トウキョウのゲットーと租界には、明確な境界線が存在する。
昼間は目に見えない境界線。それは、光となって形に現れるのだ。空から見て明るい部分が、ブリタニアの土地。殆ど光の無い、闇に包まれた世界が、日本人が追いやられた土地だ。
『見えるだろう』
「……ああ」
彼らが集まっている建物の窓からは、それが見える。
光に包まれた、煌びやかな街。その街の光が、ある部分ですっぱりと断ち切られている。
『私が、君達との会合場所にこの場を指定したのは、この景色を実感してもらう為だ』
兄の持つ携帯電話から、年齢不詳の声が届く。信じるのも難しい、怪しい声だ。そう思ったのは、きっとカレンだけではない。一向に同行した玉城真一郎と、井上喜久子も、同じ顔だ。
「……なるほど。納得はした」
嘗て、日本人で、この建物を知らない者はいなかった。
昭和の終わり。第一次太平洋戦争の後に造られ、戦後を象徴する建物として話題を呼んだ。当時としては世界最高の高さを誇っていた、333メートルの電波塔――旧東京タワー。
ブリタニアの侵攻の際、150メートルの位置にある展望台から上は、全て破壊されてしまった。残っている展望台も、当時の歴史とエリア成立までを懇切丁寧に語っている戦勝記念館に身を窶している。
「それで、君は何処にいるんだ?」
「此処だ」
間髪をいれずに、コツリ、と足音が響く。今迄、何処に隠れていたのだろう。何時の間にか、展望台室には、彼ら以外の人間が居た。
光が消えた薄暗い展望台室では、相手の姿が曖昧で捉えにくい。カレンは緊張をしながらも警戒心を最大に、相手を探る。気配は一人。性別、年齢などは謎。だが、運動神経は高いだろう。足音で分かる。
「来てくれたことに、感謝をしよう」
近寄って来る声は、やはり機械を通した声だ。電話口に音声を変えていたのではなく、声質そのものを変えた状態で電話をしていたのだと知る。
「『アンタが、俺達を呼んだ――』」
そう訊ねた玉城の言葉が、影の手に握られた塊から響いてくる。暗くて見えないが、どうやら今の今まで通話に使用されていた携帯電話らしい。間違いはない。
「姿を、見せてくれないか?」
「ああ」
兄の言葉に肯定を返した影は、静かに窓際に寄った。降り注ぐ月光は、明るさは無いが十分に相手を捉えさせてくれる。カレンだけではない、兄も、同行していた二人も意気込んだ。
だが、その気勢は削がれることとなる。
全身をマントで覆った、仮面の人間が、そこに居た。
体を隠す漆黒のマントに、顔の全てを覆う仮面。
怪しさと胡散臭さが塊になったような、存在。
口調、態度。全てが気品にあふれている癖に、何処か威圧感がある。性別は分からない。だが、もしも目の前の存在が女だったら、きっとそれは世界の異常だ。
「初めまして、紅月グループ」
男は、嗤う様に告げる。
「私は、零だ」
これが、彼ら『紅月グループ』と、後にエリア11を震撼させる仮面の男との、最初のコンタクトだった。
コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑪
「暑いな……」
辛気臭い地下から出てきたC.C.は、茹る様な熱気と、突き刺す日差しに顔を顰めた。相変わらず暑い。成立させたエリア18だが、この暑さに慣れるには多分、月単位で生活しないと無理だろう。
幸いにも補給は潤沢だし、水やエネルギーの心配はない。元々整備されていたオマーンのインフラも存分に活用されており、中にはより使いやすいように整備された部分もある。外こそ熱いが、暫定政庁となっているアラム宮殿は快適だ。
その中の一室。クーラーが設置されている宿泊施設の一つが、彼女の自室になっている。
仕事を終えて部屋に戻った魔女が、エレインをG-1ベースに格納してシャワーを浴びていた時だった。
「失礼します。……今、宜しいですか?」
「良いぞ」
扉に空けて、失礼します、と頭を下げて入って来たのは、補佐官になっているルクレティア・コーツだ。
地形探査に欲しい、と言った魔女の要求を素早く組んで、マリアンヌが派遣してくれていた。彼女が来て一週間。結界型ギアス《ザ・ランド》の力のお陰で、遺跡のマッピングはほぼ終わっている。
埃を払った魔女は、バサリ、と下着の上からシャツを着ただけの適当な格好で部屋に戻った。細く美しい白い脚が、腰ギリギリまで露わになっている。子供には出せない色香だ。男がこの場にいれば、生唾を飲み込んだことは間違いない。
伊達に長生きをしている訳ではない。その辺の人間には出せない空気が、C.C.にはある。
この場にいるのはルクレティア一人。長い間を生きた彼女とて、羞恥心は持ち合わせている。いるが、良く見知った女子には別に今更である。気にしなかった。
「コーネリア殿下が、お呼びで――――って、せめて服着て下さい!」
「ああ。……なんだ固いな、相変わらず」
怒られた。肩を竦めて軽く流す。やれやれ。
ルクレティアの顔は、どことなく赤かった。向こうが気にしたらしい。子供の頃から見慣れているし、他の子供共々、一緒に風呂に入った事もある筈なのだが、やっぱり彼女達も年頃と言う訳か。
ハンガーに懸かっていた騎士服に腕を通す。ラウンズの騎士服は一人につき複数が支給されていて、普通はKMFの中にいるから着替える必要はないのだが、流石に地下遺跡の探索を終えれば、汚れる。
「それで、殿下がなんだって?」
「……今後について、お話したい様です」
「分かった」
胸元が黒に金の刺繍。全身を覆う白い衣装。背負うマントは灰色だ。
生乾きの髪を、厚手のタオルで大雑把に拭いて魔女は着替えを終えた。艶やかな緑の髪は、乱れても跳ねてもいない。不死身の肉体を持つ、恩恵だろう。整った顔にちょっと緊張感を与えてやれば、雰囲気から何から、あっという間に帝国有数の騎士の出来上がり。
その変わり身の早さたるや、長年の付き合いがある機密情報局の少女達でも、感心を隠せない。
「何のご用件でしょうね?」
「……エリア11の話題、だろう。先日の会議でも、何かと話題の中心だった」
二人の元へと急ぐ間、背後に付き従うルクレティアが訊ねた。
多分、という言葉を付け加えて、彼女は語る。中身までは、流石にこの場では話せない。
「C.C.卿は、エリア11に行った事、ありましたよね……?」
「あるぞ。二回ある。最初は、300年から400年くらい前だ。『穎明(えいめい)の里』という隠れ里を訪れてな。そこから色々と騒動に巻き込まれた」
「はあ……」
「懐かしいな。――――蓮夜、アルト、美鈴、栞、そしてリ家の先祖であるクレア。おまけに二葉。……全てを覚えている訳ではないがな。お前が生まれるより遥かに昔の話だ」
昔を懐かしむ声で、魔女は小さく語った。
ルクレティアは、彼女の明確な年齢は知らない。『神聖ブリタニア帝国より長生きなんだ、私は』と冗談交じりに言った言葉を聞いてはいるが、どこまでが本当なのかは、判断できない。しかし、過去のエリア11を語る彼女の顔は、とても嘘を吐いている様には見えなかった。
真偽は兎も角、彼女が自分達以上に人知を超えた力を有していることは確かだ。不老も不死も、今迄、彼女と付き合ってきて事実であると理解している。ならばきっと遥か昔にエリア11に行ったのだろう。
「二回目は……」
ルクレティアの質問に、真意を見せないまま、魔女はくすりと微笑みながら答える。
「七、八年前だな。『例の事件』の後で、ルルーシュを連れてだ。……実りの多い一時だったよ」
きっとそろそろ、あの二人は積もる話でもしているのではないだろうか。
そう思いながら、彼女は総督執務室への扉を開けた。
●
「この国で、初めて出会った時のことを覚えているか?」
そうルルーシュが問いかけると、相手は静かに、勿論。そうとだけ呟いた。
エリア11政庁の屋上には、租界にあって、最も美しく豊かな自然を保つ人工庭園が築かれている。皇族争いから速やかに離脱し、好き勝手に芸術を学んでいるクロヴィス・ラ・ブリタニア。芸術家としては超一流の腕を持つ彼が拵えた、見事な庭園だ。
その屋上の隅、手摺に寄りかかる格好で話し合う二人の青年が居た。どちらも若い。もしもエリア11とブリタニア、両方に詳しい者が居れば『どんな組み合わせだ』。そう問い詰めたくなる二人組だった。
神聖ブリタニア帝国に最高戦力。皇帝直属の《円卓の騎士》第五席に座る、ルルーシュ・ランペルージ。
旧日本最後の総理大臣の息子にして、特別派遣嚮導技術部のテストパイロット、枢木スザク。
ブリタニア人とナンバーズ。将官と兵卒。支配者と被支配者。そして、勝者と敗者。国家という立場で見れば言いようのなく大きな断裂となる二人だ。間違っても、友好的ではないと……誰もが思う。
けれども、この二人は。
ずばり、友人なのである。
ルルーシュが日本を訪れたのは七年前。神聖ブリタニア帝国に支配され、名前を奪われる半年前の事だ。
一応、名目としては留学となっていたが、日本の学び舎には通っておらず、一緒に来た魔女の手伝いばかりしていた。
実を言えば日本に来た理由はない。いや正しくは、留学先が日本になったことに理由は無かった、と言うべきか。母の知人であり、友人であり、そして幼い頃からルルーシュを見続けていた魔女。彼女が『外交経験を積む為に、一緒に日本に行かないか?』とそう言ってくれた。だから来た。それだけの話だった。
けれどもまさか、それが自分にとって大きな意味を持つとは、その時は、全く思っていなかった。
思い出しながら、ルルーシュは、口を開く。
「留学生として来た俺は、京都に住んでいた。C.C.が遥か昔に、知人から譲られた、という土地だ。近くに枢木神社があって、だからお前とも良く会えた」
「気まずかったよね、最初は互いに」
「同年代の子供が、互いにいなかった。それでいてファーストコンタクトが最悪だった。……ああ、無理もない」
「でも、結局、何だかんだ言ってる内に、神社に来るのが日課になっていた」
「そう。それに、誰も文句を言わなかった。C.C.ですらも」
くすくす、とスザクは笑う。ルルーシュも、当時を思うと苦い笑みが浮かんでくる。安全にだけは気を使っていたらしいし、さり気なく護衛もしていたらしい。当時の自分達は気が付かなかったし、それくらい完璧に、危険は排除されていた。その対象に、喧嘩や言い争いが入っていない辺り、良くできていた。
要するに、ルルーシュと日本を、そして枢木スザクを繋げた原因は、あの魔女なのだ。
彼女はエリア11、いや日本と言う土地に、魔女は何かを見ていた。それは、彼女の過去なのかもしれないし、長年の経験から何かを感じ取ったからなのかもしれない。だから彼女は、ブリタニアとの戦争の前に、自らの足で出向いたのだ。
ルルーシュの事は、ついでにしか過ぎなかった。最も、当時のルルーシュは国の外に出る名目さえ得られれば良かった。だからお互い様で、文句を言う気はない。結果として友人が作れたのだから、良いのだ。
ただ、ではC.C.が本当に、気まぐれでルルーシュを日本に連れて来たのか、と言えば……多分、そうではない。少なくとも、七年前のルルーシュに何が必要なのか。何を与えるべきなのかを、彼女は理解していた。そして、枢木スザクと出会ったばかりの頃、何を思ったのか助言を与えてきた。
『お前は、同じ年代の友人を作った方が良い。……マリアンヌの息子ではない。魔女の寵愛を受ける者ではない。ルルーシュ・ランペルージと言う個人を見てくれる人間を、な』
今ならば、その言葉の意味が分かる。魔女の助言が無かったら、きっとルルーシュは今でも人との接し方が下手なままだ。疑心暗鬼の中で、誰も彼も敵と見做して生きていただろう。
自分と同じように、租界の街を眺める青年を見る。
子供の頃からの癖っ毛は今でも健在で、くるくると先がカールしているし、浮かべる柔らかい表情はルルーシュが見知った物だ。違うと言えば、無駄に筋肉質になっているくらいだろうか。
視線に気づいたスザクは、小さく笑いながら過去を語る。
「今でも覚えてるよ。僕は、神社にやって来た見知らぬブリタニアの子供が気に食わなくて、難癖を付けて殴ったんだ」
「ああ。そうだったな」
痛かった頬を思い出す。今の自分が大人であるとはとても思っていない。だが、あの当時の自分達はもっと子供だった。些細なことで喧嘩をしてしまうくらいに。
当時はまだ、エリア11ではなく日本という国家だった。江戸時代に壊滅した京都を再建し、数百年に渡って日本を率いていたという、由緒正しい京都六家。その枢木家に生まれたスザクは、親の権力もあって……正直、鼻持ちならない子供だったのだ。
「ブリタニアは敵だと言われていた。ブリタニアの人間は敵だと思っていた。だから、何しに来たのかもわからない子供を、敵だと思っていた。だから、遊び場でもあった枢木神社に迷い込んだ子供は、格好の標的だった。――――誤算だったのは、その相手が意外と性悪で、策略家で、しかも僕が殴っても泣きごと一つ言わなかった事だ」
当時から、日本男児とはかくあるべし、と育ってきたスザクは、九歳にしては優れた身体能力を持っていた。生まれつきの運動能力の高さに加えて、師に鍛えられた武の実力は、大人でも取り押さえるのが難しい程だった。同年代でスザクを抑える事が可能だった人間など、あの皇の姫一人だけだ。
彼女は元気だろうか。出来れば、一回、話が出来れば嬉しいのだが。
「僕の拳を受けても、尚も目の強さは消えなかった。同年代の子供の中で、僕が怯んだのは後にも先にも、あの一回だけだ。多分、僕は心の何処かで、君の強さを悟っていた。……けれども自分の弱さを認めるには若すぎたんだ。だから、言葉に出来ない苛立ちを感じて、拳にしてしまった」
「痛かったぞ? 後にも先にも、叩かれたのではなく、殴られた経験はアレだけだ。親にも殴られた事は無かったのにな」
「殴られもせずに育った人間が、まっとうになれるか! と返した気もするけどね。……でも結局、喧嘩はそれ以上、続かなかった。その日の夜、互いにしっかり怒られたから」
「懐かしいな」
そう、懐かしい話だ。
あの時は、スザクは一国の首相の息子。ルルーシュは、ブリタニア本国からやって来た留学生でしかなかった。護衛にラウンズが一人付いていたとしても、立場の差は子供にも明白だった。
今は違う。スザクは滅びし国出身の一兵卒で、ルルーシュは帝国有数の騎士。立場も身分も、逆転して、過去以上に大きな差が広がっている。普通ならば口を効く事は愚か、近寄る事も許されない立場なのに。
「……君は昔のままだね、ルルーシュ」
少しだけ、寂寥感が混ざったスザクのその言葉は、過去の自分と今の自分は違うんだ、そう告げているように思えた。
「そうでもない。俺も過去とは違う。嫌でも国家の闇を覗いているからな。……汚れた自覚がある」
「そうかな。僕は君が、随分と……何だろう。大人になった? そんな感じがするよ」
大人、か。ルルーシュは自分が大人顔負けの実力を持っているとは思っているが、大人ではない。
母や、ビスマルクや皇帝や、魔女。そういった人間の事を大人と呼ぶのだ。今のルルーシュは、精々が大人に成り立ての雛鳥。資質はあっても、貫禄は無い。それに。
「安心して欲しい。俺は俺のままだ。軸もぶれてはいない。……それに俺が大人なら、世界の平和を真面目に望んでなんかいないからな」
帝国最強の一角たる言葉とは思えないセリフだったが、スザクは驚きも無く、普通に受け入れた。
子供の頃から現実的だったが、今のルルーシュは輪を懸けて現実的だ。少しだけ斜に構えている部分があるし、見方を変えれば悲観的にも思える。けれども、スザクから見ても、その態度には重みがあった。
今尚も支配し、他国を侵略しているブリタニア。その行動の片棒を担いでいる騎士。である筈なのに、目指している物は、遠く、遥か彼方にある。スザクには見えない程の、遠くに。
また、それを教えてくれる日は来るのだろうか?
スザクには分からない。だから、ただ一言、告げるだけに留めた。
「……そうか。……ならば、変わったのは世界なのかもしれないね」
「……ああ」
世界は変わった。七、八年前と今とでは余りにも違い過ぎている。残酷で無情な、時の流れだ。
風が吹いた。強い風だ。スザクとルルーシュの二人にも吹き付ける。湿度の高い日本の風は、遥か過去に感じた物と同じだ。あの夏の日。強い緑の匂いを、あの時の風は運んで来ていた。
そう言えば。
ふと、彼は思う。
七年前、晴れ渡った夏の日の帰り道に、小さな八百屋の前で、一人の少女とぶつかった。そして、追突の衝撃で少女の手から離れた、買い物帰りの袋の口から零れ落ちたのは、甘い匂い。熟れた桃だった。
それをルルーシュはスザクと共に拾い集め、しっかりと手渡した。
今でも、夏の日の記憶として、脳に刻み込まれている。
あの時の、赤い髪の少女。紅月カレンの事を、スザクは覚えているだろうか?
●
「お疲れの所、申し訳ありません。……本国から、連絡が有りまして」
「……いや、構わない」
頭こそ下げないが、礼を取ってコーネリアは話し始めた。
マリアンヌの弟子でもある彼女は、その影響もあって魔女には弱い。
昔から一向に老けたように見えない外見や、人間離れした態度、超一流の技量。人間としても違いを認識せざるを得ないというのに、彼女は昔の事をとてもよく覚えている。それこそ、幼い頃の失敗や、マリアンヌに姉弟子共々コテンパンにされた事までもだ。
「実は、地下の調査が一段落したら、C.C.卿にエリア11に行って欲しい、と通達がございまして」
「……ビスマルクからか?」
「いえ。シュナイゼル宰相閣下との連名となっています」
公私をきっちりと分ける彼女は、義兄上とも殿下とも呼ばず、出所を話す。
二人の間に割って入る勇気はないのか、ギルフォードとダールトンは壁際に静かに控えているだけだ。
「現在、元老院で議会の最中ですが、エリア11の副総督が近い内に決定する予定です。その来訪に合わせ、卿にもエリア11に行って頂きたい、様でして」
因みに、一ヶ月は懸からないだろう、とのことだった。地下のマッピングが形になったとはいえ、遺跡全てを一ヶ月で全部を調べるのは不可能だ。引き継ぎ等も含め、忙しくなる。
「……それは構わないが」
また大変だな、と少々げんなりした魔女だが顔には出さない。
しかし、と気になる点を確認する。
「良いのか? だとすると、エリア11にはラウンズが四人となってしまう。この国を落とした時だって三人だった。多すぎると思うがな」
「名目上は、副総督の護衛、となっています。また、エリア平定の仕事は、ル……失礼、ランペルージ卿とクルシェフスキー卿が中心となって行い、アールストレイム卿は軍の監督を任される模様です」
つまり、C.C.は副総督の護衛。ルルーシュ、モニカはエリア11の平定。アーニャは軍、――――もとい純血派の監督だ。一応、仕事も担当もばらばらでは有る。
だが、あっさりと魔女は意見を言った。
「……要するに、皇帝と宰相と元帥の、悪巧みだな?」
幾らラウンズが皇帝の采配一つで動くと言っても、巨大な戦力を一ヶ所に集めるのは時と場合による。エリア11という、既にラウンズが二人。現在は一時的に三人になっている土地に、それ以上を送り込むとなると、中々障害が多い。それこそ、元帥とか宰相とかが、お願いできませんか、と皇帝に嘆願した形でもなければ。
「……もう少し、オブラートに包んでお願いします」
同じ事は彼女も考えていたようで、否定はしなかった。
「それは失礼。しかし宜しいのか? 私が移動することによる支障は?」
「そちらは、私とエルンスト卿で何とかなると思われます。マリアンヌ元帥、ファランクス総監から、それぞれエリア18への物資や人材の派遣が形になっていますし、グラストンナイツもおります。お任せを」
「……其処まで言うなら、殿下に任せよう。――――しかし、そうか。エリア11か」
本当に、因縁がある土地だ。そう思う。あの時の旅路は、魔女にとっても思い出深い。
その中の一人。カルラの血をひく人間が目の前にいる。顔立ちや髪は、余り似ていない。けれども、コーネリアとユーフェミア。彼女達リ家は、確かにカルラの生きた証だ。
「卿?」
「ああ。いや。……ルルーシュに会えると思ってな」
思わず、感傷に浸ってしまった事を誤魔化す。考えるのはまたにしよう。
「そうですか。……貴方が気にしていてくれれば、私も安心していられます」
「そう褒められても、何も出ないさ」
軽口を叩く。そう、本当に感謝される云われはない。謙遜ではなく、本当に無いのだ。
そもそも、魔女がルルーシュの今を造ったと言っても、過言ではないのだから。
『あの事件』を語りたがる者はいない。
神聖ブリタニア帝国における、一種の禁忌として伝わり、噂話も流れない。
それだけの事件だった。
今この場で語るには、余りにも長く複雑になる。だから全ては語らない。
だが、八年前に、全てが変わった事は事実だ。
ルルーシュは決意を宿したし、魔女は彼と共に居ようと決めた。
マリアンヌ・ランペルージは第一線から退かざるを得なくなった。彼女は結局、帝国元帥という立場に就いたのだが、過去の様にKMFを自在に操るには難しい体になった事は確かだ。今もそう。一流であっても、全盛期の伝説には及ばない。
彼女はまだ良い。あの事件の被害者の中で言えば、被害は微々たるものだ。少なくともルルーシュの兄弟達と比較すれば雲泥の差だ。死んだ人間だって多かった。心の傷を癒せない者も多い。
背後にいる、ルクレティアの事を、少しだけ見る。
「……そうだ。エリア11に行くのは私だけか? 彼女も連れて行きたいが」
「恐らく大丈夫、だとは思われますが。……本国に確認、致しましょうか?」
「いや。自分でやろう。殿下の手を煩わせるのも悪い」
話が落ち着いた所で、魔女は身を翻した。取りあえず期限が決まった以上、計画を短縮する必要がある。
優先順位を考えつつ、明日以降について想いを馳せながら、退室しようとした、その背中に一言。
「卿。……その。――――あの子を、頼みます」
「任せろ。私はC.C.だ」
ひらり、と手を振った魔女は、口元に不敵な笑顔を浮かべて部屋を出ていった。
●
「スザク。……正直に言おう。俺は、お前のその腕が欲しい」
その申し出は、普通の名誉ブリタニア人ならば、本当に感激するだろう。
帝国最強の騎士。しかも人格者で有名なルルーシュ。その彼に、スカウトされるという事は、即ち本国でも地位が約束された様な物だ。一般のブリタニア人でも滅多にお目にかかれない、その言葉。
けれども、それに簡単に頷けるほど、スザクはルルーシュを知らない訳では無かった。
「……僕をランスロットに乗せたのは、だからかい?」
「半分はな。お前を死なせたくなかった。でも同時に、……理由は言えないが、お前を手元に置こうと思った。善意もあったが、打算もあった。――――其れは認める。すまなかった」
……だろうな、とは推測していた。
ルルーシュは、基本は優しい。だが、いざとなったらスザクが凍りつくような悪事をなす事が出来る。相反する様だが、彼はそういう性質を持っているのだ。ロイドが言っていた通り、好むと好まざるとに関わらず、ラウンズは人殺しの天才ばかり。彼も例には漏れない。
人殺しを好んではいない。だが、策略と暗躍で人を始末できるのがルルーシュだ。そして必要とあらば、その罪を利用して状況を進めもする。外道を演じられる。其れをスザクは、覚えている。
「僕が総理大臣の息子、だったからじゃなくて?」
「違う。――――言えないが、もっと別の理由だ。俺というより、C.C.や帝国が欲しているというべきか。お前には、それだけの力と価値がある。そして今更かもしれないが……俺は、そう言う物を抜きにしても、お前を仲間として引き入れたい。そこに足るだけの背景があるんだ」
スザクが、知らない。覚えていないだけ。
そう言ったルルーシュの顔は、嘘をついている顔ではなかった。
暫し、風の音だけを耳にしていたが、少し考えて口を開く。
「僕は名誉ブリタニア人になったことを、後悔している訳じゃない。……いや、むしろ他の人たちに比較すれば、十分過ぎる位に恵まれていると思う。だから後悔するのは間違ってるんだと、そう思っている」
ポツリポツリと、スザクは話す。
「日本が負けた後、僕は京都六家に売られて、ブリタニアに身柄を拘束された。前総理大臣の息子と言う立場は、格好の旗印になるからね。――――いち早く、ブリタニアに恭順の意を示した桐原さんが、その証拠として僕を引き渡した。……別に、恨んではいない。そうしなければ京都六家は滅んでいただろう。僕だって、父さんの死に責任を感じていたから」
「……ああ」
「ブリタニアの訓練施設で扱きに扱かれて、その後は殆ど強制的に名誉ブリタニア人にされた。使い捨ての兵士としてね。……七年は、長かったよ。幸いにも、人を殺す機会には恵まれずに済んだけれども――――同期で今も生きている仲間は、きっと多くない。僕が此処にいるのは、運が良かっただけだ」
「……」
何を言えば良いのか、分からなかった。
滅ぼされた国の人間に対して、滅ぼした国の人間が何かを言う事は、本当ならばおこがましい。普段のルルーシュならば、それを承知で――それこそゲットーでの戦いで紅月カレンに告げたように、話をするのだが、スザクに対しては言えなかった。
「だから、君を会えた事は嬉しい。君が僕との友情を覚えていてくれた事も嬉しい。少しの利用心はあったとしても、こうして話して謝ってくれた。だから、それもまあ……良いよ。でも、一つ、聞きたい」
一言。
「君は、どこまで非情になれる?」
ゲットーの作戦で、相手が自爆した時に感じた、苦い味。ランスロットに乗り続ければ、あれを何時までも体験し続けることになる。自分にはまだ、彼らの覚悟を踏み躙ってまで行動する覚悟は、足らない。
戦い続けるとなったら、間違いなく過去の記憶達と対面することになる。ルルーシュの事は信じたい。無意味な活動を続ける抵抗勢力も許し難い。けれども、親しい人間は……流石に、嫌だ。
生まれてから今迄、スザクは近隣者に危害を加えた事は、殆ど無い。それこそ反目していた父であってもだ。彼とは結局、仲直りが出来ないままで終わってしまったが。
「ルルーシュ。……君を殴ったあの日、僕は稽古場で師匠に叱られた。武とは心を磨くものだ、ってね」
「……ああ。藤堂、鏡志朗か」
「そうだよ」
目線を外に向ける彼の表情は、暗い。
魔女と共に日本を回っていた時、数える位だったが、顔を合わせた事がある。武人、侍、そんな言葉が似合う軍人だった。礼儀正しく、質実剛健を地で行く、ルルーシュの目から見ても立派な大人だった。
今の彼が《奇跡の藤堂》と呼ばれていることは、当たり前だが知っている。
「例えばだ、ルルーシュ。……君は戦場で向かい合ったら、藤堂さんや神楽耶ですら殺すのか?」
「……ああ。……仮に戦場で敵対したら、殺し合う羽目になる、だろうな」
一瞬、どう答えようかと迷ったようだが、結局、彼は頷いた。
「本音を言えば、出来れば殺したくない相手だ」
けれども、と彼は続ける。
戦場での説得が成功する訳ではない。優秀で味方にしたい人間を、しかし説得に失敗して、結局は戦場で倒した経験はある。その覚悟を承知で、ルルーシュは敵と対話をしている。だから、仮に《奇跡の藤堂》が靡かず、本気で戦う事になったら――――その時は、今迄の敵と同じ扱いになるだろう。
そう言った。
「それが帝国最強の一角にある、俺の義務だ。……俺にも、俺の守る者が有って、目指すものがある。だから藤堂鏡志朗であれ、皇神楽耶であれ、障害になるならば、俺は倒すよ」
「……それは、君の正義なのか?」
「正義、という言葉が相応しいかは、分からない。だが、信じる物の為に、貫く物ではある。……俺は何時も、戦場ではそう考えて戦っている」
「そうか。――――僕はまだ、何を目指せばいいのか、分からないよ」
世界を内側から変えて行きたい。そんな思いはある。けれども、其れは難しいだろう。困難だろうとも認識している。ルルーシュの手を取りたいが……。スザクは、まだ割り切れない。
そこまで割り切れるルルーシュは、やっぱり歴戦の騎士なのだろう。割り切っておらずとも、必要だからと前に進む事が出来る。それはスザクには持ち得ないルルーシュの強さだ。
スザクにも“分かっては”いるのだ。今迄敵味方だった者達が戦い、殺し合う。それが戦争だ。スザクが理解しているなら、歴戦の軍人である師匠も、自分以上に老獪な従姉妹も、きっと分かっている。
吹き付ける同じ筈の風が、酷く悲しかった。
「……時間が欲しい。お願いできるかな」
「分かった。……どんな答えでも、俺は怒らない」
「有難う、ルルーシュ」
それが、この小さな会合の、最後の会話だった。
きっと答えはすぐ近くにある。スザクはそう信じたかった。
●
真夜中。
ふと、ルルーシュは目を覚ました。
灯りが落とされた室内は、静寂に包まれ、物音一つしない。既に誰もが寝静まり、政庁で起きているのは当直と警備員のみだ。深夜、ラウンズも全員、寝静まっている。
微かに開いた視界には誰も映らない。寝る為だけに使われる自室に、異常は無いように思える。
「…………」
だが、息を乱さず、恰も寝返りを装う様に、ルルーシュは静かに枕の下に手を伸ばした。柔らかな枕の中に、固い感触がある。……コイルガンだ。
傍から見ていれば、眠っているようにしか見えない。だが、静かに確実に、彼は動いていた。指で銃を掴み、引き金を捉え、何があっても動き出せる様に体を眠りから起こす。
そして、いざ、動こうとした瞬間だった。
「お静かに」
す、と首元に鋭利な切っ先が突き付けられた。
首から、薄皮一枚の位置。起き上がったルルーシュの動きを止める格好で、何者かが背後に回っていた。
「!」
抵抗は無意味だ。そう悟らざるを得ない程に、完璧な挙動。その気配を悟っても尚、圧倒的な技量差を持つ相手。ルルーシュの運動神経は決して悪くない。仮にもラウンズだ。だが、この隠密性、この完璧性。ラウンズ一暗殺が得意なルキアーノで、果たして同じ事が出来るか。
真夜中の政庁に侵入し、ラウンズに抵抗させずに、無力化させる――――などと言う、離れ業は。
並みの腕じゃない。ルルーシュの身体能力とは、格が違う。
静かに銃を布団の上に落とす。瞳だけで下を向けば、僅かに見える鈍色の刃がある。光沢は、きっと毒でも塗ってあるのだろう。ますます持って動けない。
「……何しに来た?」
「ご安心を。殺すつもりはございません」
それでも怯まず、冷静な声で訊ねると抑揚のない声が帰って来た。
これまた、聞き覚えのある声だった。
「言ってみろ、咲世子」
名前を呼んだ、その一瞬だけ相手が驚いたようだったが――――静かに、見えない相手は告げる。
言葉の中に、微かに楽しげなものが含まれていたのは、気のせいではないだろう。
「京都六家と皇神楽耶さまから、言伝を預かって参りました」
用語解説 その15
漆黒の蓮夜
雑誌『少年エース』で連載中のコードギアスの漫画。原案・脚本は谷口悟朗。漫画はたくま朋正(ナイトメア・オブ・ナナリーの人)。
ギアス世界の過去、江戸時代を描いた漫画で、アニメ世界に正式に通じる物語である。
隠れ里『穎明(えいめい)の里』から浚われた、少女カルラ。本名をクレア・リ・ブリタニア。
彼女を救う為、美鈴、栞ら里の仲間達に、魔女C.C.と、ブリタニア貴族のアルト・ヴァインベルグを加えて旅立った少年・蓮夜の物語。
ルルーシュに酷似した謎の男“ダッシュ”や、皇二葉。謎の異能者ナイトメアに『桜の爆ぜ石』等、本編と関わりありそうな人間、単語も非常に多い。
どちらかと言えば異能力バトルもの。
発行部数が多くない為か、書店で探してもなかなか見つからない。
登場人物紹介 その15
ルクレティア・コーツ
機密情報局の一員である少女。本当の苗字は不明だが、保護者の偽名を借りてコーツと名乗っている。
長い金髪の美少女。名前から判断するに、恐らくイタリア系の出身。面倒見が良い、物腰柔らかな少女だが、芯が強いしっかり者。身内には時々厳しい。ちょっとだけ腹黒い。
一定の範囲内の空間・物質構造を知覚、解読するギアス《ザ・ランド》を持っており、戦略的に非常に優位性を齎してくれる。遺跡の発掘や、秘密の抜け穴。隠された空間などを見つけるのも得意。
ギアスユーザーだがマオほど屈折しておらず、複雑な関係とは言っても、C.C.とは仲が良い。
マリアンヌからの命令で、愛機GX01-Lと共にエリア18に来ており、地下の遺跡を調べているが、どうやら魔女と共にエリア11に向かうことになりそうである。
蓮夜ネタ。仮面の男。スザクとルルーシュの過去。おまけに篠崎咲世子。他にも色々フラグが立っていますが、段々とエリア11の主要な役者が出始めました。第一期主要キャラが揃うまで、もう少しです。
もう少し更新を早めにする事を目標にしつつ、続きを書いていこうかと思います。感想を頂ければ、もう少し早くなるかもしれません。最近、かなりモチベーションに直結しています。
ではまた次回。
そろそろ生徒会の面々も動かしましょう。
(6月4日・投稿)