第三部 第三話 吸血鬼
わいわいと騒がしい―――主に使い魔二匹―――空の旅は、そう時間もかからずに終わり。
一行は村の少し手前。森の中に降り立った。
今回の相手はハルケギニア最強最悪と言われる妖魔。吸血鬼。タバサも、そんな物を相手に無策で突撃する程無謀でも無能でも無い。しっかりと策を用意してきたのだ。
策。持参した大きめのカバンを持ちながら、己の使い魔に向けて一言。
「化けて」
唐突な一言だったが、使い魔。シルフィードは、角のはえた頭を左右にふり、必死に否定した。
「いや!いやなのね!なんで!どうしてなの!!」
突然の会話、反応に、なんだなんだと。首をかしげる和磨を他所に二人。主従の問答は続く。
「化けて」
「きゅ~~~!いやなの!いやなの!!」
「化けて」
「うぅ・・・・・・いやぁ」
「化けて」
「・・・・・・うぅ~~~!ごはん!お肉!後でいっぱい!いっぱいもらうの!わかった!?」
コクリ。タバサがうなずいたのを見て、根負けしたシルフィードはブツブツと文句を言いながら。その場にちょこんと座り、呪文を口にし出した。
「我をまといし風よ。我の姿を変えよ」
それはガルムと同じ先住の「変化」の魔法。風が彼女を。シルフィードの大きな体をつつみ、青く光る。すぐに光は消え、消えると。大きな竜の姿は無く、変わりに小さな。いや、竜と比較して小さいのであって、大きさは普通の人間。主と同じ長い蒼い髪を持った、二十歳ほどの人間の女性が現れた。
「ぶっ!」
何をするのかと、興味心身でマジマジと見ていた和磨がむせ返っていたが、そんな事はどうでも良い。
若い女性は生まれたままの姿でふらふらと。慣れない様子で歩き出す。
「う~~~、やっぱりこの姿ってきらい!二本足ってぐらぐらするんだもの・・・きゅい」
そのまま走ったり跳ねたり揺れたりと、動き回る。竜から人へ。四本足から二本足へと変化した事で、ある程度準備運動をしなければうまく動けないようである。
見た目大人の女性が全裸でそんな事をしている光景は滑稽だが、彼女はそんな事は気にしていないのだろう。
そのまま少しして、やっとまともに動けるようになったシルフィードに、タバサがカバンを。カバンから取り出した衣服を渡した。
「なにこれ?」
「服」
「いや!布なんか着けたくない!!」
必死に拒否するシルフィードは、助けを求めてもう一人の人間。和磨へと視線を向けるが。
「早く服着ろバカ竜」
明後日の方向を向いたまま、冷たく突き放す様に言われて。さらに
「人間は服を着る」
主にまで言われ、しぶしぶ。ごそごそと服を身につけて、着終わった所で偉大な竜眷属は気が付いた。
「あぁ~!!お姉さま!最初からわたしを変身させるつもりだったのね!わざわざ服まで用意してからに!」
タバサは「そう」とだけ答え、続けてメイジの証であるマントも脱いで、シルフィードへと。おまけに彼女の身長よりも大きく、ごつい節くれだった魔法の杖も持たせて、コレで完璧。
彼女の意図を察した和磨も、あぁなるほど。と、得心している。しかしシルフィードは何がなにやら理解できず、首をかしげながら聞いてみた。
「どういうこと?」
ブリーツのついたスカートに白いシャツ。ただの少女になってしまったタバサは、指を指しながらに短く答えた。
「あなた、メイジ。わたし、従者。・・・」
和磨に視線を向け、彼もうなずく。
「俺は、護衛の剣士って所か。マント着けてきてないし丁度良い。ガルムは、ペットか使い魔か。子犬ならどっちでも良いだろ」
騎士達は互いに思惑を理解し、うなずき合う。しかし、使い魔のシルフィードは何が何やら理解できず、きゅいきゅいと首を振りながら困惑の鳴き声で鳴き続けていた。
そんな一行は軽く。一行というよりも和磨とタバサが軽く打ち合わせをしてから、一路。ザビエラ村へと。
村に現れた騎士一行。そんな彼らを、村人達は遠巻きに見つめ、ひそひそと話し合っていた。
今度の騎士は大丈夫か?弱そうに見える。前の騎士様の方が強そうだったけど・・・。でも前の騎士様も吸血鬼にやられてしまったよ。子供と変な剣士だけがお供なんて・・・。
云々。言いたい放題である。もちろん、風メイジである二人と、二人の使い魔達の耳にはそれらの言葉は全て届いていたが、特に気に留める事も無く。
村人達の溜息が聞える中、しばらく歩き。村の中で一番高い位置にある、村長の家の前。
「失礼。失礼な人たちなのね。お姉さまとこのシルフィを頼りないですって?見てらっしゃい!絶対にやっつけてやるんだからっ!」
一人意気込むシルフィード。タバサは無言。何を言われても何処吹く風。和磨とガルムも特に何も反応は無い。無言、無表情である。
そのまま一行は家の中へ。一階の居間に通され、上座に座ったシルフィードに、人の良さそうな村長は深く深く頭を下げた。
「ようこそいらっしゃいました、騎士様」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
無言。名乗りも何の要求もしないシルフィード。村長も、何のも言われないのでどうすれば良いか困って、頭を下げたまま硬直してしまっている。
このままでは進まないと判断した和磨は。溜息を吐きながら、頼りない騎士殿の代わりに質問する事にした。
「ゴホン。村長さん。状況を説明して頂けますか?」
「え、あぁ!はい。それでは。まず最初に二人ほど犠牲者が出た後、夜に出歩く者は居なくなりました。しかし、それでもあの忌々しい吸血鬼はどうやってか、こっそり家に忍び込み、血を吸うのです。家族が朝に見るのは、血を吸い尽くされた遺体のみ・・・ご存知かと思いますが、吸血鬼は太陽の光に弱いため、日中に出歩くことは出来ません。ですのでおそらく、昼は森の中に潜んでいるのでしょう。そのせいで森に出かける村人もいなくなりました」
「怖い!」
おもわず。シルフィードは叫んでしまい、後ろからタバサと和磨に軽く叩かれた。
しかし村長は気にせず続ける。
何でも、吸血鬼は血を吸った者を屍人鬼《グール》という己の意のままに操れる存在に変えてしまう。そして、村では村人の誰かがグールになっていて、夜な夜な吸血鬼を手引きしていると。そう思う者が多数居て、あいつが、いや。あいつだと。お互いがグールではないかと疑心暗鬼になってしまっているのだそうな。そのせいで家財道具をまとめ、村を出て行く者も増えている。とのこと。ちなみに、グールには吸血鬼に血を吸われた痕があるはずである。なので、真っ先にソレを確かめたのだが、いかんせんこんな山奥の村。畑作業や森に入るだけで、虫は蛭に血を吸われる者も多い。確認しただけで七人も、首筋に血を吸われた痕がある人間がいた。そして傷があっても、傷だけでは吸血鬼かそうでないかを判別する事は困難だ。
一通り話し終えてうつむいた村長。その姿を見ながら、タバサはシルフィードに命じて、念のため村長の体を改めさせる。
一応、そこは同姓という事で和磨が。別に特殊な趣味など無いが、念のため。
少しして調べ終え、結果はまぁ。当然というかシロ。そこへ、ドアの隙間からこちらを伺っている五歳くらいの。美しい金髪の、人形のようにかわいらしい少女を見つけ、シルフィードが歓喜の声をあげた。
「まぁ、かわいい!」
ぴくん!
少女が身をすくめたが、彼女はかまわずおいで、おいでと手招き。
村長からも、入ってきて挨拶をしなさいと言われたので、彼女はおそるおそると言った感じで近寄ってきた。
そんな少女を見ながら可愛い可愛いと叫ぶシルフィードに、タバサが再びこっそりと命令。つまり、彼女の体も調べろと。
最初、シルフィードは「こんな可愛い子なのに!?」と抗議したが、タバサは無言で早くしろと促す。またそれを促すように、和磨も黙って部屋を後にした。
また少しして、終わったので入って来いと言われ、ドアを開けて入室してきた和磨に、ぶつかるようにしながら入れ違いで。先ほどの少女が部屋を飛び出して行った。
「・・・・・・騎士殿?一体今度は何をやらかしたのですかな?」
疑いの眼差しを向けられたシルフィードは、首を激しく左右に振りながら必死の抗議。
「ちがうちがう!シルフィ何にもしてないのね!終わったらあの子、いきなり飛び出して行っちゃったのね!」
どうだか・・・
また余計な事でもやらかしたのではと、疑う和磨だったが。意外な所。村長からの助け舟が来た。なんでも、彼女。エルザという少女は、両親をメイジに殺されているため、メイジが怖いのだそうな。彼女は村長の本当の子供ではなく、一年程前に拾ったのだと。そして彼女は、いまだ笑顔を見せた事が無いらしい。体も弱く、普段あまり外に出れない少女。一度で良いからあの子の笑顔が見て見たいと。だから少しでも早く、吸血鬼を退治して平和を取り戻して欲しい。もう一度、深く頭を下げた村長を見ながら、騎士の格好をしているシルフィードは一人意気込んでいた。そんな使い魔を見ながら、何を考えているのか。無表情のタバサ。同じく、終始無言の和磨とガルム。
そんな彼らは早速、調査を開始した。
まずは地道に聞き込みから。
犠牲者の家々を回って情報を集める。
すると、どうやらこの吸血鬼は若い女性を好むらしい。被害者は、騎士を除けば若い女性ばかりである事からほぼ間違いないだろう。
状況はどれも似たような物。
扉や窓をしっかりと閉じ、また釘や板で打ち付けても、家の者が寝ずの番をしていても。いつの間にか眠ってしまい、朝起きるとベットには血を吸われた遺体が残っているのみだとか・・・・・・。
シルフィードとガルムによれば、「眠り」の先住魔法の可能性が高いとの事。風の力を利用した初歩の魔法で、空気があればどこでも使えるらしい。それで家人を眠らせての犯行か。
彼らはしばらく、家の中を隅から隅まで調べて回った。
彼ら、というよりはタバサとシルフィード。ガルムの三人。和磨は一人、そんな彼女達を眺めながら、ほんの一月前。あの日の事を思い出していた。
「吸血鬼ぃ~!?」
プチ・トロワ。いつものように、姫君の執務室で。いつものように王政府よりの命令書を読み終えた和磨の、すっとんきょうな叫び声である。
「吸血鬼って、アレか?時を止めてロードローラーでウリリィィィ!ってやったり、バカデカイ拳銃振り回してサーチアンドデストロイしたり、何回殺しても死ななかったりって言う、アレ?」
「・・・・・・なんだ、その化け物は。そんな化け物みたいなのじゃなくて、いや、まぁ十分化け物なんだけどさ。ただ血を吸う妖魔だよ」
呆れ顔の姫君は、嘆息しながら細かい説明をしてくれた。
「何だ、普通の吸血鬼か」
聞き終えた和磨の感想。普通も何も、吸血鬼には変わりないのだが、まぁ細かい事である。
「ともかく、危険な妖魔だって事だ。人間と見た目で区別できない分、エルフよりも手ごわいかもね。良いかい?吸血鬼の最も恐ろしい部分は、その狡猾さだ。十分注意して行けよ」
「了解」
「ま、そういう事だ。せいぜい怪我しないようにね」
そんな会話を終えて、吸血鬼が出たと言う村。ヨルンの村へと向かったのだったが、そこで――――――――――――――
「きゅい。カズマ。カズマ!!聞いているのね!?」
「ん・・・あぁ。どした?」
「なに一人でボケっとしてるの!もう調べ終わったから次に行くのね!まったく、しっかりしなさいなのね!!」
何時の間にやら、この家の調査は終わったらしい。シルフィードにせっつかれ、というか、何か相変わらず動物にはナメられている和磨である。それともここは好意的に、懐かれていると言っておくべきか。どうでも良いので置いておくとして。
そんな一行が外に出ると、何やら騒がしい。物々しい雰囲気の村人十数人が、クワや某などを手に手に。どこぞへと向かって歩いている。
「何なのかしら?出入り?」
「いや、祭りの準備じゃねぇか?」
すっとんきょうな騎士モドキに、和磨もボケた答えを返しながら。とりあえず、村人達の後を追う。すると、村人達は村はずれにある一軒のあばら屋へと。その周りをグルリと取り囲み、皆口々に何か喚いている。
聞き耳を立てるまでも無く、ここまで聞えてきた。「出て来い!吸血鬼!」とか何とか。その他罵声が飛び交う中、家の中から四十ほどの屈強な大男が出てきて、村人達に怒鳴り返す。
「誰が吸血鬼だ!何度も言ってるだろうが!違うって!!」
しかし村人も負けじと怒鳴り返す。何でも、彼。アレキサンドルと言うらしい男は、最近村にやってきた言わばよそ者で、病気の母親と二人暮らし。母親は病気ゆえに、普段はベットに寝ているだけ。そんな彼らが来てから吸血鬼騒ぎが起こったのだから、疑われるのも無理がないかもしれない。肝心のアレキサンドルの首にも、血を吸われたのか虫に食われたのか分からない傷跡後が。
村人達の怒鳴りあいの内容を要約すると、そんな感じらしい。
ここで、このままではマズイと。勇敢なシルフィードは飛び出した。
「やめて!争うのはダメなの!落ち着いて!」
最初女は引っ込んでろと怒鳴った村人も、すぐに彼女が持った杖とマントに気が付いたようで。一瞬、彼らの勢いは削がれた。そこで、よせば良いのに。調子に乗ったというか、このまま一気に場を収めよう。そうしてお姉さまに褒めてもらう!後でもらうお肉の量が増える!と、そんな感じの思考でもしたのか。シルフィードは胸を張り、出来るだけ偉そうにしながら。
「そうなの!わたしは由緒正しいガリアの騎士様なの!だから逆らっちゃダメなのーー!」
しかしまぁ、あんまり。というか全く威厳という物が感じられないその宣言で、村人達は逆に疑いの眼差し。二、三押し問答を。
本当に騎士なのか?本当なの!なら、魔法を見せてくれよ。え、それは・・・。なんだ、うそ臭いな。そんな感じ。
ここに来て、彼女の背中に嫌な汗が。何せ彼女は今、変化の先住魔法を使っている。しかもコレ、結構高度な魔法なんだそうな。そんな物を使ったまま他の魔法なんぞ使えないし、そもそも。自分達が使える先住魔法と、メイジが使う魔法は別物なので、万が一それがばれたら自分の正体がばれてしまう。しかし、そんなシルフィードの焦りは関係なく。村人達は更に詰め寄ってきて、終いには偽者なんじゃないのか?と、そんな事まで。そこまで来て、彼女の主が。
「騎士様は現在、精神力が切れている。なので、魔法が使えない」
しかしまぁ、一度ヒートアップした村人達がそれで納得するはずもなく。情けないだの、お上は何を考えているんだだの、そんな事言ってやっぱり偽者なんじゃないのかだの。いい加減場の収集が付かなくなってきた。そこで、先ほどから黙って様子を見ていた和磨は、一人嘆息してから。周囲に聞えるほどはっきりと。
「騎士様。宜しければ、自分がこの無礼者共を斬り捨てましょうか?」
刀に手をかけながらの一言で、一気に場が静まり返った。
「きゅ、きゅい?カズマ・・・?」
「騎士様のご命令があればいつでも斬りますが、いかが致しますか?」
命令があればいつでも。淡々と語るその言葉は妙に重みがあり、だからこそ嘘やハッタリでは無いと伝わる。事実―――やる気の有無は置いといて―――可か不可で言えば可なのだから。村人達が黙り込んだ所。騒ぎを聞きつけた村長が、人垣を掻き分けながらに慌ててやってきた。
「これは!これは何事だね!騎士様!いったいどうなされたのですか!?」
「きゅ・・・い、いえ!なんでも無いの!カズマ!もう良いのね!」
その命令を受け、素直に「はい」とだけ答えて。
何事も無かったかのように刀から手を放す。
その後。村長の説得もあったが、結局。アレクサンドルの母親。マゼンダという老婆を調べる事に。結果、彼女には牙が無かった。吸血鬼なら牙があるハズである。だが同時に、吸血鬼は血を吸う寸前までその牙を隠しておけるので、これで完全に疑いが晴れた訳では無い。再び言い争いが始まろうとした所で、もう一度村長が村人同士で争うのは止める様に説得して、なんとかその場は収まった。
「ご覧の通りですじゃ。騎士様。どうか、どうか。本当によろしくお願いします。わしに出来る事ならなんなりと、お力になりますので・・・」
状況はかなり深刻らしい。また頭を下げた村長。彼の苦悩が伺えるその姿を見ながら。早速。タバサはシルフィードを通じて、自分達が宿泊している村長の屋敷に、村に残っている若い娘全てを集めるように要請。一箇所に集める危険性を説くものも居たが、そこは村長が説得した。結局、彼女の提案は受け入れられたのだったが、そこで何気なしに、シルフィードが和磨に話をふった。
「きゅい。ねぇカズマ。あのお婆さん。吸血鬼だと思う?」
少しだけ考えてから、彼は答える。
「ん~、多分違う。もしあの婆さんなら良かった。いや、逆の場合もあるかな?とにかく、多分あの婆さんじゃ無い。なぁ?」
『うむ。しかし万が一もあるぞ。油断はするな』
「わかってる。だからちょっと、確かめてくるよ」
何やら良く分からない二人しての会話に、シルフィードは頭に「?」マークをいくつも浮かべながら、首を傾げるのみ。そんな彼女を無視して二、三確認をした和磨は、タバサの方に向き直った。
「姫さん。悪い、ちょっと出かけてくる。半日か、長くて一日くらいで戻るから。常にガルムを傍に置いておいてくれ。何かあったらコイツに言えば俺に伝わるから。んじゃ、よろしく」
言いたい事だけ言って、子犬を彼女に押し付けてから。あっという間に和磨は一人、村を後にしてしまった。
「な、何なのね!なんなのねアイツ!お姉さまとシルフィに面倒事全部押し付けていきやがったのね!!」
もうすっかり見えなくなった背中に向け、怒りの声をあげるシルフィード。対して、何を考えているのか良く分からない無表情の少女は。彼女は少し考えてから、まだ昼間なのにその日はもう、寝てしまう事にしたらしい。
日が傾いてきて、夕方。
ぱっちりと眼が覚めたタバサは、隣で寝ているシルフィードをペチペチと、叩いて起こした。
すると、彼女は起きるなり色々と文句を垂れてくる。大勢の人間に詰め寄られ恥をかいただの、何で自分を騎士なんかにしたのかだの、ご飯の量を増やせだの、色々と。そんな文句を全て聞き流してから一言。
「囮」
シルフィードを指差しながら告げられた一言で、ようやく彼女も。何故自分が騎士の真似なんぞさせられているかを理解した。理解してしまったので、顔からさぁっと血の気が引いていたが、それでも。ごくりと唾を飲み込みながら、おそるおそる聞いてみた。
「わ、わたしはこれから、杖を置いて外を歩けば良い・・・のね?」
「そう」
無情な主に涙しつつ、半ば自棄になったシルフィードは。
杖をほっぽリ出して村長の屋敷の庭へ。そこで酒瓶片手に酒盛りを始めた。
さすがに杖を持たないで出歩くのは怪しまれるし、ここに集めた娘達を守らなければならないというのもあり。結果この場所に陣取っての酒盛りという事になったのだが。酒を飲みながら、コレは吸血鬼に見せかけた変質者の仕業だとか、他にも色々。いかにも任務に不満がありますよと言ったふうな愚痴を、酒の勢いに任せて色々ぶちまける。
「まったく!誰をこき使ってると思っているの?あの小娘。このわたしを何だと思っているのかしら?あのチビすけ。ついでにどこか知らないけどフラフラしてるあのヘンテコ男!今度まとめて殴ってやるのね!きゅいきゅい!!」
色々ぶちまけすぎて、主に対する(ついでに他一名)不満まで出てきたので、当然の様に。植え込みの影から小石が飛んできて、彼女の頭に直撃。
「あいで!」
彼女は頭をさすりながら、目に涙をにじませながら恨めしそうに。石が飛んできた方向を睨む。彼女のご主人様は、庭の隅っこにある納屋。そこに潜んで、使い魔を餌に吸血鬼を釣っているのだ。
しかし、人間に化けた韻竜である自分が血を吸われたらどうなるのだろうか?そんな状況聞いた事も無いので想像も付かないが、根が臆病なシルフィードはぶるぶると。小さく震えながらも、ご主人様ならばきっと守ってくれると自分に言い聞かせる事でどうにか、平静を装いながら酒を飲み続けていた。
一方。納屋に隠れたタバサと、彼女と共に居る子犬。ガルムは
『まったく、あんなに震えて・・・情け無い小娘だ』
やや呆れ気味な口調で話すガルム。そんな子犬を、タバサはじっと。感情を感じさせない瞳で見つめる。
『む?どうかしたのか、お嬢』
主が主なら使い魔も使い魔で。何で自分の事を姫だのお嬢だのと・・・
それは置いといて、彼女はずっと気になっていた事をこの機会に聞いて見る事に。
「どうして?」
『む。何がだ?』
「彼は、不自然」
そう。この村に来てからずっと、和磨の行動は不自然だった。
吸血鬼相手に警戒をしている。それは良い。それは十分に分かる。自分もわざわざシルフィードに騎士の格好をさせて、こちらが本物の騎士である事を悟らせないようにしているのだから。ただ
「彼の警戒のやり方が不自然」
それを聞いたガルムは、一瞬。眼を少しだけ見開いて、ニヤリと。犬歯を見せて笑った。
『ほぉ。という事は、あの小娘と違ってお嬢は気が付いたのか?』
それもある。シルフィードは、彼が警戒をしていた事に全く気づいていない。しかし、自分は気付いた。気付かされたと言うべきか。
『あの方法はな、我が教えたのだ。一定以上の鋭さ。経験を持つ者でなければ気が付かない。逆に言えば、アレで奴が警戒していると気付いた者は、その一定以上の水準に達していると言う事になり、相当な手練であると言い換える事も出来る。と言う事だ』
それも、まだ良い。彼単独でそれをやるのならば、不自然でも何でもないのだから。ただ、今回それでは・・・
「今回はシルフィードが囮のはず。でもあれでは」
『そうだ。あの小娘が囮で、カズマが真の騎士であると。一定以上の者にはそう思われるだろうな』
やはり。それが目的だったのか。
「なら、さっきの騒ぎも」
『そうだな。お嬢も気が付いていただろうが、村長が此方に向かってきていて、放って置いても場を収めただろう。だが、カズマはあえてあのような行動をしたのだ』
まるで、本物は自分だと主張するように。しかもわざわざ多くの村人が集まっている前で。
「何故?」
姫君が命じた。これ以上、この件で犠牲を出すなと。あれは本心である。ただし、犠牲とは何かというのが若干、受け取り手により違うが。犠牲とは村人も、まぁ極力犠牲にしない方が望ましいが、何よりも。彼女を。タバサを守れと。遠まわしな命令だった。
和磨はその為にあえて自分を囮にしているだけ。だが、それを分かっている王狼も、そこまで言う気は無かった。
『さぁ?それは我には分からん。が、一つだけ言っておこう。分かっているとは思うが、もう一度。吸血鬼を侮るな』
そこまで言われて、先の件も気になるが、タバサはもう一つ。聞きたい事が。
「何故、そこまで警戒するの?」
確かに、吸血鬼とは恐ろしい妖魔であり、警戒してもしすぎる事は無いのかもしれない。しかし、彼らはあまりにも警戒し過ぎではないだろうか?
「あなた達は以前。吸血鬼を倒してると言った。その時の話を聞かせて」
おそらく、そこにそれだけの理由があるのではないかと当たりを付けた質問だったが。やはり何かしらありそうだ。
子犬は目を閉じ、虚空を見上げて黙り込んでいる。和磨とルーンを通じて会話でもしているのだろうか?それとも、ただ単純に考え込んでいるだけか。
数分間。そのまま動かなかったガルムが、ゆっくりと目を開けた。
『ふむ。まぁ良いだろう。そうさな。アレはお前達で言う、一月ほど前の事だ』
王政府からの命令を受け、和磨はガルムと共に。
ヨルンの村。吸血鬼が出たと言う村へと向かい、現在その村の入り口。
「聞いてたのよりも随分と、印象が違う村だなぁ」
『ふむ。吸血鬼なんぞ出ていないかの様に活気があるな』
二人の言う通り。人口三百と少しのこの村は、少なくとも。見た目の上では特に異常があるようには見えない。人々が行き交い、皆笑顔で談笑、または何かしらの作業をしている。時折聞えてくる子供達の笑い声。普通に活気のある平和な村のようだ。
「とりあえず、情報収集から行きましょうか」
『うむ。まずは酒場だな!』
狼サイズになったガルム―――尻尾フリフリ―――と和磨。
二人して、村の酒場へと足を向ける。
和磨の格好は騎士のそれでは無く、いつもの道着。なので当然マントも無し。余程の事が無い限り、コレが彼の仕事着になっている。腰には刀一振り。木刀はいつものようにイザベラへと預けている。
そんな和磨も、もう半年以上も北花壇騎士として働いていれば、いい加減こう言った任務にも慣れてくるというもの。「~を討伐しろ」なんて命令だけで具体的に対象の情報が無い事なんてザラで、その場合は現地で情報を仕入れなければならない。そしてその場合、酒場での聞きこみが一番良いという事を経験上で理解していた。
時刻は夕方。
丁度酒場が混み始める時間なのだろうか。席はかなりの割合で埋まっている。
そんな中、慣れた仕草で適当に空いてる席に座る。
机に置いてあるメニューを適当に眺めながら、ウェイターが来るのを待つこと少し。
「いらっしゃ~い!ご注文は何でしょうか?」
客商売には慣れているのだろう。実に良い笑顔の少女がお盆片手にやってきた。
しかし和磨は、直ぐに注文せず。少しの間じっと少女を見てから。
「おい・・・・・・何やってるんだ、こんな場所で?」
「へ?あの、お客さん?」
なんとその少女は、髪の色こそ栗色と、蒼とは違うが、顔立ち。声。その他の部分が彼の主であるイザベラそのままである。
「なぁリザ。お前、いくらなんでもそりゃねーよ。危ないって分かってるんだろ?」
「え、あの。何の」
「誤魔化すなっての!何しに来たんだ!!」
思わず机をバンと、両手で叩いて勢い良く立ち上がった。
店内の視線が和磨に集中するが、そんな事お構いなし。
「いや、あの、わたし、は・・・」
「なぁ、いい加減そんな誤魔化しやめて、ちゃんと話せ。理由くらい聞いてやる」
後ろに下がり、逃げようとしていた少女の手をしっかり掴み、鋭い視線。
何が何だか分からない少女は、最初おろおろとしていたのだが
「こ、こんの・・・いい加減に!しろ!!」
バコン!
落ち着きを取り戻したのだろう。
持っていたお盆で思い切り、和磨を殴りつけた。
少し冷静になって考えれば、いくらなんでも本物がココに居るはずは無いのだ。以前は城を抜け出して付いて来たという前科があるが、あの時とは状況が違う。いくらなんでも、それは在り得ない事だと。冷静に考えれば分かるのだが、残念ながら彼はそこまで冷静では無かったようだ。そりゃまぁ、吸血鬼が出ると言う村に姫君(とそっくり)が居れば、血相を変えたくなるのも分かるけど。
「いって!おま、何すん」
「それはこっちのセリフよ!いきなり何するのよ!!」
ここに来てようやく、自分の勘違いでは無いか?と言う考えに至った。
―――・・・・・・・・・ガルム?―――
―――うむ。驚くのも無理は無い。が、違うぞ。匂いが別人だ―――
最初に言えよ!!
内心で盛大に突っ込んだが、そもそもが間違えた自分が悪いので口には出さず。
「えっと・・・あの・・・うん。ゴメンナサイ。勘違い、かな?あ、あははははははは」
もう一発。盛大にお盆で殴られた。
とりあえず、周囲の人々に騒がせた詫びとして。和磨の奢りで酒を振舞う。すると、人々は口々に感謝を述べながら―――もともと騒ぎで迷惑していた訳では無い。ただの酒の肴程度だったので―――適当に話しかけてくれた。その際、いくつか聞きたいことを聞いて見たのだが。というか、元々そうするつもりで酒を振舞ったのだがどうにも。欲しい情報は集まらなかった。
「はぁ・・・ダメだったか・・・」
―――まぁ、仕方在るまい。明日にでも出直すしか無いだろうな―――
嘆息する和磨に、一応。余計な騒ぎを起こさないために人前で喋らないガルムは、ルーンを通じての会話で応える。床に置かれた皿。その上に置かれた肉にかぶりつきながら。
「お客さん。他にご注文は?」
眉にしわ寄せ、いかにも不機嫌です。といった少女が、再び注文を取りに来た。接客業としては失格な態度だったが、まぁ最初が最初なだけにあまり責められない。
「え~っと・・・とりあえず。ここのコレ。あとは・・・飲み物。酒じゃないヤツで適当に」
「はい。少々お待ち下さい」
欠片も笑顔を見せずに、足早に厨房へと。
まったく・・・態度の悪いウェイトレスだな
―――自業自得だ―――
はいはい。悪うござんしたね
得にすることも無いので、しばらくボーっと。一応、その場の勢いで自分の分まで頼んでしまった酒。口をつけていない容器を見ながら、今まで得られた情報の整理やら今後の予定など、色々と思案していると。時間が経っていたようで。
「お待たせしました。ご注文の料理です」
先ほどの少女がまた、お盆に料理と飲み物を持って現れ、次々と机の上に並べて行った。
「いや、あの。こんなに頼んでないんです・・・けど?」
「えぇ。そうですね」
明らかに注文よりも量が多いそれを、全て並べ終えると。なんと彼女は、和磨の向かい。空いている席に座り、それらの料理を食べ始めた。
予想外すぎる光景で、少しの間放心していた和磨が、とりあえず
「いや、おま・・・何を?」
「何って?お客さん。まさか、このまま何も無しに済まそうって言うの?」
いや、何も無しにって・・・そのセリフ、どこのブラックな会社だよ・・・
「お客さん。他のお客さんにはお酒奢って、それで良いけど。お店には。主に私には何にも無しってのはダメよ」
あぁ、だから今お前さんが美味そうに食ってるそれは、慰謝料って訳ですか・・・まぁそれくらいなら良いけどね
「はぁい。そういうこと♪物分りの良い人は好きですよ~」
ようやく笑顔を見せた少女を見て、溜息を吐きながらも良いかと。考えて自分の料理に手をつける。うん、なかなかに美味い。
「どう、おいしい?」
「あぁ。なかなかイける」
適当に返事。そのまま、二人とも特に会話が無いままに、テーブルの上に並べられた料理を次々に平らげて行く。
「そう言えばさ」
殆ど食べ終わった所で、彼女から話しかけてきた。
「さっき、私を誰かと間違えてたみたいだけど。そんなにソックリな人居るの?」
「あぁ。髪の色以外は見分けが付かん」
ガルム曰く匂いも違うらしいが、そんな物人間に判別できない。
「ふ~ん。面白い事もあるものね」
「全くだ。世界には同じ顔の人間が三人は居るって聞いた事があるけど、コレで後一人見つければコンプリートだよ」
「三人揃えてどうするのよ?」
「さぁ。歌でも歌わせてみるか?」
「あっはは!なにそれ!でもそれも面白そう。お店の名物になるかも」
それはまた、人気が出るだろうよ。適当に返事を返す和磨と、何が面白かったのか。先ほどから笑顔の少女。和磨から話題を振る事は殆ど無かったが、彼女の方から次々に質問が飛んできた。客商売で話す事は慣れているのだろう。それは、中々に楽しい時間だった。
「そうそう。そう言えばお客さん。変な格好してるけど・・・・傭兵、って訳じゃ無さそうね?」
「傭兵じゃぁ無い。フリーの賞金稼ぎって所さ」
いつもの常套句。騎士であると名乗れば、相手は色々と話してくれる。だがそれはあくまでも騎士に対しての話。相手が情報を趣旨選択してしまっているので、それでは都合が悪いのだ。例えば、騎士相手に昨日の晩御飯に付いての話はしないだろう。しかし、その晩御飯の話が意外と参考になったり、何かの手がかりになったりする事もあるのだから中々バカにできない。なので和磨はいつも。任務の時は騎士では無く、賞金稼ぎと名乗っている。その方が案外どうでも良い話もしてくれるのだ。
賞金稼ぎと言われ、何か品定めでもするような目で見られながらに和磨は続ける。
「ところでさ。最近この辺りで何か変わった事はないかな?」
「ん~・・・変わった事・・・ねぇ。半月くらい前にオーク鬼が近くの森に出たけど、それはもう領主様が退治して下さったし・・・あなたの稼ぎになるような事はな~んにも無いわよ」
「そっかぁ・・・残念」
「ちょっと!残念ってあのねぇ。私達が平穏な生活をしているのを残念ってのは無いでしょぉ!」
「あぁ、悪い。ごめんごめん」
「誠意が無いけど・・・あ、それよりも」
怒ったり笑ったりと。コロコロと表情を変える。忙しい事で。
「お客さん。しばらくこの村に居るの?」
「ん~・・・そうだなぁ。特に行き先も決まってないし」
「ふんふん。それで、宿は決まってる?」
「いや、これから探そうかと」
「そう!それならば良いお店があるわよ」
それは何処?そう聞く和磨に、彼女はニッコリと笑いながら地面を指差した。
「ここ。うちのお店の二階。宿にもなってるんだけど、いかが?」
さすが。手馴れたモノだと。少し感心しながらも、うなずく事で了承。本日の宿が決まった所で、丁度机の上の料理も全て片付けた所だった。
「それじゃぁ、何か必要な物があれば言ってくださいね~」
「あぁ。ありがとう」
「では、ごゆっくり♪」
部屋に案内され、古ぼけたベットに腰掛けるとギシっと音がした。まぁ、値段と釣り合った少しボロいが良い部屋だ。小ぢんまりとして過ごしやすくはある。
腰の刀を近くの壁に立てかけ。何度か。ベットを叩いた後、そこにゴロンと横になった。和磨はそのまま黙って目を閉じる。
―――さて、どうした物か―――
―――ふむ。話とは大分違うな―――
近くの床で丸くなって目を閉じている狼と、ルーンを通じての会話。
―――吸血鬼の「き」の字も見当たらない。どうなってんだ?―――
―――村人達が、吸血鬼の報復を恐れて黙ってるのでは?―――
―――いや、報復も何も。もう被害出てるし。それに、そんな雰囲気でも無かっただろ?―――
―――そうだな。だが、どうする?―――
どうしようか。少し考えてから
―――とりあえず、明日にしよう。今日はもう寝る―――
その日はそれで終了。
明けて次の日の朝。
その日は朝から聞き込みを開始した。が、やはりコレと言った情報は得られず。時刻はもうすでに昼。もしや、誤報では無いのか?そう思い、確認の為に。
この辺りの領主である伯爵の屋敷へと向かう事にした。
入り口で騎士の証明である書類を見せ、広間へと通された。そこには、口ひげを蓄えた痩せ型の。人の良さそうな笑みを浮かべた初老の男性。近辺の領主である伯爵が出迎えてくれた。
「これはこれは騎士殿。ようこそおいで下さいました。本日はどのようなご用件で?」
「はい。実は、伯爵閣下が王宮へと依頼した吸血鬼の件で。閣下にお聞きしたい事があり、伺わせて頂きました。事前に何の知らせも無しに押しかけてしまい、誠に申し訳ございません」
「いえいえ。構いませんよ。吸血鬼の事でしたな。何かありましたかな?もしや、もう解決して頂いたので?」
「いえ、それが・・・」
一通り状況を説明した。村では吸血鬼の影も形も見られなかったと。すると伯爵は大げさと言える程に驚きながら、必死に訴える。当たり前だろう。何せ、もし吸血鬼が居なければ、彼は王宮に嘘の報告をしたと言う事になってしまうのだから。
「そんなハズはございません!私は確かに、村人からの訴えを受けました。最初、私の直轄の騎士も向かわせましたが、彼らは全て吸血鬼の餌食に・・・そこで、私の手には負えないと判断して王宮に騎士派遣の要請をしたのです!」
とても嘘を言っているようには見えない。そもそも、嘘を言う必要が無いだろう。そんな事をしても彼に何のメリットも無い。なので和磨も、確認のためもう一度彼の話を聞き終えると、大きくうなずいた。
「分かりました。閣下、ご心配なく。この件はしっかりと解決致します」
「おぉ、どうかよろしくお願いします。それでは騎士殿。どうか、今回の件が片付くまで我が屋敷にご滞在下さい」
伯爵も色々と接待なり何なりしておきたかったのだろうが、こっちとしてもそんな事されても困る。それにし、既に宿も決まっている。何より、大した距離では無いとは言え、一々この伯爵邸とヨルンの村を往復するのも手間だったので。その誘いは丁重に断り、和磨は屋敷の外へ。
―――どうであった?―――
庭で待機していた狼が、和磨に歩調を合わせながらに聞いてきた。
―――伯爵は間違いなく出たって言ってる。別に嘘を言ってる訳じゃないだろうな。つか、嘘言う意味が無い―――
ならば、やはり村のほうに何らかの異常が。原因があるのだろう。そう思いながら二人。森の中へと
「おい、ガルム。今の聞えたか?」
『聞えた。間違いない。悲鳴だ』
吸血鬼か!?そう思い、元の姿に戻ったガルムと、その背に飛び乗った和磨は、森の中を疾走。
悲鳴が聞えた付近へと近づき、人の気配が。
「きゃあああぁぁぁぁ!!」
酒場の少女が、篭を片手に地面に座り込んでいる。篭には果物や山菜がいくつか。森に採りに来ていたのだろう。そしてそんな少女の目の前には一匹の―――
「ぶぐるるるるるるる」
豚の顔をした二足歩行の亜人。オーク鬼が。
「・・・はぁ、何だ。ただのオークかよ・・・」
勢い込んで茂みから飛び出した和磨は、抜きかけていた刀から手を放し。ガックリと肩を落として嘆息した。
「ひっ!う・・・ぁ・・・あ、れ?あなた・・・」
突然茂みから、目の前に飛び出して来た人影を見て。一瞬息を呑んだ少女は、それが和磨だと気付いたようだ。目をまんまるくしてこちらを見ている。
そんな少女の視線を気にせず、和磨は一人ブツブツと愚痴る。
「まったく・・・紛らわしいんだよなぁ・・・」
脱力した和磨に、オーク鬼も。突然飛び出してきた影に驚き動きを止めていたのだが。すぐに回復して、威嚇するような鳴き声をあげる。
「ぶがああああ!!」
が、和磨と。その後ろに現れた王狼に睨み付けられ、オーク鬼は黙り込む。
「お前、もう森に帰れ」
刀に手をかけながらの和磨と、牙を剥き出しにして唸るガルムの威嚇。
オーク鬼は棍棒を放り投げるようにして捨てながら、反転して森の中へと消えて行った。
「あぁ、そう言えば。前にオーク鬼が出て討伐したって言ってたけど、アレはその時の生き残りか?だったら逃がすのは拙かったかなぁ・・・・・・まぁ良いか。必要なら伯爵が何とかするだろうし」
あんまり良くも無いだろうが、彼の任務では無いので放置。振り返り、未だに座り込んでいる少女へと手を差し伸べた。
「おい、平気か?」
「え、あ、あの・・・うん」
差し伸べられた手を恐る恐るに掴みながら、彼女はきょろきょろと辺りを見回す。
「あ、あれ?今。おっきな狼が・・・」
「ん?どこに居るんだよ。そんなもん。そこに居るのは俺の連れの狼だけだぞ?もちろん、大きさも普通。目の錯覚じゃないか?」
いつの間にか。ガルムも元の姿に。というか、あっちが本来の姿なのだがとにかく。普通の狼の大きさに変化している。
とぼける和磨と、知らん顔の狼を何度か。忙しく首を動かしながら見比べて。
「・・・・・・そういえば、あなたはここで何してるのよ?」
言われ、今度は和磨が言葉に詰まった。
その後、何とかその場を誤魔化して。何か仕事になる事が無いかと、森を散策していたと言う事にして。少女を連れ、酒場へと戻ってきた。途中何人かの村人とすれ違ったので、挨拶ついでに何か変わった事が無いかを聞いて見たが、結果は変わらず。日も暮れ、既に夕方。やはり何の成果も無いままその日も終わろうとしていた時。
「ねぇ、ちょっと良い?」
再び。酒場で客に酒を奢りながら色々と。閉店間際まで聞き込んでいた和磨の下へ、少女が歩み寄ってくる。
「ん?何さ」
「いや、あの・・・昼間の、森での事。そういえば、お礼言ってなかったな~って思ってさぁ」
「あぁ、別に良いよ。つか、何もしてないし」
若干顔を赤らめ、恥らう様に俯きながら。手は後ろに回して。見えない部分まで努力しての言葉に、和磨はどうでも良さそうに手をヒラヒラさせながら適当に答える。そんな姿を見せられて、少女は僅かに口の端を引きつらせた。
「えと・・・ねぇ、私にそっくりな子が居るって言ってたけど、その子。女の子よね?」
何の脈絡も無い問いに、一瞬呆気に取られた。しかしすぐに復活して、とりあえず肯定しておく。口調や態度は置いといて。姿を見て彼女を男だと言う者は余程の変わり者か、もしくは目か、その他の部分が悪いかのどちらかだろう。
しかし、少女はそれを聞いて何処か同情するような口調。
「そっか・・・その子もきっと、苦労してるのね」
「ん?まぁ、そりゃアイツは苦労してるだろうさ」
絶対、そう言う意味じゃないよ。
大きな溜息と共にそんな言葉が聞えてきて、ますます意味が分からずに首を傾げる和磨。
しかしそんな和磨を無視し、少女は何かを決意するように一度目を閉じ、開く。
「あのさ。ちょっと、これから時間ある?」
この後は、もう聞き込みも出来ないだろうから寝るだけだ。なら別に構わないか。
「あぁ。良いけど?」
「そ。それじゃ、ちょっと待ってて」
そう言い残すと、彼女は奥に引っ込んでしまった。
しばらくすると、エプロンを外し、私服に着替えた少女が小走りでやってきた。
「ちょっと、見せたい物があるんだけど。付いてきてくれる?」
別に断る理由も無い。
一瞬、彼女が吸血鬼かとも思ったが、それは間違いなく違うだろう。聞き込みの際にそれとなく聞いた事だが、彼女は間違いなくこの村の生まれ。首筋に傷跡も無いのでグールとやらでも無いだろう。なら、別に良いか。
そんな事を思いながらも、それでも念のためにとガルムも連れて。連れられるままに店を出て、村の外へ。
少し歩いた所で、周囲に何も無い草むらへと到着した。
そこで、少女は足を止める。
「ん?ここか。ここに何があるんだ?」
「・・・・・・・・・」
夜風に吹かれ、がさがさと草が揺れる。
和磨の問いに、少女は俯いたまま答えない。
「なぁ、一体―――」
『何か来るぞ!』
突然。人前では喋らない事にしていたガルムが声を上げ、その真の姿を現した。目の前に巨大な狼が現れた事に驚き、ひっ。と小さな悲鳴が聞えたが、それに構っていられない。和磨も刀を抜き、構える。
土が盛り上がった。
ぼこり。ぼこり。ぼこぼこ。
「・・・・・・・・・なんじゃこりゃ」
周囲の土が。いや、土の下から這い出るようにして現れたのは、骨。
動物のでは無く、人の骨。それも、一部では無く全身。リビングデットとでも言うのだろうか。その光景は、まるで死者が墓の下から蘇ってきているようだ。
「まさか、またか!?」
年明けにあった戦。ヴィシー会戦での光景が頭を過ぎるが、それとは違う。あれは、肉体のある死体だった。が、これらは全て骨だ。肉体が再生している訳でも無さそうである。
だったらコレは何なんだ!?
そういえばと。ここに自分達を連れてきた少女に目を向ける。だが彼女も何が何やら分からない様子で、腰を抜かし。涙目で。その場にへたり込むようにして座り込んでしまっていた。
「なぁ、コレは一体」
「し、知らない!私は知らない!!ただ、ここにつれて来いって!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!!」
両手で自分を抱きかかえ、恐怖で震えている。本当に知らなそうだ。
一体誰が連れて来いなんて言ったんだと、肝心な事を聞こうと思ったが。
『来るぞ!』
どうやら、それどころでは無いらしい。先ほどまで彼らを囲むだけで、特に動きの無かった骸骨達が次々。こちらへ向けて突進してきた。
「ガルムっ!!」
『承知!』
一言。それだけで全てを伝えた二人は、早速行動を起こす。まず、和磨が正面から敵を。敵かどうかすら分からないが、とりあえずこの骨達を抑える。その隙にガルムが少女を銜え、村に戻る。後は骨を一掃するなり逃げるなり、いくらでも。どうとでもなる。
そう思い、ガルムが少女を銜えて離脱しようとしたのだが。
カタカタカタカタカタ
骨達が次々と。王狼目掛けて突進。王狼と言うよりも少女目掛けてか。本来、それをさせない為にわざわざ正面から当たっている和磨なのだが、数が多すぎて手が回っていない。
仕方なく、ガルムは離脱を諦めて防戦に切り替えた。
『何をやっている!!』
「数が多いんだ!無茶言うな!」
多いというよりは、多すぎる。二人だけならばどうとでもなるのだが、一般人を守りながらと言う状況は、はっきり言って最悪だった。
「おい!お前!!そこ動くなよ!」
「ぁ・・・は、はい!」
一瞬目を向けた少女に向け、怒鳴る和磨。その剣幕に怯えているが、知ったことか。
普段から、見ず知らずの人の為に命は賭けたく無いと。公言している彼だが、さすがに。目の前に居る人間を見捨てる程非情では無い。
最も、彼の主にソックリな。そんな形容が付く少女であるからして、それも原因なのかも知れないが。
だがそれでも。
―――おい!分かっているだろうな?―――
―――・・・あぁ。分かってるよ!!最悪の場合は俺達だけで逃げるぞ!!でもまだだ!―――
そんな簡単に諦める事は出来ない。まだ、やれる事は残っているのだから。
「こんのおおぉぉ!!」
銀狼の叫びと、骨がぶつかり合う音。風が草木を揺らす音だけが、その場に響く。
斬っても斬っても。
骨は、次々と現れる。
現れると言うより、斬られても再生。再び繋がり、動き出すと。そう言うべきか。
どちらにせよキリがない。
何か原因か、操っている者が居るならソレか。結局のところ、大本を絶たないと意味が無さそうだ。
「分かるか!?」
『ダメだ。分からん!』
当てにならないな。
舌打ちしながら、次の手を。
『お前こそ!何か無いのか!!』
「あぁ!アレだ。映画だと、朝日が昇れば消えるんじゃねぇか?コノ手の物は!」
それはまぁ、何も無いと言っているのと同義だ。
とは言え、先ほどから何度も。包囲に穴を開けようと。または、少女をどうにか連れ出そうと色々試しているのだが、どれも失敗し続けている。間違いなく、この骨達を操っている者の仕業だ。逃がさないように、その都度的確な指示を出しているのだろう。
本来二人はこのような、対象を護衛すると言う任務は不得手だ。
近衛騎士としてそれは問題があるのだろうが、苦手な物は仕方ない。北花壇騎士の任務として、「~を護衛せよ」と言った感じの任務ももちろんあった。が、その場合。普通の護衛のように、対象に付かず離れずや、影から常に見張っている。と言ったやり方では無い。
二人の場合は、護衛対象の脅威になる物に対する先制攻撃。
いわゆる積極的自衛権の行使と、そんな言い方も出来るかもしれない。
とにかく、ガルムと二人。守るよりも攻める方が得意なのだ。というより、守ろうとしても守れないと言うのが現状。ドットの魔法では、またガルムもラインまでならその毛皮で防げるが、それ以上の高ランクメイジからの魔法を撃たれればそれだけで終わりなのだから。自分達は避ければ良いが、対象はやられてしまうだろう。対象を連れて逃げ回っても足手まといにしかならず、ジリ貧になって追い詰められるだけ。ならばと、護衛任務の場合は此方から打って出るのが二人のやり方。
敵はそれを理解しているのか。もしくは、別の目的があるのか。とにかく執拗に、彼らを倒すよりも、逃がさない事に終始しているようだ。
―――・・・カズマ。いい加減に決めたらどうだ?―――
―――まだだっ!まだ、もう少し!!―――
とは言え、手が無い事も無い。
決断を下せと急かすガルムに、待てと。
―――ならば聞かせろ。どんな策があるのだ?感情だけで物を言っているのであれば我が切るぞ―――
―――このっ!良いか?ここで。村からそう遠く離れていないこの場所で!これだけ騒いでるんだ!もしかしたら、もう村人が騒ぎに気付いて何かしら動いてくれているかもしれない!!―――
それは、策と呼ぶにはお粗末な物。そもそも、村人が気付かないかもしれない。気付いても、何もしないかもしれない。何かしても、村人ではどうにもならないかもしれない。
仮定に仮定を重ねた、もはや願望だった。それでも。和磨は、自分達だけで逃げるという選択肢を選びたくは無かった。
今も怯える少女の姿が、王宮で帰りを待つ女性と重なって見えてしまうのだから。
違うと、頭では分かっている。それでも、どうしても。
どうしてもその決断を下すことは――――――
『おい・・・もう・・・いい加減限界だぞ』
「っぁあ・・・クソ。まだ、だよ!」
どれくらい時間が経ったのだろうか。当たり前だが、まだ空は暗いまま。一時間か。もしくは、まだ三十分も経ってないのかもしれない。それでも、二人の疲労は限界に近かった。斬っても斬っても。引き裂いても噛み砕いても。次々と再生し、襲い来る骨達。単純な肉体的疲労もあるが、精神的な疲労の方が大きい。
チラリと。肩越しに後ろを振り返る。
そこには、小刻みに震えている少女が。髪の色以外、姫君と瓜二つの少女。
「まだ・・・だ!」
まだ、諦められない。諦めたくない。
しっかりと、刀を握り締めた時。
大地を踏み鳴らす音。
鉄製の防具が奏でる響き。
どうやら、村人が通報してくれたらしい。
夜にも関わらず、領主である伯爵自らが率いた三十人程の軍勢が現れた。
ははっ。騎兵隊の到着か
ホっと。安堵の吐息が漏れる。
これで、助かった。
「おや、案外しぶといですな」
それは、聞き間違いか。そう思い聞き返そうとした所で、違和感に気が付いた。
『骨が・・・止まった?』
「まぁ大分弱っているようで、結構結構」
伯爵が指を鳴らすと、先ほどまで動き回っていた骨達がバラバラと。
糸の切れた操り人形のように、その場に崩れ落ちていく。
唖然としながら見つめる和磨。その顔は余程面白かったのか、他に理由が在るのかは分からなかったが、伯爵は。可笑しそうに笑いながら、ご丁寧に説明してくれた。
「ふ、ふふふふ。コレはね、君達人間の言う所の、先住の魔法というヤツなのだよ。とは言え、別に死者を蘇らせた訳では無いのだがね。ほら、あるだろう?君達にも。レビテーションだったか?物を動かす魔法が。アレと似たような物だよ。骨を動かした。ただ、それだけさ」
なんだ、そういう事か。いや、待て待て!
「君達。先住って・・・伯爵閣下。貴方は・・・」
「ふふふふ。うむ。君の今思った通りだ。私が、吸血鬼というヤツさ。どうかな?驚いただろう?うふふふふふふふ」
あり得ない。それは、いくらなんでも・・・先代も、その前の代も。この伯爵家は長く続いた家だったはず。それが入れ替われば周囲に―――
「うむ。君の考えている通り、あり得ないだろうね。先祖代々の家に。いくらなんでも吸血鬼だからと言って、周囲に違和感無く入れ替われる訳は無い。ふふふふふふふふ。そうだね。入れ替わるのは難しい。だが、少し考え方を変えてみたまえ。先祖代々、吸血鬼だったらどうかな?最初から入れ替わってなど居なかったとしたら?」
おいおい、そりゃぁ
「先代も。先々代も。私が先住の変化の魔法で姿を変えていただけだとしたら、どうかね?何一つ変わってなどいないのだよ。元からこの私だったのだからね」
最初、予想外の出来事に思考が停止しかかっていた和磨だが。伯爵閣下のご高説が長かった為、徐々に落ち着きを取り戻してきた。
「そうですか。それはそれは。それで、そこに居る兵隊さん達!あんた等、今なら間に合うぞ?このままその伯爵閣下に従っていりゃ、王国への反逆として、罪になるかもしれない!それで良いのか!?」
こんな言葉で切り崩せるとは思わなかったが、少しくらいは動揺して――――――
「「「・・・・・・・・・」」」
全員。表情一つ変えず、声一つ出さない。
どういう事だ?少しくらい。一人くらい、何かしら反応しても良さそうなのに・・・
「ふ、うふふふふふふふ。無駄だよ。彼らは皆、私の僕なのだから」
魔法で操ってるって事か?
「ふふふ。今君が考えている事は手に取るように分かるよ。魔法で操るだの、金で買収しているだの、そんな所だろう。残念ながらそんなチャチな物じゃぁ無い。君は、吸血鬼を相手にするのに、相手の事を調べなかったのかね?」
調べたさ。だけど・・・グール?いや、でもアレは一人だけだったハズだ
先ほどから和磨の表情から考えを読み取っていたであろう伯爵は。彼が答えにたどり着いたのを確認してニヤリと。鋭い牙を剥き出しにして笑う。
「そう。そのグールだよ。だが、おかしいなぁ?吸血鬼は一人に付き一体のグールしか使役できないハズだ。君はそう考えている。違うかな?」
「・・・・・・・・・あんたは特別って訳か?」
「ふむ。まぁ特別と言う言い方も出来るがね。ただ私も、最初は一体だけだった。が、ある時私は考えたのだよ。もっと使役するグールの数を増やせないかとね。そこからが大変だった。およそ百年。研鑽を重ねてようやく、操れるグールの数が一体増えた。そこからまた百年。一体。どうやら、吸血鬼とは百年毎に操れるグールが増えるらしいね。それも、ただ漠然と過ごすのではなく、研鑽を積み重ねる必要があるのだろうがね。だが、見たまえ。コレが。私の努力の成果だよ!!」
貴族の証であるマントを翻し、手を振りかざす。伯爵の演説の間に、完全に和磨達を囲んでいた騎士《グール》達を。
あぁ、気付いていたさ。ただ、少しでもこっちも体力を回復させたかったから黙ってたんだよ。いい気になるなよオッサン。
「それじゃぁ、アンタは三千年生きた吸血鬼って事かい」
「うむ。その通り。そして、だ。君は今こう思っている。「何故今までバレないようにしていたのに、自ら吸血鬼が出たと言い、騎士を呼び寄せたのか」と。その目的はね。君だよ。銀狼君」
「俺?」
「うむ。彼のヴィシー三騎士の一人。それを我がコレクションに加えてみたいと。そう思ったのだよ。最初は、適当な花壇騎士が送られてくるだろうと思っていたのだがね。ソレをグールにして、どうにか君をおびき寄せようと計画していたのだが・・・まさか最初に本命が来てくれるとは思わなかったよ。私は運が良い。ふふふふふふふふ」
そうかい。そりゃ、蒼髭のクソ野郎に感謝しとけ!
「いやぁ、今宵は良い夜だ。小娘。ご苦労だったな。約束どおり、父親を解放してやろう。どうせ一体処分しなければ、新たなグールは創れないのだからな」
その一言で、今まで黙って成り行きを見守っていた少女が、ビクリと震えた。
「あ、あの、わた、私・・・お、お父さんが・・・」
完全に油断していた。吸血鬼ではなく、グールでも無いのだから敵では無いと。いや、別に今も彼女は敵と言う訳では無い。ただ、コノ場所につれて来いと言われただけで、その先は知らないのだろう。
ごめんなさいと、涙を流しながら繰り返す少女を見てから、すぐに視線を正面。吸血鬼へと移す。
「それで、アンタは俺をグールにしたいから。こんな回りくどい事を?」
「そうだとも。私とて、君が素直にグールになってくれる等と、そんな都合の良い事は思っていないのでね。だから、骨共を当てて消耗させてみたのだよ。どうかな?と、まぁ聞くまでも無いようだがね」
大分呼吸は整ってきたが、いまだ肩で息をする和磨と。大きく口を開け、舌を出して呼吸を荒げているガルム。そんな二人を見下して、吸血鬼。伯爵は嬉しそうに笑いながら最後の一言を言い放った。
「それでは、そろそろ終幕だ。やれ」
合図と共に、三十の騎士《グール》が二人を襲う。グールは二手に別れ、半分がガルム。正確には、今もなお彼が守る少女へと。もう半分は和磨へ。これではお互い、身動きが取れない。
「くそ!この!おいオッサン!こいつ等十分強いじゃねぇか!何でまだ他のを欲しがるんだよ!!」
多対一とは言え、敵のグール一人一人の技量は大した物だった。消耗させられたとは言え、それでも和磨が押されているのだから。
「ふふふふふ。いや、何。やはりなるべく性能の良い駒の方が良いではないか。君もそう思わないかね?」
知るかっ!!
―――ガルム!そっちは!?―――
―――ダメだ!こいつら、我が動こうとすると娘を狙う!―――
その言葉通り、ガルムを囲む騎士達は、基本的に牽制するだけで攻めようとしなかったが、ガルムが少しでも動こうとすると少女を狙う構えを見せる。この後に及んでなお、人質として彼女を利用しようという吸血鬼の指示だろう。
―――良いかい?吸血鬼の最も恐ろしい部分は、その狡猾さだ。十分注意して行けよ―――
出かける前、イザベラに言われた一言が頭を過ぎる。十分に注意していたハズだが、それでも。和磨はまだ、吸血鬼を侮っていたと言う事だった。
クソっ!だったら、自分で何とかするしか無い!!
自分の間抜けさを呪いながらも、歯を噛み締め。目の前の一人の騎士に。他に比べて僅かに動きが鈍いグール目掛け、刀を
「お父さん!!」
少女の悲痛な叫びが耳に届き、一瞬だが動きが鈍った。
だが、それこそが敵の。吸血鬼の狙いだったのだろう。急に動きが良くなった騎士が、和磨にタックルを食らわせた。
重量差から、堪えきれずに吹き飛ばされる。彼が飛ばされた先には、二人のグールが待ち構えていて、それぞれ。右腕と左腕をしっかりと掴まれた。
「このっ!離せぇ!!」
腕を締め上げられ、取り落とした刀が地面に刺さる。
両足は地面から離され、完全な死に体になった。
精一杯抵抗するが、武器も杖も無しではどうにもならない。単純な力なら、今和磨を抑えている騎士二人の方が見るからに強いだろう。
「ふふふふ。いやいや。君は良く頑張ったよ。安心なさい、別に死ぬ訳ではない。ただ、これからの人生。私の為に生きるというだけだ」
ふざけんな!死ぬのもゴメンだけど、そんな事死んでもゴメンだ!!
―――ガルム!!―――
―――えぇい!この!邪魔だああああぁぁぁ!―――
王狼も、もはや少女を守るのでは無く。和磨の下に行こうとするが、周囲を囲む騎士達がそれをさせじと阻んでいるので、思うように前に出れない。
一歩一歩。吸血鬼が、押えつけられた和磨の下に、嬉しそうな笑みで歩み寄る。
クソ!近づいてきたら一発。蹴りを食らわせて、それから―――
「や、やめて下さい!伯爵様!!」
彼女が駆け出したのを、止める者は居なかった。
ガルムは、騎士を突破するのに夢中で気が回らず。騎士達も、最初から彼女をどうこうする命令は受けていなかった。ただ、牽制の為に狙う素振りを見せていただけ。だから、今彼女は。和磨を庇うようにして両手を広げ、吸血鬼の前に立っている。
恐怖に震え、涙を流しながらもしっかりと。
私が、悪かったから。お父さんを返してくれると、そう言われて。伯爵様の言う事を。簡単な事だったから、言われた通りにして・・・それでも。この人は。オーク鬼から私を助けてくれた人はっ!ごめんなさい!私のせいで・・・私が、足を引っ張って・・・ごめん、なさい・・・こんな私を守ってくれて・・・せめて。だからこれだけは・・・
「どうしたのですか?そこを退きなさい」
「ど、どきません!伯爵様!お願い、お願いします!!私、これからも伯爵様にお仕えします!ここであった事も絶対に、誰にも喋りません!お父さんと一緒に、精一杯お仕えしますから!!ですから、お願いします!!この人は、この人だけはっ!!」
少しだけ、伯爵は何かを考える素振りを見せてから、はぁ。と小さく溜息。同時に、一人の騎士がゆっくりと近づいてきた。
「お、お父さ・・・ぇ」
彼女の着ていた衣服が、その胸の部分が赤く染まる。
「何を勘違いしているのか知りませんが、貴方の願いを何故私が聞く必要があるのですか?私が退けと言ったら黙って退けば良いのですよ」
ゆっくりと、少女の体が崩れ落ちるのを見ながら。
和磨は何も出来なかった。思考も停止して、認識が追いついていない。
何で?何でこの子は俺を助けようとしたんだ?何でだ?何で奴はこの子をころ・・・ころした、んだ?あれ、何で・・・どうして・・・
抵抗するのも忘れ、呆然とする和磨に。崩れ落ち、血の海に沈んだ少女は、苦しそうに。途切れ途切れ。それでも、必死に何かを伝えようと口を動かす。
「ごめ、ん・・・なさい・・・ごめ・・・ん・・・ね・・・わた、し・・・・・・」
もう、普通の人間の耳には届かない程の。声にならない小さな声。しかしそれは、風メイジである彼の耳には。彼の耳にだけはしっかりと届いていた。
―――私とそっくりな子に伝えて。頑張ってって。それと、ごめんなさい。助けてくれて、ありがとう―――
苦しそうな笑顔で、それが彼女の最後の言葉。
あぁ、そうか。昼間。森で助けたから、そのお礼に?何言ってるんだよ。別に助けてなんか無いって、言ったじゃん・・・なのに。何で・・・ありがとうって、そう言えば俺、君の名前も聞いてなかったよ。あぁ、そうか。俺も名前言って無いや。ははっ、あぁ・・・そうだったなぁ・・・あぁ・・・なんで・・・なにやってんだよ・・・・・・・・・
「な、んで・・・俺のせいか。俺が、もっと・・・もっと・・・」
もっと、力があれば。もっと、しっかり考えていれば。もっと、もっと、もっともっともっと!!何か在れば。この子は死ななかったのかな?それとも
「まったく。余計な手間を。さて、ではいよいよお待ちかねです。ふふふふふ。素晴らしいグールが出来上がるでしょうね。今から楽しみでなりませんよ」
「なんで・・・血を吸えれば、良いんじゃないのかよ・・・あんた等は・・・わざわざこんな事して・・・」
「血?あぁ、そんな物は貴族の権限を使えばいくらでも集められますよ。食品《人間》を売りに来る商人も知り合いですしね。より良いグールを集めようとするのは、私の趣味ですよ。貴方達人間にもいるでしょう?収集家という人種が。私も同じく、コレクターなのですよ。さて、無駄話はこれくらいで。それでは」
再び歩み寄って来ようとした伯爵が、足を踏み出す前に。
和磨が咆えた。
――――――――――――――――――!!
声にならない叫び。
火事場の馬鹿力。
普段筋肉を壊さない為に、脳が掻けているリミッターを云々。小難しい理屈があるが、それが今。
何も、両脇を固める屈強な騎士二人を振り払う程の物じゃない。
ただ、片方の手を地面に。目の前に突き刺さっている刀に。
それに届かせるだけで、良い。
後は、ぶつけるだけだから。
あと少し。ほんの少し。触れるだけで良い。そう。それだけで。
伯爵が慌てて指示を出している。けれど、もう遅い。あと1サント。あと少し。あとほんの少し。
届いた
右手が刀に触れた瞬間。
小規模の竜巻が。
和磨を中心にして吹き荒れ、彼の両脇に居た騎士を吹き飛ばした。
それは、今まで《ドット》ではありえない威力。彼も気が付いている。一つ段階が上がった事を。足せるモノが一つ増えた事を。
今更だよ。もっと早くに欲しかった。けど、それでも結果は変わらなかったのかな・・・わかんねーや
竜巻の中心。
吹き荒れる風が衣服を揺らす中、一人。両手でしっかりと刀を握る青年は、目の前で息絶えた。救えなかった。彼の想う姫君に瓜二つの。名も知らない少女に。
黙祷を捧げる。
ごめん。何も出来なかった。ごめんな
せめて、仇は討つ。私怨だけど、丁度良い。任務の内容は欠片も変わっていないのだから。吸血鬼。狡猾で危険な妖魔。
それを
「何をしているのですか!もう一度取り押さえなさい!!」
叫びながら後退する伯爵を見据えながら。
「討つ」
咆哮と同時に、飛び掛ってきた騎士を斬り捨てる。あれはたしか、彼女が父と呼んだ騎士か。
ごめん。娘さん、助けられなかったよ
最後の一瞬。多分気のせいだろうけど。男が笑った気がした。
一人、二人。余程慌てているのだろう。一緒に来れば良い物を、バラバラに飛び掛ってくるの。それを確実に、斬る。
元々ドットの段階でもそれなりに手を焼いていた和磨相手なので、ラインになった和磨の風にいまだ対応できていないらしい。
今が好機。そもそも体力も精神力もヤバイんだ。ここで一気に決める!
「任せた」
『任された!』
囲いを突破して、ようやくたどり着いた相棒に一言。
彼も全身傷だらけ。満身創痍。そこかしこから出血していたが、ギラ付いた獣の眼はそのまま。彼も、思う所があるのだろう。それを感じながらも、一々口には出さない。グールの相手を任せ、一気に親玉。吸血鬼へと突き進む。
すぐにその間合いに捕らえた。
魔法を使う暇は与えない。
一撃で決めるっ!
全力で振り下ろされた一刀。
それは、伯爵の体を捕らえる事無く。直前で、何か。見えない何かに弾かれた。
「ふ、ふふふ。危ない危ない。長生きはする物ですね。コレは本場のエルフほど強力ではありませんが、私が独自に研究し、模倣した」
もうそんな口上、一々聞いてやる気は無い。
見えない何かに弾かれた。壁だ。風の防護壁?違う。防いだというより、跳ね返された感じだった。バリアーってヤツか?呼び方はどうでも良い。だったら、対処法は決まってる。
一度距離を取る。およそ5メイル。和磨の間合いギリギリの距離。
バリアーの対処法ってのは、相場。耐久限界以上の力を加えれば良いってなぁ!!
全力。
フライ《重量制御》とエア・ニードル。刀に風を。風を二乗した強化版。それを乗せ、全身全霊を賭けた一撃。
「おおおおぉぉぉぉ!!」
刺突。
大地を蹴る轟音と、刀の先端が見えない壁に阻まれたのはほぼ同時。
そのまま、当たった瞬間。
一瞬の拮抗。
「ウインド・ブレイク!」
突きの威力を殺さない絶妙なタイミングで、刀に纏わせていた風。エア・ニードルを、ウインドブレイク。風を集めて対象を吹き飛ばす魔法を発動。
現在彼の放てる最大威力の一撃。
それは、伯爵の見えない防護壁を打ち破った。
しかし、防護壁により稼ぎ出した一瞬の間。さすがは長く生きた妖魔と言うべきだろうか。伯爵はソレを最大限に活用していた。障壁が打ち破られる事を想定して。
「枝よ!伸びし森の枝よ!奴の体を貫け!」
先住の魔法。伸びてきた無数の枝が、和磨の体を。腕を、足を、腹を貫いた。
「っぐ、ごっ!」
「ふぅ、本当に。恐ろしい騎士殿だ」
何せ、既に彼は自分の想定を二度。破っているのだ。ならばと、三度目に備えておいて良かった。何時以来か。こんなに心からの安堵の吐息を吐きだしたのは。
「ともあれ、コレでチェックメイトです」
崩れ落ちる体を見ながら、会心の笑みを浮かべる伯爵。
だが和磨も。彼を見上げながら、不敵な笑み。
地に刀を刺し、つっかえ棒の様にして踏ん張りながら、一言。
「スティールメイトだ」
―――錬金―――
それが終結の言葉。
当たり前だが、固定化なんぞかけられていない大地は和磨の意に従う。
四方八方。全方位から迫り来る鋭く尖った地。
この近距離でそれを防ぐ術は、伯爵には無かった。
断末魔の悲鳴をあげる間もなく、彼は全身を貫かれて絶命した。
それを見届けた和磨も、その場に崩れ落ちる。もう限界だったのだ。体力も、精神力も。出血も激しい。特に最後の一撃が拙かった。
やば・・・血、止めないと・・・
ガルムを呼ぼうとして、彼の方を見るが。
あちらも、限界だったのだろう。主を失ったグール達が次々と倒れる中、最後まで立っていた銀色の巨体もまた、ゆっくりと。
ズシン
重苦しい音を響かせ、倒れ伏した。
あれ・・・コレ、ヤバイな・・・いつもは二人の内、どっちか怪我が軽い方が応急処置を・・・あぁ、クソ。寝るな。目を閉じるな。今目閉じたら・・・や・・・ば・・・・・・・・・
抵抗空しく、彼の意識は闇の中へと―――
『以上。それが我等が遭遇した吸血鬼だ』
一部を除き、残りはそのまま。
吸血鬼とは如何に恐ろしい妖魔かを説明し終えたガルムは、そう締めくくった。
しかし、話を聞かされていたタバサは当然。
「ま、待って。その後は?」
珍しく。少し感情を含んだ声だった。
さすがに、そこで終わらされては収まりが付かないだろう。せめて、最後まで。
しかし銀狼は素知らぬ顔。
『その後も何も。たまたま知り合いのメイジが近くに来ていてな。運よく、我等を見つけ、治療してくれたのだ。そうでなければそもそも、我等が生きて此処に居る訳があるまい?』
それは、そうだけれど・・・
どこか釈然としない物を感じつつも、銀狼はそれ以上話す気が無いようで。
寝転がり、目を閉じてしまった。
一番最後の部分が聞けずやや不満が残る少女は、とりあえず。
「あいで!何で!?」
シルフィードに向け小石を投げる事で、平静を保つ事に成功した。
あの後。
和磨が次に目を覚ましたのは、見慣れた天井。いつも寝ているソファーの上。
しかし、体が動かない。
どうなっているんだろう?
そう思い、少し強引にでも体を起こそうとして首を動かす。
「カズマ・・・」
ぁ・・・・・・
もう聞えないはずの声。いや、違う。コノ声は。この蒼い髪は。
「り、ざ?」
「そうだよ。ここはプチ・トロワ。お前の部屋。お前のソファーの上。わかる?」
あぁ・・・そうか。助かったのか・・・そ、うか・・・・・・
「カズマ?」
何か小声で呟く和磨に、聞き取ろうと耳を。顔を近づけた彼女は、そのまま。
上手く動かない和磨の手で、抱きしめられた。
殆ど力の篭って居ない腕。振り解こうと思えばいつでも、簡単に出来るけど。彼女はそれをしない。だって、さっきから。
彼女を抱きしめている男は、ずっと泣いていたから。
「ごめん。守れなかった。ごめんな。ごめん。ごめんなさい」
何があったのか、先に目が覚めたガルムから一通り聞いていた。だから。いや、例え聞いていなくても。彼女の行動は変わらなかっただろう。
ごめんと、泣きながら謝り続ける和磨を。優しく抱きしめる。
「良いよ。気にしないで。泣いて良いから」
そういえば、逆の事なら前にあったか。あの時は、魔法が使えないという事で泣いていた少女を、彼がその頭を優しく撫でていた。
今は逆。イザベラは、黒い髪の毛を優しく。傷だらけの和磨を、そっと抱きしめる。
今まで一度も、彼女に涙を見せたことが無かった和磨の。それが、初めて見せた涙だったから。
何時間か。もう、一々覚えていたくもない。
別に、絶対彼女の前では泣かないと。決めていた訳では無い。訳では無いが・・・。
泣き腫らした和磨はこの時。どんな顔をすれば良いか分からず、ずっと。彼女を抱きしめた手を放せずにいた。イザベラも、自分から離れる気は無さそうだ。
ならば良いか。
もう少し。この温もりを感じていたいと、思ったから。
しばらくして医者が往診に来るまで。二人はずっとそのまま。
医者が扉をノックした所で、和磨は突き飛ばされる様にして強制的に離されたそうな。
後になって聞いた所、たまたま。本当に偶然。和磨が吸血鬼討伐に出かけた後。別の任務を終えて報告に来ていた地下水が、何の気無しに「和磨はどうしているか?」と聞いたのがきっかけ。イザベラから、彼は吸血鬼討伐の任務に出ていると聞いた地下水は。吸血鬼という物をまだ見たことが無かったので、怖いもの見たさ。ついでに、和磨は普段どんなふうに任務をこなすのかとか。もし苦戦していたらちょっとくらい手を貸してやってもいいかなとか。そんな事を思いながら、場所を聞きだし向かって見ると。夜になって到着した任地の村には彼らの姿は無く。どこかへ行っているのか、入れ違いになったかと思った矢先。少し離れた辺りで竜巻を見つけた。
そこに行って見ると、血溜まりに倒れている和磨と王狼を発見。急いで応急処置を施して、ここリュティスまで連れて来てくれたのだそうだ。
「そっか。地下さんにでっかい借りが出来たなぁ」
それが、珍しく。というか初めて。
一週間眠り続けてから目覚め、事情を聞いた和磨の感想だった。
いつも通りに戻った和磨を見て、安堵の吐息を吐いた姫君の目の下には、大きなクマが。お付の侍女達も、これでやっと。寝てくださいと頼み込み、自分達まで寝不足になる事は無いと。揃ってホっと一息。
現在は、和磨もガルムも。体の傷は完治している。
だから、彼らは今回の任務を進んで引き受けた。
今度こそ。今度こそ――――――
シルフィードを餌に釣りを続けるタバサだったが、結局その後も吸血鬼は現れる気配は無い。
いつの間にか、二時間ほど経過した時。
「きいやああああぁぁぁ!」
咄嗟に、シルフィードとタバサ。ガルムは二階を見上げた。娘達を集めた部屋とは別。幼い悲鳴。あれは!
三人は一斉に駆け出す。
一階。あの悲鳴はエルザの部屋から。
杖を掴んだタバサと共に、使い魔達も突入。すると
「いやああああああああ!!」
先ほどと同じくらい大きな悲鳴が。三人を何かと勘違いしたのだろう。
どうにか、少女を落ち着かせ、台所から暖かいスープを持ってきて飲ませたが。
緊張しているのだろう。彼女はスープを吐き出してしまった。
それでもどうにか、体が温まってきた所。怯えながら、小さな声で。何があったのかを話しはじめた。
最初、シルフィードがメイジだと。そういう事になっているので、彼女に対して異様に怯えていたので、彼女は一先ず退席。タバサとガルムが事情を聞く事に。
どうやら寝て居た所、何者かに襲われそうになったらしい。顔は暗くてよく見えなかったと。そんな話を聞き、シルフィードは地団太を踏んだ。こんな小さな子までっ!と。
とりあえず、彼女が二階の客間に居る娘達に事情を説明してから部屋に戻ると、エルザが。タバサに抱きつくようにして、小さな寝息を立てている所だった。
そこに騒ぎを聞きつけた村長が現れたが、シルフィードに静かにするように咎められ、やや申し訳無さそうにしながらも頭を下げた。
「ありがとうございます騎士様。この子が襲われたと聞いた時は生きた心地がしませんでしたが、お陰で無事でした・・・しかし、こんな小さな子まで狙うとは・・・吸血鬼とは血も涙も無い連中ですね」
そうねと。力強くうなずきながら、絶対に許さないと決意を新たにするシルフィード。
そんな彼女と、蒼い少女。彼女に抱かれて眠る少女を眺めていたガルムは、内心で一人呟く。
もう、あのような事はさせぬ。
彼にも、プライドがある。狼としての。王狼としての。王族としての。
そして和磨の相棒としての。
手が届く範囲で、可能な限り犠牲を減らそうとする主。そんなモノ無視して、効率良くやればもっと楽なのに。それでも、生き方を変えようとしない。そんな男の相棒として、背中を預かっている自分。二人が守りたいと思ったモノを守れなかったのは、あの時が初めてだった。他の時はいつも、どうにかなっていたのだ。それが悔しくて、嫌だった。だから今度こそ。もう二度とあんな思いはご免だ。
何より、彼は好きなのだ。和磨が、ではない。無論嫌いでは無いが。それよりも。和磨と、姫君が共に在る事が。
二人して笑ったり、罵り合ったり、喧嘩したり。黙って本を読んでいたり。
別に何でも良い。ただ、あの二人が一緒に居る所を見るのが好きだった。
それを、あの日に失いかけた。運良く助かっただけで今日こうしていられるが、一歩間違えばあの日に終わっていたのだから。
二度と、させぬ。
初めてだったかもしれない。もっと力が欲しいと思ったのは。それでも、思うだけでどうこうなる物では無いけれど。だから精一杯。
そして、何より大切な事。
それは普段、平時にはいつもと変わらない事。あの時間が好きなのに、それを自ら無くしてしまうのは愚の骨頂。だから。
今度。今度こそは。
決意を新たに、王狼はゆっくりと目を閉じた。
次の日。
昼過ぎに目を覚ましたタバサは、再びシルフィードとガルムを連れ村を見て回る事に。
しかしまぁ、村人達は現金な物で。
昨日まで散々好き放題に言っていた者達は口々に、騎士様に対する賞賛の言葉を贈る。吸血鬼に襲われたのに、被害を出さなかった事が。騎士の実力として、もう伝わっているのだろう。
ぽかぽかと暖かい日差しに照らされた村は、まるで吸血鬼など関係なく、平和そうに見える。
「別にわたしたち、なにもしてないのにね」
シルフィードのつぶやきに、タバサがうなずいて応えた時。
「ただいま~っと。姫さん。何か収穫あった?」
「あぁ~!!やっと戻ってきやがったのね!!」
何処からか。戻ってきた和磨に、さっそくシルフィードが噛み付いた。
色々と文句を垂れる騎士様に、はいはいと適当な返事を返しながら。目線だけでタバサに問いかける。そんな和磨に、逆に。タバサが問う。
「領主はどうだった?」
確信は無かったが、彼女なりにそれなりに自信のあった問い掛け。それは当たりだったようで、和磨はわずかに目を見開いてガルムを見ている。話したのか?そんな問い掛けだろうか。子犬が小さくうなずいたのを見て。
「あぁ、ここの領主様はシロだな。色々調べたけど、多分間違いない」
元々ここの領主を疑っていた訳では無い。ただ可能性を潰すために行っただけ。それでも、往復の道は暗い森の中を行き、なるべく襲われやすいように行動したのだけれど。
「釣れなかった。あからさま過ぎたかな?」
そんな事は無いと思う。
そう答えながら、昨晩あった出来事を話す。
一通り聞き終えてから、和磨は無言で。何かを考えている様子。
結局、その日の収穫も何も無しに。
村長の屋敷に戻り、用意された部屋に。村中の赤子や幼子。若い娘が集められた屋敷は、まるで孤児院のような騒ぎだった。そこかしこから赤子の泣き声やら娘達の声が聞えてくる。
そんな騒ぎの中、タバサは身じろぎもせず。部屋の壁際に腰掛けていた。
エルザがその前にちょこんと座り、彼女の顔を見上げている。すっかりと懐かれたらしい。
そんな少女達の元に、屋敷に泊まっている娘達が作ってくれたスープを持って、和磨が戻ってきた。
「やっとご飯なのね!きゅい!」
さっそく食いつく騎士様。おいしい、おいしいと言いながら食べていたが。一緒につけられたサラダを食べた時、ぶほっと。吹き出した。
「なにコレ!苦いのね~~~うぇ~~~」
「あぁ、それ。村の名物でムラサキヨモギって言うらしいですよ。健康に良いそうで、是非とも騎士様に食べていただきたいとか」
確信犯だろう。わざわざ食べた後に説明する和磨に、恨みの篭った視線を向ける。
そこへ、いつの間にかタバサがやってきていて、シルフィードが苦いと言った草の入ったサラダを、ぺろんと平らげてしまった。じっと皿の底を覗き込む。
「あ~、おかわり。貰ってくるか?」
コクンとうなずいたのを見て、一度部屋を後に。結局、彼女は今。三杯目のサラダをぱくぱくと消化中。そんな様子を見ながら、エルザがつぶやいた。
「ねぇおねえちゃん。野菜も生きてるんだよね?」
頷いた。
「スープの中に入ってたお肉も、焼いた鳥も、全部生きてたんだよね」
「そう」
「全部殺して食べるんだよね。どうしてそんなことするの?」
「生きるため」
短く答えたタバサに、エルザはきょとんとしながら、無邪気に聞いた。
「吸血鬼もおなじじゃないの?」
「そう」
「ならなんで、吸血鬼は邪悪なんていうの?やってることは同じなのに・・・」
少し答えに困り、沈黙するタバサに。エルザは無邪気に、再び問いかける。
「ねぇおねえちゃん。どうして、人間は良くて吸血鬼はダメなの?ねぇ、どうして?」
その問いに答えたのは、タバサでは無く和磨だった。
「別にダメって事は無いんだろう。ただ、ここは人間の領域。そういう事さ」
「おにいちゃん。どういうこと?」
「ここは人間が住む場所だ。だから、人間の生活を脅かすモノは悪。そう決まってるのさ。相手の都合なんか関係ない」
「それって、ひどくじぶんかってじゃない?」
「そうだな。でも、それが人間なんだろうな」
和磨の答えに、何かしら不満があるのだろうか。若干不機嫌そうな顔をしたエルザだったが、次の瞬間。
バリーンッ!
窓が割れる音。そして、避難した娘達の悲鳴が聞えてきた。
タバサとシルフィードがすぐに駆け出す。和磨も行こうとしたが、ここに一人。少女を残すのも危険かと思い、エルザを小脇に抱えてから後を追う。
隣の部屋に駆け込むと、そこではとんでもない騒ぎになっていた。一人の男が、一人の娘の髪を捕まえて、窓から出て行こうとしていたのだ。
「騎士様!アレクサンドルです!やっぱり彼がグールだったのよ!!」
目は血走り、口の隙間から牙が覗き、ふしゅーふしゅうと、獣のような妖魔のような吐息。それは、昨日見たアレクサンドルという男に間違いはなかった。送り込まれた吸血鬼の血が、彼を妖魔に変質させている。普段は人間と変わりなく。こうして動く時は妖魔の姿に。これもまた、実に厄介な存在だ。
こうなってはもう、隠している場合じゃない。
タバサは咄嗟に、杖を持って風の刃を作り、放つ。
刃に斬られ、その拍子に髪を掴んでいた手を離してしまった。そして不利を悟ったのか。入ってきたであろう窓から外に飛び出していく。タバサも後を追った。
残された和磨とシルフィード。
和磨は、とりあえず抱えていた少女を下ろし、シルフィードに小声で命じてこの場の混乱を収めさせる。
そうして無言で。窓に歩み寄り、破壊されたそれを見つめながら。
―――ガルム。どうだ?―――
―――うむ。お嬢が終始押しているな。まもなく決着だろう―――
―――そうか。こっちは大変だぞ。今下に村人が集まってる。あの男がグールだったんだから、例の婆さんが吸血鬼に違いないって言って騒いでる。こりゃ、一騒動あるな―――
―――抑えられぬのか?―――
―――余所者の。しかも今はただの剣士の俺が、何言ったって聞いてくれないよ。それに、本当にあの婆さんかもしれない―――
密かに後を追わせていたガルムと会話を続けながら、今も下で騒ぎ立てる村人達に目を向ける。小さな村では、情報が伝わるのが恐ろしく早い。もうこの村で、アレクサンドルがグールだったという事を知らない者は居ないだろう。
和磨、ガルムとしては。別にグールは誰でも良かった。候補は七人居たが、最大でもグールが七匹。そう思って全員を警戒していればそれで良い。グールに血を吸われたり噛まれたりしても、それがまたグールになる訳では無いのだから。問題は吸血鬼だ。グールなんぞ、またいくらでも創れる。大本を絶たなければいけないのだが、それが未だに尻尾を見せない。
―――一応、婆さんが本物の可能性も十分あるからな。俺も付いて行くだけ行くけど。お前はそのまま姫さんに張り付いてろ。何かあれば呼ぶ―――
―――了解―――
シルフィードが飛び出していく。おそらく、主に村人達の事を伝えに行ったのだろう。さて
「おにいちゃん。みんな怒ってるよ」
「あぁ、怪しい婆さんが居てな。そいつが吸血鬼なんじゃないかって、皆そう思ってるのさ」
「そのおばあさんが吸血鬼なの?」
「さぁ?それはまだ分かんないさ」
そのまま。問いかけてきたエルザの頭をクシャりと撫でて、彼女を他の娘達に任せると、和磨も村人達を追って老婆の家に。
タバサがグールを倒し、シルフィードから知らせを受けて現場に到着した頃。既にマゼンダという老婆の家は、炎に包まれていた。
村人達は、松明片手に口汚く。老婆を罵っている。
彼女は、唇を噛みながら杖を握り、呪文を唱える。
アイス・ストーム。
氷の嵐を起こすトライアングルスペル。
竜巻は、氷の粒と風を撒き散らしながら、燃え盛る家を飲み込む。バチバチと、氷と風が炎を消し止める音が響く。
竜巻が収まると、そこには。
完全に燃え尽き、倒壊した家屋の残骸。
「何をするんだ!!」
「証拠が無い」
不満を爆発させ、激昂する村人に対し。冷徹に言い放ちながらじっと。睨み返すタバサ。一触即発の空気が流れる中、焼け跡を調べていた村人が歓声をあげた。
「見ろ!吸血鬼は消し炭だ!ざまぁみろ!!」
「こないだあんた達が止めなかったら、もっと早くに解決してたんだ!」
そうだそうだと、村人達はこぞって騒ぐが、タバサはあくまでも冷静に。
「証拠が無い」
「いや、証拠ならあったぜ」
そこに、別の村人が。数人の仲間を引き連れてやってきた。ぽいと。赤い布切れを投げて寄越す。
絞り染めらしい赤い布。その染めは、間違いなく。老婆が着ていた寝巻きと同じ材質。
「あの婆さんのさ。この辺りのやつらはそんなモノ着ない。それが犠牲者の出た家の煙突にひっかかってた。枯れ枝のように細い婆さん。盲点だったよ。普通の体じゃ、あんな細い煙突をくぐれないからな」
村人達は皆安堵の表情を浮かべ、去って行った。皆口々にタバサに文句を言いながら。
そこへ、エルザを連れた村長がやってきて。ぺこりと頭を下げた。
「ご苦労様です、騎士殿。村人達の非礼をお詫びいたします。しかし・・・彼らも家族を亡くして気が立っているのです。どうか、どうかお許しを」
頭を下げ、お礼と謝罪を述べる村長の影から、エルザがタバサをじっと。その手に持った杖を睨み。悲しそうな声で怒鳴った。
「うそつき!!」
そう叫んで、足早に去っていく小さな背中。
村長は、エルザの態度を謝りながら。タバサを連れて屋敷へと戻っていった。
一人その場に残った和磨は、焼け落ちた家の残骸の中。一人たたずむ。
止める事は出来なかった。あの流れで、村人達の狂気を。力ずくで止める事は、勿論できた。けれどそれをやれば、間違いなく血が流れていただろう。なによりも、老婆が吸血鬼では無いという明確な証拠が無い以上、村人達に何を言っても無駄だ。必要なら、斬る覚悟はある。しかし無駄な血を流す覚悟は、いまだに無い。
だから。老婆が本物で、抵抗した場合に備えて待機していたのだが・・・
―――・・・なぁ、どう思う?―――
いつの間にか、彼の隣には子犬。
―――これでは生きてはいまい。もしコレで生きているなら、あの時お前が串刺しにした奴も生きている事になるな―――
だろうな。
無残な姿になった遺体に、軽く黙祷。
―――これが吸血鬼、ねぇ。あっけなさすぎだろ?―――
―――ふむ。息子の方は間違いなくグールだったがな。その母親が吸血鬼と、まぁ単純な図式で分かりやすくはある―――
―――だけど、コレは結構拙いぞ?―――
―――うむ。最悪なのはこのまま吸血鬼事件が収束して、どこか別の場所に本物が移動。新たな事件を起こす事か―――
そうだなと。返事をしてから空を見上げる。
―――仕掛けるなら今夜だ。明日には出て行かなきゃいけないからな―――
―――了解した―――
互いにうなずき、その場を後にした。
コンコンと。帰り支度をしていたタバサの部屋。そのドアが小さく叩かれた。
彼女は、疲れていたのだろう。ベットで眠るシルフィードに一瞬目を向け、音を立てないようにそっとドアを開ける。
そこには、申し訳なさそうに。うつむいた少女。エルザが居た。
「あ・・・その、さっきはごめんなさい。おねえちゃん。村のひとたちのために頑張ってくれたのに、私、失礼なこと言っちゃって・・・」
タバサは無言で首を左右に振る。そこで、ベットの横に置かれたカバン等の荷物に気が付いたエルザは「いっちゃうの?」と。タバサも短く「明日の朝に出発する」とだけ答える。すると彼女は、一瞬寂しそうな顔をしてから。
「あ、あの!見せたいものがあるの!ちょっとだけ、ちょっとなら良いでしょ?おねえちゃんの大好物がある場所。お土産にもっていってよ!」
少し考えてから、彼女は頷いた。それを見て嬉しそうに笑いながら、タバサが持つ大きな杖を見て、一瞬顔を強張らせる。それに気が付いたタバサは、黙ってその杖をシルフィードの横に置いた。
「ありがとう」
安心したように呟いたエルザ。少女に連れられ、月明かりを頼りに。タバサは村の中を歩く。今まで窓を塞いでいた板などは取り払われ、そこかしこから楽しげな声が。吸血鬼事件が解決したので、村中で夜通し騒ぐつもりなのだろう。そんな中、森の入り口に来たところで。タバサは口笛を吹いた。
「口笛?上手だね」
「魔よけのおまじない」
そんな会話をしながら、二人は森の中へ。
少し歩くと、中に。開けた場所に、ムラサキヨモギの群生地があった。
「すごいでしょ!こんなに一杯!おねえちゃん、おいしそうに食べてたよね。一杯つんで!」
タバサはその場にしゃがみ込んで、ムラサキヨモギを摘み始めた。その周りを、エルザは楽しそうに跳ね回る。タバサが小さな両手いっぱいに、ムラサキヨモギを摘み終った時。
「ねぇ、おねえちゃん」
耳元でエルザが呟く。無邪気な声で。
「ムラサキヨモギの悲鳴が聞えるよ。イタイ、イタイってね」
その声に悪寒を感じ、ヨモギを放り出して駆け出す。距離を取ろうとするが
「枝よ。伸びし森の枝よ。彼女の腕をつかみたまえ」
タバサの腕と、足。それから腰に、周囲から伸びてきた木の枝が巻き付き、彼女を完全に拘束した。
「おねえちゃんは優しいね。わたしが怖がるから、杖を置いてきてくれた。杖は従者の人が持ってる・・・ねぇ、おねえちゃん」
捕らえられたタバサに、ゆっくりと歩み寄りながら。エルザが。いや、吸血鬼が問いかける。抵抗しようとするが、杖を持たない彼女はただの非力な少女でしか無い。
「さっきはおにいちゃんしか答えてくれなかったけど、今度は答えて。ねぇ、おねえちゃんが。人間が生きるために他の生き物を殺すのと、私達吸血鬼が生きるために人間の血を吸うの。なにか、違うのかな?」
「・・・違わない」
その答えを聞くと、エルザは微笑んだ。それは、期待していた答えが返ってきたから。
「そう。うん、そうなの。でもね、わたし、がメイジが嫌いなのも本当。両親をメイジに殺されたのも。だから、見つけたら必ず血を吸う事にしてるの。それでも、むやみに殺している訳ではないのよ。わたしが生きる為に、最低限の数。女の子の血の方が栄養があるの。だから、それ以外は殆ど襲ってないわ」
その顔はどこか、寂しそうだった。
「ねぇ、おねえちゃん。おねえちゃんは優しいから、一度だけ聞くね。このまま黙って帰って?私も、この村から出て行くから。そうすれば、おねえちゃんもお仕事が終わったといって帰れるでしょ?あのおばあさんが吸血鬼だったって。そういう事にして?」
少しだけ。タバサは何かを考えてから。
「だめ」
その答えは、聞きたくなかった。けど、予想していた答えだったのだろう。エルザにはあまり動揺が見られない。
「・・・そっか。いちおう聞くけど、なんで?」
「私は人間。北花壇騎士。貴方は妖魔。吸血鬼。私の任務は、吸血鬼を倒す事だから」
そっか。呟きと共に吐息が漏れる。
「それじゃぁ、しかたないね。ちゃんと一滴残らず飲みほすから。さようなら、おねえちゃん」
お互いの顔が触れるほど近くまで寄っていたエルザは、現したその牙を。
タバサの白い首筋へと。躊躇無く突き刺そうとして。
ごおおおおおぉぉぉぉぉぉっ!
突如吹き荒れた烈風がエルザの体を吹き飛ばす。
「な、なに!?」
エルザが見上げた空には、口笛に呼ばれて待機していた蒼い鱗の竜。シルフィードが。その口に銜えていた杖がタバサの手に投げてよこす。
「ね、眠りを導く風よ!」
再び。エルザが先住の魔法を使おうとするが、それよりも。タバサの魔法の方が早かった。ジャベリン。三本。巨大な氷の槍を作り出し、一瞬の躊躇いも無く。タバサはそれらを吸血鬼へと撃つ。
それだけで、勝敗は決した。
エルザも避けられないと悟り、目を瞑る。
ゴオオオォォォ!
再び、風が吹き抜けた。
風の盾。
それは、正面から攻撃を受けず。風の流れで受け流すように。
三本全ての槍は、何も無い地面に突き刺さった。
「どういう事!」
珍しく声を荒げるタバサは、杖を構える。
敵を。
自分と吸血鬼の間に立ちはだかった男を睨みつける。
「やめろ」
三日月片手に、男。和磨が一言だけ発した。
止めろ?何を。邪魔するつもり?最初からコレを狙っていた?どういうつもりだ?
「何をっ」
一瞬、激昂しかけ。すぐに冷静に。落ち着こうとするタバサ。しかし、和磨は彼女に構わずに言葉を続ける。
「止めろと言ったぞ。ガルム」
その一言で、突然。
背後に圧倒的な存在感を感じた。感じただけではない。彼女の背後からは、あの子犬。いや、王狼の声が。
『ふむ。別に怪我をさせる心算は無い。ただ、杖を取り上げようと思っただけなのだが?』
「いいから、やめろ」
『ふん』
睨み合う主従。
「きゅい・・・ガルムさま?」
『黙れ』
「きゅっ!」
タバサは彼らの会話を聞きながら、背中に流れる嫌な汗を止められないでいた。今の今まで、完全に気配が無かった。後ろを取られたのだ。北花壇騎士七号。雪風が。
獣本来の隠密性と、多くの経験から学んだ技法。それらを備えたガルムの気配遮断は完璧に近かった。それは、和磨自信が姿を見せて囮となり、本命のガルムが敵の背後に回り、奇襲をかける。彼らの常套手段の一つだった。
戦慄を覚える少女を他所に、主従は会話を終え。和磨は背後。自らが庇った形の少女、吸血鬼に振り返る。
「なぁ、お嬢ちゃん。君は好き好んで人を殺しているのか?それとも、生きるために仕方なく?」
「ぇ・・・お、にいちゃん?どういう、事?」
彼女もまた、何が何だか理解できないのだろう。攻撃を食らったと思ったら助けられて。しかもこの剣士、メイジだったのかと。それ以前に、何故助けたのか?それに何故こんな質問を?何の意味が?
「いいから。答えろ」
その一言で、とりあえず。余計な思考は全て放棄して。彼女は少し震えた声で質問に答える。
「メイジは、恨みがあるから。でもそれ以外はっ!い、生きるために。だって、だって仕方ないでしょ!わたしは、血が無いと生きていけないんだから!!何が悪いのよ!なんで?何でわたし達が悪者扱いされるのよっ!ねぇ、なんでよ!答えて!!」
その答えを聞き、少しだけ笑った。
夜。といっても、あれから一時間程しか時間が経っていない。村中は吸血鬼を倒したとお祭り騒ぎ。そんな中、村長宅の庭に陣取り、一人思案を巡らせる和磨。
すると、その視界の端に見慣れた姿が。
「ん?あれ、姫さん。あのお嬢ちゃんも。どこ行く気だ?」
『まだ吸血鬼の件は解決しては居ない。危険では無いか?』
ふむ。
そこで少し考える。現状、和磨の中で吸血鬼候補は三人居た。
一人目があの老婆。あからさま過ぎたが、逆に無実である証拠も無かったので。
二人目が村長。どうやって忍び込んでいるかなどの細かい方法を抜きにして、誰が吸血鬼なら厄介かを考えた結果、彼も候補に上がっていた。
そして三人目。
それが、エルザと言う名の少女。
彼女もまた、疑おうと思えばいくらでも疑えた。不明な経歴。病弱という事で昼間は外に出ないという事も。
そんな容疑者の内一人と、杖を持たずに後に続く少女。
本来なら、村長辺りに何か吹き込んで反応を見ようかと。そんな事を思案していたのだが。
「とりあえず、追うか。気配を消してな」
『了解』
そのまま二人。完璧に気配を消しての尾行。ムラサキヨモギを採取するタバサと、その周りを楽しそうに駆け回る少女を見て。杞憂だったかと思った所、少女が本性を現した。
そこに来て、厳戒態勢。和磨はいつでも吸血鬼を斬れる位置に陣取り、ガルムはいつでもタバサを助けられる位置に移動。
もちろん、彼女達の会話も全て聞いていた。
だから、エルザを助けたのだ。
「そうだな。確かに、お前は悪くないのかもな」
「え?」
予想外の言葉だったのだろう。エルザ。そして背後ではタバサもまた、口を開けて唖然としていた。
「お嬢ちゃん。エルザ、だったな。三つ質問がある。一つ、血を吸う時は相手が死ぬまで吸い尽くさなきゃいけないのか。二つ、血を吸い尽くさなかったらそいつはグールになるのか。三つ、今の言葉。お前達の言ってる大いなる意思ってのに誓って、嘘が無いか」
今度は、刀を突きつけながら。答えろと。シルフィードの起こした突風に吹き飛ばされ、体制を立て直していないままの少女は、地面に座り込み。そのまま。
今度はいつの間にか剣を突きつけられ、質問されている。何がどうなっているのか頭がパンクしそうだった。が、答えるまではどうにもなりそうに無い。それと、嘘も言えないだろう。何せ、目の前の男の、目が言っているのだから。嘘をつけば斬ると。
少女は、ゆっくりと答える。
「グールには、しようとしない限りはならない。血は、別に吸い尽くす必要は、無いと思う。けど!そうしないと正体がバレるっ!だからわたしはっ!」
「三つ目は?」
「・・・・・・三つ目。誓える。大いなる意思に誓って。メイジ以外。別に、殺したくて殺してきた訳じゃない。あなたたち人間と同じ。食べるために。生きるために血を吸ってきただけ。それがいけない事なの!?」
最初はうつむいていた少女は、今はしっかりと。和磨の顔を。眼を睨みつけてきていた。
その姿は、とても嘘を言っているふうには見えない。
―――ガルム―――
―――ふん。好きにすれば良い―――
―――サンキュー―――
それだけ確認すると、なんと。和磨は刀をゆっくりと鞘に納めた。そのまま右腕の袖をまくり、少女の顔の前へと。
「約束しろ。もう殺すまで人の血を吸わないって。そしたら、ほら。腹減ってるんだろ?俺の血で良かったら飲んで良いよ」
この人間《ヒト》は、何を考えているのだろう?
それは、この場に居る和磨とガルム以外。女性陣全ての共通した思いだったのだろう。
とりあえず、女性陣を代表して。シルフィードが叫んだ。
「カズマ!?何考えてるのね!?」
「何って、約束だよ。ほら、エルザ。どうするんだ?」
「・・・・・・ぇ?ぁ、あの・・・どういう、つもり?」
真ん丸く見開かれた目で良く分からない生き物《和磨》を見ながら、エルザが呟く。
「良いから。約束するのか、しないのか。するなら血、飲んで良いよ。ただし吸いすぎるなよ?あ、後。このまま村に置いとけないからな。一緒に来てもらうぞ?」
「どういうつもり?」
どうにかいつもの無表情に戻したタバサが、若干。杖を握る手に力を込めながら。
「サビエラ村の吸血鬼。婆さんと、グールの息子は村人達の協力で無事討伐できた。今後あの村ではもう、吸血鬼の被害はでないだろうさ」
「エルザが」
「だから連れてく。この子は、今ここに居る。ここは、サビエラ村の外。森の中。そこで見つけた吸血鬼。サビエラ村の奴とは別物さ」
確かに。今後あの村で吸血鬼が出なければ、やはりあの老婆が吸血鬼だったと言う事になり、事件は解決するだろう。だけどそれは
「言葉遊び」
橋の前に「このはし渡るべからず」と立て札がある橋を、その真ん中を歩いて渡り。「端は渡っていませんよ」。そう言い訳するような物だ。これでは、任務を達成した事に成らない。
そんな都合の良い言い訳が通るわけ無い。
そう思うタバサに、首だけ動かし視線を向けてから。
「俺もこっちに来てから知ったんだけどね。この言葉遊びが、結構重要なんだってよ」
それでも、そんな無茶が通るわけが無い。
他にも色々と言いたい事もあったが、和磨はもうタバサを見ていない。再度、エルザに問いかける。
「さて、どうする?別に腹減ってないなら無理に血吸わなくても良いけど。どっちにしろ、この村に置いとく訳にはいかないからな」
しばらく唖然と。和磨を見ていた少女は、ぽつりと呟いた。
「わたし、死ななくていいの?」
「あぁ。殺すまで血を吸わないって約束するなら。大丈夫。ちゃんと事情を話して、きちんと血を吸わせてもらえば良い。良い場所があるから、そこに連れてくよ」
「わたしを、信じてくれるの?」
「君しだい。どうする?」
万が一の為に。少しでも妙な真似をしたら、一息で噛み殺せるようにと。ガルムが四肢に力を入れている。そう、もしこれで騙すようならばそれこそ。遠慮なく斬れる。だからあえて、和磨は身を危険に晒している。
できるだけ殺したく無い。
もうこの村では、老婆と息子が吸血鬼とグールとして殺されている。なら、もうそれで解決だ。これ以上、無駄に犠牲は出したくない。なにより、実際に何年生きているのか知らないが、幼い女の子を斬るのは。かなり激しい抵抗があるのだから。それに、言葉遊びで助かる命があるのなら。良いじゃないかと。
「ん、それとも首筋の方が良いのか?んじゃホレ」
言いながら襟をまくり、首筋をさらけ出す。しばらく。じっと和磨を見つめていた少女は、意を決して答えた。
「・・・・・・約束する。もう、相手が死ぬまで血を吸わないって」
「おし。んじゃほら。遠慮なく。いや、遠慮して飲めよ」
和磨が、笑った。
彼の顔を見ながら、ゆっくりと。吸血鬼の少女は歩み寄る。
そしてそっと。抱きつくようにして、その首に牙を突きたてた。
あんまり美味しくない。
女の子と違って筋肉があり、硬い首筋。噛み心地も悪い。
だけど、今までで一番暖かい血だった。
信じてくれた。最強最悪の妖魔なんて呼ばれて、忌み嫌われる自分を。言葉で約束しただけなのに、信じてくれた。初めてだ。こうやってヒトの血を吸うのは。味は不味い。美味しくない。けど、嬉しかった。もうそれだけで良いと、そう思える程に。涙が出るほど、その血は暖かいと思えた。
朝日が照らす中、上空。風竜の上。
風竜のシルフィードを加えた五人は、一路。ガリア王国首都リュティス。
プチ・トロワへと向け飛び続けている。
「うぁ~~~~~~肉ぅ~~~~~」
寝転がりながら、まるでゾンビのように。唸り声を上げるのは和磨。
「きゅい。そうなのね!お肉!お仕事終わったからお肉お肉!!おいしいお肉~るーるーるー♪」
合わせてシルフィードも喋り出す。
『ふむ、肉か。良いな。肉は実に良い』
ガルムも舌なめずり。
「うば~~~~~血が足りねぇ・・・にぐ~~~~」
「あ、あの・・・ごめんなさい・・・その、つい、飲みすぎちゃって・・・」
申し訳無さそうにしながら、日の光に弱いエルザはすっぽりと。頭からローブを被っている。
そんな四人を見つめながら、タバサは昨日の事を思い出していた。
あの後。
村長の家に戻り、少し話をした。内容はもちろんエルザの事。ただし、彼女が吸血鬼だと言う事ではない。和磨が、彼女の親戚に心当たりがあるからと。昨日一度村を出て確認を取ってきたが、その親戚も彼女を引き取りたいと言っていた。そんな嘘を。
しかし、村長はその話を信じてくれた。確認の為にエルザの意思も聞いたが、彼女もそれで良いと言っている。ならば、自分が反対する理由は無いと。シルフィードなど、その時の村長の顔を見ておもわず涙してしまっていたが。エルザも、その目が潤んでいた。申し訳なさやら、感謝やら。いろいろあるのだろう。
結局、朝になって。出発する時の見送りは村長一人だった。けれどそれで十分。最後まで手を振り続けたエルザと、もう片方の手を引くタバサ。
彼女達がサビエラ村を後にしたのが、つい数時間前。
和磨は昨晩あの後。もう一度血を吸わせてくれと頼んできたエルザに答えて吸わせてやったらしいのだが、それが拙かったようで。少し吸いすぎてしまったらしく、貧血気味。先ほどから肉肉とうるさい。
「にく~~~~~~~」
「きゅいきゅい♪お肉~お肉~」
『うむ。肉だ』
釣られてか。いや、本能で。使い魔達も肉肉と・・・。
「「『肉~~~~』」」
ゴンゴン。ガン!
木製の大きな杖の様な物で、頭部を叩かれた音が二回。強打されたような音が一回。誰がどれかは分からないが、叩かれた三人は頭を抑え、皆涙目。
しかし効果はあったようで、静かになった。これでゆっくり本が読める。
「あ、あの・・・おねえちゃん?」
若干。先ほどまでくっついていたエルザが距離をとるが、気にせずに。
文学少女はページをめくる。
その顔は、彼女の友人が見ればこう言うだろう。
あらタバサ。何か良い事でもあったの?嬉しそうね
彼らを乗せた竜は、真っ直ぐに飛ぶ。
まだ少し寒さが残るこの時期。少しだけ、暖かい風が吹いていた。
あとがき。
前半に比べてバランスが悪い気がOrz
こんな感じで今回のお話。外伝の吸血鬼編は終了です。
外伝で書かれていた部分と同じ場所は、あえて短く纏めさせてもらいました。同じこと書いても意味無いだろうと思ったので。
如何でしょうか。
ちょこっと加筆しました。
以下、おまけです。
**侍従長様の過激な発言があります。ご注意ください**
おまけ。
プチ・トロワに戻った一行。
まず任務報告の為に和磨、そしてタバサと。和磨の影に隠れるようにしてくっついて来ているエルザを連れた三人は現在。謁見の間。
「―――以上です。村人達の協力もあり、サビエラ村の吸血鬼は無事、討伐致しました」
頭を下げながら報告する和磨。
全て聞き終えたイザベラは一言、ご苦労と。
そこで、気になっていた事を聞いて見る。
「ところで、その子は?」
「ん、あぁ。この子ね。ほら、自分で挨拶しろ。三十年生きてるんだろ?」
いつもの口調に戻った和磨が、後ろに隠れていた金髪の少女。エルザの手を引き、やや強引に前に出した。
「わ、私達にとってはそれは子供で・・・あ、あの、その・・・エルザ、です・・・」
和磨への反論からどんどんと声を落とし、縮こまってしまった。そんな姿を見せられると、何かこっちが悪者のような気がしてくる。
「なぁ、それで?その子をどうしたんだい?まさか、攫って来たんじゃないだろうねぇ?」
妙な迫力がある笑顔である。もしYESと答えれば色々と大変だろう。少し頬を引きつらせながら、和磨は端的に事情を説明した。
「えっと、サビエラ村からの帰りにな、たまたま、偶然。野良?迷子の・・・どっちでも良いか。ともかく、サビエラ村の外で、吸血鬼を見つけてさ。ほっといたら色々危ないだろうから、連れて来た」
雨に濡れて可愛そうだったから猫拾ってきた。そんなノリで吸血鬼を連れて来たと言う和磨《バカ》を見て、一瞬唖然。しかし、すぐに表情を引き締めた姫君は。
「ふ~ん・・・偶然、ね」
「そうそう」
「ま、それは良い。それで、お前はそれで良いんだな?」
「あぁ。良いよ」
「そ。まぁお前が良いって言うなら良いさ。エルザ、だっけ?お前も良いんだな?」
「・・・へ?え、あ、あの~・・・えっと・・・」
いきなり話をふられ、あたふたとする少女。そんな少女を見ながら、イザベラは疑わしげな視線を和磨に向ける。
「カズマ。この子、本当に吸血鬼?どう見てもただの子供にしか見えないんだけど」
「いや、本当に。俺なんか昨日血吸われてフラフラ」
「血吸われたって・・・良いのか?それ」
「同意の上だし。それよりさ、ここの人たちに事情話して、血吸わせてやってくれない?死ぬまでの量は吸わないって約束したし、嫌なら断れば良いって事でさ」
「まぁ、良いけどね。事前にしっかりと話しはしときなよ?」
「アイサー。だってさ。良かったな、許可もらえたぞ」
トントン拍子で話が進み、展開に着いていけないエルザは、あわあわと。同じく、こちらは外見では取り乱していないが、内心で何がどうなっているのか理解できないと。混乱中のタバサ嬢。
そんな二人を見ながらイザベラが。先ほどからなにやら、う~んだのあ~だの、ゴホンと咳払いをするだの。何かしたいのだろうか?
普段なら、タバサに。従妹姫に対して、任務が終われば「下がれ」と一言言うだけなのだが、今日は少し違う。
言わなきゃ。言おう。言いたい。言うんだ。
さっきから何か言おうとしながら、どうしてもそれが口から出ない。
苦悶する主を見かねて、苦笑しながらの和磨が助け舟を出した。
「なぁリザ。俺さ、腹減ってるんだけど。飯食わせてくれない?」
普段ならそんな事言わない。勝手に食堂に行くか、侍従を呼んで頼むか。そんな和磨があえて言ったのには意味があるのだ。
「あ、あぁ。あぁ~そうだったね。うん。良いよ。あ~、そ、そうだ。ついでだ。その・・・雪風。お前も、食べていけ」
後半がやや棒読みだったが、言うが早いが。ベルを鳴らす。
チリンチリンと鈴の音が響くと、待機していた次女達が現れ、次々に。
謁見の間の真ん中に、白い丸テーブル。周囲には椅子が四つ。卓上にも次々と料理が運ばれてくる。
どう反応して良いかわからず、固まっている少女二人に。
「ほら、せっかくの姫君のご招待だ。断るのは失礼だぞ?」
そう言いながら、和磨は二人の背中を押す。
促され、戸惑っていたタバサだが。イザベラと、その隣に和磨が。反対側に遠慮がちにエルザが座ったのを見て、彼女は少しだけ考えてから残った席に着いた。
和磨、エルザを挟み、従姉姫と向かい合う形で。
「エルザ、別に普通の飯が食えない訳じゃないだろ?」
「ふぇ!え、えっと・・・うん。食べれる、けど」
「んじゃ、せっかくだから食っとけ。無理にとは言わないけどな。それじゃ、いただきます」
そのまま、真っ先に和磨が料理に食いついた。続いて恐る恐るにエルザが。
「・・・食べないのかい?」
「・・・食べる」
従姉妹も揃って。
「いや~。やっぱここの飯は美味いねぇ。なぁ、姫さん」
「・・・・・・」
一心不乱に料理を口に運ぶタバサ。
答えは無いが、その姿だけでまぁ、答えている様な物。
そこで、ナイフとフォークを上手に使い、優雅に食事をしていたイザベラが
「なぁ、何でその子が姫さんなんだ?」
「いや、こっちのが姫っぽくね?」
「へぇ・・・私は?」
「女王様」
「ほぉ」
笑顔を引きつらせたイザベラと、それを楽しそうに眺める和磨。からかって遊んでいるだけにしか見えない。そんな二人を眺めていたタバサが、ふと食べるのを止めて
「あってる」
ボソっと。その呟きは確かに、一瞬静まり返った部屋に響いた。
「合ってる」のか「似合ってる」なのか。後者だとしたら何がなのか。
すると、姫君は矛先をタバサに向けた。
「へぇ・・・お前も言うようになったじゃないか・・・」
「・・・・・・」
再び料理を。彼女に答えを返さずに。
「あの、姫さん?」
「・・・何?」
「いや、あの、俺じゃなくてリザに答えてあげて欲しいな~、なんて」
「・・・・・・」
何かこう、ヤバい空気が。
しかしそこに、ワインを片手に金髪の侍従長。クリスティナが現れた。
助かった!
内心で喝采をあげる和磨。
「姫殿下。ワイン等は―――おや?」
侍従長は、ちびちびと料理を食べていたエルザを見て、一瞬。
僅かに目を見開いてから。
「吸血鬼ですか」
再び、空気が凍った。
「あ、れ?クリさ・・・侍従長様?何でそんな、一発で分かるんですか?」
「この私が同族を見間違えるはずはございません」
ふ~ん。そうなんだ。へ~。どーぞくね。ほーほー。
・・・・・・・・・・・・・・・・
えええええええええええええええぇぇぇぇぇ!!
その場の全員。腹の底からの叫び声が部屋に―――――――――――
シ――――――――ン
響かない。
タバサやエルザは目を見開いているが、それは驚きではなく。むしろ納得してしまっている。
すでに一人、吸血鬼が居たのかと。
それなら、もう一人増えてもなるほど。問題はないのだろう。そう思っている様子。
一方、当たり前だがそんな事を知らなかった和磨とイザベラはというと、こちらもまた納得してしまっていた。
あぁ、やっぱりこのヒト。人間じゃなかった。
そんな思い。むしろここで「私は人間です」と言われていたら、それこそ大声を上げて驚いていたかもしれない。
―――吸血鬼だってよ―――
―――そっか。納得―――
主従。目だけで会話。
しかし
ギンッ!
「何か?」
「「いいえ!何でもありませんっ!!」」
物理的な圧力すら感じさせる視線を受け、揃って。首を激しく左右に振る。
「左様で。時に、その娘を連れてきたのは貴方ですか?」
「は、はい!」
直立不動で答える和磨。そんな和磨の姿に若干驚いているメガネ娘が居たが、気にならない。
「そうですか。それで、名前は?」
今度はエルザへ視線を向けて。
「え、えっと・・・エルザです」
「そうですか。では後で私の部屋に来なさい。ここで過ごすのならば、発見されない血の吸い方等を教えましょう」
「えっと、あの。クリさ・・・侍従長様?素直に話せば・・・それと、日の光に弱いはずなのになんであなたは・・・」
「素直に話して、外に漏れないとも限りません。ならば、極力伏せる方が良いでしょう。発覚したらその時に対処すれば良いのです。それと、日の光など。訓練次第でどうとでもなります」
なるのか?あまり深く突っ込んではいけない気がした。
「そ、そうっすか・・・えっと、ちなみに侍従長様は今まで・・・」
「勿論。貴方も今まで知らなかったでしょう?これだけ多くの人が居るのです。眠らせ、大勢から少量づつ血を吸い、傷跡も消せばまずバレる事は無いでしょう」
あぁ、なるほど。貴方は今までそうやってきたんですか。確かに、吸血鬼なんて欠片も聞いた事が無いですよ。
唖然とする一同を尻目に、失礼しましたと一礼して退室するクリスティナ。
静まり返った室内。
最初に口を開いたのはイザベラだった。
「いや、なんというか」
「クリさん。予想外すぎ」
「灯台下暗し」
「えっと、えっと・・・」
和磨、タバサ、エルザと。どう反応したものかな~。そんな思いからか、皆が固まっている。しかしまぁ、トラブルとは次から次に来るものらしい。
今度は空から。
部屋に光を取り入れていた大きな窓。ガラス張りをぶち破って、蒼い竜。シルフィードが室内に突っ込んできた。
それだけならまだ良かったのだが・・・・・・
「きゅい~!!おねえさま!シルフィには何も食べさせないで自分だけ美味しそうなご飯食べて、ずるいのねずるいのね!!シルフィもお肉食べる!お肉~~!!」
空腹のあまりに思いっきり喋ってしまった。空腹と。召喚してからいまだ日数が経っていない事による調教―――ではなく、教育不足もあるだろう。
とにかく、じたばたと暴れながら喋る竜をどうにかしなくては。
「あ~、あのさ、姫さん。俺はほら。この件に関しては他に喋らないって約束したから、何にも言えないよ。何か言う事があるなら、姫さんが自分で言ってくれ」
じっと。何かを訴える視線に耐えかねて和磨が。チッっと舌打ちが聞えた気がしたが、きっと気のせいだろう。
色々と。そう、色々と言いたい事がある。だけどとりあえず。
「・・・韻竜」
シルフィードを指差しながら、イザベラに話す。
「・・・へ?韻竜って、あの?」
「そう。私の使い魔」
お前、そんな物召喚したのか。
そんな顔で見てくる従姉姫を。その目をじっと見ながら。
「内緒にして」
初めて。従姉に対してのお願い。
吸血鬼を匿っている事をこちらも知っているので、そっちが何か言えばこっちもバラすぞと。そう言う言い方をしようとも思ったが、素直に言ってみた。ここ最近。一年程の彼女の態度と、今日の。今までの言動を見て。素直に頼めば聞いてくれるのではないかと、そう思って。
結果はまぁ、当たり前だろう。従妹に、初めてまともにお願いされた従姉は、特に何も言わずに頷いた。頷いて、それでも一応一言。
「内緒にするのは良い。けど、使い魔の教育はしっかりしときな。コレじゃぁ、他所でバレるよ」
「わかってる」
しっかりと頷き、いまだ騒ぐシルフィードの下へツカツカと歩み寄り。
「きゅい~!おねえさま!お肉お肉お肉!シルフィおなかが」
「黙れ」
「きゅ!?きゅ!きゅい!きゅい!!」
決して大きくは無い。たった一言。
その視線と、言葉だけで暴れる竜を黙らせた。
そして、冷ややかな視線と共に。
「三日間ご飯抜き」
「きゅ!?きゅいきゅいきゅいきゅい!!」
「五日間」
「きゅーーーーーーー!?」
ガックリと。その場にうなだれて目の幅涙を流す韻竜。とてもとても、伝説の古代種とは思えない姿だ。自業自得とは言えなんというか、悲哀を誘う。
たった一言で主に黙らされる使い魔・・・か・・・
―――ガルム。居るか?―――
割れた窓から、王狼がその姿を現す。
―――このバカ竜に肉を。そうだな、五日間くらい飯抜いても平気なくらいの量を食わせてやってくれ。何か、こう、共感できる物があった気がしたんだ―――
―――任せておけ。我もだ。小娘の気持ちが、何故か良く分かる―――
涙を流し続ける韻竜に、王狼が歩み寄り。背中を鼻で小突くようにして押しながら、外へと。
あぁ、後で部屋片付けて窓直しておかないと・・・まぁたクリさんに文句言われるよ・・・あれ、あの竜の餌代って俺持ちか?
壊れた窓を眺めながら大きな溜息。何かもう、色々疲れたよ。
「お、おにいちゃん。平気?」
あぁ、俺の苦労を分かってくれるの?良い子だなぁお前は
苦労までは分からないだろう。ただ心配してのエルザの一言だったが、何故か。今の和磨の心に染みる。
「どうした?カズマ」
「いいや、なんでも。ってあれ?俺の皿に残ってた肉は?」
「良いお肉だった」
「ちょ!おい姫さん!?」
「あ、ごめん。もう要らないのかと思って・・・」
「お前もかよ!?」
最後の楽しみに取っておいたのに・・・ったく。何て食い意地の張った従姉妹だ
「「何?」」
イイエ、なんでもないですよ。
「あ、カズマ。紅茶よろしく。二人にもね」
文句を言いたがったが仕方ない。過ぎたことだ。ここでいくら騒いでも肉は戻ってこないのだから。心の中で泣きながら、言われるがまま。三人分の紅茶を淹れる。
何が楽しいのか、申し訳無さそうにしながらもエルザは笑顔。
目的。従妹と少し話ができたイザベラもまた、少し笑っている。
タバサは無表情だったが。少なくとも、嫌がっている感じでは無さそう。
まぁ、良いか。
そう思いながら、和磨は。内心で文句を言いながらお茶を配る。鏡があれば面白かっただろう。
さすがに、いきなり変化はしないだろうけど。
長い間、お互い色々思う事もあっただろうから。
それでも、少し。ほんの少しだけ、従姉妹の距離が縮まった気がした。
今日はそんな日。
気温は、大分暖かかった。