第九話 王の命令
和磨の決闘騒ぎから一月。
和磨とイザベラの犬も食わないなんとやら以外、とくに異変も無く、プチ・トロワは平穏無事である。
日本刀を手に入れた和磨は、まずイザベラに頼み込んで、優秀なメイジを呼んでもらい、目一杯「固定化」と「硬化」の魔法をかけてもらった。
その後、杖として契約。
後に和磨が。
「ゲームとかで、名物や名刀貰っただけで忠義上がるってのが今一理解出来なかったけど、今はその心境が良く分かる」
等とこぼしていたとか。
そしてこの一月、和磨は貰った日本刀を使いこなすべく、鍛錬を重ねていた。
元の世界の剣道の師に、剣術の基礎や、刀の手入れの仕方を少しだけ習っていたとはいえ、実際に刀を振るのは初めてである。
何せ和磨はまだ18。成人もしていない子供に、真剣を扱わせてもらえる訳も無い訳で。
そんな訳で、和磨は一月、自分で試行錯誤を繰り返しながら、少しづつ、刀の扱いに慣れていった。
同時に、騎士団の訓練に参加する際、魔法も使うようになっていた。
というのも、件の決闘後「何で今まで使わなかったんだ?」「何故メイジだと言わなかった」などど攻め立てられ、理由を言ったらゲンさんこと、騎士ゲイランに拳骨をもらった。
魔法を、お遊びと捉えていた和磨と、魔法こそ貴族の。騎士の証であるという騎士達の認識の相違。それを身を持って(拳骨で)教えられたのだ。
ただ、それでも和磨は自分がメイジ《魔法使い》である事は否定した。
これは特に理由は無いと言えば無い。強いて言うなら、本人の趣味。
ゲームや物語等で、魔法使いは基本的に後衛である。その認識を和磨も持っており、だが、和磨本人は剣士《前衛》であると言う思いから、自分がメイジである事を否定していた。
そんな和磨に「なら、お前は何だ?」と言う質問が。そこでふと、刀を貰った時の事を思い出す。そしてニヤリと笑い、一言。
「侍だ」
侍とはなんぞや?
侍とは、主君に忠節を誓う、東方の。自分の国の、儀に厚い戦士也。
それで大抵の人間は納得してくれた。
詳しい説明を要求されたが、そこは和磨の憧れ等が多分に混じった、偏った逸話などを聞かされ、だが、彼等に真偽の確認も出来ず、結局そのまま納得したらしい。
そんなこんなで一月。
和磨は、木刀と刀、二本を常に、腰に帯刀している。
プチ・トロワでは、執事服に身を包み、奇妙な剣を腰に差した侍従見習いの姿が、ある意味、名物と化しているとか。
一方、そんな名物男の主である、蒼の姫君にもここ一月で変化が見られた。
一つは、いつも彼女の頭の上に鎮座していた無骨な王冠が、女性らしいティアラにとって変わられた事。
そして両耳には、青銀の、見たことも無い程見事な細工が施されているイヤリング。
以前より大分柔らかくなったと評判の姫君に、お付の侍女達が羨望の眼差しと共に、何処で手に入れたのか聞きだそうと必死になっていたが、姫君の答えはいつも決まって、意地悪くニヤリと笑いながら「内緒だ」と答えるのみ。
以前なら、その意地の悪そうな笑みを見ると、体を竦ませ、恐怖していた侍女達も、今ではそんな反応とは逆に、黄色い声でキャーだの、ズルイですーだの文句を垂れているとか。
もう一つが、今までプチ・トロワに引きこもり、遊び呆けていた彼女が、積極的に国政に参加すべく、足繁くガリア官邸に趣く様になった事。
もう二月程になるか。
以前、己が使い魔に言われた「王女にしかできない事」。それは何かを、自分なりに考えた結果、その答えがそれであった。
和磨と毎日のように会話するのも、何も会話自体が楽しいという理由だけではない。(八割近くを占めるが)
もう一つ、彼の口から語られる彼の世界の歴史。文化。国家体制や政策等。
和磨曰く、「授業で習った程度の事。しかも全部じゃなく、自分が覚えてる事」と言っていたが、それでも聞く人が聞けば、それは宝の山となった。
魔法という技術体系が無いからこそ、他の様々な部分で努力し、結果を残してきた世界の話は、それこそ、魔法があるからこそ、それに依存しきっている自分達の世界のそれよりも優れ、または独創的とも言える部分が多く見られる。
それらの話を聞き、自分達の世界でも使えそうな部分を選別し、さらに改良。
魔法こそ絶対という世界の中で、魔法に頼らず、その他の。政治手腕などで己の存在を知らしめようと。
それが、今の彼女の目標である。
その目標を達成すべく、官邸に足を運ぶのだが、如何せん、官邸での彼女の評判は宜しくない。なにせ、魔法が使えないというその一点を持って、評価がガタ落ちするのがこの世界《ハルケギニア》である。
そんな彼女が、官邸貴族達からの支持が得られる訳も無く、かと言って一人で政策を実行する事もできない。
そこで、イザベラが取った手段は、派閥を作る事。
現在官邸にある大物貴族達の派閥ではなく、若く、有能で、彼女の政策を理解し、協力してくれる貴族達を引き込み、新しい派閥を作り上げたのだ。
その際も和磨が一役買った。
「選挙の街頭演説みたいにやればよくね?」
王宮ではなく、プチ・トロワに、選別した百を超える若い貴族を集め、一大集会を開いたのだ。
このハルケギニア初の政治集会は、後に歴史に残る事になったとか。
集めた貴族達を、壇上から見下ろす姫君は、和磨のアドバイスに従い、大きな声で、はっきりと、身振り手振りを大きく。そして、一言一言判り易く、インパクトのある言葉で。そんな演説が進むにつれ、会場には熱気が。
そこで、前もって話を付けておいた数人の貴族《サクラ》が諸手を挙げて喝采を送ると、周囲に居た貴族達も釣られて歓声を。
その甲斐あってか、集会は大成功に終わった。
結果、イザベラは、僅かな期間で、若手の貴族達を中心にした派閥を作り上げることに成功した。
そんな感じで、一月。
主従揃って、新しい。だが、平和な生活を謳歌していた訳でが、そんな平穏な日々は、王政府よりの一枚の命令書により破綻する事になった。
和磨がこの世界に召喚されてから、二ヶ月と半分が過ぎた日の事である。
「んで?急にどうしたんだよ?俺、これから訓練に行こうとしてたんだけど」
未だ「見習い」が取れない侍従の仕事を終え、いつもの様に道着と袴に着替えた所を呼び出され、少し不機嫌な和磨だったが、呼び出した本人。イザベラの顔色があまり宜しくない事を不審に思い、声をかけるが、反応が無い。
そのまま少し、沈黙が流れ、痺れを切らせた和磨が口を開く寸前、イザベラから一枚の紙が飛んできた。
念力の魔法で送られてくる紙を受け取り、そこに書かれている文に目を走らせる。
「ふ~ん。王政府より参内命令か。て、つまりこれ、リザの親父さんが「会いに来い」って言って来たって事だろ?何で俺を呼ぶのさ?」
国王どころか、大物、中堅の貴族にすら面識が無い和磨。
自分がここに呼ばれ、命令書を見せられた意味が判らない。
「・・・・・・もっと良く読んでみろ」
言われ、再び。今度は先程よりもじっくりと。
「・・・あれ、何これ?「カズマ・ダテなる侍従も連れて来い」って・・・俺?なんでさ?」
「さぁ?私にもあの人が何を考えているのか、判んないよ」
少しだけ、寂し気に笑う王女。
和磨としても、自分が呼ばれる理由がまったく思い浮かばない。
「まぁ・・・でも、はっきりと指名されたからには、やっぱ行かなきゃマズイよな?」
「そりゃ、国王陛下からの命令だ。理由も無しに断る事はできないね」
二人して、顔を見合わせ揃って溜息。
「ん、了解。んじゃ行きましょう。って、俺この格好じゃ不味いか?」
「ん~・・・どうなんだろう?そもそも、侍従。しかも見習いを国王に謁見させるって事自体本来在り得ない事態だから・・・いいんじゃないかい?ソレを東方の正装だとかなんとか、言い訳すれば」
「そーだな。どうせ真偽は判らん訳だし」
「そういう事さ。ま、とりあえずさっさと行くよ。あぁ、武器。その刀と木刀は置いていきなよ。どうせ向こうでも謁見する前に取り上げられるんだから」
了承し、腰の物を部屋に置く和磨。
幾分か、先程よりも明るくなったイザベラと共に、二人はプチ・トロワを出て王城。
グラン・トロワへと向かった。
「ガリア王国第一王女イザベラ。国王陛下の命により参上した」
グラン・トロワの奥。
玉座の間の門前で、イザベラが一言。
すると、その一言を受け、扉の前に立ち塞がるようにしていたガーゴイル達が、少しの間を置き、ゆっくりと左右に。道を開けた。
それを見ながら和磨はふと、元の世界を思い出す。
ロボット技術がどうのと、大企業が踊ったり話したりするロボットを作り出してい
る昨今。技術者達が、この科学とは正反対の魔法技術で動くガーゴイルを見たらどんな反応をするだろうか?と。
和磨がそんなどうでも良い妄想に耽っている間に、ガーゴイルが扉を開き、イザベラが中へと歩む。
それに気づき、慌てて、彼女に付き従う様に後に続いた。
そうして見たのは、プチ・トロワ以上の豪華な内装が施された大部屋。
警備の兵の代わりに、ガーゴイル達が部屋の隅に控えている。
赤い絨毯が敷かれ、その先に階段。
段差の上。全てを見下ろす様な位置にある豪華な玉座。
そしてそこに座る人物こそ、この部屋の主。
蒼の髪に同じ色の髭を生やし、ガッチリとした発育の良い肉体。
彼こそが、この部屋の主にして、この国の王。
ガリア王。ジョセフ一世その人である。
一瞬、呆気にとられていた和磨だが、慌てて気を引き締め、自らの主に続く。
何せ、あの玉座に座る人物は、今も自分の右前方をあるく少女の父にして、この国の王。
少しでも無礼な態度を取れば、我が主とは違い、その場で首を飛ばされてもおかしくないのだ。
珍しく緊張し、顔を強張らせる和磨とは対照的に、その主であるイザベラは無表情のまま、淡々と歩を進め、やがて停止。
そのまま深々と一礼。
「父上。ご命令により参上致しました」
和磨も、揃って礼。
そんな二人を、玉座に肩肘付きながら、つまらなそうに見下ろす王は、何の感情も篭っていない様な声で一言。
「何だ?それは」
その一言で、ピクっと。一瞬身を震わせるイザベラ。
「申し訳ありません。国王陛下。本日はどのようなご用件でしょうか」
先程よりも若干、気落ちした声で訂正し、質問するイザベラは、この時、見落としていた。
彼女の従者である和磨もまた、先の王の一言に、一瞬眉を顰めていた事を。
気付いていれば、あるいは、手が打てたかもしれなかったが・・・・・・
「ふん。お前になど用はない。余が用があるのはそこの従者だ。名を何といったかな?」
平坦な口調で、娘などどうでも良いと吐き捨てる父王に、さらに気分を沈ませるイザベラ。そんな少女を横目で見ながら、和磨は無表情で、深々と一礼。
「和磨・伊達と申します。東方より参り、現在は姫殿下の下、侍従見習いとして仕えさせて頂いております」
すると、先程とは一転。
国王はその顔に笑みを浮かべ、若干上気しながら続ける。
「おぉ、そうかそうか。カズマだったな。東方か。東方とはどんな所なのかな?お前は東方のなんという国から来たのだ?」
「はっ。自分は、日本という国から参りました。この服装は、日本の礼装でございます」
「ほほぉ!奇妙な服だとは思っていたが、なるほど。しかしニホンか。聞いた事が無いな。どんな国だ?」
「東方の更に東。極東にあり、四方を海に囲まれた島国にございます」
「ほぉ、海に。それで?他には?」
娘への対応とは間逆に、一人やたらテンションを上げながら質問を繰り返すジョセフ王を、それとは対象的に、平坦で。冷めた口調で応答する和磨。
ここに来て、イザベラは違和感を覚えた。
彼は、こんな冷淡に会話をする人間ではない。
苦手な相手にも、先の決闘の際に戦った騎士に対しても、こんな何の感情も篭らない声ではなく、もっと彼らしい、感情の篭った声で会話をしていた。
それが正であれ、負であれ、常に彼の言葉にはなんらかの感情が篭っている。
それが、イザベラが知る伊達和磨。
いくら相手が国王で、無礼を働かないように注意しているとは言え、それでも、会話に喜怒哀楽の感情が一片も見られないのはやはり異常だ。
そこに言い知れぬ不安を感じ、取り返しの付かない事態になる前に、どうにかして和磨を下がらせようと思考するイザベラだったが。
「あの、国王陛下。一つ、よろしいでしょうか?」
それは、少しばかり時期を逸していた。
「うん?何だ?何かあるのか?言ってみろ」
「此方にいらっしゃる我が主は、陛下のお子様でいらっしゃいますよね?」
「あぁ。ソレは間違いなく。余の娘だ。それで?それがどうかしたのか?」
「・・・いえ。でしたら、自分の事は姫殿下からお聞きすれば宜しいかと。自分の国についても、殆どを姫殿下にお話しておりますので」
「いらん。余はな。お前の口から聞きたいのだ。ソレはどうでも良い」
「・・・・・・でしたら、せっかくの機会ですので、国王と王女の立場では無く、親子としての会話等、なさっては如何でしょうか?自分は、部屋の外にて待機しております故」
「そんな事、どうでも良い。余はお前の話が聞きたくて呼んだのだ。そのお前が下がってしまっては態々呼んだ意味が無いでは無いか。そんな事より、続きを聞かせろ」
ギリ
何かを噛み締める様な。
いや、実際、和磨が歯を噛み締めた音が、近くに居たイザベラだけに聞えた。
「・・・・・・陛下。陛下は姫殿下のお父上でいらっしゃる」
「それがどうした?さっきからソレばかり」
「ならば、姫様は陛下の後、このガリアを背負って立つ御方。父親として姫様を愛せないのなら、せめて。国王として、次代に伝えるべき事が多々あるのではないのですか?」
僅かな静寂。
不味い。この父王は、自分に逆らった者に容赦するような性格ではない。このままでは―――――――――
イザベラが何事か、事態を収拾しようと動く前に、笑い声が聞えてきた。
「フ・・・ふふふふふふふふふふはーっはっはっはっはっはっはっはっははははははははあっははははははははははははは!!」
突然。狂った様に嗤う自らの父親を、何事かと、呆然と見る。
横目で和磨の様子を伺うが、やはり何の感情も見て取れない。
無表情の仮面を付けたまま。
しばらくジョセフ王の嘲笑が続き、どうにか落ち着いてきた所で、和磨が問いかけた。
「失礼ながら、自分はそれ程可笑しな事を申しましたでしょうか?」
「くくくく・・・いや、なに。うん。中々に面白い事を言う男だな。お前は」
無言で続きを促す和磨の視線を受け、ジョセフ王は、嗤いすぎて出た涙を拭いながら続ける。
「娘を愛する?国王として?ふふふふふふふ。無理だな。余にそんな事は出来ない。なにせ余は、自他共に認める「無能王」なのだからな。ふふふふふ。あっはっはっはっはっはっはははははははははははは!!」
再び嗤いだした国王を無視し、和磨が疑問を口にした。
「無能王?」
「はー。はー。あぁ、そうとも。魔法が使えぬ無能王!国政も知らぬ無能王!貴族の信も得られぬ無能王!それが余だ!はーっはっはっはっはっはははははははははは」
「それで?それが何か?」
一瞬。
大笑していたジョセフ王は、それまでが嘘だったかのようにピタリと、笑いを止める。
「どういう意味だ?」
「陛下が無能なのと、娘を愛さず、国を想わぬ事に何の関係が?」
「決まっているだろう。無能故に国政は貴族に任せきり。何せ、余が国政に関わると国が傾くと言われているのだからな。それに娘を愛すると、先程からお前はそればかり・・・何だ、そんな下らない」
「下らない。ですか」
「あぁ。実に下らん。そんな事はどうでも良いのだ。娘など、居ても居なくても大した違いは無い。むしろ、居ない方が良かったか。それを愛するだなんだ。だいたいからして――――――――――」
ズドン!
いきなりの轟音に、イザベラは身を強張らせる。
轟音は、彼女の斜め後ろ。
先程まで和磨の居た場所から聞えてきた。
ソレは、隣に居たイザベラにも。
部屋の隅に待機していた、ガーゴイル達にも。
王座がら見下ろしていた、国王にも反応できなかった。
速度故ではない。その行動の突飛さ故に。
剣術の達人は、五間(凡そ9メートル)を、一瞬で踏破するという。
玉座と、和磨の距離は凡そ10メートル。
当然、和磨は剣術の達人等ではないが、その脚力は折り紙つき。
彼の場合は、三間(凡そ5メートル)が間合い。
だが、余りに突然の行動に、誰も反応出来ない場合、それで十分。
二度の踏み込みで一気に彼我の距離をゼロに。
そして
ゴッ
しっかりと地に足を着け、震脚を利かせ、体重を乗せた右ストレートが。
蒼髪の美丈夫の頬を直撃。
190を超えるその巨体を、そのまま、玉座から吹き飛ばした。
予想外の行動に反応出来ないのは、和磨以外。この場に居た全員の共通事項。
そして、前代未聞。国王を殴り飛ばした平民は、己の行いに恐慌・・・・・・・・など一切せず、相も変らぬ無表情。
「ふざけるな。何が無能だ」
しかし、その声にはハッキリと、怒気が込められていた。
「自分の子供を愛せないのは、別にいいさ。そりゃ、そういう人間もいるだろう。そこに一々文句を言う権利は、俺には無い」
今までに、和磨から一切感じたことが無い感情。
侮蔑。
それが、今の和磨からはハッキリと現れている。
「だけどな。それを居ない方が良い?それも、まだ良い。だが、そう思うなら」
殴られ、床に倒された王が上体を起こし、和磨に目を向ける。
「居ない方が良いなんて思うなら、せめて、子度が自立できる様になるまで、責任持って面倒見ろよ。それが、人として。親として、最低限の義務じゃないのか?自立させりゃ、そいつは勝手に離れていくさ。それすらさせず、自分の無能を言い訳にして何もしないってのは、お前、魔法云々以前に、人として無能だよ。自分で無能だと思うなら、国王なんてやめちまえ」
吐き捨てる様に言うと、そのまま。
和磨は踵を返し、真っ直ぐに部屋の外へ。
事態を把握し切れず、どうすればいいのか、答えも出ないイザベラは、慌てて和磨の後を追い、玉座の間を後にする。
そして一人残された国王は。
「く・・・くっくっくっくっくっくくくくくは。はっはっはっはっはっはっはっはっはははははははははははははははははははあーっはっはっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
殴られたショックでネジが飛んだ。
そう説明されても、それで納得してしまう程、その光景は異常だった。
何の感情も移さない瞳で、一人、狂った様に嗤い続ける国王。ジョセフ一世。
「ジョセフ様・・・」
そんなジョセフの隣に、いつの間にか。顔に奇妙な文様を浮かばせる美女が立っていた。
「ふふふふふふ。良い。良いのだ。余のミューズ。くくくくくく。余も、散々無能だなんだと言われてきたが、無能の理由が「人として」とは。あっはっはっはっは!そんな事を言われたのは初めてだぞ!あぁ、そうだ。それと、人に殴られたのも初めてだな!何せ余は、無能だが国王なのだからな!国王を殴り飛ばす者など、今までは一人も居なかった!はーっはっはっはっはっはっはっはっは!!」
ミューズと呼ばれた女性の手を借り、玉座に座りなおしたジョセフ王は、一人嗤い続ける。
彼の真意は誰にも。現在も隣に控える女性にすら、理解できない。
所変わって、イザベラと和磨の主従は、プチ・トロワの。イザベラの執務室へと戻ってきていた。道中は互いに無言。
お互い、何を言うべきかを決めかねているのだろう。
そんな中、イザベラが椅子に座るのを待って、和磨が、やはり無言で紅茶を淹れる。
無言でだされた紅茶を、やはり、一言も発せず、イザベラが手に取り、一口。
最近ようやくマトモに淹れられるようになった紅茶は、今の彼女には何の味わいも無い。
やがて、和磨も自分のお茶を淹れ、許可も取らずにもう一つ用意されている椅子に腰を下ろす。
そのまましばし。
二人で紅茶を飲む音だけが、室内に響く。
そんな中、先にポツリと。呟くように言い出したのは、和磨だった。
「俺の親父はな」
イザベラが反応し、和磨を見る。
「俺の親父は、最低の父親だった」
和磨が八歳の時。
丁度、時代劇を見て、侍に憧れ、近くの剣道道場に入門した頃。
彼の母親が病死した。
普段から外国で仕事をして、滅多に家に帰ってこない父親だが、葬儀にだけは、しっかりと参加。
その後、遺骨を墓に納め、親族達が皆帰った後。和磨と二人きりになった時。
「その時。親父は俺に言った。『俺はお前が嫌いだ』ってな」
どこか遠い目をして、八歳のガキに直接言う事じゃねーよ。と。鼻で笑いながら、和磨は続ける。
「そんで、こうも言った『嫌いだ。が、俺がお前の父親である事に変わりはない。だが、繰り返すが俺はお前が嫌いだ。そこで、少しでも早く自立して、一人で生きて欲しいんだよ』ってな。そんで最後に一言。『成人するまでは面倒を見る。だが、その後は知らん。勝手に生きろ』だとさ」
その言葉通り、当時八歳の和磨には、生活するには十分な金銭が送られてきたが、それ以外は一切無かった。
最初、どうして良いか分からずに、勇気を出して父親に電話。
すると、意外な事に、一通り、家事のやり方。金の使い方。その他、生活に必要な事を細かく教えてくれた。
だが、二度目は無かった。初めてする質問には、驚くほど丁寧に答えてくれるが、二度同じ質問をすると「それは前に言った」の一言で切って捨てられる。
「それでも、手続きだなんだ。親の了承が必要な書類とか、そういうのはしっかりとサインしてくれたよ。何も聞かずにな」
和磨が自分で考え、自分で決めた事に、父は一切口を出さず。ただ、親の了承が必要な書類にサインをするだけであった。
「繰り返すけど、俺は自分の親父は最低だと思ってる。でもな、それは俺が思ってるだけで、世の中にはもっと酷いのが居るだろうとも思ってる。実際、俺の親父はしっかりと。俺が成人するまでは仕送りをしてくれるっつって、それを続けてた訳だからな」
それすらもせず、黙って捨てたり、食事を与えなかったりと。
探せばいくらでも下が見つかるだろう。
「だけど、それでも。俺は親父が大嫌いだ。面と向かって嫌いっつわれて、好きになれる程、俺は人間出来ちゃいない」
「そうかもね」
黙って聞いていたイザベラも、小さく頷きながら同意。
「あぁ。で、だ。それ以来、どうにもダメな父親ってのを見ると・・・な。感情が抑えられないんだよ」
流石に、直接殴ったのは初めてだった。
ニュースやTVで見る時は、すぐにチャンネルを変えていた。
人との会話の中に出てきた時は、多少強引にでも話題を変えていた。
雑誌等も、それらの記事は飛ばして読む。
「それで、今回は我慢できなかった・・・って事かい?」
「・・・・・・・・・あぁ。言い訳はしない。て、まぁもう言い訳みたいな事言ってる訳だが。ともかく、今回のは完全に俺が悪い」
自虐的な笑みで。
そんな顔で笑う和磨から、イザベラは目を逸らす。
そんな顔は、あまりにも。色々な感情が籠められ、籠められすぎているからこそ。見ていられなかったから。
そのまましばらく。
また、二人とも黙り込む。
やがて、イザベラのカップの紅茶が無くなった頃。
「リザ」
言いながら、和磨が席を立った。
「今まで、ありがとう。お世話になりました」
そのまま深々と頭を下げた。
「・・・・・・ぇ?」
言葉の意味が理解できなかった。
「リザには、感謝してる。平民で、何も知らなかった俺に、いろいろ良くしてくれた事も。仕事をくれた事も」
違う。
自分が呼び出したのだから。
別に、良くした事何て何も無い。
ただ、自分と普通に話しをしてくれる。
それだけで、どれだけ自分が救われたか。
感謝してるのはむしろこっちの方で。
頭の中で、グルグルと言葉が回っているが、一つたりとも、声にして出す事が出来ない。
「本当に感謝してるよ。だから、迷惑はかけられない。かけたくない」
言いながら、頭を上げる。
「今日限りで、侍従見習いの職を辞します。姫殿下。今まで、ありがとうございました。どうか、お達者で」
そのまま、再び頭を下げた。
「・・・ぇ、ぁ・・・な・・・」
未だ、蒼の少女から言葉は出ない。
何を言えば良いのか。
言いたい事など山ほどあるが、言葉に出来ない。
フルフルと。
和磨の言葉を拒絶するように、左右に首を振るしか出来ない。
そんな少女に、頭を上げた和磨が、優しく微笑む。
「俺なんか居なくても、リザならやっていけるさ。魔法も、コモンマジックなんてかなり上手くなってきてるじゃないか。派閥も無事作れたし、もう一人でも大丈夫。つか、俺何もしてないよな」
ははは。
軽く笑いながら、和磨は背を向け、部屋を後に
「ぁ・・・ま、待ってっ!」
ようやく搾り出せた言葉がそれ。
「ん?」
足を止め、振り返った和磨が見たのは、涙を流しながらこちらを睨みつける少女の姿。
「なん・・・別に、出て行く必要なんかっ!」
「・・・・・・リザなら、判ってるだろ?」
涙ながらの懇願も、その一言で返された。
そう。判ってる。
国王を、よりにもよって平民が殴り飛ばした。
あの場には、他に誰も居なかったはずだが、それでも、万が一にもこの話が外に漏れれば、王の権威の失墜に繋がる。
それ以前に、そんな平民を生かしておく理由すら無い。
そして、そんな平民を王女が庇う事も許されない。
だから、和磨は自ら去ると。そうすれば、彼女も言い逃れが出来るだろう。
厳しく罰し、追放処分にしたと。
その後、煮るなり焼くなりは王のお気に召すままにと。
それが判って、理解しているからこそ、イザベラは二の句が次げない。
「ごめんな。最後まで、迷惑かけっ放しだったな。俺」
少し寂しそうに笑いながら、和磨は再び背を向け、歩き出す。
もう一度、呼び止めようとした所。
「元気でな」
その一言に遮られた。
一言だけ言い残し、和磨は部屋の外。
バタン。
扉が閉まる音が、何か別の音に聞えた。
部屋には、すすり泣く少女が一人残される。
どうしてこうなったのか。
他に何か、手は無かったのか。
何故、自分はこんな時に、ただ泣く事しかできないのか。
その場にへたり込み、ただ涙を流す少女の気持ちは、誰にも伝わらず・・・。
日が沈みかけたガリアの王宮。
方や、狂った様に笑い続ける蒼の国王。
方や、ただひたすらに涙を流す蒼の姫君。
同じ蒼でも正反対。
この状況。
鍵を握るのは―――――――――――――――――――
という訳で九話でした。
ジョセフさんが出ると、一気に話が進む・・・やっぱり彼は凄い人ですねw
2010/07/07修正