「“錬金”」
外から持ってきた小石の一つをテーブルの上に置いて、“錬金”をかける。
小石はイメージした通りの青銅に変化した。
今、俺は自分の部屋で“錬金”の実験をしている。
系統判別から1週間。俺は水系統の魔法の練習をし続けた末、先日『水』のドットに到達した。
自分の系統である『土』をほったらかしにして、『水』ばかり修行していたのにはいくつか理由がある。
モンモランシ家にいながら、『水』のドットに届かない事への引け目もその一つだった。
まだまだ未熟だが、傷を治す事も出来るようになった。
それで目標達成したので、今度は『土』の魔法と言うわけだ。
目の前の、『漠然と石を青銅に変える』イメージで“錬金”した青銅を持ち上げる。
一発で成功してしまった。初めから俺は『土』のドットだったようだ。
懐からもう一つ小石を取り出して、テーブルの上に置く。
ここからが本番だ。
小石に狙いを定め、“錬金”を詠唱する。変える先は本来ライン以上にしか不可能な鉄。
しかし、今度は『漠然と小石を変える』イメージではなく、『原子の陽子数と中性子数、電子数を鉄の物に変える』イメージで“錬金”を使う。
前世の知識を記憶の底から引っ張り出し、覚えていた数値を魔力に乗せて杖を振った。
……結果、小石が簡単に鉄に変わった。まだ俺がドットなのに、だ。
使った精神力も、さっき青銅を作った時よりも少ない。
やはり思った通り、イメージを変えるだけで“錬金”の使い易さが格段に変化するようだ。
ただ『漠然と物質を変える』と思うより、『鮮明に原子の構造を意識して作用させる』方がやりやすい。
俺がライン以上の難易度の“錬金”をしているところは見られたくなかったので、こうして外からわざわざ石を持ってきて、自室で実験している訳だ。
次の実験だ。もう一つ小石を取り出してテーブルに置く。
もう一度青銅を作り出すべく、“錬金”を唱える。
ただし、今度は『原子の構造を銅とスズに変えて混ぜるイメージで』だ。
……結果は失敗。何も起きず。
どうやら、新しいイメージの仕方だと、銅とスズの二つを同時に作る必要があるので、少なくとも『土』を二乗したラインスペルでないと無理なようだ。
当然、もっと色々な物質が混ざった物を“錬金”しようとすると、この方法は役に立たなくなる。
それでも十分有用だが。
最後の一個の小石を取り出して、テーブルの上に置く。
若干緊張気味に、俺は“錬金”の詠唱を始めた。
目指すは、最高難易度の金。
『原子構造を変える』イメージで、小石に向けて一直線に杖を振り降ろす!
……鉄を錬金した時と大して変わらない精神力で、小石が丸々金に変わってしまった。
とりあえず、証拠隠滅のために鉄と金を土に“練金”しなおす。
「さて、これからどうしようか」
俺は椅子に座って、腕を組み考え始めた。
前世の知識のおかげで簡単に金を“錬金”できてしまった。
これでお金に困る事はないだろうが、そんなポンポンと金を作り出してしまっていいのだろうか。
少なくとも金の価値が暴落して市場が大混乱になるに決まっている。
経済に関しては素人なので、具体的に何が起こるかは言えないが、楽観視すべきじゃないだろう。
地球で言う世界恐慌みたいなのが起こるんじゃないだろうか。
そんな事態を起こし得る存在がモンモランシ家にいるなんて世間に知れたら、各国の政府やらロマリアやらに政治的・物理的両方で抹消されるだろう。
俺だってそうする。
「うん、どうするべきかは言うまでもないな」
このことは誰にも言いふらさず、本当にどうしようもなくなった時だけ金を“錬金”する事にしよう。
自分の中で結論を出し、俺は次の実験に移った。
杖を握って、また“錬金”を唱える。
しかし、今度は小石を使わず。何もない空中を睨みつけながら淡々と詠唱をする。
狙うのは、空気中で最も多くの割合を占めている窒素。
その窒素を固体に変えるイメージで、不可視の気体に向け杖を振る。
ゴトン、と音を立てて、拳ほどの大きさの透明な物体が床の上に落ちた。
見た感じはガラスのような物体だ。しかし手に取ってみると、ガラスより幾分重い。
思った通り、“錬金”は気体、液体、固体の三態も操作できるらしい。
固体になった窒素への集中を解くと、その物体は一瞬で消えるように気体に戻って行った。
どうやら“窒素を固体にする”など、少々無理な状態で物質を維持する場合、俺が絶えず魔力を作った物体に送り続けないといけないみたいだ。
メイジは同時に一つの魔法しか使えないので、その間は他の魔法は使えない。
それに、気体をあれだけの大きさの固体にしたのだから、かなりの量の窒素を圧縮したはずだ。
それなのに、なぜか気体に戻る時は風が微塵も吹かなかった。
正直、かなりの突風を覚悟していたのだが。
そこは納得がいかないが、風が吹かないならそれはそれで便利だし、ファンタジーだからと言うことにしておこう。
考えてみれば、この窒素の“錬金”だけで十分凶器になりえる。
敵の頭上で巨大な塊を作ってやれば、それだけで殺せるかもしれない。
「うー……ん」
“錬金”の実験も終わって、俺は伸びをした。
時間は午後3時といったところだ。
天気も良く、外で鳥がチュンチュンと鳴いているのが聞こえる。
え?モンモランシーはどうしたって? 現在お昼寝中です。
「……さてと!」
そう言って俺は勢いよく立ち上がった。
とりあえず“錬金”についてすぐに知りたい事は分かった。
あとは、この一週間頑張ってきた目標の『趣味』の時間だ。
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軽く鼻歌を歌いながら屋敷を出て、俺は裏庭に向かった。
このあたりは土に栄養が足りてないのか、草木が生えておらず更地になっている部分がある。
そこを囲むように雑草や木が生えていて、半径10メートル程の円形のステージのようにも見える。
その、天然のステージの目の前まで来て、俺は杖を握りしめた。
これから紡ぐ詠唱に集中するため、このステージを自分の望む物に変えるため、目を瞑り押し黙る。
そして口から流れ出るのは、この一週間練習してきた『水』に属する魔法のルーン。
詠唱の完了とともに、俺は魔法名を叫びながら杖を振った。
「“氷結”!」
瞬間、厚さ2センチ程の氷が円形の更地を埋め尽くした。成功だ。
この魔法を使うため、というのが、俺が一週間『土』に見向きもせず『水』の鍛錬をしてきた一番の理由だ。
だがまだ終わりじゃない。
氷が日光で溶けてしまわないように、俺は急いで“固定化”の呪文を唱えた。
“固定化”は、術者のイメージによってある程度の条件を付ける事が出来る。
例えば食材にかけた“固定化”が、その食材が料理されたり、人の口に入ったりしたら自動的に解除されるようにする。などだ。
そして今回は氷に対して、『温度では溶けないが、圧力では溶ける』ように“固定化”の条件づけをする。
もうお解りだろう。
簡易式だが俺はスケート場を作ろうとしていたのである。
前世での俺の趣味はスケートだった。
転生してからは半分諦めていたのだが、杖の契約後この方法が思いついて、『水』の練習に没頭していた。
正直、ドットの習得まで一週間もかかるとは思っていなかった。
やはりメイジのランクを上げるのは一筋縄ではいかないらしい。
……モンモランシーとの遊びを優先させていたから、全力で時間が取れなかったと言うのもあるかもしれないが。
最後に靴の裏に“錬金”で刃を取り付ければ準備完了!
実に5年ぶりのスケートだ。
はやる気持ちを抑えつけて、ゆっくりと足を氷の上に乗せ、感覚を思い出しながら氷の上を滑り出す。
足を交互に前に出す度に、周りの景色がゆっくりと流れていき、懐かしさがこみ上げてきた。
思えば、俺はスケートの帰りにトラックに撥ねられたんだった。
全く親孝行せずに死んでしまったが、前世の両親は元気だろうか。
俺の友達だった奴等も、今はどうしてるんだろうか。
今まで何度も考えてきた事が俺の頭に浮かび、消えていく。
しばらく氷の上を滑りながら物思いにふけって、気持ちが沈んでいる自分に気付き、俺は自分を叱咤した。
せっかく気持ちを盛り上げるために、久方ぶりにスケートを楽しもうとしているんだ。
なのに逆に落ち込んでどうする?
自分の顔を両手で軽くたたいて、俺は気持ちを切り替えた。
悔んだって始まらない。
それに、今の俺は“グラム・ルシッド・ラ・フェール・ド・モンモランシ”だ。
過ぎた世界を振り返ってる暇があったら、この世界でのこれからの事を考えよう。
「あ! いたー、おにぃさまー!」
そこまで考えていると、聞きなれた声が耳に届いてきた。
見ると、やはりモンモランシーだ。俺の方に走ってきている。
「氷?」
モンモランシーが足元の氷に気付き、それからその上を滑る俺を見て、ぱぁっと笑顔になった。
『面白い物を見つけた』という時の顔だ。
絶対次『私もやりたい!』って言い出すだろうな。
「おにぃさま!わたしもやりたい!」
「っはは」
予想通り過ぎる言葉に笑ってしまう。
当のモンモランシーは、俺の笑った意味が解らずに可愛らしく首を傾げている。
「いいよ。でも少し練習が必要だから、僕が教えてあげる」
「やったぁ!」
すぐに笑顔に戻るモンモランシーに、俺も自然に笑顔がこぼれる。
モンモランシーの靴に“錬金”で同じように刃を取り付けてやった。
足取りがおぼつかないモンモランシーの手を引いて、適当に滑っている間に日が暮れて行った。
暗くなってきたので、刃を外して、一応氷も元通りにして、屋敷に帰ることにした。
もっともここは裏庭なので建物をグルリと回るだけなのだが。
その帰りの途中、俺と手を繋いできたモンモランシーは俺に、
「わたし、“治癒”の魔法が使えるようになったの。おにぃさまのケガは全部わたしが治してあげるね!」
と満面の笑みで言ってきた。
俺は、自分も“治癒”が使える事を話そうか迷った挙句、曖昧な笑みで返事をする事しかできなかった。
後日、モンモランシーが俺も“治癒”を使える事を知って泣きじゃくり、それを宥めるのに苦労したのはまた別の話。
夕食の席で、父様から国王が病気にかかっていて、病状はかなり深刻らしいとの話を聞いた。
このまま現国王が亡くなると、鳥の骨ことマザリーニ枢機卿が宰相として頑張って行くのだろう。
この調子だと原作通りに世界は廻って行くんだろうか。
まだ分からないな。
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とある国の、何の変哲もない村。今日その村ではしとしとと静かに雨が降り注いでいた。
いつもの日常の、時たま来る雨。村人たちは何の疑問も思わず一日を過ごして行く。
ただ、村から離れた所から見れば、その村の周囲は少し異様に映る事だろう。
なにせ、村の上空にだけ留まるように暗雲が立ち込めているのだから。
雨が降り出してから2時間程経ち、その間雨の勢いは絶えず一定に降り注いだ。
その村のとある家屋の裏側、誰の目にも付かない所にできた水溜りから、突然水が沸き上がり、人のような姿をかたどった。
「この村にもいないか」
その水は震えながら声を発した。雨の音に紛れて、その声を聞く者は誰もいない。
「どこに居る。“移ろいし者”よ」
人の姿をした水は、再び水溜りの中に溶け込んだ。
それと同時に、その村だけに降り注いでいた雨が唐突に止み、 やがて曇り空も晴れていった。
2010.06.12 初回投稿
2010.06.14 誤字修正
2010.06.27 文体修正