第十話 リュティスに吹く雪風
コンコン。
手の甲で、木製のドアを叩く。少しして、返事があった。
「どうぞ」
言われ、黒髪の青年。和磨は、部屋の中へ。
夕日が差し込む部屋の中。何やら書類に目を通している金髪の侍従長が、和磨を見て、僅かに――――――常人では気が付かない程――――――目を見開いた。
「貴方が自分から私の部屋を訪れるとは。ずいぶん珍しいですね。明日は雨ですか」
言いながら、すっかり冷めてしまった紅茶を一口。
「クリスティナ侍従長」
和磨は、そんな皮肉を無視し、背筋を伸ばす。
その態度に、何か大事な用向だと当たりをつけ、侍従長はカップを置く。
「本日限りで、辞めさせて頂きます。二ヶ月と少し。短い間でしたが、お世話になりました」
丁寧に。深く頭を下げる和磨を見て、侍従長の目つきが若干険しくなった。
「事情を話しなさい」
端的な命令だったが、特に抗する事も無く。和磨は淡々と語る。
「本日。姫殿下と共に王城へ参内。その場で。国王陛下を殴りました」
事実のみを伝えたその言葉。
そのまま数秒。静寂が場を支配する。
やがて、大きく息を吐く音が。
「はぁ~・・・バカですか?貴方は」
珍しく、その表情にはハッキリと呆れが浮かぶ。
そんな侍従長の表情と言葉に、和磨も苦笑しながら答えた。
「えぇ。我ながら、バカだと思います。そういう訳で、本日限りで辞めさせて頂きます」
それだけで十分だった。
十分すぎる理由。
「そうですか・・・残念です」
残念。
それが、彼女の正直な気持ちだった。
クリスティナ。
二十代半ばの外見で、無表情が表情である女性が、プチ・トロワで働き始めたのは五年ほど前から。丁度、オルレアン公が何者かに暗殺される一年ほど前。
この時初めて、当時十一歳だった王女と出会った。その頃から王女は、から我侭で癇癪持ちのヒステリーだったか。
それから五年。
彼女なりに、イザベラの心情を理解し、何とか力になろうと努力してきたつもりだった。
何故かと。問われれば答えは決まっている。
「趣味です」と。淡々と、眉一つ動かさずにそう返答するだろう。
そう。それが彼女の趣味。
周囲から疎まれ、孤立している人間に力を貸す事。しかし、直接声をかけたり、何か手を貸したりするのではなく、あくまでも間接的に。自分から何かせず、自身で立ち直るのを、間接的に手伝う事。
もう少し判りやすく言うと、彼女は舞台の裏方。道具の整備や、劇の宣伝等はいくらでもするが、自ら、役者になって舞台に上がることは決してしない。
そうして、舞台を眺めるのだ。
それが彼女の趣味。
その結果、対象が立ち直れるか、立ち直れないかは大した問題ではなく、過程を見るのが趣味だという。なんとも、常人には理解できない趣味だった。
そんな趣味のクリスティナであったが、五年仕えていたプチ・トロワを、全く変化が無い対象に飽き、そろそろ去ろうかと思っていたある時。
変化が。劇的と言って良い変化が訪れた。
それが、目の前に居る黒髪の。見慣れぬ異国の衣装を着込んだ青年。
二ヶ月と半月前。突然現れたこの青年は、彼女が五年かけても全く変えられなかった対象を、あっと言う間に変えてしまった。
間接的か、直接的かの方法の違いがあるが、そんな事は些細な問題だ。
仮に、前者の自分が直接対象に、何らかの言葉をかけるなりなんなりしても、恐らく無意味であっただろう。
だが、この和磨と名乗る青年はそれをやってのけた。
自分が五年かけても出来なかった事を、たった二ヶ月。いや、実際はもっと早かったか。ともかく、僅かな期間で状況を激変させた。
そんな和磨に、彼女は興味を持った。
彼女の趣味とは正反対の人間。自ら回りに働きかけ、自身の存在を証明するかのように精力的に動き回る人間。和磨に影響されるように、プチ・トロワの空気も少しずつではあるが、だが確実に変化して行った。
そんな変化を、もっと見ていたい。
そんな感情が芽生えてきた矢先、この出来事。どうやらそれもここまでのようだ。
もう一度、大きく息を吐く。
「残念ですが、仕方ないですね。姫様にその事は?」
「もう伝えました。正直、泣かれるとは思ってなかったけど・・・」
バツが悪そうに、目を逸らしながらポリポリと頬を掻く和磨を見て、もう一度溜息。
「はぁ。わかりました。皆には私から伝えておきましょう」
「ありがとうございます。あ、そうだ・・・これ。リザに返しといて下さい。俺と一緒に腐らせるには、惜しい代物です」
言いながら、腰に差してある日本刀を机の上に置いた。
「判りました。何か。伝えることはありますか?」
「・・・・・・いえ。ありません。それでは、失礼します」
最後の間は、僅かな未練か。
それだけ言い残し、和磨は部屋を後にする。
残された金髪の侍従長は、目を閉じ、身じろぎもせずにじっと。
小一時間程そのままで。一体彼女が何を想うのか。それは誰にもわからない。
やがて、ゆっくりと目を見開いた。
「さて。では行きますか」
呟き、彼女もまた、部屋を出て行く。残されたのは、すっかり冷めた飲みかけの紅茶と、整理の終わった書類のみ。
日が沈みかけ、オレンジ色に染まる町。
リュティスの町を、異国の衣装を着込んだ黒髪の青年が一人歩く。
「さて・・・どこに行くかな」
独り言に、当たり前だが、答えは返ってこない。
「まぁ、どうせ少ししたら追っ手がかかる・・・だろうからなぁ。どこに行っても、あんまり意味は無いか」
諦めたように溜息。
「あ~あ。我ながら何やってんだろ・・・バカだよなぁ」
別に、死にたがりな訳ではない。
が、国王を。ハルケギニア一の大国の王を殴っておいて、無事に生き延びられると考える程、お気楽でもないつもりだ。
「さて。どうした物か」
二ヶ月の。見習いとは言え、しっかりと侍従の給料は出ていたので、金はそれなりにある。何せ、食事は全てカステルモール宅で食べていたので、食費はゼロ。代えの下着等も、使用人の物を借りているので費用は無し。家賃もゼロで、唯一の出費が、イザベラにプレゼントしたイヤリングの元。錬成する素材を買ったっきりである。
「この金使って、行ける所まで行って見るか。それとも、パーっと使いきっちまうか・・・」
ジャラジャラと。
硬貨の入った袋を、手の上で遊ばせていると
「おい、兄ちゃん。ずいぶんと景気が良さそうだなぁ。俺達にも少し、恵んでくれよ」
背後から、そんな声と共に、下卑た笑いが聞えてきた。
振り返ると、そこには五人の男が。
誰も彼も身成りが汚い。そしてその顔には、嫌らしい笑みが。
そんな人々を見て、和磨苦笑。
「やっぱ居るんだなぁ。こういう人って。実物見たのは初めてだけど」
「何訳の分からん事言ってやがる!大人しくそいつを渡せば、痛い目見なくてすむぜ!それとも、その腰に差してる棒っきれで、俺達とやる気かい?」
言いながら、五人全員。同時に、鋭く光る銀色の物体。刃渡り20センチ程のナイフを取り出した。
さて、どうしたものか?
正直、この金に未練など全く無い。
どうせもうすぐ追っ手がかかり、自分は捕まり、その後処刑されるだろう。
あの世に金は持っていけない。ならば、彼等に渡しても何の問題も無い訳だが・・・・・・・・・
「おら!どうした!早くそいつをよこせ!」
思案していると、突然怒鳴られた。
そんなに声を張上げなくても、今渡そうかとちょっとだけ思っていた所なのだが・・・こうも強硬な態度でこられると、その気も失せると言う物だ。もう少し、そこら辺を考えて行動して欲しい。まったく。
「ぐずぐずしてねぇで早くう!?」
言いかけていた一人が、突然。何かにぶつかり、吹き飛ばされた。
「な、何だってんだ!?」
そんな叫びを無視するように、一人、また一人と、見えない何かに吹き飛ばされていく。
そんな光景を見て、和磨はほぅ。と。感嘆の声を漏らす。
あれは、エア・ハンマー。
空気を固めて不可視の槌を作り、相手を吹き飛ばす風の魔法で、自分が最初、カステルモールに食らった魔法だ。
大した時間もかけず、五人は吹き飛ばされ、ある者は失神し、ある者は民家にめり込んでいた。
そして、その奥から下手人。
五人の悪漢を成敗したメイジが、ヒョッコリと姿を表す。
「・・・・・・」
短く切りそろえられた蒼い髪。
知性の証であるようなメガネ。
身長より遥かに大きな杖を持って。
自分の胸よりも低い位置から、何の感情も感じさせない瞳で、こちらを見つめてくる。
そんな無言の圧力に耐えかね、和磨から切り出す事にした。
「あ~、なんだ。とりあえず、助かったよ。ありがとうな。”ボウズ”」
ブッチン
どこかから、何かが切れた様な音が聞えた。
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ハガラース」
呟くような声と共に、氷の矢が空中に現れ
「ジャベリン」
ボソっと。
一言で、和磨目掛けて高速で飛翔。
「おうわぁ!?」
和磨。ギリギリで回避。
「あぶね!?何するんだよ!」
実は新手のカツアゲか?助けておいて助け賃寄越せとか、そんなの。
「私は、ボウズじゃない」
そんな和磨の疑問に答える様に、先程よりも若干、その瞳には感情が。ただし、怒が。
「あ~、悪かったな。”坊ちゃん”」
「ラグーズ・ウォータル・イス・イーサ・ウィンデ」
ウィンディ・アイシクル。
風二つと、水一つのトライアングルスペル。空気中の水蒸気を凍らせ、何十にも及ぶ氷の矢で相手を貫くという、凶悪極まりない魔法が自分に向けられていると知り、和磨大いに焦る。
「おわ!ちょ!タンマ!あ、そっか!その声。もしかして君、男じゃなくて女の子か!わり、気付かなかった」
謝罪しているのか、バカにしているのか良く分からない宣言が。それを引き金に、リュティスの町の一画。そろそろ熱くなって来た日の夕暮れ。
季節はずれの雪風が吹雪いた。
「ふ~。まったく。死ぬかと思ったぜ」
「・・・・・・チッ」
和磨の呟きに、舌打ちが返ってきた。
「おいおい、女の子が舌打ちすんなっての」
そんなツッコミは当然のように無視。
「はぁ。ま、とりあえずアレだ。最後がアレだったが、助かったよ。ありがとう。お嬢ちゃん」
「・・・・・・・・・あなた一人でも何とかなってた」
その言葉は、若干の悔しさが込められていた。
先程彼女が放った魔法。
ウィンディ・アイシクルを。手加減していたとは言え、見事に避けられたのだ。
最初、雪風がぶつかる瞬間。
風の盾で身を守り、そのまま自身、フライで後方へ。
一見魔法で吹き飛ばされた様に見えたが、その実見事に受け身を取られ、現に今。目の前に居る男は無傷である。
結局、彼女の最も得意な魔法で仕留めたのは、巻き込まれるように一緒に吹っ飛んだ、最初にエア・ハンマーの魔法で倒した五人だけであった。
「ま、それでも助けられた事に変わりは無い。と、そうだな・・・お嬢ちゃん。夕飯は食ったか?」
「?・・・・・・まだ」
「んじゃ、そこらで食ってくか?お礼に奢るよ」
その言葉に、頷くか、断るか僅かに悩む。
「・・・・・・・・・行く」
結局、行く事にしたようだ。
小さく頷きながらの返答を受け、和磨と少女。二人して歩き出す。
「つっても、ここいらだと何処が良いんだろうなぁ・・・あんまこの辺り来ないから判らん」
「・・・・・・・・・こっち」
そのまま、少女に誘われるまま、一軒の店に。
特に特徴が無い店だったが、店内は客でごったがえしていた。中々人気がある店の様だ。
運よく一つだけ開いていた席に腰を下ろす。
「お~、結構メニューあるなぁ。ま、遠慮せずに好きな物頼んでいいぞ」
「本当?好きな”だけ”頼んで良いの?」
「ん?あぁ」
メニューを斜め読みしながらの会話で、微妙にニュアンスが違っていた事に気づかなかったのは和磨の落ち度。
「そう」と。一言呟いた少女が店員を呼びつけた後はもう、既に手遅れだった。
気付いた頃には、蒼い少女が大量の料理を注文していたから。
「・・・・・・・・・あ~、お嬢ちゃん?そんなに食えるのか?」
「大丈夫」
テーブル一杯に置かれた皿を見て、顔を引きつらせる和磨とは対照的に、こちらのお嬢さんは若干、目を輝かせている。
そしてその宣言どおり、次々と。置かれた料理は、彼女の口の中へと消えていった。
パクパクパクパク
小動物の食事風景を、三倍速にしたら、今の光景になるだろうな。
そんな事を思いながら、和磨も自分の料理に手をつける。
金が足りるかどうか、若干不安に思いながら。
「いや、しっかしまぁ・・・良く食うねぇ」
一体この小さな体の何処にそれだけ入るのか。生命の神秘を目の当たりにした気分だ。
そんな事を考えながら、ノンビリと自分の料理をパクついている和磨だったが、そこで何と、少女がもう一度店員を呼び、追加の注文を
「って待てぃ!ちょっと待とうか。おま、いくら好きな物頼めって言ったとは言え、少しは遠慮って物を」
ジーっと。
非難するような視線が向けられる。
「好きなだけ食べて良いと言った」
「いや、好きな物って言っただけで、誰も好きなだけとは」
「・・・・・・言った。お礼に奢ると」
「あ~・・・いや、まぁ確かにそうは言ったけど・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・おーけ。わかった。好きにしてくれ」
どうせ他に金の使い道も無いしな。
無言の圧力に耐えかね、和磨降参。
「ハシバミ草のサラダ。とりあえず五皿」
すぐに皿が五つ運ばれてきた。
「ほ~。お嬢ちゃん。コレ好きなのか?」
そんな問いかけに、答える時間も惜しいと言わんばかりに、パクパクと食べながら頷く事で肯定。
「ふ~ん。どれ、ちょっとだけ食わせてくれ」
言いながら、和磨がサラダを一口。
「うげ、なんじゃこりゃ。ずいぶん苦いな~」
思わず顔を顰めたくなるほど、その草は苦かった。が、目の前の少女は表情一つ変えず、次々と平らげている。
「ん~・・・これにこうして・・・うん。この方が美味い」
和磨は、自分の料理の皿にあった鶏肉に、ハシバミ草を巻きつけ、それを食べる。
ハシバミ草の苦味が、鶏肉の味を引き立て、実に美味い。このサラダは、単品では無く、他の料理と合わせて食べる方が良いな。
うんうんと頷きながら鶏肉INハシバミ草を食べる和磨は、正面から視線を感じ、目を向けると。
「・・・・・・・・・(ジー)」
「・・・・・・あ~、少し食ってみるか?」
無言の要求に屈し、自身の皿から、いくらか、鶏肉を少女の皿へ。
すると、少女も和磨と同じように、鶏肉をハシバミ草で包み、そのまま口へ。
何度か咀嚼しながら、コクコクと頷いている。どうやら、お気に召したらしい。
そんな光景に頬を緩ませながら、残りの料理を片付けた。
「いや、しっかしま~。良く食ったねぇ」
すっかり軽くなった財布をプラプラと、目の前でぶら下げながら、和磨溜息。
「まだ八分目」
「マジっすか!?」
最近の子供は良く食うなぁ。
心なしか、少し得意げに言い放つ少女。
思わず、蒼の少女をマジマジと見つめる。
と、そんな二人に
「おい!居たぞ!こっちだ!」
声と共にいきなり、建物の影から人が飛び出してきた。
「ん?あ、アンタさっきの。何だ。まだ金欲しいのか?しゃーねーな。ホラ。もう殆ど残ってないけど、やるよ」
先程、和磨からカツアゲしようとしていた五人+αが現れた。そこに、ポイと。す
っかり軽くなった袋を投げ入れる。
「ふっざけんな!なんだそれ!もう殆どないじゃねーか!!」
「しゃーねーだろ。金は使えば使うほど減るって決まってるんだし」
「お前っ!!俺達を舐めてるだろ!今度は、さっきのようにはいかねーぞ!!」
言うと、仲間と思われる連中が次々に現れ、二人の行く手を遮った。
その数、凡そ20程か。
「・・・・・・で?一体どうしたいのさ、あんたら。悪いけど、金ならもう無いよ?使っちゃったし」
多分に呆れを含んだ声で問う和磨に、下卑た笑みを浮かべながら、リーダーと思われる男が返す。
「へっ。まぁ、てめーは少しボコるだけで簡便してやるよ。だが、そっちのガキは・・・好事家には良い値で売れそうだな」
周囲を囲む男達が、一斉に笑う。
ホント。イヤになるねぇ。こういう輩は。
杖を構え、戦闘態勢に入った少女の頭に、ポンと。軽く手を置きながら
「ストップ。さっきは助けられたからな。今度は俺の番だ」
腰の木刀に手を。そのまま抜き放つ。
「へっへっへ。そんなショボイ棒きれ一本で、俺達の相手しようってのか?兄ちゃん」
「ん~・・・まぁ、ちょっと八つ当たりも含めて。いや、我ながら大人気ないと思うんだけどさ。やっぱ、どうにもこう、最後に一暴れしたいなーとか。思ったりするんだよ」
会話が噛み合わないまま、和磨はそんな事一切気にしないで、右手に木刀を。そして、左手で少女を小脇に抱え、思い切り跳躍。
フライを使いながらの跳躍は、周囲が呆然と見守る中、何事も無かったように二人の体は近くの民家の屋根の上。
「お嬢ちゃん。手出し無用。これ、ただの憂さ晴らしだから」
そのまま、もう一度ポンと。少女の頭を、軽く叩く要領で一撫でし、飛び降りた。
「さってと。向こうじゃ、喧嘩に剣なんか使ったら大会出場停止だの、師匠に大目玉だので大変なんだけど、こっちじゃ別に構わんよね。どうせ、そんなに時間も無いだろうしさ」
ニヤリと。
「あ?何言ってんだおま」
そのまま、言いかけた男の顔面に木刀が叩き込まれ、最後まで言葉を紡ぐ事適わず、男は崩れ落ちる様にその場に倒れた。
「最後に一回だけ!大暴れだ!!」
てめぇ!いきなり何しやがる!
やりやがったな!
良い度胸だ!
野郎共!やっちまえ!
一人だろ!?囲んでつぶせ!
男達の怒号が響き渡る。
そんな中、それら一切を無視し、和磨は木刀を振るう。
民家の屋根の上。
そんな男達を、見下ろす少女。
「強い」
一言。ポツリと呟いた。
常にフライを使いながら、周囲の地形を最大限利用し、多数の敵を翻弄する黒髪の剣士。
壁を走ったかと思えば、すぐに跳躍。そのまま飛び膝蹴りをかまし、凄まじい速度で距離を取る。かと思えば、今度は正面から突撃。二人ほど木剣で殴り飛ばすと、先程のように後方へと大きく跳躍。
一撃離脱を旨とした和磨の戦いは、一方的と言える結果に終わるだろう。
少女の瞳に、もう下の戦いは写っていなかった。
黒い髪。
見慣れない異国の衣服。
反りがある奇妙な木剣。
そしてこの強さ。
間違いない。”聞いていた”特徴と一致する。
先程まで、違っていれば良いと、何度思った事か。
食事中も、彼はいろいろ自分に話しかけてくれた。
食事に夢中になっているので、あまり反応しなかったが、それに関わらず次々と。
彼の目には、自分はどう写ったのだろうか?
彼の話は面白かった。
反応こそしなかったが、それが正直な感想。
最初は、変な男と。それしか思わなかったけれど。
少なくとも、悪い人間には見えない。
だが、だけど。任務に私情を挟む訳にはいかない。
大切な人を取り戻す為に。
いつの間にか、男達は全員倒れ付していた。
死屍累々の山の中、ただ一人。傷一つ無い黒髪の青年の下へ。
北花壇警護騎士七号。
雪風のタバサは舞い降りる。
「ふ~・・・まったく・・・我ながら、なんというか・・・」
自らが作り出した惨状の中、ポツリと。どこか寂しそうに呟く。
「ま、少しは反省すると良いさ。物取りなんぞしなくても、この世界なら、働き口はいくらでもあるだろうよ」
そこで、背後に気配を感じて振り返る。
そこには、身の丈よりも大きな杖を持つ、蒼髪の少女が。
「一つ、聞きたい」
「ん?」
「・・・・・・あなたの名前」
「言ってなかったっけ?和磨。和磨・伊達」
「・・・・・・・・・そう」
最後の確認。
違っていれば良いと。僅かな期待を持って問いかけた言葉は、やはり、予想通りの答えだった。
「・・・・・・ついて来て」
それだけ言うと、少女は振り返り、歩き出す。ここで「イヤだ」と言われる事など一切考慮していないかの様に。
だが和磨は、首をかしげながらも、言われるがままに少女の後を追った。
そのまましばらく歩いた所で。和磨はふと気が付く。
「・・・なぁ、これ。どこに向かってるんだ?」
「・・・・・・・・・プチ・トロワ」
あぁ。やっぱりか。
どこかで、そうじゃないかと思っていた。違うかもしれない。だが、タイミングが良すぎた。
だから、違ったら良いと願いながらも、彼女と共に居た。
肺の中の空気を、全て吐き出す。
「そっか・・・ごめんな。手間かけて」
思っていたより、ずっと早かった。
恐らく、自分と入れ違いに命令が来て、そこに彼女が派遣されて来たのだろう。
いや、彼女だけでなく、他にも何人か。捜索隊が出ていたのだろうか。
そんな事を思いながら、すっかり暗くなった空を。浮かぶ二月を眺める。
「・・・・・・逃げないの?」
「ん?」
「逃げないの?」
呆けていた所にきた質問。問い返せば、全く同じ口調で、同じ言葉が返ってきた。
少女は、こちらを見上げる形で、問いかける。
「逃げないさ。逃げても意味無いしね。それに」
言いながら、小さく笑う。
「それに?」
「俺が逃げたら、迷惑をかける人が居る。その人は俺の恩人だ。だから、迷惑はかけられない。それに、君もだろ?」
「私?」
「そう。俺が逃げたら、君にも迷惑がかかる。この期に及んで、そんな見苦しい真似はしたくない」
少女は、相変わらずの無表情だったが、僅かに、その瞳には何らかの感情が込められている事がわかった。
そのまま無言で、二人は歩く。
しばらくして、プチ・トロワの門が視界に入った。
門前には何ともはや。腕を組み、仁王立ちする蒼の姫君。彼女の両脇、少し下がった位置に、金髪の侍従長クリスティナ。東薔薇騎士団団長。バッソ・カステルモールを従えて。
「なんとまぁ・・・豪勢なお出迎えだな」
思わず苦笑する和磨と、無表情を貫く少女。
やがて、二人は門前にたどり着いた。
「命令のとおり、連れて来た」
一言。
少女が言い放つ。
その言に、イザベラも頷き一つ。
「ご苦労。今回の任務は以上だ。下がっていいよ」
それだけ言い
「カズマ。お前はこっちだ。ついて来い」
彼女は、答えも聞かないまま、門の中へ。
和磨も、無言で後に続く。続こうと、したところで、振り返った。
そのまま、相も変らぬ無表情娘の頭を軽く撫でる。
「ここまでありがとうな。最後に、おかげで楽しかったよ。俺の事は、あんま気にするなよ」
笑顔で言うと、そのまま振り返り、門の中へと。
「あぁ、それから。食い物はもっとバランス良く食えよ。あんま偏った食生活してると、成長しないぞ。ま、ともかく。元気でな」
そのまま、両側を侍従長と騎士団長に固められ、彼等が中に入った所で、重い音と共に、門が閉ざされた。
「・・・・・・どうして」
一人残された蒼の少女の口から、誰にも聞き取れない程小さな声が。
どうして、あなたは何も言わないの?
どうして、笑っていられるの?
どうして、自分に元気で何て、そんな事が言えるの?
あなたをここに連れて来たのは、他でもない私なのに。
彼女の疑問に、答えをくれるものは居ない。
彼はもう、閉ざされたこの門の向こう。
彼はどうなるのだろうか。
自分がこの命令を受けた時、珍しく、従姉姫は全く感情を見せなかった。表情を凍らせ、声にも抑揚が無かった。彼女のそのような姿を見たのは初めて。
恐らく、彼は余程の大罪を犯したのだろうと。
「傷一つ付けず、五体満足でつれて来い」
それが、自身が受けたたった一つの命令。
今まで、北花壇警護騎士として、多くの任務をこなしてきた。
今までのどんな過酷な任務も、心を凍らせる事で耐えてきた。
だけど・・・・・・・・・
今回の任務は、今までの中で一番簡単で。
今までの中で、一番危険が少なくて。
今までの中で、一番早く終わって。
今までの中で、一番。心が、痛かった。
「どうして」
少女の呟きは、やはり、誰も答える者が居ない。
以上、第十話でした。
ここで主人公をどこかへと(クルデンホルフ大公国辺り)に放浪させたりするのもアリかな~とか思ったのですが、それは結局無しで。そうしてしまうと、このお話は「蒼の姫君」ではなく「カズマ君放浪記」になってしまうので。何より、私の能力の限界を超えていますので(筆力とか、想像力とかそんなん色々)、そういう物語を期待していた方には申し訳ないです。
まぁ、ただ連れ戻すだけでも芸がないので、原作キャラのシャルロット姫殿下に登場してもらいました。
何か、ただの暴食キャラになってる気が・・・ごめんなさい石投げないで!
次回予告!(注 嘘です。絶対に信じないで下さい
夜のプチ・トロワに舞う白い影!鳥か!?竜か!?いや、あれは!!
次回。ゼロの使い魔 蒼の姫君。第十一話「侍従長出撃」
君は、歴史の目撃者となる・・・
2010/07/07修正