家族。
それを題材にして作文を書けという宿題が出た。
ありきたりな題材ではあるし、季節的にも近々あるであろう授業参観にあわせたものだと考えれば合点がいく。
合点はいくが…どうしよう?
うちの家族は仲良く談話するような機会は少ない上に、家業の関係上、師と弟子な関係でもある。一般的な家庭環境とは口が裂けても言えない。
まあ、似た環境のファザコン幼馴染は「お父様はすごいんだぞ」な作文を素で書いているのだろうが…。
たまに、あの素直さが羨ましく思う。
ということで、自分の家族に対する素直な気持ちを書いてみることにした。
父、ツンデレ
母、美人
兄、イケメン+全男の敵
弟、萌え
授業参観は大成功。
クラスは笑い声で満ち満ちていた。
後日、何故か修行量が増えた。
「理不尽だ。」
「当然でしょ。」
ガッデム。
この嘆きは幼馴染にも理解されなかった。
「でも、宗主だって笑ってたじゃないか。大成功だろ。」
顔を赤らめながら、笑いを堪える宗主。
どこかブソッとした空気を出しながら腕を組み目を閉じる父。
それをちらりと見て更に顔を赤らめる宗主。
授業の邪魔を余りしないように、声を出さずに肩を震わせ続ける宗主の配慮に大人を感じた。
「…だからよ。」
どこ疲れたように、幼馴染、神凪綾乃は額に手を当てため息をついた。
「叔父様も可愛そうに。もっと他に書くことなかったの!」
「他?父さんが兄さんに泣いたり笑ったりできなくなる修行してますよ、とか、母さんと兄さんの仲は冷めきってるどころか侮蔑と恐怖の入り交じった目で互いを見てますよ、とか、最近兄さんに女寝取られた男が腹いせに自分を襲いに来たのを返り討ちにしましたよ、とか、弟は性別間違えて生まれてきたんじゃね?というか男の娘?とかそんな感じ?」
「他よ。他!何か無いのこう、もっとまともな話!そう、お父様と遊園地に行ったとかお父様と動物園に行ったとかお父様と映画館に行ったとか、そんな心温まる話よ!」
「…なあ、想像してみろ。あると思う?」
笑顔の父と一緒にメリーゴーランドに乗る兄や自分。
キリンの首の長さに驚く兄と弟を優しく見守る笑顔の母。
新しいものではモードチェンジすらする原型バッタ型怪人が大活躍、中の人が年々格好よくなる特撮ものの映画に大興奮な自分達3兄弟をほほえましく見つめる父と母。
「………ごめんなさい。」
世界なんてこんなものである。
こんな風に理解されるほど愉快な、というかそう思わないとやっていられない家庭環境にいる自分、神凪琢磨は自然とため息がでた。
畢竟、人は自分の親に受けた行為をそのまま自身の子に行うそうだ。
我が事ながら、幸せな家庭を作るというささやかな野望の困難さを感じるこの頃である。
<ある家庭環境に恵まれぬ者> 第一話
世の中には、伝統技能というものがある。
中でも能や歌舞伎のように限られた者にのみその技術を継承し、その純度を守っているものがある。
自分の家業は言ってみれば、そういったものの一つとも考えられる。
炎術師。
精霊魔術の一つであり、その名のとおり火の精霊と感応し、炎を操る魔術師だ。
実質的な仕事としては、悪霊や妖魔といった、人に害をなす存在の退治。
祓い屋というか拝み屋というか…まあ、そんなところである。
収入は高収入。
悪霊や妖魔なんていうものが実在するなんて一般化されてはいないが、いわゆる上流階級の人物であったり、それなりの社会的地位の人間ならば常識化しているため、富裕層の顧客が多く、マーケットがそれなりの規模である。
しかし、その規模の割りに参入者が少なく、半ば寡占状態にあるのが実情であり、個人での新規参入はちらほらと散見されるが、組織立っての参入はここ十数年無かったりする。
理由は主に二つ。
信用と能力だ。
市場を寡占している組織はそれぞれに長い歴史を持ち、尚且つ政治的な分野にすら一定の権力を持っている。
失敗=死の確率が非常に高いこの分野において、長い歴史を持つということはそれだけ成功し続けていると言う実績であり、国との繋がりはそれだけでも力である。
能力としてはもっと単純。
この分野は才能がものをいう。家業において、3歳時の自分に勝てる者が組織全体の一割もいない程度にはものをいってくる。
では、その才能とは何で決まるのか。もちろん運という要素は当然ではあるが、要素の大半が血統によるものになる。というのも、力自体が肉体によるもののようで、さながらサラブレットのようなものである。
もっとも、血筋というよりも家名に力が宿るケースもあるようで、うちはどうやらそのタイプらしい。
ということで、ハイリスク、ハイリターンで、専門性が高すぎる業界。
それが我等が家業なのである。
まあ、それゆえというべきか。
専門性が高いということはすなわち、閉鎖的であるということに他ならず、才能で能力が決定されるということは初めから力があるということに他ならない。
つまりはその、なんというべきか…ぶっちゃけ、歪みがでてしまうのだ。
目の前にある、半生な兄のように。
見たところ、火傷に気の枯渇。
特に気の枯渇具合は瀕死のそれに等しいぐらい減っている。恐らく炎術を気で弾くなりしたのだろう。火傷の程度にしては気が減りすぎている。
白昼堂々とした犯行である。余程の自信家か只の間抜けか。
どうやら後者のようで、犯人はすぐ解った。
見渡せば、体を震わせながらも、気丈に守るように兄の前に立つお姉さんと「わあああ!」とか「で、でたあ!」とか言いながら蜘蛛の子を散らすかの様に逃げる分家諸君。ああ、一人だけは兄を睨みながら逃げてる奴もいる。
まあ、どうでもいい。
「はあ、化物を見たみたいに逃げないで欲しいんだけど。」
やってることの重大さを知ってか知らずか。まあ、逃げるということは悪いことをやっている自覚はあったのだろう。
とりあえず、お姉さんと一緒に兄へに気を使ったヒーリングを掛けながら、分家諸君の両足をミディアム程度に焼く。
肉の焼ける匂いと蛙がつぶれたような声がした。
「で、何か言うことはある?」
這い蹲る奴らが蠢くが、確たる答えは返ってこない。
どうしたものかと考えていると睨みつけていたのが返事をした。
「え、炎術の修行をしていました!」
その言葉を皮切りに残りも騒ぎ出す。
内容としては聞き取る必要性すら感じないが、同様に修行だなんだといっている。
どうにも、自分は馬鹿にされているらしい。
それに兄への謝罪の言葉もない。
分家男子の服を燃やした。
「他は?」
「ひい」とかまた声が聞こえた。
どうでもいい。
すると今度は口々にごめんなさいとか琢磨様すみませんとか自分に対する謝罪がはじまった。
兄に対する謝罪とかはやはり無かった。
なんというか、駄目だろう。
普通は、説教の一つでもかますべきだろうが、自分が満足するだけで終わるのは目に見えている。現場を押さえたのは初めてだが、たびたび兄が火傷を負っていたのは知っていた。
「…一般人相手に術使うなよ。さて、主犯は誰?」
沈黙。
囀りが止まった。
しかし、目はあからさまにあの睨んでいた奴を中心に激しく動かしている。
ま、正直誰が主犯かだなんて見て分かってはいた。いたが…。
「しょうがない。全員焼くか。」
精霊を集める。
只、それだけ。それだけで彼等の結束は崩れた。
「透君です!透君が主犯です!」
誰かが言った。
彼は言った奴を睨む。
睨むが、それを皮切りに残りも騒ぎ出した。「そうだ。透さんがやったんだ!」「透君に言われてしかたなく!」等々。
最高に、どうでもいい。
呆然とする透。
さて、こういう時はなんと言うべきだったか。
確か、こう厳かでありながら優しい、さながら判決を告げる裁判長のような感じの…
…ああ、思い出した。
「小便は済ませたか?神様にお祈りは?部屋のスミでガタガタ震えて命乞いをする準備はOK?」
豚のような悲鳴がした