後期になると授業も専門的なものになってくる。
使い魔の授業などは、前期の間はほとんどが使い魔についての歴史のような内容ばかりだったが、後期からは実践的な内容に入ってきた。来年には使い魔の召喚をするのだから、生徒達はがぜんやる気になって授業を受けていた。
今日の担当はミスタ・コルベールだった。冴えない風貌や、風変わりな言動が多いなど、ちょっと生徒からは軽く見られている教師だ。授業そのものは分かりやすいし、親しみやすい性格ではあるのだけれど、ときたま自分の研究の話で授業を脱線したりするのが玉に瑕だった。
「さて、皆さん。これが何色に見えますか?」
教壇の上に置いた真っ赤なリンゴをさして、ミスタ・コルベールは言った。生徒たちは思わず顔を見合わせた。またミスタ・コルベールの訳の分からない脱線話が始まるのかと思っているのだ。最前列にいた男子生徒がさされて「赤だと思います」となげやり気味に答える。その答えに満足そうに頷くと、コルベールは続けた。
「そうですね。我々にはリンゴは赤く見えています。ですが、他の生物はまったく違う色に見えていることも多いのです。たとえば、ネズミなどは色を見分けることがとても難しいようです。逆に鳥は人間よりもずっと細やかな色まで見分けることが出来るそうです」
脱線かと思いきやちゃんとした使い魔に関係ある話で、しかもとても興味深い内容に、生徒たちはぐっと興味を引かれた。
「犬がとても鼻が利くというのは知っている方もいるでしょう。それと同じように、動物にはそれぞれ得意な感覚があるのです。鼻が良い動物も居れば、耳がとても良い動物も居ます。人間には嗅げない匂い、聞こえない音を感じている生き物はとても多いのです」
「そ、それはつまり使い魔にして感覚を共有したときも、同じように感じるということでしょうか?」
ゆっくりとしたコルベールの話に待ちきれなくなった男子が立ち上がって聞いた。座っている他の生徒たちも同じ思いでコルベールの答えを待つ。
「その通りです。使い魔を召喚したらまずは、自分の使い魔が何が得意か、ということをよく調べましょう。苦手なことをやらせるよりも、得意なことをやってもらう方がいいですからね」
コルベールはそう言うと、どんな動物がどんな感覚が鋭いかという分類を説明しはじめた。生徒たちは興味深そうにそれに聞き入っている。すでに進路を決めている生徒は、自分の進路に役立つ動物はなんだろうかと思いをはせる。ザザの隣ではクラウディアが「視覚の優れた使い魔なら調色に便利だろうか、それとも人間には見えないなら意味はないのだろうか」と頭を悩ませている。
「このように人間よりも優れた感覚を持つ動物はとても多いですが、それを使い魔と共有するにはそれなりに訓練が必要になります。最初のうちは慣れない感覚に『酔って』しまう人が多いですね。特に嗅覚は様々な匂いが嗅げすぎて訓練していても気分が悪くなるそうです。中には人間にはない感覚を持った動物も居て、一部の蛇などは『熱』を見ることができます。暗い場所や物陰でも体温を感知して獲物を見つけるのです。
また、幻獣の類はこの限りではありません。そもそも使い魔として召喚されることがまれなため、まだ研究段階の生物が多いのですが――」
コルベールの授業は珍しく脱線することなく続いていった。
授業が終わると、ザザは、コルベールから授業でつかった教材などの片付けを手伝うように頼まれた。普通は教師付の公費生の仕事だが、今回は使った資料が多かった。コルベールは凝り性で、わざわざ剥製や模型などをたくさん持ち込んでいた。
「ごめんなさい、ザザ。手伝わせちゃって」
ポーラがそう詫びた。彼女はコルベールを手伝っている公費生だ。
公費生は学費を免除される代わりに、学内の様々な仕事を義務として与えられる。教師の手伝いもそのひとつだ。一人の教師に数人の生徒がついて、当番制で授業の準備や資料を運ぶのを手伝うのだ。
教師は自分の担当の公費生以外には仕事を頼まないという慣習がある。公費生は使用人ではないのだから、奉仕をする義務はあっても命令に従う必要はないのだ。だから、人手がたりないときはそれ以外の生徒が呼ばれる。ザザは色々あったが、教師からはまだ『優等生』と見られているのでこういう雑事を押しつけられることが多かった。
ポーラはお茶会の取り巻きの一人だ。しかし、ザザはあまり話したことはない。いつもルイズの機嫌を損ねないかとびくびくとしているような子だった。つまり、お茶会では普通の公費生だ。
「なんだったらわたしが一人でやっておくけど……」
「いいよ。こっちのは重いから私が持って行くね。ポーラはそっちお願い」
レビテーションで資料の束を浮かべると、ザザは開いた手で剥製を抱えた。
ザザは自費生で、ラインで、それなりに目立つ。ルイズとも仲が良いからかポーラのような子には萎縮されてしまうことが多かった。ザザの機嫌を損ねると、お茶会で立場が悪くなると思われているのだ。萎縮されるような家柄ではないし、気にしないで欲しいと思っていた。だが、ザザがそれを言っても彼女は嫌みにとるだけだろう。
そうでなくても、ザザは公費生からは少し特別な目で見られている。ザザのとったラインの国家資格が原因だった。優秀な成績を収めている公費生は奉仕活動が免除される。条件は様々だが、ラインの国家資格もそのひとつなのだ。この資格さえあれば、公費生は面倒くさい奉仕活動から解放される。ザザは公費生からは嫉妬と羨望の眼差しで見られているのだ。
「ありがとう。手伝ってくれて」
資料を片付け終わると、ポーラにそう言われた。礼を言われることではないと、ザザは苦笑する。
「先生に言われたんだし、気にしないで。これからも大変そうなら手伝うよ」
「ええ。ありがとう」
「次の授業なに?」
「し、宗教学だけど……」
「私は語学。途中まで一緒に行こうか」
ザザが誘うと、ポーラは力無く頷く。断るのも角が立つ、といった顔だ。少しでも仲良くなれればと思うのだが、ザザが歩み寄っても彼女たちは近づいてこない。
持てるものと持たざるものが仲良くするのはとても大変なことだ。ザザはそれを嫌と言うほど思い知っている。
せめてもう少し普通に話してくれるようになれば、ザザも接しやすいのだが。こればかりは慣れだろうと、ザザは機会があれば公費生の子と話すようにしていた。最近のお茶会の雰囲気があまりよくないのは、公費生の子たちがルイズの歓心を買おうと必死だからだ。もう少し砕けた空気がつくれればと、ザザは思っていた。
天気の話や教師をねたにした冗談など、軽い話題を振りながら歩いていく。まだまだ硬いけれど、こうした会話の積み重ねが何かを生んでくれるとザザは思っている。
パーゴラに覆われた回廊に出たところで、やっかいな相手と出くわした。
「あらあらあら。こんなところで偶然ですねえ、ザザ・ド・ベルマディ」
「……偶然も何も、次の授業いっしょでしょう」
ソニアはこちらを見つけるやいなや、踊るような足取りで近づいてきた。ザザは冷ややかな声を浴びせるが、ソニアは気にした様子もない。
「あ、あの。わたしこれで」
ソニアが現れると、ポーラは逃げ出すように行ってしまった。その背中を目で追いながら、ザザは小さく溜息をついた。
きょとん、とした顔でソニアが聞く。
「なんですか? あれ」
「お茶会の子ですよ、知ってるでしょう」
「ええと、ポーラでしたっけ。公費生ですね。成績も魔法の実力も家柄も容姿も頭の出来もぱっとしないから、それくらいしか覚えてませんけど」
「……まあ、そうです」
歯に衣着せぬ物言いに、少しザザは顔をしかめる。
「あんな子を利用して何を考えているんです? 悪巧みは貴女には似合いませんよ」
「人聞きの悪い、先輩じゃあるまいし。普通に友だちとおしゃべりしていただけですよ」
「友だち?」
ソニアは軽く鼻で笑う。さすがにザザもかちんときて、語気を強めて反論する。
「いけませんか? 私とポーラが友だちじゃ。友だちのいない先輩に言われたくないですね」
「友人は選ばないといけませんよ、ザザ・ド・ベルマディ。無理に歩み寄ろうとしても、不幸な結果になるだけです」
「選んでますよ、少なくとも先輩とは友だちになりませんから」
その言葉に、ソニアはすこし目を伏せて溜息をついた。
「あれは凡人です。他人の顔色をうかがい、嫉妬し、自分を磨くよりも他人の足を引っ張ることに余念がない。そんな生き物です。あたしたちとは違う生き物ですよ」
「凡人って……ここは学舎でしょう? 貴女も一応は監督生でしょう? 凡人なんていう言葉で、人の道を閉ざして良いんですか?」
「それにふさわしい分があるということですよ。それはきっと、あの娘も分かっていると思いますよ。きっと、貴女と友だちになりたいなんて、思っていないでしょうね」
「……いい加減にしてください! いつもいつも上から目線で。何様のつもりですか」
ふん、とザザはソニアのことを置いて語学の教室に向かった。いつもなら嫌々ながらもソニアと一緒に座るのだが、今日は別々の席にすわった。
凡人。ソニアの言葉が、とげのようにザザの心にささっていた。だが、ルイズと自分のように、立場が違ってもわかり合えるはずだ。ザザはそう信じていた。
授業が終わり、ザザはむかむかとした気分のまま部屋に戻った。ソニアがカンに障る言い方をするのはいつものことだが、ザザの人間関係をバカにするような言い方は許せなかった。ソニアは意味のない嘘やでたらめを言いまくるけど、最終的に意味のない話はしない人だ。だから、あれにもきっと何か意味があるのだ。だが、それでももう少し言い方というものがあるだろう。
部屋にいてもいらいらが増すばかりなので、ザザは杖をもって外に出た。
こういうときは、思いっきり魔法を使うに限る。
演習場には先客がけっこういた。
使い魔の訓練をしている上級生、呪文の練習をしている生徒、ふざけて遊んでいる男子たち。その中で、ゴーレムを戦わせて遊んでいた生徒たちがいた。土メイジの間では良くある遊びだ。ザザはその中の一人に近づいていく。
「やあ、グラモン。君はやらないのかい?」
「おや、ミス・ベルマディ。もう負けたあとなんだよ。一対一ってルールだから、僕のゴーレムじゃ分が悪くてね」
ギーシュの造るゴーレムを何度かみたことがあるが、女性的な線の細いゴーレムだった。今戦っているのはごつい岩山のようなゴーレムばかりだ。たしかにあれの相手はきついだろう。
「ふぅん。暇ならちょっと頼みがあるんだけど、いいかな」
「この僕がレディの頼みを断るわけがないだろう。僕に出来ることならなんなりと言ってくれたまえ」
がきん、がきんとゴーレムのぶつかり合う硬い音が響くなか、少し声を大きくして言う。
「うん。ちょっと錬金で砂を作って欲しいんだ。なるべくたくさん」
「おやすいご用だ。でも、何に使うんだい? 砂なんて」
「ちょっとね。見ていれば分かるよ」
ギーシュはすぐに足元の土にむけて呪文を唱えてくれた。ドットとは言え土メイジ、錬金の腕ではザザの及ぶべくもない実力だ。みるみるうちに周囲の地面が白く乾いた砂へと変わっていく。
「こんなものでいいかい?」
「ありがとう。じゃ、ちょっと離れて。危ないから」
ギーシュが十分はなれたことを確認すると、ザザは砂の上で杖を降り、呪文を唱えた。ごうっという音とともに、足元の砂がひとすじに上空へと舞い上がっていく。周囲の生徒がなにごとかと注目するなか、ザザは巻き上げた砂をひとまとめに空中を走らせる。空に引かれた一筋の砂塵。ザザはさらに杖をうごかして砂塵を操る。それはまるで、空にのたうつ砂の蛇だった。
砂の蛇は、ザザが学院で何度か使った砂塵よりもずっと力強かった。
ザザの「サンド・ストーム」には二つの種類がある。いつもの呪文では、呪文で周囲の土や石から砂を作り出してそれをとばしている。だが「最初からある砂」を操ると、砂を作り出していた分の力を砂塵の制御に使えるため、威力も精度も段違いにあがるのだ。
ザザは、苦手な錬金をすっとばして得意な砂塵だけを扱うこの方法が好きだった。普段よりも強い力が出せるので、むしゃくしゃした気分を吹き飛ばすにはちょうどよかった。全力で呪文を使っている感覚、杖から精神力がどんどんともって行かれていくのが分かる。
やがて集中力が途切れ、砂を制御しきれなくなってくると、空からほろほろと砂が降ってきた。頃合いだと、ザザは一気に地面に砂の蛇を落とした。大地に落とされた砂は砂煙を少しだけあげて砂山を築き上げた。
「んーー! 気持ちいい」
こうやって思いっきり呪文を使うと、メイジに生まれてきてよかったと心底思う。身体を動かす楽しさとは、また違った爽快感があるのだ。宗教学の教師あたりに言わせればこの喜びに小難しい理屈をつけるのだろうけど、ザザは単純に生まれ持った力を使う喜びを謳歌していた。
「さすがだね、ミス・ベルマディ!」
ギーシュが声を弾ませて近づいてくる。学院にきてから、ここまで全力で魔法を使ったことはなかった。ザザの砂塵に驚いているようだ。やりすぎた、そう思ったときにはもう遅かった。周りの生徒がみんなあぜんとした表情でこっちを見ている。ゴーレムを戦わせていた男子たちも動きをとめていた。実力をひけらかすつもりはなかったが、結果としてそうなってしまったようだ。
周囲の視線を苦笑いでごまかしながら、ギーシュに返事をする。
「これだけが取り柄だからね」
「いやいや、謙遜することはないさ。これは僕も負けてはいられないな」
ギーシュの態度には嫉妬や羨望の暗い色はなかった。あったのは純粋な向上心。こういう単純なところは、この少年の良いところだと思う。
「ちょっと疲れたから、向こうで休んでるよ」
ザザはそう言い残して演習場脇の休憩所に向かった。まだ少し物足りないけど、これ以上目立つのはごめんだった。しばらく待って、人が少なくなってからもう一度やろう。
休憩所、といってもいくつかベンチが置いてあるだけだ。木陰にあって雰囲気は悪くないし、あまり人も来ないので、ちょっとしたデートスポットにもなっている。逢い引き中の子がいたら嫌だな、と思っていたが、幸か不幸か先客はひとりだけだった。
「ポーラ。座っても良いかな」
「え、ええ」
先客はポーラだった。ひとりで手持ちぶさたに座っている。離れて座るのも変なので、同じベンチに腰掛けた。
「何してたの?」
「別に。わたし、今日は演習場の整備当番だから。もうすぐ整備の時間だからまっているだけよ」
「そうなんだ」
演習場の整備は公費生の中でも土のメイジの仕事だ。面倒な作業なのでどの生徒もやりたがらないらしい。公費生の間で押し付け合いがあると聞いたことがあった。
「……」
「……」
話題が見つからず、沈黙だけが流れた。何か話さないとと思うほどに、空気が重苦しく感じてくる。ソニアの言葉が頭の中に浮かぶ。それを振り払おうとするが消えてはくれなかった。
ポーラはこちらを見ようともしなかった。演習場の方をぼうっと見つめているだけだ。
「いいわね、才能のある人は」
ぽつり、とポーラが言った。
何気ない一言。悪気はないのだろう。むしろ褒め言葉のつもりなのかもしれない。
「わたしも、貴女くらいの才能があれば良かったな」
「えっと……がんばってみれば? 私も、こう見えてけっこう努力してるよ」
壊れ物をさわるように、ザザは言葉を選んだ。もしかしたら、これでもポーラには嫌みに聞こえるのだろうか。
「うちの家系はここ何代もずっとドットが続いてるから。どうせ無理よ」
「でも……」
「才能のある貴女には分からないわよ」
突き放すような言葉。ポーラにはかたくなにこちらを拒絶する。
才能。そんな言葉で、ザザのこれまでの努力を片付けて、自分の可能性も断じてしまう。そんなポーラに無性に腹が立った。そしてそのいらだちが、ソニアの言葉を肯定しているようで二重に腹が立った。
言葉を交わす気にならず、それきり無言の時が続いた。やがて、演習場から人がいなくなるとポーラが立ち上がった。とぼとぼと演習場へと歩いて行く。これから整備をするのだろう。土の魔法が苦手な自分がいても役に立たないし、人が働いているのに眺めているだけというのもばつが悪い。ザザももう帰ろうと思った。そのとき、演習場に入ってくる影があった。
数名の女子だった。彼女たちはけらけらと笑いながらポーラの前を通り過ぎると、地面に向けて杖をふった。何の呪文かはわからない。だが、彼女たちの手によって地面は隆起し、めくれ上がり、ぼこぼこに荒らされた。女の子たちはそれだけすると、さらに甲高い声で笑いながら演習場からさっていった。
どう見ても魔法の練習などではない。わざわざポーラの仕事を大変なものにするためだけに彼女たちはやったのだ。
ザザは思わずかけだした。苛立っていたのもあるだろう。捕まえて謝らせることしか頭になかった。だが、その前にポーラが立ちはだかった。
「どこにいくの」
「決まってるだろう! あんな、くだらない嫌がらせ……」
「いつものことよ」
「いつもって……」
「貴女が何かやっても、ひどくなるだけよ。やめてちょうだい」
疲れた表情でポーラは言う。その顔から見える諦めの色に、ザザは言葉を失う。ポーラは、この仕打ちを、当然のものと思っているのだ。
「なんで……こんな」
「わたしがヴァリエール派だから、嫌がらせのつもりでしょ。ヴァリエール派はいま落ち目だから、叩きやすいのよ」
落ち目。確かにそうだ。前はいばっていた子たちは今はこそこそと他のグループに道を空けている。だが、そんな言葉を同じお茶会の仲間から聞きたくはなかった。
「他のグループの公費生の子よ。誰がやらせてるってわけじゃないわ。自分たちよりも下にいるわたしを叩いて安心したいのよ」
「だ、だったら。ルイズや、みんなに相談すればいいじゃないか。……と、友だちなんだし」
「友だち?」
鼻で笑うように、ポーラは言った。
「……あの子や、貴女たちを、友だちだと思ったことはないし、これからも仲良くなりたくなんかないわ」
はっきりとした拒絶に、ザザは絶句する。
「だって、仲良くなったらいざというときに他のグループに移動するのが難しくなるじゃない。貴女たちに目をつけられるのも嫌だし、次のグループでの立場も悪くなるし」
凡人の処世術だ。一度入った派閥の色は経歴から抜けることはない。だから、これはという派閥を決めるまでは深入りをさけるのだ。ポーラや、その他大勢の凡人にとって、ルイズは美味しい実を付けてくれる止まり木でしかないのだ。
「軽蔑してる? すればいいじゃない。わたしみたいな才能のないのは、こうやってやっていくしかないのよ。貴女は良いわよね。才能もあるし、目立つから、どこに行ってもひっぱりだこだもの。わざわざわたしみたいな気を使う必要がないものね」
「……じゃあ、派閥とか、そういうの抜きで、ルイズのことはどう思っているの?」
ルイズを邪魔しているのは派閥で、それさえなければ嫌われていない。そんな、免罪符がほしかった。意味のない希望でも確かめたかった。そんなザザの甘えを、ポーラは踏みにじる。
「……嫌いよ、大嫌い。でっかい家に生まれて、あんなに可愛くって。……いい気味だわ、魔法が使えないくらいないと、不公平だもの」
ポーラは何も言えず立ち尽くすザザに言葉を浴びせ続けた。弱さを楯に、強者であるザザを一方的になぶる。みじめそうな表情の中に、ほんのわずかな快感が垣間見える。そして言うだけ言ったあと、自嘲気味に笑った。
「……誰かに言う? 言えないわよね。貴女は『良い子』だもの」
そう言うと、杖をとって黙々と地面をならし始めた。ぼこぼこに荒らされた地面を。ザザはもう言葉も浮かんでこず、背を向けてとぼとぼと演習場から出て行った。
演習場から出ると、ソニアがそこにいた。日傘の下でいつもどおりの穏やかな笑みを浮かべている。
「……見てたんですか?」
「どうでしょうね」
今のザザには、ソニアと口げんかをする気力は残っていなかった。だが、ソニアはいつもの調子で接してくる。
「メイジは使い魔をもって一人前。この格言の意味を貴女は知っていますか?」
急にそんなことを言い出す。
「……そのままの意味じゃあないですか? だから使い魔の召喚が進級試験になってるんでしょう?」
「そうですね。魔法の実力という意味ではその通りです。ですが、この格言にはもう一つ意味があるのです」
「どんな、意味ですか?」
「使い魔と感覚を共有することで、あたしたちメイジは違った感覚を手に入れることになります。使い魔の目や耳を通して、自分の見てきた世界を別の視点から見るようになる。あたしたちは使い魔を通して知るのです。世界は、見る者の数だけ存在するのだと」
今日、習ったばかりのことだった。使い魔は人間とはかけ離れた感覚を持っている。
「それと同じように、考え方も価値観もひとの数だけあるのです。それを理解することで、メイジ―貴族は一人前になる。
この格言にはそういう意味も含まれているんですよ」
分かっていた、つもりだった。ザザの世界はザザだけのものだ。ルイズの世界、ポーラの世界、ソニアの世界。人の数だけ価値観は存在する。
ポーラと自分の間にはさまざまな隔たりがある。家柄や魔法の実力、価値観、考え方。それでも、ルイズと自分のようにわかり合えると思っていた。善意をもって向き合えば、向こうもそれを返してくれると思っていた。
「誰もが、貴女のように強くはいれないのです。家柄や魔法というより、逆境でも我を通そうとする強さがあるから、貴女は凡人とは相容れないのですよ」
わかり合えない人たちがいる。当たり前のことのことだ。
それを思い知らされたザザにとって、世界はとても悲しいものに見えた。枯れていく秋の森のように。吹きすさぶ冷たい秋風のように。