを語り終えた一刀は地面に頭を擦り付けんばかりの勢いだったが、風たち三人は一刀のことなど知らないとばかりに沈思黙考していた。

 風の頭に最初に思い浮かんだのは、董卓の居場所を孫策に知らせることである。既に領地に戻る準備をしているとは言え、董卓がいるとなれば兵を差し向けざるを得ない。曹操がまだ洛陽に残っていることも幸いした。二軍の中から精鋭部隊を編成してその屋敷を強襲するということになるだろうが、問題はそれで董卓陣営を殺しきれるかということだった。

 兵が差し向けられることになれば、董卓陣営は一刀が話を漏らしたことを真っ先に疑い、刺客を差し向けてくるだろう。呂布に張遼である。連合軍が一度の強襲で殺し切れればそれでも良いが、一騎当千の猛者を確実に殺せるとはどうしても思えない。

 身の安全を考えれば、裏切るということは避けるべきだった。

 しかし、董卓の居場所を黙っているとなると、今度は連合軍に対しての背信行為となる。県令の辞令を受け取ったことで孫策との契約は既に切れているが、少し前まで主従の関係にあった人間だ。敵方大将首の情報を黙っていたとあっては、向こうも良い顔をしないだろう。

 これから上にのし上ろうと考えている時分に、大勢力に悪い印象を持たれるのは避けておきたい。董卓に協力するにしても、とにかく秘密裏にやるのが大前提だった。

 協力するか、裏切るか。風たちの取れる選択肢は大きく分けてこの二つである。

 そのどちらを取るべきなのか……個人的感情を別にすれば、それは考えるまでもないことだった。

「先方と細かい話を詰める必要があるでしょう。隠れているのならば直接会うなどは避けた方が良いのですが、連絡手段などは決まっているのですか?」
「それについては向こうの軍師から提案書を預かってる。まずはこれを読んでほしい」

 一刀が懐から出した木簡は、それなりの大きさがあった。紐解く稟の横から、雛里と一緒に木簡を覗く。

 連絡の遣り取りから実際の計画について詳細に書かれている。一刀の話ではこの軍師には今日であったということだが、ここまで計画が詰められているというのは少々驚いた。

 咄嗟に思いついたのではなく、元から案の一つとして温められていたのだろうが、それを一刀に預けてくる辺り、あちらの本気具合が伺える。

 木簡の最後には軍師と、その主の署名がなされていた。賈詡、そして董卓とある。その筆跡が本物であるのか判断はつかなかったが、向こうはこの計画に本腰を入れているというのは、本当のようだ。

「董卓は本物なのですか?」
「それはわからないけど、呂布と張遼は本物だと思う。それが董卓って扱いをしてた訳だから、本物なんじゃないかな」

 一刀の答えも頼りがない。董卓の容姿についての情報は、風たちでも掴みきれていないことだ。兵をしていただけの一刀に、本物かどうかの判断がつくはずもない。稟もそれは分かった上での質問だったのだろうが、予想通りの答えに少し苛立ちの篭った溜息を漏らす。

 それに、一刀がびくりと身体を振るわせた。叱られるのを警戒している子供のような仕草に、稟の視線が向けられる。

 こちらは、控え目に行っても獲物を前にした獣のようだった。子供ならば泣き出しかねない雰囲気に、一刀も一歩二歩と後退る。

「どうして逃げるのです?」
「いや、怒られるのかなぁ、と思って……」
「ほう。屋敷に踏み込んだのは不味かったと思いますが、その後の判断については最善を尽くそうとしたことが見られますので、今回は説教は見送ろうと思っていたのですが……なるほど、貴殿がそこまで望むというのであれば、普段の五割増しくらいで言いたいことがあるのですが、それを聞いていただけると?」
「ごめん。余計なことを言ったのは謝るよ」

 素直に頭を下げる一刀に、稟は解れば良いのです、と溜息を漏らす。小言を言いたいのは本当だろうが、今がそんな状況でないのは稟も良く解っている。

 今はこの綱渡りの状況を可及的速やかに解決しなければならない。

「謝罪を受け入れる代わりという訳ではないのですが、私からも貴殿に聞いておきたいことがあります」
「なんだろう。何でも言ってくれよ」
「……成功するしないは別にして、この案件を我々の耳に入れずに処理することもできたはずです。犬猫を大量に連れてくるだけならば、我々も小言を言いこそすれ拒否はしなかったでしょう。あえて我々に相談したのは、一体どういうことですか?」

 何だそんなことか、と一刀は安堵の溜息を漏らした。

「そりゃあ俺一人でどうにかできるならそうしたけど、皆で相談した方が上手く行くに決まってるだろ? それに危険を背負い込むことになるんだから、それを伝えないのはあまりに不誠実だ。俺たちは仲間だろ?」

 一同を見回して当たり前のように言う一刀に、稟は何も答えることができなかった。直球過ぎる言葉に、返す言葉が見つからないのである。稟も馬鹿ではない。こういう答えが返ってくることは想像がついていたはずなのだが、実際、一刀の口から言われるとその衝撃も相当なものであったらしい。

 ぷるぷる震える背中からは、鼻血を堪えているのが見て取れる。一刀の言葉は激しく、稟の心を刺激したようだった。雛里も何だか嬉しそうだ。自分の顔は見えないが、きっとにやにやと気持ちの悪い笑みを浮かべているのだろう。

 思いを言葉にされるのは、こんなにも気持ちの良いことなのだ。幸福感に包まれながら、しかし、いつまでもそうしている訳にもいかない。風がつんつんと背中を突付くと、稟は小さく悲鳴を挙げて正気を取り戻した。

 一連の感情の流れが理解できなかったらしい一刀が首を傾げているのをこれ幸いと、大きく咳払いをし、話題を元に戻す。

「危険はありますが、有力者に恩を売る機会と考えればこれは好機です。連合軍に洛陽を追われた身とは言え、董卓が有力者であることに違いはありません」
「どれだけの利が得られるかが、風たちの腕の見せ所ですねー」

 董卓の地元は涼州と、一刀の任地である并州からは距離がある。流石にいざという時の援護は期待できるものではないし、董卓と関係を持っていると知られれば、連合軍に所属していた諸侯から狙われる可能性もある。

 ほとぼりが冷めるまでは、この関係は秘匿しておくべきだろう。大きく利を得ることができるのは、ある程度時間が経ってからだ。

「では、話も纏まったところで今日の予定を消化しましょうか」

 稟が切り出すと、一刀が慌しく動き始める。董卓に拘束されていた時間の分だけ、今日の予定は押している。待ち人がいる訳でもなく急ぎの案件でもないが、時間を無駄にすることを稟はよしとしない。

 既に無理を通してしまったため、居心地の悪さもあるのだろう。簡単な準備をするだけなのに部屋を行ったり来たりする背中には明らかな焦りの色が見える。

 その背中を、稟は微かな笑みを浮かべて見守っていた。普段ならばイライラしつつ、小言の二つ三つも言う場面であるが、それもない

「稟ちゃん、機嫌が良さそうですね」
「……ようやく、物事が動き始めたのだと実感していたところです」

 慌てる一刀は、雛里にぶつかった。軽い雛里は吹っ飛ばされ、尻餅をつく。平謝りする一刀を横目に見ながら、風は稟だけ聞こえるように囁いた。

「まさか董卓とは夢にも思いませんでした」
「上に行くためには危ない橋も渡らなければなりません。それがたまたま最初に来た。それだけのことだと思いましょう。むしろ、最初に来てくれて良かった。失うものが少なければ、再起もまた容易い」
「恐るべきはお兄さんの『引き』ですねー」

 運命力とでも言うべきか。良くも悪くも、癖のある人間に出会う運命のようなものを、一刀は持っているような気がする。これまでやってきたことに比して、彼の人脈は驚くほどに濃い。二年かそこらでこれなのだから、さらに二年後にはどうなっているのか。考えるだけでぞくぞくする話である。

「濃い人生ということは、それだけ破滅も近いということ。我々は一刀殿が道を外さぬよう、助言をしていかなければなりません」
「導く、とは言わないんですね」
「先頭に立つのは彼の役目です」
「お兄さんなら、俺たちは一緒に歩いてるんだ、くらいのことは言うと思いますが」
「私もそう思いますし、貴女も雛里もそうでしょう。ですが、それを知っているのは我々だけで良いのです。対外的にまでそうだと思われては、一刀殿が舐められます」

 どうやら本気で言っているらしいことに気づいた風は、稟を見上げた。

 その視線に気づいた愛すべき友人は、微かに、しかし誇らしげに微笑んでみせた。














後書き

かつてないほどに筆の進みが早く、アップの運びとなりました。
次回、洛陽を出立します。





前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.026984930038452