第五話 姫君の苦悩
ガリア王国。
ハルケギニア最大の大国である国の首都リュティス。
人口三十万を誇る名実共にハルケギニア最大の大都市。
そこに、巨費を投じて建設された宮殿。
ヴェルサルテイル宮殿がある。
その一画。
通称プチ・トロワ。
これは、侍従見習いとしてプチ・トロワで働く青年。
伊達和磨と、その主であるガリア王女イザベラの物語である。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・
等と前置きは置いておくとして、和磨が異世界に召喚されて二週間。
プチ・トロワで、イザベラの侍従見習いとして働き始めて一週間が経過していた。
この一週間は、和磨にとって試練の連続・・・・・・という訳でも無かった。
侍従見習いの仕事として、他の侍従達の仕事を手伝ったり、また侍従達の身の回りの世話。つまり、先輩の部屋を掃除したり、洗濯をしたり、食事を用意すると言った仕事で、ぶっちゃけ、カステルモール宅でやっていた事とあんまり変わりが無い。
そんな訳で、家が無い和磨は相変わらずカステルモール宅で寝起きし、朝の素振りを終え、朝食を取りプチ・トロワへと出勤。
という日常を送っていた。
本来、和磨も他の侍従達と同じ宿舎に住んだ方が良いのだが、あいにくと現在宿舎の部屋は満室である。
現在ハルケギニアはフェオの月。
日本で言えば四月。
丁度新規雇用や学校の入学式の季節であり、ここプチ・トロワでも侍従を雇用した後であったため、空き部屋が無くなっていた。
それに極秘事項とはいえ、ガリア王女の使い魔を平民の侍従と同じ宿舎で寝起きさせるのは如何な物かと、某騎士団長の一言もあり、和磨はカステルモール宅で寝起きをしている。
とまぁそんなこんなで一週間。
宮殿内の調度品を磨いたり、花瓶の水を取り替えたり、床を掃除したりと、和磨は精力的に仕事に取り組んでいた。
実際、和磨にしてみればアルバイトの延長みたいな感覚であり、普通に与えられた仕事をこなしているだけであったが。
そしてもう一つ。
和磨にしかできない重要な仕事があった。
すなわち、王女のお相手である。
今までイザベラはとにかく癇癪が酷く、事あるごとに侍女達に当り散らすという行動をしていたため、皆決して口には出さないが、彼女の相手をしたいと思う者は皆無であった。
そんな中、新規に雇用された侍従見習いが初日に王女に呼び出された時。他の者達は皆心の中で黙祷した。
が、蓋を開けてみれば彼らが予想していた物とは全く違う結果になっていた。
王女と、あの気まぐれで捻くれていて気難しい王女と。まともに会話を成立させている青年。
それだけで、和磨が羨望の眼差しを向けられるには十分な理由だった。
そんなこんなで現在に至る。
プチ・トロワ内にあるイザベラの執務室で、ガリア第一王女イザベラはサインしていた書類から顔を上げ、う~んと体を伸ばしてから、机に置いてあったベルを鳴らした。
すると、すぐに反応が。
「はいはい。お呼びですか~姫殿下」
執事服に身を包んだ黒髪の青年。
伊達和磨が、やる気なさそうな声と共に入室して来る。
そんな無礼な態度を取る和磨を、青筋を浮かべながら引きつった笑顔で迎えるイザベラ。
部屋に居た他の侍女達が、皆一斉に部屋の入り口の方へ。ゆっくりと移動開始。
「おい、なんだそのやる気無さそうな態度は」
「いやお前、せっかくコック長のセガールさんに、俺の国の食文化についていろいろ話して、作ってもらおうとしていた所をお前に呼び出されたんだぜ?まったく、空気読めよ」
「ほぉ・・・私の呼び出しより、自分の都合が優先とはいい度胸じゃないか」
「いやいや、だからこうしてキチンと呼び出されてやって来たじゃん。んで?ご用件はなんでございましょ~か?」
「・・・・・・ふん。喉が渇いた。茶を淹れろ」
先程までの引きつった笑みから一転。
ニヤリと、意地の悪そうな笑みを浮かべる。
それに対し、今度は和磨が青筋を浮かべて顔を引きつらせた。
「おいまてコラ。まさかその為に呼んだの?」
「あぁ」
「何その「他に何かある?」みたいな態度!つか、茶くらい自分で淹れろよ!」
「ごちゃごちゃうるさいよ!それがお前の仕事だろ!?」
「あーあーそーですね。そのとーりですよ!クソ。なんつー職場だ。ったく・・・」
ブツブツ文句を言いながら、いつの間にか用意されていたティーポットを手に取り、カップへと紅茶を注ぐ。
「ほらよ」
面倒くさそうに差し出されたティーカップ。
イザベラはそれを受け取り、一口飲むとカップを突っ返してきて一言。
「不味い。淹れ直し」
ブチン
何かが切れる音がした。
落ち着け。
落ち着け落ち着けクールに、冷静に・・・・・・・・・そう、思い出せ。
ファミレスのバイトをしていた時の事を。
水一杯で二時間粘っていた客に呼ばれ、ようやく何か注文か?と思った所
「水お代わり」と言われたあの時の事を。
あの時は笑顔で応じたんだ。
今回のコレも、笑顔だ笑顔。
そう、アレにくらべればまだマシだ。
そう思うんだ・・・
和磨は思い切り顔を引きつらせながらも、黙ってもう一度紅茶を淹れ、再び差し出した。
「ど、どうぞ」
「不味い。淹れ直し」
・・・・・・・・・そうだろうな。
そうだろうな!そうなるだろうな!そもそも紅茶の良し悪しすら分からなかった俺に、上手に紅茶を淹れろというのが間違っているんだよ!一応先輩に習っているけど、一週間やそこらで上手くなる訳無いって事は分かってるんだ。分かってる。そう、当然、このクソアマもそれを分かってる。そうでなきゃ、今も目の前でニヤニヤと嫌らしいく笑ってる訳無いよなっ!嫌がらせか?そうだよな?よしいい度胸だ。後悔させてやろう・・・・・・・・・・・・
怒りを堪え、和磨は再び紅茶を淹れる。
しかし、その際懐から小瓶を取り出し、中の液体を数滴。紅茶に混ぜて。
「どうぞ姫様。今度のは一味違うはずでございます」
素晴らしい笑顔で差し出されたティーカップ。
その態度に、イザベラは不振に思いつつもとりあえず一口。
「っ~~~~~~!なんらこれは~~~~からひ~~~!!(訳なんだコレは辛い)」
「ぷっ!ははははははざまぁwww」
口を押さえながら「水!水!」と叫び部屋の中を走り回るイザベラを見て、和磨爆笑。
コック長のMrセガールが、どこからか仕入れてきた赤くて見た目辛そうな物体。(仮称ハバネロ)からエキスを取り出しビンに詰めた物。それが先程和磨が紅茶に混入した物の正体である。
「おまへ!このわはひにこんはひうちをひて、はくほはへきへるんはろうは!?」
「ふはははははははは。何言ってるか分かんねーよ!」
ここ一週間ですっかり見慣れた光景なので、控えていた侍女達は全て、ある人物を呼ぶ為に部屋から出て行った。
トム猫とジェリー鼠の争いに介入できる人物は、現在二人。
一人は、ガリアが誇る精鋭中の精鋭。東花壇騎士団団長。
そしてもう一人。
バコン!
「へぶ!?」
爆笑していた和磨の頭から、お盆の角で強打されたような音が響く。
「姫様。水でございます。お口直しを」
下手人は、何食わぬ顔で水入りのグラスをイザベラに手渡した。
「~~~~ふ~・・・助かったよ。クリスティナ」
「いえ」
眉一つ動かさずに答えた二十代半ばの女性。
腰まで伸ばしたストレートの金髪を揺らしながら、プチ・トロワ侍従長。
クリスティナは一礼。
「っ~~~つ~~~何すんだよクリさ」
バコンッ!
「何度言えば覚えるのですか?侍従長。もしくは、クリスティナ様と呼びなさい」
同じ箇所を強打された痛みで、頭を抑えて床を転がる和磨を、氷点下の視線で一瞥したクリスティナは、そのままイザベラに一礼し退室して行った。
「ふ~・・・相変わらずおっかないメイドだなぁ、クリさんは」
復活した和磨の第一声。
「アンタの態度が悪いんだよ」
いつの間にか、恐らく、先程部屋に入った時にクリスティナが用意したのであろう――――素晴らしい匠の技である――――紅茶を飲みながらのイザベラの指摘に、和磨は大きく溜息を吐いた。
「は~。いやだってさ、名前呼びにくいじゃん?」
「そこで同意を求めるな」
ここ一週間で分かった事だが、和磨は名前を覚えるのが苦手らしい。普通に覚える事もあるのだが、勝手に短縮したり、渾名を決めて勝手に呼んだりと、かなりフリーダムである。
「しかし、お前もずいぶんタフだねぇ」
もう一つ。分かった事。
それは和磨の身体能力の高さだ。重い物でもヒョイヒョイ運んだり、一日中働き続けても息切れしなかったりと、見た目に反してなかなかパワフルである。
「あぁ、小さい頃から鍛えてたからな~。こんな形で役に立つとは思わなかったけど」
「鍛えてたって、ケンドーだっけ?それをやる為にかい?」
「いやいや、それはもうチョイ後。それ以前は俺、忍者に憧れててさ。草を植えてその上を飛び越えたりとか、ひたすら走りこみをしたりとかしてたんだ。おかげで足腰の強さには定評がある。師匠のお墨付きだ」
「ニンジャ?何だいそれは?」
「あぁ、忍者ってのは――――――――――」
和磨の話をイザベラが聞く。
ある時は逆にイザベラの話を和磨が。
そんな二人の会話のネタは尽きる事無く。
ここ一週間。二人は暇さえあればお互いが知っている事を話し合っていた。
そしてお互い。そんな時間を楽しいと。そう感じているのだろう。
「ふ~ん。ニンジュツってのは、魔法みたいな物だね」
「ほ~。魔法ってそんな事もできるのか」
和やかな空気。
ここプチ・トロワでは、今まで全く存在しなかった空間。
常にヒステリックに、周囲に当り散らす王女をどう宥めるかというのが至上命題だった侍従達にとって、和磨は救世主とすら言える存在だ。
いつでも元気良く話し、笑う和磨と、普段は眉に皴を寄せているが、和磨と会話する時だけは年齢に見合う笑みを浮かべるイザベラ。
この光景を隠れながら観察する事が、プチ・トロワで働く侍従達の密かな楽しみになりつつあった。
しかし、そんな微笑ましい光景も、和磨の次の一言で一気に凍りついた。
「そういやさ、俺まだ魔法ってのをマトモに見て無いんだよ。だから見せてくれ」
微笑んでいたイザベラの表情が凍りつく。
「こ、今度カステルモールにでも見せてもらえばいいじゃないか」
「それでも良いんだけどさ、王族って事はリザもメイジ《魔法使い》なんだろ?だったらいいじゃん。ケチケチすんなよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
終にイザベラは黙り込んでしまった。
魔法が使えない無能姫。
そう陰口を叩かれるイザベラだが、それは正確では無い。正確には
「”殆ど”魔法が使えない」だ。
コモンマジック等初歩の初歩の魔法が稀に成功する。そんな具合。
それでも、普通の貴族にしてみればそれは「使えない」と同じである。
ここ数日は、その事を忘れられていたが、和磨の一言でその事を思い出してしまったのだ。
俯き、黙り込んでしまったイザベラを見て、和磨も自分がなにやら地雷を踏んだと悟る。
「あ~、まぁ別に無理しなくていいけどさ。うん。そうだな。今日帰ったら先生に見せてもらう事にするよ」
その一言に、イザベラは言い知れない不快な感情を覚えた。
この後、カズマは帰ってカステルモールに魔法を見せてくれと頼むのだろうか?その時、今日の出来事を話すのだろうか?
その際、カステルモールは自分の事をカズマに話すのだろうか?
魔法が使えない王女と。
それだけは。それだけは嫌だった。
他の貴族達にどんな陰口を言われても良い。もう慣れてしまったから。
周囲に当り散らせば少しは気がまぎれる。
だけど
カズマにだけは、それをされたくない。
今も目の前で気まずそうに、何やら言いつくろっている男は、陰口を言うような性格では無いだろう。
それでも、自分が魔法を使えないと知った時はどういう反応をするのだろうか?
同情してくれるのだろうか?
励ましてくれるのだろうか?
どちらも嫌だ。
バカにするだろうか?
軽蔑されるだろうか?
それだけは絶対に嫌だ。
自分でも理解できない感情が胸の中で渦巻く。
やがて、搾り出したような小さな声で
「分かった・・・・・・・・・見せてやるよ」
「お、おいおい。別に無理しなくてもいいぞ?調子の悪い日ってのは誰にだってあるんだから」
「いいから!黙って見てな!」
杖を手に取る。そして、その杖を振り下ろし、魔法を唱える。
「レビテーション!」
すると、振り下ろされた杖の先に置かれていた花瓶が、十サント程。宙に浮いた。
フワフワと宙を漂う花瓶を見て、イザベラは内心ホっと安堵の息を吐く。
しかし、すぐに自分が安堵した事を後悔した。
なにせ、この程度メイジであれば誰でも出来る。
そんな程度の魔法が成功しただけで、喜んでしまう自分に腹が立った。
しかし、そんなイザベラの葛藤などいざ知らず、和磨は驚きの声をあげる。
「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!すっげぇ!コレが魔法か!糸や透明な板も無い!すげー!!クッリマータスミさんもビックリだよコレ!」
大喜びしながら花瓶の周りを触ったり、下に手を通したり、何か仕掛けが無いか周囲をグルグルと回りながら見ている。
そんな姿を見ていると、沸々と怒りがこみ上げてきた。
「いい加減にしろっ!!バカにしてるのか!?」
「へ??え?何で?」
「この程度でそんな大げさに!!お前はそんなに私をバカにしたいのか!?」
「は?いやだってコレ、十分すごくね?別にバカになんてしてないぞ?」
「だったらアレを見てみろ!!」
指差された先。
窓から見える先。遠く離れた場所だが、練兵場で数人のメイジが魔法を使っていた。
炎の玉や氷の矢が飛び交い、竜巻が吹き荒れ、土人形が闊歩している。
「お~、あんな魔法もあるのか~。いやさ、確かにアレもすごいけど、今お前が使った魔法だって十分」
その言葉は、最後まで言えず、強制的に遮られた。
イザベラが平手が和磨の顔へ向かったから。
「アブね!いきなり何だよ!?」
「うるさい!避けるな!」
「いや、避けるって。つか、何で叩かれなきゃいけないのさ!?」
ブンブンと手を振り回すイザベラの攻撃を、戸惑いながらも全て回避する和磨。
業を煮やしたイザベラは、平手から投擲攻撃に切り替えた。
「そうやって!見え透いた!世辞を言って!私の!ご機嫌取りか!?それとも!安っぽい!同情か!?ふざけるな!!」
手当たりしだいに周囲の物を投げつける。
「ちょ!?ま!あぶね!おい壷投げるな!ちょ落ち着け!ご機嫌取りって何!?同情って何さ!?俺は!普通に!思った事を!言っただけだっつの!!」
次々と飛んで来る攻撃を回避しつつ、割れ物を上手く掴み、床に下ろす。
しかし、全てをキャッチする事は出来ずに。
いくつかは派手な音を響かせながら部屋に散らばり、いくつかは体に命中した。
やがて手元に投げる物が無くなると、姫殿下は、再び肉弾戦を挑んできた。
が、普段あまり運動もしない王女様は、足を引っ掛けて転倒
「おいおいおい、いきなりどうしたんだよ?俺、何か悪い事言ったか?それなら謝るからさ、とりあえず落ち着いてくれ」
転びそうになった所を、和磨に抱きとめられる形で助けられ、そのまま和磨の胸の中に納まった。
「うっ・・・うぅ・・・お前に、私の、気持ぢが・・・うぅぅっ~~~」
「あぁ。そうだな。分かんない。ごめん。悪かったよ」
いきなり怒ったと思ったら次は泣き出してしまった。
和磨はどうしていいか分からず、とりあえず、一言一言に一々返事をしながら、泣き続ける少女の頭を優しく撫でる。
「魔法が、使えないって、でも、使ってくれって、成功しても、あんなのだけで」
「そうか。あぁ。ごめんな。そうだな。悪かった」
涙しながら、ポツリポツリと溜め込んでいた物を吐き出すイザベラ。
支離滅裂だったが、和磨が凡その事情を理解するには十分だった。
しばらく時間が過ぎ、イザベラがようやく落ち着きを取り戻した。
が、未だに和磨の腕の中から出られずにいた。
泣き腫らした顔を見せたくなかったし、なにより二人とも、こんな時どう対応すれば良いか分からなかったのでお互い動くに動けずにいる。
そこで、このままでは埒が明かないと、和磨が切り出した。
「・・・とりあえず、落ち着いた?」
「・・・・・・あぁ」
胸に顔を埋めたまま、蚊の鳴くような小さな返事が返ってくる。
「まぁ、アレだ。気にするなよ。誰だって得手不得手ってのはある」
「・・・・・・・・・」
「あ~、それとな?さっき外で見た魔法。アレも確かに凄かったけど、リザが使った魔法も十分凄いと思ったぞ?本当に」
「・・・・・・なんでそう思う?」
「いや、ぶっちゃけアレって火炎放射器とかでっかい扇風機とかだろ?派手だけど、実用性はお前が使った魔法と大差無いんじゃねーのと思ってさ。どっちも手品師がやりそうなネタって意味では、まさしく魔法《マジック》だな」
「・・・良く分からないけど、実用性ならあるじゃないか。あの炎弾や竜巻を見たろ?あれで平民の十人や二十人簡単に殺せる」
「は?」
「だから、私の「レビテーション」の魔法じゃ、人一人倒せないけど、炎弾や竜巻だと」
「いやいやいや、ちょっと待った」
和磨には、最初イザベラが言っている意味が理解できなかった。
確かに、魔法は素晴らしいと思う。
しかし、和磨にとって魔法=手品という認識であり、何故魔法で人を倒す云々の話になるのかが分からない。素晴らしいのは、あくまでもエンターテイメント的な意味なのだから。
何故なら
「何で人殺すのに魔法使わなきゃいけないんだ?銃でいいだろ?」
それが現代日本に生きる人間の感覚。
手品は手品であって、争いの道具ではない。
炎で焼き殺すなら銃撃で。
風で切り刻むなら砲撃で。
土だろうが、水だろうが、災害級の天変地異ならともかく、先程練兵場で見た程度の物なら普通に銃や大砲を使った方が手っ取り早い。
「銃は魔法より射程が短いし、連射もできない。それに」
「あ~、そっか。なるほどなるほど。そういえば此処は俺の世界程発展して無いんだな。納得」
納得した。
銃が有ると教えられていた和磨は、普通に中世~近世ヨーロッパの様に銃が主流になっていると勘違いしていたのだ。魔法という絶対的な力があるからこそ、他の部分の発展が遅れているのだろうか。
つまりメイジ=手品師ではなく、メイジ=優秀な兵士という図式。
だからイザベラも、人を倒す云々と言ったのか。
そこまで納得し、さてこの傷心の姫君をどうしようかと考える。
少し熟考し、考えが纏まったので、イザベラの肩を掴んで引き離し、顔を見ながら、ゆっくりと。一言一言。言い聞かせる様に語りかけた。
「なぁ、俺の世界ではな。魔法なんて無い」
「・・・そ、それはもう聞いたよ」
正面から顔を見られたのが恥ずかしいのか、イザベラは顔を赤く染め、目を逸らしながら答える。
「うん。で、そんな俺の世界の戦争は銃やミサイル。爆撃や砲撃で戦う」
「・・・それで?」
「魔法なんか一切使わなくても人を殺せる」
「それは・・・こっちだって剣や銃で」
「そうだな。こっちでも剣や銃。素手でも人を殺す事は出来る。だけどな、俺の世界だと例えば、命令一つ。スイッチを押すだけで、あっという間にここリュティスを焼け野原に。なんて事もできちまう。勿論、魔法無しでな」
「っ!」
人口三十万。
ハルケギニア最大の都市を簡単に焼け野原にできる。そんな事魔法でも不可能で――――――
「つまり、俺が何を言いたいかって言うと。人を殺す方法は、魔法以外でいくらでもあるって事。だけど、魔法には魔法でしかできない事もあるんじゃないかって言いたいの」
「・・・魔法でしか、できない事・・・」
「そう。例えばさ、さっきお前が使った「レビテーション」だっけ?あれ、重たい荷物に使えばそれだけで荷物の運搬が楽になるんじゃないか?荷物を運ぶのは人でも馬でもできるけど、その負担を軽くするのは魔法にしかできない。火だって、燃料無しで火を起こせるってだけで便利だし、他の魔法だっていくらでも使い道があると思うんだよ。そういう意味で、俺は外で使ってた魔法とリザが使った魔法は大差無い。って言おうとしたのさ」
「・・・・・・・・・」
先程まで逸らしていた目を和磨に向ける。
和磨の言葉の真偽を確かめるように。
「それともう一つ。リザは自分で魔法が殆ど使えない。才能が無いって言ってたけど、そんな事無いっしょ」
「・・・なんで?」
「だってよ、俺を召喚できたじゃん?普通はこの世界のどこかから呼び出すのに、異世界に居た俺を呼び出したんだぞ?良くわかんないけど、コレって才能あるって事じゃね?」
「だけどそれは・・・その、失敗したとか・・・?」
「おいおい、失敗で世界の壁越えるってどんだけだよ?仮に失敗だとして、それでも十分すごいと思うんですけど?それと、失敗で呼び出された俺の立場は?」
「でも・・・・・・・・・」
ダメか・・・・・・
ここまで言っても自分に自信が持てないってのは、かなり深刻なのかね~。
俺なりに精一杯がんばったんだが・・・・・・そもそも、こう言うのは苦手だ。
だったら、ここは一つ。
「ふ~。んじゃさ、切り替えろ。お前は魔法が苦手。才能無い」
そう言った瞬間、再びイザベラの目に涙が
「だー!落ち着け!最後まで聞け!いいか!魔法が苦手なら、練習すればいいだろ!?」
「したさ!そりゃ、最初は魔法が下手でも練習してれば上手くなると思ってね!それでも!」
「なら、もっと練習すればいいだろ!それかすっぱり諦めろ!!」
「ぇ・・・?」
「いいか?最初から何でもできる奴なんて居ない。だから人は努力する。魔法が苦手なら、出来るようになるまで練習すればいい。それでもダメなら、割り切って他の事に力を入れればいいだろ?」
「割り切るって・・・」
「自分が納得できる所まで努力して、だめなら切り替えろよ。お前が魔法使えないって陰口に腹を立てるのは、割り切れてないからじゃないのか?いっそ開き直って「だからどうした!」って言えるくらいになれって。リザは王女様だろ?なら、魔法以外でも出来ることなんていくらでもあるんじゃないのか?」
そう言われた時、胸の閊えがとれた気がした。
魔法以外でもできる事。
今まで考えたことも無い。
魔法が使えない事。
それがどうした。
開き直って言い切ってしまうなんて、思いつきもしなかった。
言われた事を頭の中で反芻する毎に、今まで頭の中にあったモヤモヤが、スーっと。晴れていく気がした。
知らず、再び涙が流れ落ちる。
「あ~、すまん。また変な事言ったかな?ごめん。言いすぎたよ」
泣き出してしまった蒼髪の少女を、和磨は自分がまた余計な事を言ったと思い、再び抱きしめ頭を撫でる。
「っぐ・・・わたしも・・・練習すれば・・・魔法、使えるように」
「あぁ。きっと出来る。そもそも、使い魔召喚は成功したんだ。他だってできるハズだ」
「っう・・・ほんとに?」
「あぁ。もし出来なくても、それがどうした。高が魔法が苦手なくらいでクヨクヨすんなよ」
「うぅ・・・ぐす・・・う・・・」
「俺も手伝うから。乗りかかった船だ。な?」
「ぅ・・・ぅっ・・・うぅ・・・」
そのまましばらく。
蒼の少女は泣き続ける。
だけのその涙は、今までのような悲しみの涙ではない。
和磨も。服が汚れるのを気にせずに、胸を貸し、泣き続ける少女の頭を、ただただ。優しく撫でる。それくらいしか、自分にできる事は無いと思って。
イザベラが泣き止んだのは、それからしばらくしてから。
急に恥ずかしくなったのか、和磨を突き飛ばすようにして離れ、駆け足で部屋を出て行った。
最後に「今日の事は誰にも話すな!」と。形容しがたい形相で一方的に言い放ってから。
「やれやれ・・・・・・部屋、片付けないとな・・・」
王女の執務室に一人取り残された和磨の呟きは、誰も居ない部屋に響いて
「そうですね。片付け”も”しなければなりませんね」
訂正。
いつの間にか、背後に金髪の侍従長が。
「・・・あっれ~?クリ・・・侍従長様、いつの間に?」
「たった今ですが、何か?」
「いえいえいえ。それじゃ、ボクはこの割れた花瓶を」
「仕方ありませんね。それは他の者に任せましょう。この一週間で少しはマシになったと思ったのですが・・・貴方にはもう一度教育する必要がありますね」
「へ!?な、何でデスカ?」
「少し目を離したら姫殿下の執務室を散らかす。ふ~。どこの子猫ですか?貴方は。安心なさい。しっかり教育し直しますので」
「ちょ!?まっ!コレ俺がやったんじゃ・・・・・・・」
「貴方で無ければ他に誰が?ここには貴方一人しか居ませんよ?」
姫殿下が・・・言いかけて止める。
誰にも話すなと言われている以上、ここであった出来事を話すのは・・・しかし、このままでは自分が・・・・・・・・・
「では行きますよ。キリキリ歩きなさい」
「ちょ!イタイイタイいでででで!耳引っ張らないでクリさ痛ってええぇぇーーーー!!ごめんなさい侍従長様!お願い放して!!」
その日、プチ・トロワでは夜遅くまで人間の悲鳴の様な声が聞えたらしい。
以上五話でした。
長かったり短かったり申し訳ないOrz
イザベラ姫を上手く書けているか不安ですが、これからも宜しくお願いします。
2010/07/07修正