<このWebサイトはアフィリエイト広告を使用しています。> SS投稿掲示板

SS投稿掲示板


[広告]


No.19301の一覧
[0] コードギアス  円卓のルルーシュ 【長編 本編再構成】[宿木](2011/04/27 20:19)
[1] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・中[宿木](2010/06/05 21:32)
[2] コードギアス  円卓のルルーシュ 序・下[宿木](2010/06/12 19:04)
[3] 第一章『エリア11』篇 その①[宿木](2011/03/01 14:40)
[4] 第一章『エリア11』篇 その②[宿木](2011/03/01 14:40)
[5] 第一章『エリア11』篇 その③[宿木](2011/05/05 00:21)
[6] 第一章『エリア11』篇 その④[宿木](2011/04/27 15:17)
[7] 第一章『エリア11』篇 その⑤[宿木](2011/05/02 00:22)
[8] 第一章『エリア11』篇 その⑥[宿木](2011/05/05 00:50)
[9] 第一章『エリア11』篇 その⑦[宿木](2011/05/09 00:43)
[10] 第一章『エリア11』篇 その⑧(上)[宿木](2011/05/11 23:41)
[11] 第一章『エリア11』篇 その⑧(下)[宿木](2011/05/15 15:50)
[12] 第一章『エリア11』篇 その⑨[宿木](2011/05/21 21:21)
[13] 第一章『エリア11』篇 その⑩[宿木](2011/05/30 01:50)
[14] 第一章『エリア11』篇 その⑪[宿木](2011/06/04 14:42)
[15] 第一章『エリア11』篇 その⑫(上)[宿木](2011/08/18 22:10)
[16] 第一章『エリア11』篇 その⑫(下)[宿木](2011/11/21 23:58)
[17] 第一章『エリア11』篇 その⑬[宿木](2012/06/04 22:47)
[18] 第一章『エリア11』篇 その⑭[宿木](2012/08/18 02:43)
[19] 第一章『エリア11』編 その⑮[宿木](2012/10/28 22:25)
[20] 第一章『エリア11』編 その⑯(NEW!!)[宿木](2012/10/28 22:35)
[21] おまけ KMF及び機体解説[宿木](2011/05/21 22:55)
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

[19301] 第一章『エリア11』篇 その⑧(下)
Name: 宿木◆442ac105 ID:21a4a538 前を表示する / 次を表示する
Date: 2011/05/15 15:50
 八年前のあの日、何が有ったのかを、ルルーシュは覚えていない。

 ……いや、嘘だ。僅かでは有るが、記憶に残っている。

 煌びやかな庭園に不釣り合いな、咽ぶような血の匂い。
 生温く肌を撫でて行った、どろりとした風。
 自分を守っていた魔女の手を振り払い、必死に駆けた先で目にした光景。

 記憶の中に焼きつく最後の姿は、自らの血と、返り血を浴びて佇む、母の姿だ。
 襲い掛かった凶刃を、その技量で返り討ちにした母は、死に掠りもしなかった。

 けれども、何故だったか。
 その時の、母は。
 恐らくこの先二度と見ないだろう――――儚い、まるで泣き出しそうな顔だった事だけを、覚えている。






 コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑧(下)






 マリアンヌ・ランぺルージ。

 世界各国、数多の戦場を駆け巡り、前線・後方支援・作戦、その全てにおいて常勝無敗の伝説を打ち立てた、ブリタニア最強の騎士。
 敵からは『不死身の魔女』。味方からは『閃光のマリアンヌ』と呼ばれ、畏敬と畏怖を集めた、先代ナイト・オブ・ラウンズの第六席。
 ブリタニア皇帝にシャルル・ジ・ブリタニアが即位直後、叔父ルイ大公によって引き起こされた「血の紋章」事件。先代ラウンズを初め、のべ2500人もの人間が、揃って皇帝シャルルに反旗を翻した、歴史に名を残す大事件において――現ナイト・オブ・ワンのビスマルク・ヴァルトシュタインと共に獅子奮迅の活躍をし、解決に貢献した女性。
 八年前を契機に、一線を退く事を余儀なくされるも、その戦術眼を買われて帝国元帥に就任。

 そして、何よりも大事な事実は、ルルーシュの産みの母親であると言うことだ。

 ここまで凄い経歴が並んでいると、さぞかし面倒な性格なのではないか、と思うかもしれないが、そんな事は無い。むしろ、本当に伝説通りの女性なのかと疑問に思うくらいに、態度も口調も軽い。

 「相変わらず、羨ましくなるくらい細いわね、ルルーシュ。……ちゃんとご飯、食べてる?」

 というのが事実、彼女の最初の言葉だった。部屋に入ったルルーシュの体格を図る様に、ぺたぺたと触れて来る。昔は随分と差があった身長ももう同じくらいだ。自分に良く似た顔が至近距離にある。
 やがて満足したのか。一通り確認した後で、でも、と母は続けた。

 「元気そうね。安心したわ」

 「母上も、御健在でなによりです」

 「ええ。勿論。私はいっつも元気よ?」

 この通り、と自慢げに言う。ルルーシュの言葉に、くるり、とその場で回転しかねない明るさだった。確かにそうだ。生まれた時から、この人が調子を崩す所は殆ど見た事が無い。

 「仕事中でしたか?」

 先程まで彼女が居た机の上には、何枚かの紙が有った。きっと仕事中だったのだろう。
 実技こそ少ないが、マリアンヌの講義は学校で一番人気を誇っている。正真正銘の帝国騎士で、息子の目から見ても美人で、知らぬ者はいない功績を持つ。これで支持を集めない方がおかしい。
 意外と忙しいらしいけれども、軍人としての仕事の息抜きで楽しい、と以前に語っていたか。

 「丁度、休憩する所だったの。――――折角だから、一緒にお茶にしましょう?」

 「……それじゃあ、御一緒させて、頂きます」

 マリアンヌは、特別顧問という立場だが、ボワルセル士官学校の誰よりも立場が高い。勿論、ルルーシュよりも。故に、ボワルセルの迎賓室は、もはや殆ど彼女の所有物だ。
 隣室にいる補佐官共々、かなり自由な行動が取れるらしかった。

 「気を楽にしなさい、ルルーシュ。親子で肩肘張るのも良くないわ」

 言いながら彼女は、部屋の片隅に置かれていた革張りのソファに腰を下ろす。
 その目には、机を挟んだ反対側に座って欲しいなー、という子供っぽい感情が見えていた。

 「……そうですね」

 最も、母は普段から少々型破りに過ぎると思うが――――確かにこれから、親子で会話をするのだ。隣室には母の秘書がお茶の準備をしているのだが、この部屋には誰もいない。
 常に緊張を強いられるラウンズの立場を、この部屋でも取り続けずとも良いか、と思う。

 迎賓室に置かれた、高級ソファに腰をおろす。賓客を遇す部屋だけあって内装が豪華だ。絨毯も机も、ランプや小物まで。一般庶民で買お揃えようと思えばかなり苦しいだろう。質実剛健が基本の軍学校の癖にこんなに金を使って良いのだろうか。
 しかし、まあ、今其れを言う程、ルルーシュは野暮ではない。空気は読める方だ。

 背中の柔らかな感触に、静かに息を吐いて、頭を付けて肩の力を抜いた。
 目を閉じる。心が落ち着くのが分かる。先程までのノネットや、その前のシュナイゼルでは決して味わえない感覚。母親の力は偉大だと、来るたびに思う。

 「……ふう」

 ルルーシュは、一瞬だけ、普段は見せない穏やかな表情を覗かせた。笑顔ではない。演技でもない。騎士や軍人と違う、ルルーシュという人間の、素の表情だ。
 次の瞬間には、気を入れ直してソファに座りなおしたルルーシュだったが、そこでとっても楽しそうな顔の母と目が有った。

 「……なんですか?」

 「いいえ。何でもないわ」

 マリアンヌは顔を綻ばせる。良い物が見れたとでも言いたげに、口が緩やかに弧を描く。
 その顔を見て、名高き騎士だと思う者はいないだろう。目の前の女性が本当に凄い存在であると知っている息子ですらも、そう感じるほどに。美しく、そして柔らかな笑みだった。

 「エリア11はどう? 随分と優秀な指導者が敵にいるとは、思ったけれど」

 「……母上の目から見ても、優秀ですか?」

 「そうね。――――ルルーシュを85点とするならば、シンジュクでの指導者は、60点に及ばないくらいかしら。訓練を受けた事が無い人間の中で考えれば、十分だと思うわ」

 くすくす、と母は微笑む。
 現場からは下がったと言っても、やはり騎士の気質なのだろう。強敵を見れば自分の手で打倒したいと思うし、優れた敵の指揮官には興味を覚える。ルルーシュも同じだ。優れた相手を優れている、そう認める事は苦ではない。

 「抵抗勢力、という立場を考えれば、十分評価に値する作戦でしょう」

 まるで、その場で見ていたかのように、マリアンヌは言う。
 ――――いいや。間違いではない。
 確かにあの時、ほんの僅かな時間だが、彼女はあの場所に居たのだ。

 「身体の方は大丈夫でしたか? シンジュクとは13時間ほど時差がありますが」

 「私を誰だと思ってるの? やろうと思えば、今でも72時間は戦えるわよ?」

 「そうでした」

 母は、アーニャと繋がっている。アーニャの身に危険が迫った時。あるいはアーニャを取り巻く環境が危険に陥った時。母は意識で繋がり、その肉体を遠隔操作する事が出来る。母のポリシーなのか、アーニャとの約束なのか。強引に繋ぐ事は、先のシンジュクの様な時でもない限り滅多にない。
 理屈で言えば、発信機を増やすようなもの、なのだそうだ。『マリアンヌ』の意識情報を、マリアンヌの肉体ではなく、アーニャから発信する。

 それが、母の持つ異能《ザ・ソウル》。魂を加工し、心を渡らせる技。

 その詳しい背景は、ルルーシュも知らない。訊ねた事もあるが、『ヒミツ、よ?』と怪しく笑った母に隠されてしまった。C.C.は承知しているようだが、やっぱり教えてはくれなかった。
 ただ、大変なのだろうとは思う。要するに、一つの意識で二つの体を動かす荒行だ。アーニャに干渉している間、本国の体が意識不明になっていても変ではない。きっと並々ならぬ苦労があるのだろう。
 一瞬、嫌な想像をする。もしも本国の体が死んだとしたら、アーニャの中に二つの意識が同居する事に……なるのかもしれない。不謹慎だ、と自分に言い聞かせて、話を戻した。

 「……因みに、自分に足りない15点の要因は」

 「地が出てるわよ、ルルーシュ。何か考えてたの? ――――味方を捨て駒にするまでの時間。不確定要素への対処が苦手。それに純粋な経験不足よ。それぞれが5点ずつ減点。安心なさい、貴方以上に優秀な指揮官はそうはいないから」

 「母上を除いて、ですよね?」

 「勿論」

 当然のように頷いた母を見て、やっぱり変わらないな、と思った。
 良く言えば破天荒で型破り。悪く言えば自分勝手。C.C.もビスマルクも、いや皇帝すらも、彼女には調子を狂わされるし、行動に巻き込まれる。「はしたない」「自覚はあるのか」と周りが告げる気分も、分からなくは無い。けれども、だ。

 少なくとも、母は信じる事が出来る。
 それさえあれば、十分だ。

 八年前のあの日以来、母は変わった。何が変わったのかは、ルルーシュには説明できない。子供だから気が付けたのかもしれない。確証は無い。しかし確かに変わったのだ。大きく。
 その身に負った怪我の後遺症で、全盛期の実力を失ったことも、関係しているのかもしれない。

 「失礼します。準備が整いました」

 軽く扉が叩かれ、隣室から補佐官がティーセットを携えて入って来る。
 ルルーシュと同じくらいの年齢の、透明感のある金髪の美女。豊満さこそないが、細身の隙のない様相。

 「有難う。貴方も待機していなさい、リリーシャ」

 マリアンヌの言葉に、静かに、はい、と返事をして美女は壁際による。
 湯の温度から抽出時間まで、完璧に図られた紅茶を、手ずから入れた母は、小さく口を付けて。

 「それじゃあ、飲みながらお話ししましょうか」

 本題に入りましょう、と告げた。




     ●




 「ルルーシュとしては、私に何をして欲しいの?」

 「……役に立つ部下を、何人か連れて行きたいですね」

 本当に率直に言った母の言葉に、素直に返事をする。建前を必要としない、というのは親子の強みだ。外に向けて発信する時は建前を付けるにしても、この部屋で回りくどい言い方をする必要もない。
 ルルーシュの言葉に、腕を覆う薄い黒手袋ごと、細い指を顎に当てて、うーん、と困った顔をする。

 「エリア11の軍人は、役に立たない?」

 「いえ。ジェレミア率いる純血派は優秀ですよ」

 壁際のリリーシャに、少しだけ目を向けながら、訂正する。

 「ですが、皆、軍人気質に過ぎます。軍力はありますが、情報戦や権謀術数に精通しているとは言えません。機密情報局も――――優秀な人間は何人かいますが、逆に言えば何人か、しかいません。解決したい問題の数を考えると、自分一人では限界があります」

 頭まで筋肉、とまでは言わないが、体育会系である事は間違いない。
 普通の事務処理ならばこなせても、腹芸、交渉、政治戦略ともなれば苦手な人間ばかりなはずだ。

 「機情で優秀な人も、少ない、でいいのかしら」

 「ヴィレッタ・ヌゥは、……まあ合格点でしょう。手綱さえ握っていれば暴走する心配はありません。後は並みです」

 「あらあら」

 意外と容赦のない言葉に、マリアンヌは苦笑いを少しだけ浮かべた。

 「調べたい事はどれくらいあるの? 機情とアーニャとモニカ。それにルルーシュだけじゃ足りない?」

 「――――難しいと思います」

 後ろ二人は非常に優秀だが、軍務がある以上、情報戦に酷使は出来ない。そもそも余りルルーシュも顎で使いたくない。
 今、ルルーシュが解決したい事柄は以下の通りだ。

 一、エリア11の不穏分子の排除。これはラウンズと純血派、総督一派の軍事力を使えば難しくないだろう。禍根を残さない為にも、上手な排除の仕方が求められるが、倒すだけならば可能。

 二、腐敗したエリア11内部の正常化。横領、着服に、抵抗勢力へ物資を送っている連中の掃除だ。機情には、この証拠固めを頼んである。しかし妨害工作や複雑な情勢も絡んでいる為か、進展状況は芳しくない。ヴィレッタが頑張って、結果を出しているくらいだ。

 三、エリア11の平定。これには高度に政治的な実力が要求される。あのカラレスと言う男が総督の席に座っている限り、多分無理だ。別にブリタニア人特有の優越意識を持つなとは言わないが――あの国に今必要なのは、弾圧ではなく復興と衛星エリアへの昇格。更迭する為には、かなりの労力を有するだろう。

 一から三まで、どれも簡単ではない。今迄の事象を見れば、どれか一つだけを解決するのは不可能に近いことは明白だった。繋がり合った一から三までを、一緒に終わらせる必要がある。

 「それだけでは、ありません」

 紅茶を優雅に飲みつつ、静かに話を聞いている母に、続けて語る。

 「飽く迄も、今言った事は最低条件です。……個人的に、より良い結果を残す為に動くとするならば、人手は、もう少し必要でしょう」

 ルルーシュが個人的に行いたい所行は、何れもかなり微妙な問題がある。
 枢木スザク。彼の処遇をどうするのか、と言った部分を考えれば、策をろうじる必要がある。抵抗勢力だって殺すのか殺さないのか、を考えれば一筋縄ではいかない。
 より良い結果を残す為に動くのならば、ルルーシュが信頼できて、尚且つルルーシュの行動を一々咎めない人間が欲しい。総督一派はミスすれば鬼の首を取った様に騒ぐだろうし、一般兵だって上司に命令されれば口を開かざるを得ない。

 苛烈なブリタニアの信奉者には、ともすれば反抗や帝国批判と取られる行動を、ルルーシュは時折取っている。勿論、皇帝に逆らう気もないし、皇帝自身もルルーシュが逆らうとは思っていないだろう。しかし外聞がある。噂は誤解を招き、障害となる。その辺が難しい所なのだ。

 「……成る程、分かったわ」

 静かに器を置いて、母は頷く。
 そのまま、背後に控えるリリーシャに視線を向けた。

 「リリーシャ。あの娘達の中で、今、手が空いているのは?」

 「ルクレティアが、C.C.卿の所に行っているだけですが」

 「そう。じゃあ一人はルルーシュの補佐。残りは本国で普段通りにお願い。後の人選は任せたわ。なるべくエリア11や中華連邦に精通している人間でお願い」

 「――――了解しました」

 静かに、軽く頭を下げてリリーシャは部屋を退室する。横を通り過ぎるその一瞬、ルルーシュと僅かに目が合う。瞳に、言いようのない感情が波紋のように写されるが、形を取る前に掻き消えてしまった。
 パタリ、と扉が閉じる音がして、部屋に沈黙が下りる。

 「そんなに固くならないの、ルルーシュ。気持ちは分かるけど」

 「……ええ」

 マリアンヌの言葉に、そうですね、と頷く。
 リリーシャと言う存在は、少し――――自然体で受け止めるには、厄介な立場の女性だ。付き合いは長いのだが、互いの立場が大きく違ってしまったからか……修復しきれていない。母が手元に置いているのも、きっとその辺を考慮した上の話なのだろう。

 「話を変えましょうか。ルルーシュ、貴方。この後の予定は?」

 「ええ。……取りあえず、イルバル宮に向かいます」

 今日はまず、この後イルバル宮に行く。そこで部屋の片付けや掃除、書類整理などを行う。オマーンに行く前から、かれこれ三週間は建物を空けているのだ。さぞかし、整頓のし甲斐があるだろう。
 合間を縫って、遅くならない内に隣接した格納庫にも行きたい。整備に出しておいたルルーシュの飛行艇を受け取る。エリア11への帰りは、これに乗って行くつもりだからだ。

 で、夕方からは会議だ。皇帝シャルルを筆頭に、マリアンヌ、ビスマルク、シュナイゼル、ベアトリスといった中枢メンバーが集まる会議。言い換えれば、事情を知る者達の、悪巧みだ。
 魔女が本国に居ない今、ルルーシュはその代理と、ビスマルクの補佐も兼ねて出席が求められている。

 「ナナリーには?」

 「勿論、顔を出していくつもりです。ですが、今日は難しいので……明日になると思います」

 「そう。……分かった、そう伝えておくわ。会えると良いわね」

 ラウンズという立場上、緊急の用事で予定が狂う事は多い。公人としての姿を、私人よりも優先させなければならないのは当然だ。愛する妹に対面する暇も、中々無い。
 まあ、妹の傍らには優秀な騎士がいるから、余り心配は、していない、のだが。
 それでもシスコンのルルーシュにとっては、結構辛い。最後に直接会いに行ったのは、もう一月近く前になる。

 「貴方と一緒にエリア11に行く人間は、今日中に選別して連絡をします。明日以降は、貴方が指示を出しなさい。……さ、そろそろお話も、終わりにしましょうか」

 「……ええ、はい」

 頷いて、ルルーシュは立ち上がった。母と、こういう無駄話をするのは楽しいが――――それだけをしている訳にも、いかない。互いに、国家において果たすべき役目がある。
 同じように立ち上がったマリアンヌと、正面から目線を合わせる。

 「では、ルルーシュ・ランペルージ。貴方の望んだ明日の為、精一杯やってくるように」

 行ってらっしゃい。頑張ってね。
 短くではあるけれども、母に言われる、それだけで――此処に来た価値はあると思う。

 「分かりました。……行ってきます」

 静かに笑って、ルルーシュは部屋を出た。
 体と心が軽いのは、きっと気のせいではないだろう。




     ●




 同日、エリア11。

 関東地方、某所。
 政庁に近い秘密基地の中、難しい顔で、何かを考えている紅月直人に、扇要は声をかける。

 「ナオト、どうしたんだ?」

 彼が此処まで、何かを考え込むのは、珍しい。少ない情報でも適切に判断を下し、短い間の決断でも、間違えることは滅多にない。そんな親友が、ここ数時間の間、何かを気にするように考え込んでいる。

 「……ああ」

 直人の言葉は、煮え切らない。何かを疑っている、あるいは不安を感じている。そんな印象を受けた。

 「いや、……気になる点があってな」

 「何にだ? 何か困ってるのか?」

 「困っている。……いや、困っている、で良いのかな。俺達グループに関係する、ってほど重大じゃないんだが。……埼玉が、変だ」

 「変? そりゃあ、ラウンズによる掃討戦があるって言われたからじゃなくてか?」

 「ああ。……まあ、座れよ扇。折角だからお前に話す」

 そう言って、前の席を促した。薄暗い、指令室の役目を果たす部屋はお世辞にも広くない。が、それでも最低限のスペースはある。
 扇が古びた座布団の上に腰を下ろすと、直人は状況を話し始めた。

 「お前も知ってるよな。サイタマゲットーで、抵抗勢力を消す作戦が進んでいる。指揮官は、ラウンズ十二席、モニカ・クルシェフスキー。昨日から今日まで、何回メディアで語られたかも分からない」

 「ああ」

 そう。ここ数日、と言っても昨日の今日だが、『五日後、サイタマゲットーのテロリスト掃討戦を行います』という放送が、メディアに流れたのだ。情報を記者に引き抜かれたのではない。敢えて宣伝しているらしかった。
 昨日の時点で五日後だから、今日で二日目。先明後日には作戦が開始される事になる。

 「放送の真意は……多分、ブリタニアが親切にも、告げてくれてる、んだと思う。『戦いに巻き込まれたくない人は、さっさと避難してください』ってことだ」

 サイタマゲットーと言っても、その面積は広い。ブリタニアの目標である『ヤマト同盟』の本拠地から距離をおけば、危険は多少なりとも抑えられる。

 日本の大多数の一般市民は、国民性なのだろう。抵抗勢力の邪魔を滅多にしないが、同時に巻き込まれる事を嫌う。だから、さり気なく本拠地からは距離を取る。

 シンジュクから流れてきた人や物資が有る。その中心に攻撃を叩きこめば、きっと恐ろしい被害を生むだろう。ブリタニアは其れが出来る国家だ。しかし、モニカは行わないらしい。五日間とはいえ準備期間が有れば、移動する余裕がある。出るだろう被害も、ゲットーへ流れ込む動きも減る。

 「で、これは多分、予想なんだが。……クルシェフスキーは、極力、一般人の被害を出さないつもりなんだと思う。カレンが本家を使って、本国の情報を調べてくれたんだが、彼女は一般人にはナンバーズと言えども、殆ど手を出さない。その分、敵には容赦しないらしいけどな」

 表の顔としてシュタットフェルト家に戸籍を持つカレンは、その立場を利用して、ナンバーズが知りえない様々な情報を集めている。アッシュフォード学園に通うのも、その一環だ。今も、租界で猫を被っているだろう。
 最も、カレン自身。アッシュフォードには友情を覚えているようだし、仲の良い友達もいるらしい。敵とブリタニアはイコールではないことを、彼女も悟りつつああるのだ。

 「ああ。……それが、如何したんだ?」

 「いや、本題は此処からだ。サイタマゲットーで戦闘が起きると分かった後、俺は連絡を入れた。『ヤマト同盟』のリーダー、泉だ」

 泉。グループの副リーダーとして直人と共に行動する扇も、何回かあった事があった。
 眼鏡に長髪、バンダナという一風変わった格好をしていて、リーダーよりも裏方が似合いそうな人間だった事を、思い出す。

 「泉は、……割と臆病なタイプだ。頭は良いが、臆病。その分、危険を察知することに長けているし、危険を無暗に侵さない、堅実な性格でもある。普通ならば、この五日間を幸いと、さっさと逃げ出すだろう人間だ」

 「ああ、俺もそう思う」

 「ラウンズが何を考えているのかは、完全には分からない。だが、一般人への被害を減らす事。そして、サイタマゲットーからテロリストが逃げる事を見越した上で、メディアを使って宣伝してるのは事実だ。――――拠点と武器さえ失くせば、反乱したくても反乱出来ない。反乱をしたいならば、もっと大きな組織に行くしかない。だから最後には纏めて倒せる、ってことなんだとは思うが……」

 腕を組んで、分析をしながら直人は言う。

 サイタマゲットーから一般市民の逃亡を許すという事は、言い換えれば、残っている人間は敵と認めるということだ。そして、逃亡の猶予を与えても居残る人間に、加減をする程、相手は優しくないだろう。

 「俺はな、扇。てっきり、――――泉が“逃げる”と思っていたんだ」

 「え。……違うのか?」

 「そうだ。電話越しに、あいつは違うと言った。はっきりと」

 「……無茶だ」

 練度でも兵力でも装備でも、全てに勝るブリタニア軍を相手に、勝てる筈が無い。
 勇敢に戦う事と無謀は違う、と直人は再三、扇達に告げていた。だからこそ、最も効果的な作戦を長い間に準備をして、実行に移して来たのだ。先の『シンジュク事変』でもそうだった。

 「ああ。普通に考えれば自殺行為だ。俺もそう言ったよ。でもな、泉はなんて言ったと思う?」

 扇の目を見て、真剣な目で直人は告げる。




 「『紅月。俺たちは死なない。ブリキの兵隊は返り討ちに出来る。其れだけの力を手に入れたんだ! みてろ、お前にも教えてやる! 俺達は力を得たんだってな!』」




 「……直人、本当に、電話に出たのは泉なのか?」

 「そうだ。お前にも分かっただろうが、はっきり言おう。普通じゃない。……明らかに、変だ」

 熱に浮かされた、興奮した口調。
 何か大きな力を得て、人格そのものが変化してしまった印象を受けた。

 「高揚感じゃ済ませられない。性格から何から、全てが違っているように思える。――――大きな力を得た代わりに、何かを失った、様にもな」

 「……だから、悩んでるのか」

 「ああ。泉もそうだが、『ヤマト同盟』だけでは済まされない問題の様な気がしている……。扇、お前も事態の推移を伺っておいて欲しい。何か、グループ内で異常があったらそれも報告してくれ」

 直人は、携帯電話の画面を上にして、机の上に置く。
 其処には、通信記録として「泉」の名前が載っている。

 その画面を見る親友の目が、滅多にない程に、鋭く深くなっていて、扇は何も言わずに部屋を出るしか出来なかった。




     ●




 それは、会話だった。
 高級官僚や皇族でも、殆ど内容を知る事が出来ないだろう、密約にも似た会談だった。
 『円卓会議』のような僅かな音声データすらも、残っていない。






 「では、エリア18の『遺跡』は、確保が出来たと解釈します」

 『ああ。近いうちに『扉』も開くだろう。『黄昏の間』とも繋がるのも近いだろうさ。そうなったら、『教団』の襲撃を心配する必要もない。私の仕事も一段落するから、エリア11に行く。構わないな?』

 「……私は構いませんが」

 「私も、構わない」

 『ああ。私もだ。エルンスト卿もいるから、心配はしないでも結構だ』

 「……だそうです。ヴァルトシュタイン卿、コーネリア殿下の双方の許可もあります。お気をつけて」

 『ああ』






 「一つ、宜しいですか?」

 「……何でしょう」

 「エリア11に、副総督を送って頂きたい」

 「ふむ。……続けると良い。ルルーシュ」

 「現在の総督は、最長でも半年で更迭されます。その後始末も第一皇女殿下に、任せてあります。――――今すぐに、では難しいでしょうが、エリア11を衛星エリアにするには欠かせません。その為にも、今から、次期総督にする人材を……副総督として、送って頂きたい、と思いまして」

 「どんな人間が良いのかな?」

 「カラレスの性質上、余り優しい性格ではまずいでしょう。ブリタニアの愛国者が納得し、なおかつ飴と鞭をそれなりに使い分けられる人間が良いでしょう」

 「分かった。元老院の方にも話を持ちかけよう」

 「……では、宰相閣下にお任せします。陛下のご采配を頂く必要はありますが、分かりました」

 「お願いします、ファランクス卿、シュナイゼル殿下」






 「宰相閣下。何か?」

 「中華への牽制が、この所、少し弱いと感じます。大宦官の汚職は留まる事を知らず、有能な人間は全て排除されています。『教団』がバックに付いた可能性は高いでしょう。加えてEUも……まあ、こちらは私達にも責任が有りますが、前線は緊迫しています。今は、小競り合いですが」

 「何か対策は?」

 「中華への策は、元老院と取っておきます。EUへの防衛線をお願いしたいのですが」

 「分かったわ。EUには、ちゃんと人を送りましょう。……下手に戦況が悪化すると、孤立部隊が出る可能性があるわね。ひょっとしたら成功確率5パーセントくらいの無謀な作戦を、行う羽目になりそうだし。――――勝手に兵を動かしても陛下は文句、言わないかしら?」

 「……大丈夫、だと思われます」

 「じゃあ、そうさせて貰うわ。……ところで、ベアトリス。その陛下はどちらに?」

 「せめて役職名でお願いします、マリアンヌ様。……元帥閣下に会う為に、気合いを入れて髪をセットしていた所は、見ておりましたが」

 「まあ、それじゃあ後で見に行ってあげましょう。きっと可愛いわね」

 「……可愛い、ですか?」

 「あら。男の人って、結構可愛いのよ? まだまだ、ベアトちゃんには分からないでしょうけど」






 「では、今回の会議はこれにて終了致します。……何か、他に言いたい事がある方は?」

 「あ、そう言えば」

 「……まだ何か、ランペルージ卿」

 「まあまあ、そう怒らないの。ベアトリス、可愛い顔が台無しよ? ――――で、なにかしら」

 「面白い人材を見つけました。二人」

 「どんなふうに面白いのかな。ルルーシュ?」

 「まだ、見極めはこれからですが――――ヴァルトシュタイン卿」

 「む? なんだ?」

 「――――あるいは、ラウンズの空席を埋めるに相応しい、人材かと」

 「……わかった。また教えて欲しい」

 「はい」

 「では、本日の会議はこれで終わりに致します。お疲れさまでした、皆さ――――」




 再度、特務局長の言葉を遮って。
 甲高い、携帯の音が、響いた。




 またもや言葉を遮られて不機嫌になったベアトリスを横目に、素早く取る。

 「はい、ルルーシュ」

 通常、会議の前には携帯の電源を落としておくか、マナーモードにしておくのが普通だ。だから、当然ルルーシュも、音は消していた。だから普通の電話で着信音が、鳴る筈が無い。
 しかし、何が起こるか分からないラウンズだ。緊急時は、必ず音で知らせるように設定がなされている。

 言い換えれば。
 鳴ったという事は、ルルーシュに緊急事態を告げているという事に、他ならない。

 『ルルーシュ! 大変、です!』

 「モニカか? ……おい、息が荒いぞ? 何が有った」

 電話の相手は、モニカだった。普段は柔らかい口調が、厳しく張り詰めた物になっている。

 ペンドラゴンとエリア11では、大凡13時間の時差がある。向こうは早朝。六時前くらいの時間の筈だ。これから社会が動き出す、その直前に発生したという事は、かなり……嫌な予感がする。
 人々の準備が終わっていない間に、行動する。
 最も集中力が切れる時間帯に、発生した、何かがあったのか。

 『私は、大丈夫です。……それより、聞いてください』

 モニカの息が荒いのは、寝起きだったかららしい。即座に飛び起きて、まずルルーシュに連絡をいれたのだ。素早く音声を大きくして、室内の誰もに声を届くように設定する。

 全員の視線が集まっている。唯一人、母だけが目を閉じているが……これは多分、アーニャから情報を得ているのだろう。その顔が、ほんの少しだけ険しくなっている。
 モニカは、深刻な声で言う。




 『サイタマゲットーに駐留中だった、KMFを含む総勢250人。攻略戦の為に集積していた重火器を含め――――全滅しました』




 ……どうやら、妹に会う余裕はなくなったようだ。

 先程までの空気が、一瞬で引き締まった事を肌で感じながら、ルルーシュは静かに悟った。
















 登場人物紹介 その12

 リリーシャ

 苗字は不明。マリアンヌが、補佐官・秘書官として使っている美女。ルルーシュと同じくらいの年齢。
 淡い金髪に、隙のない格好。スタイルは平均的だが、持ち前の雰囲気の為か、武官のイメージを受ける固さがある。それが女性らしさの減衰に繋がっているのだろう。
 ルルーシュとも長い付き合いなのだが、とある事件を切欠に関係が変わってしまって、修復されないまま今に至っている。別に恋愛絡みではない。接し方を探しあぐねている状態。
 マリアンヌが部下に引き抜いたのは、関係を改善しようと企んでいるから、かもしれない。






 用語解説 その9

 《ザ・ソウル》

 マリアンヌの持つギアス。魂を加工し、人の心を渡っていく力を持つ。
 アニメ、ナナナ共に、彼女の死の寸前に使用され、その後肉体が滅んだ為に、アーニャの中に意識だけが残ってしまった。だから、彼女が「生きている状態」で使用した場合、どうなるのかは不明。
 作中の説明は、飽く迄もルルーシュの認識。正しいとは限らない。マリアンヌ自身が情報を隠している為、その裏に何があるのかも不明。そもそも、何故アーニャにギアスをかけたのかも不明だ。














 母、かなり良い人……なのか? マリアンヌというだけで裏がありそうです。

 あ、ナナリーは生きて“は”います。生きてる、という以外にどんな状態なのかは、まだ秘密ですけど。

 気付いた人もいるでしょうが、この話は、初期設定に、最新情報『GAIDEN 亡国のアキト』まで、出来る限りのネタを詰め込みます。ので、きっとその内ライやゼロ様(ガチムチ)、カルラや蓮夜、ヒュウガ・アキトなんかも話に出てくるでしょう。

 次回はサイタマゲットーの話。
 世界相手ならば順風に見える帝国でも、敵は一筋縄ではいきません。ブリタニア駐留軍壊滅の背景や、『教団』の謎が少しだけ判明する、かも。

 ではまた次回。

 (5月15日・投稿)


前を表示する / 次を表示する
感想掲示板 全件表示 作者メニュー サイトTOP 掲示板TOP 捜索掲示板 メイン掲示板

SS-BBS SCRIPT for CONTRIBUTION --- Scratched by MAI
0.025421857833862