古代中国思想史、用語解説
●北衡一刀
北衡(紀元???~紀元228年)は、蜀王朝の初代宰相である。名は「一刀」とも「可厨都」とも書かれる。
有力な学説では、「一刀」が正しい名で、「可厨都」は名前の誤読を避けるための当て字とされている。しかし、その発音が「ka-tyuu-to」か「ka-tyuu-tsu」なのかは意見が分かれており、少数だが「ka-zu-to」と読むのではないかと主張する学者もいる。
「一刀」=「可厨都」という珍しい名から漢民族の出自ではないとするのが一般的である。当時異民族が国政に携わることは極めて異例なことであった。一刀を登用し、宰相に任命した蜀王劉備の人柄を語るとき、劉備が一刀のもとを三度訪問し、仕官するよう懇願した物語がよく用いられる。
一刀は、当時の儒教思想に縛られずに様々な改革を行ったとされる。古代中国の思想家のなかで最重要の地位のひとつを占めるその改革思想は、後世に深い影響を与えることになった。
北衡一刀の思想は社会主義、キリスト教に類似している。そのため原始キリスト教の影響を受けているのではないかと唱える学者もいるが、中国にキリスト教が伝えられたのは唐の時代とするのが定説であり、一刀がキリスト教の影響を受けたかどうかは想像の域を脱していない。
おくり名の「北衡」の「衡」の字は、公平で平等という意味をもつ。北衡の平等主義的、博愛主義的施政がいかに民に受け入れられたかを示すおくり名といえる。
蜀の正史には北衡一刀(ほくこう・かちゅうと、かちゅうつ、かずと)と書かれているが、近年、「北郷一刀」と書かれた竹簡も見つかっている。この竹簡は、書かれている内容から蜀王朝以前の三国時代のものとみなされており、「北郷一刀」が正しい名なのではないかと主張する学者も出てきている。
(北衡一刀の詳細な思想については、879~927頁を参照すべし)
一日目:砂漠での道中、おかしな子供
1.
――おかしな小僧がいる。
邑に向って砂漠を横断しているとき、「コ」という賊は、砂漠の砂のなかに黒い豆粒を遠くに見つけた。
最初は何かの死体だと思って気にもしていなかったが、歩みに従って徐々に黒い豆粒に近づいていくと、それが人間の頭であることが分かった。
自分の進行方向、大体300尺ほど先のところで、ひとりの人間が、なんの荷物もなしに呆然と立ちすくんでいるのである。
そもそもが珍しい、と「コ」は思った。砂漠は普通、一人で横断しないからである。獣に襲われるかもしれないし、野盗に出会うかもしれない。砂漠を安全に横断するには、それなりの準備をしなければならないのである。
――無用心だな。連れを殺されたか。荷物を奪われたか。
「コ」は、追いはぎでもしようかと思った。
砂漠を横断することの恐ろしさを、おれもひとつ教えてやろうと思った。
彼は腰の刀をちらりと見た。
野盗の群れに入ったばかりの虎は、人を斬ったことがまだなかった。自分が斬らずとも、他のやつらが斬ったし、また脅せばなんとかなる場面にしかあわなかったのである。
彼は出来れば人を斬りたくなかった。とくに女子供を、動物のように切断することに、彼は抵抗を覚えていた。
「一人斬ったら、十人斬っても百人斬ってもおんなじだよ。まずは斬れ。一人でも斬りゃあ、そうすりゃ俺たちとおんなじさ」
彼の仲間はそう言って「コ」を勇気づけた。
しかし、「コ」はまだ人を斬れていなかったのである。
――いまが、斬るときかもしれない。
そう思い、刀の柄をそっと右手で握る。
無意識に息をひそめ、食い入るように、眼をじっと正面のか弱い獲物に向けた。忍び足で、野生の動物のように、彼は一歩一歩ゆっくり、自信たっぷりに歩いていった。
200尺、100尺。豆粒のような人間が、次第に大きくなっていく。そして、人間の姿がよく分かるころになって、「コ」は、自分の殺意に緊張と恐れが混じっていくのを感じていた。
つまり、
――おかしな小僧だ。
そう思ったのである。
目の前の少年が、見たことのない、得たいの知れない着物を着ているのである。首から腰まで白いぴったりした布を羽織っており、腰から足首までは黒い布を、まるで遊牧民族の衣装のようなものを履いている。
こんな着物は見たことがなかった。この中華大陸のものでさえないように、「コ」には思えた。
(仙人か?)
「コ」はそう思った。
仙人が子供のフリをするというのも、よく聞く話である。
たしかに、水がなければ一日で死んでしまう、そんな厳しい砂漠のまんなかに、子供がいることがすでにおかしい。それに、あの奇妙な服装。
――ちぇっ、儒子めが。
彼は内心毒づいたが、儒子は儒子でも、野盗集団の下っ端にすぎない自分の手には、少し余る小僧のように思えた。
だが、「コ」は歩みを止めなかった。彼はより慎重に、いつでも斬りかかれる姿勢で不気味な子供に歩みよった。
すると、いつしか子供のほうが嬉しそうに自分のほうに歩みよってくるのに気づいて、「コ」はふと立ち止まった。
――恐くないのか。
一見して片手でひねる殺せるような子供である。
その子供が、強面の自分に嬉々として歩み寄ってくる理由が分からなかった。
「コ」は意味もなく恐れたが、刀の柄からは手を離さず、注意深く子供の挙動を見守った。
「すみません」
少年が近くに来て、口を開いた。
思わず、「コ」は警戒心を解いて、ほうと唸った。
少年の容姿があまりに美しかったからである。
白い上衣は水面のようにきらきら光を反射していて、砂漠を歩いていたというのに砂埃ひとつ付いていない。
少年の体格はほとんど労働したことのないように細く、歯は白く、背筋はぴんと伸びていた。全体的に、すらりとしている。
「コ」は、貴族というにふさわしい人間を目の前にして、はじめて畏れ多いという感情を理解した。
「すみません、ここはどこですか」
「……。××の○△砂漠、……」
「コ」の言葉を聞いて、少年、北郷一刀はわずかに眉根を寄せて、悲しそうな表情をつくった。
そして、今度は違う質問をした。
「この辺りに村か町はありませんか」
「……」
「コ」は指で方角を指し示してから、小さなかすれ声で、「あちらに」と言った。
言いながら、「コ」は、どういうわけか不思議な気持ちを抱いた。
自分の指先には太陽が輝いている。
そして自分の目の前には得たいの知れない仙人か貴人がたたずんでいる。
「コ」は、ふと今この瞬間に何かの啓示を受けた気がした。
指先の白い太陽をみつめて、それから白い少年に眼を戻す。
すると、自分にとっての太陽はこの者なのではないかという気がしてくるのである。
敬虔な宗教的感情が、「コ」のなかで電撃的に起こった。これは天からの遣いである、と「コ」は断定的に思った。
「コ」の指に従って、一刀が後ろを振り向いた。真っ白な太陽が砂漠のうえ、そして青空のうえに光っている。
一刀は無言になり、呆然とそちらを見つめた。
「すみませんが、おれを、そこまで連れていってもらえませんか」
困ったように微笑して、一刀が言う。もう「コ」は指差ししていなかった。一刀は念入りに太陽の方角を指差した。
「あっちですよね」
そんなふうに一刀は言う。
一刀の指先には太陽がある。
「コ」は、「そこまで」「あっち」という一刀の言葉、そしてその指の指し示す方向に深い含蓄を感じた。それで「村まで」なのか「あの太陽の下まで」なのかわからず、混乱したが、そのどちらかであることを納得したうえで、力強く頷いた。
「仰せのままに」
無学な「コ」にとって、これが精一杯の言葉だった。
自分の敬意を表すために、「コ」は、自分が知っている一番丁寧な言葉を使った、勇気を出して言ってみたのである。
一刀は不思議そうな顔つきをした。しかし、すぐに目の前の男に負けないぐらい丁寧に頭を下げると、
「ありがとうございます。助かりました」
そう言って、微笑する。
「コ」はその笑みに感動した。
貴人が自分のような下賎なものに頭を下げ、優しい言葉をかけてくれたということに、はげしい感動を覚えたのである。
「コ」は、かつて思いやりのこもった感謝の言葉を誰からも聞いたことがなかったし、また、そのような柔和な振舞いを、誰からも受けたことがなかった。
――天よ。
「コ」は天を仰ぎ見た。
真っ青な空がそこにはあった。その色に、「コ」は天の意思をみた気がした。
2.
話せば話すだけ、不思議な少年だった。
砂漠の道中、皮袋から水を飲みつつ人懐っこく語りかけてくる子供の名は、「ほんごうかずと」と言うらしかった。
「ほんごうかずと?」
「ほんごうかずと」という音は聞いたことのない響きだった。
一刀はしゃがんで、「コ」からもらった杖をつかって、砂漠に自分の名を書いた。
「北郷一刀。こう書きます」
一刀はそう言って、にっこり笑った。
しかし「コ」には読めなかった。「コ」は、文字の読み書きができなかったし、読み書きなどする機会もなかったのである。
「これが、ほんごうかずと……?」
一刀の正面に座り、しげしげと複雑に交差しあう線を観察する。
不思議なものだった。この線がどうして「ほんごうかずと」という音をなすのか、彼にとってはあまりにも不思議だった。
「そうです。これが『ほん』、これが『ごう』、これが『かず』、これが『と』」
一刀は丁寧に一文字ずつ読み方を指摘した。
その言葉に、ふんふんと「コ」は興味深そうに相槌を打った。
「おれは、読み書きができんのです」
砂漠の上の、北郷一刀という文字を見つめながら、「コ」が言う。
「……みんなそうなのですか」
「はい。うちの邑の者は、ほとんどそうです」
「ここは何という国でしたか?」
意を決したように、一刀が尋ねる。
すると「コ」は目の上に手でひさしを作り、陽光を避けて、思いにふけった。しばらくうめいてから、
「カン……」
と自信なさげに言った。
「カン」
一刀は繰り返した。
首をひねり、手を顎にあてて考えこむ一刀の姿をじっと見つめて、「コ」はこう切り出した。
「ほんごうかずと様。おれに字を教えてくれんですか。おれの名を書いてくれませんか」
「はい、もちろんです」
コという音だから……と一刀は呟いて、こう地面に書いた。
――虎。
一刀が書いた字は、躍動感あふれる字だった。
楷書というよりは行書、草書のたぐいであり、虎の勇ましい姿を象徴的に描くものであった。
「これが、おれですか。これがコですか」
虎はじっと自分を表す文字を凝視した。
頭でその線をなぞり、その跳ねるような勇ましい線の調子に胸を奮わせた。
「コは、虎です。動物でもっとも強靭な種のひとつ、虎です」
ふと、砂漠の文字から眼を離して、虎は一刀を見上げた。まだ儒子にすぎない、幼さの残っている一刀が、背伸びをしていた。
自分よりも一回り以上小さい、文字を知っている無邪気な子供。
――この方は、どこの貴人だろうか。
虎はそう思ったが、口には出さなかった。
どこの貴人だろうと虎には関係なかった。ただ、一刀は虎が「そこ」まで案内する貴人であり、虎にとっては命にかえても守るべき太陽であった。
虎の視線に気づいたのか、一刀が恥ずかしそうに微笑んだ。
そして、虎の腰の刀を指して、
「それが、おれですよ」
と、笑った。
「これが?」
虎が刀を持ち上げる。
「はい。『一刀』は、一本のかたなという意味です」
「……」
虎は自分の刀をしげしげと見つめて、つぎに地面のうえの『一刀』という字を見た。
「これが……」
世界が広がった気がした。
この世のものはただ空間に存在しているだけでなく、文字として物体から離れて存在しているということを、虎は実感した。
「虎」という文字がトラであり、自分であった。
「刀」という文字が、かたなであり、目の前の子供だった。
虎は、自分が大きくなった気がした。
自分は自分だけでなく、自分は肉体から離れて、空間を超えて、この文字になるのである。
虎はそれが嬉しかった。みじめな野盗という境遇からはなれて、この立派な文字と一体となれることに、虎は感動した。
そして、いろいろな文字を聞いてくる虎の様子が一刀には微笑ましく思えたらしく、教師のような口ぶりで、自分よりも年齢が10は高いであろう虎に文字を教え込むのだった。
3.
虎が火を見つめながら、ぽつりと聞いた。
「先生、火はどういうわけで燃えるんですか」
「火はね、情熱だ。生命を燃やしつくす情熱だ。だから、燃え尽きると、死んでしまうんだ」
「……情熱ってなんですか、先生」
「情熱……。情熱は……何がなんでもやり遂げてやるという心かな。だから、それが消えると死んでしまうんだ」
「なるほど、火は、情熱……」
夜になると、ふたりは火を起こし、野宿の準備をした。
日が沈むと、すぐに寒くなってくる。虎の毛布をかぶりながら、一刀は干し肉を食べた。虎は毛布のかわりに、一刀の上着を汚さないよう気をつけながら羽織っている。
空は満面の星空である。
一刀は星空を見つめて、嘆息した。綺麗だと思った。
焚き火の向こうに座る虎も、一刀と一緒に空を眺めた。
星がある。
聞けば、この子供はいきなり自分の故郷からこの場所に飛ばされてきたと言う。あの星のさらに上の天から、目の前の少年は降り立ったのかもしれない。
それぐらい、高貴で、博識であり、自分たちとは別種の存在のように思えた。北郷一刀自身、別世界から来たように思っている節がある。
「町まで、あとどのくらいかかるんですか?」
一刀が言う。
「あと半日もすれば、つきます」
「半日……まだ、そんなにあるんだ」
「お疲れですか」
虎は一刀の体調を見極めるように、じっと見つめた。
「いや、そんなことはないけど……。おれの国では、徒歩であんまり移動しないんだ。久しぶりにこんなに歩いたよ」
「先生の国はどんな国なんですか」
「いい国だよ。たぶん。食べ物に飢えることはなかった」
「……」
虎は手にもっている干し肉を見つめて、首をふる。
「おれんところは、駄目です。飢えてます」
「そう……。どうしてかな」
一刀が曖昧な微笑を浮かべてたずねる。
すると、虎は沈黙してしまった。
彼にはその理由がわからなかった。どうして自分たちが飢えているのか、よくよく考えてみると不思議なことだった。
しかし、どういうわけか飢えて、自分は野盗となって略奪していた。今も、黄巾党とかいう連中の情報を仕入れるために、野盗から派遣されている。
「きっと、お上が悪いんです。上の連中がしっかりせんから、おれたちが飢えるんです」
「そう……上の連中が」
ひとつ間をおいてから、北郷一刀は言った。
「上が悪ければ、上を倒すというのは、どうだろう」
言って、子供のように無邪気に一刀は笑った。
「先生、それができれば苦労せんです」
そういいながらも、虎は一刀の不穏な発言を少し恐ろしく思った。目の前の子供なら、天の国の魔法を使ってすぐさまそれを為してしまうような気がした。
しかし、それは恐ろしいことかもしれない。国が別世界の住人にのっとられるというのは、恐ろしいことかもしれない。
一刀は内心を探るような視線で虎を見ている。
「それじゃあ、自分が役人になって、国を立て直すというのはどうかな」
「それもおれには無理です。馬鹿ですから」
「虎は馬鹿じゃないよ。むしろ、頭がいい」
一刀は虎の言葉を遮るように言った。
その口調は強く、虎はなんだか気恥ずかしく思った。自分が馬鹿であるのは自分がよく分かっているからである。
「先生、おれは馬鹿なもんで。なんせ、盗賊やってるんですから」
「盗賊?」
「そうです。さっきだって、先生をぶっ殺そうと思って、近づいてったんです」
「そうだったんだ。全然分からなかった」
一刀はちょっと驚いたふうに言った。
「たしかに、盗賊はよくない。奪ったり、殺したりはよくない」
「しかし、そうせんと、おれは飢え死にしてたかもしれません」
それを聞くと、一刀は沈黙した。
辺りは静かだった。
獣の遠吠えがどこかから聞こえてくる。
時々突風がふき、黄砂が飛んだ。
暗くて色がよくわからなかったけれど、一刀の羽織っている毛布も黄色く濁っているらしかった。
しばらくして、沈黙に耐えかねるように虎が言う。
「妹を煮て食っちまったのは、悪かったと思っとりますけど」
「そう……」
一刀は毛布にくるまりなおして、言う。
「ねえ、虎。なぜ、この世に苦難があると思う?」
「そんなのわかりっこないです」
「なぜ、この世に悪があると思う?」
「わかりません」
「じゃあ、苦難や悪をなくせると思う?」
一刀の眼が、怪しく光っている。
その不気味な瞳に、虎は少しためらった。
「……。少しは」
「はっは!!」
一刀は快活に笑った。
子供らしい笑い声が、砂漠に小さく響いた。
「虎、それはすごいことだ……。観念の問題を解決できるというのはすごいことだ。おれは今まで一度も観念の問題を解決できたためしがないんだ。苦難や悪という概念を、ほんの一握りでも解決できるなんて、ひとつも思ったためしがないんだ……」
一刀は、ブツブツつぶやきながらぐるりと辺りを見回し、最後に星空をよく凝視した。
「なんで、星が不規則に散らばっているか知ってる?」
「いえ、知りません……。天の主がそうしたんでは……」
虎は、もうなんだか恐ろしかった。目の前の少年は、やはり自分の理解の及ばない、奇妙な子供である。
「それはね。宇宙が有限だからだよ! この天は、無限にみえて、実は死にもするんだ。だから虎、きみはもしかすると、正しいよ……」
一刀は立ち上がった。虎は一刀を見上げる。
一刀の顔は、炎に照らされて紅潮している。
そして、いつもと同じように、曖昧に微笑していた。
その微笑が、虎には恐ろしいほど神々しくみえた。
――まるで王のようだ。
と、虎は思った。
しかし一刀が劉備のもと世に現れ、王の補佐として名声を獲得するのは、十数年先のことである。
※
●悪という概念との対立(『古代中国思想史』879頁から)
北衡一刀は「悪」という概念についてキリスト教に類似する立場を取った。「悪」概念の物語化である。
北衡一刀の時代では、春秋思想に従って、人間の悪という問題に関しては性悪説をとる向きがあった。すなわち人間は生まれながらにして悪であり、その本質は悪であるという理解である。そのために法律や教育が必要であった。
しかし、北衡一刀にとって「悪」は外から入り込んできた敵であった。それはキリスト教のサタン、悪魔のように人間を誘惑するものであり、神――すなわち善への離反を促すものであった。そして人間は、本質的に善なのである。
北衡一刀は、この思想のもと、キリスト教同様の「堕落」という物語を取る。人間は、いつからか存在として堕落してしまっているのである。
では、いつ、なぜ、堕落してしまったのか。この問題を北衡一刀は取り組んでいない。ただ、その問題にわずかに触れるものとして、以下のような手記が残されている。
「私がこの世界に生まれ落ちることを神は意図したが、意図しないものがあった。その意図しなかった領域が虚無的なるものという空間であり、存在である。この虚無的なるものは『無』ではない。虚無に引き摺り下ろさんとする神秘的な力である。
(中略)
彼に出会ったとき、彼が『妹を食った』と告白したとき、私はこの虚無的なるものの姿を見た気がする。そして私たちの勝利は、この虚無的なるものを恐れる必要がないことを確証することであると、そのとき私は思ったのである。虚無的なるものは消滅しない。悪や苦難もまた消滅しない。しかしながら、われわれは、それに勝利するのである。われわれは、断固、勝利せねばならない」
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次回二日目:虐殺の邑にて。
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あとがき
最初と最後は適当な記述なので、突っ込まれると痛いです!