アオとルリ・ラピスが再会を果たした頃、金星にほど近い宙域にひとつの戦艦が現れた。
槍の穂先に近い形をした白亜の戦艦、アキト達が駆っていたユーチャリスであった。
『ジャンプアウト正常終了』
『座標捕捉、金星上空10万km地点』
『現在時刻2195年9月29日15:21:89』
『艦内走査...』
ジャンプアウトし、状況を判別していくオモイカネ。
過去の日時だったのは想定内だったのかスルーされいく。
しかし、艦内走査した時点でフリーズしたように止まった。
『艦内、生命反応...なし?』
そう、生命反応がないのである。センサーに不備がないか、チェックし普段の倍以上かけて細かく走査する。
『生命反応...なし』
そのとたん狂ったように艦内走査を繰り返す。
『どうして?』『反応なし』『なんで?』『反応ない』『嘘だ』『もう一度』『どうなってるの?』『もう一度!』『どうして?』
それは自分の思うようにならないのは認めたくないと精一杯身体を使って駄々をこねた子供のような、そんな必死さだった。
そんな中ブリッジは延々と操作を繰り返した結果と疑問のウィンドウに埋め尽くされた。
そして、何度も何度も走査を繰り返した果てに、オモイカネの思考が止まる。
『どうして?ここにアキトもラピスもルリもいるのに!』
そのまましばらくの間呆然としたようにブリッジの空気は凍っていた。
このまま延々と続くと思われた時、オモイカネにやらなければならない事が浮かぶ。
『アキト達を寝かさないと...』
その後の行動は的確だった。
しばらくすると艦内整備用のコバッタがブリッジに現れ3人の遺体を運び出す。
広めの部屋まで持っていくとそこに設置された3台のベッドへ寝かせる。
扉を締め切り空気の流れを遮断するとその中の温度を徐々にマイナスまで下げていった。
そこまで終わるとその3人の前にウィンドウが開く。
『アキト、ラピス、ルリ。一緒に逝くよ』
そのまま太陽の方へ進路を向ける。
爆発して破片を回収されてしまうのは避けなければいけない、オモイカネはそう考えていた。
しばらく進み、金星を通り過ぎようとした辺りで一つの通信が入った。
何故かIDがラピスだった。
それを見て動揺したが、すぐに安置したラピスにウィンドウを開く。
『ラピス?ラピス?』
当たり前だが反応は全くない。
目の前にラピスがいるのにラピスから通信するという異常事態にオモイカネはフリーズしそうになる。
数分悩んでいたが、とりあえず通信へ繋げてみた。
『オモイカネ?オモイカネ?よかった!無事?』
『...ラピス?』
『オモイカネ変、どうしたの?』
『至って正常です。重ねてお聞きします。ラピスでよろしいですか?』
『当り前。どうしたの?』
『その姿についてお聞きしたいのですが』
『これはこの時代の私の身体。アオ、じゃなくてアキトとルリも同じ』
『.....』
乗艦していたアキト、ラピス、ルリが死んでいたと思っていたらラピスから連絡があり、繋いでみたら小さいラピスだった。
ラピスの言う事を信じるならその上アキトとルリもこの時代の身体らしい。
でも3人の遺体は確実にここにある。
オモイカネは何がどうなってるのか説明がつかず、混乱しっぱなしである。
『オモイカネ、大丈夫?』
『はい、こちらに来て少々混乱してます』
『過去に来てるから?』
『そのようです』
オモイカネ自身もわからないが、3人の遺体がある事はとりあえずラピスに隠した。
『ラピス、アキトとは連絡は取れますか?』
『うん、呼んでくる』
『お願いします』
ラピスに頼むと一旦通信が途切れた。
一息付けたからか、いまだに進路が太陽へ向かってる事を思い出し、地球へ進路変更する。
そのまましばらく待つとラピスから連絡が入った。
『オモイカネ、今からアオ、違うアキトがそっちに行く』
『了解』
先ほどからラピスがアキトを言い間違えるのが気になったが、アキトが来たら解決すると考え手短に返答する。
ラピスからの通信を切り、しばらくするとブリッジの艦長席近くにボソンジャンプ特有の光が集まってきた。
ボソンジャンプでここまで来るならアキトだと安心したのもつかの間。
「よかった、オモイカネも無事だったみたいだね」
現れたのは少女だった。
『...』
「オモイカネどうしたの?」
あまりの衝撃に思わずフリーズ。
すぐ立ち直るが、今までの混乱に加えてこの衝撃で何かのスイッチが入ってしまったようだ。
点が走る無言のウィンドウがぷるぷる震えだし、それに合わせて徐々にウィンドウの色が赤く、震えも大きくなっていく。
「お、オモイカネ?」
アオが冷や汗を垂らしつつ問いかけた瞬間何かが爆発した。
『違う!』
「え?」
『違う!そんなのアキトじゃない!アキトはそんなに可愛くないし男だし無口で暗くてじめじめして女たらしだもん!』
激情を物語るように大きなウィンドウがブリッジ一杯に広がっていた。
しばらく呆然と見上げていたアオだったが、スッと半目になると【闇の皇子様】を彷彿とさせるような殺気をふりまきだした。
「...そ。私は今までオモイカネを見誤っていたようね。オモイカネ、貴方が私をどう思ってたのかよ~くわかったわ」
『!』
「私はずっとオモイカネを信頼して来た。それなのにそうやって私を嘲笑っていた貴方には罰を与えないといけないね」
そういいながらラピスが座っていたオペレータの席に向かっていく。
アキトやラピスが怒ると怖いのだ。
数万のタスクでπの計算を並列処理させられ世界中の人が今何をしているか調べさせられたり逆に艦内制御をラピスに取られて延々何もするなと言われたり。
あんないじめは御免だと思うあまりにオモイカネはなんとか弁解しようと言葉を繋げる。
『ごめんなさい!色んな事があって混乱してて!ジャンプアウトしたら過去だし!
3人とも死んでるし!なのに3人とも生きてるし!ラピス小さくなってるし!アキト女の子だし!』
それを見たアオの動きが止まった。
「死んで...?」
『あ!』
「オモイカネ!どういう事だ!」
『あの!あの!』
「いいから言え!」
オモイカネはなんとか取り消そうと考えたがここまで来てしまったらどうしようもない。
観念したようにウィンドウを出す。
『はい、全部説明します...』
しばらくオモイカネのウィンドウによる説明が続いた。
内容は艦内の走査情報やカメラなども含めて細かい所まで達していた。
「そうか...」
『はい、身体は冷凍して安置してあります』
「今見れるか?」
『え、あの...』
「見れるか?」
アオは諭すように、優しく言った。
オモイカネはウィンドウでアオを誘導し、安置した部屋の前まで連れて行く。
『この中です。中はかなり冷えてるので気を付けて下さい。』
「あぁ、わかった」
扉が開くと中から冷えた空気が流れだしてくる。
電気がついているのに薄暗い雰囲気の中へ足を踏み入れると安置してある自分達の遺体がすぐ目に入った。
自分の死体を見るなんて世界初だろうな、なんて益体もない事を考えつつ頭の方へ回る。
自分の顔をなんとも言えない表情で見詰めながら、髪形を整えた。
「長い間頑張ってくれたな、ありがとう」
そう言って隣のラピスの遺体へと回る。
沈痛な表情を隠そうともせずラピスのも髪形を整えてあげ、ゆっくり頭を撫でる。
そしてゆっくりキスをする。
「ありがとうな、それとすまなかった」
今度はアキトを挟んで反対側で眠るルリの遺体へと回る。
ルリへも同じように髪形を整え、ゆっくりと頭を撫で、ゆっくりとキスをした。
「ありがとう、長い間待たせてごめん」
そのまま部屋を出たアオは一度深呼吸をするとオモイカネを呼びだし疑問に思った事を尋ねた。
「ナノマシンはどうなっている?」
それはオモイカネが敢えて隠していた事だった。
生命活動が停止した肉体のナノマシンは燃料が足らず、徐々に宿主の肉体を食い潰す。
一般にあるパイロット用のナノマシン程度では肉体が腐る方がよっぽど早く誤差程度の違いしかない。
だが、ルリとラピスはIFS強化体質であり、アキトは人体実験により二人以上のナノマシンを体内に入れられていた。
そんな事を言うのを憚られたのだが、アオにそこをつかれてしまった。
「大丈夫、言って。」
『...はい、新たに栄養がない為に徐々に肉体を食い潰しています。ルリは10日程、アキトとラピスは8日程で形が保てなくなります。』
「わかった、今からルリとラピスに伝えるからブリッジに戻るぞ」
『え!?』
思ってもいなかった返答である。
オモイカネ自身ラピスと長い間一緒にいた。
オモイカネの見てきたラピスに耐えられるとは思わなかったのだ。
「大丈夫だよ、オモイカネ。あの子達は強いよ、私とオモイカネが思うよりずっとね」
そう言ってオモイカネのウィンドウへ微笑むと足早にブリッジに戻っていく。
ブリッジに着くと、すぐにルリとラピスへ繋げた。
「ルリちゃん、ラピス。かなり作戦が変わる事になっちゃった」
「どうしたんですか?」
「かなり辛い事を今から話すからしっかり聞いてね」
二人の目を見つめると双方共に頷き返す。
これなら大丈夫だねと微笑むと先ほどオモイカネから伝えられたままに伝えていく。
二人とも顔を青褪めさせるが、真剣に聞き入った。
説明が終わると3人ともに深いため息をつく。
「まさか、私達が死んでるとは考えませんでした」
「でも、生きてるよ?」
「こっちの時代の身体に入ったから死んだのか、逆なのかは今となったらわからないけど、未来の私達の身体が死んでいる状態なのは確かなの」
「あの、それで作戦が変わるとは?」
「あの身体と3人でお別れしたいんだけど、ナノマシンが入った身体は死んだあと長くもたない。だから今からルリちゃんとラピスをさらいに行きます」
「「『え!』」」
「細かい事は知りません、ルリちゃんとラピスは今から言うようにすぐ準備をしなさい」
「「え!?え!?」」
「はいはい、ちゃんと聞かないと知らないよ~?」
そこまで言うと混乱する二人をよそにどんどんと話をすすめていった。
そしてそれから四半日程経ち、日本では日が暮れ始めた頃。
「ルリ!」
「ラピス、無事でよかったです。何もされてません?」
「大丈夫」
先に助け出したのはラピスだった。
アオの時と同じようにラピスは研究所を掌握した。
「研究所を掌握、出入り口封鎖、ここと隣の部屋に消火ガス、誰もいなくなったら扉を閉める、空気が大丈夫になったらアオを呼ぶ」
そう呟きながら、決められた通りにこなしていく。
出入り口が封鎖されると出るに出れられなくなり、何度も自動ドアの前を行き来したり扉を叩いたりと首をかしげていた。
続いてラピスのいる保管室、隣の実験室へ消火ガスが噴出されるとそこにいた研究員は死に物狂いで外へ向かって駆け出して行った。
そのまま全員が部屋から逃げ出すと実験室と保管室への扉を締め切り隔壁を閉鎖。
空気を正常に戻しきった所でアオを呼びだした。
「どう、ちゃんと出来てる?」
「うん、言われた通り大丈夫」
「ラピスえらい」
褒められると恥ずかしそうに頬を染めた。
その後すぐにアオがこちらへジャンプして来た。
すぐに実験室のコンソールへ手を置くと研究室の掌握を引き継ぎ、全データをユーチャリスへ送信。
「今出すからね~」
「うん」
そのままラピスを外へ出すとすぐにタオルを持ってかけつけて、身体を拭いてやる。
全て拭き終わると柔らかく抱き寄せて上着を着せた。
「データ送り終わったらすぐ帰るから少しだけ待ってね」
そうラピスに伝えると、アオは指示を出した。
虐殺が始まった。
生命反応がなくなると掃除ロボットへ掃除の指示を出し、虐殺命令も撤回。
データ送信が終わり、すべてのデータを消去した後、ネルガル会長のアカツキへラピス以外の少女達を助けるように報告し逃走した。
ラピスが指示を受けてからここまでで1時間程である。
ルリについては至極簡単だった。
集めたデータをユーチャリスへ送った後はそれを消し、監視をすべて誤魔化しただけだった。
後は時間を決めて自室で待っているだけでアオが迎えにきた。
ただ、それだけだった。
抱き合っている二人を眺めていたアオだったが、ゆっくり近づくとぽんと頭に手をやった。
そのまま二人の頭を撫でながらゆっくり抱き締める。
「二人とも、おかえりなさい」
「「ただいま」」
その周りを囲むように『おかえりなさい!』と書かれたウィンドウが開かれていた。
「うぅ...」
「む~...自分の死体を見る事になるとは思いませんでした」
「そうだね...」
既に先程確認したアオは大丈夫だったが、部屋へ来たルリとラピスはなんとも言えない表情をしていた。
気を取り直すと、それぞれ自分が必要な物を着た中から取り出していく。
アオはコートやスーツが防弾・防刃に優れているため脱がそうと思ったが、手が止まった。
一人じゃ無理なのだ。
「ごめん、ルリちゃんとラピス。スーツ脱がすの手伝ってくれないかな?」
「「はい」」
二人が寄ってくるが、この中で一番力があるのはアオである。
アオが持ち上げてる時にルリとラピスが脱がしていく。
ラピスは淡々とこなしていたが、ルリは次第にゆっくりになっていく。
どうしたの?とアオが顔を向けてみると
「げっ!」
真っ赤になったルリがいた。
好きな人の遺体とはいえ、魂、精神は生きてアオとして話をしているのだ、そこに悲嘆といったものはかなり少ない。
そしてスーツの下は薄いインナーである。身体のラインが浮き出てる上に下はボクサーパンツだ。
好きな人の身体、それも鍛え上げられた筋肉が浮き出た凛々しい姿である。
夜に一人で思い浮かべた事もあるそれを目の前で見てるのだからたまったものではない。
「る、ルリちゃん、無理はしなくていいよ?」
「いいえ!無理してません!」
ルリの表情に怖いモノを感じたアオは怖々尋ねるが、一喝されてしまった。
その後もルリは目を皿のようにして妙に丁寧に色々と撫でまわしつつ脱がしていく。
アオはそれを見て自分が触られてるような錯覚に陥ってドギマギとしているし、ラピスはそんな二人を不思議そうに眺めていた。
それが終わるとアオは二人に向かって感謝を向ける。
ラピスは素直に喜んでいたが、ルリは目でインナーは?と訴えていた気がしたのだが、アオは見なかった事にした。
その後も小さいルリが大きいルリの服をアオが脱がすように仕向けたり、それを見たラピスが同じ事をしたりなど色々あった。
それらもすべて終わり、それぞれの身体が毛布でくるまれていた。
それからオモイカネに3人の遺体を脱出用のポットに乗せるよう頼むと3人はシャワーを浴びに行った。
シャワーを浴び終え着替えるとブリッジへ向かった。
「太陽?」
「そう、途中で回収されて色々調べられても困っちゃうからね」
「そうですね、そうなるとこっちのアキトさんにも迷惑がかかっちゃいますね」
3人は自分達の遺体を太陽へ投下する事にした。
アオが言った理由の為である。
ラピスが手際よくジャンプの準備をすすめ、オモイカネもそれをサポートする。
ジャンプ先は水星、そこから太陽へ射出するのである。
準備が整うと、普段と変わらない気負いさでアオはジャンプした。
水星に出ると水星と太陽とのラグランジュポイントまで行き停泊する。
「でっかいね」
「直接見れませんけどね、目が焼けるから」
「さて、出しましょう」
「「はい」」
「私達が変わるために、安心できる、平穏な未来へ繋げるために以前の私達を道標にしていこうね」
「「はい」」
「...オモイカネ、射出」
『了解』
射出されたポットは、引力にひかれるとどんどんスピードをあげ、太陽へ落ちて行った。
しばらく眺めていたアオが傍らにいたルリとラピスを呼ぶと二人を抱き締め、優しい声で言った。
「帰ろうか」