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No.19301の一覧
[0] コードギアス  円卓のルルーシュ 【長編 本編再構成】[宿木](2011/04/27 20:19)
[1] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・中[宿木](2010/06/05 21:32)
[2] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・下[宿木](2010/06/12 19:04)
[3] 第一章『エリア11』篇 その①[宿木](2011/03/01 14:40)
[4] 第一章『エリア11』篇 その②[宿木](2011/03/01 14:40)
[5] 第一章『エリア11』篇 その③[宿木](2011/05/05 00:21)
[6] 第一章『エリア11』篇 その④[宿木](2011/04/27 15:17)
[7] 第一章『エリア11』篇 その⑤[宿木](2011/05/02 00:22)
[8] 第一章『エリア11』篇 その⑥[宿木](2011/05/05 00:50)
[9] 第一章『エリア11』篇 その⑦[宿木](2011/05/09 00:43)
[10] 第一章『エリア11』篇 その⑧(上)[宿木](2011/05/11 23:41)
[11] 第一章『エリア11』篇 その⑧(下)[宿木](2011/05/15 15:50)
[12] 第一章『エリア11』篇 その⑨[宿木](2011/05/21 21:21)
[13] 第一章『エリア11』篇 その⑩[宿木](2011/05/30 01:50)
[14] 第一章『エリア11』篇 その⑪[宿木](2011/06/04 14:42)
[15] 第一章『エリア11』篇 その⑫(上)[宿木](2011/08/18 22:10)
[16] 第一章『エリア11』篇 その⑫(下)[宿木](2011/11/21 23:58)
[17] 第一章『エリア11』篇 その⑬[宿木](2012/06/04 22:47)
[18] 第一章『エリア11』篇 その⑭[宿木](2012/08/18 02:43)
[19] 第一章『エリア11』編 その⑮[宿木](2012/10/28 22:25)
[20] 第一章『エリア11』編 その⑯(NEW!!)[宿木](2012/10/28 22:35)
[21] おまけ KMF及び機体解説[宿木](2011/05/21 22:55)
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[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑤
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/02 00:22

 「スザク。……俺は」

 そう言った親友の目は、決意に満ちていた。

 「ブリタニアが、覇道を歩む宿命を負うとしても――――その先の未来を、逃がしはしない」

 遠く海洋の先の、生まれ故郷を見ながら。
 凪の海に押し寄せたブリタニア帝国軍を眺めながら。

 「人が運命に縛られない、自分達で歩む世界があるのならば」

 戦争が始まる、その恐怖と緊張が国家を包む中、彼は言った。
 聞いていたのは、自分と、生意気な従姉妹だけだった。

 「決して壊される事のない、人と人との優しい世界を、人が維持していけるのならば」

 親友は。
 ルルーシュ・ランペルージは、宣言した。
 まるで、世界に布告するかのようだった。

 「俺は、――――この世界を乱してでも、其れを望もう」






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑤






 カレンが己を取り戻した時には、パイロットブロックの中で、大きく息を乱していた。

 「……は」

 今まで、人を殺した経験はある。だが、――今日は、疲れた。きっと直前の会話のせいだ。
 常日頃からのゲットーの現実。ナンバーズと虐げられる民衆や、名誉になっても尚、煮え湯を飲まされる日本人達の姿。普段からの鬱憤が激情になって、特殊部隊らしい兵士達に銃を向けてしまった。

 KMF用アサルトライフルから吐き出された数十発の12・7×9・9ミリ弾。KMF同士では致命傷になり得ないとはいえ、人間に向けて撃てば一発で命を奪える。集団に向けて連射をしても、ものの数分で蜂の巣になってしまう。
 まして、全弾を消費してしまえば。

 「……」

 小さな呻きは、誰に向けた物だったのか。
 息を整えて外を伺ってみれば、嘗て人間だった残骸が、転がっていた。
 たった今、カレンが殺した、ブリタニアの兵士達だった。

 「……」

 我ながら、慣れとは恐ろしい物だと思う。
 初めて人を殺した時は、自分が恐ろしくて、一日中震えて涙が止まらなかったのに。
 その後は、怒りという言葉で感情を押し固めて、自分に言い聞かせるように戦っていたのに。
 今の自分は、疲弊こそしているが、心の中の忌避感から既に薄れている。
 気が付いたら銃を撃つ事も、刃で人を指す事も、体で相手を壊す事も、全てが出来るようになってしまっていた。

 (……嫌な、慣れ)

 カレンはサザーランドを操って、トラックに近寄る。
 先程の騒ぎで、名誉ブリタニア人の兵士は逃げていた。リヴァルの姿も見えない。死体に混ざってはいないから、きっと一緒だろう。違ったとしても何も出来ない。
 この場に居るのはアッシュフォード学園に通うお嬢様、カレン・シュタットフェルトではない。兄と共に神聖ブリタニア帝国に逆らう、紅月花蓮なのだから。

 「…………」

 遠くで、KMFが動く音が聞こえる。微かに響く振動は、小さな誘爆の証だろうか。
 機体を運転席に寄せたカレンは、パイロットブロックをイジェクトし、素早く飛び降りた。そのまま華麗に着地し、着たままのドレスを翻して、運転席の扉を開ける。
 事故の衝撃でひしゃげていた扉は軋み、カレンの強引な挙動で泣き声をあげる。

 「……永田さん」

 返事はない。いや、息の音すらも聞こえてこない。
 彼の腹部からは、隠せない程の血が流れ出ている。抑えていた掌は垂れ下がり、ハンドルに寄りかかる形のまま、微動だにしない。
 首筋に手を当てて、脈を見た後で――――カレンは静かに、開いたままの彼の目を閉じてやった。

 「…………」

 俯いて動かない永田号の姿は、KMFからでも見えていた。
 けれども、それでも確認したかった。まだ生きているかもしれないという、一縷の望み。
 戦いにおいては、縋ってはいけない希望を望んでしまったのは、きっと先の兵士達の言葉があったからだ。イレブン、そう呼ばれて虐げられ、使い捨てられる人々の存在を。

 込み上げてくる“やるせなさ”に拳と心を震わせて、カレンは。
 一瞬だけ瞳を閉じ、次の瞬間にはしっかりと見開く。
 頬を叩いて、気合を入れ直した。

 (今は……此処から、離れる事を優先)

 死体を運ぶ余裕はない。彼の死に報いる為にも、せめて荷台の荷物と、カレンの命。この二つは確実に持って帰ろう。そう自分に言い聞かせる。
 小さく気分を入れ替える為に息を吐いて、KMFに戻る。

 いや。正確には。



 戻ろうと、した。



 「そこまでだ」

 カチャ、と頭に固い感触が当たった。

 (嘘)

 その、余りにも唐突な変化に、呆気にとられた。
 呆けたように止まるカレンは、暫しの後に――――何よりも、驚いた。

 一体、いつ、どうやって、背後の男は、ここに来た?

 驚愕。思考が凍った。驚きよりも、信じられないという思いの方が、強かった。いや、カレンとて人間だ。だから背後の人物を、KMFから降りるときに見逃していた可能性はある。
 だが、まさか。



 自分がこれほどに簡単に、背後を取られて。
 それどころか、銃を向けられるまで気が付かない……!?



 「そのままゆっくり、此方を向け」

 有り得ない、という思いは人間の行動を縛り、外部の反応に従順にさせる。威圧感のある声ならば、尚の事。状況を把握できなかったカレンは、だから素直に、従ってしまった。
 振り向いた先には、見覚えのある男が立っている。



 それは先日、公園で遭遇した、紫の瞳を持つ美青年だった。




     ●




 ゲットーの内部は、どのエリアでも大きく変わらないらしい。

 荒廃しきった土地を眺めながら、アーニャは高速のままシンジュクを回る。機関損傷を防ぐ為、馬力とドライブ回転数を調節して最高速度から落としているが、それでも速い。普通のKMFの倍近いだろう。

 グロースターは、シンジュクの北を走っていた。ジェレミア達の部隊に先行し、進路を北から南に、同時に僅かに西に向けている。ゲットーの中心が向かう先だった。

 総督の指示で動く軍は、南方から中心を目指している。外縁部に沿ってKMFの囲いを構成し、それを徐々に縮めて行くという、数に物を言わせた広範囲の行動だ。
 一見、効率が良いように見えるが、無秩序な雰囲気は隠しきれない。……いや、軍の運用は間違っていないが、戦場の最優先目的を、見誤っているのだ。

 アーニャが時々行う、戦略シミュレーションゲーム的に表現するならば、『指定ターン以内に、指定された複数の場所に行く』――――というのが、今回の達成するべき目的。
 しかし、カラレス総督は違う。彼の行動は『敵を全て倒す』という事に主題が置かれすぎている。

 (……それが、出来るの?)

 仮定で問い詰めてみる。『指定ターン以内に相手を全滅させ、尚且つ目的地に到達する』。それが可能ならば誰も文句は言わない。けれども彼の指揮する部隊には難しいだろう。
 まず足が遅い。それに、隠れている敵を探す手間もかかる。仮に成功しても、その“先”に繋がらない。

 間違ってはいないが、読み誤っているとは、そう言う意味だ。

 『アールストレイム卿』

 「……ん? 誰?」

 通信が入る。ジェレミアか、と思って画面を見ると、見覚えのない軍人が映っていた。
 プライドの高そうな、エリート風の金髪男性。きっと純血派の一員、なのだろう。

 『は。ジェレミア卿から命じられました、キューエル・ソレイシィと申します。お指示を』

 「……そう」

 少しスピードを緩めたアーニャは、素早くパネルを操作し、戦場の様子を確認する。
 爆発は複数個所。南の半分は総督軍に任せるから、北半分の現場に向かえば良い。ジェレミアは演習場(東)から西に進む軍勢の指揮を執るから……。

 「キューエル。貴方は自戦力を率いて同行。中心まで言ったら、その後、西」

 アーニャはこのまま、中心の爆発跡に向かい、その後、総督軍の方に抜ける事にした。
 ジェレミアとキューエル、二人の軍は、何があっても対処できるように外縁部に向かわせよう。
 南半分に向かうのが、自分とルルーシュの二人ならば――――仮にカラレスが余計な事態を引き起こしても、被害は最小限で済ませられる。その自信があった。

 『あの、御無礼を承知でお尋ねいたします。卿は一人でも大丈夫、なのでしょうか?』

 キューエルの疑問も、分かる。
 ラウンズの中で、歴戦の戦士という雰囲気を持つには、若い人間が多すぎる。本来ならばアーニャは中学生だし、ルルーシュ、ジノも高校生。モニカは大学生。C.C.は年齢不詳だけど、外見だけは若い。
 特にルルーシュだ。外見からしてか細いし、ラウンズの仕事も指揮的な仕事が多い。他のラウンズ並みの活躍を期待して良いのか、と誰もが一度は思うのだ。

 「大丈夫」

 アーニャは伝えた。大丈夫だから、ラウンズなのだ。

 ルルーシュは体力がないが、アレで運動神経は良い。疲れるからやらない、と言うだけで、やろうと思えば優秀な成績を残せることを知っている。KMFも同じだ。
 そもそも、アーニャが断言出来るだけでも――――乗馬が出来て、スクーバダイビングが出来て、射撃と自衛が出来て、母から剣と体裁きを習っている。持久力はラウンズ最下位(自分よりも、だ)だが、ごく短時間の運動能力を見れば平均と変わらない。

 まして『ドルイドシステム』はルルーシュがいれば、KMFの常識を壊すような機能を発揮する。

 「だから問題無い。それより、注意」

 何でしょうか、と聞くキューエルに、明らかに異常な事実を、教えてやる。

 演習場に一番近い場所から、中心部に向かい、既に複数個所の爆発現場を回っている。
 大小合わせて、恐らく両手両足では効かない爆発だ。火薬ではない。化学薬品による所業だった。流石は技術大国・日本。名前が奪われても、その技術は地に落ちてはいないという事か。

 だが、それより、なにより。
 ゲットー内部に存在する抵抗勢力を、明らかに――――見誤っていたとしか、思えない。



 「現場に――――ナンバーズの死体が、一つたりとも、無い、のは」



 明らかに、異常すぎる。

 作為的なまでに、誰もない。人の気配はあるが、非常にごく少数なのだ。
 数多くの戦場を知るアーニャは、感じ取っていた。
 シンジュクゲットー内部に渦巻く、何処か“危ない”予感と言うべき存在を。




    ●




 事故を無関係と思わず、現場に来て正解だった。もう五分遅ければ、彼女はこの場から退散していただろう。冷静に、そう思った。

 少女の殺気を受け流しながら、ルルーシュは銃を突き付けている。
 昨日の穏やかな様相からは様変わりした、苛烈な瞳だ。

 「やはり、な」

 公園で出会った時から、普通の女生徒だとは思っていなかった。

 何が有った訳ではない。だが、その立ち振る舞い。あるいは瞳に込められた物。そして別れに一瞬だけ触れた、掌の感触。小さな要素を重ねて、彼女がKMFに乗れる人間ではないかと推測した。

 だが、何よりもルルーシュを捉えたのは、その髪だ。
 朱色に近い、鮮やかな色。ブリタニア人でも珍しい、美しさよりも生命力を示す彩。




 嘗て、枢木神社の近く。
 軒を連ねた古びた商店街の八百屋の前で。
 自分とぶつかった、桃を買って行った少女に、よく似ていた。

 一度会った人間を忘れない事が、良い事か悪い事かは、置いておく。




 「……無関係だ、と否定はしないのか?」

 仮に少女が、無関係だ、と言い張っても逃す気はない。だが、極限状態での態度が、その人間の本音だ。
 責任逃れをする人間ならば、ルルーシュは容赦なく引き金を引いていただろう。

 (……誤魔化す気は、ないようだな)

 銃の狙いは、頭ではなく腹だ。銃口に対する面積が大きい腹部ならば、相手の回避は難しい。
 世界には、銃弾を回避できる人間がいる事を、ルルーシュは知っていた。

 「恥じる真似は」

 朱の少女は、吐き捨てるように言った。

 「していない」

 「なるほど。其処に居る“俺が承知していない部隊”も、お前が殺したのか?」

 「――――そうよ」

 ルルーシュの言動に、何か不思議な色を感じ取ったのだろう。だが、沈黙は一瞬だった。

 「下等なイレブンが、御同胞を殺したのが気に食わないかしら?」

 「いいや。戦場では誰もが平等に敵の弾に当たる。そして、撃って良いのは、撃たれる覚悟の有る奴だけだと俺は思っている。……そう言う意味では、君は合格だ」

 この少女は、本当に良い目をしている。
 逆光にあっても諦めない、燃えるような生命の力だ。
 こうして銃を向けられている間でも、最後まで自分の命を捨てる事無く、全力で足掻こうとしている。
 思わず、銃を下ろして逃がしたくなるような、そんな強さが有った。
 行動が覚悟と信念に依っている、その証拠だ。

 「名前を聞こうか」

 「……人の名前を聞く時は」

 「そうだな。……ルルーシュ。ルルーシュ・ランペルージだ」

 「――――ッ!」

 その名前に、少女の目が開く。まさか、という疑問が浮かび、小さく目を上下させ、言われてみれば、と事実を確かめる。そして一層に強い目で、此方を見る。

 「直接顔を合わせても、案外、気が付かれない物だな」

 小さく笑みを浮かべる。

 有名人と同じだ。服装、ナイトメア。更には“いるに相応しい空間”が揃っていないと、ラウンズと認識されない事も多い。外を出歩いていても、私服にサングラスだったら、意外なほどに正体がばれない。

 有名人が、あんな所にいる筈が無い、という思い込みがある。

 シンジュクゲットー。騎士服を着て銃を向けている青年と言っても、その本人がラウンズ、という直球は逆に盲点だ。ブリタニアの常識を知っているだろう少女にしてみれば、特に。

 「俺は自己紹介をしたぞ。名前は?」

 「……紅月」

 歯を噛みしめるように、少女は言葉を捻り出した。
 こうして銃が向けられている以上、彼女は従わざるを得ない。

 「そうか。では紅月。――――大人しく捕まって貰おう。何、殺すつもりはない」

 身分を調べる必要もあるし、アッシュフォード学園の生徒を殺したら、ミレイが悲しむだろう。ルルーシュの泣かせたくない人間の一人だ。彼女は。

 「安心しろ。約束を破るつもりはない」

 これが総督ならば、さっさと撃ち殺せとなるのだろう。実際、彼女は強い。戦士としてのレベルも高い。特攻覚悟で抵抗されると抑えきれないかもしれない。
 だがルルーシュはしなかった。彼女の、その力を惜しんだ、ともいえる。
 ラウンズ内では有名な事だが、ルルーシュは人に甘い。敵には容赦が無いが、敵と判断するにも猶予がある。出来るだけ相手を理解しようとする。その甘さが、利点であり、そして、欠点だった。

 「……本気?」

 「ああ。――――これでも喧嘩や争い事は、嫌いだ」

 「……天下のラウンズ様は、御立派、ね!」

 声と共に。

 思い切り腕が振るわれ、銃と頭部の間に相手の掌が入る。腕を後ろ手に。撃てば暴発する格好だ。
 彼女はそのまま銃口を握り、凄まじい握力で銃を奪い取ろうとする。筋力勝負では分が悪い。
 だからルルーシュは素直に銃を“渡した”。

 そして、相手が構えるよりも早く、持っていた、もう片方の銃を突きつけた。

 「!」

 「ああ。良く言われる」

 モニカには遠く及ばないが、射撃も結構、得意だ。
 今度は顎に突き付けられた銃口に、少女は、悔しそうな顔をする。だが、如何にも為らない。敵の戦力を把握せずに戦いを挑んだ時点で、彼女の敗北は決定していたと言える。

 彼女はそのまま、素直に銃を地面に落とす。
 それを背後に蹴り飛ばして、ルルーシュは告げた。

 「さて、今度こそ大人しくしていて貰いたいな」

 圧倒的な優位を思い、ルルーシュは僅かに安堵の息を吐く。






 だが、ルルーシュはすっかり忘れていた。

 彼には数奇ともいえる宿命がある事を。

 もはや運命や因縁と言っても構わない。

 即ち、順調に行っている時程、彼の予想だにしない事象が、降りかかってくる事だ。






 「……ルルー、シュ?」

 小さな声で、そう呼ばれた。
 呼ばれた。あるいは、反芻されただけなのかもしれない。
 朱の少女ではない。もっと低い、若い男の声だった。

 (……誰だ?)

 周囲には誰もいない。銃を向ける騎士が一人。銃を向けられる少女が一人。運転席で動かない遺体が一つ。無残な死体が散乱し、その傍らには名誉ブリタニア人の兵士が――――。

 (……ち、迂闊な!)

 今になって気が付く。銃で腹部を撃たれた兵士。倒れていたその兵士に、出血が無い。
 何かに遮られたのか。何か予期せぬ事態があったのか。
 あの兵士は、まだ生きていた。

 (……この女から手は放せない)

 油断している間ならば兎も角、この少女が本気で自分に抵抗されれば、苦戦は必至だ。貧弱な自分でも相手を拘束する技術は、習得している。だが、長期戦になれば難しい。
 こうして銃を向けている状態が揺らげば、簡単に優位は逆転する。

 (如何する……?)

 ルルーシュの頭が、凄まじい速度で回っている中、兵士は。
 静かに立ち上がり、目の前の状況を確認して、戸惑ったように顔を振る。

 「……ルルーシュ、だよね?」

 ゲットーの事故現場で、貴族の令嬢が、騎士に銃を向けられている、という光景。起きたばかりで見れば、訳が分からなくて当たり前だ。
 けれども、何を思ったのか。兵士はゆっくりと、自分の頭部を守るヘルメットを脱いだ。



 「僕だよ、ルルーシュ。……スザクだ」



 それで、全てが納得できた。

 「――――え」

 茶色の癖っ毛を持つ、青年。
 穏やかな、戦争には似つかわしくない優しげな顔の、見覚えのある、男。

 「……スザク、お前」

 嘗ての幼馴染・枢木スザクがいた。

 余りにも予測不可能な事実に、完全に一瞬、彼の意識が止まった。
 そして当然のように、少女への注意が薄まった。
 再度の機会を伺っていた彼女が、見逃すはずが無い。

 「――や、あっ!」

 その一瞬を、少女は突く。

 身を回しつつ、下から跳ね上げる蹴りで、突き付けられていた拳銃を宙に弾き飛ばす。
 ルルーシュの腕が弾かれ、体勢が崩れる。その隙に、少女は前に出た。素早く振り返り、バックステップで距離をとる。そして、同時、腕が振るわれる。

 「! ちい! しまった!」

 掌に走った鈍い痛みに、彼も再起動した。
 少女の腕から伸びる様に、銀光が走る。ステップと共に投擲されたナイフだった。鈍い煌めきの刃は、ルルーシュの顔を正確に狙っていた。

 ――――躊躇、無しか!

 反射神経は、そこそこある方だ。飛来する刃に対し、足を軸に体を反転させた。
 高速のナイフは体を掠め、艶やかな黒髪が数本、挙動から遅れて切られていく。

 現場の壁に当たり、キン、と鋼がなる。そしてルルーシュが体勢を立て直すのと、蹴り上げられた拳銃が地面に落下するのはほぼ同時だった。

 これらが連続した僅かな間に、少女は、KMFに到達していた。

 地面と金属の反響した音が消え去るよりも早く。
 彼女はサザーランドへ乗り込み、待機状態から戻す。
 機械の駿馬が、稼働した。

 「……不味い! 隠れろ!」

 其れだけを叫んだ。視界の隅、二人の唐突過ぎる攻防に、息を飲んでいた枢木スザクが己を取り戻す。
 昔から優れていた運動能力を駆使し、急激な加速でサザーランドの死角、トラックの陰に入り込む。

 彼も動いていた。KMFに射撃されれば死ぬ。例外は魔女だけだ。だから“この時”弾丸が発射され、それに中ればルルーシュは死んでいただろう。
 だが、アサルトライフルは機能しない。恐らく弾切れだろうと当たりを付けていたが正しかった。カシンカシン、と空撃ちを数回繰り返した所で、遅れる事、二秒。朱の少女も気が付いた。

 (反応が早いな……!)

 よほど訓練されていないと、直ぐには体が追い付かない。ルルーシュが臍を噛む暇も無かった。

 銃弾を再装填などしなかった。銃を虚空に投げ捨て、同時、スラッシュハーケンを打ち込む。高速で射出され、宙を走ったアンカーは、数秒前までルルーシュの頭が有った場所を通過する。

 だが、KMFが銃を捨てる僅かな間。
 間一髪で、ルルーシュはトラックの死角に体を潜り込ませる。

 火花と共に――――現場を構成する壁が、ハーケンの威力で大きく罅割れた。
 土煙が舞う。唸るような駆動音と、残響とが、息と共に消える。

 (……危ない)

 「……ふ、う」

 スラッシュハーケンが戻されていく中、彼はようやっと少しだけ心を落ち着かせる。
 僅かな攻防だったが、既に息は切れ始めていた。やっぱり肉体労働は向いていない。

 本当に危なかった。いや、ラウンズと名乗った時点で危害を加えられると思っていたが、まさか此処まで普通に攻撃されるとは。よっぽどブリタニアに恨みがあるらしい。

 「ねえ、」

 輸送機の陰に、背中で張り付くようなルルーシュは、同じく隣に来た友人を見る。

 枢木スザク。
 嘗て彼が、この日本と言う土地に居た時に知り合った、友情を結んだ青年。

 名誉ブリタニア人として、このゲットーで任務についていたらしい。
 其処まで理解して、ルルーシュは唐突に思い至った。



 ――――いや、待て。
 ――――そう言えば、枢木スザクも同じではないか?
 ――――幾ら友人とはいえ、長年に出会っていない、この男が、絶対に信用できると何故、言える?



 「スザク。聞きたい事は色々あるが、確認させろ。お前は敵か? 味方か?」

 「は、……え? ……何で?」

 訳が分からないよ、という態度で、此方を見た。

 「何で僕がルルーシュの敵なのさ」

 「――――ああ、もう良い。聞いた俺がバカだった」

 これが演技だったら、朱雀はルルーシュより、よほど上手な演技が出来るだろう。
 ブリタニアに対する感情は兎も角、スザク本人は“今、此処では”ルルーシュの敵ではないという事だ。
 積もる話は山ほどあるし、言いたい事も山ほどある。出来れば呆れた溜め息も吐きたかったが、残念ながらそんな暇もない。

 (ええい、仕方が無い!)

 普通の人間なら、情報処理が追い付かず、混乱して終わる。だが忙しくとも対応が出来るのがルルーシュだった。ともあれ身を低くして、何時でも車体の下に入れるように準備をする。

 敵が隠れて動かない事に気が付いたサザーランドが、此方を覗きこもうとした。KMFの全長は、約5メートルに届かない位だ。輸送機の影とはいえ、真上から覗きこまれたら露見する。

 丁度今、少女とルルーシュは、トラックを挟んで立っている。
 幸い事故の現場と言う事もあり、自在にKMFが動くには難しい。
 だが、やはりKMFにはKMFだ。素手でKMF相手に喧嘩をして、勝てる者など、世界に一人だけだ。

 (……まずは、この状況を改善しないと、何にもならん)

 今は良い。運転席の近くに陣取っているし、輸送機が邪魔でKMFでは小回りが利かない。戦友の死体を気にせず、容赦なくハーケンを撃って来れる人間ではないだろう。あの少女は。
 先程のあれは、多分、その場の流れだ。

 得る事が出来た僅かな時間で、彼は策を練る。

 「あの、御免ルルーシュ、全っ然、状況がつかめないんだけど」

 「なに、お前に驚いてうっかり逃がしてしまったあの女は、エリア11の抵抗勢力だったという話だ」

 「……僕のせい?」

 「いや、油断した俺のせいだよ」

 性格や態度は、全く変化していない。微妙に空気が読めない所もだ。相変わらずだな、こいつは。

 軽口を叩きながら、ルルーシュは懐から携帯を取り出す。といっても電話ではない。言うなれば複合情報端末とも言うべき、KMFの頭脳と直結させた機械だ。
 短縮ダイヤルで素早く、幾つかのメールを送信する。

 「突破方法は?」

 「あると言えば、あるな」

 送って三秒。すぐさま返ってきた返信を確認して、しまう。

 「スザク、確認だ。お前、何処まで動ける?」

 「何処まで、って運動の事? 壁を走る位なら簡単だけど」

 「……そうか。いや、なら言いたい事は一つだ」

 腕時計で何かをカウントする様に、ルルーシュは秒針を見た。




 「スザク。……すまんが、自分の身は自分で守ってくれ」




 そう言って。
 ひょいと、軽く身を躍らせた。
 トラックの死角から姿を、まるで見せびらかすかのように、露わした。

 (さあ、如何する?)

 サザーランドの挙動が、少しだけ止まる。

 あの少女は戦士だ。先程の、攻防の流れで攻撃するならば兎も角、一回戦況が膠着状態に陥ってしまえば、不利な相手に容赦なく攻撃が出来る性格をしていない。
 ラウンズとはいえ、無抵抗の人間を相手に。KMFで躊躇わず攻撃出来る人間では、ないのだ。

 その僅かな間。

 (そして、その一瞬が……)

 「命取りだ」

 それで十分だった。

 少女の背後から、突進する様に巨大な影が飛び込んできた。

 「――!」

 余りにも突然の出現に、機体を反転させる余裕も無い。
 進路上のサザーランドを巻き込み、その影は縺れ合って地面に転がる。
 盛大な激突音と、舞う土煙。火花が飛び、転がって大きな破片を撒き散らす。




 飛び込んできた物は、ミストレスだ。




     ●




 (……どうなって!)

 そう、如何なっている。パイロットブロックの中で、カレンは盛大に毒付いた。
 あのルルーシュという騎士。外見からは想像できないが、かなり強い。力よりも技で、それも弱点を技術で補うような戦いだが、対処能力が恐ろしく幅広い。

 強者と言うよりも、巧者。
 他の誰にも真似が出来ない、頭脳を駆使した戦い方。
 突発的事態に弱いらしいが、スラッシュハーケンを予測して回避できるだけで十分、凄い。

 「たく!」

 それにしても、此方の動揺を承知でKMFの前に身を躍らせるなど、自殺行為も良い所だ。

 (まさか、私の頭が冷えはじめた事まで……)

 其処まで読んだのか。紅月カレンと言う人間の性格を見破り、その上であんな行動をしたのならば、やはり化物だ。並みの精神力ではない。その上で隙を突くなど、並みで出来るか。

 倒れた機体を引き起こすと、飛び込んできた塊も又、動き始めた所だった。
 その形が、露わになる。正体を見てやろうと、鋭い目で捉えて。

 「……ちょ、っと」

 その機体が判明した所で、カレンは再度、困惑の声を上げた。
 本来ならば、この場に割り込んで来る筈のない機体だったからだ。

 二足歩行。ランドスピナーは小さく、その割に胴体部分は大きなKMFだ。顔が犬(アヌビス、だったか?)に似た、黒と金を中心とした機体。新聞や写真で、数多く報道されているから、よく知っている。

 ルルーシュ専用のKMF“ミストレス”。

 「……ホント、どうなってんの、よ!」

 “見えざる幻影”と呼ばれ、単体では円卓騎士の名を持たない、最強機体の一角を目の前に、カレンは言った。

 KMFが突入してきた。これは良い。
 だが、機体が飛び込んで来た時、デヴァイサーは外部に居た。

 そして、たった今、ルルーシュ・ランペルージが機体に「乗り込んだ」と言う事は。




 あの機体は、乗り手が誰もいない状態で、サザーランドに突撃してきたという事に、他ならない。




 カレンの困惑を余所に。

 『少し此処は手狭だな』

 通信が入った。サザーランドの通信システムは遮断してある以上、それは外部音声だ。此方に声を届ける為の、機能。
 自分の愛機を取り戻した為か、その声が弾んでいる。

 (……ヤバイ)

 前とは違う意味で、ヤバイ、と思った。
 相手が騎乗した。其れだけで、周囲の環境が変わったかのようだった。
 状況への困惑を、野生の勘と戦士の経験が、塗り替えた。額に浮かんだのは冷や汗だ。

 デヴァイサー同士の戦いなら勝機はあっても、今、この状態では差があり過ぎる。
 軍の汎用機体と、専門カスタム機。結果は火を見るより明らかだ。

 『ここから出ようか、紅月』

 乗っているのは間違いなく、あの優男。
 だが機動は、カレンが今まで見た事のない、レベルだった。

 ラウンズ、という立場を証明するかのような、常識外れの挙動。軍人でもこの動きに対応できる者は、そうはいない。帝国トップクラス、という認識を正しくカレンに示しながら、ミストレスは迫る。
 そして、咄嗟にカレンが機体を下げ――――るよりも早く。

 「ぐ、――っ!」

 機体が“弾かれた”。
 ガン! と何かに衝突し、そのまま後ろに押されていく。
 自分と相手の間には、まだ少しの距離があるのに。

 「!」

 衝撃に体が軋み、自然と呻く声が上がる。何が起きたのか、分からない。
 機体の全面を、まるで巨大な掌で引っ叩かれたの様だ。
 見れば、胸部装甲に異常、ファクトスフィアに罅、機体の重心が崩れている。
 まるで機体が、何かに激突したかのよう。

 「く、あっ!」

 機体を転ばさない、体勢を保つので精一杯だった。其れだけでも十分と言える。
 そのまま、事故現場から青空の下に、カレンは機体ごと、見えない手で、押し流されていく。

 薄暗い事故現場から、太陽の下の廃墟群に。強引に運ばれ、逃れる事も叶わない。相手の速度の方が、自分よりも早い。そしてのけぞる格好を続ける事になるからだ。

 太陽の下に出た時、やっと光で見えるようになった。カレンは、現状を理解する。
 自分と相手。その間に、薄い光の壁が展開されていた。

 「――――これ、が、噂の」

 全力で辛うじて残った足を動かし、必死にカレンは距離をとる。
 損傷が大きすぎる。逃げる事もバランサー異常の今では、叶わない。
 今の相手の攻撃だけで、自然と息が切れている。負担が其れほど、大きかった。

 『そう。楯は、守るだけに非ず、と言った所だな』

 余裕の笑顔が、見えるかのような、口調。

 ミストレス。
 その機体コンセプトは、“防御”。
 ラウンズ最高の防御能力を生み出す機体固有のシステムが、世界で唯一搭載されている。そして、生み出された障壁の名を。

 「絶対、守護領域――」

 一説には、ラウンズ内で破った事のある者は、第一席にビスマルクのみ、とまで言われている。

 分かってしまえば、相手のした事は簡単だ。機体の全面に守護領域を展開させて、そのまま前進した。それだけ。
 強固な障壁を張ったまま、相手に突撃したから、サザーランドが障壁に弾かれたのだ。
 守る筈の楯は、時に打撃を伴った壁になる、と言う事か。

 「――機体の稼働率は、38パーセント。……武器、使用不可。FFCは稼働停止」

 万事休すね、とカレンは、何処かで冷静に思った。
 体も心も、焦れて燃えそうな筈なのに。

 相手が礼儀正しく、見下す事無く接しているからか。
 怒りに任せた突撃が取れる状態ではない。外より中を極め、慎重に万全を期して、相手に向かう。それで初めて倒せるタイプの騎士だ。

 エリア平定を、個人の考えとは別に“仕事”として手を抜かずに行う。それが彼だろう。少なくとも、カレンの知識や今の接触からは、そう思えた。
 だからブリタニア人として見た時に、明らかに、他とは違う。行動が悪辣では有っても、愚劣ではない。
 多分、今この場でカレンが降参すれば、普通に受け入れるのだろう。
 強者の余裕に、苛立ちが募る。

 『さて。最後通告だ。――――命を無駄にするものではない』

 ……カレンは。
 この時、心から死を覚悟した。

 目の前の機体には、明らかにオーラが有った。帝国最高戦力であると、嫌でも身に積まされる空気。
 専用機体や、守護領域という事実を差し引いても、乗っている彼の気迫が――身に迫るようだった。

 彼は、本当に敵になってしまった場合、決して容赦をしないだろう。
 この場で、心からカレンが決別を言い渡せば、それで終わりだ。数分持たずに、彼女は哀れ、悲惨な死を迎えるに違いない。そう。分かってしまう。嫌でも。

 握ったレバーが、滑る。命の危機に、体がこれ以上無い位に、緊張していた。
 乾いた喉で、答えを吐きだそうとした。
 その時だった。




     ●




 地面が、揺れた。

 「……何、この振動」

 微細な、地鳴りにも似た振動だった。
 エリア11には地震が多発する、とは知識で知っている。
 けれども、これは地震ではない。こんな奇妙な揺れをする地震が発生したら、学会がひっくり返る。
 もっと別の、敢えて言うのならば地盤沈下や、崩落するビルの屋上に居る時に、似ている気が……。

 「――――沈、む?」

 そのワードが、引っかかった。

 そう言えば、とアーニャは思い出す。
 エリア11が、日本と言う名前だった頃、このシンジュクは大都会東京の一角だった。
 地下には無数の列車が正確に走り、駐車場が地下から高層まで並んでいた。それに伴い、地下ストリートが網目以上に複雑に広がり、店舗やコンビニ、更には数多い店が並んでいたのだ。

 ブリタニア領になった今でも、それらは残っている。
 ゲットーのアンダーグラウンドとして、殆ど無法地帯的に、広がっている、らしい。

 「まさ、か」

 爆発の現場や、規模。そして現在ブリタニア軍の展開具合を照合する。
 不味い、いや不味い程度ではない。このままでは軍は全滅する。
 彼女は叫んだ。普段、決して大きな声を出さないアーニャにとって、有り得ない程の声だった。

 ……いや。
 本当に、叫んだ人物が“アーニャ”だったのかは、誰にも分からない。




 「全ブリタニア軍に通達! 直ちにシンジュクゲットーから退避! 円の外に出なさい!」




 その瞳に、一瞬だけ赤い光が灯り。
 アーニャが、まるで別の人間に見えた事を、現場の誰も気が付かなった。




     ●




 (……なんだ?)

 機体の中で、響いていた震動に、ルルーシュは意識を切り替えた。
 守護領域が展開されている以上、サザーランドに負ける心配はない。だから相手から目を離さず、ブラインドタッチのまま情報を取り出す。

 現状の部隊。アーニャの連絡。通達。ゲットーの状態。爆発の詳細。

 明らかに法則性を見れる爆発状況。大小の爆発状況にゲットーの地図を重ね合わせ、部隊展開図も重ねる。当然ながら、広域に彼らは広がっている。

 人が異常に少ないゲットー内部。隠れている彼らは何処に行った?

 シンジュクでの活動を取り締まれてはいない。地下活動を潰す手間を、総督達は惜しんでいた。つまり準備期間は山のようにあった。

 「……成る程、な」

 (やってくれる……!)

 戦略への義憤より、相手への感心が湧いて出た。




 (まさか、本当に俺の予想した“最悪の策”を、実行してくるか……!)




 ルルーシュは、ゲットーでの活動前に、相手が取って来るであろう策略を大凡50、考えて来ていた。

 その中の、50番目。地形や戦場の形そのものを変えてしまう作戦を、相手は選んだ。ルルーシュが最悪と呼ぶ、抵抗勢力にとっては最高の作戦。

 簡単な話だ。
 無数の空間がある地下へ、適切に攻撃し、適切に支えを破壊して行けば良い。
 入念な準備と、十分な回数さえ重ねれば、それで。
 容易く、地盤は崩落する。

 (……崩落まで、数分、か)

 脱出する猶予を考えれば、直ぐにでも逃げた方が良い。

 ルルーシュには、ゲットーでの崩落の規模が、どの程度になるのかが分からない。
 ひょっとしたら紅月を捕えても十分な余裕があるかも知れない。この近辺は崩れないかも知れない。しかし“かもしれない”だけで確証はないのだ。

 ナンバーズを巻き込む事を躊躇わず、ゲットー全域を沈めるかもしれない。

 残念な事に、ルルーシュには土地勘が無い。この地で長年生活していれば多少はマシだったろうが、昨日今日来たばかりの人間では、全域や実態は知識として詰めるだけで限界だ。
 紅月という少女は、良い戦士だが――――彼女の指揮官までは、読み取れない。

 (……スザクもいる。――――残念だ)

 現状を把握したルルーシュは、さっさと決断をした。

 まあ、流れが悪かったという事にしよう。
 これ以上、この場に居てもメリットは多くない。
 彼女を追い詰めて逃がすのは、別に残念ではない。彼女にもよるが、多分、また会える筈だ。

 アーニャには、既に「武装を軽くしておけ」と伝えてある。地盤沈下が発生した時、軽ければ被害を軽減できるし、早ければ退避出来る。本当に、その狙いが的中する、とは思っていなかったが……まあ、良い。

 そんな時、そのアーニャの声がした。



 『全ブリタニア軍に通達! 直ちにシンジュクゲットーから退避! 円の外に出なさい!』




 通達はルルーシュにも届く。共通回線、敵に聞かれる事も気にしない、断固たる“命令”だった。

 (……アーニャだが、アーニャでは無いな)

 機体の中で、小さく笑う。
 彼女がこんな大声で指令を発するなんて、珍しいを通り越して有り得ない。
 そしてルルーシュには、こんな口調で命令を下せる、凛々しく優しい女性に、非常に覚えがあった。

 相変わらずあの人は、戦場では絶好調らしい。

 「紅月。今回は俺が引こう。……お前の指揮官に伝えておけ」

 打つ手なしで、特攻でもしてきそうな空気の少女に、伝える。

 考えてみれば、引いた所で問題はない。
 元々、軍の演習中に襲撃がある、という部分に対策を取っていたのだ。軍への打撃を抑える事が目的だった。そう言う意味では、既に目的は達成されている。
 今の命令で、全軍が迅速に撤退しつつある。密集して、しかも足の遅い総督軍が、何割被害に遭うかは不明だが、ジェレミア達は多分、大丈夫だろう。

 相手の戦略は立派だった。
 だが、その戦略への効果を、自分達が最小限に抑えた。

 まあ、今回の戦いの治めどころとしては上々だ。自分の機体に被害はないし、相手も追っては来れない。これからの対策は、ゲットー崩壊後でも十分だろう。
 機体を反転させ、スザクに逃げる指示を出しながら、彼は言った。

 「気が変わったら俺に言って来い。俺の権限で、お前共々、相応の席を用意してやる、とな」




 その言葉を最後に、ミストレスは立ち去った。




 (……見逃された)

 その事実に、カレンは。
 瀕死のサザーランドの中、仲間が助けに来るまで、じっと拳を握っている事しか出来なかった。






 皇歴2017年。

 エリア11(旧名・日本)シンジュクゲットーで、ブリタニアへの抵抗勢力による、大規模攻撃が行われる。

 戦闘の規模こそ小さかったが、ナンバーズの作戦は意外なほどに土地に効果を発揮。戦いにより、地下地盤の脆弱性も重なり、最終的にゲットーは崩落するまでになった。

 後に『シンジュク事変』と呼ばれるようになる、この一大事件を機に、抵抗活動は激化。

 この年、エリア11は動乱を迎える事になる。




 それは、七年前に終わった筈の戦いに、再度の決着を齎す切欠となる戦いの始まりだった。














 登場人物紹介 その⑧


 紅月カレン

 シンジュクを拠点に活動する反ブリタニア組織『紅月グループ』の一員。
 グループ内では最もKMFの技術に精通しており、優れた身体能力も相まって、アタッカーや作戦メンバーを務める事が多い。

 永田号と共に作戦活動に従事していたが、事故によって任務は完遂にならなかった。指示通り適切に行動していたが、偶然からシンジュク事変の最中、ルルーシュとの会合を果たす。一時は互角に張り合うが全て対処され、最後は見逃された。
 一連の流れによって、ルルーシュへの感情は“凄い嫌な奴”で固定されたらしい。言葉が何処に懸かるのかは不明だ。

 グループ名からも分かる通り、リーダーの紅月直人は実兄。その為、組織のメンバーの多くとは古い顔馴染みである。
 父親はブリタニア貴族であり、彼女自身もハーフなのだが、表向きは伯爵令嬢。妾腹の為、表向きの母とは非常に険悪。実際に家に帰る事も少ないらしいが、実母がメイドとして働いているらしい。

 因みに。遥か昔、本当にルルーシュと一瞬の会合を果たしていた事が、原作小説で語られている。













 本編でも言われていますが、ルルーシュは、強者というよりも巧者です。
 此処までラウンズとしてしっかり強い理由も、次回以降に語るので、お楽しみに。

 シンジュク事変は終わり。
 次回は、後始末とか、特派とか、本国との関係とかですね。

 少しずつ世界観やルルーシュの環境を語りつつ、次なる大事件『サイタマゲットー』や『サクラダイト生産会議』に向けて色々と進んでいきます。間にオリジナルな事件が入るかも。

 なんか、色んな意味で凄い人達の伏線が幾つかありますが、この話は基本、ギアス関係者は全部出ます。
 アニメ本編、小説、ナナナ、ゲーム、別設定の漫画、連載中の「漆黒の蓮夜」まで。
 それこそ、あんな人からこんな人までオールキャストなので、この先も楽しみにしていてくれると嬉しいです。


 少しでも良いので、感想や、文句や、質問があったら下さい。基本、全部受け止めます。
 ではまた次回。

 (5月1日)


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