Only My Fatal Fate
Thread 1. Dracula Time
遠隔投影装置から放たれる光が、見上げた先に宇宙空間を映し出す。
次元震動に巻き込まれた輸送船は、積荷である結晶石を抱えたまま、近くにあった惑星の大気圏に接触し、爆発四散する。
高密度の魔力エネルギーを凝縮させてつくられた結晶石──ジュエルシードは、そのまま、惑星の地上に落下していった。
惑星の名は、第97管理外世界。
落下場所はすでに特定できている。
あとは、現地に赴き、回収するだけだ。
「……行ってくるよ、母さん」
自分の愛機となるデバイスを握りしめ、私はそう言い残して歩を踏み出していく。
ジュエルシードは、所謂“ロストロギア”──超古代の未知の技術による産物として、時空管理局による封印の対象に指定されている。
今回、私はその輸送中のものを狙うことになる。
該当地域は、中規模の地方都市近辺。
現地の言葉では、『海鳴市』という地名らしい。
当たりをつけた邸宅の裏庭に、どうやら、すでに発動状態にあるジュエルシードがあるようだ。
この結晶石は、生物に取り付いて魔力増幅を行う効果があるとされている。
猫型の、この世界に生息している野生種と比べて明らかに大柄な個体が1体、茂みにうずくまって周囲を威嚇している。
「バルディッシュ、フォトンランサーセットオン」
迷わず、巨大猫にデバイスの銃口を向ける。瞬時に薬室に魔力がチャージされ、鋭いパルスレーザーとなって発射される。
猫の巨体は魔力によって増幅されていたものだった。
魔力結合が解かれ、光の粒子を撒き散らしながら巨大猫の姿が消え、素体になっていた普通の猫と、ジュエルシードが分裂して地面に転がる。フォトンランサーに脳天を撃ち抜かれた猫は、顎から上の頭部をまるごと焼失させていた。
「まずは1個……」
ジュエルシードを拾い上げた時、木立の向こうに人影が動くのが見えた。
姿を見られたか?
だが、その人影は小さい。子供のようだ。大した力があるようにも見えない。
ならば、悪いけど消えてもらう……
バルディッシュを構え、狙う。収束する魔力光に、夕闇に溶け込みかけた人影の姿が照らし出される。
少女だ。年のころは私と変わらないくらいに見える。
この世界の人間は、私たちミッドチルダ人とほぼ同じといっていい身体的特徴を示す。少女は驚きの表情を張り付け、しかし、私の攻撃動作に反応できていない。
だが、彼女の首に下げられているペンダントのような赤い球が、デバイスの待機状態であるのを私は見て取った。
胸のペンダントに照準を定め、発砲。
桃色の閃光が弾けた。
デバイスによるオートガードが発動し、少女の身体は被弾の反動で突き飛ばされる。
デバイスが作動していなければ、さっきの猫のように、少女は心臓を撃ち抜かれて絶命していただろう。
この世界にも魔導師がいるのか。
「あなたはジュエルシードを持っているの……なら、貰っていくよ」
少女の持っている赤いデバイスはすでにいくつかのジュエルシードを内部に格納している。おそらくは、撃墜した輸送船の乗員が捜索を行っているのだろう。まだ、管理局員が出動してきた形跡は見られない。
倒れた少女の胸から、デバイスをもぎ取る。
赤いデバイスは被弾の衝撃で一時的にシステムダウン状態に陥っている。
格納スペースからジュエルシードを取り出す。5個入っていた。これはサイドパックに入れておく。
「なのは!しっかり!」
もう一人の声が聞こえた。今度は少年のようだ。
声のするほうを見ると、小さなフェレットのような動物が、草むらの上に倒れている少女に呼びかけていた。
使い魔か?それとも変身魔法か?
この赤いデバイスにはもう用はない。
フェレットに向かって投げつける。頭にぶつかって、フェレットがこちらを見る。
「君は何者だ!?まさか、次元震を起こしたのも──!」
フェレットは声変わりしていない甲高い声で叫ぶ。フォトンランサーを足元の地面に撃ちこみ、黙らせる。泥と一緒に草切れがはじけ飛び、少女とフェレットに降り注ぐ。
少女のほうもようやく意識を取り戻し起き上がった。
視線が合う。
芯の強い瞳だ。
至近距離で炸裂させた魔法にも怯んでいない。
やや薄い色の瞳が、夕日を反射している。
私はマントを翻して地面を踏み切り、飛行魔法を発動させた。
あの少女たちの技量では、ステルス魔法を使わずとも私を追跡できないだろう。
待ち合わせ場所に着くと、既にアルフが来ていた。
「仮住まいの手配はできたよ。……フェイト、なにかあったのかい?」
「少しね。輸送船の生き残りがいたみたい」
あのフェレットがそうなのだろう。何らかの理由で人間の姿をとれないのだ。それは、彼はこの世界の人間ではないからだ。
蜃気楼のように。
陽炎のように、人々の記憶に残ってはいけないのだ。
そしてそれは私たちも同じだ。
「部屋の整理はアタシがやっておくからさ、フェイトは先にシャワー使っていいよ。疲れただろうしね」
「ありがとう」
「……フェイト」
「大丈夫。早くジュエルシードを集めないとね。母さんのために……」
隣町のこぎれいなウイークリーマンションを確保してある。どのみち、この世界にも長居しては色々と不都合がある。
アルフは最近、少し私に遠慮がちになっている。
私と母さんの関係を、心の奥では、不満がぬぐいきれないのかもしれない。
空はすでに日が落ち、星たちが輝き始めている。
窓の外には、おびただしい人工の光がひしめいている。
電気を使って光を灯しているのはミッドチルダと同じだが、そのエネルギー源は魔力ではない。この世界では、魔法は普及していない。
この世界に住む人間は、どうしようもない災厄に、どうやって立ち向かっているのだろう?
どうしようもない災厄を前にして、一体何を心の支えにしているのだろう?
思案の中に疑問を弄びながら、私は夢うつつに溶ける。
泣いている。
母さんが、泣いている。
子供にとって、親というのは、特に幼い子供にとっては、世界でいちばん頼りになる人間だ。世界でいちばん頼りになる大人だ。
その親が、泣く姿を、自分の弱い姿をさらけ出しているのは、そしてそれを目の当たりにしてしまうのは、とても、居た堪れない。
その頃の私はもうそういった感情を備えていた。
暗い次元の海の片隅に、時の庭園と呼ばれる小島がある。
母さんはそこに居を構え、ある魔術の研究に打ち込んでいた。
それは、死者をよみがえらせること。
いちど死んだ人間を、再び、生きてこの世に生まれさせることだ。
私と同じ姿をした、愛娘の亡骸を抱え、母さんは屋敷の門をくぐる。
それが、二度と引き返せない冥府への入り口だとも知らずに。
……いや、はじめから、覚悟をしていたのかもしれない。
屋敷の外は、激しい嵐が吹き荒れている。
暗闇に灯された蝋燭が、祭壇を照らしだす。
蝋燭の灯りの下、朽ち果てたガラスの破片が積もったクロスの上に愛すべき娘の亡骸を寝かせ、胸の前で手を組ませる。どうか、冥福を。
母さんの頬を、涙が伝い落ちる。
信じられない。この死を受け止められない。
ましてや、自分の過ちが娘を殺してしまったなど、受け入れられない。悔やんでも、悔やみきれない。
どうして、こうなってしまったんだ。
横たえられた陶器の花瓶の中に、魔法研究企業の上役から送られた薔薇の花が、申し訳程度に一輪だけ、花びらをのぞかせている。
ただの社交辞令だ。
決まりきった文面の、タイプライターで打った弔辞だけ。
こんなものを渡されても、何の慰めにもなりやしない。
花を、がむしゃらに床に叩きつける。
深紅の花びらが散り、指先に少しだけ食い込んだ薔薇の棘が、鋭い小さな痛みを走らせる。
つぶれた花びらは、悲しみをあざ笑うように床を跳ねる。割れたガラスが蝋燭の炎の反射をぎらつかせる。
私はなぜこの光景を見ていたんだろう。
そう、私は、この出来事を知っている。
なぜここに来た。ここに来れば何ができると期待していた?
屋敷の窓を、落雷の直撃が激しく震わせる。大気がはじけるように揺れ、突き抜ける電撃が風圧を起こし、蝋燭の火が揺れる。
融けた蝋が、涙のように揺らめき、そして燭台に滑り落ちて冷えて固まっていく。
雷鳴の光で、屋敷の壁や柱に飾られたゴブリンやインプの石像が、顔を照らし出される。
おびただしい数の悪魔の瞳が、母さんと私を見つめ見下ろしている。
なぜここに来たんだ?
いったい何を期待してここに来たんだ?
わかっているはずだ。わかっていたはずなんだ。
母さんの慟哭が、私の胸を締め付ける。
再び鋭い落雷が屋敷の避雷針を直撃し、床が突き上げられるように揺れる。蝋燭の火が、悪魔の息吹にかき消される。
光が消え、あたりは暗闇に落ちた。
声にならない叫びが響く。
天を仰ぎ、叫ぶ母さんの瞳の奥深くに、黒い炎が口火を切る。
私は、私がよみがえるために必要な儀式を要求する。
雹まじりの激しい雨が吹き付ける、屋敷の扉が風に叩かれ、悪魔の足音を奏でる。心の闇に忍び寄る、恐怖と遺恨と怨嗟の幻影。
アルハザード──その名を探せ。その伝説を私は知っている。
それは人間が魔法を求める根源の理由だ。
夜明けの街は、朝靄が白くかすんでいた。
「私は死神なんだよ」
最初に私からそう聞かされた時は、アルフはあからさまに訝しがって見せた。
私は、いつのころからか、周囲の人間というものがとても鬱陶しくなっていた。母さんが私をめったに屋敷の外に出さず、ずっと籠らせていたからなのかもしれない。
リニスに監督してもらって、魔法の練習をするときがいちばん楽しかった。
自分の力をふるうことが快感だった。
今も、指先からややもすれば電撃が飛び出しそうだ。
私が母さんを狂わせた。
私が生まれたから、母さんは狂ってしまった。
だから、私が助ける。
娘を生き返らせたいという願いと引き換えに、私という災禍を召喚してしまったのなら。
「昨日遭遇した輸送船の生き残り……彼が連絡を取れば、いずれ管理局が出向いてくる」
「猶予はあまりないよ」
「わかってる」
それから、彼が協力を仰いでいると思われる、この世界の魔力を持った少女。
魔法技術が実用化されていなくとも、魔法資質を持った人間というのは一定の確率で生まれてくる。
そういった世界出身の魔導師も管理局には居るとのことだ。
あの少女は、けなげにも、またしても私の前に現れた。
今回はきちんとデバイスを起動し、戦闘モードで準備していた。
だが、その戦いぶりは私から見れば稚拙なものだった。魔力量はそれなりに大きいが、私のスピードにまるで追随できない。
フォトンランサーだけでデバイスを狙い撃ちし、動きを抑えてからジュエルシードを回収する。
例のフェレットも、私が着実にジュエルシードを集めていることに焦りを見せている。
名前はユーノというらしい。スクライア一族の若者だ。
「どうしてこんなことするのっ!?話を聞いてよっ!!」
少女が呼び掛けてくる。
どうして、だって……?
それはこっちが聞きたい。あなたはあの少年に何の義理があって、管理局に手を貸しているのか……それとも、何か弱みでも握られているのか?
「そこの坊やに何を吹き込まれたのか知らないけど、これ以上関わらないほうが身のためだよ」
デバイスを持っているならば戦闘は可能なはずだ。
だが、ユーノはなぜ自分で戦わないのか?魔力を持たない人間ではないはずだ。
「管理局は、また人さらいをするつもり?」
「なっ、なんのこと!?」
「You must know your Fatal Fate……自分の身の上をわきまえなさい」
サンダースマッシャーを放つ。直撃を狙う。
バリアジャケットによって肉体への直接打撃はかなり相殺されるが、それでも大きな反動を受けた少女の身体は真っ逆さまに吹き飛ばされ、地面の茂みに落ちてめり込む。
すぐには起き上がってこれない少女に、フェレットが駆け寄る。
すでにこの場所のジュエルシードは回収した。
やたらに彼女らに構っている理由はない、が……
事前の情報によると、あの輸送船に積まれていたジュエルシードは合計21個だ。
量としては十分すぎる。長居せず、退散するのが得策だろう。
踵を返そうとしたとき、ちょうど私の背後数十メートルあたりの空中に、まばゆい蛍光が沸き立ち始めた。
「……管理局!?」
転移魔法の魔法陣が空中に展開され、何者かがワープアウトしてくる。個人で乗り込んでくるということは、おそらくは執務官クラスの人間か。
振り向き、バルディッシュを両手持ちで構える。
閃光がはじけると同時に、捕縛用のエネルギーストリングス・バインドが飛んでくる。すかさず、バルディッシュの刃で斬り飛ばす。
「時空管理局、クロノ・ハラオウン執務官だ!戦闘を中止して投降しろ!」
例の彼──ユーノよりは年上のようだが、それでも若い男の魔導師だ。
速射性にすぐれたカード型のデバイスを構えている。なるほど、直接戦闘よりも目標制圧に重きを置いた装備だ。
ちら、と後ろを見やる。
少女のほうはどうにか立ち上がり、状況を確認しようとしている。だがもう体力が残っておらず戦えないだろう。
再び、目の前の執務官を見据える。
彼は私の顔を知っているだろうか?大魔導師、プレシア・テスタロッサの一人娘の名前を知っているだろうか?
「スクライア発掘団からの通報に基づき、ジュエルシード封印のため来た。ユーノ、大丈夫か」
「僕はなんとか、でも、その子がかなりの量を持っている、下手に手を出すと暴発の危険が!」
執務官は自分一人だけで、補佐の局員を連れていない。しかし、その間合いは私が転移魔法の詠唱をしようとすれば即座に踏み込める距離だ。そして、こちらの飛び道具を当てるには遠すぎる距離だ。
「事情を聞かせてほしい。ジュエルシードは第一級ロストロギアに指定されている。放置しておくことは非常に危険だ」
「危険とは、どのように」
ぶっきらぼうに言葉を返す。執務官はかすかに目じりをひそめ、それでも視線は外さない。
「ジュエルシードに込められた魔力は非常に大きい。1個だけでも次元世界ひとつを消滅させてしまうほどだ。核物質の塊のようなものだ」
「そんなことは、わかってるよ」
「では……!」
呼吸の周期をはかってタイミングをとり、全速力で飛ぶ。追いすがるバインドを飛びながら叩き落とし、陸地から離れる方向へ逃げる。
下手に遮蔽物を探すよりは最短時間で最大距離を移動したほうがいい。
アルフに念話を送り、時の庭園に戻るよう連絡する。傍受はされるだろうが、それは望むところだ。追ってくるなら来ればいい。
10秒かそこらの全速飛行で、水平線が丸く見える高度まで上昇する。もう向こうの攻撃も届かない。
それでも、あの少女は私をずっと、見つめ続けていた。
庭園の門の前で、アルフにここを守るように言った。
もしあの執務官が即座に追っ手をよこせば、いくらもしないうちにここは探知されるだろう。
もともと、古代の貴族たちの別荘地として使われていた人工島だ。人工物である以上、その気配を完全に隠すことはできない。
私は、確保したジュエルシードを使い、儀式を発動させる。
「……フェイト」
「なに?」
アルフが心配そうに私を見る。
「本当は、……本当は、止めてほしかったんじゃないの?こんなことしたって、プレシアは喜ばないよ、リニスだって悲しむよ」
使い魔の思考は、与えた初期条件に制限される。
私は、あえて自分に抗議してくるように設定をした。
「母さんはわかっていたよ。私を造ったときから、初めから」
「フェイト……」
門を開け、庭園の中に入り、そして閉める。アルフが倒れない限り、ここは突破できない。
バルディッシュは即座に起動できるよう、戦闘モードのままにしている。
時の庭園は、その名の通り、時計をモチーフにした意匠がほどこされ、中央の広場は日時計になっている。ただし、今は太陽が差さないので影は落ちない。
濃度の高い魔力素が垂れ込めていて常に薄暗く、時間の感覚があいまいになる。
この庭園の中では、高精度な魔力機械は制御を狂わせられる。
それは、私が心を濁らせないために必要だった。
母さんの心の時間は、あの時からずっと止まったままだ。
愛する娘のためなら悪魔にだってなれる。悪魔に魂を捧げられる。
私は、そうやって生まれた。
「……ただいま」
ジュエルシードを空中に展開する。13個の環を持つ魔法陣のそれぞれにジュエルシードが配置され、出力の同期をとる。波動の誤差もない。
母さんは、自分が研究していた魔力炉の事故で、娘を死なせてしまった。それは過失ではあったが、そもそもは、魔力炉の開発を請け負っていた企業が、無理なスケジュールを強行させていたことが原因だった。
企業は、手切れ金で解決をしようとした。魔力炉の開発を遅らせたくないミッドチルダ政府の意向もあり、慰謝料を求めた裁判はほとんど形だけのものだった。
母さんに残されたのは、自分が築き上げてきた魔法技術の体系だった。
この時の庭園で、それは啓示された。
時空の狭間に隠された、アルハザードと呼ばれる遺跡がある。
それはミッドチルダが保有するどんな魔法よりも強力な技術を持っている。それをもってすれば、命さえ自在に、生み出したり消したりできる。
時の庭園には魔力が満ちていた。
悪魔と、契約したのだ。
それは人間の、心の箍が外れる瞬間だった。
「……来た」
階下から、激しい魔力波動の爆風が空気を震わせてくる。
おそらく管理局の戦闘部隊が強行突入を図ったのだろう。
扉のかんぬきは最初から嵌めていない。入って来たければ、誰でも拒まない。
ただし、生きて帰れるかは保証しない。
果たして扉が開き、強力なサーチライトが、私をまばゆく照らす。薄暗いこの庭園の中が、茹だるように照らし出される。
「ハラオウン執務官!」
腕を顔の前にかざして目を細め、呼びかける。
人影の様子からして、武装局員のほかに、あの少女と、ユーノもいるようだ。
「フェイトさん!」
少女の声。
彼女が持つデバイスは、他の武装局員たちが使用している標準デバイスよりもさらに一回りほど大きく、そしてアイドリング時でさえ非常に強力な余剰魔力を放出している。少女の小さな身の丈には不釣り合いな、巨大なエネルギーの塊。
「私はあなたに言ったよ……Fatal Fate、──致命的な運命を──自覚しろってね」
「運命っ……なんて!」
なぜあなたがここに立っている。
魔力があったからか?それが判明したからか?
勇気は評価しよう。だが、それが自分の身の上を、どうやって構成しているかを、一度でも振り返って考えてみたか?
「我々の艦のチームで調査を行いました。スクライア発掘団への遺跡調査依頼は、プレシア・テスタロッサ博士、あなたの名前で行われていましたね」
執務官のクロノが呼び掛けてくる。
「そのとおり」
「しかも、通常の手続きでは発掘されたロストロギアに触れられないこともわかっていた」
ジュエルシードのような高出力の魔導素子の場合、その所在が確認された時点で、まず次元震動を防ぐための封印処置が最優先される。
それを待っていては、儀式を発動できない。
「任意同行を願います」
クロノが言う。
私は、軽くかぶりを振って、微笑みを浮かべた。
「何を言ってるの?」
「テスタロッサ博士、我々に同行願います」
私の背後は、照らされていて、光に包まれていて見えない。
「執務官どの、何を言っているのです?ここにはプレシア・テスタロッサなどという人間はいませんよ?」
「なっ……!?」
サーチライトの光が減光される。
私の背後にある祭壇には、据え付けられた十字架のたもとに、寄り添うようにして寝かせられた、母さんと──母さんの娘、アリシアの身体が、まるで蝋人形のように、時が凍りついたように横たわっていた。
「時間凍結魔法を施している。私を撃てば、みんな吹き飛ぶ」
武装局員たちがこちらに向けているデバイスの銃口からは、既にセーフティピンが引き抜かれている。
「凍結魔法──では、すべて君が!?」
執務官どのもさすがに驚いたようだ。
「時の庭園は時空をあやつる力がある……母さんは、いえ、テスタロッサ博士は、その力を発動させることに成功した」
「フェイト……さん」
「その代償は大きかった。自分自身に対して時間操作魔法を使用すると、いったん起動された魔法プロセスを、自分自身で止めることができなくなる。それは、想いの残滓だけが、この世に滲み出して、残っていくことを意味した」
「君が……」
「今や私だけが母さんの意思をこの世に表すことができる」
少女がおびえた表情で、クロノが戦慄の表情で、私を見る。
光を反射した彼らの瞳に映る私の姿は──紅い瞳をぎらつかせ、瞳孔は縦に裂け、唇の端から尖った犬歯をのぞかせた──人々がヴァンパイアと呼ぶ姿のものだった。
マントを翻し、左腕を伸ばしてバルディッシュを掲げる。
刃を直角に持ち上げたサイズフォームに切り替え、戦闘モードを宣言する。
私の背後には、母さんと、アリシア──姉さん──の身体がある。死体ではない。ただ、時が止まっているだけだ。
管理局員たちはこの陣形では発砲できない。かといって、この部屋の中で布陣を変えることもできない。
「フェイト……!」
後ろのほうで、局員たち二人に肩を支えられているアルフが私を見上げる。最後まで戦ってくれた。ありがとう。
「母さんの想いは──私だけが知っている」
それはただひたすらな悔しさだった。すべては運命なのか、避けることはできなかったのか。なぜ自分はあんな選択をしてしまったのだろうか。行動の、選択の、どれかひとつでも違っていたなら、あんな結末を迎えずに済んだのではないか。
果てのない疑問と、そして同時にどれほど悔やんでも変えられない、巨大な因果の存在が、想いをかたちづくり、そして私に名を授けた。
母さんが、最後の望みをかけて挑んだ人造魔導師計画とのダブルミーニング。
プロジェクトF.A.T.E.──フェイト。運命の名を冠した、それが私。
少女が、おそるおそる、その赤く輝く巨大なデバイスを私に向ける。
「運命の存在に気づいたとき、それはもう取り返しがつかないとき。なぜなら、気づかないうちは、それが運命だと判断できないから。取り返しがつかないところまで踏み込んで、はじめて運命の強大さを実感することができる」
発砲ではない。バルディッシュから防御フィールドを展開し、祭壇を包む。庭園の中心部に位置するこの礼拝堂全体が激震し、天井から岩粒が降ってくる。
ハラオウン執務官の号令よりも早く、少女は私に向かって駆け出していた。