「街に行きたいのですが」
召喚されてから十日も過ぎた頃、セランはルイズに提案した。
「街に?」
「ええ、ここから少し離れたところに王都があるのでしょう?一度行ってみたいと思いまして」
「そうね……明日は虚無の曜日だしわたしも買い物したいから丁度いいわね」
娯楽の少ない学院生活のなかで休日に街に出かけるのは学院の生徒にとって楽しみの一つだ。
「ありがとうございます。いやこの学院の生活も充実して申し分ないのですがそろそろ新しい変化が欲しいところでして」
実際この十日間は、セランにとって非常に充実した日々だった。
昼はルイズと共に授業を受け、夜は図書館から借りた本を読み、この世界の魔法の知識をどんどん吸収していた。
その合間にはルイズからの雑用も器用にこなしている。
また、他にも変わった点がある。セランの今の格好だ。
それまでの平民然とした服でなく、ローブを身にまといサークレットを頭につけた元の世界での賢者の格好になっていた。
その姿はまさに異国のメイジという印象を学院の皆に印象付けていた。
「でも一体何の用があるの?」
「貴金属店に行きたいと思いまして。なるべく大きいお店がいいのですが王都にはありますか?」
「勿論あるわよ。一番はやっぱりトルーネの店ね。王室御用達だもの。でも何買うつもり?言っておくけど小物でも百エキューはするわよ。それ以前にお金もってるの?」
「いえ反対です。色々と売りたいと思いまして」
「売る?」
「ええ、これから個人的にも色々と買いたいものも出てくるでしょうし。ルイズ、何をするにもお金というのはあったほうがいいのですよ」
言いながらセランは腰に下げたふくろから何やら取り出した。
「問題はこの宝石がどれくらいで換金できるかですけどね」
それは色とりどりの宝石だった。
そのいくつもの大粒の宝石は、公爵家の息女という事で幼い頃からこういったものにも見慣れているルイズでも上質なものにみえた。
「これ……こんなにどうしたの?」
「以前魔物を狩っているときに落としたものです」
「これを魔物が!?」
ルイズは驚きの声をあげる。
「はい、おどる宝石という名前で体内にいくつもの宝石を持っています。倒す際に大半は消えてしまうのですけど、時々このように宝石を落とします。他にはこの金塊ですね」
ごとりと言う音と共に置かれたのは子供の頭ほどもある金の塊だった。
「こ、これ金?」
「ええ、まじりっけなしの純金ですね」
こともなげにセランは言った。
「この金塊も宝石と同じでゴールドマンという全身が黄金の魔物がいまして、やはり倒すと大半が崩れ落ちてしまうのですがまれにこうやって核が残り、こういう金塊が手に入るのですよ。他には……この金貨ですね」
更に取り出されたのは鈍く光る金貨だ。トリスティンで使われている金貨よりやや小ぶりでデザインもシンプルだ。
「これってセランの前いたところの金貨?」
「ええ、両替はできないでしょうけど一応金貨ですし量はありますので金としての価値分だけでも引き取ってもらえれば」
そこの貨幣価値がどれくらいかは知らないけど、これが金貨なら金の価値だけでもかなりのものなるはずだ。
そしてそれがじゃらじゃらとテーブルの上に小山のように並べられていく。
セランは魔物を退治することが仕事のようなものと以前言っていたが、そこではこんなにも儲かる仕事なのだろうか。
「……あんたのいた所ってツェルプストーあたりが泣いて喜びそうな場所ね。それにしてもこんなにたくさん……」
テーブルの上に並べられたそれらは、まさに宝の山のようになっておりルイズが半ば呆れともいえる声を出す。
「以前旅の最中ちょっとお金が必要になりましてこういったお金になる狩りばかりしていた時がありまして。ふと気づいたら目標金額の何十倍と稼いでしまいましてね」
しみじみという感じでセランは言う。
「……仲間たちなんですがこれが三人とも全然物欲がない人たちでして。必然的に財布役を私がつとめることになったのですが……」
ふうとセランはため息をついた。
勇者は世界を平和にすることさえ出来れば満足だったし、武道家は自分の強さを高めること以外興味がなくとことんストイックだった。
最後の一人は比較的普通の金銭感覚だったのだが、段々色恋沙汰に目覚め最後には完全に恋する乙女になって他のことはどうでもよくなっていた。
遠い目をするセランを見てルイズはまた自分の知らないセランの一面を見た気がした。
「なんとかゴールドだけは四等分ということで納得させたんですが、必要無くなったり余った武器や防具、道具、更にはこういった戦利品まで全部私が引き取りましてね」
ふくろにしまいながらセランはやれやれという感じで言う。
「まぁこれらを売る以外にも武器屋にも行きたいですし、やはりこの国の王都というのは見ておきたいですから」
かくして王都トリスタニアへのお出かけが決まった。
「何でこの二人がいるのよ!」
翌日の虚無の曜日の朝、厩舎の前でルイズが声を張り上げる。
トリスタニアに向かうため馬を借りに来たのだがそこにはセランの他に先にキュルケとタバサが来ていたのだ。
「あらルイズ、奇遇ね」
しっかりと出かける準備をしているキュルケが笑顔でルイズに話しかける。
「何が奇遇よ!明らかに待ち伏せじゃない」
「まあまあ、ルイズ落ち着いてください。お二人も元々今日は王都出かけることにしていたようですのでせっかくだから一緒に行こうと誘われまして」
先に来ていたセランが何でもないかのように説明する。
「そうなのよ、以前から出かけようと思ってて、ただの偶然なんだから」
「あんた絶対わたしたちが出かけると知ってから決めたでしょう!」
ルイズが噛み付かんばかりに言う。
「お二人には色々とお世話になっていますし、取引がうまくいきましたらよろしければ本日のお昼は私が奢らせてもらいますよ」
そんなルイズには構わずセランはにこやかに話しかける。
奢る、という言葉にタバサは小さくガッツポーズをとっていた。
実際セランにとってキュルケとタバサはこの学院でルイズの次に親しいと言ってもいい。
タバサとは毎日のように図書館で会っては本を探す手伝いをしてもらっている。
キュルケにも毎日のように誘惑されていたが、事前にルイズがらさんざん釘をさされ、更にはヴァリエールとツェルプストーの長きにわたる因縁もこと細かく語られていたのでそれはうまくかわしていた。
その際他愛ない話のついでにこのハルケギニアの事を聞いたり、ゲルマニアやガリアといった国際情勢なども色々と聞きだしていたのだ。
しばらく押し問答を続けた後ルイズはしぶしぶ、本当にしぶしぶと同行を承諾する。
「ところで王都までですが……馬で行くのですか?」
セランが厩舎の馬を見て眉をひそめながら言う。
「当然でしょう、徒歩じゃ丸一日はかかるわよ……え?もしかしてあんた馬に乗れないの?」
セランの様子から察したルイズは驚きの声を上げた。
「ええまぁ、以前旅をしていたときはほとんど徒歩でしてたので今まで乗る機会がなくて……」
難しい顔で馬を見るセラン。
「へ~、そうなんだ。仕方ないわね、わたしが乗り方教えてあげてもいいわよ」
「妙に嬉しそうですね」
楽しげに言うルイズとは対照的に渋い顔をしているセランに助け舟をだしたのはタバサだった。
「……馬よりいいものがある」
タバサが口笛を吹くと空から一匹の風竜が舞い降りてきた。
「これはシルフィード、私の使い魔」
「いつ見ても立派ね。あなたのシルフィードは」
キュルケに褒められて嬉しいのかシルフィードがきゅいと鳴いた。
「乗っていけばすぐにつく」
そう言うとタバサが背に乗る。それを見てキュルケやルイズも乗り、少し戸惑ったがそれにセランも続いた。
全員が乗るとシルフィードは羽ばたき上空へと舞い上がる。そしてあっという間に二百メイルという高度まであがり王都へと飛んでいった。
「こうしているとラーミアに乗っていたときを思い出しますね」
シルフィードの背に乗り大空を飛びながらセランは懐かしむように言う。
初めはドラゴンの背に乗る事に抵抗はあったが慣れてしまえばどういうことはなかった。
「ラーミア?」
ルイズが聞き返す。
「前にいたところで同じようにに空を飛んで運んでもらっていた大きな鳥です。シルフィードよりも大きい鳥でしたね」
「ロック鳥みたいなものかしら?」
「一応伝説の不死鳥ということでしたけどね……」
「見えてきた」
タバサの言葉通り前方に王都トリスタニアが見えてきた。
「思ったより早く終わってよかったです」
セランがブルドンネ街の大通りを歩きながら少しほっとしたように言った。
早く終わったというのは先ほどまでいた貴族専用の高級店が並ぶ通りにあるトルーネの店での買い取りだ。
「それにしても凄い財宝だったわよね。結局いくらになったの?」
キュルケがさっきの店でセランのだしたお宝を思い出し目を輝かせる。
「はっきりとした額は詳しい鑑定をしてからだそうですがざっと五万エキューになるそうです。額が多いので後日取りに行くことになりますけど」
「五万……」
キュルケが悩ましいため息とともに呟いた。
大体百五十エキューあれば最低限一年は暮らせる額で単純計算で三百年以上は生活できる額だ。
そしてそれはあくまでセランの持っている財宝の一部だという。
「ねえセラン、あなたゲルマニアに来ない?それだけのお金があれば貴族になれるわよ?」
突然のキュルケの申し出にセランよりルイズが反応した。
「な、何言ってるのよ!貴族なんてそう簡単になれるわけないでしょう!」
「それはトリスティンでの話でしょう?ゲルマニアではお金さえあれば平民だって貴族になれるわ」
「これだからゲルマニアは野蛮なのよ」とルイズが憮然として言う。
「トリスティンの頭が固いだけよ。あ、勿論私が口利きしてあげるから領地もいいところがもらえるわよ。ねえ、トリスティンにいたんじゃルイズの使い魔で終わっちゃうわ。ゲルマニアで一旗あげない?」
キュルケの熱心な勧誘にセランは苦笑して答える。
「生憎、地位や名誉などにはあまり興味がありませんので。そのお心遣いだけありがたくうけとっておきます」
実際セランにそういった欲は無い。
その気があれば前の世界でいくらでも望めたろうがセランとその仲間たちは自由を選んだのだ。
「もうストイックなんだから!でもそこがまた魅力なんだけど」
「だからいちいち引っ付くんじゃないわよ!離れなさい!」
セランに抱きついたキュルケを引き剥がしにかかるルイズ。
「それにルイズの使い魔という立場も悪くありませんよ。先ほどの取引がスムーズにいったのはルイズがいてくれたおかげですし」
「わたしは何もしてないわよ?」
実際ルイズは何もしていない。
最初に案内した後、見積りをしてもらっている間は店内の装飾品を見て待っていただけだ。
「いえその紹介がなければこうして買い取ってもらえませんでしたよ」
前の世界では勇者一行として、世界を救うという目的のためアリアハンや各国の王が協力してくれ、それ故に色々と無茶なこともできたのだ。
しかしこの世界ではそういった支援がまったくないどころか基本的な保証すらない。
もしこれが何の紹介も無く、飛び込みで換金ということだったらよくて門前払いか下手をすれば盗品だと疑われる可能性もある。
「特に今は物騒なのが出ているようですからね」
「物騒?」
「ええ、何でも土くれのフーケとかいうメイジの盗賊のようです。かなり強い土メイジのようでそのゴーレムは魔法衛視隊も蹴散らすとか」
「ああ、そんな話も聞いたことがあったわね」
学院で噂を聞いたことがあるとキュルケが言った。
「……この後どうするの?」
それまで黙っていたタバサが口を挟んだ
「そうですね、後は武器をあつかう店に行きたいですね。そこでも売りたいものがありますしこちらの武器も見てみたいですから」
「そう……」
少し残念そうにタバサは返事をした。
彼女としてはそろそろ昼食にいきたいところだったのだろう。
「それが終わりましたら昼食にしましょう。さっきの買取でとりあえずの手付けとして千エキューほど手に入りましたし」
「その後はわたしの買い物に付き合うのよ。ちゃんと荷物もちを……ってセラン?」
ルイズが横を向くと話しかけていたはずのセランがいない。
後ろを振り返ると行商のおばさんに何やらにこやかに話しかけているセランの姿があった。
「ちょっと、またなの?」
ルイズが呆れと怒りのまざった声をあげる。
というのもセランはトリスタニアに入ってから何かにつけては道行く人に話しかけているのだ。
「新しい町についたら片っ端から話を聞いて回るというのは結構大事なんですよ。意外な情報が聞けたりするのですから」
笑顔で行商人と別れたセランが当然のことのように言った。
さっきの盗賊の話もこうやって道行く人から聞いたのだった。
「だからってそこらの通りすがりから重要な話が聞けるわけないでしょう」
「役に立つ話はどこに転がっているかわからないものです。ルイズ、情報は何よりも大切な武器になりますよ。まぁ確かに有益なものは十に一つもあればいいぐらいですけど……おや?」
セランが少し離れたところの路地裏を見ながら立ち止まる。
「どうしたの?」
「……あ、いえ、ちょっと見知った人がいたもので」
「あの商人の事?」
ルイズも見るがそこには旅の商人らしき人物が出発の準備をしているだけだった。
「いえ違います。学院で見たことのある人がいただけです。もう立ち去りましたが」
「なんだ」
それだけ聞くとルイズは興味を失った。虚無の曜日に学院の人間が王都に来るのは珍しくもなんともないことだ。
「あ、ここのようですね」
剣の形をした看板をみつけセラン達は中に入っていった。
(それにしても冷たい印象しか受けませんでしたがあんな顔で笑うことができたんですね)
確か学院長の秘書だったかなとセランは思い返していた。
「へい、らっしゃ……って貴族様方ですかい、こりゃおどろいた」
ぞろぞろと入ってきたルイズ達を見て武器屋の主人が目をまるくする。
「貴族の旦那様方、うちはまっとうな商売をしておりますよ。お上に目をつけられるようなことはこれっぽっちもありやせんよ」
「客よ」
ルイズがそっけなくこたえる。
キュルケとタバサは興味深げに店内の武器を見ている。二人もこういった店に入るのは初めてなのだろう。
「これを売りたいのですが、いくらになるかとりあえず見積もりをだしていただけますか?」
そういってセランがゴトリとカウンターにおかれたのは立派な剣、元の世界ではバスタードソードといわれる剣だった。
「ほう!こいつは……」
バスタードソードを見て主人は目の色を変えた。
それまではいかにして世間知らずの貴族からふんだくってやろうかという顔だったが、この剣を前にして武器商人の顔になった。
「こりゃ相当の業物ですね……なのに、これほどの一品なのに固定化の魔法もかかってない。いや逆に言えば腕のいいメイジに固定化をかけてもらえればもっと強力に……」
ぶつぶつと呟きながら手に取りじっくりと見ている。
しばらく見てふうと一つため息をつくと値を告げた。
「こいつなら新金貨で二千で買い取りますぜ」
新金貨の価値はエキュー金貨の三分の二で約千三百エキューというところだろう。
「ふむ……では代わりになるような武器を、この店で一番いい武器を見せていただけますか?」
「へい、少々お待ちください」
そういうと店主は店の奥の倉庫へといそいそと向かっていった。
「ねえ、ほんとにそれ売ってしまうの?」
ルイズが少し惜しむかのように言う。
その剣はルイズの目からみても立派なものなのでわざわざ売ることはないと思ったのだ。
「同じ剣が後二本ありますので。それにこれは私には少し重過ぎます、ルーンの力を使えば扱えないこともないのですが……」
セランは左手の甲を見る。そこには包帯が巻かれており今はルーンを見ることはできない。
「お待たせしやした。これがうちで一番の剣でさぁ」
奥から主人が持ってきたのは人の背ほどもある両手持ちの大剣で刀身は鏡のように磨き上げられており、ところどころ宝石も埋め込まれている立派な剣だった。
「どうですか?こいつは高名なシュペー卿が鍛えた業物で新金貨で三千はしますが、その剣と差し引きなら八百……いや五百でいいですよ」
どうやらバスタードソードが相当気に入ったようだ。
セランはその大剣を手に取りある魔法を使う。
「インパス」
これは通常ダンジョン内でみつけた宝箱が安全かどうかを確かめる魔法だが、品物にかけた場合鑑定もできる。
その結果はあまり芳しいものではなかった。
確かに見栄えはいい、だが肝心の攻撃力はバスタードソードの半分といったところだ。
その他にも特殊能力はなさそうだし強度も十分とは言えない。
「……駄目ですね、これは。とても使えません」
「ええ!?そ、そんなことは」
店主が慌てたように言う。
「この剣に価値がないといってるわけではありません。装飾を含めて金銭的な価値で言うならたしかにこの店一番でしょうけど私がもとめているのはあくまで実戦における強さですので」
これが店一番となるとこの世界の武器全体があまり期待はできないかも……と考えていると
「こいつはおでれーた、それをナマクラと見抜くたぁなかなかいい目してるじゃねーか」
突然、からかいとも感心ともつかない声がかかる。
セランがその声の方を振り向くとそこには誰もおらずただ乱雑に剣がつまれているだけだった。
「誰もいない?」
「どこに目をつけてやがる、ここだここ」
その声は剣の山の中、古びた一本の剣から聞こえてきた。
「それは……剣が喋っているのですか?」
「へ、へい。剣を喋らせるなんてどの魔術師がはじめたんだか……こら!デル公!失礼なことを言うんじゃねえ!」
せっかくの上客を逃してたまるかとばかりに主人が声を張り上げる。
「へえインテリジェンスソードね、それ」
キュルケが面白そうに言う。
「インテリジェンス……つまり意志を持った剣ですか」
セランがその剣を手に取る。
「インパス」
そして同じように鑑定の魔法をかけたがその結果は予想をはるかに超えていた。
剣からとてつもない力を感じる。それはまるで王者の剣、セランが知る限り前の世界での最高の剣と同じような反応だった。
そして強力な特殊能力もあるようだった。
「……こいつはも一つおでれーた、だ……おめえ『使い手』じゃねーか」
剣もまた同じように驚きの声をあげる。
「使い手?」
「ああ、おい俺を買え」
「ええそのつもりです」
セランもこの剣に興味がわいた。
ルーンの力を使わなくてもぎりぎりあつかえそうだ。
「ねえ、そんな錆びた剣本当に買うの?さっきの剣のほうがいいんじゃないの」
ルイズが不満そうな声を出す。見栄えを気にする貴族としては自分の使い魔が錆びた剣を持っているのはいただけないのだ。
「何事も見た目だけで判断してはいけませんよ」
「そういうことだ。見かけで判断するもんじゃないぜ貴族の娘っ子」
「……見かけだけでなく口も悪いわね、このボロ剣」
「ボロ剣言うんじゃねえ、俺の名はデルフリンガー様だ、覚えときな」
ルイズがなおも不満を言おうとしたがそれにかまわずセランは購入すべくデルフリンガーをカウンターへと運ぶ。
「この剣を買います……それと、あれは何です?」
セランが壁にかかっている銃を指差す。
「ご存知ないので?あれは銃ですよ」
「ああ、あれが……知ってはいましたが見るのは初めてですね」
セランはその銃を興味深げに見ていた。
前の世界には無い武器で、本で読んで知ってはいたが魔法や弓矢以外の飛び道具がどういうものか気になっていたのだ。
「ではあれも一つ買いましょう。お代はその剣を売った分から差し引いてください」
「へい!まいどありがとうございます!もしその剣がうるさいようでしたら鞘に収めれば静かになりますので」
主人は上機嫌で返事をした。
取引を終え店を出た後セランは三人に言った。
「さてこれで私の用はすみました。予想よりも高額で売れましたし最初に私の用に付き合っていただいたお礼にお約束どおりお昼は私が奢らせていただきます。その後の買い物も多少なら奢りますよ」
セランがにこやかに言うと喚声があがる。
この後セランは多少という言葉をもうちょっと強調しておけばよかったと後悔した。
日もだいぶ傾きもうすぐ夜といえる時間帯、買い物を終えた四人が街のはずれで待っていたシルフィードの元に集まっていた。
「それにしても皆さん容赦ありませんねぇ」
「あらこういったのは殿方の甲斐性でしょう?」
落ち込んだ様子のセランとは対照的にキュルケが満足げな声をあげる。
その背後には服やら装飾品やら化粧品といった本日の買い物の成果が山のようにつまれていた。
「まあ私が言い出したことですけどね……ここまでとは思いませんでしたけど」
セランが疲れたように言う。
男にとって女性の買い物に付き合うのは体力と精神力が削られる。出費と重なりだいぶ疲労したようだ。
「まったくよ。すこしは遠慮ってものを知りなさい。これだからゲルマニア人は……」
同じぐらい買い物をしたルイズが偉そうにキュルケに注意する。
「ルイズに言われたくは無いわね」
「わたしはいいのよ、使い魔の物は主人の物なんだから」
「じゃあ未来の妻である私も問題ないわね」
「何が妻よ!」
ルイズとキュルケの舌戦がまた始まる。
「どっちもどっち……」
タバサがいつものように本を読みながら呟く。ちなみに彼女の背後にも同じように買ったものがつまれていた。
タバサはここぞとばかりに日用品を買い込み、何より書店では店員も驚くほどの量の本を買い込んでいた。
結局昼食の分も含め手付けで受け取ったのと剣を売った分はほぼなくなっていた。
「まあ後でお二人には是非お願いしたいことがあります。今日のおごりはその前払いみたいなものと思ってください」
「お願い?」
「ええ、ちょっとした魔法の実験のようなものです。できればあまり他に知られたくないので口止め料も入ってると思ってください」
「実験くらいいくらでも付き合うけど……そろそろ帰らない?早くしないとシルフィードに乗って帰っても日が暮れちゃうわ」
キュルケがそろそろ地平線にさしかかりそうな太陽を見ながら言う。
「そうね、わたしも疲れたから早く帰って休みたいわ」
ルイズもこれには賛同する。
「そうですね……皆さん、実は学院に帰るのにいい魔法があるのですが」
「いい魔法?」
ルイズが聞き返す。
「はい。高速移動魔法でして短時間で長距離を移動できます。四人が定員でもう少し増やすこともできまが、シルフィードはさすがに無理ですね」
「問題ない、一人で帰ってこさせる。荷物を運ばせるのに丁度いい」
タバサの情け容赦ない言葉にシルフィードが抗議の泣き声をあげるが無視する。
「では集まってなるべく固まってください。言っておきますけど瞬間移動じゃなくて高速移動です。『少し』揺れますが……まあ気にしないでください」
その『少し』に不穏な響きを感じたルイズが問いただそうとしたが
「ではいきますよ……ルーラ!」
問答無用で魔法は発動され四人の姿は一瞬ではるか彼方へと飛んでいった。
超高速で景色が背後に流れていき落下しているような上昇しているような不安定な浮遊感が全身を襲う。
何かにすがろうにも手足は頼りなく空をかき回すだけだ。バランスを崩すとぐるぐると身体ごと回転してしまいそうにもなる。
そしてゴウゴウという不安をあおるかのような風の音が耳をついた。
久しぶりに使ったルーラは相変わらずの乗り心地だった。
後ろからルイズ達の「きゃぁぁぁぁ!!??」という叫び声が聞えてきているがそれは気にしないことにする。
三人からしてみれば何の事前知識もなくジェットコースターに乗せられ同時に無重力体験をさせられているようなものだった。
そしてまさにあっという間に四人は学院の門の前についた。
「ふむ、問題なく発動しましたね。これがルーラの魔法です。中々便利でしょう」
だがそのセランの言葉を三人は聞いてなかった。
タバサはなんとか立っているがほとんど杖にすがりついてだしキュルケは腰を抜かしたのか地面にへたり込んでいる。
ルイズなどは着地に失敗したのか地面に顔を突っ伏してスカートはめくれあがり下着が丸見えというかなりあられもない格好だ。
周りに人影がないのは幸いだったろう。
「た、確かに凄いわね……馬で三時間の距離がほとんど一瞬じゃない」
キュルケが呆然とした様子でつぶやく。
「ただ色々と制限もあります。飛べるのは一度行ったことのある場所で明確な目印がありイメージできるところだけです。具体的には街とか村、洞窟なんかですね。草原の真ん中や街道の途中などは無理です」
セランが三人の惨状にはあえてふれず淡々と説明する。
「人数も四人以上になると不安定になりますし馬など大きな生き物も難しいです。飛んでいる最中暴れるでしょうから危険ですしね」
これが前の旅で馬を使わなかった大きな理由だ。
「……乗り心地も最悪」
タバサが青い顔をして呟く。
「そこは慣れればどうということはありませんよ。これからも使う機会があると思いますので慣れて下さいね」
「慣れるかぁ!!」
いつの間にか復活したルイズがセランにくってかかる。
「何が少し揺れるよ!あれなら歩いたほうがましよ!」
「この感覚が楽しくて病み付きになるという人もいるんですよ?」
「こんなのが楽しいわけないでしょ!」
ルイズが制裁をくわえるべく詰め寄るが、セランはそれをひょいとそれをかわす。
「逃げるんじゃないわよ!今日という今日は使い魔のしつけをして……」
「あ、そろそろ夕飯の時間ですね食堂にいかないと」
「無視するなあ!」
そそくさと食堂に向かうセランを追いかけるルイズ。
やがて遠くからルイズの魔法らしき爆発音も聞えてくる。
「……何だかんだ言っても元気じゃないの」
キュルケは地面に座り込んだままあきれた様に言った。
――――――――――――
後書き
ルーラの設定として乗り心地がジェットコースター並みとしました。
慣れれば好きな人は好きかも。
またかなり間が開いてしまいしたが次こそは早く投稿できればと思います