姓は温、名は恢、字は曼基。
そして、真名は橘
それが、この新しく生まれ変わった世界で得た私の名前。
*
生まれ変わった、なんて言うと大抵の人は「頭大丈夫?」みたいな目を向けてくるだろう。誰だってそーする私だってそーする。
だが待って欲しい。私にはしっかと前世の記憶があるのだ。証明できないけど。というか証明しても意味が無いと思うけど。
なにせ、前世では21世紀初頭に生きていたしがない一般会社員だったのに、生まれ変わってみたら古代中国っぽい世界だった。ないわー。
この場合だと何をどうしようが証明しようがない気がする。
さらに衝撃的だったのは元々は男だったのが何の因果か女の子に!
……いや、ちょっと普通の女の子とは言いがたいけどそれはそれとして女の子に!
正直大分へこみました。
まあ、幸いにして自意識がはっきりしたのは大体2歳くらいの頃。
どこかのSSとかでよくあるような羞恥プレイにさらされずにすんだのは不幸中の幸いというやつでしょうか。
しかしあれですね。自分がこういった境遇になって始めて(あれ、もしかして世間で言われてたオカルトのいくつかは実際に存在してたんじゃ?)とか思うようになりました。
もしかしたらオカルト雑誌『アトランティス』の読者投稿欄に載ってた自称魔法少女さんも本物だったのかもしれません。友人と二人して馬鹿笑いしてごめんなさい。『純愛王アリス』という名前に心当たりはありませんが、どうか頑張って仲間を探してください。
さて、ここいらで家庭環境とか今までの経歴とかにも少し言及しておきましょう。
生まれ故郷は幷州太原郡祁県。私はこの地の豪族、温家の一員として生を受けました。
自意識を持ってしばらくは愛情溢れる両親の元、健やかにすくすくと育てられました。
幼児脳の吸収効率の良さと大人としての目的意識の高さ。この二つがいい具合に噛み合わさって学を修める速度が半端無いことになってしまい、周囲からはやれ天才だ神童だなんだと言われましたがそこら辺は華麗にスルー。むしろ見事な親バカと化した父の溺愛がちょっぴりウザかったです。
そんな私に訪れた最初の転機。
それが父の幽州涿郡太守への就任でした。
基本的にこういうのは単身赴任がデフォなのですが、そこでゴネた我が父。私も赴任先へと連れて行くと言い出して聞きません。
私が着いていってしまうと一人残される母が心配なのだけど、体が弱いから一緒に連れて行って環境を変えるのも憚られるし、それなら親類縁者が多い祁県に残しておいた方がまだ安心できるのでは?と家族会議で結論が出て、私は父について行くことと相成りました。
ちなみに、私が残るという選択肢は真っ先に両親によって潰されました。なんでも涿郡には高名な学者さんが居るからきっと私の為になると判断したそうです。……こう言われてしまうとちょっと断れないですけど……七つの娘を連れてくなよなー……。
そうしてお引越しした涿郡。
ここで私は高名な儒学者、盧植先生の下で学問に励み、同時に父とその部下の軍人さんたちから武術を学ぶこととなりました。
また、遼西郡に根を張る公孫一族のお嬢様、公孫伯珪こと白蓮さんと劉玄徳こと桃香さん、二人のお姉さんともお知り合いになれました。
……うん、自己紹介のときに思わず「嘘だっ!?」とか叫んで場を混乱の渦に叩き込んじゃったけど。
なんにせよ、これで薄々感づいてた疑念にはっきりとした答えが与えられました。
いやまあ、ずっと怪しいとは思ってたんですよ?真名なんてものがあったりしましたし。服装や日用品、飲食物なんかに一部あからさまに時代背景を無視したような品があったし。
ここは、この世界は、私がかつて暮らしていた前世の地球、その過去ではなく。
それによく似た並行世界(平行世界?どっちでもいいか)だということです。
いや実際、劉備玄徳が女の子とかありえないだろー、と。
三国志はそんなに詳しくないです。無双シリーズをちょこっとプレイした程度の知識しかありませんが……ああ、あとSDガンダムを使った漫画も読んでたっけ。アレは面白かった。蒼天航路も読めと勧められてたけど結局読まずじまいでこっち来ちゃったなぁ。
っていやいやいや話が逸れた。ともかく、ここが私の知る歴史じゃない以上、何が起こるかわからない。……いやまあ、何が起こるかなんて元々大して知らないのだけれど、それでもはっきりとした指針が存在しないと知ってしまった以上私に出来ることは自らを鍛えることくらい。
なので今まで以上に勉学に励みました。武術?とりあえず逃げること最優先!とか力強く宣言したら教えてくれる先生に「ダメだこりゃ」って顔をされました。まあ実際あんまり才能無かったみたいで体力づくりと基礎の型なんかを延々と繰り返してましたけど。
そんな感じで数年間、桃香姉さんや白蓮姉さん(桃香姉さんに「お姉ちゃん」と呼ぶように言われたけど断固拒否して姉さんで勘弁してもらいました)と一緒に勉強したり遊んだりしながら生活してたのですが、12歳になったある日、再び転機が訪れました
父の死です。
ある宴会の席で私のことが話に上り、褒めそやされたことで上機嫌になった父はついつい深酒が過ぎてしまい、泥酔状態で帰ろうとしたところで落馬。そのまま首の骨を折って死んでしまった、というのが報せを受けて官舎に駆けつけた私が聞かされた死因。
実際、護衛の人たちなどの証言を総合してみても別段怪しいところも無く、不注意での事故死なのは間違いないでしょう。
……とはいえ、これには正直参りました。確かに普段何かとウザかった父ですが、決して愛していなかったわけではなく。むしろ大好きだったからこそ色々な感情が心の内で吹き荒れてまともに物を考えられませんでした。
それでもただ涙を流し、悲嘆に暮れているわけにはいきませんでした。母のことがあったからです。
両親は子供の私から見ても非常に熱々で、万年新婚夫婦とでも言いたくなるような熱愛振り。そんな深く深く父を愛していた母に父の死を伝え、嘆き悲しむであろう母を支えねばなりません。
とにかくその日は浴びるようにお酒を飲んでわんわん泣いて、無理矢理自分を立ち直らせると翌日には早速実家に帰る準備を始めました。
盧植先生を始めとして、桃香姉さんも白蓮姉さんも父の部下の人たちみんなももっと落ち着いてから、と引き止めてくれたのですが……それら全てを振り切るようにして祁県への帰路に付きました。少しでも早く、父の亡骸を故郷に返してあげたかったから。母の元で眠れるようにしてあげたくて、そして母の傍に居てあげたかったから。
生まれ変わってからはじめて飲んだお酒は、とても苦かったです。
*
そうして祁県へと帰り着き、ショックを受けて倒れた母を看病し、平行して父の葬儀の手配し、親戚の人たちの手を借りながらあれやこれやの問題を何とかこなして。そうしてひと段落付いた後、唐突に気がつきました。
これからどうしよう、と。
幸いにして、父は結構な額の遺産を残していてくれました。慎ましやかに生活していれば食うに困ることは無いでしょう。
しかし、私が生きるこの時代はいずれ群雄割拠する乱世へと突入します。実際、涿郡に居たころからときたま賊が蜂起するという報せを聞いていました。この太原郡とていつ戦乱に巻き込まれるかわかったものではありません。
そうなれば女二人が住むこの家など賊にとっては鴨葱もいいところでしょう。
そう判断した私は親戚の中で最も親しく、旦那様が県令をしている叔母を通じて温家一族に遺産をほぼ全て分与することにしました。
こうすれば賊どももわざわざ金の無い家に押し込もうとは思わないでしょうし、恩に感じた親戚連中はさらに手厚く母の面倒を見てくれることでしょう。
もしかしたら私の就職先も斡旋してくれるかもしれません。
そんなちょっぴり腹黒い考えを元に行動したしばらく後。叔母に呼び出されました。
「どうかなさいましたか?叔母様」
「うん、お前宮中に上がる気は無いか?」
「……はい?」
なんでも、私のとった行動が祁県どころか太原で「親孝行の鑑だ」と評判になっているらしく、今期の孝廉に推挙しようという話が持ち上がったそうです。盧植先生が太鼓判押してくれたのも大きかったようで、反対する人も特にいないとか。
孝廉と言っても何のことだかわからない人が多いかもしれませんね。郷挙里選と言えば学校で習った方も多いでしょう。
要するに功績を立てて評判になってる人を公務員に推薦しよう、という制度なんです。孝廉というのは。
……誰に説明してるんでしょうか私?
まあそれはともかく。これは渡りに舟です。当座の生活資金も底をつきかけていたことですし、即座に了承し都に向かうことにします。
こうして私は雒陽宮にて郎中という官位を授けられ、宮中にて働くことになったのです。ビバ定期収入!
*
さて、郎中として働き始めたわけですが、郎中とは何をする役職なのかと言うと……ぶっちゃけ雑用係です。
一応、基本は宮中警備です。一般兵の皆さんを取りまとめて門や寝所に張り付き、また皇帝陛下が巡幸なさるときには馬車の周囲を警備します。たまには街中の警邏をしたり、賊討伐のお手伝いとして近隣の村や山や森にお出かけしたりします。
それ以外にも朝会や宴席の手配なんかもお仕事です。文官さんのところに竹簡を運んだりもします。そのまま書類仕事を手伝わされることもしばしば。そのほか簡単なお仕事、例えば新しい庭木を受け取って庭師さんの所に運んだりする、なんてのは自分でやります。ほら、雑用係でしょう?
まあ、孝廉で推挙された人はまずこの役職に就いて仕事を覚え、それから能力に応じて県令や太守、あるいは都尉として各地に派遣される、とそういう仕組みになっているのです。
うまくやれば一国一城の主ですよ一国一城の主!
かの有名な曹孟徳も郎中として働いてたんだそうですよ?まあ、私が宮中に上がる前に別の役職に就いて出て行ったそうですが。
……ほんとに誰に説明してるんでしょうね私。
そんなこんなで仕事をこなし、合間を縫っては学問や武術に励みながらときたま実家に仕送りし。そうした生活を続けていると黄巾党(黄巾賊じゃなかったっけ?)が蜂起したとの報せが。
ああ、これは史実通りに起こっちゃうんだー、とか思いつつも実家のある幷州にほど近い冀州に首魁である張三姉妹がいるという話を聞いて、変に飛び火しないで欲しいなぁ、などと願っていたら割とあっさり(でもないけど)曹孟徳を始めとしたそうそうたる面々が乱を鎮圧してしまいました。
もしかしたら派兵されるかもと思っていたのですがそうならなくて一安心。
……してたらこんどは宮中がきな臭くなってきました。何進大将軍と十常侍の勢力争いです。前々から結構色々とやりあっててさっさと役職貰ってばっくれたいなぁ、などと考えていたのですが、事ここに至っていよいよのっぴきならないくらい緊張が高まってきました。
いい加減コレは不味い、ちょっと身分低くてもいいからどこか空いてる官職に滑り込んで都を離れないと……などと考えて行動に移そうとしていたら急展開、董仲穎が雒陽を支配してしまいました。
その手際はなんとも鮮やかかつ見事だったのですが、おかげで私自身は機を逃がしてしまい、董卓軍の再編成に巻き込まれて組み入れられてしまいました。なしてこうなったー。
嘆いても仕方ない、こうなったらやれることをやって上手く機を見て逃げ出そうそうしよう!と固い決意を胸に秘め、新しい上官の元に出頭する。
「よく来たね。ボクが軍師の賈文和だ。で、こっちがキミの上司になる……」
「お前さんを預かる張文遠や。よろしゅうな」
ホントにナシテコウナッターッ!?
どうも私自身気づいていなかったのですが、宮中での評判は結構高かったらしく、清廉潔白で真面目にそつなく仕事をこなす人材として見られていたようです。前世の日本人気質が自分に手抜きを許さなかっただけなんだけど……。
んでもって、この辺りの評価を聞いていた董卓軍軍師の賈文和様がついに結成された反董卓連合に対抗するため、汜水関に派遣する文遠様のフォロー役としてつけることにしたらしいのです。ようするに事務仕事要員ですねわかります。
汜水関には文遠様ともう一人、華雄様も派遣されるそうで……え、華雄隊の事務仕事も私がやるんですか!?
*
……なんだかちょっぴり長い回想に耽っていたようです。
おかしいな、どうしてこうなったか検証してみるだけのつもりだったのに。
まあなんにせよ、結局のところ私のささやかな抗議は無視され、汜水関へと派遣されてしまいました。そして反董卓連合とぶつかり合う時がいよいよ間近に迫ってきたのです。
斥候によると、確認された旗は袁旗を始めとして、曹・孫・馬さらには公と劉にその他もろもろ……ってもしかして桃香姉さんと白蓮姉さんも来てるのっ!?
直接顔を合わせると間違いなく厄介なことになると頭を抱える私をよそに文遠様も華雄様も意気軒昂です。
まったく、私は単に母と二人で静かに暮らしたかっただけなのに。
何をどうしてこうなったんだろう……?
あとがき
どうも始めまして皆様。初投稿のHTAILです。
このたびは自分が書いたSSを読んでくださってありがとうございます。
この作品は、三国志において早世が惜しまれた武将の一人、曹魏二代にわたって仕えた温恢を恋姫仕様にした上で登場を前倒しにしたらどうなるか、という思いつきによって生まれました。
転生とかTSとかは自分の趣味ですが。
あといろんな方々のいろんな作品に影響受けまくっているのは自覚してます。くそう、うまいこと昇華できない自分の脳みそが恨めしい。
まあなんにせよ、結果はなんだかちょっぴりみょうちきりんなことになっています。
キリがいいので此処で終わらせましたが、プロット自体はもうちょっと出来てます。ルート分岐で迷ってますが。
評判が良ければ続きが出来上がるかもしれません。原作の細かいところ忘れてるので改めてプレイしなおしてからになりますが。
そんなお話でもよろしければ、また遅筆な自分を待っていてくださるというのであれば頑張ります。
それではこれにて。ありがとうございました。