2.
中忍選抜試験は忍者アカデミーの301号室で受付をしている。
二階では幻術によるデモンストレーションのようなものが行われていて、随分と人だかりができていたのだが、七班の三人は幻術を即座に見破るとそのまま通り過ぎて行ったのだ。だが、見逃してくれるようなものではないらしい。妨害とは付き物なのだろうか。不穏な視線を背中に感じながら、ナルトとサスケは臨戦態勢を整えている。サクラはチャクラ糸を伸ばして周囲を警戒しているだけに留めていた。
「僕の名前はロック・リー。貴方の名前は何でしょうか?」
暴力的な速度で目の前に現れた少年は唐突に自己紹介を初めて、サクラに名を聞いた。
気障な登場の仕方だ。さぞかし美しい容姿であろう、と誰しも思ってしまうほどに華麗な登場だった。
しかし、それは格好イイとは言えない容貌をしていた。
何と言えばいいのだろうか――濃いのだ。
太くて硬そうな髪をオカッパにまとめていて、眉毛も比例するかのように太くて分厚く、目にいたってはくりっとしたどんぐりのようなつぶらな瞳。そして、全身タイツ。傍から見れば変態だった。
そんな変人極まりない容貌の少年にいきなり名を問われたのだ。サクラとしても失礼だとはわかりながらも、多少口の端を引き攣らせてしまうのは無理がなかろう。サクラの美的センスが警鐘を鳴らしていた。
「……春野サクラだけど?」
「――美しい名前だ」
「はぁ、どうも」
何とも返答し難い言葉に無難な返事を返していると、変人――ロック・リーは歯を剥き出しにして笑って、無駄に粋なポーズを取った。白い歯が少し光った気がするのは気のせいだろう。
「僕とお付き合いしましょう! 死ぬまで貴方を守りますから!!」
「初対面でいきなり告白されても困るので、丁重にお断りさせていただきます」
考える素振りすら見せない一瞬の出来事であった。
即座に頭を下げて、断った。告白され慣れているのか。少しだけ罪悪感を浮かべながらも希望を打ち砕く言霊は見事にリーの魂を打ち砕いた。
隣ではナルトが腹の底から笑いながら、サクラの頭をはたいている。サスケは少しだけ憮然としていた。
「一目惚れか? これのどこがいいんだか」
「これって言うな、これって。私は物か?」
「……馬鹿が」
そのとき、リーの背後から白い瞳をした少年が現れた。
ただものではないと一目でわかるほどの静かな闘気を纏っていう。
日向一門の奴だろうな、とナルトは適当に決めつける。間違いなく白眼だからだ。
「オイ、そこのお前……名乗れ」
威圧的にサスケのことを睨みつけながら、問うた。
「人に名を聞くときは自分から名乗るもんだぜ?」
「お前ルーキーだな。歳はいくつだ?」
「答える義務はないな」
サスケも意地になって睨み合っている。
もともと、うちはと日向は犬猿の仲だ。うちはの源流は日向と言われていることが原因だろう。あくまでうちはは日向の下に着け、という姿勢を崩さない。それがたまらなく嫌なのだろう。
サスケに関してはそういう意味で意地になっているわけではなく、睨みつけられている現状が苛立たしいだけなのだろうが。
仕方ないわね、と小さく呟くとサクラはサスケの肩を優しく叩き、
「二人とも、行きましょう。開始時間までそんなに余裕ないわよ」
おそらく先輩であろう全身タイツの変人と三白眼の攻撃的な変人を無視して受付へと向かおうとしたのだが、
「目つきの悪い君、ちょっと待ってくれ」
邪魔された。
全身タイツの変人ロック・リーに後ろから声をかけられたのだ。
「今、ここで僕と勝負しませんか?」
喧嘩を売られて、ナルトとサスケがぴくりと反応する。
あっちゃーとサクラは目の前が真っ暗になる思いがした。
二人ともプライドが高いのだ。喧嘩を売られて逃げるはずがない。
「僕の名はロック・リー――人に名を尋ねるときは自分から名乗るものでしたよね? うちはサスケ君……」
「知ってたのか」
「君と戦いたい」
うちはと知っていて、喧嘩を売る。それは――
「あの天才忍者と謳われた一族の末裔に僕の技がどこまで通用するのか試したい。それに……
つまり、うちはという血統に対しての下剋上。自分のほうが上だと証明したのだろう。そして、リーはちらりと視線の方向を変える。向く先にはサクラがおり――人差指と中指を伸ばした手を自分の唇につけて、ちゅぱっという粘着質な音とともにサクラに向けられる。つまり、投げキッス。
サクラは露骨に顔を顰めて「……熱烈アピールね」とげんなりしていた。
「天使だ、君は!」
「あ、ありがとうございます……」
褒められても嬉しくないのはどういうことだろう、とサクラは真剣に考え込む。おそらくナルトとサスケに言われたらこれ以上なく喜んだのだろうが、相手が眉毛の濃い人になるといまいち素直に喜べない。
そもそも、初対面で、さらには喋ってすらいない相手に告白する。つまり、容姿に惚れたということなのだろう。内面を見ることすらしない相手のことをこっそりとサクラは軽蔑していた。
「モテモテだなぁ、サクラ」
「うっさい、黙ってろ」
ナルトの皮肉にサクラの張り手が返される。ひらりと避けられることになるが、当たるまでやめる気はないのか、サクラは攻撃をひたすら続けていたのだが。
「金髪の君、随分とサクラさんと仲が良いようですね?」
リーの言葉で攻撃は止まる。
「仲間と仲が悪かったら話にならんだろ……」
呆れたように言い捨てるナルトに対し、サクラは少しだけ複雑な表情を向けるが、すぐに平静へと戻る。
「それにその身のこなし……凄まじい功夫です。そうですね、まずは貴方と戦いたい」
そして、リーは片手を腰に添えるというイカしたポーズでサスケを指差した。実のところあまり決まっていないのだが、本人だけが気付いていない。
「うちはサスケ君。次に君とだ」
「俺が負けるのは前提かよ?」
「らしいな」
サスケが相槌を打つ。なんとなく癪だった。ナルトからすれば、つまり、この全身タイツに舐められているということになる。負ける前提など、これ以上むかつく話など早々ないだろう。
ぎりりと拳を握りしめて、胸の内で猛る焔を抑えつける。実力で示せばいいことだからだ。
瞑目し、集中する。
想うのはこれまでの修行の日々。積み上げてきた努力の結晶。思い返すだけで自信とともに、冷静さが戻ってくる。
緊張すらも掻き消えた。
眼を開く。
「まぁ、いいぜ。喧嘩はいつだって高価買取中だ。さっさとやろーぜ?」
屈伸し、身体を伸ばす。
無防備にすら見えるその状態であっても、隙などはなかった。リーは警戒しながらナルトを見据えている。
一歩、踏み出た。
サクラは溜め息を漏らすとナルトから離れて、勝負に巻き込まれないところへと避難する。サスケも同様だ。
「いきます」
爆発的な速度でもって、リーはナルトの懐へと飛び込んだ。
予想外の速度に一瞬驚くが、ナルトはすぐに反応する。
リーは座り込んでいるのかと錯覚するほどに低く沈んでいる。そこから放たれるのは足を狙った地を這う蹴足。
「木の葉烈風!」
轟っ!
突風の如き下段蹴りはナルトの足を破壊しようと牙を剥く。それは的確にナルトの左足を打ち据えた。
衝撃。
千切れるかと思うほどの痛撃は、受け流してもなお激痛が走る。
身体が宙に浮き、地面に手を着いて、腕力だけで飛び起きると、そこには蹴りを放つ体勢を整え終えたリーがいた。
ナルトは確信する。
(こいつ――強えぇ!!)
頭を狙うように蹴足が振りあげられる。圧倒的な暴力の予兆。
こんなの喰らえば死ぬぞ、と思わせるほどのそれは、容赦なくナルトの頭蓋を狙っている。
「木の葉旋風!」
向かい来る暴力に恐れず、円軌道をする上段蹴りを止めるために、ナルトは一歩踏み込んだ。
遠心力のついた爪先ではなく、勢いののりきらない膝に対して肘打ちを撃ち込み、攻撃を殺した。
ぎりぎりの駆け引きである。
睨み合う。
「大層な技名の割には、随分と陳腐な攻撃だな……?」
「……まだまだ!!」
無駄のない直線を描く拳突。
とても見切りにくいそれをリーは反射神経だけで受け止めると、別の軌道を描くもう一方の拳にも気付き、受け止める。
いとせず手四つになったそれは――ナルトにとってはとても都合が良い。
押し合い。
技巧ではなく、単純な力勝負。
ナルトは腕力にとても自信を持っていた。
「力じゃ負けねぇよ!」
「ぬぬぬぬ……!!」
両腕で押し合いながらの力比べ。木張りの床が二人の生み出す圧力に耐え切れず、軋み始める。
強い。
ナルトは本気で驚いていた。
同年代であろう相手が自分と力が拮抗している事実に、心の底から驚嘆する。
骨が軋み、血が逆流する。筋肉が悲鳴を上げている。
徐々にナルトは押され始めていた。単純な膂力で――敗北を喫しようとしていたのだ。
歯を食い縛り、身体の慟哭などを無視して、さらに力を捻りだす。だが――
「うおりゃあああああああ!!」
「……まじか!!」
雄叫びとともに加えられた力に抗することができず、ナルトは無様に地面へと叩きつけられる。
背筋に走る痛烈な痛みが意識を刈り取ろうと暴威を振るうが、視界に拳を振り上げるリーが見えるのだ。気絶などできない。
下段突き。
全体重を込めることができるそれはかなりの威力を誇り――
「うひ、うほっ! やっべ、やっべええってこれ!!」
ダンゴ虫のようにナルトはひたすらに転がりながら、下段突きを避け続ける。喰らったら超痛いだろうから、必死に逃げるのだ。
果てには背筋の力だけで飛び起きると、サスケの後ろへと即座に逃げる。
「サスケ、バトンタッチだ。試験前に怪我とかやってらんねぇ」
「……ギブアップということですか?」
リーは少しだけ軽蔑するようにナルトを睨んでいるが――
「うん。体術でお前に勝てそうにないから棄権する。サスケ、後は頼んだぜ!」
あっさりと降参する。
もともと体術に絶対の自信があるわけでもなし、負けるのは少々悔しいが、それ以上に万全の体勢で中忍選抜試験に挑むことのほうが大切だ――と、ナルトはこっそり自分に言い訳をしている。
「調子のイイ奴だな……」とサスケはナルトの内心を察して言うが、ナルトは恥ずかしそうに目を逸らすだけ。サクラもちょっと情けないものを見るようにナルトを見ていた。
「宣言します。君たちは僕に絶対勝てません!
何故なら、今、僕は木の葉で一番強い下忍ですからね」
「下忍でのランキングなんて興味はない。けど、お前の強さには興味がある……やってやる」
「サスケくん、できるだけ早く終わらせてね。あと三十分もないわよ」
ナルトとリーの戦いを見て、好戦的な気分になっているサスケに釘を刺すようにサクラは言う。
「五分で終わる」
凄い自信だな、とナルトは思うが――あながち嘘でもないのだろう、と思う。
サスケは特別な力があるのだから――
「木の葉旋風!」
暴風を相手しているのかと錯覚するほどの上段蹴り。
一瞬で距離を詰めての攻撃は、サスケが一歩退いただけで空振る。
「この攻撃はさっき見た」
そこから繋ぐ連撃は下段蹴り。
これもひらりと避けると、さらには上段蹴りへと繋ぐ。
だが、
「このパターンも見させてもらった」
リーの蹴足の膝に肘打ちを撃ち込むと、顎を狙って掌底を放つ。
避けることすら敵わないそれはリーよりも遅いが、攻撃の間を絶妙に捉えた一撃だった。
つまり、避けられない。
顎に一撃をぶち込まれたリーは衝撃そのままに後ろへと吹き飛ばされると、こらえるかのように地面に足を打ち据える。
リーはがくがくと震えていた。
顎を打たれたせいで脳が揺さぶられたのだ。
ぐらつく視界でサスケのほうを見る――すると、見てはいけないものに気付いたかのように驚愕に染まる。
「写輪眼!?」
うちはの血統にのみ現れる特殊な瞳術――写輪眼。
それは幻・忍・体の全てを見通すとされる木の葉最強の一つと言われるもので、うちはを天才たらしめる所以だ。
開眼している。
うちはの正統血統たる写輪眼を見ると、心が震える。
リーは敵の強さを見誤っていた自分の愚かさを戒めるかのように拳を握りしめると、再び突貫した。
しかし、一蹴される。
「うちはの力、舐めるなよ。お前の速さなんて止まって見える」
完全に見切られている。
しかも、ひたすらに体術を極めた自分のスピードに対応できるだけの強さを持っている。
このままでは勝ち目がない。
「禁を破ることになりそうです、ガイ先生……」
「何言ってやがる?」
訝しげに呟くサスケはその次の光景を目にしたとき、正気を疑った。
気付けば、自分は宙を舞っていたのだ。
じんじんと顎が痛むことから、何かしらの攻撃を受けたことは想像がつくが――おかしい。
写輪眼をしても敵の動きを捉えられなかった!!
「まさかここまで強いとは思ってませんでした。手加減できそうにありません」
「くっ、影舞踊……!」
宙に浮かぶ自分の後ろから、声が聞こえる。
影舞踊と呼ばれるそれは敵の後ろにぴったりとくっついて、攻撃をし始める技術のこと。背後をとられれば敵の姿を見ることはできず、写輪眼を持ってしてもどうしようもない。完璧な写輪眼封じだ。
「たとえ写輪眼で僕の動きが見えていようとも、僕の体術のスピードについてこれなければ意味がない。
さっきまでのスピードとは違います。僕の本気の速度――努力の結晶を、これからお見せしましょう」
「自分で努力がどうのこうのなんて言うなんて世話ないな」
ばちばち。ばちばち。
肉体を活性化させる【千鳥】を発動し、サスケは限界を超える身体能力でもって背後へと攻撃を加える。
不発に終わり、雷鳴の如き右手はリーに捌かれる。
残った左手も避けられて、足でリーの身体を蹴り飛ばし、回避した。
距離を取る。
「逃がしません!」
「逃げる? 勘違いすんな。見せるんだよ!!」
さらに光は凝縮され、『チッ、チッ、チッ、チッ』と小鳥が鳴くような声が木霊する。
リーも姿勢を低く、いつでも飛び掛かれるように運体をこなし――
同時に敵に飛び掛かった。
「そこまでだ、リー!」
突如聞こえた怒声で、決闘は中断される。
乱入して来たのは――何と言えばいいのだろうか。そのままに表現することが許されるというのならば、それはまさしく亀であった。
ごつごつした甲羅を背負う亀はまさに亀そのものといった風情であり、首――であっているのだろうか。頭部の根元と言うべきなのだろうか。どちらでもいい。とりあえずそこに木の葉の額当てをぶらさげていた。
忍なのだろうか?
「リー! 今の技は禁じ手であろうが!?」
「し、しかし……もちろん僕は"裏"の技を使う気はこれっぽっちも!!」
「馬鹿め!」
「す、すみません、つい……」
「そんな言い逃れが通用すると思うか!? 忍が己の技を明かすということはお前もよく知っているはずじゃ……!」
「オ、押忍っ!」
サスケと相対するのをやめ、リーは必死に亀に対して謝っていた。
◆
その光景はとてもシュールであり、七班はとても微妙な顔つきになっていた。
「にしても、あの亀がいろいろと濃い先輩の師匠なのか? なんか、独特だな……」
「奇人変人ここに極まれりね……」
「俺はそんな奴相手に苦戦したのか……」
「俺なんか負けたんだぞ。気にすんな」
思うところはあるが、リーは強い。出鱈目に強い。認めるしかないだろう。
しかし、
「さすがに奥の手を出すのはやりすぎだろ。相手は同郷出身者だぜ?」
「頭に血が昇っちまった……」
奥義である【千鳥】を使ったサスケにナルトは注意する。負けたくない気持ちはわかるが、いきなり奥の手を披露するのはやりすぎだ。
実際のところ、火遁を屋内で使うわけにはいかなかったので、サスケとしても仕方なく【千鳥】を選んだわけなのだが……
「それよりも、あの亀何なの? スゴイ偉そうなんだけど……」
気になるところである。
ナルトたちは好奇心を光らせながら、リーたちの動向を窺った。
◆
「覚悟ができたであろうな?」
低音が放たれる。
威圧感の籠ったそれは亀が発しているというだけで不思議と緊張感が薄らぐ。しかし、リーはそうではないようだ。がくがくと身体を震わせながら、冷や汗なのか脂汗なのかわからないものを体中から噴き出しており、心底怯えきっているのがわかる。この亀はどれほど強いのだろうか、と七班の面々に考えさせずにはいられないほどの脅えっぷりだ。
「では、ガイ先生……お願いします!」
亀の一言とともに、亀の甲羅の上にはいきなり人が現れた。
「まったく! 青春してるなー! お前らーっ!」
なんというか、濃い男が現れた。
十年もすればリーはああなるのか、と容易に納得させるような――そんな容姿だ。実に濃い。濃すぎる。残念な男性だった。言っている言葉も意味不明に熱血なので、さらに輪をかけて残念な気持ちにさせられる。
「すげぇな……リー先輩にそっくりじゃねぇか……」
「二つ並ぶと壮観すぎて目が潰れそう……」
「言葉が出ねえよ……」
ナルト、サクラ、サスケの順に呟いた言葉は本音そのものだ。サクラなどは見たくもないと言わんばかりに目を逸らしている。
「コッ、コラー! 君たち、ガイ先生を馬鹿にするなー!!」とリーは怒るが、そんなものは無視だ。陰口くらい許してほしいと思わせられるほどに美的センス皆無なペアなのである。精神的苦痛を考えればこれくらいの悪口は許されてしかるべきだ。
だが、ナルトとしても外見の悪口はあまり言わない主義だ。
「馬鹿にしたわけじゃないんだけどよ。気を悪くしたのなら謝る」
「あ、それなら……」
素直に謝るとリーとしてもそれ以上は何も言えず――
「リー!」
「あ、オッス」
「バカヤロー!」
背後にいるガイ先生とやらに思い切り殴られた。「ふぐっ!?」と悲鳴をあげながら吹き飛ばされたリーは壁にぶち当たるほどに吹き飛ばされて、受け身すらとれずに崩れ落ちる。
あまりの惨状に七班の三人は目が点になり、台詞で表すとするならば「!?」であった。いきなりの打撃に何の意味があるのかいまいち理解できない。
ガイは静かにリーへと歩み寄ると――
「お前って奴ぁ……お前って奴ぁ……」
「せっ、先生……!!」
男泣きを始めた。リーも同じく泣いている。
なんというか、むさい。
「先生……僕は、僕は……」
「もういい、リー! 何も言うな!!」
「先生ー!!」
「そう……それこそ青春だ!!」
暑苦しくなってきたので、サクラは顔を手で扇ぐと、ふと時計を見た。そろそろ時間である。
「行きましょう。これ以上付き合ってられないわ」
「……目に毒だしな。行くぞ、サスケ」
「あ、あぁ……」
不気味なものを見るように、サスケはガイとリーの青春を見届けてた。
「青春ねぇ……青臭いな。まぁああいうノリは嫌いじゃねぇけどよ」
「そんなことより時間厳守よ。遅刻したら『やっぱりカカシ班だな』って馬鹿にされちゃう」
「それは困る。カカシと一緒にされたくない」
カカシ班は遅刻常習犯と烙印を押されてはたまらない。遅刻をするのはいつだってカカシだけであり、子供三人は遅刻などしたことがないのだ。実に不名誉な話である。
「急ぐぞ」
「おう」
青春ストーリーを紡ぐ異物二つを置いて、七班は受付のところへと向かった。
◆
「サスケ君、おっそーい!」
「うおっ」
受付を終えて、試験場の教室へと足を踏み入れたときのことである。
サスケは唐突に女子に抱きつかれた。
「私ったら久々にサスケ君に会えると思ってぇ~ワクワクして待ってたんだからぁ~!」
サスケに抱きつきながら金髪のポニーテールをふりふりと揺らす少女の名前は山中イノ。アカデミーの同級生である。
イノに抱きつかれて困ったように身体を揺らすサスケを放置しておくのもいいのだが、心底嫌そうにしているので、サクラも助け船を出すことにしてやったのだが、
「サスケくん、嫌がってるじゃない。離してあげなさいよ」
「あ~ら、サクラじゃない。相変わらずのデコリぐあいね、ブサイクー!」
「なんですってー!」
ブサイクと言われて沸点に達する。
瞬間湯沸かし機の如く真っ赤になったサクラは今にもイノに飛び掛かりそうになるが、ケタケタと笑うナルトに止められる。
「気にすんなよ。サクラは可愛いって。な、サスケ」
「お、おう……」
そんなの関係なし。
「そんなこと知ってるわよ! ただ、イノにブサイクって言われたことがむかつくの!!」
「お姫様はお怒りだぞ。どうするよ?」
「怒りが治まるのを祈るしかないだろ……」
さらりと可愛いと言われたことを嬉しく思いながらも、サクラの怒りは治まらない。そんなサクラを少しだけ羨ましそうにイノは見つめながら、すっとサスケから離れて行く。
男二人に大事にされていることが今のやり取りで見えてしまったせいで、少しだけ嫉妬してしまったのもあるし、自分の班の男二人を思い返すと少し哀しくなった――わけではないはずである。
「――妙に仲が良いわね。サスケ君ってこんなキャラだったっけ……?」
「こんなキャラに成り下がっちゃったのよ!!」
ナルトはもっと近づきがたい雰囲気だったはずだし、サスケはもっとツンツンしていたはずである。随分と丸くなったものだ、と少々驚くイノであった。
やいのやいのとサクラとイノは言い合いに巻き込まれるのを恐れ、ナルトはちゃっかりと場を移動したのだが、ふと見るとチョンマゲ頭のシカマルと、肥満気味のチョウジがいた。
「何だよ。こんなメンドクセー試験、お前らも受けるのかよ?」
「オバカペアか。お前らも相変わらずだな」
「その言い方はやめー!」
オバカペア。つまり、シカマルとチョウジのことを指す。この二人はアカデミーでも屈指の座学最下位の点数の持ち主であった。
「こ、こんにちは……」
「これはこれは皆さん御揃いでー!!」
次に現れたのはキバ率いる八班の面々である。
キバは攻撃的な視線をナルトに向けながら「ナルト、前の借りは絶対返すからな……!」とぼそりと呟く。「いつでも来いよ」と冷然と笑うナルト。お互いの視線に火花が散った。
間に割り込むようにヒナタはナルトに歩み寄り、じっとナルトの目を見つめている。
「あ、あの……ナルトくん……」
「何だ?」
「あ、いやっ……そのっ……!」
「風邪か? 随分と顔が真っ赤だぞ」
顔全体を茹蛸のようにしているヒナタの額にナルトは自分の額を当てる。「ひぁっ!?」と可愛らしい悲鳴をあげて、ヒナタは一歩飛び退いた。
キバは後ろで鋭利な牙をぎりぎりと軋ませているのが印象的である。
そんなやり取りをサクラとイノは見て取っていた。女二人からすれば実に刺激的な光景であるが――
「こりゃ風邪だな。随分と体温が高い」
「ナルト、あんた天然?」
「何がだよ」
「気づいてないんならいいわ……他人に関することなら聡いのに、自分のことになるとからきしね」
サクラがついツッコミを入れてしまう。本気で風邪だと思っているのか。
ちなみにヒナタは飛び退いた先で「わ、わわ、あわわわ」と凄まじい混乱に陥っている。キバが心配そうに声をかけているが反応はない。重傷だ。
「何言ってんだよ……ったく、ヒナタ?」
「あ、あう……」
「おい、キバ! なんかヒナタがやばいことになってんだけど、どうすりゃいい?」
「……知るかよ!!」
怒声を浴びせられてナルトは疑問符をあげるが、誰も答えを教えてくれない。
どうすりゃいいんだ、と途方に暮れていると――
「おい、君たち! 少し静かにしたほうがいいな」
ふと、誰かに注意され――
「あ、ごめんなさい。ナルト、サスケくん、席つくわよ。怒られちゃったじゃない」
「え、あい、おい……君たち……」
「えーと、席順はっと……適当でいいみたいね。空いてるところに座りましょ」
「おう」
七班の三人は順々に席に着いていく。
「ナチュラルに無視された……」
後に残されたのは、注意をした――スルーされた木の葉の額当てをつけた下忍と、茫然と見送ったアカデミーの同級生たちである。