2.
槍が割けて、一対の小太刀となった。
清流の如く、そう言いたくなる舞踊は美しさすら感じられるが、サスケにとっては恐怖以外のなにものでもない。
(――俺よりも遅い。けど、何でだ。こいつの攻撃は避け辛いっ!)
避けて終わり、というわけではない。君麻呂の攻撃は全てが全て繋がっていた。横薙ぎに振るわれる剣閃を屈んで回避したとしても、その頭を狙って膝蹴りが飛んでくる。それをさらに防御したとしても首の後ろを狙って肘が落とされてきて――終わることなき連続攻撃はサスケに纏わりついて離れない。
(……これが君麻呂の"武"か)
サスケの体術と君麻呂の体術の違いを言うとすれば、"実"と"虚"だろうか。
"実"とは攻撃のことで"虚"とはフェイントのことである。だいたいは虚実どちらも使うのだが、性質としてはどちらかに傾くものだ。
サスケの"実"は『わかっていても避けられない攻撃』。つまり、相手の反応速度すら越えて叩きこむ"一撃必殺"を指す。下忍離れした卓越した速度と、相手の虚実全てを見切る写輪眼の恩恵があるからこそ可能なものだ。
君麻呂の"虚"は『避けられたとしても隙を与えずに攻撃をし続ける』。つまり、相手に虚実を全く感じさせない流れるような"連続攻撃"を指す。二刀流を使いこなす技術と、相手の攻撃を受けても致命傷にはならないという自負があるからこそ可能なもの。
真逆の二人。
しかし、心の奥底に宿るものは似たようなものではないだろうか……。
「お前如きに負けたら……あいつに会わせる顔がないっ!」
「あの御方の下僕たる僕に――敗北は許されないっ!」
骨の小太刀とサスケの苦無が交錯する。
耳障りな甲高い音が闘技場内に激しく響き渡り、幾音も重なり合う。
下忍――それはつまり、忍者見習いということだ。まともな仕事を回してもらえない、一種丁稚のようなものでしかないのだが――、見るもの全てに感嘆のため息を強要する武術を扱うこの二人を下忍の枠に嵌めたままでいいのだろうか……、観客たちはそう考える。
ここにもそう考える男がいた。
「なかなかの試合ですな、火影殿」
観客席の奥のほうにある特別席。重要人物だけが座れるそこに現れたのは大きく『風』と書かれた笠を被った男。不健康な――血色の悪い顔立ちは不気味な空気を漂わせていた。
その男に声を掛けられた火影と呼ばれた男――老人は皺が深く、若さを感じられない。しかし、生気漲る双眸は老いを感じさせることはない。その歳でありながらも木の葉隠れの里で最強の証明である火影に君臨していることを感じさせるものだった。
「おぉ、風影殿ですか」
鋭い視線を試合に向けていた火影は好々爺のような朗らかな笑みを浮かべると、風影に相対した。
隣はよろしいか、と問う風影に柔らかく頷くと、風影は火影の隣に座る。
「いやはや、我が里の未熟な姿を見せるのは恥ずかしいものですよ」
「ご謙遜を。あれほどの下忍が育つ木の葉隠れの里――恐怖すら感じられます」
「……あれは特別な部類。今風の言葉で言うとサラブレット、ですかな? 将来は我が里の支柱になれる逸材、と思いたいところです」
ふいに火影の表情は陰を帯びる。まるでなれないことを前提に語るその姿は一種異様だった。
風影も不思議に思って「潰れる可能性もある、と?」と問いかけるが、
「忍は甘くありません。風影殿もよく御存知なことなのでは?」
「はて……、ね」
腹の探り合い。
はぐらかすようにお互いに薄っぺらい笑みを浮かべる。
「さて、火影殿。お話の途中悪いですが、どうやら試合が動きそうですよ」
「……ほう?」
両者の視線は試合に戻る。
闘技場の中央でサスケと君麻呂が距離をとって睨み合っていた。
お互いにほとんど無傷のままで、体術のみでは傷を与えることはできなかったのか。肩で息をすることもなく、いたって平静なままだ。今まではあくまで小手調べだということがわかる。どちらも力を振り絞って戦っていたわけではなく、相手の実力を探っていただけなのだ。
「……力を温存、なんてできるほど易しい相手ではないことはわかっていた」
ふん、とサスケは鼻息を鳴らすと、自嘲気味に呟く。
君麻呂は気分を害したのか、ぴくりと米神を引き攣らせる。
「手加減していたとでも?」
威圧の空気が混じるその言葉にサスケは首を横に振る。
「一応は本気だった。手は抜いていない。ただ、全力を出していなかっただけ」
つまり、それは――
「見せてくれるんだろう?」
「……見せてやる。まだ、使いこなせていないんだがな」
サスケは再びポーチから巻物を取り出すと、口寄せの術を組む。
出てきたのは一振りの刀。
観客席からサクラとナルトと一緒に並んで試合観戦していたカカシの目が見開く。
(……使うのか)
それはカカシが与えたものだ。いや、父から受け継いだ――結局、自分は使わずに封印していたものだったのだが……
「普通のチャクラ刀だね」
その通り、とカカシは頷く。
はたけサクモと――【木の葉の白い牙】と呼ばれていたカカシの父が使っていた、それだけの刀である。せいぜいがチャクラを増幅する程度の機能しかない、最新のチャクラ刀よりも性能の落ちるそれ。実のところ大して珍しいものではなく、むしろ、忍具専門店でもっと良いモノが買えるだろう。
だが、サスケはこれにこだわった。
『格好良い死に様だ。俺も、そんなふうに生きたい。――できれば、死にたくないけど、死ぬのならそんな感じが……いいな』
修行中にうっかり口を滑らして語ってしまったカカシの過去。
それを聞いたサスケに刀を奪われ、どうせ使わないものなのだからと自分に言い聞かせ、カカシはそれを手放した。
「俺が持つよりは、相応しいんだろうか」
仲間を助けるために任務を中止し、結果――自害したカカシの父であるはたけサクモ。
それを軽蔑していたはたけカカシ。
そんな自分を敬ってくれるうちはサスケ。
(――ま! そんなのもいいのかもしれないけどね)
去来する想いを振り払い、試合の進展を眺めることにした。
そこには笑っているサスケがいて――
「これは普通じゃない。仲間を助けるために未来を失った――、馬鹿な男が残した刀らしい。いわくつきってやつなんだろうな」
「材質が特別だとでも? そうじゃない限り、どんな伝説が付随しようとも、武器はただの武器だよ」
君麻呂の言うことはあくまで常識であり、サスケの言うことはあくまで非常識。
「強くなれる気がする。そうは思わないか?」
「思い込みだね」
だが、サスケにとっては唯一の真実。
命を捨てて守ろうとしてきたナルトを思い出し、はたけサクモをそれに重ねる。
(……この試合とは関係ないんだろうな。仲間の死がかかっているわけでもない)
負けたからといって誰も死なない。だけど、
(こんな試合に負けてるような小さな男じゃ、この手に何も残らない)
ぐっと刀を握り締めるのは無銘の一振り。名をつけるとすれば、【英雄の遺刀】と言ったところだろうか。
サスケはくつくつと笑う。それはまるで、自分が英雄になれるみたいではないか。
「いいさ。言葉では伝えられないものってあると思うし、だから、力で示してやる」
刀を逆手に構え、チャクラを流す。
うちはサクモが【木の葉の白い牙】と呼ばれていた由来をサスケは知らない。
それを知る観客たちは息を呑むが、試合に集中しているサスケは気付かない。
サスケが持つチャクラ刀は白い光を帯び、清浄な光を放っているのは単に雷の性質のチャクラを流されているから、というだけのことなのだが――人はそうは思わない。
天才忍者の再来。
誰しもが予感する。こいつは大きくなる、と。
「さっきも言ったけど、もう一度言わせてもらう」
今はまだ小さなナリで、それでも大きな意思を抱いて、サスケはマグマのように熱い双眸を君麻呂に向ける。
「お前は確実にぶっ殺す」
対する君麻呂は既に絶滅していたと思われた血継限界【屍骨脈】を継承するかぐや一族の生き残り。
骨を一対の小太刀に形成することができるほどに自分の力を使いこなし、体術も通常の下忍とは一線を画す。
「じゃあ、僕も改めて言わせてもらうよ」
観客の大名たちは息を呑む。
これは最高の娯楽だ、と。
「負け犬の遠吠えにならないように努力したほうがいいよ。言うだけ言って倒れるのはあまりにも惨めだから……」
英雄の再来と死した一族。
将来はどちらも天才と言われるだろう二人の戦いは、とてつもなく価値のあるものであり、意地を張り合いなどは見ていて手に汗握る。
サスケの姿が風に消えた。否、速過ぎて肉眼で捉えることができないのだ。
そして、再び硬質な音が耳を侵す。
「――決めるつもりだったんだがな」
白く輝くチャクラ刀は君麻呂の首を断絶しようと一閃していたのだが、君麻呂は小太刀二刀を交差させて受け止めていた。
だが、
「クッ……」
苦痛の吐息を漏らし、君麻呂の膝が地面につく。
何故かはわからず、ただただ君麻呂は疑問符を浮かべる。
そんな君麻呂を冷たく見下ろすのは一対の写輪眼。刀を掲げるうちはサスケ。
「倒れ伏せろ」
今度こそ、断ち切る。
サスケは刀を思い切り振り下ろすが、しかし、それは布石。
「……唐松の舞」
突如、君麻呂の身体全身から骨が突き出た。
唐松――縦横無尽に咲き誇る竹のようであり、尖った切っ先はサスケを襲う。
硬質な骨は刀を絡め取り、全身に電流が流れようとも、苦痛に耐えて君麻呂は骨を操作し続ける。
写輪眼で全てを読み取れるサスケは無傷で回避したが、刀は手放すことを強要される――かのように思われた。
「口寄せ・チャクラ刀」
刀は再びサスケの手に戻る。
絡め取ったときに負ったダメージは無駄に終わったが、君麻呂は楽しそうに口を歪めていた。
「……厄介だね。完全に君を見くびっていたようだ。ここでの戦闘はケリをつけることは――無理かな」
「何?」
言葉の意味がわからず、サスケは問うが、君麻呂が応えることはなかった。
「審判、僕は棄権する」
わかった、とだけ困惑顔で担当の忍は言うが――サスケは納得できない。
「逃げるのかっ!?」
「ふふ……そういうわけじゃないけどね」
君麻呂は後悔の色を感じさせず、するりとリングから抜け出た。
観客席にいた音の忍たちのところへ行くと、呆気にとられたサスケを見下ろす。
「また後で遊ぼう」
怒りがこみ上げる。
まるで勝利を渡されたかのような不快感。自分をないがしろにされた、舐められているという感触。
とても、むかつく。
『勝者、うちはサスケッ!!』
勝利したのに嬉しくない。
サスケは敗者のように肩を落として、ナルトたちのほうへと歩いて行った。