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No.19908の一覧
[0] 真・恋姫†無双 一刀立身伝 (真・恋姫†無双)[篠塚リッツ](2016/05/08 03:17)
[1] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二話 荀家逗留編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:48)
[2] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三話 荀家逗留編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[3] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四話 荀家逗留編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[4] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第五話 荀家逗留編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:50)
[5] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第六話 とある農村での厄介事編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[6] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第七話 とある農村での厄介事編②[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[7] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第八話 とある農村での厄介事編③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[9] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第九話 とある農村での厄介事編④[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[10] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十話 とある農村での厄介事編⑤[篠塚リッツ](2014/10/10 05:51)
[11] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十一話 とある農村での厄介事編⑥[篠塚リッツ](2014/10/10 05:57)
[12] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十二話 反菫卓連合軍編①[篠塚リッツ](2014/10/10 05:58)
[13] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十三話 反菫卓連合軍編②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[17] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十四話 反菫卓連合軍編③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[21] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十五話 反菫卓連合軍編④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[22] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[23] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十七話 反菫卓連合軍編⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:57)
[24] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十八話 戦後処理編IN洛陽①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[25] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十九話 戦後処理編IN洛陽②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[26] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十話 戦後処理編IN洛陽③[篠塚リッツ](2014/10/10 05:54)
[27] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十一話 戦後処理編IN洛陽④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[28] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十二話 戦後処理編IN洛陽⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:58)
[29] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十三話 戦後処理編IN洛陽⑥[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[30] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十四話 并州動乱編 下準備の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[31] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十五話 并州動乱編 下準備の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[32] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十六話 并州動乱編 下準備の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[33] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十七話 并州動乱編 下準備の巻④[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[34] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十八話 并州動乱編 下準備の巻⑤[篠塚リッツ](2014/12/24 04:59)
[35] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第二十九話 并州動乱編 下克上の巻①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[36] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十話 并州動乱編 下克上の巻②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[37] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十一話 并州動乱編 下克上の巻③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[38] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十二話 并州平定編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[39] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十三話 并州平定編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[40] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十四話 并州平定編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[41] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十五話 并州平定編④[篠塚リッツ](2014/12/24 05:00)
[42] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十六話 劉備奔走編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[43] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十七話 劉備奔走編②[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[44] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十八話 劉備奔走編③[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[45] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第三十九話 并州会談編①[篠塚リッツ](2014/12/24 05:01)
[46] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十話 并州会談編②[篠塚リッツ](2015/03/07 04:17)
[47] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十一話 并州会談編③[篠塚リッツ](2015/04/04 01:26)
[48] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第四十二話 戦争の準備編①[篠塚リッツ](2015/06/13 08:41)
[49] こいつ誰!? と思った時のオリキャラ辞典[篠塚リッツ](2014/03/12 00:42)
[50] 一刀軍組織図(随時更新)[篠塚リッツ](2014/06/22 05:26)
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[19908] 真・恋姫†無双 一刀立身伝  第十六話 反菫卓連合軍編⑤
Name: 篠塚リッツ◆e86a50c0 ID:fd6a643f 前を表示する / 次を表示する
Date: 2014/12/24 04:57
「以上が報告になります」

 簡潔な報告だけを述べて、女は書簡を渡してくる。朱里はそれを改めることもなく退出の許可を出す。一礼し、女は音もなく去っていった。書簡の内容について女と確認する必要はない。彼女の担当は調査及び連絡であって、書簡の内容を吟味することではないからだ。報告が確かでそれを十全に届けてくれるのなら、それ以上を求めることはしない。

 無言のまま、朱里は書簡に目を通した。記されているのは氾水関戦の分析結果だ。勢力ごとの動員兵力及び損耗、それが敵味方に関わらず細かに記載されている。氾水関は董卓軍の施設だったが、連合軍が押さえたことでその検分も始まった。使えそうなものはこちらで使い、攻められた時のことも考えて施設の補修、食料や装備の搬入が進んでいる。

 今は駐留する人員の選別を各勢力の代表が集まって協議しているところだ。どこからどれだけ人を出すかもそうだが、それを誰が指揮するのかという問題もある。今は急いでいるということが袁紹にも解っているため、比較的素早くこの問題は片付きそうだった。本来ならば最初に決めておくべきことだったのだが、それをとやかく言う段階でもない。盟主を決めた時のことを考えると、この決断の早さは奇跡の産物だ。上手く行っているのだからそれで良い。

 このまま順当に行けば遅くとも明日には全ての話が纏まり、虎牢関への移動を始めることができる。配下の兵士にもそのつもりで出立の準備をさせていた。軍の運用に問題はない。仕込みは万全だ。

 不意に、苦しくなった。

 胸を押さえて朱里は小さく咳き込む。咳音が漏れてはいけない。慌てて口を手拭で塞ぎ、小さく蹲る。体調の変化は急だった。動悸は早まり身体がガタガタと震えだす。それを堪えることができたのは数秒だった。耐え切れずに胃の中の物を吐き出す。昨日の夜から何も口にしていないため、出てくるのは胃液ばかりだったが、嘔吐感はしばらく続いた。

 はぁ、と大きく溜息をつく。汚れた口元を手拭で拭い、椅子に体重を預けた。大きく深呼吸をして、心を落ち着ける。

 策については万全を尽くした。考えられるだけ考え、手配できることは全てやったと断言できる。それでも覆されることはあるだろうが、これで駄目ならと諦めがつくくらいには、人事を尽くした。これ以上は人間の手の及ぶ所ではない。

 頭は嘗てないほどに冴えていた。文字が、数字が、地図が、あらゆることを自分に教えてくれる。今の自分には見抜けない物などないそう錯覚すらするほどに、諸葛孔明の知は研ぎ澄まされていた。

 その反動は体調にきているが、この程度ならば問題ない。不調程度で知力が研ぎ澄まされるのならば、世の軍師は喜んでその身を捧げるだろう。

 もっとも、明確な症状を無視し続けてそれが大病だったというのではあまりに無残であるので、定期的な医者の診断を欠かしてはいない。おかげで大病の気配はないと複数の医者からお墨付きを貰うことができた。まだまだ桃香のために多くの仕事ができると思うと、頭もより冴え渡っていく。

 そんな知力の冴えは桃香軍に合流してからずっと続いている。これまでの戦でも桃香を勝利に導いてきたし、初の大戦となった先日の氾水関の戦いでも、大勝を納めることができた。桃香と自分にとって理想的な勝利が続いている。軍師の成果としてこれ以上はないくらいのものであるが、朱里の冴えた知性は勝利の先に暗雲が立ち込めているのを感じ取っていた。

 桃香は大徳ある人物だ。関羽も張飛も真っ直ぐな性格をした武人で、兵を良く指揮している。そんな面々についてきた兵だからこそ、彼ら彼女らもまた、気持ちは真っ直ぐな人間が多い。

 それ自体は悪いことではない。朱里もそんな彼女らが大好きだし、そうだからこそ軍師として付き従っているのだ。

 問題は別にある。彼女らは綺麗過ぎるのだ。気持ちが真っ直ぐな彼らは、他人を落としいれようとしない。桃香は相手を信じるところから始め、関羽は自らの正義心情を貫くことが前提となっている。二人に比べれば張飛はまだ中庸の気持ちを持っているが、必要に応じて正邪を選べるような柔軟さはない。

 この世に明確な正と邪があるならば、極端に正に偏った集団。それが今の桃香軍だった。

 桃香がそうありたいというのも理解している。その意思がきちんと伝わった今の桃香軍は、彼女の軍としてあるべき姿をしているのだろうが、その綺麗さだけで勝てるほど全てが充実している訳ではない。軍師の目から見て明らかに、桃香軍には欠けているものがある。

 軍師として早急に進言するべきであるが、しかし、朱里はそれを口にすることはできなかった。理由は単純である。今の桃香軍はその正しさで持っているようなものだからだ。この時代に理想を語り、それを体現しようとする桃香だからこそ、兵はついてきている。人を陥れる行為を平然とやる。人を率いるのであれば、乱世であれば許されるその行為も、桃香からは程遠い。

 兵はそんな桃香の姿に理想を見た。生き残るための当たり前の行為が、桃香の神性を失わせてしまう。兵力は諸侯の力を決定付ける重要な要素の一つなのだ。対抗する術がないと見られれば、乱世の今では即座に叩き潰されるだろう。一度叩かれてしまうと、再起するのは難しい。既に袁紹や曹操などとは兵力や財力で圧倒的な差をつけられているのだ。兵力を失ってしまえば、戦う前から勝負が決まってしまう。

 何も知らない人間は言うだろう。そういう劣勢を覆してこその軍師ではないかと。

 何も知らないのはお前の方だ。誰が好き好んで劣勢を選ぶものか。戦う前に可能な限り有利な状況を築き上げること、それが軍師の仕事だ。劣勢のまま戦うことになった時点で半端仕事である。そうなってしまったのなら、それは軍師の手落ちだ。

 そうならないために朱里はあらん限りの知恵を絞った。生き残るためにはどうしたら良いか。勝つためにはどうしたら良いのか。

 桃香に足りないものは、全て自分が埋める。桃香が考え付かないような謀も、桃香が思いもしないような汚れ仕事も一切合財全て。

 それで軍が立ち行くならば、軍師冥利に尽きるというものだ。敬愛する主たる桃香のためになること、そのためにならば何でもする。

 決意を固めたら朱里は躊躇わなかった。可能な限りこちらが一方的に攻撃する。戦う前に勝利が決まっているのならばなお素晴らしい。敵将を暗殺できないか、兵糧を潰すことはできないか、不和を起こすことはできないか、散を乱して逃げるように仕向けることはできないか。昼夜を問わずそういうことばかりを考えた。

 おかげで他にも足りないものが見えてきた。策を実行するための資金が不足している。今後の大きな課題だ。策を十全に実行できるように予算をひねり出さなければならない。桃香軍は決して大きな勢力ではないが、だからこそ金を調達する方法はまだいくらでもある。資産の運用なども考えておくべきかもしれない。兵と一緒で金はいくらあっても困るものではないのだから。

 当然、策を実行するための人手も足りない。今回の作戦では公孫賛軍に人手を借りた。連合軍への出立の前に公孫賛本人に秘密厳守として念を押し、作戦を全て説明した。正々堂々としていないその行為に公孫賛もあまり良い顔をしなかったが、結局は勝利を取った。誇りは人を導くのに必要不可欠であるが、負けてしまっては何の意味もないということを、公孫賛は良く分かっていた。

 今回は公孫賛の力を借りてどうにかなったが、いつまでも彼女に頼る訳にはいかない。秘密を守ることができ、策を実行する優秀な人材が桃香軍にも必要だ。

 性格が性格なだけに、桃香軍の中にそういう繊細な仕事を得意とする人間はごくごく少ない。内部からの登用は無理だろう。いたとしてもそれを大っぴらに集めることはできるはずもない。自分のやろうとしていることを知れば、桃香は絶対に反対する。彼女の栄達のためだと説明しても、きっと聞き入れてくれないだろう。

 いざという時には悪名全てを自分が被る必要がある。

 いくら桃香がそういうことに精通していないと言っても、いつまでも隠し通せる訳もない。いつかは桃香にもバレる時が来るはずだ。これは早さの勝負でもある。露見するその時までに桃香の立場を確固たるものにできなければ、この仕事に手を出す意味がない。

 それに軍師の頭数も足りない。桃香軍はまだ勢力としての基盤が整っていないし、いくつもの謀を同時に進行するためには最低でも後一人、秘密を共有することのできる補佐が必要だった。

 雛里がいれば何も問題はなかった。雛里と一緒ならば謀に偏った方法に寄らずとも、桃香が望む形に近い方法で策を実行することができただろう。

 だが、彼女は灯里の紹介で北郷一刀という人のところに行ってしまった。どんな人間かも知れない男性に雛里ははっきりと恐怖していたが、灯里の紹介とあっては断る訳にもいかなかった。在学中には何かと世話になった先輩である。軍師を育てる学院でも、上下関係は意外ときっちりしているのだ。

 灯里がただの先輩風を吹かすだけの凡人ならば、朱里も雛里も勇気を振り絞って反発しただろう。自分の人生に関わることだ。先輩とは言え、全てを強制する権利はない。

 しかし朱里も雛里も灯里が有能な人間であることを知っていた。特に人を見る目については水鏡先生からも一目置かれていたほどだ。その灯里の紹介である。卒業後は二人で旅をと約束していた雛里であったが、その約束を知っているはずの灯里からの紹介ともあって、気持ちも揺らいだのだろう。

 彼女が強引にでも薦める以上、何か見るべきところがあるはずである。いくら知を極めたとしても、良い主とめぐり合うことができなければ軍師は十分な能力を発揮することができない。良い主というのは、喉から手が出るほど欲しいものなのだ。

 誘惑に負けてしまった雛里を、朱里は攻めることができなかった。それは軍師の性のようなものである。指名されたのが自分だったら朱里だって、雛里と同じ決断をしただろう。自分のことを考えること、それ自体は悪いことではない。

 ただ、灯里の紹介とは言え、それでも雛里が男性に仕えるというのは心配だった。自分と一緒で人見知りをする雛里が、男性の主と上手くやっていけるのか。何しろ雛里はかわいい。不埒な考えが頭を過ぎり、そのまま襲われてしまうことだってあるかもしれない。

 雛里が旅立ってからの毎日は戦々恐々としたものだったが、彼女からやってきた最初の手紙に、今の環境には満足しているという一文を見てからは、その気持ちも消え去った。良い主を得たという友達を、今では心から祝福できる。連合軍に参加するために、孫策陣営にかけあってみるつもりだという手紙を最後に遣り取りは途絶えているが、彼女のことだから上手くやっていることだろう。

 その、雛里を連れて行った灯里。学院の先輩で学院では珍しい剣も嗜む軍師である。旅歩きを繰り返しているせいか見聞が広く、巣立って日の浅い自分よりもずっと幅広い知識を持っている。

 灯里ならばきっと、自分では考えもつかない方法を思いつくだろう。理想とは違った形であっても、桃香をより良い方向に導くことができるに違いない。

 二人のどちらかが入れば、謀や汚れ仕事に頼らなくても良かった。

 だが現実として二人はおらず、勢力を維持、拡大するためには誰かが手を汚さなければならない。

 勿論それをしないで済むにこしたことはないが、いざという時に手が動かないのでは話にならない。今必要なのはそういう仕事を十全にこなせる、芯が強くて頭の切れる人間だ。

 幸か不幸か一人だけ朱里にはそういう人間に心当たりがあった。

 理性に従うのならば、彼女を呼び出すために早急に手紙を書くべきだ。応じてくれるか分からないが、出すのならば早い方が良い。順当に行けば彼女は今期で学院を卒業してしまう。学院を出てからでは居場所を捕捉するのも困難だ。

 手紙を書くのに躊躇う理由はない。

 しかし、感情は筆を動かすことを拒んでいた。

 朱里は彼女のことが苦手だった。決して公正とは言えない性格も、僅かな恨みにも必ず報復する姿勢も、自信に満ち溢れた瞳も、全てが苦手だった。

 同じようなことは彼女も思っていただろう。お互いに全ての要素がかみ合わなかったと言っても良かったが、勉学には真摯に取り組む彼女は後輩としてはある意味理想的な存在だった。性格が合わなくても先輩を立てるだけの筋は通してくれたし、やっかみを受けて雛里と一緒に孤立しかけた時も、嫌々ながら守ってくれた。

 とは言え、良い人か悪い人かで言えば朱里の観点では悪い人寄りである。できれば係わり合いになりたくないというのは今でも変わらない朱里の感情だったが、少なくとも謀や汚れ仕事に関して彼女に勝る才能を朱里は知らなかった。

 補佐として呼ぶならば彼女しかいない。

 朱里は迷いを断ち切るように、大きく溜息をついた。筆を取り、木簡に走らせる。余計な言葉を一つも入れなかったので、用件を伝えるだけの簡素も簡素なものになってしまったが、彼女への手紙はいつもこんなものだ。

 人を呼んで、学院に急ぎで届けるようにと念を押す。これで卒業前には間に合うだろう。返事は出してくれるだろうが、受けてくれるかは半々というところだ。彼女ならば仕官の先などいくらでもあるだろうし、うまの合わない自分の下で働くことを是としてくれるかも未知数だ。

 期待はしているが、きてくれないことも覚悟はしている。その時は今度こそ自分一人でやるしかない。

 雛里がいてくれれば……と、切に思う。あわあわ言っていた親友に、何だか無性に会いたくなった。

 
















 士元の前では一刀が陰鬱な顔で作業をしていた。

 氾水関内、孫策陣営。北郷一刀個人に割り当てられた幕である。百人隊長に幕が割り当てられるというのも剛毅な話であるが、これには事情がある。

 二日前に劉備軍が氾水関を落とし、連合軍の首脳陣は意気揚々と氾水関に入った。全ての兵を受け入れるには準備が足りなかったため、兵の多くは関の外で死体の処理をしつつ野営などをしている。百人隊長である一刀も昨日までその作業に参加していたが、昨晩甘寧から各部隊の隊長に生存者と死亡者の目録を作って持ってくるようにとの指示が出て状況が変わった。

 目録を作成するためには文字を書く必要がある訳だが、百人隊長の多くは読み書きが苦手だ。一刀のような例外はあるが、基本的に兵というのは学がない。そんな彼らに目録を作れというのも酷な話である。

 酷だろうと何だろうと仕事は仕事だ。苦手な文字と格闘しながら百人隊長達はせっせと目録を作成していたのだが、それを見かねた一刀が彼ら全員に代行を申し出た。誰それが死んだということだけ解っているのなら、目録を作成するのはそれほど難しいことではない。甘寧直轄の千人隊所属の百人隊、自分のところを含めて十組全ての仕事を代行しても、一刀ならば一晩もかからずに終わる。

 読み書き計算を十全にこなす一刀にすればそれは大したことではなかったが、他の百人隊長にとってはそうでなかったらしく代行を申し出た一刀は大層祭り上げられ、その晩の食事が少々豪華になり、一人では食べきれないからと自分や奉孝、仲徳も呼び振舞う騒ぎとなった。あまり健啖ではない士元にとって食事が増えることはあまり嬉しいことではなかったが、嬉しいことは皆で分かち合おうという一刀の方針はありがたく、彼の隣でもそもそと食事をしながら小さな幸福を味わった。

 それは穏やかで楽しい夜だったが、目録を持って甘寧が怒鳴り込んできたことでまた状況は変わった。目録の作成を百人隊長に任せたのは、各隊の状況を隊長に良く認識させる目的もあった。それを代行しては意味がないと、百人隊長を並べて説教する甘寧の怒号は、夢に見そうなほどに鬼気迫っていた。自分が怒られた訳でもないのに、思い出しただけでぶるりと身体が震える。直接怒られた一刀達の恐怖は、この比ではなかっただろう。青い顔をして頭を下げる一刀を思い返すと、同情を通り越して悲哀すら覚えるほどだ。

 説教は一時間ほど続き、代行を頼んだ隊長たちには改めての目録の作成が申し付けられた。代行を請け負った一刀は仲徳と甘寧の協議の結果何故か一番罪が重いとされ、甘寧隊全体の事務処理が言い渡された。夜があけて朝一番、個人の幕となった場所で、一刀は黙々と作業を続けている。

 これは元来甘寧とその補佐役である仲徳の仕事なのだが、彼女らは関に残す兵選抜の会議に出席するため、この場にはいない。孫策、周瑜、陸遜、周瑜の補佐である奉孝も同様だ。士元も本来は孫策の補佐であるのだが、一刀の監督役として残ることを許された。

 自分はいらない娘と言われているようで不安にはなったが、一刀を一人放っておくのもかわいそうではあったし、最近は話す時間も取れなかったこともあって、ゆっくり顔を見たくもあった。仕事をやりながらではあるが、時間を持てたことは士元にとっては幸運だったと言える。

 その辺を見越しての孫策の配慮なのだろうか。破天荒な生き方をしているのに、こういう機微にも理解がある。孫策というのは本当に不思議な人だ。

 筆を置き、一刀が大きく溜息をついた。背中を伸ばすとごきごきという音がする。仕事に一区切りがついたようだ。自分の割り当てはとっくに終わっていた士元は一刀の眺める作業をやめ、用意していた茶を勧める。既に温くなっていた茶を一気に飲み干し、一刀はさらに溜息をついた。

「戦に出るよりは楽だと思ってたけど、長い時間こうしてるとやっぱり疲れるもんだな」

 軍師ってのは凄いんだなー、と奉孝に聞かれたらまた小言を言われそうなことを一刀はぼやいている。消去法的に軍師寄りの一刀には武を磨くよりも知を磨いてほしい、というのが奉孝の決めた方針だ。士元もそれについては賛成で、村にいた時は勉強などをよく手伝ったものだった。

 今は仕方なく百人隊長などをしているが、はやく領地でも持ってもらって治世に力を注いでもらいたいというのが正直なところである。頭の良さは学のある人間の中では普通だが、発想の突飛さには目を見張るものがあった。彼の発想は乱世ではなく平時でこそ生きるものだろう。

 これで武を任せることのできる人間がいれば安心なのだが、雇われの百人隊長である一刀に自前で動かせる兵はほとんどない。自分の損得を無視してまでついてきてくれそうなのは、子義を中心とした二十人弱くらいだ。私兵と呼ぶにもあまりに少ない。村にいた時の自警団よりも少ない……というのもそこから引き抜いた人間が中心となっているのだから当然である。天下に覇を唱える日は遠そうだった。

「さて、目録についてはこんなものかな」
「お疲れ様です」
「こうしてデータで見ると、部隊の再編って大変だよな。減ったところに補充するだけって、もっと簡単に考えてた」
「なるべく均等に、というのが甘寧将軍の方針ですから、まだ楽な方ですよ。偏りを持たせる方針だったら、もっと神経を使って微調整をしないといけません」
「うちの部隊だと甘寧将軍の部隊がそれだよな」

 一刀の言葉に士元は頷いた。一刀たちは新兵で彼女らは正規兵なのだから当然と言えば当然である。甘寧の指示で動く彼らは彼女の元で戦ってきた古強者で、孫策軍全体で見ても実力者が集められている。個人的に甘寧との付き合いも長いようで、孫策軍の一員というよりは甘寧の部下という気持ちの方が強いようだった。

「編成の草案を考えたのは将軍だったかな」
「そうです。仲徳さんも手伝ったみたいですけど、ほとんど口は挟まなかったと言ってました」

 軍師の力を借りる必要もないほど、自分の部隊の人間について甘寧は把握しているということだ。把握していると言っても、五千人である。顔と名前が全て一致するということはないだろうが、部隊単位でどういうことができるのか、そういう『でーた』はきっちりと、甘寧の頭の中に入っているようだった。

 氾水関の戦では、甘寧部隊の約一割が戦闘不能となった。内、甘寧直属部隊の被害はなし。損害は全て新兵の中から出ている。約五百の内、死者が約四割、兵として働くのは無理なほど重傷を負ったものがニ割、次回の戦闘には参加できそうにない人間が残りの全てである。

 ちなみに北郷隊の被害は二十四人。死者八名、重傷者十名、負傷者六名がその内訳である。死者の中には村から一緒に出てきた者もいてそれを知った一刀の落ち込みようは凄まじいものがあったが、二晩もたった今は落ち着きを取り戻している。普段よりも影があるのは否定できないものの、いつものように振舞おうとしているのは見てとれた。思っていた以上に、心の強い人である。

 北郷隊の欠けた戦力については今朝の編成で補充も済んでいる。全体で一割かけたので、ほとんどの部隊が百人隊ではなく九十人隊になってしまったが、一つ戦を乗り越えたという経験は兵たちの大きな助けとなるだろう。鍛錬を見ても、動きが違う。新兵の域は脱していないが董卓側の正規兵もこの部隊を軽く見ることはできないはずだ。

「いつかは、俺もこういうことをしなきゃいけないのかな」

 一刀のぼやきには、俺にできるかな、という内心の不安が溢れていた。これにできますよ、ということは簡単である。士元は反射的に励ましそうになるのを、ぐっと堪えた。甘やかしてはいけない、という奉孝の言葉が思い返されたのだ。厳しく行くくらいでちょうどいいという彼女の教育方針は、士元の目から見ると厳しすぎるように思う。

 褒めるべきところは褒めていると奉孝は主張するが、鞭九に対して飴は一くらいだ。一つ間違えば、一刀がグレてしまってもおかしくはないのに、一刀はどれだけ怒られてもそれを受け入れて、次に生かす姿勢を崩していなかった。発想以外のどれをとっても物足りないが、一刀はよく自分が足りないということを自覚している。曹操のような万能超人であればまだしも、そうでない人間にとっては他人の意見を柔軟に受け入れるという心持ちは、非常に重要なことだった。

 その点については、厳しい奉孝も良く信頼している。一刀ならばできると思うからこそ、厳しく接しているのだろう。それが自分の役割と割り切っている節もある。

 一刀にも飴は必要だが、本当は奉孝にも必要なのではないだろうか。その飴を与えることのできる人間は今のところ一刀だけである。

 一刀が奉孝を褒め称えているところなど……実は結構良く見る。欠けていることを自覚している一刀は、自分よりも優れたところを持つ人間を尊敬することを忘れない。凄いと思ったことは素直に褒めるし、その表情、態度から本当に凄いと思っているのだと感じられる。

 だから、気難しい奉孝も一刀に褒められると満更でもない。満更でもない顔をしながら課題を容赦なく十倍に増やしたりする。流石にそういう時は一刀も迷惑そうな顔をするが、そんなことを奉孝は気にしない。あれも奉孝の愛情表現であるということに、一刀は気づいているのかいないのか……心の機微にそれほど聡くない士元には分からなかったが、関係が良好に見える以上、他人の事情には口を挟むべきでもない。お互いが嬉しそうなら、それで良いのだ。

 嬉しいと思うのは奉孝だけでもない。一刀に褒められると、皆嬉しそうな顔をする。子義など、見えない尻尾が振られているのが見えるようだし、仲徳は地味に口数が増える。部下の兵達も一緒だ。褒められると嬉しいからより頑張るし、頑張るからより良い結果を出せるようになる。そうしたらまた褒められるから、また頑張る。

 こうして部隊の力が向上すると共に、一体感も生まれる。甘寧のように厳しく育てるよりも成長は遅いだろうが、連帯するという意思に関しては、一刀の部隊は目を見張るものがあった。甘寧隊の百人隊の中では間違いなく随一だろうし、正規兵と比較しても引けを取らないだろう。個々の実力が低いせいで正規兵よりも結果を出すことはできないが、どういう戦いかたをしても驚くほどの粘り強さを見せるし、何より良く一刀の指示に従う。

 これくらいの規模の部隊指揮ならば、一刀は十全にこなすことができるのだろう。このまま突き詰めていけば、類稀な指揮力を持った百人隊長になれるかもしれない。

 考えたところで、士元は心中で苦笑した。奉孝ならば言うだろう。どうして貴殿は他のところで才を発揮できないのですか、と。百人隊長は現場職だ。できるに越したことはないだろうが、上を目指す人間にはそれほど意味のある才能でもない。上に行けば行くほど、より広く、より多くを見なければならない。百人ならば十全にできるということは、百人までしか見通せないということでもある。

 視野を大きく持って欲しいという奉孝の気持ちも分からないでもない。仕える人間にはなるべく偉大であってほしいと思うのは、軍師の性だった。

「一刀さんならできますよ」
「そう言ってくれるのは士元だけだよ……」

 ありがとなー、と何気ない仕草で一刀は頭を撫でてくる。男性に触れられるということに恐怖で身体が震えるが、撫でられるとそんなことはどうでも良くなってしまった。褒められた、撫でられたということが凄く嬉しい。

 劉備軍の主席軍師の朱里と比べれば雲泥の差だが、腕の振るい甲斐があるのは一緒である。一から自分たちでやっていく感覚がある分、楽しみは大きいかもしれない。勢力の大きさで見れば劉備は全体の中でも大国寄りではあるが、中の範囲を出てはいない。大きな勢力には頭を抑えられ、小さな勢力の台頭に目を光らせるような、そんな難しい立場である。

 その点、こちらは下も下。まだ勢力として成立してもいないような少数勢力だ。飛躍するも没落するも今の働きにかかっている。その綱渡り感は癖になる。学院では大軍を指揮する前提であることが多く、漠然と思い描いていた仕官先もいつも大国を考えることが多かった。小国、小勢力は自分の力を試すのに相応しくないと無意識に思っていたのかもしれない。

 だが、やってみたら面白い。知力を研鑽しあうことのできる仲間もいる。優しい主もいる。武を任せることのできる人間たちも……少ないがいる。地を這いながら大空を狙うという大望が、軍師としての血を刺激している。

 働く環境としては最高だ。朱里も無理やりにでも誘えば良かっただろうか。あの優しい少女ならば、奉孝や仲徳とも上手くやっていくことができるだろう。軍師過多と奉孝などは笑うだろうが、大勢で考えた方が良い知恵も浮かぶというものだ。その勢力で養っていける限り、人が多くいて困ることはない。今は少数勢力だから、そこにいれるかどうかというのは気の持ちよう一つだ。

 とは言っても、朱里を誘うのが無理というのは、士元にも分かっていた。村に落ち着いた時にもらった手紙では、朱里も劉備を良い主だと褒めちぎっていたからだ。その人に一生を捧げても良いというくらいに熱の篭った文章を思い返すと、今更こちらに誘うのは憚られる。学院時代には一緒にいようねと約束したのに、世の中上手くいかないものだ。

「困った」
「どうかしました?」
「必要な目録が一つ足りない」
「じゃあ、私がとってきます」
「手伝ってもらってるのに悪いよ。俺が行くから士元はここで待っててくれ」
「いえ、一刀さんこそ働きづめなんですから休んだ方が……」

 食い下がる士元に、一刀はふむと頷く。

「……なら、間をとって二人で行こうか。お互い、少し歩いた方が頭も回るだろ」
「いいかもですね」

 大きく伸びをしてごきごきと背中を鳴らす一刀の隣に、慌てて移動する。良く転び背も小さい士元は、早めに移動をしないとおいていかれるのだ。一刀の隣に並ぶまでの十歩に満たない距離でも一度転びかけたが、そんな士元を見て一刀は軽い微笑みを浮かべた。そんな一刀がん、と差し出した手を士元はまじまじと見つめ返す。

「外で転んだら危ないだろ。迷子になっても大変だし、手を繋いでいこう」
「さ、流石に迷子になるほど子供じゃ……」

 ないとは言い切れない。人は多いし規模も大きい。現在位置を一度見失ってしまったら、誰かに聞かずに元の場所まで戻ることは不可能に近い。

 そして鳳士元という人間は、人に物を尋ねるのに多大な精神力を必要とする難儀な人間だった。軍師としてはあまり褒められたものではない性質であるのは自覚していて、直そうと頑張ってはいるのだが、どうにも上手くいかない。大きい男性などを見ると、いまだに恐怖の方が先に立つ。甘寧直属の強面軍団など、遠目に見ただけで足が止まってしまうほどだ。

 一刀の差し出してくれた手をそっと握る。意外なほどにごつごつとして大きな手がそっと手を握り返してくると、士元の背がびくっと震える。心臓がどきどき言っているのが聞こえた。顔を見られるのが恥ずかしくなり、空いた手で帽子を目深に被りなおす。

 そんな士元を知ってか知らずが、暢気に鼻歌を歌いながら一刀は歩き出した。手を引かれる、というよりは少しだけ引き摺られるような感覚で、士元はとことこついていく。

 軍師である、ということは知れてきているとは言え、兵士に手を引かれる少女というのはとても目立つ。行きかう人間は皆一度は士元の方を見るが、一刀が身体で視線を遮ったり、挨拶を交わしたりして視線を遮ってくれた。何でもない風な配慮が、嬉しい。

 ぎゅっと手を握り締めると、一刀は少し驚いたような顔をして、手を握り返してくれた。











中書き

今回は拠点パートになります。氾水関と虎牢関の間です。
次回は虎牢関戦闘パートになります。










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