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No.19871の一覧
[0] 【完結】魔法学院でお茶会を【オリ主】[ただの、ドカですよ](2010/11/04 22:55)
[1] 第一話「虚言者たちのカーテシー」[ただの、ドカですよ](2010/06/28 18:29)
[2] 第二話「牢獄のリバタリアニズム」[ただの、ドカですよ](2010/06/27 10:51)
[3] 第三話「まだ爪はないけれど」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:35)
[4] 第四話「少女籠城中」[ただの、ドカですよ](2010/06/27 11:04)
[5] 第五話「虚無の曜日は甘くて苦くてやっぱり甘い」[ただの、ドカですよ](2010/06/30 00:45)
[6] 第六話「図書館同盟」[ただの、ドカですよ](2010/07/05 20:24)
[7] 第七話「ラベルの価値」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:36)
[8] 第八話「メッキの黄金、路傍の宝石」[ただの、ドカですよ](2010/07/16 18:22)
[9] 第九話「砂塵の騎士・前編」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:37)
[10] 第十話「砂塵の騎士・後編」[ただの、ドカですよ](2010/07/23 10:44)
[11] 第十一話「にせもの王子と壁の花」[ただの、ドカですよ](2010/07/27 09:12)
[12] 第十二話「ちいさな騎士道」[ただの、ドカですよ](2010/07/30 10:44)
[13] 第十三話「ロネ家の魔女」[ただの、ドカですよ](2010/08/04 18:32)
[14] 第十四話「ひび割れていく日々」[ただの、ドカですよ](2010/08/20 14:09)
[15] 第十五話「獣の眼」[ただの、ドカですよ](2010/09/02 16:46)
[16] 第十六話「モラトリアムの終焉」[ただの、ドカですよ](2010/09/09 20:22)
[17] 第十七話「見習いメイド奮闘記」[ただの、ドカですよ](2010/09/17 00:30)
[18] 第十八話「幼きファム・ファタル」[ただの、ドカですよ](2010/09/28 14:38)
[19] 第十九話「にたものどうし」[ただの、ドカですよ](2010/10/11 15:47)
[20] 第二十話「ガラスの箱庭」[ただの、ドカですよ](2010/10/20 18:56)
[21] 第二十一話「傲慢なるもの」[ただの、ドカですよ](2010/10/26 18:23)
[22] 第二十二話「監督生」[ただの、ドカですよ](2010/11/04 22:51)
[23] 最終話「挿し木の花」[ただの、ドカですよ](2010/11/04 22:50)
[24] あとがきみたいななにか[ただの、ドカですよ](2013/04/11 18:18)
[25] 短編「時よ止まれ、お前は美しい」[ただの、ドカですよ](2010/08/05 02:16)
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[19871] 第七話「ラベルの価値」
Name: ただの、ドカですよ◆08b998ca ID:bf009711 前を表示する / 次を表示する
Date: 2010/07/30 10:36
「ザザさん。なんだか機嫌がよろしいみたいですね」
「え? そう見える?」
「いっつも、お裁縫の授業のときはつまらなそうにしているのに、今日はとても楽しそうなんですもの」
「う……そんな顔してたかい」

 ザザは思わず顔に手をやる。
 クラウディアに言われた通り、ここ数日ザザはご機嫌だった。この前の週末にやっとライン試験が終わったからだ。受かっているかどうかは分からないが、やれるだけのことはやった。勉強に追われることのない生活というのはとても気分が楽だった。
 といっても、ザザは試験以外の勉強は全部放り出して勉強してきたので、今はそちらの分を取り戻すのに忙しい。溜まっていた課題などを毎日図書館に行って片付けていた。

「いたっ……」
「あ、大丈夫ですか。ザザさん」

 おしゃべりをしながら裁縫をしていると、間違えて指を刺してしまった。

「見せてください」

 クラウディアがザザの指に治癒魔法をかける。彼女は水のドットメイジだった。すぐに指先から痛みは消え、血をぬぐうと傷はきれいに消えていた。
 ザザはあまり裁縫が得意ではない。ちょっとした縫い物ならなんとかなるけれど、今日のような細かい刺繍を作るとなるとお手上げだ。
 お裁縫の授業は女子の必須科目のひとつだった。女性の社会進出が盛んになっている昨今、この授業は選択科目にするべきだという声もあるが、いまのところは根強く続けられている。今日の課題はハンカチに刺繍をすることだ。みな、思い思いの柄を縫い上げている。

「ありがとう。クラウディアはさすがに上手だよね」

 クラウディアの手元のハンカチには、見事な花の刺繍ができあがっていた。頑張ってイニシャルを入れるのがやっとのザザにはとうてい真似の出来ない芸当だ。

「やっぱり、おうちの仕事がああだと、上手になるものかな」
「それは関係ありませんわ。ちいさいころから刺繍が好きだったので、自然に上手くなりましたの」
「ふぅん」
「でも、たしかに家にたくさん布地や洋服があったので、裁縫が好きになったのはそのおかげかもしれませんね」

 クラウディアの家は毛織物で財を成した家だ。もとは織物をそのまま売っていたのだが、クラウディアの祖母の代で染料を使い染めて売ることをはじめた。クラウディアの祖母は染料の調合にかけてはとびきりのセンスの持ち主で、他にはない美しい色合いの染料が次々と生み出された。ロネ家の毛織物は飛ぶように売れるようになり、中でも凪いだ海のような深い青は『ロネ・ブルー』と呼ばれ、今でも女性の憧れのひとつになっている。
 クラウディアは家の仕事を継ぐために染料の調合を勉強している。水のメイジとしてはドットでしかないが、染料を作るのにはご大層な位階は必要ない。将来は祖母の秘伝だけでなく、自分で作った色を売り出すのが夢らしい。藍色の染料だけは実家で認められたということで、クラウディアの二つ名は「藍色」である。

 ザザの二つ名は「砂塵」だった。だが、これを知っている同級生はいない。はじめに茶会に参加したころは、ザザはわざわざ二つ名を聞かれるほど関心をもたれていなかったし、それ以降はラインであることを隠すために名乗らないようにしていた。
 もうすぐ魔法の実技が授業ではじまる。ラインスペルの授業は後期以降にしか行わないので、魔法の威力を加減していれば、ラインであることに気づかれることはないだろう。
 ライン試験の結果は二週間後に出る。合格者は全校生徒の前で表彰されるらしい。もし合格できていれば、ザザは一年生で一人だけ壇上に立つことになる。そうなれば、周囲からの扱いは変わるはずだ。さすがに急にルイズと親しげに話しては調子にのっていると思われるかもしれないけれど、そうしたとしても文句が言えない空気は作れるだろう。

 ザザはルイズ以外の子とも仲良くしたいと思っていた。今のようにルイズを篭の鳥のように扱うのではなく、皆で気楽に笑いあえるようになりたいと思っていた。だから、それができるような雰囲気を少しずつ作っていくつもりだった。

 裁縫の授業が終わり、ザザとクラウディアは中庭を歩いていた。ザザは結局、あのあと2回も指を刺してしまい、そのたびに魔法でなおしてもらっていた。

「ザザさん。このあと、なにか予定はありまして?」
「いや。今日はもう授業もないし、ゆっくりしようと思っていたんだ」
「まぁ、じゃあ一緒に温室に行きませんか? 染料に使える花がたくさん咲いたらしいので、見に行きたいんです」
「あ、いいね。まだ行ったことないから行ってみたかったんだ」

 学院には大きな温室があった。秘薬の材料になる薬草などがたくさん栽培されている。式典などで使うための花もここで作られているそうだ。ザザの実家にも薬草園はあったが、温室となると見たことがないので関心があった。

「温室の管理を手伝うと、材料を優先的に分けてもらえるんですって。わたくし、立候補しようと思うんです」
「そういや、モンモランシーもそんなこと言ってたよ」
「あら、そうなんですか。けっこう人気があるのかもしれませんね。剪定した花のつぼみなどでいいので、分けてもらえるとうれしいのですけど」
「他に使う人もいなさそうだよね」
「そうですよね。……あら?」

 二人が歩いていると、中庭にあるテラスに人だかりができているのが見えた。女子ばかりが集まって、なんだかもめているようだった。
 なんだろうか。クラウディアと顔を見合わせて近寄ってみる。


「だから、なんで貴女たちの言うことを聞かないといけないの。席はあいているんだから、わたくしたちが使ってもかまわないでしょう」
「ここを先に使っていたのは私たちですわ。テーブルはあいていません。他にも場所はあるのだから、そちらを使ってはいかが?」
「貴女たちが全部のテーブルを使っているからでしょう。そんなに人数はいないのだから、もっと詰めてください!」
「まったく、空気の読めない方は困りますわ。ねえみなさん?」
「なんですって!」


 もめているのは、茶会の女の子たちだった。ほかのグループの子たちと、席の取り合いをしている。茶会のみんながテラスを独占して使っていて、それに他の女子がかみついたらしい。
 二人は顔を見合わせた。どうするべきだろうか。騒ぎが大きくならないように止めるのが筋だけど、ザザが言っても彼女たちは止まらないだろう。弱気なクラウディアはそもそもあの騒ぎの中に入っていくこともできない。

 最近、こういったことが増えてきた。ルイズの威光を自分のものだと勘違いして、尊大に振る舞う空気が茶会の中にできてしまっていた。今日のようにテラスやバルコニーを我が物顔で独占したりする子たちが出てきている。当然、そこにルイズはいない。ルイズがいればそんなことはさせないし、彼女たちもしようとしない。
 一人一人は無害な生徒でも、集まればなんとなく大きなものになった気がしてしまう。ルイズという存在は、そんなあやふやな自信を後押ししてしまう力がある。ルイズがしっかりと手綱を握っていれば問題ないのだが、まだ15歳の女の子には荷が重い。それでなくとも、最近のルイズは少し精彩を欠いているように見えた。何か、焦っているというか、余裕がないように見えるのだ。

「ど、どうしましょう……」
「先生か寮監……はまずいか」
「そうですわ! ルイズさまなら……」
「たしか授業中だよ」
「う……、どうしましょう」

 止めることもできず、かと言って放り出していくこともできず、二人はその場で立ち尽くしていた。そうしている間にも、言い争いはさらに激しくなっていく。通りがかりの生徒や、男子たちも何事かと少しずつ集まってきていた。
 そんなとき、背後からザザの肩をたたくものがあった。振り返ると、そこにはあの性根の曲がった監督生が立っていた。

「……ソニア先輩」
「こんにちは、ザザ・ド・ベルマディ。よいお天気ですわね」

 ソニアは日傘を差していた。薄桃色のフリルのついた日傘の陰から、あの意地の悪い瞳が笑っている。

「あたしの言っていた通りになりましたね。ある程度大きくなった集団というのはそれ自体が意志を持つようになります。集団の持つ意志は生物のそれとあまり変わりません。自身の成長と他者の排除、ただそれだけです。集団の長がその手綱をもてなければ暴走するしかありません。今の彼女たちのようにね」
「笑ってないで止めてください!」
「忠告はしましたよね。ザザ・ド・ベルマディ。こうなる前に止めるべきだと」

 ソニアは楽しそうにくるくると日傘を回す。

「……はい」
「出来ない者が出来ないのは無能の証明でしかありません。しかし、出来る者がやらないのは罪悪です。あなたはどちら側かしら? ザザ・ド・ベルマディ」
「私は……」

 自分には出来なかった。そう言おうとした。だが、本当にそうだろうか。保身や体裁を考えて、やらなかったことがあったのではないか。そもそも、ラインであることをもったいぶらずに明かしていれば、もっと出来ることはあったはずだ。

「……出来なかったんじゃなく、やらなかった、のかもしれません」
「よろしい。無能は罰ですが無為は罪です。罪はあがなうことが出来ます。あたしと一緒に来なさい」
「え? いや……」

 返事を待たず、ソニアは騒ぎの中心へと向かっていってしまう。桃色の日傘が人混みを割っていく。

「……行ってくるよ」
「が、がんばってください!」

 隣で目を白黒させていたクラウディアに一声かけて、ザザはソニアを追った。小声で、ソニアに話しかける。

「どうすればいいんですか?」
「そこにいるだけでかまいませんよ。うすらでかい置物だとでも思いなさいな」
「誰が置物ですか。それにうすらでかいって何ですか」
「それ以上の役割は期待していないという意味ですよ。悔しかったら、置物以上の何かになってみなさい」

 相変わらずかんに障るものいいをする人だった。怒ってはいけないと、深呼吸をしながらあとに続く。
 渦中のテラスについた。日傘を差したソニアの登場に、双方の視線はこちらに向いている。すぐ後ろにいるザザも一緒に視線を集める。
 マントの色から上級生だと分かるし、ソニアを監督生だと知っている子もいるようで、みな居住まいを正していた。

「こんにちは、みなさん。よいお日柄ですわね」
「先輩! 言ってあげてください。ここは学院の生徒みんなのテラスです。一部の生徒が独占していい場所じゃありません!」

 茶会の皆と言い争っていた子がソニアに訴え出る。

「そうですね。学院は学ぶためだけでなく、多くの生徒と交流を深めることで見識を広げるための場でもあります。テラスも交流を深めるための場なのですから、一部のひとたちだけで集まっているのは感心しません」

 どうだ。と言わんばかりに、訴え出た子が胸をはる。茶会の皆は、監督生という正当性の前に黙ってしまう。この場にいないルイズの権威より、ここにいる監督生の正しさが勝る。

 茶会の子たちの視線がザザへと集まる。この状況では、ザザがソニアを連れてきたようにしか見えない。裏切り者とでも言うような目つきでザザをにらんでいた。
 逆に、相手の子たちは茶会側にいるザザが監督生を連れてきたということで、これ以上強く出るつもりはないようだった。相手にも話のわかる子が居て、この子たちは一部の跳ねっ返り、という認識になっているのだろう。

 ソニアがザザを連れてきたのはこのためだ。茶会に正しさの一部を担わせることで周囲からの攻撃をやめさせ、茶会の矛先を外部から内部へと向けさせる。ザザにとって大問題なのは、その矛先が完全に自分に向かっているということだが。

「ですが、仕方のないことですわよね。仲の良いお友達ができると、他の人に邪魔されたくないって思うのは自然なことです。貴女たちもそう思ったことがあるでしょう?」

 ソニアはくすくすと周囲に笑みを向ける。さっきまで勝ち誇っていた子たちは少し戸惑いながらも、ひかえめに頷いた。

「それじゃあ、みなさんで仲直りにお茶にしましょう。そこの貴女、お願いできるかしら?」

 たまたま近くにいた使用人にお茶を持ってくるように言うと、ソニアはその場にいた全員を椅子に座らせていった。どっちの側に居た子もまんべんなく混ぜて座らせている。ザザは逃げ出す暇もなく、両方の中心人物と同じテーブルに座らされた。クラウディアはさっさと逃げたようだ。あいつめ。

「ベルマディさん。あの監督生の方とは親しいんですか?」

 茶会の子が、どこかとがった口調でそう訪ねる。すると、相手方の子もまたザザに話しかける。こちらはわりと好意的な感触だ。

「ベルマディさんでしたっけ。貴女のおかげで、こうしてみなさんと親交を深めることができてうれしく思っていますわ」
「え、いや……。たまたまそこに居ただけで別に親しくは……」

 あんな性悪女と仲がいいなど思われてはたまったものではない。ザザが否定していると、その両肩に手がかけられた。ソニアだ。他のテーブルの皆に声をかけていたのが戻ってきたのだ。

「ええ。あたしたち、とっても仲が良いんですよ。この前知り合ったばかりですけれど、意気投合しまして。まだ監督生になりたてで色々不安だったところに、ザザさんに悩みを聞いてもらってとっても気分が楽になりましたの」
「は? 何言って……」
「みなさん。ザザさんはとっても頼りになりますから、悩み事があればあたしよりも適任かもしれませんよ。同級生の方がなにかと話しやすいこともあるでしょうから。でも、あたしに誰も相談してくれないのも寂しいですね」

 冗談めかした物言いに笑いが起こる。そして、周囲の子たちの視線がザザに集まった。茶会の子からは「監督生に茶会を売った裏切りもの」。それ以外からは「監督生に目をかけられている優等生」と見られているようだった。そのどちらも、ザザにとっては喜ばしいものではない。

「ザザさんってとってもシャイでしょう? 誤解されやすいかもしれませんけど、良い子ですから仲良くしてあげてくださいね。ふふふ」

 いつかぶん殴る。
 楽しげに笑うソニアの声を聞きながら、ザザはそう決意した。
 

 ソニアの狙い通り、茶会は二つに割れていた。茶会の仲間同士での派閥争いが起こり始めている。

 片方は、テラスで騒ぎを起こした子たちだ。他の生徒に攻撃的で、権威的に振る舞うことを好む。初期にいた子の半分ほどと、大多数の新入りがこれにあたる。新しい子を入れてきたのがほとんどこちら側の子たちだったので、自然と新入りの子たちはこのグループになってしまう。

 もう片方は、小さい身内の集まりだった茶会が好きだった子たちだ。保守的で、威張りちらして闊歩するようなことはしない。人数としてはこちらの方が少ない。クラウディアと、一応はザザもこっち側だ。そして何故か、ザザはこの保守派のまとめ役のような立場になってしまっていた。
 保守派の子たちはどちらかといえば内向的な子が多い。クラウディアが良い例だが、自己主張することを苦手として変化を嫌う。これまで、権威派の子たちの言うことに従ってきた子ばかりなので、まとめ役というものがいないのだ。ザザは物事をはっきり言うし、監督生と繋がりがあるということで、彼女たちからすれば『頼りやすく』見えてしまうのだ。

 軋轢ははっきりと現れているわけではない。保守派の子たちはあまり自己主張をしない子が多く、表だって権威派にたてつくわけではない。なにかある度に権威派に忠告をして、嫌な顔をされるのがザザの役目になっていた。
 お茶会の中心であるルイズがまとめてくれればいいのだが、ルイズは最近つきあいが悪い。あまりお茶会に顔を見せないし放課後も何かやることがあるとかですぐどこかに消えてしまう。

 ルイズが来ないと、好き勝手を始める子たちが増える。この前のテラスのようないざこざが何度も起こっていた、保守派の子たちからはルイズが無責任だと非難する声もあがってきていた。それだけでなく、勝手にまとめ役にしたザザのことまで非難の目で見る子もいる。あまりの自分勝手さにザザはあきれるしかなかった。

 とにかく、ザザはそんな声をどうにかして押さえるのが精一杯だった。とても他の子が好き勝手やるのを止めるまで手が回らない。ルイズが何か心配ごとがあり、茶会まで気を回す余裕がないというのは分かる。あまりルイズに負担をかけたくはなかったが、それでも一度話を通さないといけない。仕方なく、ザザはルイズの部屋を訪ねた。
 ノックのあとしばらくして、ドアが開いた。

「やぁ、ルイズ」
「……ザザ? どうしたの」
「ちょっと話したいことがあってね。いいかな」
「え、ええ。ちょっと待ってね」

 扉が閉じてしばらく待ったあと、部屋に招き入れられた。
 ルイズの一人部屋は、ザザ達の二人部屋の半分ほどの広さだった。家具は備え付けではなく持ち込みのようだ。ザザたちのものとはあきらかに格が違うのが一目で分かる。ルイズが勧めてくれた椅子も、代わり映えのしない木の椅子なのに座り心地がまるで違った。

「ザザがわたしの部屋に来てくれるなんて嬉しいわ」
「私はちょっと残念だよ。来るときはちゃんと招かれてきたかった」

 ザザがそう苦笑すると、ルイズの顔色が曇った。

「何か、あったの? そういえばここに来ても大丈夫?」
「それは大丈夫。むしろみんなに頼まれて来た感じだからね」

 ザザがかいつまんで事情を説明する。なるべく心配をかけないように話したつもりだったのだが、さといルイズはそのことをすぐに察してしまったようだ。

「そう……ごめんね。明日からはちゃんとするわ」
「いや、一回顔を見せてくれればそれでいいんだ。それだけで、きっと雰囲気は変わると思うから」
「いいのよ。どっちにしても、明日にはもう結果は出る、から」
「何か、試験でもあるのかい? 私もこの前試験が終わったばかりだけど」
「……まあ、そんなところね。とにかく、明日からはちゃんと時間が取れると、思うから」

 ルイズの態度に、何か重いものを感じた。だけど、それが何かまでは分からなかった。聞いてもいいものだろうか。少しザザが迷っている間に、ルイズが話を変えてしまった。

「それより、ザザには迷惑をかけちゃったわね。大変だったでしょう?」
「ルイズのせいじゃないさ。ソニア……あの性悪の監督生が悪いんだ」
「あ、あの人? たしかにちょっと感じ悪いわよね」
「ふふふ。初めてあの人の愚痴が言える相手が出来た。他の一年生の前じゃ猫被っているからね、あの人」

 ちょっとだけ、二人でソニアの愚痴を言い合った。悪口は悪徳だが、悪いことには離れがたい魅力というものがある。寮監に隠れて飲む酒は、安酒でも甘美なものだ。悪口という背徳の酒を、二人はちょっとずつなめるように楽しんだ。


「……ちょっと君やフォルカのことが分かった気がするよ」

 ある程度騒いだあと、ザザは少し疲れたように言った。

「わたしと……貴女のボーイフレンドのこと? どういうこと?」
「周りから、勝手にいろんな役割を押しつけられて期待されて、それに振り回されるってこと」

 ボトルにワインと書かれたラベルが貼られていれば、人はそれをワインだと思う。中身がなんであろうとだ。
 ルイズは公爵家三女の優等生というラベルが貼られている。彼女がそう望まなくとも、ルイズはそういう役割を期待される。フォルカは幼い頃は辺境伯子息としてのラベルが張られていたが、弟が生まれてからはそれを引きはがされてしまった。

 お茶会保守派のまとめ役。監督生に目をかけられた優等生。二人とくらべれば、ちっぽけなラベルだ。決して望んで割り振られたものではない。他の子のために仕方なく引き受けただけだ。引き受けた時点で義務は発生してしまう。善意からやっていることなのに、ちょっとでも駄目なところがあれば糾弾される。
 もしかしたら、貴族というラベルすらも似たようなモノなのかもしれない。ザザはそんなことを思った。

 ルイズは少しだけ笑った。

「けっこう、たいへんでしょう?」
「そうだね。たいへんだ」

 笑い合う。ザザは、初めてルイズと何かを共有できた気がした。少しだけ、彼女の苦労が理解できた。そんな気がした。


 次の日。記念すべき初めての魔法の実技授業が開始された。最初の授業は「火」の授業だった。禿頭の教師が、誰か「着火」の魔法をやって見せてくれと言っている。実技の授業でもまた、初歩の初歩から始めるようだ。さすがに子供でも出来ることだということで、教室の空気もゆるんだものだ。ざわざわとみな私語をしている。

「クラウディア。『着火』できる?」
「もう、からかわないでください! 水のドットでもそれくらいはできます。ザザさんこそどうなんですか?」
「私はどちらかと言えば火寄りの風だからね。火の呪文はわりと得意だよ」
「じゃあ、前でやってみればいいじゃないですか。ほら、手を挙げて」
「いや、私はあんまり目立つのはちょっと……」

 そんなふうに騒いでいたすぐ近くで、ぴんと手を挙げた生徒が居た。ルイズだった。座学の授業でも率先して解答していたルイズなので、違和感はなかった。ただ、席を立って教壇に向かう彼女の顔が、どこか思い詰めたような表情をしていた。
 さすがのルイズも緊張することもあるのかな。そう思って、ザザは声をかける。

「頑張って!」

 ルイズはぎこちない笑みを返してきた。たかが『着火』の呪文でそこまで堅くならなくても。ザザはそう思っていた。
 教壇の上に組まれた薪に対して、ルイズが杖を掲げる。誰もが、一瞬あとに薪が燃え出すことを疑っても居ない。

「ウル・カーノ」

 ルイズが呪文とともに杖を振り下ろす。
 爆音のあと、ザザの目に飛び込んできたのは粉々に砕け散った教壇と、髪も服もすすだらけになったルイズ。黒板に叩きつけられて目を回している教師の姿だった。
 ザザは事態を飲み込めずにいた。他の生徒達も同じだろう。だが、ルイズが何回も『着火』を試み、その度に爆発が起こっていくのを見て、ようやく一つの結論に行き当たる。

 ルイズは、魔法が使えないのだ。

 昨日言っていたのはこのことだったのだろう。おそらく、ずっとつきあいが悪かったのは、魔法の練習をしていたからだ。
 他の生徒達も、その事実に気がついたのだろう。さっきまでの喧噪とは、違う種類のざわめきで教室が満たされる。
 爆発が起こるたび、ルイズにそれまで貼り付けられていた役割にヒビが入っていく。ぽろぽろ、ぽろぽろとヒビだらけになってもまだ。ルイズはその役割を捨てようとしない。あくまで、公爵家三女の優等生として振る舞おうとする。

 そして、新しいラベルがルイズに与えられる。ワインのボトルを張り替えるように。


 ゼロのルイズ。


 魔法成功率ゼロのルイズ。それが、ルイズに割り振られた新しいラベルだった。



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