エリアが保有する軍人には、大きく分けて三種類がいる。
一つは、エリアの政治を司る政庁所属の、駐留軍。これはエリア総督下の軍隊だ。エリア11でいうのならば、指揮をジェレミア・ゴッドバルドが取り、ジェレミアへの権限を持つのが総督のカラレスになる。
二つ目が、皇族や貴族の庇護下に有る者。皇族の元で動く、彼らの私兵であり、手足でもある存在。ラウンズもそうだし、もう直に来訪する特派もそうだ。総督の意向を無視は出来ないが、個人の権限も有している。
そして三つ目。これは、ブリタニア本国から送られてきた軍人達だ。
ブリタニア帝国軍に置いて、皇帝の次に権力を持つ存在がいる。
存在の名称を『帝国元帥』。
皇帝の補佐として、あるいは代理として、陸海空のブリタニア帝国“全軍”の指揮権を有している。
そして、彼女の指揮下に所属する、軍属でありながらエリアの意向を受けない特殊軍人達。
組織名を、機密情報局。そう呼ばれていた。
エリア11政庁の廊下を、一人の女性が歩いていた。褐色の肌に銀髪のブリタニア軍人だ。
白人が多いブリタニア人だが、南方からの移民や、ネイティブの人々も存在している。絶対数が少なく、差別の対象になる事もあるが、それでも表向きは対等なブリタニア人として扱われている。少なくとも、名誉ブリタニア人よりは、扱いや待遇は遥かに良い。
静かに歩く彼女だが、その目には野心の炎が燃えている。前線が近いエリアに住む、ブリタニア軍人特有の――――己の立志を掴もうとする瞳。若さの証だ。
その対象は、一騎当千の英雄達。
彼らに認められ、評価をされれば、それは大きな拍となる。
軍人は階級に縛られる。故に、弱肉強食のブリタニアで強者と成るには、出世をする事が第一だった。
「爵位を得る為にも……」
この機を、逃す訳にはいかない。騎士候の序列に並んでいるとはいえ、一代限りの貴族特権に過ぎないのだ。未来の事を考えると、低くても良い。子孫に受け継がれる爵位が、欲しかった。
その為ならば、多分、己は何でも出来るだろう。
「……否、してみせる」
折角、名指しで呼び出されたのだ。
あのラウンズ最高の軍師と呼ばれる、ルルーシュ・ランペルージに。
エリア11・機密情報局員。
ヴィレッタ・ヌゥは、静かに呟き、そして政庁の客室の扉を叩いた。
コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その③
「久しぶりだな、ヴィレッタ。士官学校以来だ」
目の前に佇む女性に、ルルーシュはそう声を懸ける。
「……覚えて頂いていたとは、光栄です」
取りあえず彼女は、頭を下げた。その目に、僅かな期待が過ったのを見て、釘をさす。
「間違えるな。……私は一度出会った人間は忘れないだけだ」
これは事実だ。ルルーシュは、己に関わる人間の一切を忘却する事は無い。彼女に対する興味も無ければ、執着も無い。
ただ、機密情報局の力を貸して貰おうと思った。そして、機密情報局に顔馴染みでしかない彼女がいる事を知った。だから呼び寄せた、それだけの話である。
ルルーシュが彼女と出会ったのは、大体、五年程の昔になるだろうか。八年前の“例の事件”から三年後、皇帝やビスマルク、あるいはコーネリアらの言葉を聞いて、一時では有るが士官学校に在籍していた事が有る。
ルルーシュとて己の向き不向きは十二分に自覚していた。しかしラウンズ、と言う立場になる為には、一定以上の軍学校への通学が必要不可欠だったから、仕方なく通ったのだ。
結果だけを言えば、幸いにも卒業できた。勿論、体力が“からっきし”のルルーシュの成績は、お世辞にも良いとは言えなかったのだが、それ以外の部分は人並み以上。射撃や護身などの実技は(体力が枯渇する事を除けば)優秀だったし、指揮技能や戦史、操縦、電算技術などは、その時から既に大学教師以上の物だったのだ。結果、ルルーシュはごく短時間で士官学校を卒業したのである。……いや、裏から手を回した人間も、いるにはいるのだが。
その短時間に、ルルーシュとヴィレッタは接触していた。ヴィレッタは卒業間近の二十歳。接触と言っても、同じ授業を受けていた、位の関係なのだが、縁は縁、無関係ではない。
「単刀直入に言おうか。機密情報局に探って欲しい情報が有る」
「は」
何でしょうか、と気真面目に頷く彼女に、告げる。
「現エリア11政庁内部で、テロリスト達と内通している者がいる事は知っているな? そいつらの証拠を探って貰いたい。――――この件については、元帥から許可も貰って有る」
通常、機密情報局は政庁や総督の指揮下には入らない。しかしその分、ラウンズに対する権限は低い。六大組織、そのどれもに一長一短があり、有利な相手と不利な相手が存在する。
ブリタニアとはいっても、各勢力の均衡は以外と上手に取られているのだ。
「かしこまりました。……しかし、かなりのお時間が、必要になりますが」
知っている。百も承知だ。だが、それでもこの国をある程度の形に収めるためには、必要なことだった。
「分かっている。黒白をはっきりさせるなら、エリア11政庁の全公務員を更迭した方が早い位だろうな。数百人の中で、私が潔白を“完全に”証言できるのは、ジェレミア位なものだ」
ふ、と皮肉気に笑い、彼は一瞬、眼を鋭くして続ける。
「瑣末な裏取引の証拠など構わない。その辺の匙加減はお前に任せよう。主として調べてほしいのは二つだ。麻薬リフレインの密売に関わる人間。そしてもう一つ、近々発生するだろうテロリストの大規模攻撃に、“特定の誰かが関わった”という証拠だ。……分かるか?」
「……つまり、明日に発生するだろうテロ行為の関係者を、政庁の中から洗い出せ、という事で宜しいですか?」
「そうだ。理解が早くて助かる」
口で言うのは簡単だが、これを調べるには骨が折れる。何せ、政庁の上から下まで真っ黒。実直すぎて逆に空回るジェレミアの心配は、余りしていない(飽く迄も、ルルーシュ個人としては、だ)が、その下の純血派とて、後ろ暗い者はいる。
木の葉を隠すのは森の中、という言葉があるが、今回はその逆だ。腐敗した政庁という森の中に隠れた、特定の木の葉を探し出す必要がある。並大抵なことではない。
「期限は設けない。……が、出来れば、エリア11の抵抗勢力を私が相手している間、なるべく早くにして貰いたいな。身内の膿は早くに始末しないと、後が面倒だ」
エリア平定が終われば、当然、ラウンズは本国に帰還して皇帝から次の命令を受ける事と成る。そうなれば、このエリアの政庁に口を利く事は難しくなるのだ。
困難だが、やらなければ、このエリアは変わらない。
同じブリタニア人に対して差別をするな、とは言えない立場のルルーシュだが、矯正エリアを衛星エリアにする為の裏工作は、存分に行うつもりだった。
「……機密情報局の中で、ゲットーに潜ませてある者がいる筈だ。そいつらに指示を出せ。ゲットー内の抵抗勢力の動きを中心に見張るようしろ。どこかで必ず、繋がる手掛かりを見つけられる筈だ。詳しい指示は」
トサリ、と執務机の上に書類を置く。
「此方に置いておく。今は無理だが、追加の人材も本国と交渉して送って頂くつもりだ。――――何か質問は?」
「……私の裁量で、行って良いのですか?」
「ああ。構わない。下の本部には伝えておく。……自分の実力を見せる良い機会だ。やってみせると良い。無論、失敗したら責任は取って貰う。本国へ帰る事になるだろうがな」
どうする? と意地悪く尋ねたルルーシュだったが、相手の答えなど決まっている。
こうした命令を受ける事、それ自体が――上へと進む、絶好の機会だと、知らない者はいないのだから。
「全力を尽くします」
敬礼と共に、はっきりと、そう答えたヴィレッタ・ヌゥだった。
その目が、紛れもない欲を孕んでいた事を、ルルーシュは見逃さなかった。
●
ブリタニアという国家の中枢は、実は周囲よりも意外と権力に無頓着である。
一例をあげるのならば、ルルーシュの上司であるビスマルク。帝国最強と名高い騎士だが、別に彼はナイトオブワンの座に固執している訳ではない。シャルル・ジ・ブリタニアが皇帝に座っており、彼を最も守ることができる場所がラウンズのトップだから、というだけの話だ。
ベアトリスもシュナイゼルも同じ事。多少の個人的性格による理由に差異こそあれど、地位や権力に余り未練がなかった。ルルーシュだって同じだ。
彼らは皆、自分達の「立場」という道具の、価値と使い方を熟知していた。
上に立つ者ほど、尊敬と同時に悪意を得る。誰でも上を目指すブリタニアでは、特に。世界で最も悪意を向けられている存在は、皇帝シャルルである事は否定しようのない事実だ。
しかし、それでも。限定された一部の人間は、その不満や不平に、文句を言わない。上に立つ者、民からの悪意を向けられることが義務であるかのように泰山としている。その考えは、世間一般で言えば間違ってはいないのだが……ブリタニアでは、実はそう出来る人間が、意外なほどに少ないのだ。
ごく一部を除き、まるで自分に向かう負の感情が、間違いであるかのように振舞っている。自分に悪意を向けるなど、身分違いも甚だしい。そんな思いが蔓延している。そして更に困った事に――――敵意や悪意を向ける相手に容赦をしない。
自分達が悪いと認識できない。自分の器を認められない。そんな人間が、ブリタニアには多すぎる。
枚挙に暇がない事例を考えれば、もはや個人ではなく国家の問題だろう。ブリタニアという国家のシステム、それ自体を変革しなければ、そこで育つ人間も決して変わりはしない。そして、それが容易く出来れば誰も苦労はしないのだ。
一度完成された物を壊す事は、皇帝にだって難しい。
そんな事を、目を閉じて考えていたルルーシュは、軽い物音で我に返った。
「失礼します」
コンコン、というノックの後に、声がする。扉越しだが、ルルーシュがこの声を、聞き間違えはしない。
思わず、口元に笑みが浮かぶ。
「入れ」
世間には色々な人間がいる。身の丈以上を望む者に、否が応でも上に立たねばならない者。適所を把握出来る者に、程度を弁えた者。仕事が道具でしかない人間がいれば、愚直なまでに仕事をこなす人間もいるだろう。
そして、扉の向こうの相手。
ジェレミア・ゴッドバルドとは――――良くも悪くも、実直で忠誠心が厚い男だった。
「ルルーシュ様!」
「元気そうだな? ジェレミア」
謁見出来て光栄でございます! と光り輝くオーラが見えそうなくらい、畏まっている男がいた。
格式高い貴族の服装に身を包んだ、青みが懸かった髪を持つ男。鍛え上げられた肉体に、絶対の忠誠心を抱く、エリア11の№2、ゴッドバルド辺境伯のジェレミアだ。
相変わらずの態度に、ルルーシュは苦笑いを隠しきれない。
「聞いたぞ? アッシュフォードの祭りに呼ばれて愉快な真似をしたそうじゃないか」
「いえ。アレは……そう。祭りの空気に充てられたのです」
「そうか。そう言う事にしておこう」
愉快な笑みを浮かべたまま、ルルーシュは頷いた。
アッシュフォード学園では生徒会長のお陰で、毎週騒がしいイベントが開催されている。ジェレミアは伝手で顔を出して、ノリに巻き込まれたのだそうだ。
その時の行動が、よっぽど普段のイメージと違ったせいか、オレンジ郷という綽名まで定着してしまったそうである。
堅物のイメージがある辺境伯だが、実は結構お茶目な性格をしている事は、親しい間柄の人間ならば知っている。まして、ルルーシュとは彼が新兵時代からの付き合いだ。
「は。お気遣い頂き光栄です……。して、本日は何用でしょう?」
「用事が無ければ呼んではいけないか?」
「いえ。そんな事は!」
「分かっている。お前が多忙な事くらいは知っているからな。……冗談だ」
エリアのナンバー2と言う立場は、忙しい。雑務は下に任せるとしても、貴族や官僚として行わなければならない仕事があるからだ。
だから冗談である。……ルルーシュだって冗談くらいは言うのだ。相手は限定されているが。
「本題に入ろう。明日行われる軍事演習の準備は?」
執務机で両手を組み、静かに真剣に訊く。
自然とジェレミアの態度も真面目になる。直立不動で報告した。
「は。全て滞りなく終わっております」
「結構。それで、明日の演習に臨時で一つ、……いや、一つではないか。幾つか頼みをしたい。出来るか?」
「断言は、出来ませんが」
「なに、そう警戒しなくても良い」
そもそもルルーシュとて現場主義者で、どちらかと言えば結果主義だ。相手を困らせる方法も、逆に邪魔にならない方法も、十分に熟知している。静かに、その細い指で部屋の片隅を指差した。
そこに居たのは、応接用の高級ソファに仰向けなったまま、携帯でブログを更新しているアーニャだ。
小柄な体と桃色の髪を布の上に転がして、我関せずを貫いている姿は、まるで子猫である。……ジェレミアが来てもこの態度を崩さない辺り、彼女の精神は非常に豪胆だった。
「お前の息が懸かった部隊に加えてやってくれ」
「……現場に、出られるのですか?」
「私はG-1ベースにいるつもりだがな。アーニャの機体ならば整備も終わっている」
どうだ? という視線にジェレミアがアーニャの方を向く。
其れに対して第六席の少女は、片目で彼を見て、宜しく、とだけ呟いた。適当な挨拶に見えるが、ジェレミアだからこそこんな風に接しているのである。
「……分かりました」
「頼んだ。……まあ、唯の演習と指導で終わる事を、望んでいるのだがな」
多分そうはいかないだろう、の言葉を飲み込んだ。
騎士、ナイトメアフレーム乗りの勘と言っても良い。燻ったままの戦禍の炎が再燃しそうな気配がしている。それも、明日を発端としてだ。ルルーシュもいざという時には出るつもりだった。
この地で長いジェレミアも、明日の演習で騒動が起きる“だろう”事は、十分に予測している。対応も練ってある筈だ。
ラウンズという最強戦力が来た事で抵抗勢力が予定を変えるならば、それで良い。変えずに実行するにならば仕事になる。どちらにしても現場に送っておいた方が良い。それだけの事だ。
「それと、これは唯の確認なのだが――――」
それからルルーシュは、資料では確認しきれない質問をする。
『ジェレミアの傘下以外の軍派閥は、どの程度に参加するか?』
『今迄に鎮圧した抵抗勢力の行動に対して、個人的な印象は?』
『エリア11の名誉ブリタニア軍人に関して、お前の感想を頼む』
など、現場に詳しい人間でなければ把握しきれない情報だ。ましてルルーシュは、このエリア11という地では新参者である。
「……さて。私からはこんな所だが。アーニャ。何かあるか?」
目線を向けられたアーニャは、立ち上がると静かに顔をあげて、小さく呟いた。
「……最近。昔の顔触れが、良く揃う」
「ああ。そうだな」
「そうなのですか?」
尋ねたジェレミアに、ああ、と返事をして。
「つい先日までは、私とアーニャとC.C.にコーネリア殿下。ノネットとベアトリス、次がジェレミア、お前だ。……古い友人達に再会するのは良い事だがな、何かの前触れではないかと勘繰ってしまう」
思えば、過去もそうだった。同じ様に、皆が集まった時があった……。
ほんの一瞬、過去の一幕を記憶に蘇らせたのは、ルルーシュだけではない。アーニャやジェレミアもそうだった。
「……懐かしい、話でございますな」
「……ん。だから、気をつけて。私も気をつける」
無表情に見えるが、瞳は身を案じていた。
この少女と、それなりに仲が良い軍人は、きっとそうはいない。
「了解いたしました」
ジェレミアがこの少女に初めて出会ったのは、もう八年以上も昔の事だ。
新兵で宮城警護の仕事をしていたジェレミア。その宮に行儀見習いとして訪れていたアーニャ。
コーネリア、ノネット、ベアトリスが競って剣を奮い、クロヴィスが絵筆を手に取り、シュナイゼルは大学の同期を招いていた。ルルーシュは盤上を弄り、少女達は優雅に遊び回り、それを魔女が静かに眺める。そして終いには、皇帝が兄と共に顔を出す。
そんな宮が存在したのだ。
あの宮について語る事は、今では一種のタブーになっている。
だから、彼らも又、静かに思い出すだけだった。
「……では、ジェレミア。ご苦労だった。……仕事に戻っていいぞ。明日の貴公の活躍に期待する」
「は。失礼いたします」
律義に、そして丁寧に礼を取って、彼は静かに部屋を出て行った。
●
それから二時間ほど後。
ルルーシュはラウンズ権限を使い、政庁の一角で通信をしていた。
『あールルーシュ様? お久しぶりです。機体の調子は如何でしょうかー?』
「悪いから、お前に通信を繋いだんだよ」
エリア11政庁内の格納庫に置かれた、ラウンズの専用飛行艇(アーニャ保有)で、ルルーシュはため息交じりの返事をする。部屋の中には誰もいない。アーニャもだ。
衛星通信が可能なメインモニターに映っている相手は、ふやけた笑顔を浮かべた男だった。
「今、何処だ。トルコ辺りか?」
『いえ、確かイランに入った当たりだと思います。――――連絡頂くって事は、やっぱり例のシステムですね?』
「……ああ」
頷く。相変わらず、この男は騎士馬への嗅覚は鋭い。
口調も態度も、目上の人間に対する物ではないが、その頭脳は超一級品。帝国宰相シュナイゼルが友人と呼ぶ、ナイトメアフレームについてならば世界で三本の指に入る天才科学者にして開発者。
ロイド・アスプルンド。身分は伯爵で、階級は少佐だ。
「砂漠の作戦でハード面に支障が出っぱなしだ。……機体は治った。ソフトは私が直した。後は、お前達『特派』が来れば万事解決、なんだがな」
『特派』。正式名称を、特別派遣嚮導技術部。
宰相の管轄下にある、ブリタニアの最先端技術を有し、名の知れた天才が連なる世界最高峰の技術者集団で知られている。技術者が一度は夢見る楽園にして、最高の現場。それが『特派』だ。
ただし、これが飽く迄も表の顔である事は、一部の人間しか知らない。
ルルーシュに言わせれば、研究の為ならば全てを無視できる馬鹿達が、後先考えずにキワモノ技術ばっかりを生み出している変態技術室だ。
「来れるか?」
「やー、無理ですねえ」
「だろうな」
予想出来ていた事だ。特に失望する事も無い。
件の変態達は今、世界各国を飛び回るシュナイゼルに同行していた。帝国宰相に同行して回れば、自分達の『最高傑作』――――最新の第七世代ナイトメアフレームを操れる人材に会えるかもしれない、という思惑があるからだ。
シュナイゼル・エル・ブリタニアが、彼らをエリア11に派遣する事を決定したと耳にしたのは、先日。
真っ直ぐ日本に、時差を鑑みて、理想的に進んでも十五時間。途中の補給や、到着後の色々を含めれば明日の内に到着する事も厳しかった。
「……しかし、そうか。来るまでは自力で何とかするしかないか」
『使えないと危ないんですか?』
「いや、ミストレスの動きは問題が無い。関節部分や装甲はアッシュフォードから既に提供されているしな。……ただ電子系に制限があると、不測の事態に困る」
ナイトメアフレーム“ミストレス”。
それが、ルルーシュが操る専用機体の“通称”だった。
ラウンズの機体の中でも防御性能に優れており、キーボードで指示を出す事で、格闘・射撃・剣撃・情報収集など幅広い活躍が出来る応用力を持つ。その分、尖った攻撃力はない。
リアルタイムでコマンド入力をして動かす、という時点で十分に変態性能な機体だが、それでもピーキーではない。C.C.の乗るエレインと違って、乗ろうと思えば誰でも乗れる。
ただ、万全に使う、となると非常に難しいだけで。
『因みに、今の稼働率は?』
「約35パーセント」
『あー、基本行動と電算系が通常で使えるだけですか……』
二人の会話の中心となっているのは、ミストレスが搭載する「ドルイドシステム」についてだった。
これは超高速の演算処理機能だ。ミストレスを動かす頭脳。中枢部分であるこのシステムの良し悪しで、機体の性能が変化すると言っても良い。性能を完璧に引き出すには、完全にメンテナンスされたシステムが必要だった。
しかし非常に優秀な半面、手間がかかる。扱うにはルルーシュ並みの頭脳が必要で、メンテナンスは特派クラスの技術者で無いと不可能という。別の意味で人を選ぶ機体なのだ。
『そちらの技術者には?』
「一応話は通したんだがな。……どうも砂が入り込んで、深い所で破損したらしい。お手上げだそうだ」
『でも一応、動いてはいるんですね?』
動いているというか、動かせるようにしたというのか。
応急プログラムを組んで、修復しているだけである。
「何かアドバイスを貰おうと思ってな。機体性能が多少落ちても腕でカバーする。その分、腕が奮える機体にしたい」
言ってしまえば、今のミストレスは非常に中途半端なのだ。痒い所に手が届かない、というのか。必要不可欠な能力が不足しているにもかかわらず、微妙なシステムが残っている。だから知恵を拝借しに来たのだ。
何を削って、足りない部分をどんな手段で補うか。
数秒、んー、と考えたロイドは、代替案を提示する。
『ええとですね。学習機能の一時的なカットはしました?』
「した」
戦闘経験値を機体に積む事は出来ないが、戦闘能力に直結しないのだ。我慢しよう。
『ドルイドシステムに依存しない、通信プログラムの構築と効率化は?』
「既に組んで入れてある。秘匿回線も一つだけだが確保した」
特殊なプログラムで、普通のナイトメアが有する通信機能を拡大した。ドルイドシステムを介さないまま、何とかサザーランドレベルには仕上げてある。支障は少ない。
『フロートシステム、及びギミック系機能は?』
「全て封じてある。圧迫する心配はないな」
一応、ルルーシュが行える、理解出来る範囲での再構成は終わっている。
だが、此処までしても普段の半分以下まで落ち込んでいるのだ。結果こそ大勝利だったが、あのルブアリハリ砂漠の環境と戦闘の苛酷さが分かるという物だろう。
『そこまで実行済みですか? じゃあ、そうですねえ……。緊急時の脱出システムを変えて、生存性を削る方向で行きません? ルルーシュ様の腕なら、被弾しない、攻撃を受け流す、さえ出来れば問題無い筈です』
「……そうか。なるほど」
それが有ったか、と思いだした。
ナイトメアフレームは、操縦席(パイロットブロック)が緊急時に射出される仕組みになっている。被弾した時、あるいは機体が動かない時、機体を捨てて逃亡出来る。
愛機が危なくても騎士が無事なんて事象はざらだ。
しかし、これは一長一短でもある。敵の弾幕が多く動かない機体の方が安全、なんて事もあるし、射出されている最中のブロックは、狙い撃ちの的だ。下手をすれば棺桶になりかねない危険性を秘めている。
(……普段はプログラムで抑えているからな)
機械制御を手動にするだけで、機体への負担は減る。元々手動で行える機能を有しているのだから、ラウンズの判断能力ならば適切に使用が可能だ。ついうっかり、失念していた。
『ま、下手をすれば愛機と命を共にしかねませんけど、ルルーシュ様なら大丈夫ですよね?』
「ああ。恐らくな」
実力を過信している訳ではない。ただ、ルルーシュにも、曲がりなりともラウンズという矜持はある。地位への執着はないが、立場への思いは強かった。
死ぬ気も、負ける気も、更々無い。
「……邪魔したな。それじゃあ、なるべく早く来てくれ」
『それじゃ、ご武運をお祈りしています。――――あ、そうそう。我らが特派の愛機に相応しいパーツがいたら宜しくお願いしますね。僕もマリエル君も、楽しみにし』
通信を切断する。ロイドの話は無理やりにでも遮らないと、何時までも話し続けるからだ。
(……しかし、相変わらずだ)
本当に、あの性格も変わらない。皇族やラウンズ、果ては宰相に皇帝に、あそこまで飄々と接する事が出来る人間もいない。普通ならば不敬罪で厳罰物である。
まあ、公の立場で畏まる事が出来るし、アレで忠誠心はしっかりしている。だから大目に見られているのだ。
考えながらルルーシュは、後片付けを素早く終えて、輸送艦の外に出た。
明日の準備に備えて今も回転中なのか、近くのハンガーからは重機の動く音が響いてくる。
「――――さて、これで準備は完了、か」
この地に来て、まだ一日。だが、されど一日。出来る事はした。あとは、明日を待つだけだ。
執務室に戻るルルーシュは、エレベーターから外を眺める。
駆動音と共に徐々に登っていくガラス張りのエレベーターからは、発展したトウキョウ租界と、その奥の小さなゲットーが見えた。
片や近代都市、片や廃墟。だが、どちらの土地にも人間はいて、彼らは等しく生きている。
(……どちらも、同じ人間なのだがな)
けれども、争いは起きる。
夕日が沈む空は、不吉な程に赤く染まっている。
それがまるで血の色に見えたのは、ルルーシュの気のせいだったのだろうか。
●
翌日、午前十時。
『ではこれより軍事演習を始める』
一糸乱れぬ隊列を組む軍人達を前に、ジェレミア・ゴッドバルドは宣誓した。
『――――まことに光栄な事に、本日はナイト・オブ・ラウンズ第五席、ルルーシュ・ランペルージ卿と、第六席のアーニャ・アールストレイム卿もご同席されている』
歩兵の背後に並ぶナイトメアの通信機からも、堂々としたジェレミアの声が聞こえていた。
『各員、肝に銘じた上で、ブリタニア軍人としての本分を全うする様に!』
その声に。
微塵もずれる事のない、言葉が返る。
――――イエス、マイロード!
そうして、彼らは一斉に動き出した。
◇
同時刻。
トウキョウ租界・西シンジュクJCT付近。
前を走るトラックの挙動が奇妙な事に、リヴァル・カルデモンドは気が付いた。
飲酒運転でもしているのか。それとも車の調子が悪いのか。蛇行運転のまま、スピードを落としてふらふらと走っている。明らかに迷惑だ。
(危ないな……)
向こうは大型自動車。自分は二輪車。なんとなく危険な物を感じ取ったリヴァルは、スピードを上げ、横幅に気をつけて、そのままトラックの横を通り過ぎる。事故に巻き込まれても嫌だった。
そうして、何の気なしに運転席を見た時だった。
「……な!」
咄嗟に、スピードを落として、路肩に寄せてしまったのは仕方が無かっただろう。
今、目で見た者が、間違いではないかと思った。
ブリタニア人らしき運転手が、血を流して苦痛に呻いていた。
出血に苦しむ運転手の顔色は土気色で、今にも死にそうな顔をしていた。
咄嗟に携帯電話を取り出し、救急車を呼ぼうとしたリヴァルの目の前で、車体が一際大きく揺らぐ。
「うわ」
ヤバイ、の一言は、言えなかったと思う。
耳を傷めるような凄まじい衝突音と、道路の境が崩れる音。
ゆっくり、緩慢にも見える形で、車体が視界から消える。
そして。
ドン、という鈍い音が、足元から競り上がってきた。
◇
シンジュクゲットー、某所。
「永田? おい、永田?」
鈍い音と共に、唐突に途切れた声。
何が起きたかを理解するには、十分だった。
「直人! 大変だ! 永田が!」
「聞こえているよ。……扇はカレンの携帯に連絡。通じないならば二分ごとだ。全員、行動準備。……最悪、二人がいない状態でも、実行する」
「見捨てるのか!?」
「まさか」
兄が妹を見捨てる訳が無い。
そう言った紅月直人は、言い聞かせるように親友に告げる。
「だが、最初から想定の中にあっただろう。……今は、二人の生を信じて行動しよう。なにせ敵は、租界のブリタニア駐留軍だ。生半可な相手じゃない」
大丈夫、あの子は生きているよ。
彼は、扇要の肩を軽く叩いて、静かに告げる。
「さあ、彼らに一泡吹かせにいこう」
◇
そして同じく、シンジュクゲットー某所。
活動中の、名誉ブリタニア人部隊があった。
軍事演習という大層な行事に出席する事を許されない彼らの扱いは、暴動の鎮圧から戦場での伝令まで、雑用という仕事を任される――――使い捨ての駒である。
「……小寺君、上官は何て?」
その内の一人。
小寺正志は、ペアを組んだ相手からの質問に答えた。
名誉ブリタニア軍人は、互いの監視の意味も込め二人一組で行動させられる。勿論、何かあったら連帯責任。その上、相手の悪事を密告すれば報酬が貰える、とまでくれば嫌でも悪い事は行えない。
仲間内で信用させない辺り、腹が立つ事に、支配する事に対してブリタニアは優秀だった。
「輸入した危険物を運んでいたトラックが、何者かに奪われたらしい。……その探索を命じられたよ」
何時もの汚れ仕事だ。
そう静かに言って、顔には不満を出す事無く。
「行こう、枢木君。……ぼさぼさしてると、きっと余計な文句を買う」
そう言って、彼は促した。
ルルーシュ・ランペルージが事故の報告を聞くのは、それから二十分ほど後の事である。
登場人物紹介 その⑥
ジェレミア・ゴッドバルド
エリア11駐留軍の司令官。要するに、エリア11で二番目に偉い人。エリア11においては、彼に命令を下せるのは基本的にはカラレスだけ。その立場に相応しく、ナイトメアの腕前は超一流。ラウンズにも引けを取らない実力を持つ。
しかし、ラウンズへの昇格は毎回断っている。その理由は「アリエスへの贖罪」……との事。詳しい内容は不明である。
態度からもわかるように、非常に実直で忠誠心に厚い男。良くも悪くもブリタニアへの思いが強すぎて、良く空回りしている。同様に、ナンバーズには厳しい態度になってしまっているが、個人個人を憎んでいる訳ではないし、偏見を特別に抱いている訳ではない。
ルルーシュ、アーニャを初め、帝国内でも非常に優秀な人材と知己。その為、意外と影響力は高い。
用語解説 その④
帝国元帥
統帥権を持つ皇帝に次ぐ、帝国軍最高の地位を持つ存在。帝国六大権力の一つ。
ブリタニア陸海空の三軍に、機密情報局を統べている、らしい。
ルルーシュとも親しいらしいが、何者なのだろう?
ヴィレッタとジェレミアで、明らかに態度が違うルルーシュでした。次回からはロボも兵も動きます。
第二次Zのカレンがめちゃ強いです。
Eセーブと連続行動、攻撃とENフル改造で無双可能ですね。避ける、固い、機体と精神の燃費が良い、陸Sで射程4のP武器で気力解禁も低くて攻撃力も高い、と良い所どり。改造ボーナスで輻射波動の攻撃上げて、鉄壁必中をかけて敵陣に放り込めば、あっという間に相手がぼろぼろですね。
紅蓮がこの話で出るまでは、もう少々時間が必要ですが、きっと活躍してくれるでしょう。
世界観はギアスですが、イメージは戦略シミュレーション的で進めて行くので、楽しんでくれると嬉しいです。その内、ユニットの説明もスパロボちっくに書こうかな……。
ではまた次回。
感想くれるとモチベーションが上がります。
(4月23日・投稿)