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No.19733の一覧
[0] 白銀の討ち手シリーズ (灼眼のシャナ/性転換・転生)[主](2012/02/13 02:54)
[1] 白銀の討ち手【改】 0-1 変貌[主](2011/10/24 02:09)
[2] 1-1 無毛[主](2011/05/04 09:09)
[3] 1-2 膝枕[主](2011/05/04 09:09)
[4] 1-3 擬態[主](2011/05/04 09:09)
[5] 1-4 超人[主](2011/05/04 09:09)
[6] 1-5 犠牲[主](2011/05/04 09:10)
[7] 1-6 着替[主](2011/05/04 09:10)
[8] 1-7 過信[主](2011/05/04 09:10)
[9] 1-8 敗北[主](2011/05/24 01:10)
[10] 1-9 螺勢[主](2011/05/04 09:10)
[11] 1-10 覚醒[主](2011/05/20 12:27)
[12] 1-11 勝利[主](2011/10/23 02:30)
[13] 2-1 蛇神[主](2011/05/02 02:39)
[14] 2-2 察知[主](2011/05/16 01:57)
[15] 2-3 入浴[主](2011/05/16 23:41)
[16] 2-4 昵懇[主](2011/05/31 00:47)
[17] 2-5 命名[主](2011/08/09 12:21)
[18] 2-6 絶望[主](2011/06/29 02:38)
[20] 3-1 亡者[主](2012/03/18 21:20)
[21] 3-2 伏線[主](2011/10/31 01:56)
[22] 3-3 激突[主](2011/10/14 00:26)
[23] 3-4 苦戦[主](2011/10/31 09:56)
[24] 3-5 希望[主](2011/10/18 11:17)
[25] 0-0 胎動[主](2011/10/19 01:26)
[26] キャラクター紹介[主](2011/10/24 01:29)
[27] 白銀の討ち手 『義足の騎士』 1-1 遭逢[主](2011/10/24 02:18)
[28] 1-2 急転[主](2011/10/30 11:24)
[29] 1-3 触手[主](2011/10/28 01:11)
[30] 1-4 守護[主](2011/10/30 01:56)
[31] 1-5 学友[主](2011/10/31 09:35)
[32] 1-6 逢引[主](2011/12/13 22:40)
[33] 1-7 悠司[主](2012/02/29 00:43)
[34] 1-8 自惚[主](2012/04/02 20:36)
[35] 1-9 青春[主](2013/05/07 02:00)
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[19733] 3-5 希望
Name: 主◆548ec9f3 ID:0e7b132c 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/10/18 11:17
さあ、零時迷子を手に入れろ。

すぐ耳元で、あの声がした。戦いの最中に―――そして、悪夢の中に出てきた“黒い坂井悠二”の吹き荒ぶ風鳴りのような声が、意識の空白に強く響く。

己が為したいことを、為せ。その力が、今のお前にはある。

その声が持っていた違和感―――広い空洞を渡るような“距離”を感じる響きはなくなり、間近にまで迫った気配が蛇のようにじわじわと絡みつき、締め付ける。
息を吹きかけるような至近から、全てを見透かす暗黒の気配が怪しく囁く。

お前の望みを、叶えろ。“お前だからこその望み”を。それこそ、余の望み―――

「ボクの、望みは―――」


シャナの笑顔が胸の中いっぱいに広がる。目を瞑り、輝きを放つその全てを心の中で大切に抱き締める。

悠二を殺してでも彼女の元に帰りたいと心の奥底の闇で獣が呻る。漆黒の獣が、何としてでも取り戻すと爪を立てて血の涙を散らせながらシャナの笑顔に必死に手を伸ばす。
この獣の声に従ってしまえば、どんなに楽だろうか。己を律する心を捨て、剥き出しの欲望のままにこの双腕を振り乱し、シャナの元に帰れるというのなら。

獣の爪が、ついに笑顔に届く。決して放すまいと輝きに爪を深く食い込ませて強く激しく狂おしく抱擁する。そして獣は気づく。腕の中の輝きはすでに失せ、笑顔も失せていることに。

そこにあるのは、悲しませたくないと願ったはずの人の泣き顔だけ―――

瞼をゆっくりと開く。
そうだ。すべきことなんて決まっているじゃないか。迷うことなんて、ない。

『ボクは、シャナを悲しませたくはない。だから、シャナと悠二に戦いを挑む』
『それは矛盾してはいないか?』
『していないさ。二人を極限状態に追い込み、鍛え、弱点を責める。そうすれば、二人がボクと同じ結末を辿ることはなくなる』
ボクとシャナが敗れた原因は、互いの弱点を補強しきれていなかったという力不足に他ならない。シャナは接近戦に特化しすぎ、坂井悠二は単独でも敵と渡り合える力を持てなかった。徹底的にそこを衝けば、二人は確実に成長する。シャナも悠二も実戦を経て成長するタイプだ。口で伝えるよりもこの方がよっぽど効率がいい。
テイレシアスが豪胆に笑う。
『最強のフレイムヘイズと謳われる、あの天下の炎髪灼眼の討ち手を相手に手加減をしつつ鍛えてみせると、お前は言うのか?フレイムヘイズになって一度しか戦いを経験していないお前が?』
『まさか。シャナ相手に手加減なんてできるわけない。ボクが全力で挑んでも最後にはシャナに敗北し、殺されるだろう。―――それでいいんだ』
悠二を殺して元の時間に帰っても、シャナはきっと喜んではくれない。シャナを悲しませなければ元の時間に帰れないというのなら、この時間のシャナのためにボクは命を差し出そう。
それに―――この胸の奥で蠢く獣をずっと抑え込んでいられる自信はボクにはない。だから今は、心に蓋をしよう。獣が暴れださないように。決心がぶれないように。
笑い声がぴたりと止まる。地鳴りのような声がさらに低くなる。
『再び手に入れた生を他人のために使い捨て、自ら進んで悪役を買って出るというのか。白銀の討ち手サユとして別の道を歩むこともできるというのに』
『ボクにチャンスをくれたテイレシアスには悪いと思ってる。でも、ボクはやらないといけないんだ』
しばしの沈黙。テイレシアスにとっては迷惑この上ない話だろう。でも、ボクは意思を曲げるつもりはなかった。
『やっと相性のいい契約者を得たと、思っていたんだがな』
深いため息とともに憮然とした声が漏れる。
テイレシアスの力を使いこなせたフレイムヘイズはボクが初めてだと聞かされた。つい数刻前まで、契約をしたことで現界に長く留まり様々な宝具を見て回れると声を弾ませて喜んでいた。テイレシアスにとって、ボクは待ち望んだ存在だったのだろう。そのフレイムヘイズが自分から死にたいと願うのは、テイレシアスからしてみれば不本意極まることだ。
そっとペンダントを拾い上げて首にかける。
途端に、胸元からくつくつと楽しそうな忍び笑いが聴こえてきた。
『テイレシアス?』
『すまんな。自分のフレイムヘイズそっくりの敵が現われた時の天壌の劫火の反応を想像したらつい笑ってしまった。その紅世の王が俺だと知ったら、あの頑固ジジイ、大層怒るだろうな。今から楽しみだ』
『―――許してくれるの?』
テイレシアスが楽しそうにふん、と鼻を鳴らす。
『言ったはずだ、俺はお前を気に入っている。お前が決めたことなら心置きなくやるがいい。それに、炎髪灼眼の討ち手に喧嘩を売れる契約者を得られる機会など、お前が最初で最後に違いない。あのジジイに弓を引ける絶好のチャンスをむざむざ逃す手はあるまい?』
『……ありがとう、テイレシアス』
万感の思いを胸にもう一度夜空を見上げる。過去の自分とシャナを相手に剣を振るうことに抵抗がないわけではない。本当なら、胸が張り裂けそうなほどに悲しいと感じるのだろう。だけど、ボクは悲しいなんて感情は忘れてしまった。シャナのために手に入れたチャンスをシャナのために使えるのなら、それはきっと本望だ。
これから始まる戦いのために、心に重い鉄蓋をする。鈍重なそれをゆっくりと獣の上に被せてゆく。


―――それがお前の望みと言うのなら、それもまた是だ。


それと同時に、“黒い坂井悠二”の声も静かに薄らいでゆく。期待を裏切られたことに戸惑いも焦りも感じない、待つことに馴れた・・・・・・・・者の風格と衰えを知らぬ覇気を感じる。その声は、鉄蓋の影に隠れてゆく獣の口から発せられていた。


だが、お前は必ずを解放する。お前が真に望むものは、余に他ならぬのだから―――


鉄蓋を被せ終わると、しかと耳に届いてはずの声はまるで幻だったかのように跡形もなく消え失せた。……いや、本当に幻だったのだろう。ボクの弱い心が幻聴となって心のどこかから囁きかけていたのだ。もう、そんなものには惑わされない。


『さあ、行こう、我が紅世の王。これからボクたちは悪役だ。零時迷子のミステスと炎髪灼眼の討ち手をとことんまで苦しめる怨敵だ』
『いいだろう、我がフレイムヘイズ。お前がどこまで戦えるか、俺が見届けてやる』

太陽が昇り始める。これが見納めになる、最後の日の出だ。
それを一瞬だけ目に焼きつけて、ボクはその場を後にした。




「シャナッ!」
悠二が叫び、腕時計をシャナに見せる。それを一瞬で視認したシャナが牽制の技で間合いを取り、細くしなやかな身体を疾駆させて悠二の元へ駆ける。悠二の存在の力が溢れんばかりに回復していくのがわかる。
その見事な連携を見ながら、もう零時になるのかと何の感慨もなく思った。

悠二をシャナから隔離して、とことんまで追い詰めた。思った通り、悠二は剣を交わらせるごとに強くなっていった。元々ボクよりも素質があるようだったし、これでシャナがいなくても戦えるほどに成長できただろう。
シャナの弱点を衝いて、圧倒して、苦しめた。合理的なシャナなら、きっと自分のネックを冷静に分析できたはずだ。

シャナの柔らかな質感を持つ紅蓮の長髪が、存在の力の回復に併せて輝きを増し、炎に靡く。最大の力をのせた一撃を放ってくるつもりだ。
何度もシミュレーションを重ねた結果なだけに、達成感は感じられなかった。
「最後までお前の読み通りになったな。まったく、つくづく失うのが惜しいフレイムヘイズだよ、お前は」
胸元から呆れたような感心したような声がした。テイレシアスと話すのも、これが最後になる。
「短い間だったけど、テイレシアスには感謝してる。それこそ、言葉で言い表せないくらいに」
「よせ、俺は人に感謝されるのには馴れていない。だが……俺も、お前には感謝している。なかなかにおもしろかったぞ、我がフレイムヘイズ」
テイレシアスと契約できて本当によかった。ボクの一番の幸運は、テイレシアスと出会えたことだ。
シャナの背から巨大な炎の翼が顕現し、両脇にあった建築物を飲み込んで羽撃く。零時迷子の効果によって存在の力を全開まで回復させたのだろう。
ボクにはもうこれっぽっちも存在の力なんて残ってはいない。使える宝具は全部使った。こうして余裕を装って立っているだけで精一杯だ。最初から全力投球だったから、こうなるのは予測していた。

ふと、悠二と目が合った。悠二は、ボクと同じ結末は辿らない。絶対に諦めず、何度でも剣を握って立ち向かってきた悠二なら、どんな窮地でも必ず勝利を掴んで前に進める。他でもないボクが言うのだから、間違いない。その視線に微笑みを返す。変な笑顔にならなかったか、ちょっと不安だった。
シャナの紅蓮の翼が一際大きく羽ばたいたかと思うと、渾身の力で大気を叩きつける。衝撃波を引き連れて、贄殿遮那を構えたシャナがまっすぐに驀進してくる。
その姿は僕にとっては死神と同じはずなのに、なぜかとても美しいと思った。こんな感情を、前にも感じたことがある気がする。―――ああ、シャナと最初に会った時だったっけ。
瞬き一つせずにシャナを見つめる。数年にわたり積み重ねてきたシャナとの思い出が脳裏に浮かんでは虚無へと還っていく。

ずぶ、と鋭い異物が腹部を抉る感覚。焼けるような激痛が全身を貫く。喉から鉄の味が溢れてくる。

これでいい。ボクのすべきことはこれで終わった。
意識が遠退いていく。ゆっくりと底なし沼に沈んでいくような、自分が薄れてゆく奇妙な感覚。
シャナの手で始末をつけてもらえて、ボクは幸せ者だと思う。最後に、君をこの名で呼ばせてほしい。ボクが考えて、つけた名前だ。


「シャナ、ありがとう」



―――そして、ボクの思考は途切れた。


 ‡ ‡ ‡


波一つない久遠の海に仰向けになって浮かんでいる不思議な感覚。音など聞こえず静穏としているが、決して寂しさは感じない。
自分はどうなったのかと考えるが、意識もはっきりとせず、思考もうまくまとまらない。……ああ、きっとこれが死の世界だ。もっと凍えていて寂しい場所だと思ってたけど、やけに温かくて穏やかな場所だ。誰かが手を握ってくれているような、そんな錯覚までしてしまう。

「―――ぅじ、悠二」

シャナの声が聴こえる。悠二、とボクの名を呼んでいる。なぜ聴こえるのだろう?ボクは死んだはずなのに。これが死ぬ間際に見る幻聴なのだろうか?だとしたら、ずいぶんとサービスがいい。
「本当に悠二なの?ねえ、答えてよ……!」
グラグラと肩が揺すられる。ゴリゴリと後ろ頭が地面に擦れてとても痛い。幻聴でも、もう少しボクを気遣ってくれてもいいと思う。
「……うう。シャナ、お願いだから起こすならもっと優しく起こしてよ……」
揺れがぴたりと止まる。でもまだ後頭部がひりひりする。痛い―――痛い?痛みを感じているのか、ボクは?なら、もしかしてボクは、
「―――生きてる?」
鉛のように重い瞼をなんとか持ち上げて、茫洋とした目で辺りを見回す。ずいぶんと荒れたところに寝かされている。そこら中の道路や建築物がまるで空爆にでもあったかのように業火に燃えて消し屑と化している。灰燼と呼ぶに相応しい惨状だ。どうしてこんなことになったのかと疑問に思って、自分がやったんだと思い出す。
とすると、ここはボクが『白銀の討ち手』サユとしてシャナたちと戦った場所……?

「ああ、お前は生きている」
もう聴くことはないと思っていた、地鳴りのような低い声。その声はどこか満足気だ。
「テイレシアス?どうして、ボクはたしか……」
靄がかかったような視界に、人影が映る。ボクを囲むようにして四人の人影が膝を突いてボクを見下ろしている。目を凝らしてそれが誰かを探る。ヴィルヘルミナさんと、マージョリーさんと、悠二と―――シャナ。皆が心配そうな瞳でボクを見ている。なぜだろう?ボクは彼女らにひどいことを……。
「お前は過去の悠二に救われた。お前が機知に富んでいたように、過去のお前もまた才知に長けていたのだ」
「悠二に……?」
悠二の方に目をやると、朗らかに破顔して微笑を返してくる。ボクが悠二に救われたとはどういうことだろう?ボクの腹部にはたしかに贄殿遮那が突き立ったはずなのに。
痺れる手で腹を擦って傷を確かめようとして、違和感に気づいた。そこにはなんの傷もない。ただ痛みの残滓があるだけで、かすり傷一つ見当たらなかった。

状況をまったく飲み込めないボクが混乱していると、テイレシアスが苦笑しながら一部始終を話してくれた。


 ‡ ‡ ‡


シャナが驀進し、サユとの距離を一瞬で縮める。その瞬き一つにすら満たない刹那の時間の中で、悠二の思考は目まぐるしく回転していた。

最初は疑問からだった。
サユの力を持ってすれば自分を一瞬で切り裂いて零時迷子を奪うこともできたはずだ。なぜそれをしなかったのか?
サユとの一対一での戦いで、悠二は思った。まるで自分を鍛えているようだと。もしも、その直感が正しければ?
そう仮定すれば、戦いの中でサユが見せた安堵の微笑にも説明がつく。シャナの弱点を突き、常に圧倒していた。しかし、決してトドメは刺そうとはしなかった。本当にシャナを殺すつもりだったのなら、最初からアズュールを使ってシャナの意表を衝くなりして、そこを攻撃すればよかったはずだ。でもしなかった。

とどのつまり、サユはシャナと自分に強くなってほしかったのだ。

炎の翼からフレアを放出させて敵に迫るシャナの背中越しに、サユの表情が目に入る。一向に防御や回避に移る気配を見せない彼女の表情は、まるで小走りで駆けてくる愛おしい人を抱き締めようとしているかのような柔和な微笑みだった。
そこでようやく、察知能力に長けた悠二はサユに存在の力がまったく残されていないことに気がついた。

(まさか、あの娘は最初から殺されるつもりで―――!?)

気づけば、声を張り上げて叫んでいた。
「シャナ、殺すな!!」
悠二の思考はたしかに常軌を逸して速かった。しかし、撃ち出された弾丸と化したシャナは自らにブレーキをかけることなどできない。



悠二が叫んだ、殺してはならないと。それにはなにか理由があるに違いない。
シャナが瞬時の判断で急速に後方へ流れいく地面に足先を突きたてて減速を試みるが、自らの全力の一撃を相殺するには至らない。こちらが躊躇いを見せたのに、『白銀の討ち手』は回避も防御も行おうとしなかった。減速も虚しく、贄殿遮那の切っ先が無防備な少女の腹に深々と突き刺さる。生身の人間の肉を抉る嫌な感触が手に伝わる。
ふと、囁くような小さな声が聴こえた。

「シャナ、ありがとう」
「え―――?」

自分と同じ声質のはずなのに。だというのに、その優しい声はなぜこんなにも“彼”に似ているのか。

贄殿遮那はその威力を微塵も衰えさせることなく、着実にサユの身体を抉っていく。皮膚を破り、筋肉を裂き、内臓を破裂させ、骨を砕く。それはいつもなら勝利を確信させる手応えなのに、今はどうしようもない悪寒を背筋に奔らせる。
お願い、誰か止めて、とシャナが強く願う。

その願いは、どこからともなく現われた桜色のリボンによって叶えられた。

シャナの胴体に巻きついた力強いリボンが一瞬にしてスピードを相殺する。それが誰のリボンなのか、シャナには考えるまでもなく理解できた。
「ヴィルヘルミナ!」
振り返れば、いつになく表情を強張らせたヴィルヘルミナがリボンを手にして上空から軽やかにに着地していた。見上げれば、神器グリモアに乗って闇夜に群青色の弧を描くマージョリーの姿もあった。結界を突破してきたのだ。

戦闘機の曲芸飛行のように急旋回して地上に滑空するグリモアからマージョリーが飛び降りる。重力を感じさせない動きで華麗に降り立ったマージョリーだったが、贄殿遮那が突き刺さったサユを見て顔を青くする。いかに頑強な肉体を持つフレイムヘイズでも、贄殿遮那の直撃を食らえば致命傷は免れない。
シャナが焦り、ヴィルヘルミナに助けを求める視線を送る。今、サユから贄殿遮那を抜けば間違いなく鮮血が噴き出して数秒と持たずに失血死してしまうだろう。だがこのままでもいずれ失血して死ぬのは明らかだ。シャナには誰かを回復させる能力はないし、治療の手段も持っていない。
シャナの視線に先んじて、ヴィルヘルミナがリボンでサユの腹部を締め付けて失血を防ぎ、贄殿遮那をゆっくりと引き抜いて横たえさせる。リボンがどす黒い血色に染まり、血の気の失せた小さな口からごぼりと大量の血が溢れ出す。それを見たヴィルヘルミナの唇がわなわなと震える様子に、駆けつけてきた悠二も顔を蒼白に染める。

「『贋作師』、貴様、なぜフレイムヘイズを回復させない。見殺しにする気か」
アラストールが強烈な怒気を孕んだ怒声で咎める。それに、テイレシアスは静かに応える。
「もう我らに力は残されてはいない。それに、我がフレイムヘイズは最初からこうするつもりだったのだ」
それは、戦いの前にアラストールと激しい言葉の応酬を重ねた者とは思えない、まるで死者を追悼するような厳かな声だった。
「お前たちをより強くする。そのために自分が殺されることも厭わない。それがサユの願いであり、決意だった。俺はそれを尊重すると誓った。まさか、最後に“他ならぬ坂井悠二”に看破されるとは思ってもみなかったが……」
テイレシアスの告白に、シャナもアラストールも愕然とした。自分たちが手の平の上で踊らされていたということよりも、この強敵が殺されることを受け入れていたということに。
その理由を問い質そうと口を開こうとして、マージョリーの怒声に遮られる。
「ふざけんじゃないわよ!それでアンタらが納得できても、私はちっとも納得できないのよ!」
声を荒げるマージョリーの姿を見慣れていない他の者たちが唖然とする中、マージョリーがテイレシアスに詰め寄る。冷たくなってゆくサユの頬をそっと撫でる。時間がない。
「それに……あんたも、本当はこの娘を失いたくはないんでしょ?」
静かな、しかし強い問い掛け。本心を突かれたテイレシアスが息を飲む。

そうだ。俺は常に、俺がやりたいと思うことをやってきた。ならば、今も同じように、やりたいようにやればいいではないか……!

「―――坂井悠二、お前の存在の力を寄越せ!俺ならこの傷を治せる!」
「あ、ああ!わかった!」
安堵に頷くマージョリーの傍らで、悠二がサユの手を握る。ひやりと冷たい小さな手に焦燥を感じながら、意識を集中して循環する存在の力をイメージし、その流れをサユに向ける。存在の力はまるで自分の身体のように驚くほどすんなりとサユの身体に馴染み、吸収されていく。
途端、白い炎がサユを包み込んだ。澄んだ金属の音色を立てて、白銀の戦装束が飛沫の如く飛散する。テイレシアスがそれらの維持に使われていた存在の力も根こそぎ傷の修復に回したのだ。見事な拵えだった戦装束がなくなると、そこには見るも無残な状態になった紺色の給仕服を着た少女がいた。悠二にはその姿がどうしようもなく儚げに見えた。

握る手の平に温かみが戻ってくる。血の気を失っていた青白い肌は元の健康そうな白い柔肌に戻っていく。腹の傷も見る見るうちに癒えて、皆の顔に安堵の表情が浮かんだ。
傷が癒えるのを確認したシャナがヴィルヘルミナとマージョリーに目をやる。それは説明を要求する視線だった。それに、ヴィルヘルミナは珍しく目を背け、マージョリーは困惑したような苦い顔をした。だが、話さなければならないと意を決したマージョリーは、小さくため息をついてゆっくりと口を開く。

「その娘はね、」

一呼吸だけ置いてシャナの目をまっすぐに見据える。

「―――未来の坂井悠二なの」


 ‡ ‡ ‡


「……そっか。ばれちゃったのか」
テイレシアスの説明を聴いてようやく把握できた。ボクが坂井悠二で、どんな最後を迎えて、どうしてこの姿になってここにいるのかも、全てばれてしまった。ボクが二人を襲った理由も、テイレシアスが話したという。
重たい半身をどうにか起こして、シャナをまっすぐに見つめる。その瞳は明らかに戸惑いの色に染まっていた。ボクが坂井悠二だと聴かされれば、当然だと思う。なんと言えばいいのかわからないけど……とりあえず謝っておくべきだと思った。
「ごめん、シャナ」
シャナの肩がびくりと震える。それに思わず苦笑してしまいそうになるのをなんとか我慢して、言葉を続ける。
「ホントは知られたくなかったんだ。シャナはきっと悲しむと思ったから」
「……本当に、悠二、なの?」
震える声とともに小さな繊手がボクの顔に伸ばされ、優しく頬を触れられる。ああ、シャナの手だ。二度とこうして触れることはできないと思っていたのに。
シャナの瞳をしっかりと見つけて返事をしようとしているのに、視界が涙でぼやけてシャナの顔が見えない。熱い感情が胸の内から込み上げてきて、声が震えてしまいそうになる。笑顔を作ろうとしているのに、うまく作れない。くそ、かっこ悪いな。
言葉が途切れてしまわないように、一文字一文字ゆっくりと紡いでいく。

「うん、そうだよ、シャナ。ボクは―――坂井悠二だ」

シャナの綺麗な目から流れ出た一筋の涙が頬を伝う。その頬に手を伸ばして、そっと撫でた。とても温かい涙だった。迷いからも苦悩からも解放され、胸の内のすべての疵が癒されていくのを感じる。
ああ、きっとこれでよかったんだと、唐突に悟ったような気がした。手の平に伝わるこの温かさを噛み締めながら、ボクはずっとシャナを見つめていた。


 ‡ ‡ ‡


御崎市でも群を抜いて高い高層ビル、依田デパートの屋上階で、ボクは一人で地平線をぼうっと眺めていた。
ここで、シャナと一緒に戦ってフリアグネを倒した。完全に修復されたここにはその戦闘の名残は少しも残ってはいないけれど、目を閉じれば昨日のことのように思い出せる。
地平線の彼方から、もう見ることはないと思っていたはずの夜明けの光が差してくる。それは、この星ができてから毎日飽きることなく続けられてきた自然現象だというのに、ボクにはとても美しいものに感じられた。白い光が夜空を優しく包み込んでいく様子は巨大なタペストリーのようだ。
「悠二」
背後から小さな声が聴こえた。
「なに、シャナ?」
ゆっくりと振り返ると、そこには悲しげな表情をしたシャナがいた。ボクはそれに笑顔で応える。シャナが何を伝えたいかは察しがついていた。
シャナは幾度か視線を泳がせて言い淀んでいたが、やがてシャナらしい強い意志を秘めた瞳で真っ直ぐとボクを見据えて、
「私は悠二が好き」
「うん、わかってる」
「でも、私が好きな悠二はお前じゃない。お前が想ってくれたシャナも、私じゃない」
「……うん、わかってる」
悲しくはない。シャナははっきりと悠二が好きだと言ってくれた。それだけで、ボクは幸せだ。
「ボクは大丈夫だよ。ありがとう、シャナ。それに、ボクが君を好きになっちゃったら、“ボクのシャナ”に浮気だって怒られちゃうからね」
それを聴いて、シャナも満面の笑みを浮かべてくれる。心が至福に満ち溢れる。
朗らかな微笑みを返すと、ボクは朝日に向かって歩む。防護フェンスがなくなった屋上の縁まで歩み寄ったところで、もう一度だけ振り返る。
「それじゃあシャナ、“またどこかで”」
「うん。またどこかで。“サユ”」
最後にそれだけ言葉を交わして、ボクは怖じることなくそっと地面を蹴って空中へと身を躍らせた。完全な垂直を維持したまま直線軌道を描いて落下する。
「さあ、どこへ行く?我がフレイムヘイズ」
胸元から響く、地鳴りのような低い声。
「そうだね。とりあえず、」
背に意識を回し、自分の背で炎の翼が羽ばたく様子をイメージする。途端、夜気に冷えた大気を燃やして白銀の炎が背に顕現する。それを大きく羽ばたかせて揚力を掴み、一気に空へと舞い上がる。

「飛びながら考えよう!」
「ははっ!それはいい考えだ!!」




純白の雲を突き破って遥か高空へと舞い上がっていく白銀のフレイムヘイズを、シャナは何の憂いもない笑顔で見送っていた。
あれほどに悠二を夢中にさせられたのだから、きっと未来の自分は悠二に告白することができたのだろう。それはシャナにとって素晴らしい未来だ。後は、サユが示してくれたように、二人でもっと強くなればいいだけだ。
「私も、早く悠二に告白しないと―――」
「え?僕がなんだって?シャナ」
「ひゃっ!?」
いつのまにか隣にいた悠二に、シャナが驚いて跳び上がる。意表を突かれた心臓が破れんばかりにばくばくと収縮する。
「シャナ?」
「あ、えと、その、だから……!」
「シャナ?炎髪灼“顔”になってるよ。風邪でもひいたの?」
そっと額に当てられた手の平に、ぼん!とシャナの頭が爆発した。気がつけば悠二の内懐に滑り込んで、胴体に思いっきり寸勁を叩き込んでいた。「ちにゃ!」と潰れた悲鳴と共に悠二の身体が木の葉のように軽々と吹き飛び、防護フェンスを突き破って宙を舞う。
「うるさいうるさいうるさーい!!悠二のくせに―――って、あれ?悠二は?」
「たった今お前が吹き飛ばしたぞ」
遠雷のように低い呆れ声。さあっとシャナの顔が青くなる。慌てて炎の翼を顕現させ、シャナも悠二の後を追って宙へと身を躍らせた。




その様子を遥か高空から見ていたサユが、ぽりぽりと頬を掻きながら苦笑してぽつりと呟いた。

「……もう少し、ここにいた方がいいかもね」



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