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No.19679の一覧
[0] 神と転生、そして彼女。(オリジナル異世界トリップ最強モノ(エセ))[499](2010/06/22 19:03)
[1] 二 異世界(前)[499](2010/06/22 19:04)
[2] 二 異世界(後)[499](2010/06/22 19:05)
[3] 三 魔王(前)[499](2010/06/25 19:18)
[4] 三 魔王(後)[499](2010/06/25 19:19)
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[19679] 神と転生、そして彼女。(オリジナル異世界トリップ最強モノ(エセ))
Name: 499◆5d03ff4f ID:5dbc8fca 次を表示する
Date: 2010/06/22 19:03
 ずぶりと、腹を刺す灼熱の異物を感じた。視線を落とせば白い聖衣を纏った華奢な体に埋まる短剣の柄が見える。腹腔に溢れ返る血の感触に、明確な死の足音を聞いた気がした。
 急速に失われていく生の実感。
 力を失って膝をついた私の喉元に、横合いから掬い上げるような剣閃が襲い掛かる。神業としか言いようのない美しいまでの一撃は、銀色に光る弧を描いて女の細首を正確に刈り取った。宙に打ち上げられた視界がくるりくるりと回りながら色を失っていく。

 ――ああ、死んだな。

 それは眼前に迫った不可避の未来。薄れ行く意識の中、無理やりに口の端を上げようとする。けれど、頭部だけになった我が身には、既に一切の感覚が無かった。

 そして、私の生は終わりを告げた。

 最期に試みた行為がきちんと実行に移せたのかどうかはもう、わからなかった。





―――――――――――――

 神と転生、そして彼女。

―――――――――――――





 一 神と転生、


 青く晴れ渡った空の下に、背の低い草に覆われた大地がある。広い広い草原だ。
 その様を夢想する。そしてかくあれと軽く想う。次の瞬間、そこには望んだとおりの光景があった。
 ひたすらに続く緑の平原の先に、地平線が見える。ひどく遠い。
 広大すぎる土地はある種の人間にとっては不安感を与えるものだと言う。ならば、と山を想い描いた。白く霞む空と大地の間に、深緑に彩られた巨大な隆起が生まれる。
 まだ少し寂しい。さらに手前に森を置くことにした。そして右手にも森。左手にも森を置く。三方を緑の木々に囲まれて、地平線はもう見えない。最低限の体裁は整ったと判断し、背後に広がる草原を海へと変える。それだけでは不自然を感じさせそうだったから、水際は砂浜にした。
 これで完成にしていいだろうか。視点を上空へと移し、創り上げた箱庭の世界の全貌を確認する。

 まず海と大地がある。境目は白い砂浜だ。少し陸に上がると、周囲を木々に囲まれた半円形の草地に行き着く。面積はさほど無い。人の足で歩けば一二分で端から端まで移動できる程度の広さだ。
 鬱蒼と茂る森林の先には、これもまた緑の山である。ただ、植生の違いから森よりも若干青みがかっている。そこを抜けるともう何も無い。草の生えただけの殺風景な空間が延々と横たわっている。
 とても大雑把で味気ない、そんな出来栄えだった。だがこれならたぶん大丈夫だ。そう予想した。永住させるわけではないのだから、パニックにならないだけの見てくれが整っていれば問題は無いはずだ。

 意識を草地へと移し、自らを規定する作業に入る。これが一番難しい。自分という存在を理解させるのに、どういった形態を取るのが最も効果的なのか――そこを見極めねばならないのだ。だというのに、かれには他者の内面を読み取るという機能が備わっていない。
 一瞬だけ迷って、七色に変色する発光体を選んだ。環境に影響を与えないくらいの穏やかな光だ。それを人型に整形し、草の生えた地面から大人半人分ほど浮かす。
 これで準備は完了した。

 この空間には、しばらく前から無形無意識のまま不安定にたゆたっている存在(もの)がある。それに向けて一言呼びかけた。

「在れ」

 音波ではない。相手には音を知覚する感覚器が無いのだ。ただ想うだけである。それでも確実に届く。必然だ。なぜならかれにはその機能が備わっているのだから。

 それは宙の一点に収束し、人の形に定まった。次第にしっかりとした質感を帯びていき、程なくして生きた人間として完成する。
 裸の女性だった。生まれてから二十三年と四ヶ月――彼女の世界の計算方法で――経っているらしい。肩辺りまで伸びた直毛の黒髪に、健康的な肉付きを見せるすらりとした体。
 元居た場所には裸身を晒すのを羞恥と感じさせる社会通念があったらしいから、すぐに下着と服を着せた。生み出したのは足元近くまで裾の伸びる白のワンピースだ。柄も装飾も無い無味乾燥な衣装は、剥き出しの自然と良い具合に調和していた。

 空中から地面に降ろす。
 発光体の正面に立った娘はゆっくりとまぶたを上げた。焦点の合わない濃茶の瞳が覗く。数瞬の後、はっとしたように目をしばたたき、勢いよく周りを振り返った。右を見て、左を見て、おのれの体を見下ろす。

「……なんで」

 呆然とした声がこぼれた。

 他者の内面を覗き見る機能を持ち合わせていないかれにも、困惑の理由ははっきりと予想できる。
 彼女の中には明確に『死んだ』記憶があるはずだ。事実一度死んだのである。そしてその瞬間から彼女の時は止まっていた。無形無意識で過ごす時間を人は自覚できない。だから彼女の認識では、死んだと思った直後にこの場所に立っている――そういう風になっている。

「貴女は死にました」

 端的に現実を述べる。今度は音波である。肉体を持った存在に情報を伝達するには、かれらの感覚器を通さねばならない。
 鼓膜を揺らした『声』を認識したのだろう。娘は顔を上げた。戸惑ったように揺れる視線が、虹色の発光体へと向けられている。

「……かみさま?」

 またしても茫洋とした発声だった。
 しかしこれは滅多にない好反応である。頭が良いのか冷静な性分なのか、既に事態を正しく把握しはじめているようだ。今回選んだ発光体という外見は非常に効果的に作用したらしい。

「そう理解していただいて問題ありません」

 肯定の言葉をどう受け取ったのか、彼女は人型の光を確かめるように見る。つま先から頭の天辺へ。腕を経由してまた足元へ。

「神様って、ホントにいたんだ……」

 感慨深げな口調。響きに実感が篭っているからこそよく伝わってくる。彼女は大して信心深い性質ではなかったのだろう。かといって現物を目の前にして実在を否定できるほど頑なな無神論者でもない、といったところか。無論死後のショックで判断力が鈍っている部分もあるのだろうが。

「私は、人と亜人種に関する生と死を主に司るものです」

「『亜人種』?」

 軽く首を傾ける。艶やかな黒髪がさらりと踊った。

「人に近い外見をしている種族の総称です。エルフやゴブリンといった単語を聞いたことはありませんか? 貴女の世界には存在していませんでしたが、概念自体はあったはずです」

「あ、うん。それ知ってるわ。本で読んだ。……ってことは」

 考え込むように彼女は言葉を切った。

「ヒトはサルから進化したんだって習ったんだけど、実は違ってたのかな?」

 微妙に繋がっているようないないような質問だ。彼女の中では何らかの連想が働いたのだろう。かれはその繋がり方を確定させられない。とは言ってもそこを尋ねたりはしない。死亡直後の人間はよく思考を混乱させる。落ち着かせるには丁寧に対応するのが最善であると過去の統計は示していた。

「その認識は間違っていません」

 おそらく聞きたいのはこういうことだ。彼女の世界には神が人を創ったとする宗教があり、国によっては広く信仰されている。熱心な信徒ではないにしても、その教義を知っていたのだろう。神が実在するなら、それらは全て真実だったのかと。

「順序で言えば人が先です。ヒトを含めた数多の種がかくあるべしと願ったがゆえに、神が生まれたのです」

「それって、もしかして神様より人間の方が上位ってこと?」

「単純に先に生まれた方を上とするのなら、その結論で問題ありません。ですが、神には人の親としての属性があり、さらに人とは違い時の制約を受けません。これにより因果の逆転が起こります。人が願わねば神は存在しなかった。過程においてはこれが事実ですが、それを超越して、『神が人を生まなければ人は存在しなかった』――そういった形に真理が書き換えられたのです」

「ごめん、こっちから聞いておいて悪いんだけど、たぶん私それ理解できない」

「噛み砕くべきですか?」

「ううん、説明自体が要らない。長くなりそうだし、真理の探究とかやってたわけでもないし。ぶっちゃけあんまり興味ない」

 やはり深い思考など無しに思いついたままを口にしていたようだ。必要ないと判断できるようになったということは、もうかなりのところまで落ち着くことができたのかもしれない。だとすれば非常に早い対応だ。
 予想の正しさを証明するかのように、濃茶の瞳が一気に理性的な光を帯びた。

「そんなのよりさ、私ってやっぱり死んだんだよね?」

 目つきを鋭くして訊く彼女に、かれははっきり「はい」と答えた。

「じゃあ、これから天国とか地獄とかに送られたりするの?」

「いえ、それは私の管轄ではありません」

「……また難しくなりそうな気配が出てきたわ」

 彼女は眉を顰めて独り言のように言う。どこか悪態めいた口調だ。地が出てきたということだろう。
 だが、この状況で素になってぞんざいな態度を取れる者は実はあまり多くない。大量虐殺犯の無法者でも、少しでも信仰心があればどこか気後れするものだし、そうでなくても、人の神として生じたかれには、始めから人に対していくらかの畏れを抱かせるという法則が付いて回っている。

「通常、人は死ぬと魂だけになって冥界へ送られます。詳しい内容は明かせませんが、その後のことはそこを統べる神に委ねられます」

「ならとりあえず、私は通常の死に方をしていないってこと?」

「その通りです。貴女の死はイレギュラーでした」

 肯定すると、娘は不思議そうな顔をした。

「イレギュラー? 神様って全知全能じゃないの?」

 彼女の疑問はもっともなものである。神が人を創ったと説く宗教には、唯一神を崇めるタイプのものが多い。そういった場合、全てを知り全てを可能とする絶対者として神を定義するケースがほとんどだ。であれば想定外の出来事など起こりようが無い。
 しかし真実はそう単純ではなく、もう少し入り組んでいる。

「神は全知全能ですが、私は神の一部でしかありません。先ほど便宜上『冥界の神』と表現した存在も、正確には私と同じ、神の一部です」

「どういうこと?」

「例えば、貴女の体はいろいろな部位を持っていますが、それらの行動は脳によって統合されています。これがばらばらになっていると考えてください。手は手で勝手に思考して動き、足は足で勝手に思考して動きます。私はこの勝手に動く体の一部分です」

「それじゃあちぐはぐになっちゃうじゃない」

「人の場合はそうです。神の場合はそうはなりません。ばらばらでも統一性の取れるようにできているのです」

「なんだか面倒くさそう」

「そう思われるかもしれませんが、少なくともこれまで破綻したことはありません。そういう仕組みですから、私に知覚できないことは多くあります。不可能なことも多くあります」

 神とはいわゆるシステムだ。個にして群、群にして個。そういった成り立ちによって、全ての人種族の信仰する無数の属性を持つ『神々』であることを、同時に矛盾なく実現している。
 だから、端末でしかないかれには手を出せない領域がある。時を操ることはできないし、輪廻の輪を覗くこともできない。それは他の一部の領分だ。人の精神に干渉することもできないから、今もこうして音声という形を取って意思を伝えている。

「なるほどね。感覚としては理解できた気がするわ」

「重畳です。話を進めても構いませんか?」

「どうぞ」

「先ほど述べたように、貴女の死は私にとってはイレギュラーでした。貴女の中に何かそうさせる資質があったのでしょうが、把握できていなかったのはこちらの落ち度です。ですから補償させていただきます」

 この空間はその説明を行うための場所です。
 そう話すと、彼女は少し不愉快そうに目を細めた。理由はわからない。また何らかの連想が働いたのだろう。特にパニックに陥るような素振りは見られなかったから、無視してもよいと結論付けた。
 ここからが本題である。

「貴女に一つ試練を課します」

「試練?」

「達成できれば、現在の意識を保ったまま、もう一度人生を送ることができます。死ぬ直前からの続きというのも可能です。世界のバランスを過度に崩さない程度なら、いろいろと要望を付けていただいても構いません。美しくなりたいですとか、富豪になりたいですとか。もしお望みでしたら、無数に存在する世界の中から、貴女の希望に合致する世界に転生することもできます。何らかの創作物と酷似した世界ですとか」

「要らないわ」

「では、オプションについては後ほど細かく相談の場を設けますので、そのときに。まずは説明を――」

「いえ、そうじゃくて。その補償というの、それ自体が要らないわ」

 彼女はきっぱりと言い切った。しっかりと大地を踏みしめ、七色の発光体を真正面から見据えている。

 かれは少々戸惑った。こういった反応は過去に無い。イレギュラーとは主に歳若い人間に起こるもので、過去のかれらは皆、何らかの希望、あるいは絶望を抱えたまま死んでいた。未来を見ていた者は生き返りたいと言ったし、不満を持っていた者は解消してやり直したいと言った。
 試練の内容も確認せずに断りを入れてきた相手は彼女が初めてだ。

「……貴女には、達成すべき夢などはありませんでしたか? 中途や半端になってしまった事柄などは?」

「もちろん、もっと時間があったらこうしていたとか、ああなっていたとか、そういう想像はできる。でも、そこで終わってしまったことも含めての、私の人生なのよ。いくら酷い死に方でも、私はあそこで終わったの」

「ですから、それはこちらの不手際で――」

「それはあんたの事情でしょう。こっちの都合とは関係が無いわ。私は普通の人間なの。やり直しが効くなんて考えたこともなかった。だからいつ死んでも自分の生を誇れるように、常に精一杯を生きてきた。この意味がわかる?」

 いつなんどき命を落としてもいいと思いながら日々を生きてきた。刹那的な生き方をしていたという意味ではなく、気構えとして。いつどこでどんな死に方をしても胸を張って冥府の門をくぐれるように、常に最善の自己であろうと努力してきた。その限界を目指す自分が好きだったし、死んでもまだそう考えられている今の自分がより一層好きだ。
 彼女はそう語った。

「いい? 私の人生に後悔なんて無いのよ。今更続けられるって言われても蛇足にしかならない」

「ですが、やり残したことはあったのでしょう?」

「大事なのは何を成したかじゃなくてどう生きたかよ。志半ばで命を落とした人の行為は全て無になっちゃうの? そんなの私は認めないわ。今こうして死んでいるからこそ、そんなふざけた話は絶対に許容できない。私は自分の生涯に大いに満足している」

 力強く断言する。
 ふたりの対峙する草地にさらりと軽い一風が吹いた。
 沈黙である。

「――では、試練を受ける気は無いと?」

「デメリットしかないわ。綺麗に完結した物語に無理な後日談をつけると、大体が評価を下げる結果になるのよ」

 黒髪と白いスカートを風に靡かせながら、娘は小揺るぎもせずに堂々と佇んでいる。神を睨みつけて、態度にも口調にも一切の動揺を浮かばせない。内に湧き上がる畏れを矜持で捻じ伏せているのだろう。
 いかなる精神力で成されるわざなのか、人ならぬかれには実感できない。ただ、それは尋常なものではないはずだ。神は人を畏れさせるように出来ているのだから。

「貴女の意志の固さはわかりました。では、申し訳ありません。一歩踏み込んだこちらの事情をお話しましょう。それを聞いて、もう一度判断してください」

 椅子とテーブルを出して地面に置く。簡素な作りをした白塗りの木製のものだ。それだけで意図を察したのだろう。突然現れたテーブルセットに一瞬だけ驚いたように眉を上げ、彼女はそのあと黙って硬い座面に腰を降ろした。ゆったりと背を預けた座り方は余裕に満ちていて、どこかの世界の王のようでもある。

「いいでしょう。話しなさい」

 なぜこんなにも偉そうなのか。そう感じる部分も無くはなかったが、かれは特に頓着しなかった。神の前で人は全て平等である。平伏されようが見下されようが、賛美されようが罵倒されようが、取るべき態度は変わらない。

「試練とは、いわゆる因果律調整なのです」

「『因果律調整』?」

「まだ話してはいませんでしたが、貴女にはとある世界に赴いて、そこに迫る危機を防いでいただく予定でした。試練達成後は、その世界で天寿を全うしたあとで成功報酬を受け取ることも――」

「報酬の話はいいわ。そんなのより、私は英雄でも超人でもないのよ。ただの人間に世界の危機をどうこうなんて無茶な依頼がこなせるとでも?」

「可能なだけの状況は整っています。そのための新たな力も与えられます。ですが、実現できるかは貴女次第です。だからこその『試練』というわけです」

「ふむ」

「ともかく、この試練は、貴女というイレギュラーを、同じくイレギュラーの発生してしまった他の世界にぶつけることで、歪みを補正しようという目的も兼ねているのです。それが私の言うところの因果律調整です」

 数多ある世界は、かれが因果律と呼ぶものの上に成り立っている。碁盤の目のように規則正しく組み合わされた因果の網。世界を載せたそれが、突如ボールを受けたネットのように意図しない場所で浮き上がることがある。度が過ぎると世界ごと破れてしまう。これを防ごうというのだ。
 全知全能のシステムである神にとって、真の意味でのイレギュラーは存在しない。ただこの場にいる一端末でしかないかれには、想定できない事態というものはたしかに存在した。そして出現したら可能な限り解消するよう義務付けられている。

「ですから、貴女の意思にかかわらず、私としては試練を受けていただきたいのです。成功報酬が必要ないのであれば、すぐにリタイアを宣言していただいても構いません。貴女の魂は速やかに冥界へと送られます」

「最悪な後日談ね。百人が見たら百人がクソだって言うわ。仮にその選択肢を選んだらどうなるの?」

「貴女をイレギュラーにぶつける――つまりその世界に送った時点で、歪みは解消へと向かいます。大きな破綻は起こりません。ただし、これはより高次を見渡せる私の視点から見た場合の話です。その世界の人々に焦点を絞れば、甚大な被害が出ると予想されます」

「私がここでイヤだって駄々を捏ねたら?」

「貴女に関してはこちらのミスで起こった事態ですから、無理強いはできません。お望みどおりこのまま冥界に送ります。ただし、歪みの解消は遅れ、最低でも七つの世界が消滅し、それとは別に、貴女の行くはずだった世界の人類は衰退の道を辿ります」

「脅迫じゃない」

「申し訳ありません」

 かれは心底から謝った。彼女がきっと断らないだろうと察せてしまったからだ。
 細かな思考内容については、他者の内面を知る機能が無いかれには想像で補うしかない。だからいろいろと考える。思索して考察して、取るべき行動に反映させようとする。その行為が全て無駄になるほど――何も考えずとも回答がわかってしまうほど、不機嫌そうに発光体を見る娘の瞳は力に満ちていた。

「いいわ、やってあげる」

「では――」

「私はね、自分と世界に恥じない生き方をしたいの」

 細かい解説をはじめようとしたかれを遮って、彼女は強い口調で言った。

「今まではそうできていたと自負しているし、この先があるなら今後もそうありたいと思う。だからあんたの言うその試練は受けてあげる。私のわがままで他人が犠牲になるなんてのは寝覚めが悪いから」

 そこで言葉を切り、きっぱりと口にする。

「ただ、報酬は要らない」

「……やはり、生き返りたくないと?」

「別の世界に行くってのはさ、結局それでもう生き返っちゃってるってことよね? さっきチラッと天寿を全うできるみたいなことも聞いたし」

「転移に際して貴女の要望は一切聞き入れられませんし、体も別人のものを使うことになりますが」

「でも意識は私なんでしょう? なら同じよ。それはもう二つ目の命だわ」

 見方によってはそうかもしれない。ミスの補償という観点から見ればまったく及第点に届かないが、単純に命の有る無しで判断するなら、たしかにそれは第二の生だ。
 認めてはならない立場のはずなのに、自信に満ちた口ぶりを聞いていると上手い反駁の仕方が見つけられなくなってしまう。聞けば聞くほどに翻意が難しいと悟らされてしまうのだ。

「あんたは私の死がイレギュラーだと言ったわね。けど、私にはそんな認識は無いの。あのとき訪れた死は、私にとっては完全な必然だった」

 言葉を返さないかれに向けて、彼女は畳み掛けて言う。

「理解できない理由で生き返れてしまったら、三度目があるかもしれないと考えてしまう。私は弱い弱い普通の人間だから。きっと二度目の人生に後悔を残しても構わないと思ってしまう。どんなに考えまいとしても、必ずその意識は生まれてしまう。私はそんな自分になりたくない。精一杯に生きる私でいたい。やり直しが効かないからこそ、生きることに真剣になれるのよ」

 椅子に腰掛けたまま、黒髪の娘は倣岸な仕草で足を組み、腕組みをして神たるかれを見上げた。

「だから今あんたにここで約束して欲しい。成功しても失敗してもイレギュラーがあっても、何があっても絶対に報酬は与えない――三度目は無いと」

 濃茶の双眸が挑むように鋭利な眼光を放つ。

「できないなら私はこのまま死ぬわ。それで散り行く命があるってんなら、何億でも何千億でも勝手に死んで、世界ごと滅びればいい」

 厳烈に言い捨てる。
 またしても訪れる沈黙。

 身勝手でありながらどこか崇高でもある持論を振りかざす彼女に圧されて、かれはおのれの負けを認めた。
 こういった死亡事故のイレギュラーはよく起こる。むろん割合で言えば気の遠くなるほど小さな数字だ。だが全ての世界の人種族をカバーしているのだから、母体数が膨大である。今この瞬間にも、同様の機能を持つかれの複数の分身体が、他の場所でそれぞれ別のイレギュラーの対応に当たっている。
 冥界の神などに比べれば決して多いとは言えないものの、人間のサンプルには事欠かない。にもかかわらず、かれはそのとき、たしかにこう感じていた。

「……貴女のような方は、初めてです」

 そして同時に、眩しいまでに不遜な彼女が、なぜ神を前にして一切怯まないのかを理解した。
 彼女の心の在り方はまさに王なのだ――おのれの矜持という名の民を従え、護り抜く決意を固めた、絶対の王者のそれなのだと。

 そして彼女の第二の――最後の人生は、幕を開けた。


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