コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑥
「成る程、政庁内の不穏分子は、特定に至っていない、と」
「……申し訳ありません」
目の前の、神妙な顔をした銀髪の女軍人、ヴィレッタ・ヌゥは頭を下げる。
昨日のゲットーでの一連において、何か不審な動きをした人間を発見出来なかった、というのが彼女の報告の第一声だった。
ルルーシュは今、シンジュク事変の事後処理に追われている。裁かなくてはいけない書類や仕事が山積みだ。ヴィレッタが何かミスをした訳でもない。咎める気はなかった。
「まあ、良い。地盤が崩落寸前のゲットーで、命を犠牲に情報を掴め、と言う気はない。……政庁の方もな。一朝一夕には無理だろう。分かった事だけ教えろ」
「……では、失礼して」
持っていた書類を手渡ししつつ、彼女は三日間の調査結果を出す。
その分量こそ少ないが、中身は充実している。采配は彼女に任せておいたが、意外と有能だったらしい。
「結論から申し上げますと、政庁関係者からの、抵抗勢力への物資横流しは間違いないと思われます」
「……」
無言のまま、続きを促す。ルルーシュの瞳が鋭くなった。
「本国から送られてくる物資が有ります。今回、物資がエリア11に輸送されたルートは二つです。エリア11政庁が手配した、太平洋を横断し、本国から輸送された物資。もう片方は、エリア18への途中に、効率化の意味も込めて臨時にエリア11へ輸送された、東南アジアを経由した物資でした」
「ああ、そうだな」
「詳細は、先ほどお渡しした資料に乗せて有りますが……。その内の後者。東南アジア経由の物資に、不自然な痕跡が見られます」
「具体的には?」
輸入と輸出の記録は、ブリタニアでなくとも厳重に行っている。軽く調べて出てこない、と言う事は、恐らくデータ上では何も問題が無く処理されているのだろう。
機械は優秀だが、融通が利かない。不自然な数字を見つけるのは、人間にしか出来ないのだ。
「は。政庁の搬入記録と、本国からの記録で「中身」の食い違いが出ています。……重量など、表向きは帳尻を合わせてあるようですが、――――随分と違っているようです」
ヴィレッタの話によれば。
エリア11に入ってきた物資と、エリア18に送られた物資の中身。その合計が、本国から出た物資の中身と異なっているらしい。
本国から他国(エリア11、エリア18)に送られた物資の量を、100とする。
30は『元々、エリア11に送られる事が決定していた物資』。
60は、『エリア18に送られる物資』。
10が、『運送効率によってエリア11に送られた臨時の物資』だ。
この時点では、30+60+10で、100。何も問題が無い。
だから今、本当ならばエリア11には40の物資が無ければならない。
しかし、ヴィレッタの調査を詳細に突き詰めると、この40という数字は、表向きの分量だけで、中身がまるきり、違う事になってしまう。
40は40でも、8の価値を持つ物資×5個=40なのではなく、8がX個+α=40と言う事だ。
しかし当然だが、予定されていた8×5が存在しなければ他人を誤魔化す事は出来ない。
ならば、どうするのか?
αをエリア11で、8に交換するのだ。それも、8以上の高値を吹っ掛けて。
取引相手は言うまでもなく、テロリストだ。
αを10に変化させ、8を物資として政庁に流し、2を首謀者の懐に入れる。
これで何も問題はない。数字も中身も記録通り。後は、損をした抵抗勢力をテロリストとして処刑すれば、証拠も残らないという訳だ。
「残念ながら、行動の首謀者は、まだ特定に至っておりません。政庁内の、恐らく上位の誰か、とは思いますが――――残念ながら、我々への風当たりも強いので……」
「そうか。……まあ、仕方が無い」
彼女達の行っている事は、要するに内部監査だ。ラウンズ主導と言う事は伝わっているから、表だった反抗はない。だが、後ろ暗い人間は、証拠を隠滅するし、調査の妨害をする。下手をすれば、口封じだ。
地道に慎重に、相手のミスを待ちながら行うしかない。
「また、エリア10を経由した物資と、政庁の記録に残っている物資。此処にも僅かに食い違いがあります。恐らく、エリア10にも多少は落とされている、と考えても良いでしょう」
「……その、代わりに入れられた物資は?」
「それも調べております。記録は改竄されておりますが、……どうやら、東南アジアルートを経由した物資の量は、予定された量より若干多くなっている模様です。推測ですが、エリア10で何かを多量に積み込んだのは間違いない、かと」
これも数字を使うと分かりやすい。
30の『元々、エリア11に送られる事が決定していた物資』はそのまま。
しかし、10の『運送効率によってエリア11に送られた臨時の物資』も、手を出されている。
10の内、5をエリア10に落とす。
そして、エリア10で帳尻合わせのβを入れ、5の補填にするという訳だ。
「待て」
「……え。――――何か、失礼を」
「いや、……そうじゃない」
いきなり変わった空気にヴィレッタが恐々とする中、ルルーシュは真剣に、何かを考えるように黙る。
そして、唐突に立ち上がると、執務室の壁に貼られていた、世界地図を見つめた。
目線の先にある土地は、エリア10を書かれた場所。
中華連邦と国境を接する、東南アジアと呼ばれる地域。インドシナ半島だ。タイ、ミャンマー、カンボジア、ベトナム、マレーシア等の異国情緒豊かな国々は、日本より早くにブリタニアの属領になっていた。
「……そうか」
小さく、しかしはっきりと舌打ちをして、ルルーシュは苛立ちを隠さずに席に着く。
そう言う事か、と目に剣呑な光を灯す、不機嫌な顔だった。
「あの、ランペルージ卿?」
「……ヴィレッタ。お前に怒っている訳ではない。気にするな」
では何に、と尋ねる余裕は、彼女には無かった。普段は優雅だが、感情が高ぶった際の気迫は、流石にラウンズだ。軍人であるヴィレッタを、完全に圧倒している。
皇族に勝るとも劣らない、人の上に立つ資質を示しながら、彼は言った。
「仕事は続けてくれ。……後、危険だと思うが、シンジュク事変前に起きた輸送車事故。あちらの調査も頼んだ。多分、繋がっているだろう」
ヴィレッタには、有る程度の部分までは、既に話を通してある。
『名誉ブリタニア人の兵士と、民間人。彼らがシンジュクゲットーで事故を発見した所、謎の部隊によって殺害されそうになった』――――と。無論、枢木スザクや紅月については、教えていない。
あの輸送車は抵抗勢力によって運ばれていた。
ならば、あの輸送車の「積荷」は、きっと物資の横流し品だ。
そこまで分かれば、後は自然に予想が付く。
だから、横流しを行った『首謀者』が、事故による証拠を隠滅しようと部隊を動かし、目撃者を消そうとしたのではないだろうか?
そう考えれば、筋が通る。
残念ながら、地盤崩落と共にトラックも地下に落下してしまった(元々、あのトラックが突っ込んでいて現場は、立体駐車場だったらしい)から、相当苦労するだろうが、やらない訳にもいかない。
「機密情報局は、死亡した特殊部隊の身元確認、その命令を出した者を中心に行え。間違っても、名誉ブリタニア人兵士や、民間人に功に焦って不用意に接触する事のない様にしろ」
余計な真似はするなよ、と釘を刺す。
諜報戦とはいえ、戦いは戦い。任務を最優先にして他人に被害を及ぼす事は、軍人ならば避けるべきだ。
特にヴィレッタの場合。それこそ民間人に協力を要請して事態をややこしくする未来が見える。軍功と階級、自分の価値を上げる事を優先して、他人に気を使わない事があるからだ。
「私は明日から、少し本国で仕事がある。帰国は四日後の予定だが、その際には補充の人員も一緒に連れてこれるだろう。――――話は以上だ。今後も期待に応えて見せろ」
「――――Yes, My lord」
別に脅した訳ではない。
だが、その圧力にヴィレッタは緊張した面持ちで返事をして、静かに部屋を出て行った。
●
「ルルーシュ。何に気が付いた?」
ヴィレッタが退室した後、ソファから身を起こしたアーニャは、尋ねる。先程の剣呑な雰囲気はかなり消されていた。自制心が強いルルーシュは素早く、冷静に、と自分に言い聞かせたのだろう。
「エリア10が、如何したの?」
出来るだけ可愛らしく、ルルーシュの気を引く様な態度で訊ねると。
「――――宿題にしよう」
「?」
返ってきた答えは、意外な物だった。
何の事だろうか。脈絡が無い言葉に、目を白黒させていると、ルルーシュは改めて言い直す。
「アーニャ、考えてみると良い。エリア11の現状の問題に、先程までのヴィレッタ・ヌゥとの会話を加味して、エリア10という土地の特性を考えれば答えは出る。……操縦以外にも、色々と学ぶ必要があるだろう?」
「……ん」
そう言われてしまえば、言い返す事が出来ない。
アーニャ・アールストレイムは、KMFの操縦ならば帝国最高クラスだ。純粋な個人戦闘能力でも高い自信はある。まだ14歳だが、SP数人分の働きは、十分にこなせるだろう。
だが、専門分野になると、これはかなり低い。KMFやサイバーネットに関する事は詳しいが、政治・経済・公民・時事問題、要するに社会学となると著しく知識に偏りがある。
「C.C.と旧オマーンの今後について語ったのが、最後だったな。良い機会だ」
「……分かった」
素直に頷いた。ルルーシュが出したという事は、きっと考えれば答えが出る問題なのだろう。
でも、締切りは何時までなのだろうか?
「期限は――――そうだな。俺が帰ってくるまでだ」
「じゃあ、御褒美」
「……考えておく。それで良いか?」
その言葉に、俄然やる気が出た。顔の表情も変化しないが、心は弾んでいる。
アーニャも、お年頃なのだ。
●
(……さて、次だ)
アーニャは、理由は知らないが、喜んでいる。そんなに自分が出した宿題が嬉しかったのか。それとも、まさか最後に付け加えた“御褒美”に釣られたのか。……いや、ないだろう。多分。
心なしか楽しそうな子猫を横目に、ルルーシュは机の上の受話器を取る。
仕事は山積み。今の内に片を付けた方が良い問題が、まだ残っている。
電話が通じた先は、ジェレミアの所だ。
「ルルーシュだ。……枢木朱雀、小寺正志の両一等兵を、私の部屋まで呼べ。安全の為、お前が案内を頼む」
さしあたって、ルルーシュが解決しなければいけない問題は。
あの二人を、如何するか、と言う事だった。
枢木スザクと小寺マサシは、現在、処罰の対象である。
理由は単純で『シンジュクゲットーにおける軍規違反』と言う物だ。
罪状はそれぞれ、命令違反と敵前逃亡。枢木スザクが“上官の命令に逆らった”と言う事、そして小寺青年が“戦わずに逃げた”と言う事。
確かにまあ、間違ってはいない。スザクは『民間人を殺せ』という命令に逆らい、小寺青年は『民間人を避難させる為に一緒に逃げた』のだ。嘘“は”言っていない。
倫理的に見れば非常に両者とも正しいのだが、そうは問屋が卸さなかった。
これは、部隊が壊滅しているとはいえ、命令違反が確かにあった以上、二人に御咎め無しとはいかない、という法治国家の精神を立派に反映したものでは――――断じてない。
建前上はそうなっているが、本音はまるで違う。
(当然だな……)
何せ、あの二人は輸送車の中身を見ている可能性があるからだ。
横流しをしている人間にしてみれば、非常に邪魔な事、この上ない。
これは、ルルーシュの勝手な予想だが――――恐らく、横流しをしている事実を、名誉ブリタニア人の犠牲で大きく隠しているのだろう。
手順としてはこうだ。
まず、横流しが出来る様に、情報を抵抗勢力に送る。
次に、その抵抗勢力に対して追手を派遣する。これは演技だ。追手には、わざと失敗させる。そして、この“わざとの失敗”の時に、名誉ブリタニア人を利用するのだ。
具体的には、名誉ブリタニア人を難癖付けて殺す。そして兵士に、全ての罪を被せてしまう。
『私達は一生懸命、追撃任務を行いました。しかし、奪い返せませんでした。任務失敗の責は名誉ブリタニア人兵士にあり、既に処罰が終わっています。だから、私達は悪くありません――――』と。
正直、胸糞悪い話である。だが、多分、名誉に対しての生贄作業が行われていた事も、事実だろう。
少し深い所まで過去の記録を調べると、怪しい死因が結構、ゴロゴロ出てくる。
(……二人は生きている)
幸いな事に、あの紅月という少女が乱入したお陰もあって、二人は無事だった。スザクは本当に撃たれていたが、何でも父親の形見が銃弾を防いでくれたらしい。運の良い奴である。
ともあれ、生きているのだ、彼らは。輸送機の中身をみた“かもしれない”人間が。
そして、その情報が、機密情報局。そしてラウンズのルルーシュに伝わる。そうすれば危ないと、後ろ暗い人間は思っているだろう。確かに正しい認識だ。
(……総督にも、影響している程、だからな)
『兵站は、後方支援部隊。……もっと言えば、参謀本部の管轄になります』
アーニャが聞いたジェレミアの言葉もある。物資の横流しは、管理者である参謀本部管轄下の誰か。
そして、特殊部隊を持っている――――言いかえれば自軍戦力を持っている時点で、相当に上の人間だ。あるいはカラレス本人が横流しに協力している可能性もある。
反ルルーシュ派、とでも名付けようか。エリア11政庁内で、ルルーシュ達に余計な真似をせず、このまま本国に帰って欲しいと考える連中は多い。皆、今まで利権という蜜を啜ってきた奴らだ。
任務の内容こそ不明になっているが、部隊が一個消えて噂にならない筈も無い。これ以上、余計な人間に痛い腹を探られる前に、懸念対象はさっさと処分をしたい。それが反ルルーシュ派の総意だった。
(……本当に、厄介だ)
ルルーシュは、この状況を解決する必要があった。
別に、口封じという行為自体を嫌っているのではない。
枢木スザクという友人を、殺させたくないだけである。
「ジェレミア・ゴッドバルド、及び枢木、小寺一等兵、入ります」
連絡を入れて五分で、ジェレミアは二人を連れて執務室にやってきた。
来る途中で何か、注意事項でも伝えたのだろう。小寺正志の表情は固い。スザクの顔が柔らかいのは、自分の事を知っているからだ。
まあ、小寺正志については、正直、どうでも良い。ただ、彼はスザクの顔馴染みとして一緒に行動していたらしいのだ。彼だけを政庁の闇へ生贄として捧げるのも、後味が悪かった。
「ああ。有難う。……折角だから待機していてくれ。この後も少し、案内を頼みたいからな」
言葉に、ジェレミアは静かに部屋の隅に動く。沈黙が下りた部屋には、小さな足音しか響かない。
彼が壁際に寄った事を確認して、ルルーシュは口を開いた。
「まず、伝えておこう。二人への処罰は、私が言い渡す」
「……」
壁際のジェレミアが、少し反応する。彼には意味が通じたらしい。
(……まあ、権力とはこういう時に、使用する物だがな)
現状、総督一派に彼らの命が脅かされている。秘密を守る為に――――普通ではありえない理由で始末させられてしまうだろう。勿論、ルルーシュは防ぎたい。
ならば、対処方法は簡単だ。
ルルーシュが先んじて、二人へ処分を言い渡してしまえば良いのである。
幾ら反ルルーシュ派とは言っても、表立っての反抗は出来ない。当たり前だ。こっちは皇帝の騎士で、皇帝から『エリア11の平定を命じられ』ている。出来るのは邪魔と妨害だけなのだ。
そのルルーシュが、二人に対して処分を言い渡す。
言い渡してしまえば、政庁内の誰であろうとも、逆らう事は出来ない。
ルルーシュの行動を防ぎたいのならば、最初からその権限を渡さない方法を取るしかない。それこそ、シンジュク事変で軍の指揮権を、カラレスが折半した時のように、だ。
騎士としての品位を落とす、自分勝手な命令は出せないが――――理屈が通れば、それで何とかなる。
力が無ければ望みは叶えられない、と言う言葉が真実ならば、その逆も又然り。他者を守る為に力を使って、何の問題があるだろうか。
彼ら二人に処分は必要だ。そこは仕方が無い。実際、彼らが所属していた部隊は壊滅しているからだ。むしろ何もしない方が、人々の反感を買うし悪影響を及ぼす。責は無い、と言っても納得させる事は難しい。だが、殺すのは明らかにやり過ぎだ。
「……君達二人は、シンジュクゲットーにおいて軍規に違反した」
言葉に、部屋の空気が僅かに固くなった気がした。
シンジュク事変から帰還後、ジェレミアに命令して二人から事情を聴取してある。
これは、正しい情報を得る為。そして、純血派の監視下に置く事で、総督一派の手出しを防ぐ為だ。
おかげで昨日の二人は、少々窮屈だったようだが、その辺は命を守る為と言う事で納得してもらった。
「私的には、その違反は人間として正しかった、そう思っている。だが、違反は違反だ。公的には見逃すわけにはいかない。――――ジェレミア」
「は、何でしょうか?」
「純血派において、軍務とはなんだ?」
余りにも唐突な質問だったが、ジェレミアは僅かに動じただけで、すぐに答えを返す。
「義務、と捉えておりますが」
「そう。所謂、『高貴なる義務(ノブリス・オブリージュ)』の一種だ。国を治める者は、国家の危機には率先して解決に当たらなくてはならない。……純血派の思考は、いわばそれを純粋ブリタニア人という枠組みに拡大解釈した物、と考える事が可能だな。――――その考えに沿えば、君達二人は、軍務を行う資格に怪しい所がある訳だ」
執務机の上で、小さく腕を組む。
因みに、この理屈を適応するメリットは、何よりも純血派を掌握できる、という部分にある。母親の影響もあって非常に騎士達から尊敬されるルルーシュだが、其れだけではない事を示す意味があった。
ルルーシュ本人が、目を懸けている……。そうアピールすれば、純血派への手出しは少なくなる。引いては、今後のエリア11での活動も行いやすい、と言う訳だ。
「君達二人への処罰は、配置換えと言う事にする。……『高貴なる義務』たる兵役は、止めだ」
配置換え。どんな理由であれ軍規に違反したから、軍人として歩兵に採用しない。
何もおかしくは無い。歩兵足る資格に不足している、と言う意味なのだ。日本最後の総理大臣を父に持つ枢木スザクの命を救うのに、丁度良い理屈ではないか。
「さて、小寺一等兵。――――君の実家は、小さな町工場だったな?」
話を振る。
「!――――は。そうです」
ルルーシュ、と言う人間の事を詳しく知らなければ当然だが、小寺青年は非常に固まっていた。この先、どんな被害を受けるのか、と戦々恐々としている目だ。そう怯えずとも、不条理を働く気は無い。
だが、彼の態度も無理は無かった。ブリタニアと言う国家を少しでも知る者は、目上の人間の横暴が、いつ自分達に降りかかって来るのかを、心の何処かで恐れている。
普通の軍人や貴族でも、ラウンズや皇族といった更に上の特権階級には、決して明確には逆らわない。
「エリア11の中小企業、特に精密機械を生む工場は、今でも非常に高いスキルを持っている、と聞いている。……君は、機械弄りが得意だそうだな。枢木から聞いた」
その最後に、彼は横目でペアを見る。その目には、何を余計な事を、と浮かんでいるが、スザクはどこ吹く風で受け流した。……そう心配せずとも、きっと五分後には感謝している事だろう。
ルルーシュは軽く微笑んで、机の上に置いておいた二枚の紙を掲げる。配置換えを命ずる指令書だ。
「君達二人の行く先は、技術部だ。――――『特別派遣嚮導技術部』。そのテストパイロットと、整備員。それが仕事だ。……気苦労は多いだろうが、頑張って励むように」
彼らが着て早々だったが、詳しい話は、既にロイドに通してあった。
「『特派』、ですか。ル……ランペルージ卿」
「そうだ」
反芻したスザクと、状況が掴めていない小寺青年に、簡単にルルーシュは説明する。
階級や身分に、ラウンズ並みに拘らない特派ならば、部隊を追われた名誉でも十分に働ける。
しかもルルーシュの命令での派遣。出向先が帝国宰相・第二皇子シュナイゼルの直轄下だ。政庁の人間で、手を出す人間はいない。
技術部、と言ってはいるがKMFの開発や実験も行っており、軍の階級も適応される。
「……それは、処罰、なのでしょうか」
「ああ。一般兵としての立場を禁じているから、立派な処罰だな」
まあ、内容だけ聞けば夢のような職場な事は、否定しないが。
そんな解説を滔々と行っていくごとに、小寺青年は感動していった。其処まで気を使われる事は、多分今まで、ブリタニアの中では無かったからだろう。終いには、言葉では言い表せないような態度で、頭を下げられた程だった。
この際、実は彼は、枢木スザクのオマケ扱いである事は、言わないでおいた。ルルーシュも、そこまで薄情ではない。特派も区別は、しないだろう。
「話は以上だ。――――ジェレミア。後はお前に任せる。……特派まで、二人を案内してやってくれ」
「……Yes, my lord」
一瞬、返事が遅れたのは、きっとロイドとの仲が良くないからだ。ジェレミアとロイド。二人は確か、同じ高校を出た関係の筈。その当時から顔馴染みだった。色々あったらしい。
スザクと小寺青年。二人が、ルルーシュに礼を返す。特に青年の方は、入って来た時よりも遥かに穏やかな態度だった。命の行く先も分からない状態が、普通以上を保障されたのだから、当然かもしれない。
(……ふう。これで、一仕事)
と考え、一つ言い残した事を思い出す。
退室する寸前の枢木スザク。久しぶりに再会した友人を、このまま帰すのは少し気に入らない。
仕事に追われて、を理由に碌に会話も出来ないのは、友人として有るまじき姿だ。
「枢木スザク。また特派に顔をだす。……時間があったら、話そう。――――歓迎してくれるか?」
ピタ、と扉の前で、足が止まる。
そして、小さく振り向いて、襟元を整えながら、静かに返した。
「勿論です。『 』。ランペルージ卿」
一瞬、その間に、空きが出来る。その間の間に、彼は小さな行動を取った。
小さくて見え難い。仮に見えても何の変哲もないだろう仕草。
襟元で手を小さく動かす、第壱ボタンを上に引き上げる様な合図だった。
「ああ。呼び止めて悪かった」
同じように、ルルーシュも返事をする。襟元に手をやって、小さく引き上げる動きと共に。
スザクも、其れを見て、小さく口元に笑みを浮かべる。意味が通じた事が分かったのだ。ルルーシュと一瞬、視線が交錯する。
――――そして静かに一礼すると、彼は部屋を出て行った。
襟元を引き上げる行動。
それは、ルルーシュとスザクの間の、友情の証だ。
『屋根裏部屋で話そう』。
間違いなく、先の言葉への返事だった。
●
「さて、次は……」
三人を見送って、気分を切り替える様に、ふう、と息を吐く。
目頭を押さえて疲労が溜まっている事を自覚する。“政庁本来の仕事”の分量が少ないのが幸いだ。これで通常業務の一端を肩代わりしていたら、間違いなく限界を迎えていた。
ジェレミアの話によれば、ルルーシュ達からの評価を得ようと、珍しくも頑張っている役人が居るらしい。普段よりも裁ける書類が速くて多いそうだ。
普段からやれよ、と文句を言いたくなった。
「ルルーシュ。無理、してない?」
「いや……」
声が懸かる。カタカタ、と意外な素早さで、部屋の隅に置かれたパソコンを弄るアーニャだ。
彼女は、ラウンズの本来の仕事をしていた。軍事演習の評価を報告書に纏め、並行して、エリア10の内情も調査している。画面には幾つもの文字と画像が流れていた。
確かに忙しいし分量は多いが、無理まではしていない。
本当に無理をする時は、ルルーシュは何も言わず、倒れるまで仕事をするからだ。
「大丈夫だ。明日の一日は、飛行機の中で休むつもりだしな。心配してくれて有難う、アーニャ」
明日以降、普通にエリア11で過ごせるのならば、こんなに忙しくは無い。
ヴィレッタ・ヌゥには告げたが、ルルーシュは明日から四日間、エリア11を空ける。
本国で開かれる会議への出席が一番の目的だが、それ以外にもある。機情の援軍を頼むのもその一つだ。
だから、なるべく今の内に仕事に始末をつけておく必要があった。
「えーと、番号は、確か――――」
ルルーシュは仕事用の携帯電話を取り出すと、素早く11ケタの番号を押す。エリア11での携帯電話事情は、元々の仕事マニアな国の気質のせいか、ブリタニアより優秀だ。
集団行動を防ぐ為に、名誉ブリタニア人への携帯電話は販売禁止となっている。だが、回線を初めとする優れたシステム自体は、接収と言う形で今でも活用されていた。
『はい、此方は――――』
コール音の後に聞こえてきたのは、朗らかで明るい女性の声だ。
人を元気にさせる声が有れば、きっとこんな感じなのではないだろうか。
「あー。……ルルーシュだ。電話を良いか?」
『アッシュフォード学園、生徒会……て、え、ルルちゃん? ええ、勿論よ!』
電話の向こうに居る女性は、ミレイ・アッシュフォードだ。
ルルーシュの頭が上がらない人間は、結構多い。
勿論、騎士なので、皇帝や、宰相と言った目上の人間に頭が上がらないのは当然なのだが、ルルーシュという個人が「世話を懸けている」「借りが多い」という人間も、結構多いのだ。
ミレイ・アッシュフォードは、そんな人間の一人だった。
思わず、口元に浮かんだ笑みを消す事無く、ルルーシュは尋ねる。
「幾つか、話を通しておきたくてな。――――お前の学校に、カルデモンド、という男子生徒はいるな?」
『ええ。本名を、リヴァル・カルデモンド。生徒会の一員だから、良く知ってるわね』
それは都合が良い。
電話越しの明朗な口調は、はっきり言えば不敬罪が適応できる言葉使いだが、別にルルーシュは気にしなかった。変に昔みたいに謙れるより、よっぽど安心して会話が出来る。
「そうか。……今日、学校には?」
『来てるわ。……リヴァルが何か?』
「ああ。その事、だが」
ルルーシュは、簡単にシンジュクゲットーで発生した事故について、話す。
リヴァルが、事故の現場に居た事。その際、軍規に触れた理由で始末されそうになった事。結果として抵抗勢力に救われ逃げられた事まで。機密事項を除き、大まかな流れを、ほぼ全て。
『……そんな事が? 確かに今日の朝は、少し顔色が悪かったけど』
「ああ。いや、別にそれでカルデモンドに何か罰則を与える訳ではない。ただ、念の為に、な。アッシュフォードで、シンジュク事変時の不在証明(アリバイ)を作っておいて欲しい」
特派に配属させた二人が、積荷の中身を見た可能性がある、として処分されそうになった、と言う事は――――その理屈は、同じくその場にいたリヴァル・カルデモンドにも適応されるという事だ。
幸いにも彼は民間人だ。顔も名前も知られていない。彼を殺そうとした連中は、あの紅月という朱い少女に始末された。スザク達には他言無用だ、と伝えてあるし、ヴィレッタにも釘をさしてある。
つまり、巻き込まれた民間人、という情報だけで彼に到達するのは、この時点でもう難しい。
『でも、用心の意味を込めて、アッシュフォードが彼のアリバイを作っておけば、事故に巻き込まれたのはリヴァルではない、別の人間だ、と言える。そう言う事ね?』
「理解が速くて助かるよ」
本当に聡明だ。ルーベンが許すならば、副官として召抱えたい位である。……いや、あの爺ならば案外、本当に、笑顔で熨斗と一緒に自分の所に送って来るかも知れなかった。
いや、勿論、ルルーシュはしない。今でさえ、周りに女っ気が多いと噂を流されているのだ。この期に及んで、過去の婚約者をもう一回、近辺に置くなど――考えただけでも恐ろしい。そんな事をすれば、周りから何を言われるか分かった物では無い。
「其れが一つ。もう一つ、お前の記憶力に期待したいんだが……」
『うん。なあに?』
「アッシュフォード学園在籍の女子生徒。貴族の令嬢で、髪が赤く、儚そうな外見と裏腹に芯を持っている。そして恐らく、本日は欠席している人間。もしかしたらハーフ。――――心当たりは?」
先程と違う、少し険しいルルーシュの口調に、何かを感じ取ったのだろう。
能天気な口調を変え、真剣さを足して、返事が返ってきた。
『あるわ。全部一致する人間が一人、いる。……私が知る限りで、一人だけ』
心なしか、固い口調で彼女は肯定する。
そうか、とルルーシュは頷いて。
「名前を」
そう、言った。
電話越しでも圧力は感じられるだろう。
しかし、ミレイの言葉は、意外な物だった。
『……ルルちゃ――いいえ。ルルーシュ様。……生徒会長としては、例え何か問題があったとしても、生徒を売る真似は、したくありませんけれど』
そうだな、と内心で微笑む。
そう言う言葉が、ミレイらしい。相手が誰でも、間違っている事を間違っている、と言えるのが彼女だ。
その性根を、ルルーシュは好ましいと思っている。
「安心しろ。別に捕まえる事はしない。他に情報を漏らしもしない。約束しよう。……話してくれ」
これは方便では無く、本音だ。あの紅月と言う少女の表の顔を調べたい。そして出来れば、今の世界について話をしてみたいというのが、正直な感想だった。
珍しくもルルーシュが抱えたその意思が、向こうにも伝わったのだろう。
ミレイは、敢えて口調を明るく戻す。
『分かった。――――ルルーシュが言った条件に該当する女生徒は、カレン。カレン・シュタットフェルト。名前の通り、伯爵家の御令嬢よ』
周囲に人が居ない事も、これっきり、という事も確認の上で、彼女は告げた。
「分かった。有難う。……訊きたかった事は、其れだけだ。手間をかけさせて悪かったな」
『いいのよ、ルルちゃん。お仕事、頑張ってね?』
「ああ。お前もな」
そう軽口の押収をして、電話を切った。
思わず溜め息が出る。だが、疲労は疲労でも少しだけ心地良いのは、電話越しとはいえミレイの持つ空気に充てられたからだろうか。
あいつも昔から変わらない、と思いつつ携帯を仕舞うと、アーニャと目が有った。
その視線に、何か心が乱される物を感じる。呆れているとも違う。不機嫌とも違う。……強いて言うならば、ルルーシュ楽しそう、という意味が込められている、謎の視線だ。
「……何かあったか?」
「別に。ルルーシュは、何時も通りだと思っただけ」
「――――?」
どういう事だろうか、と考える間も無く、アーニャは、一枚の書類を渡して来る。どうも、ルルーシュがミレイと話をしている間に、送られてきた物らしい。
いや、それは資料と言うよりも、手紙と言った方が正しかった。
『ルルーシュへ。
特派への人材を送ってくれた事に感謝するよ。ロイドも喜んでいたからね。
さて、今日の午後17時30分に、浮遊航空艦アヴァロンは、エリア11での燃料補給を終えて出発する。行先は本国だ。君も会議に出席するだろう? 折角だから、一緒に乗せて行ってあげよう。
アールストレイム卿一人で、このエリアに残しておくのは少し大変そうだから、クロシェフスキー卿を置いていく。君と彼女を交換する形にすれば、そう角も立たないはずだ。
嫌ならば断わってくれても全然、構わない。考えてくれると嬉しいよ』
名前こそないが、誰が書いたのか、これ以上に明白な手紙も無かった。
「……あの人は」
何と言うか相変わらずだ。先程のミレイとは違った意味で、全然、昔から変わっていない。この、相手にすると妙に疲れる感覚。肩に疲れが圧し掛かる。
「どうする?」
「どうするも何も……」
いや、申し出は有り難い。アーニャの輸送機を借りるにせよ、空港からチャーター便に乗るにせよ、時間はかかる。アヴァロンと比較すれば二、三時間は違うだろう。だから、助かる事は間違いない。
「……」
思っていた以上に、アヴァロンは、ゆっくりと行動していた。イラクから本国へ戻る途中。特派をエリア11に下ろすだけかと思いきや、補給も行い、序に今日の半日ほど暇潰しをしていたのだ。
これが、難題を解決できたお礼に、此処で少し、乗組員の皆に休暇を進呈しよう……という意味なのか。それとも、ルルーシュの帰国に合わせる為に、敢えての時間消費か。考え始めると際限が無い。
だから考えるのをやめた。
余計な部分まで考え過ぎて、どつぼに嵌りそうだった。
「……善意である事は間違いないからな。甘えさせて貰おう」
結局、そう結論付けた。
国家の要職として非道を行える人では有るが、基本は善良だ。だから、ルルーシュの事を考えてしてくれた事に、多分、違いはあるまい。……絶対と断言できない辺りが、あの人らしいが。
「アーニャ。少しの間、モニカと此処を頼んだ」
「分かった」
やれやれ、と思いながら、ルルーシュは。
取りあえず、あの帝国宰相に何と文句を言ってやろうか、と考えつつ、荷造りを始める事にした。
気苦労が絶えないのも、昔と同じだ。
過去と立場が違うとはいえ、同じ感覚を味わえるのならば、それも決して悪くは無いのかもしれない。
そんな事を、思いながら。
●
そんな、極東から遠く。
地下深く、潜行する影が有った。
一寸先は何も見えない。生まれる陰影も僅かな範囲のみ。闇に覆われた、古びた石造りの通路を、影達はゆっくりと慎重に進んでいく。
光源は、背後の影が持つ大型射光機だけだ。
通路は所々が崩れ、しかし砂や水が入り込んではいない。影の進行に合わせて、土煙と埃が舞う。鈍い駆動音と、重々しい歩行音。数は三つ。両足で進んでいくその影は、人間ではない。KMFだった。
「その先の通路を――え……と、右、です」
二番目に進む機体から、少女の声がした。まだ若い。軽やかな声の持ち主は、きっと美少女だ。
グロースターよりもシャープなフォルムを持つ、少しだけランスロットに似たKMFだった。
「ああ」
指示に、先頭を歩む機体が右に曲がる。
答え、進む機体から返る声も又、少女の物。しかし此方は、何処か人をからかう雰囲気がある。人を食うチェシャ猫のような、人を食った声。その声質は、まるで人生経験を裏付けているよう。
悠然とした態度に、後に続く機体の中、進行方向を指示した少女は、静かに息を吐いた。
「そう緊張するな、ルクレティア。もっと気楽に行っても良いぞ?」
ゆっくりと進むナイトメアフレーム・エレインの中から、C.C.が声をかける。
圧迫感がある閉鎖空間。ついつい固くなってしまう心を解そうと、敢えての楽しげな声だった。
ルクレティアを、気遣っているのだ。
それでいて、本人は何時も以上に難儀な状態だというのに、平然と愛馬を動かしている。
不格好に太い足を動かし、それでいて砲塔や羽を傷つけないよう、器用に。
防御力は皆無に等しく、機動性も著しく低下しているが、確かにエレインは『歩行』していた。
「危険はないさ」
C.C.は笑いながら、丁寧に機体を進めて行く。
だが、乗っている機体の状況は、常識を覆すような光景であろう。
エレインは、基本的には飛行してこそ役目を果たせる。六枚羽のフロートシステムに、伸びるハドロン砲。『コ』の字型の機体は、決して細い通路には入り込めない。広い陸地や海上でのホバーが限界だ。
だから、その形を少し――――否、結構に変えていた。
分かりやすく言えば、『変形』だ。
ハドロン砲の砲身を途中で折り曲げ、本来ならば水平を保つべき機体を垂直に。
背面から伸びる羽を畳み、パイロットブロックを上に押し上げ、胴体下のエンジンと重なる形に。
最後に、排気口周りを構成していた装甲が脚となる。
飛行機体が、歩けるように変形しているという、もう色々と異常な状態だった。これを考えた設計者の頭は、きっと異常に違いない。
エリア11のサブカルチャーに詳しい者が見れば、きっとこう言っただろう。
『まんま、ガウォークじゃん……』と。
もう随分と彼女達は探索を続けている。
地下に潜り始めて三時間。探り探りでの歩行とはいえ、KMFで三時間だ。20キロは歩いている。
時折に小休止はしているが、それでも周囲の環境は、操縦者に大きな負担を強いる。ライトで照らしてやっと見える無明の闇の中、上も横も石の壁。その向こうは砂だ。近くを水だけは流れているが、音もせず、水源も不明。並みの人間ならば、体以前に、精神を参らせてしまうだろう。
「しかし長いな。まだ結構、距離があるか?」
無理はさせられん、と思いながら、C.C.は画面に映った金髪の少女に訊ねる。
彼女はルクレティア。機密情報局『特殊名誉部隊(イレギュラーズ)』の一員だ。
「いえ。もう少し、です」
エリア18・ルブアリハリ砂漠地下水道。
オマーン首都マスカット地下に広がる、石造りで構成された通路を、彼女達は探索している。
目的は一つだけ。
ここから、彼女達が狙う『組織』の拠点へと赴く事が出来るのだ。
事情を知っていた第一皇子が生きていれば案内させたのだが、残念ながら彼はこの世に居ない。エリアが確立した時に、さっさと自殺してしまった。正確には、自殺させられた。口封じだ。
(本当に……)
余計な事をしてくれると思う。
今のルートを辿るだけで、一週間は無駄にした。
気を効かせた本国が、地形探索を専門とするルクレティアを派遣してくれなければ、C.C.が自力で《ザ・ランド》を発動させてマッピングし、探索する事になっていただろう。
C.C.は、結界型ギアスを、“有る程度”は発動出来るが……自由自在に可能な訳ではない。手間も負担もかなりかかる。まして、地下探索を彼女が行う以上、消耗は抑えた方が良い。
まあ、相手からしてみれば、追跡しやすいルートを、わざわざ残しておく筈も無いから、当然なのだが。
「しかし、機密情報局の仕事もあるのに、悪いな」
「いえ。別に良いです」
来たかったですし、と少女は返す。
この場合の意味は、エリア18に来たかった、ではないだろう。
(……ま、良いがな)
人に思われる事は、悪い気分ではない。
『特殊名誉部隊』とC.C.は、何かと深い関係だ。
「そもそも、卿の方が大変だったのでは、ないかと」
「そんな他人行儀にしなくても良いぞ。今更だ」
エリア管理をコーネリアとドロテアに任せ、魔女が地下の探索を始めたのは、もう一週間も前だ。
愛する魔王と可愛い子猫が、極東へと飛んで行ったその日から、毎日、地下迷宮を彷徨っている。
対して、ルクレティアが現地入りしたのは二日前。二日で目的地前まで到達したのだから、彼女の力がどれ程に優れているかは、十分に分かるだろう。
「はい」
C.C.は絶対に死なない。最悪、地下と言う事で不測の事態が発生しても問題が無い。機体が砂に埋もれても、押しつぶされても、最後には救出される手筈だ。まさに、地下探索にうってつけだった。
ならば、何故グロースターを使わない、と思うかもしれない。無理して変形させずとも、最初から二足歩行で、機体性能も優秀なグロースターを調整すれば、十分に地下活動も可能だろう、と。確かにそうだ。
だが、これにはちゃんと理由があった。
「あ、その先、……多分、目的地、です。巨大な空間で――水や砂が入っている様子も、有りません」
「そうか」
《ザ・ランド》。
ルクレティアが保有するギアスだ。
その効果は、物体や空間の構造を理解すること。
地下の空間に対して使用すれば、全てのルートや道を探る事が出来る。
「離れてろよ?」
ライトを持った最後尾の機体が、正面を照らす。
正面に見えるのは、壁だ。分厚い、しかし石とは違う、明らかな人工物で構成された壁。
今まで幾つもあった。明らかに侵入者を防ぐ意味を持つ壁に向かって、魔女は機体を向ける。
そして、そのまま。
「ハドロン砲、発射」
コックピット両側の、曲がった形のメインウェポンが火を噴いた。屈曲していても問題無く放たれた、赤黒い一撃。威力こそ抑えているが、その分、口径を窄めて貫通力を上げてある。
二線は、正面の防壁を完璧に貫き、そのまま圧力で破壊する。
これが遠路遥々、ガウォーク形態で歩いてきた理由だった。
金属とも岩とも言えない、奇妙な材質の防壁。並みのNMFの兵装では決して壊れず、ハドロン砲を持ち込んでやっと打ち破る事に成功した。
エレインが無ければ、探索は更に手間暇が懸かっていただろう。
「さて、これで良い」
魔女は呟いて、機体を進める。
崩れた壁の残骸を、重心の高い機体で器用に乗り越え、中に乗り込む。
足元に注意を払いながら、機体を全て入れると、圧迫感から解消された。
「……天井が高い、な」
高い、あるいは広い、か。KMFが楽々と動き回れる空間がある。頭の上を覆う屋根が見えない。天井が遠いのだ。十メートルは越えている。
足元も、今迄の石造りではない。科学製品による固い材質の床に変わっていた。
密閉された四角形の空間に、側面から穴を開けて乗り込んだ格好だろうか。
左右は灯りが届かない程に広く、一機のKMFでは到底、照らしきれない。C.C.は、最後尾から付いてきていた兵士(グラストンナイツの一人だ)から、今まで進路を照らしていた灯りを、持ち込ませる。
建物一つを簡単に照らしだせる、軍用巨大ランプは、内部を鮮明に映し出す。
「さて、と」
つい最近まで、確実に誰かが居たであろう痕跡を残す空間。形は巨大な、横長の直方体だ。
両側には、左右対称に巨大な柱が並び、大量の砂を乗せた天井を楽々と支えている。その天井自体も、砂の重い圧力に耐える為にアーチ型になっており、しかも支柱が無数に走っていた。
その柱の間、足元から一直線に伸びるのは、床に敷かれた布。色褪せてはいるが、絨毯だ。間違いない。この空間は、誰かを迎える為の空間、王宮で言う謁見の間みたいなものだ。
謁見の間ならば、その絨毯の先には“何か”がある。
それは、人間とは限らない。この空間を生み出した人間達が祀っていた“何か”だ。
灯りを上へと向ける。絨毯の先、空間の一番奥。突き当たった壁の上方を照らし出す様に。
「ビンゴだ」
光の下に浮き上がった、其れを見て、魔女は告げる。
そこには、羽を広げた赤い凶鳥の紋章が、掲げられていた。
登場人物紹介 その⑨
ミレイ・アッシュフォード
アッシュフォード学園の生徒会長。同時にアッシュフォード公爵家の令嬢でもあるが、学校でのはっちゃけぷりは、とてもそうは見えない。しかし一方で、夜会に参加する時などは完璧に隙なく振舞えるなど、彼女のスキルは非常に多方面に渡っており、才色兼備という言葉が似合う女性。
勿論、学校での信頼も抜群。ルルーシュ自身も、個人的な人脈、という形で関係を持っており、何かと懇意にしている。唯一の欠点は、祖父ルーベンから受け継いだ浪費癖。アッシュフォードがKMF開発で巨万の富を得ていなかったら、きっと没落していただろう。
その昔は、ルルーシュの婚約者だった。今でもルルーシュに対しては、普通に恋愛感情を抱いているらしいが、過去とは立場が違う為、表には出していないそうだ。
用語解説
エレイン → おまけの機体解説へどうぞ。
今回は、ルルーシュの超内政ターンでした。スザク(と小寺君)を特派に。純血派を味方に。ヴィレッタに調査を命じつつ証拠を集め、アッシュフォードに連絡を入れつつ、機体の修理にも着手。で、この後、本国に一時帰宅して、また仕事です。
アーニャへの宿題は、みなさん、考えてみてください。普通にヒントは出ていますね。
C.C.が発見した遺跡。これはズバリ「神根島」です。
次回も、シュナイゼルとか、モニカとルキアーノとか、本国での仕事とか、色々の予定です。
あと、御指摘があったミスは、逐一直して行きます。有難うございました。
ではまた次回!
(5月5日・更新)