「―――ストール、なんで何も言わないのさ?今のシャナは明らかにおかしいよ。ていうか、アラストールの声も何だかおかしいような・・・」
「――るな、これはアレだ。仕様だ」
「――がわからないよ。二人揃って頭でも打ったの?」
頭の上から話し声が聴こえる。一方は僕の声だ。知らずに寝言を言ってしまっていたのか。
うっすらと目を開ける。貧血を起こしたように頭がクラクラする。えーっと、何があったんだっけ?たしかテイレシアスさんに新しい体を作ってもらって、それから、それから・・・
「あ、シャナ。気がついた?」
「ひゃい!?」
ずい、と視界を僕の顔が覆い隠す。自分自身に顔を覗き込まれるという心臓に悪い出来事にびっくりして思わず変な悲鳴をあげてしまった。少しでも距離を開けようと頭を反らせると、頭の下に硬くもあり柔らかくもあるゴムみたいな変な感触を感じた。これはまさか・・・!?
「ああ、ここには枕になるようなものがなかったから、膝枕をするしかなくて―――って、立ち上がっちゃダメだって!!」
「へ?うわわわわっ!?」
男に膝枕をされるという気色の悪いシチュエーションから一刻も早く脱しようと半身を起こそうとして、狼狽した坂井悠二にぐいと押さえつけられる。そこでようやく、自分がシャナの姿になってしまっていることと、何も身に纏っていないことを思い出した。体の上には学生服のブレザーがかけられている。服の裾から伸びるスラリとした白い太ももに、それが自分の足であるにも関わらず頬が熱くなっていく。
「ちょ、ちょっとあっちを向いてろ!今すぐ!!」
「わ、わかったよ」
僕―――なんかややこしいからこれからは暫定的に「悠二」と呼ぶ―――に後ろを向かせてから、急いでブレザーを羽織って前のボタンを留める。シャナの体は小さいから、それほど背が高いわけではない悠二の上着でも膝上まで隠れる。なぜ僕がシャナの体になっているのかわからないが、シャナの裸を安易に見せびらかすわけにはいかない。それが悠二であっても、だ。
「一体全体これはどういうことなんだ?」
ペンダントを掴んで小声でテイレシアスさんを問い詰める。
「お前、俺が『誰かを思い浮かべろ』と言った時、シャナというフレイムヘイズを思い浮かべたろう」
その通りだ。『思い浮かべた対象が強ければ強いほど新しい体も強くなる』。だから、シャナを思い浮かべた。コクコクと頭を上下に振って肯定を示す。
「そのせいだ。誰しも自分自身の姿を鮮明に思い浮かべることはできない。なぜなら客観的に自身を見ることはほとんどないからだ。それゆえにお前の肉体をお前の記憶に従って作ろうとしても、不安定で壊れやすく脆い体しかできなかったろう。元々ミステスだということもあるしな。しかし、他人の姿なら鮮明に思い浮かべることができる。それが自分より強い人間なら、新しい体には打って付けだ」
「そういうことは早く言ってくれよ!」
ぼろぼろと涙を流しながら抗議する。こんなことなら、少し気に食わないがカムシンの姿でも思い浮かべるべきだった。
「聞かれなかったからな。しかし、なぜ坂井悠二がもう一人存在するのかが腑に落ちん。嘘をついているようには見えんし、人形というわけでもない。それに・・・」
「・・・ああ、間違いない」
少し意識を集中すれば感じとることが出来る。背後の坂井悠二の内から小さく響く、秒針が時を刻むような存在の力の揺らぎ。間違いなく、僕がかつて蔵していた零時迷子の鼓動だ。
「零時迷子を蔵しているということは、この坂井悠二は間違いなくお前だろう。これはいったい・・・」
「ねえ、シャナ?まだ?」
こちらに背を向けて正座している悠二が気まずそうに話しかけてくる。その声は狼狽しきっていた。僕も背後でシャナとアラストールが小声で相談していたらかなり不安になると思う。とりあえず敵意はまったくないようだし、さすがにこの状況が続くのは可哀想だ。
「その話はまた後で。今はこの坂井悠二から話を聞き出そう」
「うむ」
短い作戦会議を終えると、僕は長い髪の毛をブレザーの後ろに払ってから悠二の前に回りこみ、見下ろす形で悠二と目を合わせる。
「えーっと、さっきのことは忘れてくれないかな」
「へ?」
僕の願いに、悠二がぽかんと口を開ける。瞬間、イラッとした感情が湧いてくる。僕はこんなに飲み込みが遅かったろうか?
笑顔を崩さないように努めつつ、僕はもう一度同じことを繰り返す。
「だから、さっき見たこと、聴いたことは全部まるごとまるっとごりっときれいさっっっぱり!忘れてほしいんだ」
「で、でも―――」
ビキリとこめかみに青筋が走る。シャナは僕を見ていつもこんな気持ちになっていたのか。
怒りに身を任せて手を背中に回す。カチャ、と冷たい何かを掴む感触。そのままそれを引き抜くと、悠二の首にピタリと押し付けた。
それは、圧倒的な存在感を放つ、この小さな体に有り余る大太刀。見まごう事なき贄殿遮那だった。なぜそれを使えたのかはわからないが、それも後で考えることにした。ないよりもあった方がいいし。
「ひい!?」
悠二がマヌケな悲鳴をあげる。自分の情けないところを見せ付けられている気がして、さらに機嫌が悪くなる。
「忘れて、くれるかな?」
顔を近づけてニッコリと微笑む。涙目でガクガクと壊れたオモチャみたいに頷く自分を見て、僕は深い深いため息をついた。