四話 就職?
「五百六十三!五百六十四!」
木刀が風を切る音と、地面が擦られる音が響く。
「五百六十五!五百六十六!」
時は早朝。
日が昇り始めた時刻。
「五百六十七!五百六十八!」
黒髪の青年。
伊達和磨の朝は早い。
和磨がガリア王国第一王女。イザベラ姫に召喚されて一週間の時が過ぎていた。
これまでの一週間。
和磨は、リュティスにあるカステルモールの屋敷で世話になっていた。
最初、カステルモールは和磨の世話を使用人に任せ、一般常識等を教えようとしていたのだが、和磨がそれに待ったをかけた。
「一般常識を教わるだけで十分です。自分もここで働かせてください」
元々一人暮らしであったため、自分の事は自分でやる癖が付いていた和磨にとって、身の回りの世話をされるのは非常に居心地が悪かったのだ。
だが、カステルモールもこの提案には難色を示した。
彼は騎士であり、貴族である。
そして和磨は貴族である自分が客として招いた者だ。たとえ平民だろうと、異世界人だろうと、客を歓待するのは家主の、貴族としての当然の勤めなのだから。
渋るカステルモールに対し、和磨は実力行使で自分の行動を認めさせた。
すなわち、使用人より早く起きて、彼らと共に掃除、洗濯などをこなして、半ば既成事実としたのだ。
元々早起きして素振りをする習慣があった和磨にとって、それは大して苦にならなかった。
結果、カステルモールも諦めて好きにやらせる事にした。
「九百八十三!九百八十四!」
「相変わらすお早いですね~」
「おはようございます」
「若い者は元気があってよろしいですな」
「九百八十五!おはよーっす!九百八十六!」
早朝素振りをする和磨の姿も、一週間もすればすっかり見慣れた日常になっていた。
「九百九十九!千!!」
日課の千本素振りを終え、一息つく。
「毎朝精が出るな」
すると、いつの間にか後ろに立っていた騎士。カステルモールに声をかけられた。
「あ、先生!おはようございます!」
「うむ。おはよう。朝食の用意が出来ている。汗を流したら来たまえ」
「はい!」
井戸に向かって勢い良く駆けていく背中を見ながら、カステルモールは苦笑していた。
先生。
ここに来てから、和磨はカステルモールをそう呼んでいる。
最初にハルケギニアの一般常識や文字を教えた時にそう呼ばれて以来ずっとだ。
「先生の名前長くて呼び難いんで、『先生』で」
等となかなかにふざけた理由もあったが、悪い気はしなかった。
実際、教えてみると和磨は優秀な生徒だった。物覚えが良く、頭の回転も速い。
文字などは、ルーンの効果であろうか。すぐに読み書きが出来るようになった。
実際、現代日本の高水準の教育を受けてきた和磨にとって、ハルケギニアの常識を覚える事など、期末テストで平均点を取るよりも遥かに簡単だった。
覚えること事態多くない上、異世界の歴史や文化という事でより本人がやる気になっていたので、当然と言えば当然なのだが。
ともかく、この一週間で礼儀作法から一般常識、文字の読み書きまで身に着けた和磨は、本日、二度目となるイザベラとの謁見が予定されていた。
「ガリア花壇騎士。バッソ・カステルモール参上致しました」
「あぁ。お前達は下がってな」
侍女達が部屋から出たのを確認し、青い髪の少女。イザベラが口を開く。
「ずいぶんと久しぶりだねぇ。しっかり勉強してきたのかい?カズマ」
からかう様な、挑発するような口調である。
それに対して、和磨もニヤリと不適な笑みを浮かべ
「姫殿下。本日はご尊顔を拝し奉りまして、恐悦至極に存じ上げます」
見事に一礼しながら答えた。
「おやまぁ、すごいじゃないか。カステルモール」
「いえ、彼の物覚えが良かったのです。私は特にこれと言って特別な事はしておりません」
「そうかい。ま、いいさ。それよりカズマ。公式の場以外で、その気持ち悪い言葉遣いやめな」
「はぁ~。人がせっかく敬語つかってやってんのに、キモチワルイはねーだろよ?」
「事実を言ったまでさ。だいたいお前、私を尊敬する気持ちあるのか?」
「無いな。お前が王族で、王様が偉いってのは教えてもらったけど、だからってリザを尊敬しようって気にはならない」
「ふん。本来その首を刎ねてやる所だが、正直に言ったから許してやるよ」
「それはそれは、寛大なご処置に感謝致します」
お互い軽口の応酬を楽しんでいる様だ。
楽しむのは結構だが、このままではいつまで経っても本題に入れないだろう。
「ゴホン。姫様。本日は彼の身の振り方についての」
「あ~、そうだったね」
見かねて、カステルモールが口を挟んだ。
本日の目的。
和磨の身の振り方についての協議である。
「それで?実際どうするんだい?私の使い魔ってのを秘密にするのは良いとして」
「は。東方より来た者で、姫様の従者見習いという事で良ろしいかと。実際、物覚えも良く、文字の読み書きも一通りこなせるようになりました。その上、剣の腕も中々かと」
「ふ~ん。剣の腕ねぇ・・・実際どれくらい強いんだい?」
「どれくらい・・・と問われると難しいですな。剣術のみで言えば、下手な騎士よりも上でしょうが、魔法が使えませんので・・・」
「ふ~ん・・・で、カズマ。お前さっきから黙ってるけど、いいのかい?」
少し思案していたイザベラは、先程から口を開かず黙って話を聞いていた和磨に視線を移しながら問いかける。
「ん?あぁ。いいよ。つか、仕事もらえるだけありがたい」
「・・・・・・カステルモール。少し下がってな。コイツと少し話したい」
「御意」
カステルモールが部屋を出たのを確認し、イザベラが再び和磨に問いかけた。
その目は、先程より真剣である。
「もう一度聞くけど、いいのかい?」
「いや、良いって。どうしたんだ?」
「・・・・・・本当に良いのか?」
「いや、だから何が?従者見習いってのはそんなにキツイの?」
「そうじゃないけど・・・」
なにやら言いにくそうに口ごもりながら、ブツブツ呟くイザベラ。そんな彼女を見て、和磨は不思議そうに首をかしげた。
やがて意を決したイザベラが口を開いた。
「だから、つまりさ・・・いきなり呼び出して、働けと言われて、お前はそれで良いのかって事さ」
それはこの一週間、イザベラがずっと考えていた事だった。
最初は、ただ嬉しかった。
魔法が使えた。
使い魔を呼び出せた。
それが人間だった事に驚いたが、その人間はなんと、異世界から来たと言う。
和磨の話を聞くのは楽しかった。
和磨に自分の知っている事を話すのも楽しかった。反応が新鮮だったから。
そしてカステルモールが彼を連れて行き、最低限の常識や作法を教えている間も、ずっと考えていた。
次はどんな話をしてやろうか。
次はどんな話をしてくれるのか。
だが、そこでふと、初日に見せた和磨の涙を思い出してしまった。
彼はどんな気持ちなのだろうかと。
普段は絶対に考えないだろう他人の気持ちについて考えてしまった。
いきなり未知の場所に呼び出され、知人、友人、家族とも連絡が取れない。
自分には友人と呼べる存在は居ない。
親は居るが、正直どうでも良い。
だが、世間一般で友人や家族はとても大切な物だと言う事は理解している。
そんな存在と半ば強引に引き離され、今日から使い魔だと言われて働かされる。
それはどんな気持ちなのだろうか?
普段他人の思いを気にしない姫君は、しかし、気にしないからこそ。一度気になると止まらなかった。
最初は、変な奴だと思った。
異国の言葉で話すおかしな平民。
次も変な奴だと思った。
話してみると、自分は異世界から来たと言い、いろいろと面白い話をしてくれる。
今まで生きてきて、こんなに他人と話したのは初めてだった。
今も、変な奴だと思っている。
礼儀作法を覚え、基本的な知識を得ても、自分を敬おうとしない無礼な平民。
かと言って、変に畏まられても不愉快だと感じてしまう。
だからだろうか?
そんな男。和磨の気持ちが気になってしまう。
「まー、俺も一週間いろいろ考えて見たんだけどさ。まぁ、いいんじゃ無いかな~と」
「いや、いいんじゃないかって・・・ずいぶん適当じゃないか?」
「いや、だってしょうがないっしょ。呼び出されちゃった物はさ。帰る方法も存在しないって言うし、リザも俺を狙って召還した訳じゃないんだろ?」
「そりゃそうだけど・・・」
「んじゃ、いいじゃん。あんま難しく考えなくて。どっちにしろ俺は生活する為に働かなきゃいけない訳で。その仕事が使い魔だろうが従者見習いだろうが、仕事があるだけマシだって事だよ」
ヘラヘラと笑っている顔を見ていると、だんだん腹が立ってきた。
この一週間の自分の葛藤は何だったのかと。
「ま、あんま気にスンナって」
あぁそうかい。
いろいろ考えていた自分がバカみたいだ。
だったら、思いっきりこき使ってやろうじゃないか!
ふふふふと。不気味な迫力を出しながら笑い出したイザベラの姿を見て、和磨は「何か地雷踏んだ?」と少し冷や汗を流す。
「そーかい。わかった。たっぷりこき使ってやるから覚悟しな!」
「いや、あの、出来ればお手柔らかにお願いしたいのですが」
「知らないね!そっちが気にするなって言ったんだ!自分の発言に責任を持ちな!」
先程までの沈んだ様子から一転。
不適な笑みを浮かべ、胸を張り宣言したイザベラ。
こうして、異世界から来た青年。
伊達和磨は、ガリアの姫君。イザベラ姫の使い魔兼侍従見習いとしての生活が始まるのだった。
中途半端な長さな気がします。申し訳ないm(_ _;;m
イザベラ姫の態度を書くのがなかなかに難しい。
平民=奴隷くらいに思ってそうですが(王族なんで)でも、それやらせちゃうと原作とあんま展開変わんなくて面白みが無いかな~とか思った次第で、色々と考えている描写を入れてみました。
2010/07/07修正