ある日、アリシアがとある本を持ってきた。
「催眠術、ですか」
「うん。面白そうじゃない?」
「でもアリシア、こういうのって信じてないとかかったりしないんじゃないかな?」
「いや、魔法とかがあるから一応信じてはいますが・・・でもかかりそうには無いですよね」
深層意識にどうこうという感じだと思うのでありえないとは思うけど・・・そう簡単には出来ないんじゃないかな?あ、でも魔法を使えば出来るかもしれないのかな?
聞いた話によると記憶を見るレアスキルもあるみたいだし、色々研究したなら催眠形の魔法も作れるかも。というか、実在するかもしれない。
最も魔法でもそう簡単に使えないと思うけど・・・使えたらもっと次元世界が大変な事になってそうだし。
「という訳で杏お姉ちゃんはそこに座って」
「私が実験体ですか・・・まあいいんですけど、あんまり変な事はしないで下さいね?」
「杏、無理しないでね?」
そんなこんなで、杏がアリシアの催眠術の餌食になっちゃう事に。
うーん、一応邪神?みたいな杏に催眠術って効くのかな。でも能力を除けば普通の女の子だから大丈夫なのかな。
・・・なんか私もちょっと気になってきたかもしれない。でも心配でもある。大丈夫かな?
「それではとある部族が催眠の導入に使うというお香を焚きまーす」
「あの、物凄く不安になってきたんですが」
「というか、何処からそんな変なの仕入れてきたの?」
「次元世界規模の企業に勤めてたらこんなのも手に入るんだよね」
「手に入っても渡したらダメでしょう・・・明らかにヤバイ薬とかじゃないですか」
でも逃げたり止めたりはしないんだよね。杏って面倒だって言って怠けようとするけど、遊ぶときとか友達にお願いされた時とかは何だかんだでちゃんと付き合ってくれるんだよね。
まあ、当初はそうでも無かったけれど・・・私達が杏と暮らして変わったみたいに、杏も変わったのかな?そうなら、ちょっと嬉しいかもしれない。
そしてお香が焚かれて、アリシアの催眠術が始まった。普通に杏の家の居間なのに変な雰囲気を感じるのはお香とアリシアの催眠のせいだと思う。
アリシアの穏やかな声で催眠に誘導されていく杏は、催眠にかかってるかどうかはわからないけれど何だか眠そうに俯いている。
・・・そしてアリシアの催眠導入が完了した。みたいだけど・・・
「・・・何だろう、普通にいつもの寝ぼけてる杏お姉ちゃんに見える」
「う、うん。これ本当にかかってるのかな?」
催眠にかかっているのかいないのか、杏はぼーっとしたまま頭をフラフラと左右に揺らしている。・・・眠いのを我慢している様に見えてちょっと可愛いと思ったのは仕方ないと思う。
でも、アリシアは杏にどんな催眠をかけるつもりなんだろう?いくらなんでもあまり変なのはかけると思わないけど・・・
「よし・・・貴女は目が覚めると、何故だか様々な事に対してやる気が漲ってくる様になります」
「えっ」
じゃ、じゃあこれが成功だったら怠け者の杏からアグレッシブな杏になっちゃうの?それは杏じゃない気がするよ?
うーん、でもちょっと見てみたい様な、でも何か違う気がするから見たく無い様な・・・うぅ。
そんな事を考えている間に既に催眠の刷り込みは終わってしまったらしく、アリシアは杏の覚醒の段階に入っていた。
これが成功してたら怠け者じゃない杏になってるんだろうけど・・・アリシアの催眠の仕方がかなり凄いし、言ってた内容も内容だから物凄く活動的になっちゃうのかな。
あんまり活動的になると違和感しか感じないと思うから何とも言えないんだけど・・・
「1、2、3・・・はい!」
「ん、んー・・・あれ?あぁ、催眠術でしたっけ?何か普通に寝てた気がします」
「あはは、私達から見ても寝てる様に見えたから成功かどうかはわからないんだよね」
「とりあえず催眠はかけてみたけど、杏お姉ちゃんは何か変わったとこはある?」
アリシアの問いを聞いた杏は「そうですねぇ」と呟いて右手を頭に当てて、
「特にないですね」
そう返答した。
「そっかー、失敗かな?」
「そもそも成功したらどうなるかわからないから・・・」
「まあ初めての事ですしね・・・おっと、もうこんな時間でしたか」
「え?あ、本当だ」
杏の言葉を聞いて時計を見ると午後5時半。そろそろ晩御飯の支度を始めなくちゃいけない時間だった。
それじゃあ急いで晩御飯の支度をしなくちゃね。今晩は何を作ろうかな・・・
「ふむ、それじゃあたまには私が作りましょうか。何となく気が向きましたし」
「・・・え?」
「ほ、本当に?」
「そんなに驚かなくても・・・たまにはそんな気分にもなってもいいじゃないですか。年末年始には毎回作ってますし」
そういって杏はキッチンへと入っていった。・・・えーっと、これは?
「・・・成功?」
「な、なのかな?」
これが催眠が原因なのか、はたまた本当にたまたま気が向いたのか。どちらなのかは催眠をかけた側の私達にすら判別は出来ない。
もしその答えがわかるとしたら、調理をしている杏を見る事。普段通りなら料理をするとしても、多少は能力を使って手間を減らす筈。年末年始の時でも簡単に済ましていい部分はそうしてたから間違いない。
なので私とアリシアはこっそりとキッチンを覗き込んだ。
そして、私達はそれを目撃する。
「ふんふんふふーんふんふーん♪」
「杏が、鼻歌を歌いながら料理してる・・・っ!?」
「しかも能力を使わないで、それも物凄い手際よくテキパキ動いてるよ!?」
「ふふふんふん・・・おぉおう、どうしたんですか?」
「な、なんでもないよ!」
「う、うん!なんでもない!」
「そ、そうですか?ならいいですが・・・」
私達の反応に驚いた後、杏はそのまままた調理に戻った。
・・・それにしても、何か物凄く手際がいいというか・・・うわぁ、ジャガイモの皮むきが物凄く早い。というか私より薄く切ってる?
人参とたまねぎもあるからカレーを作るんだと思うけど・・・えぇ!?スパイスの調合からやるの!?それって確か杏のお母さんの特製カレーに使う奴だよね!?
ほ、本当に大丈夫なのかな・・・あ、でも前に私がちょっとだけ教えてもらった調合と差がない様に見える。そういえば杏のお母さんが、杏にも一度教えた事があるって言ってたけど・・・覚えてたの?
って、ご飯の他にナンまで作るの!?確かに本格的じゃなければ家庭でも簡単に作れ・・・えぇ!?そんな所に床下収納があるなんて知らないよ!?しかもそれって確かナンを焼く時に使うのだよね!?
確かに前に食べたカレーでナンが物凄く美味しかったから気になってたけど、まさかそんなものがあったなんて・・・というか杏は何でそれの使い方とか作り方とか知ってるんだろう?あ、能力で聞いたとか?
「と、とにかく、催眠は成功したみたいだね。で、ここからどうするの、アリシア?」
「み、みたいだね・・・とりあえず、このまま様子を見よ?」
「わ、わかった・・・」
一応念話で母さん達にも知らせておかないと・・・間違いなく混乱しちゃうだろうし。