赤い紋様の描かれた異形の刃が、凄まじい凄まじい圧力を伴って頭上より降ってくる。それに刃を合わせ、しかし受け止めず、下に捌いてさらに一歩懐に踏み込んだ。
ラルゴはそれを予想していたのか、槍を軽く回して石突きでカンタビレの顔を貫かんとする。カンタビレはその穂先を寸での所で鍔元で受けて、大きく跳び下がった。石突きに連ねるように振るわれた槍が、カンタビレの前髪を僅かに揺らす。
ガンッ! と石突きで床を砕いて見せるラルゴに、カンタビレは疲れたような溜め息を送る。
「そんな重そうなナリと得物で、よく動くねぇ。………もっとも、全快ってわけじゃなさそうだが」
「貴様こそ、この程度で息が上がるほど軟弱ではあるまい。人形同然のレプリカ兵とはいえ、多少の役には立ったと見える」
黒き獅子と漆黒の烏が、互いの刃を向け合って円を描くように動く。その対峙に満ちる緊迫感を無視したような軽い声が、カンタビレに掛かる。
「手伝いましょうか?」
「引っ込んでな。譜術の連発で、もうほとんど余力が無いだろ」
いつの間にこの部屋に入って来ていたのか、二人がいつ動いても巻き添えを食わない程度に離れたそこに、ジェイドが立っていた。
それに気付いていたわけではないが、特に驚く事もなく応えたカンタビレは、一瞬だけレイルの方を見る。予想通り、そこにはレイルの治療に専念しているイオンの姿。
「………どうやら、いつまでも貴様一人の相手をしているわけにもいかんな」
さらなる増援に眉間に皴を寄せ、ラルゴは異形の刃を肩に担いだ。その眼が、炎のように光る。
「その身を削り、命知らずにも十人足らずの手勢で敵地に乗り込む。預言(スコア)に支配されたあの星に、そこまでして救う価値などあるのか? 貴様とて失ったその左眼に、未だ過去を見ているのではないのか?」
説得も懐柔も考えてはいないだろう、ただ真意を知りたいだけの問い掛けに、だからこそカンタビレは応える。
「潰れた眼で見えるものなんて一つも無いよ。……ただ、残った右眼は前より便利になったけどね」
肩を竦めて、そっと眼帯を撫でる。
「左眼を失くしたおかげで色んなものが見えるようになった。………なんて気取った事を言うつもりはないけどね。だけど、見えるものを単純にそのまま受け取れるようになった」
ラルゴのように過去を追うわけでもなく、レイルらのように無邪気に未来を信じているわけでもない。
「あたしはただ、“今を生きてる”だけさ。ついでに言えば、星の価値なんてあたしの決めるもんじゃないね」
真剣な問い掛けを、だからこそ鼻で笑って、カンタビレは口の端を引き上げる。
「娘まで巻き込んで八つ当たりの暴走かい。あんたの馬鹿も、死んだら治るのかねぇ?」
「……さあな。ならば試してみるがいい!」
残酷としか形容出来ない笑みと、どこか曖昧で自嘲的な笑みを突き合わせて、二人は強く踏み込んだ。
「『地龍吼破』!」
初撃は、間合いで勝るラルゴ。振り下ろされた穂先が床を砕いて大地の力を噴き上げる。ラルゴの全周に広がる衝撃波を、カンタビレは中空に跳び上がって躱していた。
そのまま剣を直下のラルゴに向けて、落雷のように刺突きを繰り出す。
「『岩砕烈迅奏』」
その剣先が大地の結晶を帯びて鋭さを増して……
「『火龍槍』!」
振り上げたラルゴの、炎を帯びた槍の一撃と激突。爆炎と結晶を撒き散らして弾ける。
弾かれ、宙を踊るように体勢を取ったカンタビレに、ラルゴが突進。体ごと槍を突き出して―――
「『墜牙爆炎奏』!」
「『炎牙爆砕吼』!」
咄嗟に切り返したカンタビレの刺突と交叉する。二つの刃が火炎を撒き散らしてぶつかり、大爆発を生んだ。
「が……っ!」
膂力と体勢の不利から、カンタビレの体が軽石のように飛ばされる。
ラルゴは典型的なパワーファイターだ。距離を空けても利は少ない。一直線に壁に叩きつけられて崩れ落ちるカンタビレに、ラルゴの剛槍が迫る。
「ぬ………!?」
槍が突き刺さったのは、白亜の岩壁。僅か先んじて上方に逃れたカンタビレが、壁を足場に二度目の跳躍、ラルゴの背後を取った。
カンタビレはラルゴの背後。槍の穂先は壁に埋まっている。身のこなしではカンタビレの方が疾い。この機を逃すほど、カンタビレは甘くもない。
「くたばりな」
着地から一秒も空けず、腰溜めに握り込んだ剣をカンタビレは突き出した。
壁に刺さった槍を引き抜く間など無い。ラルゴの体躯では躱す事も出来ない。完全に捉えたと思われたその剣先は――――
「甘いわっ!」
槍ではなく……ラルゴの左手、手甲から伸びる鉤爪に受け止められていた。ラルゴが僅かな安堵と逆転の気概を漲らせた……まさにその時――――
「どっちが」
カンタビレの剣先で、紫電が爆ぜた。
「『雷神旋風奏』」
「ぐああぁあぁああぁ!?」
受け止めた剣から、雷光が溢れて竜巻のように渦を巻き、ラルゴを撃った。予期せぬ雷撃に動きを止めたラルゴに、今度こそ剣を返したカンタビレを………
「『獅子戦吼』!」
「つぁ………ッ!?」
獅子を象ったラルゴの闘気が弾き飛ばした。雷撃に痺れて覚束ない自身の足を殴りつけて………
「もうすぐなのだ………」
ラルゴが、咆える。
「家族、未来……奪われたものを取り戻して迎える世界が………すぐそこに待っているのだ!!」
力任せに引き抜いた槍で大気を薙ぎ払うその姿は、まさしく荒らぶる獅子そのもの。
獅子の闘気に弾き飛ばされ、地に転がっていたカンタビレは、戦士として理想的とも言えるその姿に敬意を感じて……隻眼を僅かに伏せた。
「『紫光雷閃牙』!!」
獅子の猛攻。稲妻を帯びたラルゴの槍がカンタビレを襲い、跳び退いたその場を紫電に焼く。そのまま止まる事なく続く斬撃の乱舞に、カンタビレは防戦一方になって追い詰められていく。
「どうした!! 今を見据えるという貴様の隻眼は、この程度の攻撃すら見抜けんのか!!?」
凄まじい破壊力で間断無く繰り出されるそれを、カンタビレは必死に捌いていく。避け損なえばもちろん、まともに受け止める事も危険な連撃を掻い潜ろうとしたカンタビレを迎え撃つように…………
「っっ!!」
左の鉤爪が、カンタビレの脇腹を薙いだ。振り上げた“捻れ”を味方につけて、ラルゴは渾身の一撃を解き放つ。
「『紅蓮旋衝嵐』!!」
「ッ……『水塵渦龍奏』」
槍が炎を呼び、炎は嵐となり、振り上げられた斬撃が極大の火柱となって立ち上る。
怒れる獅子の炎嵐は、咄嗟にカンタビレが放った水流の竜巻を吹き散らして…………
「――――――――」
悲鳴を上げる事すら許さず、荒波に攫われるようにカンタビレは全身を焼かれて宙に舞った。
そして―――――
「悪いね………」
無惨に宙を舞うカンタビレの呟きを、ラルゴは確かに聞いた。それと同時に、動く。
「カンタビレさん!」
レイルの治療をイオンに任せ、激戦の猛威から逃れていたノエルが叫ぶ。叫んで、手にしたそれの安全ピンを歯でくわえて引き抜いた。
―――そして投擲。
「(何だ………!?)」
ラルゴが確認する暇も無く、それは足下に飛んで来て………
(ドウンッ!!)
弾け、膨れて、室内の半分ほどを黒煙に飲み込んだ。瞬く間に一切の視界を奪われたラルゴは、カンタビレを含めた全てを見失う。
「(煙幕弾か……!)」
そして、黒煙の外に飛び出そうと考えるより早く――――
「角度45、距離8!」
「ちぃ……!」
再び、ノエルの声。明らかに戦力外として警戒していなかった小娘に邪魔をされて、ラルゴは舌打ちする。――――しかし、ふと気付いた。
先ほどの言葉。自分自身が攻撃するつもりなら、わざわざ口に出す必要など無い事に。
「っ…………!?」
音も無く、眼前の黒煙を裂いて槍の穂先が飛び出して来た。そして―――
「ぬんっ!」
ラルゴは自身でも驚く反応でその穂先を払いのけて、間髪入れず大槍を振り下ろした。
「ぐお……っ!?」
その斬撃は黒煙の奥のジェイドを捉え、その槍を粉砕して地に這わせる。その視界の端で、僅かに煙が不自然に揺れた。
「(囮か……!?)」
続く奇襲を完全に見抜いて目を見張って身構えたラルゴの視界に飛び出して来たものは、剣でも槍でも譜術でもない。
―――掌サイズの、黒い筒のような物体だった。
「な………っ!?」
それが弾けて、今度は全てが白一色に呑み込まれる。目の前で溢れ返った光が、ラルゴの両眼を灼いたのだ。
「(今度は……閃光弾か……!)」
今度こそ完全に視界を奪われて、ラルゴは瞬間……槍を振るう事すら忘れた。
そして―――――
「ッ……が、あ……?」
「………………」
鈍色の鎧を貫いて、ラルゴの脇腹に漆黒の剣が突き立てられた。黒煙のカーテンによって閃光から眼を守られた、カンタビレによって。
体当たりするように突き刺した剣を抜いて、カンタビレは後退る。ラルゴはその異形の大槍を取り落として、重く膝を着いた。
「…………何か、言い残す言葉はあるかい」
カンタビレとて満身創痍。だが、既に致命傷を負わされているラルゴとは比べるべくもない。
――――当然、カンタビレは生かしておこうなどとは考えない。
その首に剣を添えようとした、その時――――
『っ!?』
怖気を誘うような反音が、鮮血の剣士から巻き上がった。