「なぁ」
「あん?」
男二人が暗闇に包まれた部屋の中にいる。
共に鍛え上げられた身体をしており、戦闘用スーツに身を包んでいる。
防刃防弾性に優れたそのスーツは連合軍の特殊部隊でも使用されている物だ。
そんな二人はあるマンションの一室を監視している。
「いいよな」
「いいですね」
「いや、本当にいい。俺、次の指令全うしたら彼女に告白するんだ」
「それ、無理な上に死亡フラグですよ」
話を続けつつも監視は全く怠る事はない、かなり練度が高いのだろう。
その戦友に何かあったのだろうか、その二人の雰囲気は勇敢な友への尊敬とその代償を思い沈痛な顔をする。
「冗談はともかく写真でもあればな...」
「お前まだ知らないのか?」
「なんですか?」
「これの事を...」
「な!それは!」
「.....詳細を知りたいか?」
「まさか、お前...」
「あぁ...その...まさかだ」
「...わかった、入会しよう」
「そうか、そう言ってくれると信じていたよ。ようこそLove the Fairy Group(妖精を愛でる会)へ」
そう言って、男二人は熱い握手を交わしていた。
Love the Fairy Group略してLFGというのだが、発足はアオがアカツキ達を部屋へ招待した時まで遡る。
NSSともなるとある程度アオ達が未来から来たという事やアオが未来で自分達と共に行動していたような話も聞いていた。
だが、実際は面識がないしそれは仕事には関係ない。まして自分達は裏方、相手は今表にいるから会う事はないだろう。
そう考えていた。
しかし、プロスがマンションから出てきたと思うと分隊長を呼び、大きな籠を渡していた。
「ほ、本当ですか!!」
そんな、NSSにあるまじき歓喜の声をその分隊長は上げた。
涙すら流しているが、彼は彼女が家事全滅で気が利かないといつも嘆いているのだからしょうがないのかもしれない。
分隊長がいきなり声を上げるなんてと隊員は全員首を傾げていた。
そんな中涙声の分隊長から再度通信が入る。
「総員良く聞け。これから交代で休憩に入れと総隊長からのご命令だ。
そして...そして...。テンカワ・アオ嬢から焼き菓子を差し入れとして頂いた!
更に総隊長より、アオ嬢生声の伝言を承っている。総員、息を止め聞き洩らすなよ!
『体調崩さないようにね~』
では総員、一人2個までである。間違えるな、一人2個までである!」
「「「「「「了解!!」」」」」」
とても息のあった返事である。
むしろプロスはいつのまに録音していたのだろう?
アオとしては持ち帰ってNSSみんなで食べて欲しかったようだが、そんなに気の利くやつなんている訳がない。
その日護衛についた隊員だけで食べきったそうだ。
それが原因で護衛組と留守番組でNSSを二分しての大喧嘩が起こったそうだが、報告書には上がっていない。
それを機にLFGが発足。
その後も度々アオが持ってくる差し入れに魅了されてどんどんと会員は増えていく事となった。
それに伴いアオ宅の護衛希望が増加し、プロスは結構頭が痛い思いをしている。
仕事は普段以上に気合いを入れてするのだが、余分な所まで気合いが入るのである。
例えば...
「こい...こい.........来た!!!
アオ嬢が背伸びした脇写真ゲット!」
「なんだと!!」
こんな感じである。
プロスは一度アオに相談したのだが、アオはアオで対男人間磁石+超鈍感である。
その上、アキトの時代にかなり裏の事情もわかっているからかなり無関心だ。
「ん?大体知ってるし、今はわずらわしくないからいいよ?
ルリちゃんやラピスでやったら死ぬ寸前まで追い込みかけるけどね」
こんな答え方されてはプロスも引き下がるしかなかった。
それからは、いくらか平和な日が続いていた...
そんなある日。
それは、本当に、ただの偶然から始まった。
普段ツーマンセルでアオ宅の監視を行っている。
そして本部代わりのマンションでも二人いるはずなのだが、その時は一人だった。
もう一人は見回り+買い出しに行ってるのだ。
そんな時、背伸びをした男が椅子から立ち上がろうとした時通信モジュールを少しひっかけてしまった。
チャンネルが変わってしまい、あっと思った時に音が聞こえてきた。
アオとルリが風呂場で話をしているらしい。
気付いた時男は焦った。
そして猛烈な勢いで考え出す。
「なんで繋がっている!?
これはアオ嬢とルリ嬢の声...
切らなければいけない!
だがしかし、今は一人だ!
これは任務外の行動だ!
ばれる訳にはいかない!
だが...
だが!!残しておきたい!」
それから男の行動は早かった。
モジュールと記録メディアを繋げ音声を保存出来るようにする。
それからアオとルリが風呂から上がるのを確認すると、男は通信のチャンネルを戻し記録メディアを隠す。
それからすぐ見回りの男が帰ってきた。
「なんかあったか?」
「いや、なんにもなかった」
「あぁ、こっちも至って平和だ」
録音に成功した男が平静を保つ為の訓練にここまで感謝したのは初めてだった。
それから彼はLFG会長へメディアを献上し、全会員からの尊敬を一身に浴びる事となった。
そんなある日。
録音した彼はプロスから呼ばれる事となった。
また何か指令かな?と軽く考えながら彼はその部屋へと向かっていった。
ノックして入室が認められると部屋へと入る。
いつも通りの部屋、いつも通り目の前にはプロスがいる。
「よく来ましたね。早速ですが、次の指令を与えましょう。こちらを確認してください」
そう言って書類を差し出してきた。
それを取ろうと少し屈み手を伸ばした瞬間耳元でぷしゅっと音が聞こえた気がした。
その瞬間。
彼の意識は落ちた。
彼が目を覚ますと、そこは尋問室だった。
周りは厚い壁に囲まれ光は入らない。
そして外へと音が漏れる事もない。
周りを確認すると自分の見知った尋問室である。
そして自分は寝台へと固定され下着以外何も着用していない。
口にはボールギャグを噛まされだらしなく涎が垂れている。
(ここはNSSの施設?
俺が何をした?
疑われる理由がない!
さっさと離せ!)
叫ぼうとするがう~~~!あうあ~~~!と言葉になっていない。
そんな時間が何時間経ったのだろう。
暴れたおかげで体力も尽き、悔しさで涙が流れてきた。
段々と絶望が身を削っていく。
このまま放置されて終わりかな?と考えがよぎり始めた時。
「一杯暴れたね♪」
そんな場にそぐわない声が聞こえた。
ここには誰もいなかったはずである。
扉が開いた音もしていないのだ。
そして自分が気配を感じ取れない人は分隊長や総隊長くらいしかいない。
「そんな驚かなくても。というより私がわからない?」
そう言ってその声の主は顔を覗き込んで来た。
そこにはアオがいた。
見た瞬間余りの綺麗さに見惚れてしまった。
それと同時に、死んだと思った。
本気を出したプロスと変わらぬ殺気を放ち、とても綺麗な笑顔をするアオ。
そんな彼女に魂を抜かれたかのように彼は呆けたように殺して貰うのを待っていた。
「あら?いきなり諦めるなんてもったいない」
そう言うとアオは彼の両肩の関節を外す。
その痛みが気付けになったのか、目に力が入る。
「そうそう、それじゃこれは知ってる?」
そういうと、何かを流し始めた。
それは、彼が録音したものだった。
何故アオが持ってるのかわからず混乱し、目を白黒させる。
「ん?どうしてかって?貴方達が私の写真撮ったりしてるの知ってたんだよね。
まぁ、わずらわしくされる事もなかったし、私だけなら構わなかったんだけど」
そこからアオは更に殺気が膨れ上がった。
プロスを超える殺気にただただ恐怖を感じて外された両肩の痛みも関係なく死に物狂いで逃げようともがく。
そんな彼の頭を掴んで固定するとアオは目を覗き込む。
「そう、私なら構わないんだ。でもルリちゃんは許せない。
ここでずっとこのまま死ぬのと私に協力してくれるのどっちがいい?」
そんなの決まりきっている。
協力します!させて下さい!
そう叫んだ...つもりだった。
「ごめん、あうあう言われても私わかんないんだ」
ボールギャグを外して貰うように頼めるはずもなく、しながらでもなんとか伝えようと協力しますと何度も叫ぶ。
しだいにお~おううあう!とそれとなくニュアンスが掴められるようになった。
アオは涙を流して必死に何度も何度も叫ぶのを殺気を秘めた冷たい目で見ている。
「何?」
「きょ~ひょふひはふ!」
「わからない」
「ひょ~ひょふしはふ!」
「ほら、何?」
そんなやり取りがどれくらい続いたのだろうか、彼は子供のように泣きべそをかきながら何度も何度も目の前のアオに言葉にならない『協力します』をなげかける。
もう涙や鼻水、涎で見るに堪えない顔をしている。
そこでアオは急に雰囲気を柔らかく変えて力を抜き、彼に笑顔を向けた。
その雰囲気の変化に何が起こったのかわからず、目をパチクリしている。
そんな彼の頭をゆっくりと撫でると、大きなタオルで彼の顔を優しく拭いていく。
顔が終わると、顔にタオルをかけたまま頭を持ち上げ、濡れタオルで髪も丁寧に拭いていく。
一通り終わると顔にかけたタオルを外し、柔らかい目で彼を見詰めながらゆっくりと話しかける。
「今から話す事がわかったら、返事はいい、頷くだけでいいよ。」
頷く。
「ルリちゃんもラピスも私にとってかけがえのない大切な二人なんだ」
頷く。
「私の事で怒った訳ではないの。ルリちゃんやラピスの方まで手が伸びたから怒ったんだ」
頷く。
「元々は偶然だった事も知ってる。ただ、貴方は録音だけじゃなくFLGっていうのにまで渡してるよね?」
頷く。
「私も未来では男だったからなんとなくしょうがないのかもっていうのはわかる。でも、未来での貴方達を知ってる私にとってそれは裏切りだった」
頷く。
「一緒の任務についた事もある。お互いに死ぬ思いを沢山した。ここが過去だとしても私にとっては貴方達もかけがえのない戦友だった」
頷く。
「だから、あの事を知った時本気で殺そうと思ったくらい、それくらい私は傷付いたんだよ?」
頷く。
「だから、そんな裏切りをした貴方への罰がこれ」
頷く。
「そして今度は戦友である貴方にチャンスをあげる」
頷く。
「FLGの会員の事教えてくれるよね?」
頷く。
「うん、いい子いい子」
そうして彼の顔に再度タオルをかけると、子供をあやすように頭を撫でる。
彼はただただ泣いていた。そこまで信頼されてたとは思っていなかった。
タオルをかけられ、こんなみっともない顔を隠すように気遣ってくれているのが嬉しかった。
それから彼が落ち着くと、ボールギャグを外し肩の関節を入れて拘束を外していった。
服を渡され身につけていく。
色々と恥ずかしくてアオの方を向けないでいた。
「はい、それで言う事はありませんか?」
「あの、ごめんなさい」
「はい、いい子いい子」
中学生くらいの女の子にいいようにされ、懐柔させられた上に最後は頭を撫でられるいい大人。
面目丸つぶれ、色々と台無しである。
「涙とか大分耳に入ってるから一度医務室行きなね。
肩も関節が外れたままであんなに動くから筋痛めてるでしょ?」
色々と後片付けしながらこちらを気遣ってくれる。
まとっている雰囲気は家で掃除をしつつ身支度する子供へ世話を焼く母親のそれである。
ただ、場所が場所なのでかなり浮いているが。
「はい、ちゃんと行っておきます」
「よし、終了。うん、それじゃFLGの事はプロスさんに報告しておいてね」
そう言うと二人は尋問室から出ていく。
そこで別れようとした時に彼はアオへと話しかけた。
「あ、あの」
「うん?」
「ほんとにすいませんでした」
「もう怒ってないからいいよ。まぁ、次やったら本当に知らないけど」
「絶対しません!」
「うん、その言葉信じてるからね?」
「はい!」
そうしてアオは踵を返すと離れて行った。
彼はプロスの部屋へと向かう。
「えぇ、かしこまりましたよ。それで、貴方の処分は半年間の減俸とボーナスカットですね」
「は!謹んで拝命します!」
「...尋問後なのに元気ですね。何があったんですか?」
「は!アオ嬢の思いに触れ、感銘いたしました!」
「...まぁ、いいでしょう。下がりなさい」
「失礼しました!」
そう言って彼は元気に下がっていった。
「今度何をしたか聞いてみましょうか。尋問したのに気持ちが深まるなんてそうそうありえませんからね」
「全て計算した上でやった事なんでしょうが、行為を持たれてると気付いているのか不安ですな」
その後アオに何をしたか詳細に聞いたプロスはその巧みさに驚いていた。
女である身も十二分に活用して尋問、懐柔していったからだ。
本気でNSSへ入れようかプロスは悩んだらしい。
ただ、行為を持ってると伝えてもあんな事したのにそんな訳ないと一蹴されてしまった。
「会長の想いも先が思いやられますな」
元がいい上に人間磁石で何もしないでも寄ってくるのに、それに気付かず気を持たせるような行動をする。
だけど自分への気持ちには全く気付かない朴念仁な鈍感娘程手に負えない物はない。
そう深く嘆息するプロスだった。
その後FLGの会員は一人一人尋問室へ送られる事となり、会員全員が懐柔・洗脳される事となった。
それ以降FLGの活動は純粋にアオとルリ・ラピスを守る為に動いていく事となる。