第三部 第二話 北花壇騎士
季節は、めぐり巡って春。
雪は溶け、花が芽吹き、新たな出会いの季節。
ここまでの間、もう少し色々と細かい事があったりしたのだがそれはまた外伝で。
ともかく。
和磨とイザベラが出会ってから、早いものでもう一年が経過していた。
この一年、思い返せば色々な事があった。いや、そうでも無いのだろうか?それはまた、受け取り手次第という事。
とにもかくにも。
新たな出会いと新たな想いで、新たな物語が出来上がる。
これはそんなお話。
「きゅい~!きゅい、きゅい!ねぇ、ねぇったら!お姉さま!答えて、答えてなのね!きゅいきゅい!」
きゅいきゅいと、イルカのような声で鳴きながら呼ぶのは、蒼い鱗の大きな生き物。この世界で竜と呼ばれるそれは、人々が持つ強大な玄獣というイメージに反して可愛らしい声で鳴き続ける。
「つまんない。つまんないよぉ・・・お姉さま。シルフィの相手してくださらないんだから!シルフィ、いっつもしゃべるの我慢しているのね!こんな時くらいしかしゃべれない。なのにお姉さま、ヒドイのね!きゅい~」
どんなに呼んでも、返事は返ってこない。しかし、それくらいで彼女はめげないのだ。何度も何度もお姉さまと繰り返し、ついに。
「うるさい」
ポツリと、風の音に掻き消されてしまうほど小さな一言だったが、彼女。シルフィードの耳にはしっかりと届いていた。
「きゅい!きゅいきゅい!お姉さま、お返事してくれた!る~るる♪そう、そういえばお姉さま。あの平民。すごかったのね、えっと、ギー・・・キザな貴族様に勝っちゃったあの平民。名前は・・・なんだっけ?忘れたのね!でも、平民が貴族に勝っちゃうなんて、すごいのね!きゅいきゅい!」
文句を言われただけなのだが、それでも応えは応え。主である少女が返事をくれた事が、余程嬉しいのだろう。構わずにきゅいきゅいとまくしたてる。そんな時、ふと。自らの背中に乗る少女。主が読んでいる本が気になり、気になったので聞いてみることにした。
「何のご本をよんでいるの?」
すると今度は、意外にしっかりと反応。言葉では無かったが、本を少し突き出し、彼女にも本のタイトルが見えるようにしてくれた。
「きゅ。え~っと、ハルケギニアの多種多様な吸血鬼について。えぇ~!?吸血鬼!吸血鬼なのね!きゅい!怖いのね!恐ろしいのね!きゅ~」
竜のクセにコワイコワイと騒ぎ立てる。普通の人から見たら貴方も十分怖いのですよ?そう教えてくれる人はこの場には居ない。
「きゅい。でも、何で?何で吸血鬼について読んでいらっしゃるの?そうそう、そういえば。今日はガリアに向かってるのね。きゅい。シルフィ知ってるのね!ガリア!大きな国!リュティスって街はものすごく大勢人間がいるのね!きっと美味しい料理も一杯あるの!シルフィも食べたいな!食べたいな!食べたいよぉ~る~るる♪」
「任務」
「きゅい?任務?お仕事なのね?お姉さま、ちゃんとお仕事してらっしゃるのね!きゅいきゅい!いっつも部屋に閉じこもって本ばっかり読んでると思ってたけど、意外なのね!偉大なる竜眷属のシルフィもビックリなの!きゅい!きゅ、きゅい~!イタイいたい!!叩かないでよぉ。何で叩くの?ゴメンなさいなのね!きゅい~」
蒼い短い髪。本を読んでいた少女は視線を向けず。手に持った身の丈よりも大きな杖でゴンゴンと、無言で風竜の頭を連打。竜はすぐに涙目であやまった。
「きゅい~、きゅい?あれ?でも、お仕事。お仕事ってさっき言ってらしたけど、もしかして。まさか、あの、お姉さま?絶対にありえない事だけど万が一、そのお仕事の、あの、内容って・・・・・・」
「吸血鬼退治」
恐る恐る。違うことを祈りながらの質問の答えは、呟かれた非情な現実であった。ここは遥か空の上。
上空三千メイル。
周囲には、彼女達の会話を聞いている物は何も無い。
そんな場所に、シルフィードと言う名前の風竜の叫び声が木霊した。
その日の朝。
いつものように早起きして、素振り。顔を洗って食堂で朝食を食べていた和磨の下に、次女が一人。姫殿下からの伝言を預かりやってきた。それを聞いてすぐに。というか、もう殆ど食べ終わっていたのだが。残っていた料理を片付け、一度部屋に戻り身支度を整えてからいつもの執務室へ。
普段、一々言われなくても和磨はここに来る。
それが今日はわざわざ来るようにと伝言までよこしたのだから、何か重要な用事でもあるのかな?と。思いながら部屋の中へと入っていく。
そこには、蒼い髪。頭にはいつか贈った薄いピンク色と銀色のティアラ。耳には、これも同じくブルーメタリックの龍を模したイヤリング。それらを持つ女性は、どこか悩ましげに。椅子に座り、窓の外を遠い目で眺めていた。
普段とは明らかに様子が違う彼女を見て、本格的にどうかしたのかと思ったので。近づいて話しかける事に。
「リザ?どうしたんだよ」
「うん・・・・・・・・・・・・」
上の空。ほんとうに、何かあったのか?
「おい、大丈夫か?」
「うん・・・・・・・・・・・・」
いや、ダメだろコレは・・・
さてどうしよう。とりあえず・・・医者か?クロさんは、今日は別の仕事が入ってるって言ってたっけ?あの人も優秀な水メイジだからなぁ、大変だ。となると、クリさん呼ぶか?あの人なら、引っぱたいて終了ってなりそうだな・・・ダメだろ。後は・・・
一応それなりに心配しているので、どうしようかなと頭を悩ませる和磨だったが。彼が結論を出す前に、患者。もとい、姫君が先に応えた。
「ねぇ、カズマ」
どこか、何かを決意した顔。先ほどまでの憂鬱はどこへやら。しっかりと和磨の目を見て、強い意思を宿らせた瞳を向けてくる。
だから和磨も思考を中断してしっかりと話を聞く。
「ん、何だ?」
「・・・少し、話を聞いてくれる?」
そんな顔でそんな事を言われて、断るなんて選択しはないだろうに。
「あぁ」
泣きそうな笑顔で「ありがとう」と答え、彼女は話し始めた。
その話は、以前から知っていた事。
ガリア王。彼女の父親が、オルレアン公爵を殺害した。証拠は無いのだが、状況証拠は真っ黒。そして彼はそれだけでは飽き足らず、公爵の妻であるオルレアン公爵夫人にまで手を出した。彼女は現在。強力な毒で心をやられ、心神喪失。いや、その表現は適切では無い。五年前。毒を飲まされた時のまま、先の出来事を記憶していない。らしい。そしてその娘。シャルロット第二王女は、現在も王政府から死んで来いと言わんばかりに。過酷な任務を言い渡されていると。
ここまでは今までの経緯やら何やらで知っていた事。そしてここからは和磨が知らなかった事。それが、イザベラ本人の口から語られる。
「そのシャルロット。私の従姉妹にあたる子はね、カズマと同じ、北花壇騎士なんだ」
あぁ、それも予想はついていた。何となくだけど。まぁそれくらいは今更だ。
「それで・・・それでね・・・・・・」
ポロポロと、蒼い瞳から涙が
「お、おい。どうした?わかったから。な?無理に言おうとしなくて良い。後は、俺が自分で調べ」
「ダメっ!・・・これは、これは私が、自分で言わなくちゃいけないんだ!!・・・だから、お願いだからちゃんと言わせて・・・」
それは、懇願なのだろう。和磨もそこまで言われて、尚逆らう事などするはずも無い。
しばらく涙を流す姫君を見ながら、彼女が少しでも落ち着くのをただ黙って待ち続けた。
「それ、で。私は、ね」
昔。和磨を召喚する前の事。彼女は、魔法が使えないという事で周囲から陰口を叩かれていた。今でこそ多少コモンマジックが使える様になったり、それ以外でも意義を見つけたり、色々と吐き出せる相手も出来たので、陰口くらいどうでも良いのだが。当時の彼女には何も無かった。
だからそのはけ口として、彼女の想いは。まだ幼い従妹に向いた。従妹は、彼女と違って優秀な。まだ幼いのに魔法の才に溢れた優秀なメイジ。人柄、というか従妹の父。オルレアン公爵の影響も未だ大きく、彼女を慕う者は国内に数多い。そんな従姉妹に。自分が欲しい物。欲しかった物を全て持っている従妹に。父親を亡くし、母親を壊された少女に。彼女は辛く当たった。今にして改めて思えば、それはどんなに酷く、醜い事だっただろうか。
「わたしは。あの子がうらやましかった。うらやましくて、気に入らなくて。だから」
何よりも、それを彼に。和磨に知られたく無かった。そんな自分を知ったら、彼はどう想うのだろうか。考えるだけで嫌な気分になる。彼の性格は知っている。今もまだそれらの事をやっているのならば非難されるだろうが、昔の事だ。もう、丁度一年程前にそれらは止めた。なので彼は今更何も言わないだろう。だけど、それでもやはり。どう想われるかが怖くて。だから今まで黙っていた。しかし、それでも今日それを話したのには理由がある。彼を召喚して一年が過ぎた。丁度良い区切りと、そう言う言い方も出来る。だから
「私、酷いよね」
「あぁ、そうだな」
いきなりの肯定。
だが今更それくらいでは動じない。何せ、彼の言葉には負の感情など欠片も篭っていないのだから。
「まぁ、良くある事じゃないか?」
俺も、思い返せばそんな事もあったかな?
例えば、幼い頃。鬼ごっこなどで遊んでいる時。足の遅い奴だけを集中的に狙ったり。別に特に意図していた訳でなく、ただ楽だからと。しかしそれは、やられた当人からすれば酷い事では無いだろうか?違うかもしれない。でもそれは相手にしか分からない事だ。
サッカーなどでも。下手な奴にボールを回さなかったり。これは、単純に勝つ為に。下手な奴に回して、相手にボールを奪われてしまってはこっちが危なくなるのだから。それもやはり同じように。
そんな経験は誰にでもあるのだはなかろうか?もしくは、無いかもしれないけれど。相手の思いなんぞ分からないのだから、知らずに相手を傷つける事くらいいくらでもあるだろう。彼女の場合、知らずにという訳では無く、意図していたのだがそれも在る意味、知らなかったと言えるかもしれない。他に方法を。自分の中に溜め込まれる負の感情を吐き出す方法を。そんな物、誰も教えてくれないのだから。
「昔の事だろ?悪いと思ってるなら、素直に謝っちゃえよ。そんで終わりさ」
「でも・・・今更どんな顔して謝れって言うの?」
「ん~・・・そこを俺に聞かれてもなぁ・・・そもそも、そんな経験無いからアドバイスの仕様が無い」
「カズマは、今まで人に謝った事が無いの?」
「いや、謝った事なら沢山あるけど、俺いつもその場で謝るから。もしくは、少し時間を置いてでもさ。まぁ、一方的に謝って終わりだよ。相手が心の底から許してくれたかは分からないけど、ソレで俺はスッキリするし」
なんともまぁ、和磨らしいね
涙を拭き、若干。微笑みを取り戻した姫君を見て、和磨も内心ホっと一息。正直、泣かれると困る。どう対応して良いかとか、他の奴に見られたらとか、なんか色々。だからようやく。少し安心した所で考えて見ると、ちょっとした疑問が浮かんできた。
「んで、その話は分かった。わかったんだけど、何で今俺にそれを?」
「うん・・・こっちが本題、かな」
そう言うと彼女は。机の中から一枚の羊皮紙を取り出し、和磨に渡す。
「これは・・・王政府からの命令書か・・・俺宛、じゃないな。宛名は・・・七号?雪風、か」
「七号。雪風のタバサ。本名は、シャルロット・エレーヌ・オルレアン」
イザベラの言葉に若干驚きながらも内容を確かめ、終わると眉間に皺をやった。
「・・・吸血鬼、ね。なるほど。それで今日。わざわざ俺を呼んだのか・・・さらに、今の話をしたって事は」
「うん。お願い、できるかな?」
「・・・あぁ、良いよ。お任せあれってな」
王都リュティス。ヴェルサルテイル宮。
その一画。プチ・トロワ。
第一王女の居城。その謁見の間にて。
「シャルロット様が参られました!!」
「良い。通せ」
以前なら人形と呼べ!だなんだ。怒鳴り散らしていたであろうが、今はそんな事は無い。むしろ、逆に彼女を人形と呼ぶ者が居れば――――現実には居ないが――――シャルロットと呼べ!と、怒鳴っているだろう。
少しして、彼女と同じ蒼い髪。蒼い瞳をもつ。しかし、彼女と違ってその髪は短く、瞳もどこか暗い少女が謁見の間に現れた。
「良く来た。命令書は読んだな?」
コクリ。
「そう、か・・・」
お互い、必要以上の事は話さない。以前は自分の都合で、意地の悪い任務を与えていたりもしたがここ一年。不自然で無い様に、なるべく楽な任務を。それでも。今回の様に王政府から直々の任務が来れば、それを命令しなくてはならない。それは、従姉妹としてでは無く、王女として。北花壇警護騎士団団長として。
しかし、それでも。だからこそ精一杯。
「ん、実はな。今回の任務は少々特殊だ。命令書には書いていなかったが、火のトライアングルであるガリア正騎士も返り討ちにあっている。正直、お前の実力を疑っている訳では無い。が、仕損じる可能性もある。だが王国は。私は、これ以上この件に犠牲を払うつもりは無い。そこで」
パチン
指を鳴らす。
部屋に一人の男が。
「お呼びですか、姫殿下」
「異例だがもう一人。北花壇騎士をお前と共に派遣する事にした」
一人の騎士が入室してきた。
黒い髪。異国の衣装。腰には、反りのある奇妙な剣と、似たような木の剣。
タバサは一瞬目を。それこそ、僅かにだが目を見開いて驚いた。
現れた男。騎士は、まだ一年も経って居ないが以前。彼女が捕らえ、ここプチ・トロワまで連れて来た男なのだから。てっきりあの後処分されたのだと思い込んでいたのだ。
しかしそんな少女の驚きを他所に。団長と団員として、彼らは会話を続ける。
「カズマ。改めて命令する。北花壇騎士として七号。雪風と共に、サビエラ村に出たという吸血鬼を討て」
「了解」
本来は三十二号。もしくは、壬生の狼と。北花壇騎士としての呼び名を呼ぶのだが、彼女は決して彼の事をその本名以外では呼ばない。和磨もまた、特に何も言わず。こちらも実は内心驚いているのだが、それを出さずに返事だけして踵を返し部屋の外へと向かう。
「しゃ・・・七号、どうした?説明は以上だ。行け」
やや放心気味だったタバサは、言われハっとなって。
少しだけ早足で謁見の間を後に。
「カズマ・・・お願いね・・」
残された姫君は一人。何かに祈るような呟きをもらした。
コツ コツ
長い廊下を。プチ・トロワ内の廊下を歩く。和磨と、少し送れてタバサ。
「いやぁ、しっかし驚いたな。お嬢ちゃんがシャルロット姫殿下だとは。でも、今思えばそうか。お嬢ちゃんも蒼い髪だもんなぁ。っていうか、俺の事覚えてる?」
腕を組みながら何やらうんうんと。しかし、反応が無い事に若干不安になって振り返ってみれば
「覚えてる」
一言だけ。あの日と同じように、相変わらずの無表情だったが
「何故?」
珍しく、彼女から質問が
「ん?何が?」
「何故。貴方はあの時に・・・」
あぁ、そういう事ね。
あの時彼女は。いや、自分もだが。殺されるのだろうと、そう思っていた。だからこそ自分が生きて、しかも北花壇騎士なんぞになっていた事に驚いた訳か。
「ん~、まぁ話せば長くなるんだけど、簡単に言うと。国王。お前さんの叔父をブン殴って、その罰として北花壇騎士をやらされてるって所かな?ちなみに、あの時は俺も本気で殺されるんだと思ってたけどね」
若干。かけていたメガネがずり落ちた気が。その目も、僅かに見開かれているが、驚きよりも呆れの方が強く出ている気がする。
「そんな訳で、今も色々とウザイのよ。あのクソ青髭」
不敬だが、今更だ。それにここは彼のホーム。これくらいどうという事は無い。
「んじゃ、改めて自己紹介。和磨。カズマ・シュヴァリエ・ド・ダテ。北花壇騎士三十二号。壬生の狼だ。よろくしな、姫さん」
彼女が反応しないので和磨が一方的に話しているが、一々それを気にしない。というか、気にしていられないのが彼女の現状。今も、聞き逃せない単語が
「ケルベロス・・・」
「は?何ソレ?」
ケルベロス。地獄の番犬。三つの頭を持つ巨大な猛犬。空想上の生き物だが、何故今?
北花壇騎士三十二号。壬生の狼。
この名は本人。和磨やイザベラが思っている以上に、広く知れ渡っている。
曰く「忠実なガリアの犬」
王政府に絶対の忠義を尽くし、決して裏切らないそれを犬と。
今まで数多くの危険で過酷な任務を全てこなしてきたそれは、犬にしては強すぎる。なので狼。
そして「壬生」。この世界でその意味を知る者は居ない。元々、語呂合わせと和磨の趣味で決めたのだから当たり前だ。だが、それ故にどんどんと想像が広がり
「壬生」→「みぶ」→「三部」→「三つの部位」→「三つの頭」とまぁ、そんな感じの連想ゲーム。
結果、三つ首の狂犬。ケルベロスとなった。
そんな話を掻い摘んで説明してもらった和磨の反応は
「・・・・・・はぁ。妙な事になってんなおい」
苦笑交じりの溜息。
「別にそんなご大層な物じゃないよ。最初の奴。ただの忠犬で良いさ」
肩を竦めた。噂が噂を呼び、尾ひれ背びれが付いて、もはや別の生き物だ。
「しっかし、俺ってそんなに有名なの?」
「そう」
ふ~ん。あまり興味が無さそうである。
そのまま二人。適当に、というか和磨が一方的にだが会話をしながら進む。最も、彼女としても色々と気になる事があるので短いが、確かな返事を返すのだろう。何故王を殴ったのかとか、何故今回一緒に来たのかとか。何故、と。
結局、外に出るまでに望む答えを得られなかったがまぁ無駄ではなかっただろう。そんな事を思っていると、宮殿の外に出た所で。巨大な銀色の狼がのっしのっしと歩み寄って来た。
『もう済んだのか?』
「あぁ、準備は?」
『いつでも』
「おし。ん、姫さん?どした?」
「・・・王狼《フェンリル》?」
「そ、俺の使い魔。名前はガルム。ガルム。この子が例のお姫様。うちの姫君より、よっぽど姫っぽくないか?」
『・・・・・・・・・我の意見は差し控えさせてもらおう。後が怖い』
微妙に目をそらしながら応える王狼と和磨を見ながら。先ほどは言い忘れたが、しっかり訂正をしておかなければ。
「私はタバサ。姫じゃない」
「良いじゃん。姫さんで」
「タバサ」
「はいはい、姫さん。それで、移動はどうする?」
「タバサ」
「一応、俺はいつも使い魔《ガルム》で移動してるんだけど。姫さんは何か使い魔いるの?」
「・・・タバサ」
「呼びにくい覚えにくいそっちのが似合う。以上の理由から姫さん。それで?」
「なら貴方をケルベロスと呼ぶ」
「好きにして良いよ。それより、移動だよ。どうするんだ?ガルムは別に二人くらいなら楽に乗せれるけど」
「・・・・・・・・・・・・」
ジっと抗議の視線を向けるが、意に介さない。
少しして、小さく溜息。
根負けしたご様子。
南無。
そして、口笛一つ。
ピュ~ィ~
「きゅ~きゅっきゅきゅ~♪」
すぐに。
空から青色の竜が降りてきて、その大きな顔をタバサにすりすりと。
「へ~、姫さんの使い魔って竜なのか。良いな、移動にも便利っぽいし」
『うむ。中々肉質も良く、美味そうだ』
二人とも率直な感想を述べる。だがガルムの舌なめずりと台詞のせいで、きゅいきゅい!と泣きながら。風竜は、気持ち涙目でその巨体を遥かに小さな少女の後ろへと。可愛そうに、僅かに震えている。
「おい、怯えてるだろ?可愛そうに・・・食い意地張るのも大概にしとけ」
『我は率直な感想を述べたまでだ』
はぁ。コツンと、軽く己の使い魔を叩く。
「んじゃ、そっちで行くか。乗せてくれる?」
「構わない。けど・・・」
視線をガルムに。
『む?そうか。我の立派な体躯では乗れぬな。仕方ない。我を纏いし風よ。我の姿を変えよ』
言うと、小さな犬に。犬はそのまま和磨の頭によじ登り
『これで文句は無いだろう』と。
いや、まぁ確かにソレもあったのだがそれ以上に重要な事が。というか、今のは先住の魔法?王狼はそんな物も使えるのか?と、色々と言いたい事や聞きたいことがあったが、一言。とても重要な事だ。
ガルムを見て。
「食べちゃダメ」
一行はそのまま、空へ。
ザビエラ村。
リュティスから五百リーグ程南東に下った、山間の小さな村。人口三百五十人ほどのこの村で、最初に吸血鬼による被害が出たのが二ヶ月ほど前。現在までで犠牲者は九人。体中の血を吸い取られ、首には二本の牙の痕。先も述べたが、その中には強力なメイジも一人含まれている。吸血鬼は、日の光以外特に弱点は無い。見た目は人間と区別がつかず、その上先住の魔法という特殊で強力な魔法まで使用してくる。ハルケギニア最強最悪の妖魔として恐れられている生物だ。
空の上、風竜。シルフィードの背中でそんな資料を読みながら、和磨は一人呟いた。
「吸血鬼・・・ね」
『安心しろ。今度はあのような事には成らぬ。させぬよ』
「だな」
そんな主従の会話を聞いて、興味が。
「あなたは、吸血鬼を倒した事があるの?」
「あぁ。ついこの間ね。アレは凄かった」
「そう」
あまり思い出したくないのだろう。目線を反らしながら答えた和磨に、こちらも感情を感じさせない一言。
どこか気まずい空気が流れたが、和磨が。やや強引だが話題を変えた。
「そういやさ、姫さんの風竜。便利だよなぁ、ホント。なにより、喋らないのが良い。ウチの駄犬はうるさくてさぁ」
「・・・・・・・・・」
少々。いやまぁかなり思うところがあるが、黙秘。
しかし、そんな彼女の努力は空しく。
『なんたる言い草。無礼だな。だがカズマ。お前は一つ、間違えているぞ?』
「ん?何さ」
『この竜は喋れるはずだ。何せ、韻竜なのだからな』
「いんりゅう?何それ?」
『我等と同じく、大いなる意思の加護を受けし竜眷属だ。なぁ、韻竜よ』
あまりの出来事に、シルフィードは「きゅいきゅいきゅいきゅい!」と。首を左右に振り、あたふたしながら鳴き叫ぶ。同時にタバサが突如立ち上がり、その身の丈よりも大きな杖を、鋭い視線と共に和磨に向けた。
高度は三千メイル。
春だが、この高度はまだ寒い。
冷たい風が吹き付ける中
「おいおい、いきなりどうした?杖まで向けて」
「・・・・・・・・・」
彼女は構えを解かない。
秘密にしておこうと思った事。王政府に知られたら、何かしら言われて取り上げられるかもしれないのだ。それをよりにもよってこの男。三十二号に知られてしまった。確実に、彼。王政府の犬は、上に報告を上げるだろう。ならばいっそ、この場で・・・
そんな思考がされているとは全く思っていない和磨は、暢気に驚きながらも、腰の刀に手を付けようとすらせず。
「ん?もしかして、秘密にしておきたかったの?」
「・・・・・・・・・」
「まぁ、それなら黙ってるけど?」
「・・・・・・・・・」
「あの~、もしも~し。姫さ~ん?聞いてますかぁ~?」
「・・・・・・・・・信じられない」
「いや、まぁ、あのね?秘密にしときたい理由も、一応は分かるつもりだし。俺も別に、人が嫌がる事をやる趣味は無いから。なんならちゃんと約束するよ。誰にも喋らないって」
じっと。和磨の目を、睨みつけるように見つめることしばし。
「・・・・・・・・・本当に?」
「あぁ。本当に。だから、杖を下ろせって」
「・・・・・・・・・王政府の犬。貴方は、そのはず」
「あ~、まぁ間違いでは無い。けど正しくも無い。俺はあのクソ青髭には欠片も忠義なんぞ誓ってねーって。だから王政府というよりは、王女かな?リザの。あいつ個人だよ。言う事聞くのは」
またしばらく。じっと。
真偽は判らない。けれど、嘘を言っている風では無い。それになにより、彼は自分と同じ北花壇騎士。それもかの有名なケルベロス。こんな場所でやりあっては、シルフィードが傷つくだろう。そう、今は。今はダメなのだ。今は。
「・・・・・・・・・そう」
ゆっくりと、杖を下ろす。
元の位置に戻ると彼女は再び、置いてあった本に視線を移した。
「ふ~。全く。ガルム、お前が余計な事言うからだぞ?」
『我のせいにするな。それより、結局どうなのだ?韻竜よ。喋るのか、喋らんのか』
「きゅ~・・・きゅい・・・きゅ」
困惑しながらも主人に顔を向け、何かを訴える。
タバサも少し考えてから、コクリ。
「いい」
「きゅ!きゅい!きゅいきゅい!やったのね!やっと喋れるのね!!おしゃべり!おしゃべり!る~るる♪!そう、そうなのね!やいそこの狼!よくもこの偉大な竜眷属であるシルフィードさまの事を、暴露してくれたのね!きゅいきゅい!ただじゃおかないのね!」
一気に騒がしくなった。
『ほぉ・・・我に喧嘩を売るのか?小娘の分際で・・・良い度胸だな』
変化。子犬から通常の狼サイズへとレベルアップしたガルムは、グルルルと。
うなり声と共に、鋭い眼光を叩き付ける。
ただでさえ恐怖を誘うそれは、和磨と共に多くの修羅場を潜り抜けてきた事も相まって一層強力に。
そして、ただでさえ怖がりな韻竜。シルフィードは、たちまち涙目に。
「きゅ~!!怖いのね怖いのね怖っいのねーーー!!ごめんなさい!ごめんなさい!!シルフィが悪かったのね!許して下さい食べないで!!」
『ふむ。分かれば良いのだ。分かれば。それと小娘。我を呼ぶ時は「様」を付けろ。良いな?』
「うぅ~・・・何で―――はい!わかりましたのね!ガルムさま!!」
『ふっ・・・それで良い』
「きゅ~・・・しくしくしく。シルフィはやれば出来る子なのね・・・」
満足そうに鼻を鳴らしながら寝そべる狼と、涙を流しながらブツブツと呟く竜。
その後もこの二匹。アレコレ色々と話し続ける。
本当に、先ほどまでの痛いほどの静けさが懐かしい。
「あ~・・・・・・姫さん?なんだ、その、うん。ゴメン」
「・・・・・・・・・」
本を読んでいる姫君の手が、僅かに。プルプルと震えている。それを見た和磨の謝罪も返事は無し。うん、こういう理由もあって内緒にしておきたかったのだろう。
とにかく、やかましいのだから・・・・・・・・・。
一行はそのまま、南東の空へ。
吸血鬼。
それが、彼らを待ち受けるモノ
あとがき
今回、あえて二話構成にしてみようかと。前後半二話です。如何でしょうか?
久々にタバサさん登場。場面も一気に二ヶ月近く飛びましたが、間の事はその内外伝やら回想やらで出そうかな~と。
そんな訳で、後半へ続きます。
ちなみに、ちょっと二部一話に付け加えましたが、ガルムの大きさは普通の乗用車と同じくらい、とイメージして頂けると分かりやすいかと。車って車高低いから小さく見えるけど5mくらいあるんで。車高・・・じゃなくて、全高(?)は2~3mくらいかな?なので、こっちは見た目結構大きいと感じるかもです。
2010/08/01句読点他修正。