コードギアス 円卓のルルーシュ 序・中
マスカット市内へと凱旋するナイトメアフレームがあった。ブリタニア帝国の第五世代グロースターをモデルに、多重装甲と、可能な限りの重火器を兼ね備えた、カスタム機体だ。平均重量を遥かに超える機体ながら、外見に似合わない優雅な動きで、周囲から遅れずに行動している。
カラーリングは赤紫。グロースターの紫よりも紅い、緋色に近い色をしている。搭乗者の趣味なのか、所々に塗られた黄色が、殺戮の道具に僅かな可愛らしさを産んでいた。
ファクトスフィアが、搭乗者に、周囲の様子を伝えて来る。
焼け焦げた家屋。崩落した建物。陥没した地面は砲弾の跡。乾燥した空気の中に混じる、血と火薬の匂い。未だに燻り続ける残り火と、吐き出される黒煙。砂漠では蒼かった空も、何処か灰色が懸かっている。
そして何よりも、行軍する軍勢に向けられる、視線。
怯え。恐れ。怒り。不安。憎しみ。恐怖と憎悪に塗れた、名前を奪われた犠牲者達の視線が突き刺さる。ブリタニアの軍勢に怨嗟の声を向け、憎悪の視線を向ける人々達。その大半が、市内に残る、女性と老人だった。成人男性が明らかに少ないのは、戦場で捕虜となったか、戦死したからだろう。
気力を失った敗者の姿が、其処には有った。
市内は全てブリタニア軍が占領している。街の数か所には、今尚も籠城を続行する勢力が残っているが、首都としての機能は全て掌握された。空港、港町、放送施設、そして――――国家の象徴たる、王宮までもが、既に帝国の物となっている。
中心部へと続く、部分部分が破壊された舗装道路の先、メイン画面に映る物が有る。
旗だ。赤色の単色で構成された、首都マスカットの旗。
アラム宮殿の上。熱い風に煽られる首都旗を、目の前に拡大表示する。操縦者のサイズに合わせ、僅かに小さく造られたコックピットの中、鮮明な画像が浮かび上がった。
首都マスカットに掲げられた国旗と首都旗は、この先、公には見られなくなるだろう。
国家の名前と、誇りと共に、今日、消え去るのだ。
「……記録」
滅亡させた事を、謝るつもりは一切ない。
しかし、懐の中に抱える携帯電話で、メインモニターに現れた画像を保存する。
「完了」
無表情に呟き、しっかりとデータが保存されている事を確認して、携帯電話を仕舞い直す。
視界の中、王宮の屋根の上に兵の影が見えた。数人の兵達が手に持っている物が有る。遠目でも丁重に扱われている事が良く理解出来る代物もまた、旗だった。
蛇の尾を持つ獅子が、己の蛇を喰らう構図。
神聖ブリタニア帝国の帝国旗。
取り換えられた国旗は、新たなエリア確立の、証明だった。
宮殿前に、二つのG-1ベースが置かれていた。
皇族が軍を動かす際に使用される、ブリタニアの陸戦艇だ。参謀府から野戦病院。果てはブリタニア人の収容を可能にする巨大稼働基地は、向かい合う様に配置され、王宮前に停止している。
両方共に、完全武装の二十以上のナイトメアフレームに警備され、出入り口のエレベーター付近にも重装備の兵隊が立ち並んでいる。常に油断なく周囲を確認している正面に、堂々と彼女はナイトメアフレームを止めた。
格納庫まで行かないのではない。このG-1ベースの片方が、彼女達の臨時の格納庫だった。
《ナイト・オブ・ラウンズ》の専用機体など、帝都か、よっぽどの設備が整った場所で無ければ、補修など出来ない。精々がエナジーフィラーの交換と、弾薬補充程度だろう。最低限、租界レベルの設備は必要とされる。支配したばかりの土地に、そんな物が有る筈が無い。
G-1ベースの中に機体を入れない理由もあった。総監督であるコーネリア・リ・ブリタニアが、まだ帰還していないのだ。敵軍を壊滅させた後、ついでに市内各地の残存兵力を叩いているのである。
ラウンズ権限を使用すれば、機体を収納は出来る。だが、皇室との間に無用な火種を産む必要も無い。コーネリアという皇族の事を、良く知っている彼女にしてみれば、心配は不要だと知っていた。事後承諾でも許してくれるだろう。しかし、気使いという心構えは大切である。
格納庫の前に止めてあるのだ。納入するのに手間は懸からない。止める位置にも気を払ったから、他のラウンズ機体や、皇族機体の邪魔にも成らないだろう。
「……出よ」
機体を静止させ、動力を落とす。響いていた鈍い回転音が消えると、同時にコックピット内部のルーフランプが点灯した。自動車の車内灯と同じで、戦闘中は無駄な電灯が付かない仕組みになっている。穏やかな色の電灯の下、始動鍵を引き抜いて、両足の脇に供えられたイジェクトを作動させる。
ガショ、と言う音と共に、背中側に競り出す様に、パイロットブロックが飛び出る。掌の中の鍵を手首に回し、落とさない様に固定した上で、彼女は立ち上がる。
「……任務、完了」
彼女の名は、アーニャ・アールストレイム。
《ナイト・オブ・ラウンズ》の第六席に座る、ラウンズ最年少の天才少女だ。
周囲の兵隊の視線の中に、羨望が有る。
帝国最強の一角に名を連ねる、史上最年少の少女。その容姿を見て、伝えられる武勲は本当か? と懐疑的だった兵達も、先の戦闘での活躍を見て評価を一変させたようだ。噂は本当だった、という声が小さく聞こえて来る。
慣れた物だ。昨年にラウンズに入隊を果たして以来、常に、良くも悪くも噂は纏っている。悪くなれば、男性陣を籠絡させた、皇帝に取り入った、そんな根も葉もない噂もあった。
ナイト・オブ・ラウンズは、そんな生易しい組織では無い。他者と隔絶された、圧倒的な実力を必要とする。確かにアーニャも他者に頼ったが、それは己を鍛える為。何度も土を付けられ、敗北し、努力の末に実力で席官の座をもぎ取った。
最も、その敗北の回数が非常に少なく、異様に呑み込みが速い事は、アーニャの有する天性の才能の証明だったのかもしれない。
戦場で実力を証明すれば、結果と評価は自ずと後から付いてくる。就任して半年もすれば、皇帝が戯れに自分をラウンズに登用したのではないと、国内の誰もが認める様になった。
その変わりに、天才少女として(特に若い男性兵士に)噂され、人気を博すように様になったのだが、こちらは諦めている。自分に後輩が出来れば、その内に言われなくなるだろう。
「……暑い」
頭上から降り注ぐ熱気に、内部から出なければ良かった、と一瞬後悔をする。しかし、戦闘でもないのに、ナイトメアの狭い中に閉じ籠るのも嫌だった。仕方ない、と息を吐く。
オマーンの緯度は、フロリダとほぼ同じだ。しかし、砂漠気候である事。インド洋から乾燥した風が吹いている事。今の季節は雨が多く降らない事。複数の理由が重なり、非常に気温が高い。
G-1ベースに入っていようか、と考えたアーニャの頭上が、影に覆われる。
地面に映る影は、非情に特徴的な、”コ”の形だ。其れだけで、誰の機体なのか一目瞭然だった。
明らかに目立っているアーニャのナイトメアを目印にしたのだろう。ゆっくりと、六枚羽を展開させて、静かに降りて来る機体が有った。帝国でも僅かにしか実装されていない緑色の光る羽――――フロートシステムを有し、単純な砲撃ならばラウンズでもトップクラスの火力を有する、『空飛ぶ棺桶』エレイン。
アーニャだって乗りたく無い、欠陥品……怪物機体だ。以前に乗せて貰った時、動かす事、操縦する事までは辛うじて出来たが、戦闘などは冗談では無いと思っている。幾ら身体能力に自信が有るラウンズでも、慣性で体が壊れてしまう。
自分には、もっと単純なコンセプトの機体が相応しい。重装甲、大火力、超馬力の、移動砲台で動く要塞の様な機体だ。本国で造って見ようか、と頭の中で考えている間に、目の前の機体が着陸する。
航空戦力としてのナイトメアは、戦闘機の形こそしているが、中身は別物だった。機体への出入りもパイロットブロックを使っている。”コ”の中央部分。僅かに厚みが有る場所から、やはり迫り出すように、イジェクトされた。
開いた搭乗口を掴み、軽やかに身を引きだす搭乗者。
緑色の髪が、太陽に反射する。
「――――毎度、毎回。色々と神経を使う機体だよ」
やれやれだ、と言う態度で、C.C.は地面に降り立った。
「お疲れ様。C.C.」
「ああ。お前もな、アーニャ」
降り立ったC.C.の近くに寄る。首、肩、腕、背筋、腰と屈伸運動をするC.C.に、異常は見られない。
普通の人間では絶対に支障が出る、怪物機体を扱える。体への負担を気にせずに戦闘をして、毎回帰還する。その技量が、彼女がラウンズ内で確固たる地位を築いている理由の一つだ。
アーニャとしても、見習うべき点は多い。皇族に異常に効果を出す顔であったり(皇族が苦手としている、と言うのか)、実は皇帝相手にも変化しない態度であったり、重要な部分を逃さない明晰さであったり。
流石にピザの大食いを、見習う気は無かったが。
「ルルーシュは?」
アーニャの問いかけに、エレインの始動キーを手首に収納し、狭い操縦席で、ラウンズの正装が汚れていないかを確認しながら、C.C.は答えた。ナイトメアから降りて行う事は、誰でも一緒だ。
「コーネリア殿下と一緒だ。市内の不穏分子を始末しているよ。少し時間は懸かるが、時期に戻って来るさ。……G-1ベースに入るか? 殿下からは許可を貰って来たぞ?」
「……ううん。良い」
意外と面倒見の良いC.C.が、気を利かせる。
冷房の効いた室内に入る事は、確かに魅力的な提案だった。戦闘の疲労。コックピットでの圧迫感。蓄積した疲労と、汗の不快感。それらを広々とした室内で癒せたら、どれ程に快いか、と思った。けれども、
「ルルーシュが帰るまで、待つ」
「そうだな。ならば私も付き合おう」
近くにいた兵隊に汗を拭う為のタオルを要求し、C.C.もまた、アーニャの隣で動かない。恐らく、最初から出迎えるつもりだったのだろう。
先までと違って、直射日光を防げていた。エレインの影がアーニャとC.C.を守っている。吹く風は未だに暑いが、我慢が出来るレベルになっていた。肩の力を抜くアーニャに。
「動くなよ?」
ばさ、と頭から大きめのタオルが被せられる。懐から取り出した携帯の画面が、見えない。
「――――C.C.」
「良いからじっとしていろ。髪が痛む。型が崩れるのも、嫌だろう?」
軍用の量産品では得られない、柔らかな感触。皇族も使用する高級品が、頭を包んでいた。
がしがし、と乱暴さの中に優しさを含んだ手付きで、C.C.はアーニャの頭を拭く。砂漠の砂埃と、強い日差しだ。女の髪と肌には天敵に違いない。
操作しようと思った携帯から、手を放す。
彼女は、アーニャと仲が良い。ラウンズ最年少と言うだけでは無い。アリエスの離宮で行儀見習いをしていた過去を持っている事。ルルーシュの幼馴染の一人である事などが、理由に有るのだと思っている。
C.C.の、不器用な優しさは、外見と同じく、昔から変わらない。
「……ルルーシュの方が、上手い」
「そうだな。認める。だが、これでもノネットやドロテアよりは上手いだろう?」
「…………ん」
頷いて、アーニャは髪を任せる。口では文句を言っても、C.C.の手を振り払おうとは、思わなかった。
一通り、顔を身綺麗にした後の事だ。
「エリア18が、アラビア侵攻の拠点に成る事は間違いない。エリアから航路を使用すれば、簡単に到達できる」
アーニャの携帯に表示された、アラビア半島の地図を見ながら、C.C.は語った。
白い指が地図をなぞる。ブリタニア本国から太平洋を横断。オーストラリア、インドネシアを経由し、オマーンへと通じる航路だ。今回の、上陸作戦で使用された航路でも有る。
「今回の作戦で、オマーンの国家だけでは無い。オマーン湾、ペルシア湾を使用していた国家にも、ダメージが与えられる」
オマーンを支配した事で、それよりも奥まった航路は、必然的に使用が難しくなる。
「クウェート?」
「そうだ。アラビア半島の中でトップクラスの生活水準を有するクウェート。バーレーンやカタールは、まだサウジアラビアからの陸上支援が有る。一番苦しいのはクウェートと、此処と隣接する、アラブ首長国連邦。そしてイラク、だろうな」
指が一点をさす。オマーンの海上艦隊が多大なダメージを受けた、ホルムズ海峡だった。
アラブを跨いで『飛び地』であった此処も、オマーンの支配と共にブリタニアの土地に成る。
「必然的に。海上輸送に頼るペルシア湾岸国家は、ホルムズ海峡の使用について、ブリタニアと交渉しなければならない。海上輸送が使えなかったら、経済崩壊の危機だ。多少の政治的苦痛は呑み込む」
今迄が裕福だった国家ほど、財力を失う事を恐れる物だ。
国民の危機、国家の衰退を考えれば、不平等な条件でも承諾する必要がある。
「最も、フジャイラに寄港し、陸上経路でドバイやアジマーンまで運送。ペルシア湾を北上すると言う方法もあるが……」
オマーン湾に面する、アラブ首長国の中規模港を指差し、そのまま陸上を西に横断するルートを示す。
「非効率で、一時鎬にしかならない」
C.C.は愚問だ、と切り捨てた。
第一に、国境線に近いフジャイラを頼る事は難しい。何かあったら直ぐに近隣からブリタニア軍が来襲する。オマーンのインフラは多大な投資の元、非常に整備されている。耕地が広がる湾岸線沿いに築かれたハイウェイを使用すれば、国境まで数日も懸からない。
第二に、アラブに金を落とす事になる。ブリタニアとの戦争の為、アラビア半島が一時的に手を結んでいる状態とは言え、無駄金を使う余裕は、どの政府にも無い。帝国に対抗する軍拡で精一杯だ。
更に情報を付け加える。
「本国は、オマーンを統制した後は、アラブ首長国に乗り出すだろう」
首都マスカットと同時期に、周辺の大都市は支配されている。ミナアルファール、マトラ、ニズワー、ハブーラ。オマーンの名だたる大都市は帝国の手中に堕ちている。
首都陥落以降も抵抗活動を続けていたのが、湾岸線に面する北西の都・ソハールと、砂漠に近いイブリーの都だった。この内、イブリーの戦力は先のルブアリハリ砂漠で壊滅している。
残るソハール戦力も、消滅の一歩手前まで追い込まれている事は間違いない。ブリタニア軍に無謀にも攻撃を仕掛けるか、内部分裂で自滅するか、アラブに逃亡するか、降伏を受け入れるか。
どの選択肢も、帝国の絶対的優位を覆す事は出来ない。
「アラブが支配されれば、完全にオマーン湾は使用できなくなる。そうなれば、クウェートやイラクが、オマーン陥落以上の、経済的打撃を受けるのは明らかだ。不利な状況に置かれるから、ホルムズ海峡の使用の為に差し出す代償も、大きく成る」
「だから、今の内に?」
「そうだ。遅かれ早かれ、ここ数年でオマーン湾の航行は確実に制限される。経済的な打撃を受ける事も確定事項だ。ならば、より被害を減らし、より有利な条件で批准するのが賢いやり方だ。アラビア諸国の首脳陣が馬鹿で無い限り、近いうちに打診をして来るだろう」
まあその仕事は、ラウンズでは無く帝国宰相の仕事だがな、と最後に付け加えた。
「……そうだ。質問」
「何だ?」
ルルーシュとコーネリアの帰還を待つ間の事だ。時間を持て余したアーニャとC.C.は、ナイトメアの日陰で、変わらずに政治の話をしていた。
ラウンズの仕事が戦闘と言っても、国政と権力中枢に近い以上、最低限の知識は要求される。
国政に詳しいC.C.が、世間知らずな部分を持つアーニャに答える形式だった。
「サラーラ、は?」
地図を見る。オマーン攻略における重要地。南方の港町・サラーラ。アラビア海の西側に位置したこの街は、アフリカ大陸へ向かう航路の寄港地でも有る。多くの貨物が集積し、経済特区も存在している。インド洋まで範囲に入れても、有数の巨大な港である事は間違いない。
「要所、だけど」
サラーラは、上陸作戦後の電撃戦で攻略されている。コーネリアが狙った理由は三つだ。
一つは、ブリタニア海軍戦力と、ナイトメア戦力の物資を補給する為。オマーン防衛線の援助の為に各地から集められた備品を徴発し、自軍への補給と、相手への負担が目的だ。
もう一つが、サラーラの位置だ。首都に次ぐ大きさを持つサラーラは、当然ながら大戦力を有している。サラーラを攻略せずに首都に兵を進めると、北部からのマスカット軍と、南部からのサラーラ軍の挟み打ちに合う可能性が有った。
最後が、サラーラの歴史的な側面。近年は首都マスカットを中心に、経済を発展させてきたオマーンだが、歴史的に見ればサラーラの方が重要視されていた事が多い。世界各国からの物資と、季節風による避暑地として、発展して来た。故に、サラーラの攻略は相手の士気を殺ぐ効果を持つ。
長い歴史を持つ部族の長や政治家を確保すれば、其れだけ帝国に有利になる。
しかし、オマーン支配という観点で見ると、どうだろうか?
「……位置的に、難しい?」
アーニャは、其処が、疑問に思った。
オマーン第二の都市。確保した際のメリットは非常に大きい。巨大な港町は、物資以外にも多くの物を呼び寄せる。不利益を産む存在も含まれるだろうが、管理を万全に行えば問題は発生しにくい。
サラーラの町自体は、確保出来る。しかし、港町最大の役割である『輸送』となると困難ではないか?
「長い、し」
携帯の画像で、確認をする。サラーラとマスカットは、直線距離でも八百キロは軽い。整備された道路でも、千キロはある。中間のムクシンという都市も制圧されてはいる。しかし。
「……襲撃が、ある?」
二点を結ぶハイウエイの西側には、広大なルブアリハリ砂漠が広がっているのだ。オマーンに残る残存兵力やレジスタンスにしてみれば、格好の標的ではないか、と思う。
「そうだな。ブリタニア関連ならば、可能性はあるだろう。襲撃する事を躊躇うとは思えないからな」
国内第二の都市だ。第一都市と距離があり、輸送には陸路が使用されていた。危険は高い。
アーニャの問いかけに、C.C.は頷いた。
「防ぐ方法は簡単だよ。――――マスカットとサラーラ間の主要道路を使用しなければ良い」
首都周辺を指で囲いながら、説明する。
「サラーラに水揚げされる、マスカットへの物資。それらを直接に引き受ければ良い。マスカット租界の開発と、その後のゲットー地区再開発には、金と材料が必要だからな。供給量の増加は問題には成らない。租界が完成する間に、マスカットの港湾設備を整えれば、その後も安定して利用できるだろう?」
そうして、今度はサラーラに指を向ける。
「当然、サラーラでは今迄よりも貿易に支障が出る。供給量は減少し、経済の衰退が懸念されるな。その対策としては、既に存在している経済特区を利用すれば良い。ブリタニアと衛星エリアのブロック経済に、アフリカと中東諸国を組み込んだ特区だ。困難だが、成功すればエリアの生産性は格段に向上する。……味方を変えれば、サラーラ租界、だな」
「……ん」
納得を返す第六席に、第二席は丁寧に説明を終えた。
「北部のマスカット租界を中心とする政府と内部経済。南部のサラーラ租界を中心とする諸外国相手の経済。これらが、このエリア18の支柱だろう」
そして最後に、とC.C.は付け加える。
「帰化をしない、旧オマーン国籍を持つ者達。彼らの住む場所は、租界外かゲットー、だな。国内を楯に走る、二都市を結んでいた道路周辺になるだろう。中継拠点のムクシンに監視の仕事を与えれば良い」
「なるほど」
「もう一つ、質問」
「ああ、良いぞ? どんどん聞け」
「……対岸、は?」
生徒の質問に答える教師の様に、C.C.は直ぐに質問を組み取った。中々に良い着眼点だ。
オマーン陥落に間接的に影響を与えたイラン。この国家もまた、アラビア海、オマーン湾、ペルシア湾に面している。
「イランか」
「そう」
アラブ諸国に言える問題は、イランにも適応できる問題だ。カスピ海を縦断する、ロシア方面からの交易ルート。陸路からの輸入や、空の航路もある。海上輸送が絶たれても、全滅する心配は無い。
しかし、大きく半減する事も間違いない。先のアラビア諸国の、ホルムズ海峡使用に関する政治的交渉の問題は、イランにも言える。
「心配は不要だよ。……既に帝国宰相が抑えている」
そのC.C.の言葉に、アーニャは不思議そうな顔をした。
「…………?」
「アーニャ。宰相閣下は、イスラム過激派のホルムズ海峡襲撃を後押しした。同時に、イラン政府にも同時に交渉を持ちかけたんだ。イスラム過激派の行動を見逃せ、とな」
「……つまり、裏取引?」
「政治は良くも悪くもそう言う物だが。……そうだ」
余り大きな声で言える内容では無いので、自然と小声になる。
しかし、明確にアーニャの言葉を肯定して、説明していく。
「シュナイゼル殿下は取引を持ちかけたんだろう。イスラム過激派によりホルムズ海峡襲撃を見逃す。代価は、オマーンを支配した後の、航路の自由使用。ホルムズ海峡襲撃の一派のリスト。……今後数年の、内政不可侵も、あるだろうな」
腕を組み、政治情勢を読み解く様に、流暢に語る。
「イラン政府はイスラム過激派に手を焼いていた。ブリタニア本国という強大な敵が存在する政府にしてみれば、内部紛争に時間を消費したくは無かった。アラビア半島が攻略されれば、次の標的はアフリカと中東に矛先が向く可能性は高い。一刻も早い、解決を要求されている」
「……だから、内政不可侵?」
「そうだ。シュナイゼル、じゃなかった。シュナイゼル殿下は、ブリタニアの為にもオマーンを攻略する必要がある事を知っていた。戦況をより優位に進め、少ない被害で決着を付ける為にも、イスラム過激派の利用を決めた。しかし、イラン政府の横槍は入って欲しくない」
「――――そうか。イスラム過激派の行動を見逃して、オマーンをブリタニアに占領させる。過激派を見逃す代わりに、アラビア海以西の、航路の使用権を許可する。理由は、自国の経済を衰退させない為」
「そういう事だ。後は、ホルムズ海峡を襲撃した連中に、全ての責任を負わせれば良い。イラン政府の身代りと、オマーン陥落の原因として、シュナイゼル殿下の情報を利用の元、国内のイスラム過激派は一掃される。内政不可侵の条は、”条約が効力を失うまで”は、ブリタニアからの侵攻は無いと言っている様な物だからな。国内を平定し、その後は近隣イスラム系諸国と同盟を結んで、ブリタニアへの防壁を構築すれば良い……と、イランは考えた訳だ」
シュナイゼルの事だから、アラビア半島の攻略を終えるまではイランが動かないよう、敢えて平等に近い条約を批准しただろう。
アラビア半島の侵攻の拠点であるオマーンを確保した所で、簡単に侵攻できるのはアラブ、カタール、バーレーンまでだろう。サウジアラビア王国を攻略するには、一年以上懸かる事は十分に理解できている。
イランやイラクを制覇するのは、その後だ。支配した後の後始末を考えると、生半可な時間では無い。
しかし、オマーン侵攻の『裏の目的』を知っているラウンズとすれば、古い歴史を有する中東諸国は、外せない標的だった。
そう考えていると、周囲が騒がしくなる。
見れば、帝国旗を掲げたマントの機体が、此方へとやって来ていた。
漆黒に金縁の機体も同乗している。
「帰って来た」
「ああ。らしいな」
組んでいた腕を解き、影から出て出迎える準備をする。
その時だ。
「申し上げます! C.C.卿!」
青い顔で、C.C.の元に飛びこんで来た将官がいた。マスカット陥落以後、オマーン王族の厳重な監視を任されていた人物だ。
顔が汗だくなのは、暑さのせいだけではない。失態を犯した顔。非常に不味い事態を引き起こした顔をしていた。
「何が有った?」
嫌な予感が、頭をよぎる。いや、予感では無かった。
第六感にも似た、確信だ。
「旧オマーンの第一王子が、自殺、致しました!」
「……話せ。――――いや、一つ確認させろ」
内心にこみ上げる、憎々しげな感情を押し殺す。
C.C.の予想が正しければ、自殺は、この将官の失態では無い。
「有り得ない状態での、自殺……だな?」
「――――! そ、そうです!」
彼女の言葉に、必死に頷く青年将校。堰を切った様に、口を開く。
「じ、自分の首を自分で絞めて、自殺した様です! 他の王族に被害はありません! 道具は、身に付けていた衣服。監視員が目を反らした一瞬だったようで……!」
効かれていない内容まで、必死に話す。C.C.の不機嫌さを、失態を責めている様に勘違いしたらしい。無理も無かった。監督責任では済まない大問題。降格処分では済まないだろう。
容貌は非常に美しい彼女だが、その不遜な態度は皇族ですら怯ませる。
(……先手を、打たれたか)
顔にこそ出さず、内心で憎々しげに息を吐いた。
人間は呼吸が出来ずに意識を失っても、軌道が確保されている限り、暫くの気絶の後に目を覚ます。首を括っての自殺は、呼吸が出来ずに死ぬのではない。頸椎損傷が大きな理由だ。
勿論、自分で自分の首を絞めて死ぬ事は、恐ろしい苦痛を伴う。不可能では無いが、不可能に近い。
「国民への謝罪と、無意味な抗戦の停止が、己の血で遺書として、書かれていたな?」
「――――――、――――! ……何故、御存じで!?」
「ああ。……良い。もう分かった」
湧きあがる不快感を押し殺して、C.C.は伝えた。
「処分は負って伝える。今は持ち場に戻っていろ。……コーネリア殿下には、私から伝えておく」
不機嫌そうな態度に怯える将官を追い返して、C.C.は小さく舌打ちをした。隣で話を聞いていたアーニャも、先程とは違う、仮面を張り付けた様な無表情へと変わっていた。
C.C.も、自分で試した事が有る。
自分で自分の首を絞めて自殺する方法だ。死なないと理解していても、相当に苦しかった。気を失うだけならば簡単だが、そのまま死ぬとなると、生半可な事では無い。
無意味な抵抗を止める為の、覚悟の自決。
かつて日本と言う国家の首相が行って以降――――支配されたエリアの中で、その理屈が罷り通っている。この地も同じだ。旧オマーンの国民から軍部まで、このエリアに関わる九割九分の人間が、信じるだろう。
だが、大きな間違いだ。
自殺では無い。自殺に見せかけた、殺人だ。
傍から見れば立派な自殺。だが、C.C.は確信を持っている。
監視されてから一定の時間が経過したら自殺する様に――――。
「――――命令、されていた?」
同じ事を考えていたアーニャが、C.C,にだけ聞こえる大きさで、言葉を放つ。
「ああ。……逃げられた、な」
宮殿前に到着した、ルルーシュとコーネリアのナイトメアを見ながら、魔女C.C.は、やはり小さな声で、同意した。
登場人物紹介②
アーニャ・アールストレイム
神聖ブリタニア帝国の最高戦力、皇帝直属《ナイト・オブ・ラウンズ》の第六席。
桃色の髪を持つ、小柄な少女。無口で無表情だが、親しい相手には感情を示すらしい。趣味は携帯でのブログの更新。
史上最年少で入隊を果たした天才で、ラウンズには相応しい実力を有している。見た目とは裏腹な、豪快な攻撃が持ち味。戦略と可愛らしい容貌も相まって、男性兵士を中心に人気を博しているらしい。
最年少と言う事で、ラウンズでは皆から世話を焼かれている。特にC.C.や第五席のルルーシュとは、行儀見習い時代からの付き合い。
搭乗機体は、「グロースター(アーニャ専用機)」
従来の倍以上の装甲と砲撃系重武装による大火力を有している。重量や低機動力、そしてアーニャの体格に合わせた、少し小さなパイロットブロック。これらの理由によって、彼女で無いと扱えないカスタム仕様となっているが、本人はまだ性能に不満があるとの事。
本国帰還後に、『要塞で砲台』の様な、最新鋭機を建造する予定。
6月5日 投稿