「最近の世界情勢はどこも不安定でね。いつ、身内に危害が及ぶかを考えただけで、私はひやひやしているよ、ルルーシュ」
カタリ、と白の城塞が前に出た。
放っておけば、八手目に騎士を奪われるだろう。
「世界の混乱を生みだす、まさに元凶たる一人、の言葉とは思えませんね。宰相閣下」
序盤から不動だった歩兵を、二つ前に。
城塞の進路を邪魔し、次いで此方の安全圏を確保する。
「いや、私は自分の身の安全は確保しているつもりだよ。危険が高い仕事には、皇帝陛下はラウンズという護衛も付けてくださるしね。――――私が心配しているのはね、ルルーシュ、君だ」
すぐさま、相手の僧侶が盤面中心まで斜めに進む。
上手い手だ。歩兵を一駒失うのは避けられまい。
「……心配ですか?」
こちらも、僧侶を動かした。
女王を牽制しながら、騎士と城塞に狙いを定める。
「勿論。戦場では何時、誰が、何処で死ぬのかも分からない。唯でさえ皇位継承争いは熾烈なんだ。腹違いとはい」
タン! と、机が鳴った。ルルーシュが、シュナイゼルの言葉を封じるように、机を叩いたのだ。
しかし、白の女王は悠然と動く。殆ど捨て駒も同然の動きだった。
「シュナイゼル殿下。――――その話は、無しです」
その女王を、取らない。
代わりに、黒の王を動かす。
「私に、父はいません。そうでしょう?」
相手も又、不利になった黒の王を攻めず、素直に女王を戻す。謝罪のつもりなのだろう。
「そうだったね。だけど、忘れないでくれ、ルルーシュ。私もコウも、ユフィもクロヴィスも。……皇帝陛下も、君達家族の事は、大事に思っているんだという事をね」
「……それは、承知しています」
僅かに考え、危険を承知で城塞を横に。相手が相手だ。この先、戦況の膠着は免れまい。
シュナイゼルもまた、長考に移行しつつあった。
「しかし、時の流れも速い。……あの子が消えて、もう八年になる」
「ええ。……ですが私は――――諦めません。決して」
互いに、盤上の駒を動かして行く。
徐々に、相手の手に落ちる駒が増えてきた。
油断をすれば、たちまち王は敵の手に落ちるだろう。
「世界を壊してでも、目指すと、……あの時、決めましたから」
「そうだね。――――頑張る事だ、ルルーシュ。応援しているよ」
微笑んで、彼は静かに女王を動かす。
「さて、これでチェックメイトだ」
「…………」
今回もまた、ルルーシュの敗北。
占めて、298回目の敗北だった。
コードギアス 円卓のルルーシュ 第一章『エリア11』編 その⑧(上)
帝都ペンドラゴン・ダレス国際空港。
ルルーシュ達一行は、VIP専用通路を歩いていた。
航空艦から直通で入れる、外からの接触は一切が不可能、警備も護衛も万全の、皇族御用達のVIP専門通路だ。この短い距離すらも歩きたくない“お偉いさん”の為に、空港移動用の小型車まで用意されていたりする。
『偶には自分の足で歩くのも悪くは無いよ』と告げ、シュナイゼルは、徒歩での移動を選んだ。ルルーシュとルキアーノ。そしてシュナイゼルの騎士であるカノン・マルディーニをお供に進んでいく。
話すべき内容は、移動中に散々語ったからか。特に会話は無い。カノンが、ルキアーノを注意深く伺っているくらいだ。
「……あー。すまんがマルディーニ卿。前を歩いて貰って良いか?」
「あら、良いわよ?」
その視線に、なんか嫌な物を感じたのか、ルキアーノは列の最後尾に並び替えた。
シュナイゼルの騎士である彼は、――――彼、の表現通り、性別は(多分)男なのだが、微妙に女っ気が有る。男色家ではないらしいが、性別に関係なく、男女の両方を愛せるタイプの人間なのだろう。
まあ、そういうのは人それぞれだから、それに何かを言いはしない。深く考えると、色々と魔女に、必要以上にからかわれる。色事めいた話は、ルルーシュの数少ない弱点だった。
「ルルーシュ。俺はこの後、どうなるんだっけ?」
「……お前は殿下と一緒に王宮だ。その後は、ヴァルトシュタイン卿から指示を仰げ」
「あー。お前は?」
「聞きたいのか? 細かいぞ?」
そう返すと、止めとく、と短く言ってルキアーノは黙ってしまった。其れが賢明だろう。戦いには類希なるセンスを発揮する吸血鬼だが、頭脳方面はさっぱりだ。自覚があるのが幸いか。
そのまま歩いて、五分ほど経過しただろうか。
辿りついた先には二台の車が止まっていた。空港内部に、そのまま車を乗り入れているのだ。外気に一切触れる必要のない構造を取っており、乗りこめば、そのまま空港外に出られる。
「ではルルーシュ。また会議で会おう」
先んじて運転手達を確認し、安全を確かめて扉を開けたカノンの前で、帝国宰相は軽く笑いかけた。
宰相としての仮面の笑顔では無い。微かでは有るが、感情の色が見えた笑い、だったと思う。
「……お気をつけて」
ルルーシュは、敢えて無表情を装って、それを見送った。
神聖ブリタニア帝国には、大西洋に面して、二つの巨大都市が存在する。
帝都ペンドラゴン。
首都ネオウェルズ。
皇帝が住むブリタニア宮殿。皇妃が住む黄道十二離宮。ラウンズの住むイルバル宮や、大貴族の本家まで。国家の最重要人物が集う、帝国で最も重要な都・ペンドラゴン。
これに対して、証券取引所を初め、大企業の本拠地が置かれる、いわばブリタニアという国家を動かす都市がネオウェルズだ。元老院議会や各国の大使館も、この地に置かれている。
どちらの方が重要か、と一概に言う事は出来ない。どちらも大事だ。
しかし、今のルルーシュにとっては、ペンドラゴンが目的地だった。
「……少し、電話をかけます」
ペンドラゴンに向けて走る車の助手席から、運転席に声をかけ、ルルーシュは携帯を取り出した。数日前から仕事ばかりだが、不平不満は言わない。もう慣れている。
そもそも。ラウンズという立場の中で、しっかりと事務仕事を出来る人間は少ない。
処理能力自体が足りないのがルキアーノ。やる気はあってもミスが多いのがドロテアとジノ。自分の分で手一杯なのがアーニャとノネット。ラウンズの仕事が多く、個人で手が回りきらないのがビスマルクとC.C.だ。
となると必然的にモニカとルルーシュの二人が雑務処理に追われる羽目になる。勿論、彼らにも個人の仕事がある。その結果、事務処理能力が高いルルーシュは、大体の場合モニカより早く他者の事務処理を引き受けるというわけだ。
とはいっても。今回の電話先は、ルルーシュの個人的な根回しである。
『――はい。どちらさまでしょうか』
「ラウンズのランペルージです。お取次ぎ願いたい」
『……少々、お待ちください』
すいすい、と巧みな運転で帝都に向かう車は、意外な速度を出している。流れる景色を横目で眺めながら、電話先の“主”が出るのを、ルルーシュは辛抱強く待った。
こういう時に、待たされる事は多い。相手が位階の高い人間ならば、なおさらだ。待った挙句に、もう一度改めてお願いします、と言われる事もある。しかし、多分そうはならないだろう、と予想していた。
ルルーシュは、其れだけの立場を今まで、帝国内で築いてきていた。
やがて、相手が出る。
『……なんだ』
妖艶と表現できる、女性の声。矜持の高さが電話越しにも見える。
間違っても友好的な相手ではないが、それはルルーシュも同じだった。
「少々、貴方に益のある話を、お教えしようと思いまして」
先のシュナイゼルや、あるいは以前のコーネリアとは全く違う、声色。
言ってしまえば、交渉や取引を行う、冷徹な策謀家としての態度だ。
「続けても宜しいですか? ギネヴィア第一皇女殿下」
そう、電話の先の相手に、告げた。
●
帝都ペンドラゴンに向かう車の中は、即席の交渉の場となっていた。
空気を読んだのか、運転手は何も言わない。ただ、速度を一定に保たせるだけだ。電話相手へのルルーシュの不遜な態度に怯え怯まず、平然としている。
「エリア11の総督に付く、カラレスと言う男。皇女殿下も御存じの通り、公爵家の出身です。アッシュフォードと同じ、昔からの名家……と言っても、まあ差支えはないでしょう」
アッシュフォードは歴史ある名門だが、KMF開発で莫大な富を得る前は、普通の貴族だった。凄く悪い言い方をすれば、歴史はそこそこあるが、家柄以外に誇る物は少なかった、と言える。
これは別にアッシュフォードに限った話ではない。だからこそ、どの貴族も業界こそ違えど、新規分野への参入や派閥構成に精を出すのだ。他の家と比較して、“自分達はこれだけ有能で優秀です”というアピールが、国家からの援助や利権確保、家の拡大に結び付くのである。
「そのカラレス。近々、更迭します」
『……ほう』
更迭されます、ではない。更迭“します”とルルーシュは言った。
その小さなニュアンスを、電話の相手が掴めない筈が無い。伊達に第一皇女ではないのだ。
『出来るのか?』
「ええ。エリア11の平定には、あの総督は邪魔ですから」
『なるほど、お前がそう言うならば、そうなのだろうな』
淡々と、読み上げるような口調で、彼女は告げる。声だけ聞けば美しいが、透明で色が見えない声だ。
コーネリアを苛烈な炎とするならば、ギネヴィアは冷徹な氷。言いかえれば冷酷さがある。コーネリアと違うのは、階級や権力として相手を見る事はあっても、恐らく他人を、――――もしかしたら己すらも、人格を持つ存在と見る事が無い、かもしれないという事のだ。
「今すぐ、とは行きませんが、恐らく半年持たないでしょう。対処をお勧めします」
『対処は当然だ。だが、間違いは無いな?』
これは別に、更迭の理由を尋ねているのではない。そんな瑣末な事は、彼女にはどうでも良いのだ。
カラレスがエリア11から更迭される、という事実だけがあれば。
「ええ。エリア11は非常に危険。衛星エリアなど夢のまた夢です。カラレスでは、その内、手に負えなくなるでしょう」
『お前が、そう演出させるのか?』
「さて」
言葉を濁して、ルルーシュは笑いかけた。
意味などない、演出としての笑い。外見だけの、代物だ。
『まあ良い。私の権威が揺らぐのも困る。――――それで、私は代わりに、何時も通りで構わないな』
「ええ。皇族内部での争いを、極力発生させずに、お願いします」
『……良いだろう』
先も言ったが、ギネヴィアと言う皇女は、冷徹だ。非情とも言える。親族だろうが兄弟だろうが、己の邪魔ならば容赦なく切り捨てる人間だ。ブリタニアでは珍しくない性格(シュナイゼルだって、やろうと思えば同じ事が出来るが)だった。
だが、逆を返せば――――敵以外には、全く脅威ではない。彼女の世界を脅かしさえしなければ、実害を与えてこない、と言う事でもある。無関心な彼女は、その度合いも、並んで強い。
そして必要とあらば、他者と(演技で)交流する事も、厭わない。
『ルルーシュ・ランペルージ。貴様がどうなろうと、私は知った事ではない。が』
第一皇女と言う立場は、ルルーシュでなくとも敵に回したい人間はいない。
だから、親しくは無いが、取引相手・交渉相手として放っておく。彼女は他者に興味が無いが、自分に降りかかる害は、自発的に取り除く意欲はある。そこが平和主義(日和見主義とも言う)の第一皇子オデュッセウスと違う部分だろう。
権威を脅かすだろう人間、名前を汚す人間、そして国に危険を呼ぶ存在。そう言った者に対しては、適当な情報を与えておけば、彼女は勝手に処分してくれる。宮廷内で誰かが死んだら、それはギネヴィア勢力が絡んでいる、とまず疑えと言われるほどだ。そして、あながち間違いではない。
重要な役職でこそないが、宮廷内で彼女が確固たる地位を築いている理由が、それだった。
彼女を上手に使えば、宮廷内の騒動は、内乱の種火にもならない。
『ラウンズという地位に居る以上、戦場で無残な屍を晒す事は許さん。国家と騎士の栄誉を汚すなよ』
「御忠告、と言う事で承っておきましょう……。では」
世辞も何もない。唯一、最後のその言葉だけは、ギネヴィアなりの気遣いなのかもしれないが、ルルーシュは感情を出さずに通話を切った。
そのまま携帯電話を反対側に畳み、中身の電子機器を強引に引っ張り出し、修復不可能なほどに砕いた後で、袋に詰めてしまう。後で不燃物として捨てておこう。
念の為の用心だ。ギネヴィアの様な相手には、警戒を重ねても足りない事は無い。
「……まだ使えるんじゃないか? それ」
「プリペイド式の安物ですよ。暗号化ツールより効率が良いんで」
ルルーシュの一連の行動が終わった所で、運転手が声を懸けてきた。
助手席に気を懸ける必要が無くなったからか、車の速度が上がり、態度も軽くなっている。
「相変わらず腹黒いな、お前は。私には出来ないよ」
楽しそうな声に、ルルーシュも無難に返す。
この人を相手に肩肘を張っても、仕方が無い。
「……でしょうね」
「昔の純粋さは何処に行ったんやら。……成長したというか、ひねたというか。全く。『ノネットお姉さん! こんにちは!』と可愛く挨拶してくれたルルーシュは、今は何処だい?」
「八年以上も昔の話を、持ち出さないでください」
天才的なハンドル操作と真逆の、口調だけはしみじみと呟く運転手に、ルルーシュは呆れながら視線を向ける。態度が軽くて当たり前だった。
運転席にいたのは、ノネット・エニアグラムだ。
ノネット・エニアグラム。
ラウンズ第九席の座に就く、軍学校の雌虎。
母・マリアンヌの直弟子の一人で、ルルーシュとは昔から親交があった。
『円卓会議』で語る『虎殺し』の異名は比喩でも何でもない。実際に軍人時代、夜の密林で野生の雌虎を相手に、ナイフ一本で立ち回り、見事に仕留めて帰還した逸話は士官学校の伝説になっている。
「ギネヴィア皇女殿下か? 常の如くの宮廷内の火消し役を?」
「ええ」
間違っても味方になる人間ではないが、敵にせずに済ませる事は出来る。
第一皇女は、次期皇帝には(恐らく)なれないだろう。だが多分、死なない限りはあのままだ。王座を狙わず、絶対に排斥されない立場を構築するという、ある意味賢い在り方を貫いている。
毒には違いないが、薬として扱える毒だ。毒にも薬にもならないオデュッセウスと合わせておけば、宮廷内のゴタゴタの大半は、何とかなる。
「身内の敵は、唯の敵よりよほど厄介ですから」
「そうか。まあ、私は細かい事は嫌いだ。そういうのはお前に任せるよ」
はっはっは、と剛毅に笑うノネットに、貴方は大雑把過ぎるんですよ、とは言わなかった。
以前言ったら、首をロックされて実にかっちり極められた経験がある。運動神経が良いとはいっても、肉食獣にも似たノネット相手には、流石に勝てない。
「ところで今更ですが、何故、私の迎えに?」
「ん? ああ、元帥閣下に言われてな。息抜きも兼ねて出て来たんだ」
「……御苦労、おかけします」
「いやいや。私も楽しんでる」
その言葉は、嘘ではないらしい。
すいすいと走る自動車の速度は、普通に130キロをオーバーしている。この高速道路に制限速度は無いからか、巧みな操縦で容赦なく車を抜き去っていく。KMF乗りにしてみれば危ない認識は無い。
むしろ、唐突な荷重や、障害物。敵からの攻撃が無い分、楽勝だ。
「エリア11が大変なんだって? お前が元帥閣下に、話すくらいには」
「ええ。――――昨晩も話をしましたが、危ないと思います。属国となって七年。しかし、七年が経過しても騒乱は収まっていない。行き場を追われた、後ろ暗い連中が潜むにはもってこいの状況です。……もしかすると、既に抵抗勢力と接触している可能性も、十分に」
「……そうか」
きゅい、とタイヤが路面と擦れる音がして、車線が変わった。
一般車と違い、ラウンズ保有の車に制限速度は無い。運転免許と乗用車を取得しているのは数人だが、そのどれもが無制限の許可を持っている。アクセルを踏み込まれ、カスタムされたキャデラックは速度を上げ、速度計は160キロを示した。
遠くに見えていた帝都の宮殿が、見る間に近づいてくる。
「そう言えばお前。相変わらず、テロリスト、という言葉を使わないんだな」
「……ええ。正義は不変では有りませんから。――――仮定の話ですが、自分が彼らの様になる可能性があった、と考えると、どうしても穏便な解決を探ってしまう」
そう、ルルーシュは本当に、彼らと同じ場所に立つ可能性があった。一歩間違えれば、傾国のテロリストとして、ブリタニアを崩壊させる存在に身を窶していたかもしれない。
そうならなかったのは、保護者のお陰だ。
「甘い事は、承知の上です」
「――――その甘さを、長く引きずるなよ。切り替え、割り切れないと、何時かお前に牙を向くぞ。……だがまあ。……その甘さは嫌いじゃない。何かあったら言うと良い。コーネリア殿下からも、お前を頼むと言われているしな。今エリア11に行くのは、ちょっと人数的に厳しいが」
からから、とノネットは笑って速度を落とす。
気が付いたら、高速道路の減速車線だった。
帝都ペンドラゴンの中心付近。王宮を中心に放射状に発展した帝都は、交通網も非常に発達している。平均速度が130キロ以上だった事もあるだろうが、空港から十五分も経っていない。
「バクスチャ宮ですか?」
「いや、ボワルセルに居る筈だ。だから私が迎えに出れた」
「……ああ」
ブリタニア帝国軍の最高司令官・帝国元帥。
“彼女”が普段仕事を行っているのが、ブリタニア軍の統合本部が置かれている離宮。通称をバクスチャ宮だ。
しかし帝国元帥はその他に、名誉職としてボワルセル士官学校の特別顧問も兼任している。今日は、そちらにいるらしい。
「朝から、お前と会うのを楽しみにしてたよ」
「そうですか……」
実は、ルルーシュも楽しみにしていた事は、秘密だ。
●
同日、エリア11。
「サイタマゲットーの、テロリスト殲滅戦、ですか?」
「そうです。是非とも、貴方に指揮を取って頂きたく思いまして」
……さて、如何したものだろうか。
政庁の総督執務室で、モニカは困ったなあ、と声には出さずに呟いた。
目の前には、丁寧そうな格好で交渉する、カラレル……じゃなかった。カラレス。頭は下げていないが、頭を下げても変ではない勢いで、懇願してきている。何で此処まで一生懸命なんだ。
「あの、何故、私に?」
「聞きしに勝るナイト・オブ・ラウンズ殿の実力を、この目でみたいと言うのが本音でございます。シンジュクゲットーでは、アールストレイム卿を拝見する事が出来ました。次は一つ、クルシェフスキー卿の技量を拝見したい、と厚かましくも思っている次第でございます」
「…………」
なんか、物凄く力説された。
筋だけは、通っていなくもない。
確かに、モニカにも強いという自負はある。外見からは想像できないアーニャの実力を見れば、だったら若い女の自分も、同じ位に凄いのではないか、と思われて不思議ではない。
が、普通そういう感想は、ジェレミア辺りが言ってくるセリフだ。実際彼は――――これもアーニャから聞いた話だが――――、モニカに軍事演習に参加して貰って、その射撃能力を少しでも伝授して欲しい、みたいな事を言っているらしい。軍事演習の規模にもよるが、考えても良いと思っている。
しかし、総督が態々、自分に頼む。
(……ルルーシュが離れた途端、ですか)
もう、そうとしか思えない。
鬼の居ぬ間に……なんとかだ。ルルーシュという帝国有数の頭脳が消えている隙に、少しでも実権を握り直し、エリア内での権力を確固たるものにしようと画策しているという事か。
ジェレミア率いる純血派は、ルルーシュに親和的。アーニャも付いているから、無理は通せない。
先の『シンジュク事変』では、総督一派は被害を受けた。地盤崩落前に、アーニャが全軍に撤退命令を出した為、最悪は免れているが、KMF六機を含めた18人が命を落としている。対して純血派は、KMFこそ三機失い、予断を許さない者が3人いる。が、それだけだ。展開方法が上手だった事もあって、死者は(今のところは)無い。
ルルーシュが機情に調査を命じた、謎の特殊部隊。あれが総督一派に関わる部隊ならば、既にカラレスは持ち駒を失っている事になる。チェスで言えば歩兵二つ程度だろうが、それでも損耗は損耗だ。ミスが続けば、其れこそ僧侶や女王など、致命的なダメージを受けかねない。
(……だから、今の内に)
それも、自分に頼む。
モニカの力を借りる事で、今後のルルーシュへの牽制とするつもりなのだろう。
どうも優しげな雰囲気のせいか、モニカは何かと面倒事を任される事が多い。まあ、確かに。確かにビスマルクのような歴戦の軍人や、皇族をも手玉に取れる魔女に比較して、随分と普通である自覚はあるが――――そのせいか、「御しやすい」と思われている、のだ。癪な事に。
まあ、戦場での噂話が先行し、直接、ラウンズの人柄や実力を見れる者は少ないのだから、無理もないのだが。
「……今、サイタマゲットーに攻勢を仕掛ける理由は?」
「部下からの報告では、崩落したシンジュクを脱出したイレブン共が、サイタマに集っているようです。先の事件から見ても、彼らがテロリストと、その協力者であることは明白。此処は一つ、容赦せずに潰しておくべきではないですかな」
シンジュクから撤退したテロリスト達は、そろそろサイタマで合流するだろう。
ならば、集まりながらも体勢を立て直す前に、今の内に叩いてしまおう、という作戦らしい。
(確かに、筋は通ってるけど)
困ったな、と再度、思う。
ゲットーに住む人々は、表立って反抗しないまでも、抵抗勢力の活動を邪魔する事は無い。これは傍観者に徹し、情報を流さず沈黙する。言ってしまえばゲットーの人々なりの、消極的抵抗だ。
しかし、サイタマゲットーに無差別攻撃を仕掛ければ、民間人を殺す事になる。
(それは、……したくない)
絶対に、したくない。何せモニカ自身、元々は民間人で――――問答無用に、ブリタニア国内の抗争に巻き込まれた。そして運命に翻弄された挙句にラウンズになった経歴を持つ。
だから民間人を巻き込むのは嫌なのだ。自分の過去を重ねてしまう。
命を懸けて行動しているテロリストに銃を向ける事は出来るが、無抵抗の民間人は……。
「……サイタマの、テロリスト集団の情報は?」
「それでしたら、此方に」
どうぞ、と手渡された書類を読む。
現在サイタマゲットーを本拠地にしている集団は、『ヤマト同盟』と呼ばれる組織だ。
そう言えば、ルルーシュが纏めた書類の中で、その名前を見た。日本で活動中の勢力では、そこそこ大きい部類に入り、注意されたし、と書いてあったか。
書類では『人数は数十人と予想されており、戦力は重火器とKMF。地下での活動が主。駐留軍が何回か接敵しているが、壊滅には至っていない。恐らくは情報を『日本解放戦線』に送っていると思われている――』と書かれている。
要するに、諜報戦を重視しつつも攻撃も行う地下活動団体だ。数十人といっても、五十人はいない。
そんな少ない者達を殲滅させる為、サイタマゲットー全域を壊滅させるつもりか。この男は。鞭の使い方は非常に巧みだが、飴を持ち合わせていないらしい。
「……これ、私が出ずとも十分じゃないですか?」
「そんな事はありません。ラウンズの貴方様が前線に立つだけで、味方の士気は上がり、敵の士気は挫けます。他の土地のイレブン共も、抵抗の無意味さを知る事にもなるでしょう」
(私、前線に出るスタイルの機体じゃないんですが)
という内心の言葉は、言わなかった。
暫しの間、考える。
『ヤマト同盟』を倒す。これ自体は良い。問題は、その倒し方だ。
下手に殲滅戦を行えば、余計な恨みを買う。そして恨みはエリア全土に伝播する。カラレスが鞭ばかりを与え続けた結果が、消える事のない抵抗活動と、一向に良くならない治安だ。
そもそも殲滅戦を行った時、ゲットーは当たり前だが被害を受ける。治安や風紀が、租界と比較にならない位、乱れている、とはいえ――ゲットーは旧日本人の大事な居住区だ。ゲットーを潰せば、其処に住んでいた人々は別の場所に移るしかない。復興支援だって困難になる。
ルルーシュが受けた命令は平定。
今現在、モニカがルルーシュの代理ならば、モニカの仕事も平定だ。
「……条件が有ります」
数分、考えた後に、モニカは総督に告げた。
「この件は、私に指揮権を移譲する事。実行まで、今日から五日間の準備期間を頂く事。以上二つを頂ければ、ランペルージ卿にもアールストレイム卿にも指揮権を渡さず、私が全て対処します。……それで良いならば、引き受けましょう」
「……む、それは」
ルルーシュへの指揮権移譲を渋った総督だ。当然、モニカの条件も飲み難い。だが、もう一度ルルーシュの命令下で行動を取らせるより、幾分はマシだと思う。
それに、計画には、行動への期限は乗っていなかった。基本は(気に食わないが)この総督の計画に沿うとしても、アレンジはさせて貰おう。
一応フォローをしておくと。モニカに隙を付け込まれたカラレスだが、別に無能ではない。そもそも無能だったら総督に任命されない。
単に、支配する能力はあっても、矯正エリアを衛星エリアにする実力は無い、それだけの話だ。
「どうしますか?」
優しげな顔に似合わない、生死を潜ってきた騎士の瞳で、正面から見つめてやる。
――――帝国最高の騎士の一人を、御しやすいなどとは間違っても思うなよ?
「……お願いする」
その圧力に負けたのか、カラレスは結局、頷いてくれた。
うん、意外と役に立つ物だ。こういう笑顔の交渉術は。
少しだけやり返せた事に満足し、総督の部屋を出たモニカは、さてと、と大きく伸びをする。
(……あそこまで言った以上、本気で取り組みましょう)
忙しくなる。今の話をルルーシュに伝え、同時にサイタマゲットーの被害を少しでも減らす様に行動しなければいけない。純血派の力も借りたいし、メディアも使う必要がある。
しかし、まずは。
「あ、もしもし。エル? ちょっとお願いがあるんだけれど」
特派に連絡を入れて、モニカは親友に頼む。
「私のベティウェア。整備をお願いしたいんだけど、良い?」
愛機の準備だ。
●
ボワルセル士官学校。
ブリタニア帝国における超名門の士官学校であり、名の知れた騎士・軍人は、ほぼ全員がこの学校の出身。この学校に入る事が一つのステータスになり、この学校を出ていない人間は軍の高くまで上ることが出来ない、とまで言われている。
主席ともなるとその名は国内外に鳴り響く。ノネット、ベアトリス、コーネリアは、当然の如く全員が首席卒業。ルルーシュが一時、ラウンズとして騎士候を得る為に在籍していた学校も此処だった。
正面玄関に横付けされたキャデラックから、ルルーシュは降りる。
「部屋は分かるな?」
「ええ。送ってくれて、有難うございました」
軽い挨拶をして、別れる。
ノネットはこのまま、陸軍の実技演習に参加するらしい。
今の時期は、歴戦の軍人による集中鍛錬の期間だ。ある程度の基礎が固まった今の時期を見計らって、普段以上に厳しい訓練を実施する。ここ最近、彼女が忙しいのもそれだ。
彼らの取り組みや意欲、結果や得意不得意などを見計らって、クラス選別などを行う。皆に“手伝ってくれ”というのも、見習い軍人達をより適正に評価する為に、なるべく多くの人間に見て貰った方が良い、という理由だろう。
しかし、昨晩の話ではないが、本当にビスマルクが来たらどうするつもりだったのだろうか。
「邪魔するぞ」
そんな事を考えながら、来客玄関から入り、入室記録に名を書く。
そして受付にいた事務員が、唐突に顔を出したルルーシュに驚いている間、するりと中に入り込む。この学校に限って言えば元帥のお陰で顔パスだが、手順は手順だ。
(迎賓室、だな)
今まで何回も訪れた事があるルルーシュは、別段迷う事もない。静かな校舎を歩く。
平日で授業に出ているからか、生徒の数は見えない。外の校庭から、小さく訓練の音が響いてきているだけだった。
金が懸かった廊下の先、迎賓室に辿り着く。
まるで入る者を拒むかのような重厚な扉。普通の学校の扉の筈が、明らかに不釣り合いだ。この場合、釣り合っていないのは、扉か、中に居る人間か。
……多分、後者だろう。実際、この士官学校の生徒(軍人見習い)で、中の人物に直接対面しようと気概を持てる人間は、そう多くない。そんな事は恐れ多い、と委縮してしまう。
訪ねて来れるのは、それこそノネットやルルーシュの様な、“彼女”と近い立場の者だけ。
小さく息を吐いて、扉を叩く。
既に向こうは、ルルーシュが部屋の前に立っている事に気が付いているだろう。
「はい。――――開いているわよ」
返される言葉は、軽やかな女性の声。妖艶で成熟した、けれどもどこか子供っぽい、楽しげな声だ。
「……失礼します」
静かに入ると、直ぐに相手と目が有った。
穏やかさと意志の強さを併せ持つ瞳が、ルルーシュを見る。
そして、どんな時も優雅さと余裕を失わない、楽しそうな表情が――――はっきりと、綻んだ。
彼女こそが、帝国元帥。
「お帰りなさい、ルルーシュ。元気そうね」
「はい。……お久しぶりです、母上」
マリアンヌ・ランペルージだ。
登場人物紹介 その11
モニカ・クルシェフスキー
神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属の『Knight of Rounds』の第十二席。
金髪碧眼の美女。真面目で、可愛い物に目が無く、ラウンズの優しいお姉さん、という立場にある。特に年下のアーニャを可愛がっているようだ。騎士とは思えない柔和な雰囲気だが、外見で判断してはいけない。その気になった時の、殺気や胆力はやっぱり凄い。
騎士としての能力は当然高いが、頭の回転や情報処理能力も早く、ラウンズの仕事は、大抵がルルーシュと分け合ってこなしている。KMF技術にも精通しており、特派のマリエル・ラビエとは親友。
ラウンズに居る経歴は不明。ただ、元々は民間人で、国内の騒動に巻き込まれた結果、運命に翻弄されて騎士になった、らしい。
元々巻き込まれた民間人の為か、無抵抗の一般人に対して武器を向ける事を忌避する傾向にある。人種への偏見も無い。
登場機体は「ベティウェア」。
詳しい詳細は不明だが、射撃タイプの機体で、後方から狙い撃つのが仕事らしい。
用語解説 その8
サイタマゲットー
エリア11平定に向け、次なる標的となった土地。
七年前のブリタニア侵攻時、日本陸軍朝霞駐屯地があった為か、かなりの激戦区になった。その名残は今も深く、シンジュクゲットーよりも治安が悪い。推定人口は、数万人。
現在は地盤が崩壊したシンジュクゲットーからの避難民、また脱出したレジスタンスが合流しており、今迄以上に人々が流入している。
この地を本拠地とする抵抗勢力『ヤマト同盟』を倒す作戦が、モニカの指揮に委ねられている。
母さま登場。
マリアンヌが“死んだ”とは、作中では地の文からセリフまで、一切、書かれておりません(唯一、C.C.が語ったのは“マリアンヌ・ヴィ・ブリタニアはいない”と言う事実です)。
ジェレミアとか、アリエス離宮の回想とか、「アーニャの中に居る存在」とか、それっぽい雰囲気を出しておけば『ああマリアンヌは死んだんだな』と、読者の皆様が“原作知識がある分”引っかかってくれると思ったら――――大正解でした。やったぜ。
マリアンヌ=生きている、として読み返せば、伏線は山ほど張ってあります。
ルルーシュの卒業に手を回した者が居るとか。
ラウンズの皆が、ボワルセルに行くのを微妙に苦手としているとか。
ヴィレッタ・ヌゥが、ルルーシュの覚えが良ければ出世できると考えてるとか。
ノネットが妙に士官学校との繋がりが強いとか。
アッシュフォードが没落していないとか。
ルルーシュを取り巻く環境は、まだまだサプライズが一杯です。
次は、本国での会議がメイン。でも、エリア11の動きも、怪しい……。
ではまた次回の(下)で会いましょう。
(5月11日・投稿)